第二百十四話「国父の居ぬ間に①―まねごと」
※本作は第百五十話「算盤の使徒と、灰の胎動」直後の時系列にあたるお話です。
一
――刻は遡る。
弥生も半ばを過ぎた朝、鹿児島の城下は、朝靄の底から沸き立つように騒がしかった。
錦江湾を渡る風はまだ冷たいが、桜島の裾を洗う波の色には、いつの間にか春の柔らかさが差している。その穏やかな海とは裏腹に、城下の往来は、朝の光がようやく屋根の上に届くころには、すでに人と荷とでひしめいていた。
供揃えの列が甲突川沿いに幾重にも連なり、槍持ちの足軽が槍の鞘をひとつひとつ確かめ、馬丁が手綱を握り直す。長持を担いだ人足が息を弾ませながら列の後方へ駆けていき、辻に立つ女子供が、袖で顔を隠しながら小さく手を振っている。丸に十文字の紋を染め抜いた旗指物が、朝風にはためくたびに、見物の衆から低いどよめきが上がった。潮の匂いに、油と汗と、真新しい草鞋の藁の匂いが混じり合っていた。
通りを見下ろす小さな茶店の縁台に腰を下ろし、龍馬はその光景を眺めていた。傍らには高田陽三郎が控え、少し離れた床几の隅では、小野寺順平が帳面を膝に置いたまま、行き交う旗指物の家紋を目で追っている。
久光の乗る乗物が、供の列に守られてゆるりと通りを渡っていく。垂れは固く閉ざされ、その中の男の顔を、龍馬は一度も見たことがない。
それでも分かる。あの垂れの向こうに、千の兵を率い、大名に並ぶ格式を背負って京を歩く男がいる。
この一月あまり城下を包んでいた、あの正体の知れぬ胎動が、いま初めて、目に見える形を取って動き出そうとしていた。
薩摩という巨大な藩。その中心にいる島津久光が、ようやく国元を離れ、京へ向けて動き出す。
千の兵。大名並みの格式。朝廷の御威光を担いで幕政を糺すという、前例なき大博打。あの夜、五代と小野寺と三人で紙の上に並べた数と名は、いまこうして、現に目の前を歩いている。
(――わしらの拾うた粒が、こうして本物の行列になって歩いちゅう)
その手応えは、確かにあった。だが同時に、龍馬の胸の底には、いつもの落ち着かなさが、澱のように沈んでいた。
江戸では勝先生が、慶喜公の心を耕しちょる。長崎では長次郎と惣之丞が、異人を相手に体を張っちゅう。そして姫様は、江戸の奥御殿から、日ノ本じゅうの盤面を頭の中に畳んで持ち歩いちょる。
(――皆、それぞれの場所で動きゆう。じゃが、わしは)
あの晩、長崎へ書状を送り出したあとで零した、あの一言を龍馬自身が一番よく覚えていた。
書状を出したあとに残るのは、いつもの手持ち無沙汰な体一つであった。
龍馬は、かつて勝先生や長州の男たちと、熱く語り合った光景を思い出していた。
「坂本殿。この後は、いかがされるおつもりか」
傍らの高田が、湯呑みを両手で包んだまま問うた。だが、眼光だけは、通りを行く一人一人の動きを漏らさず数えているような、冷ややかな光を湛えている。
「このふた月あまり、坂本殿がひとかたならぬ骨折りをなされたことは、私も小野寺も、よう存じております」
「骨折りっちゅうても……」
龍馬は苦笑した。
「人の家を訪ねて、話を聞いて、紙に写しただけじゃ。それを、今さっき国父様の行列を見送りながら、また思い出しちょった」
行列の先頭がゆるりと動き出し、法螺貝の低い音が朝の空気を震わせる。それを目で追いながら、龍馬はやがて、にやりと笑った。
「実はな……考えちょったことがある」
小野寺が、帳面を閉じて顔を上げた。色白の顔に、薄い眉がわずかに動く。
「何でしょうか」
「松陰先生の真似じゃ」
「松陰先生の?」
「人を集めて、これからの話をするがよ」
言うそばから、龍馬は苦笑いを浮かべた。
「……いんや。そりゃあ、わしには無理じゃき」
高田が、湯呑みを置かずに問い返す。
「どうしてです?」
「松陰先生は、人前に立った瞬間、人を引き込む力がある。塗板に数を書き連ね、口を開いただけで場の空気を変えてしまうようなお人じゃ。わしにゃあ、そんな真似はできんちや」
