第二十二話「島津斉彬という人」
九月も末になって、善次郎が京に来た。
珍しいことだった。
善次郎は江戸を拠点として動いている。京に来るのは年に一度か二度、商談の名目がある時だけだ。
今回の来訪を知らせる文には、こう書いてあった。
「直接お伝えしたい話がございます。文では書けない内容です。」
文では書けない内容。
糸子はその一行を読んで、何かが動いたと感じた。
善次郎が近衛家の座敷に通されたのは、夕刻だった。
いつもの善次郎だった。明るい顔。しかし今日は、目の奥に何か真剣なものがあった。
「遠路ご苦労様でした」
「はい。少し急いで来ました」
「どのような話でございますか」
善次郎が少し間を置いた後、言った。
「島津斉彬様が、近衛家との接触を望んでおられるとのことです」
糸子は動かなかった。
「詳しく話してくださいまし」
「はい。薩摩藩の江戸藩邸に出入りしている商人を通じて、話が来ました。斉彬様は近頃、朝廷との結びつきを求めておられます。その中で、近衛家の動きを耳にされたようです」
「近衛家の動きを?」
「天朝物産会所の話と、御門様との関わりの話が、薩摩の耳に入ったとのことでございます。どこから漏れたかは、確かめられておりませんが……」
糸子は頭の中で素早く整理した。
情報が薩摩に届いた経路。大坂の鴻池か、江戸の商家の話か、あるいは別の道か。
経路は、必ず突き止める。
しかし、それは斉彬様との対話の後だ。今、相手の求めるものを読み違えれば、漏れた以上のものを失う。
「斉彬様は、何を求めておられますか」
「直にお話しなさりたいとのことです。近衛家の、できればご当主か、それに準じる方と」
当主は父・忠房だ。しかし実のところ、判断をしているのは糸子だ。
「場は?」
「近衛家に伺いたいと。篤君様を御養女にお迎えいただいた御礼に、斉彬様が近衛家へ参上したいとのこと。所司代への届けも、その名目で済ませるおつもりだそうです。来月、江戸から上られます」
来月。
糸子は少し考えた。
篤君様の御礼。名目としては、これ以上のものはない。斉彬は、近衛家が断れない形を選んできた。
島津斉彬との対話は、この先の談判に向けた地盤作りにおいて、大きな意味を持つかもしれない。斉彬は薩摩の主として外国との関わりに深い関心を持ち、この国を新しくすることを本気で考えている人物だ。
しかし。
公家の姫君が、大名家の当主と直に言葉を交わすことには、礼法の上で問題がある。
五摂家の姫君は、見知らぬ男に姿を見せることを極力避ける。御簾が要る。大名といえども、いや大名であるからこそ、その礼法は守られなければならない。
「父上に相談致しまする」
翌朝、糸子は父・忠房のところに行った。
忠房は話を聞きながら、いつになく真剣な顔をした。
「島津斉彬殿が」
「はい。薩摩のお殿様が、近衛家と話をしたいと望んでおられるとか」
「斉彬殿は……開明の方と聞いている。反射炉の話も、蒸気船の話も。なれど」
忠房が少し考えた。
「お前が直に会うつもりか」
「近衛家として話をするなら、実のところ判断をしているのがわたくしである以上、わたくしが同席するのが自然でございます。ただし、御簾越しで……」
「御簾越しで大名と話すのか」
「五摂家の姫君としての礼法を守りながら、中身のある話をすることはできまする。御門様の御前も、御簾越しでございます。形を守ることと、中身を持つことは、矛盾致しませぬ」
忠房が腕を組んだ。
「わたしが、表向きの当主として同席する」
「はい。それをお願いしたいのでございます」
「糸子、お前は」
忠房が少し声を落とした。
「斉彬殿と、何を話すつもりだ」
「この先の談判について、薩摩の立場と近衛家の立場が、どこで重なるかを確かめたいと思うております。斉彬様は朝廷との結びつきを求めておられまする。わたくしは、御門様のご意向を談判の場に持ち込みたいのでございます。この二つが重なれば、互いのためになる関わりが作れるやもしれませぬ」
忠房が少し黙った後、言った。
「……分かった。わたしが同席する。なれど」
「はい」
「無理をするな。お前が、これ以上は話せないと思ったら、引け。いいな」
「はい、父上」
実光を呼んで、礼法の確認を行った。
「島津斉彬殿がお見えになった場合、近衛家として、どのような形でお迎えするのが正式でございましょう」
実光が少し考えた。