龍馬は自分の胸を軽く叩いた。しばし間があった。
「わしは、酒を飲んで、くだらん話をして、その中で少しだけこれからの話をする方が向いちゅう」
龍馬は大きく笑った。
「松陰先生やきこそ、成り立つがじゃ」
それから、通りを歩き去る行列の埃を目で追いながら、龍馬は独り言のように付け加えた。
「なら答えは決まっちゅう。坂本龍馬のやり方でやるがぜよ」
高田も小野寺も、それには口を挟まなかった。
小野寺が、帳面を開いたまま尋ねた。
「坂本龍馬のやり方、とは、いかなるものですか」
「正直、どこまでできるかわからん。けんど、一つだけ決めちょることがある」
「何をでしょう」
「酒場は使わん」
高田がわずかに眉を上げた。
「酒場、と申しますと」
「江戸や京みたいに、誰でもふらりと入れる煮売屋を探すつもりかと思うたじゃろう。じゃが薩摩には、そげな場所は少ない。知らぬ者同士が酒を飲んで寄り合う習いが、そもそも薄いき。そこで人を集めても、まず間者かと疑われるじゃろう」
龍馬は懐へそっと手をやった。指先が、薄い布地越しに硬い骨の感触を確かめる。
懐へしまい込んでいる扇子には、近衛牡丹の紋があった。
(――まだじゃ)
(これは、わし自身の力でどうにもならん時に使うもんじゃ。自分の足で歩けるうちに、家の名を借りて道を開けてもろうては、意味がなか)
龍馬は懐から手を離し、湯呑みの底に残った茶を飲み干した。
行列の埃が朝日に舞い上がり、法螺貝の音が遠ざかっていく。
『国父の居ぬ間』――その言葉が、龍馬の頭の中で、ふと小さな輪郭を結び始めていた。
高田も小野寺も、まだこの言葉が何を指すのか、正しくは分かっていなかった。だが、龍馬がこうして何かを言い出したときは、たいてい、あとになってその意味が分かるものだと、二人とも経験から知っていた。
三人は、茶代を縁台へ置き、埃の収まらぬ通りを歩き出した。
二
薩摩には、江戸や京のような酒場の文化はほとんどなかった。他藩の者の出入りを厳しく警戒する土地柄ゆえ、見ず知らずの者同士が肩を並べて話す場は、そもそも育ちにくい。
「御国厳禁」
他国者を容易に入れぬ仕組みがあり、若い武士たちは郷中の中で幼い頃から鍛えられる。人目のある場所で羽目を外すことは、個人の恥ではなく、郷中の恥とされた。
酒を飲むなら、家で飲む。あるいは、気心の知れた仲間の中で飲む。よそ者がふらりと入り込み、隣り合った者同士が言葉を交わすような場は、薩摩には少なかった。
だから龍馬は、いきなり人を集めることをしなかった。
まずは、このふた月あまりの間にどうにか顔を覚えられた藩士の家や、ごく小さな寄り合いへ、一人か二人を連れて顔を出すことから始めた。目当てはまだ何もない。政談でもなければ、儲け話でもない。ただ、顔を覚えてもらうことだけである。
城下の外れ、さる下級藩士の借家。灯芯の細い明かりの下、四畳半の座敷に、五、六人の男が車座に座っていた。焼酎の入った土瓶が真ん中に置かれ、湯気とも匂いともつかぬものが立ち上っている。壁の向こうからは、隣家の子供をあやす声が、ぽつりぽつりと漏れ聞こえてきた。
案内してくれたのは、以前、廻船問屋の店先で言葉を交わしたことのある、顔見知り程度の藩士であった。その男が「土佐のお人じゃが、悪い者ではなか」とだけ座に言い添え、あとは龍馬自身に任せて、自分は隅で盃を傾け始めた。
龍馬は末席に座り、まず何も語らなかった。
「国父様は、京で何をなされると思うてね?」
龍馬がそう水を向けると、座の中でもっとも年嵩の男が、待っていたとばかりに口を開いた。
「決まっちょっ。慶喜公を後見に据えっ、朝廷の御威光をちて幕府を糺す。国父様は、それを成し遂げっために京へ上られたいじゃ」
別の一人が続けた。
「わいどんの中には、国父様がこの企てに命を懸けっおらるっことを知らん者もおっ。じゃっどん、わいどんは知っちょっ。あの御方が、いかにこの日を待ちわびちょったか」
龍馬は否定しなかった。ただ、うんうんと頷きながら聞いた。
「なるほどのう」
「薩摩の人間は、国父様を本当に信頼しちょるんじゃな」
座の空気が、わずかに緩んだ。よそ者に踏み込まれることを警戒していた男たちの肩から、力が抜けるのが分かった。
龍馬は、そこから初めて、話をほんの少しだけ横へ広げた。
「じゃが、江戸だけではなく、海の向こうを見ると面白いことになっちゅう」
座が、ふと静まった。
だが、それも一瞬のことだった。
「土佐の御仁は、話の太か。のう」
誰かがそう言って笑い、座はすぐに国父の話へ戻っていった。
その晩は、それだけで終わった。
*
別の晩、龍馬は別の座敷へ足を運んだ。今度は、城下でも古い家柄だという郷中の寄り合いであった。案内してくれた藩士の顔を立てて末席に座ったが、この座では、初めから空気が違っていた。
髭の濃い、四十絡みの男が、龍馬を睨めつけるようにして口を開いた。
「土佐の脱藩浪人が、なして薩摩の城下をうろついちょっか」
「話を聞かせてもらいに来ただけじゃ」
「話を聞っ、とな。よそ者が、何を聞きに来たか」
男の目には、隠しきれぬ疑いの色があった。他藩の間者、あるいは金目当ての食い詰め浪人――この城下で、余所者に向けられる目は、どこも似たようなものであった。
「聞いた話を、どこぞへ持ち帰っつもりじゃっどが」
「持ち帰るような話は、まだ何も聞いちょらん」
龍馬は笑って受け流したが、その場の空気は最後まで解けなかった。座を辞するとき、髭の男はこう言い添えた。
「二度と面を出すな、とまでは言わん。じゃっどん、うちの若っ者を、余計なこっに引き込っではならん」
外へ出ると、夜気が冷たく頬を刺した。高田が、いつもの平坦な声で言った。
「今宵は、手厳しゅうございましたな」
「おう、見事なもんちや」
龍馬は笑って答えたが、その声には、いつもほどの張りがなかった。
*
似たようなことが、それから幾晩か続いた。海の話を持ち出すたびに、座は一様に、丁寧な相槌と共に話を元へ戻す。あるいは、あからさまに疑いの目を向けられる。よそ者の法螺話として、当たり障りなく受け流されているのが、龍馬にもよく分かった。
小野寺は、それでも毎晩、律儀に帳面を開いた。
「今宵も、実りは薄うございました」
「薄い、と書いておくがか」
「はい。ですが、薄いなりに、誰が坂本さんの話を聞き流し、誰が耳を傾けたかは、書き留めておきます。薄い実りも、積もれば厚みになりましょう」
龍馬は、少しだけ救われた気がした。
*
そのあとに続いた幾晩かも、似たようなものだった。頭から拒まれる座敷もあれば、行儀よく聞き流されるだけの座敷もある。
ある帰り道、龍馬はぽつりと言った。
「今宵の連中は、悪うはなかったが……火がつかんかったのう」
「はい」
高田が頷いた。
「頭から拒む者よりも、あの手の、行儀よう聞き流す者の方が、あるいは厄介かもしれません。拒まれれば、こちらも次の手を考えられます。しかし、右から左へ聞き流されては、どこに壁があるのかすら、見えてまいりません」
龍馬は、しばらく黙って歩いた。
「……分かっちょる。じゃき、こういう晩も、無駄にはせん」
三
変わったのは、ある晩、龍馬がふと、話し方を変えたときであった。
その晩の座敷には、前髪の名残を頬に留めたような、十六、七ほどに見える若者が一人混じっていた。他の者たちが国父様の話に熱を上げる中、その若者だけは、一人黙って盃を傾けていた。目立たぬが、時折こちらを窺うような視線を、龍馬は幾度か感じていた。
その若者が、ふと龍馬に問うた。
「坂本殿は、なぜそこまで異国を気にする」
龍馬は、それまでのように理屈から答えなかった。
「長崎へ行ったからじゃ」
短く、そう答えた。
「見てしまったんじゃ」
「日本と異国の差を」
若者の目に、わずかな興味の色が浮かんだ。