「近衛家は五摂家の筆頭でございます。大名家の当主が参上する際は、正式な座敷でのお迎えになりまする。茶と菓子の設え、座の配置——これらは有職故実に基づいて整える必要がございます」
「姫君の同席は」
「御当主の忠房様が表に出て、姫君様は御簾越しにお声だけをお聞かせになる、という形が最も礼法に適いまする」
「その形で、中身のある話はできましょうか」
「声が届けば、話はできまする。なれど——」
実光が続けた。
「島津殿がどのようなお方かにもよりましょう。御簾という形を、形として分かってくださる方かどうか」
「斉彬様は、開明の方と聞いております」
「開明の方であっても、礼法は礼法でございます。むしろ開明の方こそ、礼法の意味を正しく分かってくださるやもしれませぬ」
糸子は頷いた。
「実光様、場の設えをお任せできますでしょうか」
「はい。お任せくださいまし」
島津斉彬が近衛家を訪れたのは、十月の初めだった。
朝晩が冷える季節だったが、昼の光は柔らかく、庭の木々が色づき始めていた。
斉彬は供を数人連れてきた。近衛家の門前で供の者たちは外に留まり、斉彬だけが邸内に入った。
近藤と山南が、邸内の別の場所に控えていた。表からは分からない位置だ。
糸子は御簾の内に座っていた。
父・忠房が、表の座敷で斉彬を迎えた。
実光が整えた座敷は、五摂家の格を示しながら、堅苦しすぎない形にしてあった。
斉彬の声が聞こえた。
低く、よく通る声だった。
糸子は御簾越しに、その声に耳を澄ませた。
「近衛様、このたびはお時間をいただき、恐悦至極に存じ上げます。篤君の件、改めて御礼申し上げまする」
「遠路お越しくださり、御礼申し上げます。どうぞお楽に」
忠房の声は穏やかだった。父上が硬くなっていないことが、声から分かった。
「近衛様の姫君様も、御簾の内にいらっしゃいますか」
斉彬が、直に尋ねた。
糸子は少し驚いた。単刀直入だ。
忠房が答えた。
「はい。御簾越しではありますが、娘も同席しております」
「天朝物産会所を動かしておられるのは、姫君様と聞いております。姫君様に、直にお声を聞かせていただけましょうか」
糸子は御簾の内から言った。
「近衛家の糸子でございます。御簾越しではありますが、何卒よしなに」
「お声を聞かせていただけて、光栄です」
斉彬の声に、笑みが混じっていた。
「姫君様、率直にお話しさせていただいてよろしいですか」
「なんでございましょう」
「薩摩の主として、近衛家の動きに強い関心を持っております。御所御用達の商いを通じた知らせの集め方、そして御門様との関わり——これは並大抵のことではない」
糸子は少し間を置いた後、答えた。
「御所御用達として、御所の台所に品を納めておりますだけのこと。それ以上のお噂は、噂でございましょう」
御簾の向こうで、斉彬が小さく息を吐いた。笑ったのだと、糸子には分かった。
「……そういうことに、しておきましょう」
「斉彬様も、率直にお話しくださるのですね」
「遠回りは得意ではありません」
「では、わたくしも率直に申し上げまする。斉彬様が近衛家との対話をお求めになられたのは、朝廷との結びつきを強めるためだとお聞き致しました。その目的と近衛家の目的が、重なるところがあるかどうかを確かめたいとお思いなのでございましょうか」
「その通りです」
斉彬が続けた。
「わたくしは、この国の先行きを憂えております。とりわけ、異国との関わりにおいて、この国がどのような立場を取るべきかについて」
「それは、わたくしも同じでございます」
「しかし」
斉彬の声が少し変わった。
「近衛家の立場と薩摩の立場は、同じではありませぬ。近衛家は朝廷の側にいる。薩摩はご公儀と結びながら、しかしご公儀とも距離を置いている」
「その難しい立場を、斉彬様はどのようにお感じなのでございましょうや」
「難しいことは承知しております。しかし、この国が異国と対等に渡り合うためには、ご公儀だけでも、朝廷だけでも足りない。両方がそれぞれの役目を持って動く必要があると思っております」
糸子は御簾の内で、静かに考えた。
試されている、と感じた。
斉彬は、糸子がどのような考えを持っているかを、この対話で見極めようとしている。
「斉彬様、一つお聞きしてよろしゅうございますか」
「なんでしょう」
「この夏、ハリスというメリケンの者が下田に入りました。遠からず、通商を求めてまいりましょう。その時、薩摩はどのような立場を取るとお考えでございますか」
静寂があった。