龍馬はそこで初めて、蒸気船の話をした。黒々とした鉄の船体が、帆も張らずに、白い煙を吐きながら海を割って進む様。港の桟橋に積み上げられた異国の荷の山。生糸を量る天秤の目盛りを、こちらが読み違えるより早く、異国の商人が読み終えている速さ。
それは講義ではなかった。ただの、見た者の話であった。
「わしゃあ、長崎の湊で、異国の商人が生糸の値を決めるところを見たことがある。こっちが一つ値を出すと、向こうはにこりともせず首を横に振る。もう一度出すと、また首を振る。三度目でようやく頷くが、その値は、最初にこちらが出した値の半分にも届かん」
「半分に?」
「そればあじゃない。異国の商人は、値を決める前に必ず上海の相場を見るがじゃ。長崎の値と上海の値、どちらが高いか、船が着くたびに紙一枚で分かる。こっちは、上海の値も知らぬまま、向こうの言う値を聞くしかない。それが、知らぬということの怖さじゃ」
「そういう商いを、異国の連中は、当たり前のようにやっちゅう。わしらが刀の稽古に汗を流しちゅう間に、向こうは算盤の稽古に汗を流しちゅうがじゃ」
「異人に、算盤のあっで」
「算盤の形は違うが、数を数える術は、こっちより先を行っちゅう。何しろ、あの連中は船一艘、大砲一門にいくら要るかを、日ノ本よりずっと先に数えちゅうがじゃ」
龍馬は、懐かしむように目を細めた。
「長崎じゃあ、饅頭屋の倅やった男が、異国の書物を夜も寝んと読みよってな。あいつは、算盤と英語があれば、刀がのうても異人と渡り合えると信じちょる。わしゃあ、今なら分かる。あれは刀を捨てたんじゃない。刀とは違う力を、手に入れたがじゃ」
若者は黙って聞いていた。
「わしが長崎で見たのは、鉄の船だけやなか。異国の商人が、莫大な儲けを懐にしながら、それでも米を作る百姓の暮らしより貧しゅう見えん顔をしちょったことじゃ。あの余裕は、数字を握っちゅう者だけが持てる余裕ぜよ」
「坂本殿は、それで悔しゅはなかとですか」
若者が、初めて自分から重ねて問うた。
「異国に、そこまで先を行かれっおっで……」
「悔しかぜよ。悔しゅうてたまらん。じゃが、悔しがるだけでは、一寸も近づけん。近づくには、まず向こうが何をしゆうかを、正しく知らんといかん。知らぬまま悔しがるんは、目ぇ閉じたまま地団駄を踏んじゅうようなもんじゃ」
他の者たちも、いつしか国父の話をやめ、龍馬の話に耳を傾け始めていた。それは理屈で説き伏せられたからではない。ただ、龍馬の語る「見たもの」が、彼らの知らない世界の手触りを、確かに運んできたからであった。
この夜、龍馬はふと気づいた。
己は、話を聞いて、相手の中にある興味を引き出す人間だ。相手の懐へ入り、その中にあるものを一緒に覗き込むことなら、できる。
帰り道、高田がぽつりと言った。
「今宵は、様子が違いました」
「おう」
「坂本殿が、教えようとするのをやめられたからでしょう」
龍馬は何も返さず、ただ夜空を見上げて笑って言った。
「そうじゃな!」
四
それからというもの、龍馬の話は、少しずつ深さを増していった。
ある晩、焼酎の茶碗を回しながら、龍馬は懐から取り出した紙に、拙い線で日ノ本の輪郭を描いてみせた。
「日ノ本ちゅうんは、この通り、四方をぐるりと海に囲まれた国じゃ。ならば、この海を、敵じゃのうて道として見んといかん」
「道、とは」
「異国の船も荷も人も、この島へ呼び込む。海の道で銭を稼ぐ。国を富ませるために、陸を奪う必要はなか。日ノ本は、大海原の真ん中に浮かぶ、でっけえ宿場町になればええがじゃ」
座の中の一人、鍛冶場を営む家の三男坊だという郷士が、腕を組んで問うた。
「宿場町か。じゃっどん坂本どん、通り過ぎる旅人から銭を取るだけの、卑しい商いではなかですか」
龍馬は、その男の手を見た。節くれ立った指の先に、鉄粉のような黒い染みが幾つも残っている。
「おはん、鍛冶屋の子じゃったな。なら分かるじゃろう。ええ刃物を打つには、鉄を追うて山を掘るより、ええ鉄が集まるところに炉を置いたほうが早い。宿場町ちゅうんは、その炉のようなもんじゃ。異国の銭も知恵もそこへ集まってくる。あとは、それをこっちの値で扱うか、向こうの値で持っていかれるかじゃ」
鍛冶屋の子は、しばらく黙り込んでから、ふっと頷いた。
「……なるほど。炉の火加減ちゅうもんは、こっちで決めるもんじゃな」
「そういうこっちゃ」
座の隅にいた、日焼けした若者が口を挟んだ。前之浜あたりで漁を営む家の生まれだという。
「坂本殿、海の道と言われても、潮の荒れる日もあれば凪いで進まん日もある。海はそげん都合のよい道にはなってくれんぞ」
「おう、それはよう分かっちょる。じゃき、海の道を拓くには大きな仕組みが要る。港を整え、荷を動かす手はずを作り、異国の船が来ても受け止められる備えを持つ。そこまでできて、初めて海は道になるがじゃ」
「仕組み、ちゅうんは藩のやることか」
「藩だけでもなか。日ノ本じゅうの商人が一つの束になって海へ出るがじゃ。そうすりゃ、荒れる日も凪ぐ日も、束の中の誰かが穴を埋めてくれる」
漁師の子は、波を思い浮かべるような目をしてから、小さく頷いた。
鍛冶屋の子が、ふたたび口を挟んだ。
「じゃっどん坂本殿、薩摩には集成館がある。斉彬公の築かれた、あの反射炉と硝子場じゃ。異国の力なんぞ借らんでも、薩摩だけで大砲も鉄も作れる」
「おう、わしも敬うちょる。じゃが、それだけで足るんなら、何のために国父様は、わざわざ千の兵を連れて京へ上らんといかんがか。薩摩一国の力だけで日ノ本が回るんなら、誰も京へなど行かんでええはずじゃ」
鍛冶屋の子は、それに答えられなかった。
「一藩の力と、日ノ本じゅうの力を束ねたもんとでは、桁が違うがじゃ。例えば、奄美の黒砂糖にしてもそうじゃ。薩摩がどれだけ汗を流して作っても、値を決めるのは大坂の相場じゃろう。作る力と、値を決める力は別もんぜよ」
「値を決める力……」
「日ノ本じゅうの品を一つの手で束ねれば、相場をひっくり返す力になる。もう一つ、これは代理戦争ちゅう話じゃ。日本人同士が攘夷じゃ倒幕じゃと言うて殴り合うちょったら、その横で異人がにこにこ笑いながら鉄砲を売りつけてくるがぜよ。血を流すのはこっちで、儲けるのは向こうじゃ」
年嵩の一人が、眉をひそめた。
「異国が、わざわざそこまでするか」
「するがぜよ。現に今、メリケンの国では北と南とに割れて戦をしちゅう」
龍馬は、異国の戦の話を思い返すように、盃の中を覗き込んだ。
「長州の学者が言うちょった。あれは気合いや兵の数だけで決まる戦ではなか、と」
「……どげんこっじゃ」
「北の方が、工場の数も鉄の量も南の十倍以上ある。じゃき、四年で北が勝つ。これは長州の学者が数で言い切っちょった話じゃ。兵の気概じゃなか。工場の在庫と鉄の道の長さで決まる。これがこれからの戦の姿ぜよ」
龍馬は、盃を一つ空けてから続けた。
「その戦が終われば、余った鉄砲が山ほど売れ残る。異国の商人はそれをどこぞの島国へ売りつけたい。そこへ日本人同士が殴り合いを始めてくれれば、これほど都合のええ話はなか」
「……つまり」
「今この時、メリケンの戦のおかげで、異国の目はこっちへ向く暇がなか。このたった四年の窓が開いちゅう間に、わしらは力を溜めんといかん。窓が閉まってからでは遅いがじゃ」
その時、それまで黙っていた年配の一人が、腕を組んだまま口を開いた。
「坂本殿の申すことが真であったとしても、それは幕府や御役人の案ずることじゃろ。わいどんのごとき下士が悩んだところで、何が変わるか」
「それを幕府任せにしたらどうなるか。清国を見てみいや。清国は異国から阿片を持ち込まれ、止めようとして艦砲を向けられ、負けて香港を奪われ賠償金まで払わされた。大国の清国が、じゃ」
座の中が、静まり返った。