この問いは、斉彬にとって想定の外だったかもしれない。
しかし斉彬は動じなかった。
「……下田のことを、もうご存じか」
「はい。今から備えなければ、間に合いませぬ」
「その備えとして、近衛家は何をしておられますか」
「英語を身につけること。約定の文の読み方を調べること。朝廷のお考えを、ただ拒むのではなく、条件という形で示せるようにすること。そして——様々な立場の方々と関わりを作ることでございます」
「様々な立場の方々?」
「はい。ご公儀の開明の方々、各藩の先を見ておられる方々、そして外の事情に通じた方々との関わりでございます」
斉彬が少し笑った気配がした。
「なるほど。それで、わたくしにも声をかけてきた、ということですか」
「いいえ」
糸子は答えた。
「声をかけたのは、斉彬様の方でございます。わたくしは、この対話がどちらへ進むかを、今この時に考えておりまする」
茶が運ばれた。
しばらく、穏やかな時間が流れた。
斉彬が茶を一口飲んでから、言った。
「姫君様、一つ確かめさせてください。御門様のことです」
「はい」
「御門様は、異国との交わりを殊のほかお嫌いと聞いております。そのお気持ちを、姫君様はどのように捉えておられますか」
糸子は御簾の内で、慎重に言葉を選んだ。
「世に聞こえる御門様の異国嫌いは、本当のことでございましょう。なれど、その根にあるのは、この国を守りたいというお気持ちだと、わたくしは思うておりまする。そのお気持ちを守りながら、守り方には別の道もある——わたくしは、それを考えておりまする」
「別の道とは?」
「異国を追い払うことは、もはやできませぬ。なれど、異国に従うことも選びたくはない。対等な関わりを打ち立てることこそが、この国を守りたいというお気持ちを形にする、ただ一つの現実の道だと思うておりまする」
「対等な関わりを、どのようにして」
「この先の談判で、朝廷のお考えを、具体的な条件として場に持ち込むことでございます。ただ拒むのではなく、この条件ならば勅許もあり得る、という形でございます」
斉彬がしばらく黙っていた。
それから言った。
「……それは、朝廷が談判に関わるということですか」
「はい」
「ご公儀がそれを認めるとは思えませぬが」
「ご公儀の開明の方々には、朝廷のお考えを重んじる方々がいらっしゃいます。阿部正弘様がそのお一人でございます。堀田正睦様も、そのお一人だと思うておりまする」
「しかし、ご公儀の全てがそう考えているわけではない」
「はい。だから今から、認めていただける関わりを作っておく必要がございましょう」
斉彬が少し間を置いた後、言った。
「姫君様の話を聞いて、一つ感じたことがあります」
「何でございましょう」
「姫君様は、この国の形を変えようとしておられる。しかし、その変え方が、わたくしの考えるものとは少し違う」
「どのように違いましょうや」
「わたくしは、この国を変えるには力が要ると思っております。兵の力、富の力、そして異国と実際に付き合う中で身につける力。しかし姫君様は——」
「商いと言葉と、朝廷の重みを使おうとしている、ということでございましょうか」
「はい」
「矛盾しないと思いまする」
糸子は言った。
「力は要りまする。なれど、その力を最後に何のために使うかが大事でございます。兵の力で異国を追い払うことを目指せば、終わりがありませぬ。なれど、異国と対等な約定を結ぶことを目指せば、そこへ向けた様々な力の使い道が生まれまする」
「その目指すところのために、薩摩に何を求めますか」
まっすぐな問いだった。
糸子は少しだけ黙った後、答えた。
「今は、何も求めませぬ」
「何も?」
「この対話が初めてでございます。互いが何者かを知ることが、最初の段でございましょう。何かを求めるのは、信が積み重なってからのことでございます」
斉彬が、また笑った気配があった。
「……慎重な方ですね」
「慎重というより、順序を大切にしているのでございます」
「なるほど」
斉彬が少し考えてから、言った。
「しかし、一つだけ申し上げます。わたくしは、御門様を中心とした朝廷が、この国の外交において正式な役目を持つべきだと考えております。ご公儀だけが異国と談判するのではなく、朝廷のお考えが正式に映される形で」
「それは、わたくしも同じ考えでございます」
「その点では、近衛家と薩摩の向かう方は一つです」
「はい」
「ならば——」