「役人が立派であろうがなかろうが、数と仕組みで負けた。その賠償の金を払わされたのは誰か。民百姓じゃ。負けた分の勘定はいつも下の者へ回ってくる。今や清国の百姓は、異国の阿片を銭払うて買わされちゅう」
座の中の一人が、低く呟いた。
「……他人事とは、思えんのう」
「他人事やなか。幕府任せにして気づいた時には手遅れ、ちゅうことになりかねん。だからこそ、この四年の間に、わしらの手の届くところから力を溜めておかんといかんがじゃ」
座敷の中に、しばらく沈黙が落ちた。
やがて、あの前髪の名残を残す若者が、ぽつりと口を開いた。
「坂本殿の話は、恐ろしかのう」
「恐ろしいがか?」
「刀を抜けと言われる方が楽じゃ。刀を抜くなと言われて、代わりに何をせよと言われちょるのか、はっきりとは分からん」
龍馬は頷いた。
「わしにもまだ全部は分からん。じゃが、何もせんまま四年を過ごせば、わしらは余った鉄砲の的にされるだけじゃ」
その夜、座が終わったあとも幾人かが帰らずに残り、龍馬の描いた紙の切れ端を覗き込んでいた。
五
この頃から、高田陽三郎と小野寺順平の働きが、それぞれの形で厚みを増していった。
高田は、これまでどおり龍馬の傍らに控え、座の隅を静かに見ていた。だが、ただ護衛として立っているのではない。どの辻から来て、どの辻へ帰るのか。どの家の者と繋がっているのか。座敷へ入る前と、出た後で、顔つきがどう変わったのか。高田の目は、その一つ一つを拾っていた。
ある晩、帰り道で高田がふと呟いた。
「坂本殿は、人を集めるというより、人が集まる場所を作っておられますね」
「そうかのう」
「剣で人を動かしておられるのではありません。権威でもない。ただ、人と人との間へ入っていかれるだけです。……それだけで、こうも人が寄ってくるとは」
「例えば、今宵の鍛冶屋の三男坊。あの者の兄は、たしか他家へ養子に出ておりましたな」
「よう覚えちょるのう」
「養子先は、城下でも米の廻漕を扱う家です。あの者一人が坂本殿に心を許せば、いずれ廻漕の話にも、糸が届くやもしれません」
小野寺が、懐から帳面を取り出して頁を繰った。
「高田殿の申される通りです。私も、あの者の名の下に『廻漕』と書き添えました。こうして名の下へ一つずつ関わりを書き足していけば、やがて、この城下で人がどう結ばれているかが、帳面の上に見えてまいりましょう」
「縁の形…かのう」
「はい。剣で斬り開く道もありましょうが、これは、縁で編む道です。時はかかりますが、一度編み上がった縁は、そう容易くはほどけません」
高田の力量は、人の縁を見ることだけではなかった。ある晩、寄り合いの帰り道が大雨で崩れたと聞くと、高田はすぐに言った。
「ならば、二筋北の道を回りましょう。あちらは水はけがよい。この時季なら、崩れてはおりますまい」
誰かに教わったわけではない。幾晩も城下を歩くうちに、道の高低も、水の流れも、自然と頭に入っていた。人の繋がりを見る目と、土地を見る目。その両方が、龍馬の座を陰で支えていた。
龍馬は、少し照れくさそうに頭を掻いただけであった。だが、高田の中で、坂本龍馬という男の見え方が、その晩から確かに変わり始めていた。
一方、小野寺の帳面には、別の変化が積もっていた。
最初は、ただの覚え書きだった。誰それの名。身分。興味の向く先。得意な分野。座敷で聞き逃してはならぬと思った一言。
小野寺は、それを日付とともに几帳面に書き留めた。鍛冶屋の三男には「鉄」。漁師の子には「潮と船」。あの前髪の若者には、まだ「出自不明」。最初は数枚だった紙が、幾晩も重なるうち、一冊の帳面になった。
小野寺自身、それを何に使うのか、まだ決めてはいなかった。ただ、名と事実を並べていけば、その奥に人の繋がりや流れが見えてくる。そういう性分だった。
帳面は、まだ薄い。だが、小野寺はもう、最初の頃のように単なる記録としては見ていなかった。
六
五代才助は、この頃、真木和泉の身の回りと藩内の仕事に忙殺されていた。