斉彬が続けた。
「これからは、知らせを互いに通わせることはできましょうか。わたくしが得た異国の事情を近衛家にお伝えし、近衛家が得た朝廷の動きを薩摩にお伝えいただく、という形で」
糸子は御簾の内で考えた。
知らせを通わせる。
これは、単純な話ではない。
近衛家が得る御所の内の知らせを薩摩に流すことは、御門様の信を裏切ることになりかねない。
「全ての知らせを通わせることは、できませぬ」
糸子は答えた。
「御所の内のことは、外へはお出しできませぬ。なれど——異国の事情や、ご公儀の動きについての知らせであれば、互いのためになる通わせ方ができると思いまする」
「その分け目は、はっきりつけられますか」
「つけられまする。その分け目をつけることが、わたくしの役目の一つでございます」
斉彬がしばらく黙った後、言った。
「……分かりました。その形で、始めましょう」
話が一段落した後、斉彬が忠房に向かって言った。
「近衛様、一つ、私的なことをお尋ねしてよろしいですか」
「なんでしょう」
「姫君様は、おいくつになられます」
「八つになります」
斉彬が少し間を置いた。
「……八つで、このような話をなさるのですか」
「生まれた時から、変わっておりました」
忠房が静かに言った。
「生後七ヶ月で言葉を話した子です。わたしも初めは驚きましたが、今はただ、信じるしかないと思っております」
「信じる、とは?」
「この子の判断を信じる、という意味です。わたしにはよく分からないことも、この子にはよく分かっている。その差がある以上、信じて任せるのが最善だと思っております」
斉彬が少し笑った。
「素晴らしい父上ですね」
「素晴らしいとは言えません。ただ、諦めが早いのかもしれませぬ」
糸子は御簾の内で、少し笑いそうになった。
父上らしい言い方だ。
斉彬が帰った後、忠房と糸子と実光の三人で、今日の対話を確かめた。
「どうだった」
忠房が糸子に聞いた。
「斉彬様は、本物でございます」
「本物とは?」
「本当にこの国のことを考えていらっしゃいました。ご自分の藩の利だけでなく、この国全体として異国と対等に渡り合える形を作りたいと思うておられるお方。その点は、わたくしと同じでございましょう」
「なれど、やり方が違う?」
「はい。斉彬様は力を重んじておられました。兵と富を直に高めることで、異国に向き合おうとしていらっしゃる。わたくしは、まず約定の形を正しく作ることを重んじまする」
「どちらが正しい」
「どちらも要りましょう。ただ、わたくしにできるのは約定の方でございます。斉彬様にできるのは力の方でございます。役目が違うと思うておりまする」
実光が言った。
「知らせを通わせる話が出ましたが、どのように進めましょうや」
「善次郎を通じた形が自然でございます。薩摩の江戸藩邸に出入りしている商人がいるとのことでしたから、その道で異国の事情を受け取る形を作れると思いまする」
「御所の内のことは出さぬ、という線は守れますか」
「守れまする。それは、対話の前から決めていた線でございます」
「それにしても、どこから漏れたのでございましょう」
実光が声を低くした。
「それは、これから突き止めまする」
夜、近藤が縁側に来た。
「今日の対話、いかがでしたか」
「良い対話でございました」
「島津様は……どのような方でしたか」
「大きな人でございました」
「大きな、というのは」
「器が大きい、という意味でございます。薩摩の主として当然の威厳がありながら、しかし考えが固まっておられない。知らせを受け入れながら、ご自分の考えを作り直せるお方だと感じました」
近藤が少し間を置いた後、言った。
「姫様、一つ聞いてもよいですか」
「なんですか?」
「島津様と話していて、近衛家の立場が難しくなることはありませんか。ご公儀の老中の話もある。島津様の話もある。御門様の話もある。それぞれの向きが違う中で、近衛家はどこに立っているのですか」
糸子は少し考えた。
「どこにも立っていない、と言えばよいのかもしれませんね」
「どこにも?」
「ご公儀の味方でも、薩摩の味方でも、どこかの藩の味方でもない。御門様のおそばにいる、というのが近衛家の立場でございます。御門様を真ん中に、様々な向きの力を揃えることが、わたくしの役目だと思うておりまする」
「それは……難しい立場ですね」
「はい。なれど難しいからこそ、できることがありまする。どこかの味方になれば、他の向きから敵が生まれましょう。どこの味方にもならなければ、どこからも話を聞けるというものです」
「仲立ち、ということですか」
「仲立ちより、もう少し前に出た立場でございます。仲立ちは、話を繋ぐだけです。わたくしは、話を繋ぎながら、その行き着く先を、一つの向きへ寄せようとしておりまする」
近藤が夜空を見た。
「その向きとは?」
「この国が、異国と対等に付き合える形を作ること。ただ、それだけでございます」
近藤が静かに頷いた。
「分かりました。俺たちは、その姫様を守ります。どこにも属さない姫様が、どこからも狙われるかもしれないということも、分かっておりますゆえ」
「心強いですね」
「その代わり」
近藤が言った。
「姫様も、俺たちを守ってください」
「守る? わたくしが、近藤殿たちを」
「はい。俺たちが武士の格を持てたのは、姫様と御門様のお力です。その立場を守るために、近衛家との関わりは要ります。もし近衛家が危うくなれば、俺たちの立場も危うくなる」
「それは……互いに守り合う、ということでございますね」
「はい。俺は、そういう関わりの方が好きです」
糸子は少し笑った。
「分かりました。互いに守り合いましょう」
十月が終わりに向かう頃、村田蔵六との授業で、糸子は一つの練習を仕上げた。
約定の文の草案を、英語で書く練習だ。
村田蔵六が言った。
「ここまで書けるようになれば、談判の場で文を確かめるだけでなく、直しの案を出すこともできます。長崎の先生の朱も、近頃はずいぶん減りましたな」
「なれど、それは英語の分かる者にしか読めませぬ。談判の場には、和文の訳が要りまする」
「訳は、わたくしが受け持てます」
糸子は村田蔵六を見た。
「村田殿、この先の談判に、わたくしと共に関わっていただけましょうや」
村田蔵六が少し考えた後、答えた。
「……はい。叶うことなら」
「叶えまする」
「どのような形で?」
「天朝物産会所の者として、あるいは近衛家の相談役として。何らかの形で、談判の場に入れる道を考えます」
「一年あまりで?」
「一年あまりしか、ございませぬ……」
村田蔵六が静かに言った。
「急ぎますね」
「急いでおりまする。なれど、急ぎすぎれば、しくじりまする。その匙加減が難しゅうございます」
「近衛様は、この一年でずいぶん変わられました」
「変わりましたか?」
「はい。初めてお目にかかった時は、まだ七つらしいところもおありでした。しかし今は——言い方が難しいのですが、年を感じさせないところが増えました」
糸子は少し考えた後、言った。
「それは、よいことでございますか。悪いことでございますか」
「どちらとも言えませぬ」
村田蔵六が続けた。
「子供らしくなくなることは、何かを失うことでもあります。しかし近衛様がなさろうとしていることは、子供らしくいることを許しませぬ。その矛盾を、近衛様ご自身が抱えておられるのではないかと、時々感じます」
糸子は窓の外を見た。
秋の木が、最後の葉を落とそうとしていた。
「……抱えております」
糸子は静かに言った。
「八つの子でいたいと思うことは、正直、ありまする。お梅に甘えて、父上のそばで安心していたい。なれどそれを選べば、この先、何もできませぬ。どちらを選ぶかは、もう決まっているのでございます」
「悔いはありませんか」
「悔いる暇がありませぬ」
糸子は少し笑った。
「なれど——近藤殿たちと話す時は、少し息ができる気が致します。あの方たちは、わたくしを八つの子として扱ってくれることがありまする。それが、大変ありがたいのでございます」
十一月の初め、善次郎から文が来た。
「島津斉彬様から最初に届いた知らせとして、以下をお伝えします。下田のハリスは、江戸へ出て公方様に謁し、国書を差し出したいと、たびたび書状で申し入れているとのことです。堀田様はその扱いに苦慮しておられるそうです。」
「また、ハリスの将軍家への謁見が叶えば、通商の談判は一気に進むだろう、とのことです。」
糸子は文を読んで、静かに帳面を開いた。
ハリスが動いている。
歴史の通りだ。
しかし歴史の通りに動きながら、糸子の備えもまた動いている。
糸子は書いた。
「安政三年十一月。ハリスが江戸を目指し始めた。談判は、一年あまり後に迫っている。備えを急ぐ。」
「為すこと:堀田正睦様との直の対話を急ぐ。御門様へのご報告を早める。村田殿の談判への加わり方を定める。島津斉彬様との知らせの道を安定させる。薩摩へ漏れた経路を、村岡と善次郎に洗わせる。」
「そして——英語とオランダ語を、来年の春までにさらに磨く。長崎の先生が去られる前に。」
筆を置いた。
縁側まで、試衛館の稽古の音が届いていた。
六人の剣士が、今日も稽古を続けていた。
積み重なるものがある。
時間が過ぎていく。
しかし時間は、ただ過ぎていくのではない。積み重なりながら過ぎていく。
近衛糸子は、次の一手を考えながら、帳面を閉じた。
第二十二話 了
【人物紹介】島津斉彬――誰より早く、まだ見ぬ日本を見ていた男
島津斉彬が薩摩藩主となったのは、嘉永四年(一八五一年)、四十三歳のときだった。
藩主としての在任期間は、わずか七年半ほどしかない。
それでも、この短い期間に斉彬が薩摩で進めた改革は、その後の日本に大きな影響を残した。
当時、日本を取り巻く情勢は大きく変わり始めていた。欧米列強の船が日本近海に姿を現し、これまでのやり方だけでは国を守れないことが、次第に明らかになっていたのである。
斉彬が考えたのは、単に西洋の技術を取り入れることではなかった。
必要なのは、日本自身が技術を身につけ、自分たちの力で国を守れるようになること。そのためには、武器だけでなく、鉄を造り、船を造り、ガラスを造り、科学を学び、人を育てなければならない。
その考えから進められたのが、集成館事業だった。
反射炉を築き、大砲を鋳造し、製鉄や造船にも取り組む。さらに紡績やガラス製造、印刷、薬品や金属に関する研究まで行った。現在の工場や研究所を思わせるような、総合的な近代化事業である。
もちろん、最初から何もかもうまくいったわけではない。
反射炉の建設では耐火煉瓦などの問題に苦しみ、何度も工夫と修正を重ねることになった。それでも斉彬は諦めなかった。
「西洋人も人なり、佐賀人も人なり、薩摩人も同じく人なり。退屈せず、ますます研究すべし」
そうした趣旨の言葉を残している。
西洋人にできることなら、日本人にもできるはずだ。佐賀の人間にできるなら、薩摩の人間にもできる。その発想こそが、斉彬の改革を支えていた。
造船にも力を入れた。西洋式の軍艦を建造し、さらに蒸気船にも取り組んでいる。ガラス製造からは、後に薩摩切子として知られる技術も生まれた。
斉彬が目指していたのは、一つの技術を手に入れることではない。
日本が外国に頼らず、自分たちの手で新しい時代に対応できる力を持つことだった。
そして斉彬は、技術だけでなく、人を見る目も持っていた。
西郷隆盛を近くに置き、その才能を見いだして登用したことはよく知られている。西郷は後に斉彬を深く敬い、その死を大きな転機として受け止めた。
また、斉彬は薩摩藩の内政だけに目を向けていたわけではない。
将軍継嗣問題では、松平春嶽らとともに一橋慶喜を支持し、幕府の政治にも積極的に関わった。養女の篤姫を将軍徳川家定の正室としたのも、薩摩の立場を幕府中枢に近づけるという政治的な意味を持っていた。
さらに、斉彬は日本の船に日の丸を掲げることを進めた人物としても知られている。後に日本の国旗となる日の丸が広く使われていく、その先駆けとなった。
こうして見ると、斉彬が見ていたものは薩摩だけではなかったことが分かる。
藩をどう強くするか。その先に、日本をどう変えるかという視線があった。
しかし、斉彬はその未来を見ることができなかった。
安政五年(一八五八年)七月十六日、軍事訓練を指揮していた斉彬は、暑さの中で突然病に倒れ、そのまま亡くなった。死因については諸説あり、現在も確定していない。
五十歳と伝えられることもあるが、実際には満四十八歳十か月ほどだった。
あまりにも早い死だった。
斉彬が亡くなったとき、明治維新はまだ始まっていない。彼が進めた改革が、その後どこまで日本を変えることになるのかを、本人が確かめることもできなかった。
それでも、斉彬が残したものは消えなかった。
集成館で培われた技術と経験は受け継がれ、斉彬が目をかけた人々も、それぞれの立場から時代を動かしていくことになる。
斉彬自身が明治維新を成し遂げたわけではない。
けれど、その少し前に、日本は変わることができるのだと信じ、実際にそのための準備を始めていた人物がいた。
それが島津斉彬だった。
彼が残した最大のものは、反射炉でも船でもない。
「日本は変えられる」という確信を、人と技術の両方に託して残したことだった。