国父の本隊はすでに発ったが、大砲方や荷駄を担う後続の一隊はまだ国元に残っている。五代は兵糧方の帳合いを確認し、遅れて発つ船の割り振りを詰め、その合間に京の久光へ差し出す復命の文もまとめていた。
それに加えて、真木和泉の監視もある。真木は久留米の神官らしい厳めしさを崩さず、静かに旅先の日々を送っていた。
龍馬と連れ立って動く暇は、以前ほど多くはなかった。
だが、ある日、五代はふと気づいた。
このところ、坂本殿が妙に忙しい。しかも、会うたびに、決まって酒の匂いをさせている。城下の噂に耳を傾ければ、あちこちの寄り合いに、土佐の浪人がふらりと顔を出しているという話が、ぽつぽつと聞こえてくる。
五代は、高田を捕まえて尋ねた。
「坂本殿はいったい何を実ちょっとですか」
「人と話しています」
「それだけ?」
「それだけですよ」
五代は、しばらく高田の顔を見つめてから、思わず笑い出した。
「……ないほど」
松陰先生は、一人の強烈な思想で人を引き寄せた。あの講義の場に居合わせた者は誰も、あの熱から逃れられなかった。あの塗板に書かれた数字を目にしただけで、五代自身、身震いしたものである。
だが、坂本龍馬は違う。
「坂本殿らしゅうございますな」
五代はそう呟き、それ以上は何も問わなかった。だが、この時から、五代の中で、龍馬の動きを見る目に、また別の意味が加わっていた。
その足で、五代は真木の宿へも顔を出した。
真木は、文机に向かって書見をしていたが、五代の姿を見ると、ゆっくりと顔を上げた。
「五代殿か。この頃、お忙しそうじゃな」
「国父様の御出立の御支度で、あっちこっち駆っ走っておりもす」
「ふむ。……あの聖なる剣は、まだ振るう機を待っておるかの」
真木の目には、あの萩の一夜から変わらぬ、燃えるような光があった。五代は、その光を見るたびに、背筋にひやりとしたものを覚える。
「機は、いずれ必ず参りもす。じゃっどん、真木殿。剣は、抜く時を誤れば、味方まで斬ってしまいもす」
「五代殿らしい、慎重な物言いじゃ」
「慎重ではございもはん。……ただ、坂本殿を見ておると、剣を抜かんでも、人は動かせるのだと、思い知らされもす」
真木は、それには答えず、ただ書へ目を戻した。五代は、それ以上は何も言わず、宿を辞した。
七
数日後の晩、五代が初めてその座敷へ顔を出した。
仕立てのよい袴をきりりと着けた、がっしりとした体躯の五代が座敷へ入ってくると、それまで龍馬を遠巻きに見ていた者たちの態度が、目に見えて和らいだ。薩摩の内でそれなりの名を知られた若き俊英が座に加わったことで、それまで龍馬一人では踏み込めなかった敷居が、一段低くなったのである。
「五代殿が、土佐のお人と親しゅうしておられるとは」
誰かがそう漏らすと、五代は事もなげに応じた。
「おいが長州で、松陰先生の講義を聴いた縁で、知り合いもした」
それだけで、座の疑いは、ほとんど解けた。
この晩を境に、これまで龍馬を遠ざけていた者の中にも、五代の顔を立てて座へ加わる者が出た。もっとも、集まったのは下級の藩士や郷士ばかりだった。上士の座敷へ、龍馬の話が届くことはない。だが、それでよかった。
これから先の国の形を考えるには、まだ何者でもない若い者たちのほうが、かえって向いていた。
この晩、龍馬が代理戦争の話を語り終えると、五代が言葉を継いだ。
「おいも、長崎の海軍伝習所におった時分、異国の艦を間近で見もした。坂本殿の申すことは、大袈裟ではなか。あの鉄の塊りを持つ者と持たん者とでは、初めから勝負になりもはん」
五代のその一言が、龍馬の話に、さらに厚みを与えた。土佐の浪人の言うことと、薩摩の俊英の言うことが、同じ一つの絵図を指している――それが、座の者たちの胸に落ちていくのが分かった。
「五代殿がおるだけで、人が増えるぜよ!」
龍馬が上機嫌でそう言うと、五代は苦笑して首を振った。
「いいえ、いいえ。坂本殿の話が面白かでごわすよ」
「難しい話を、普通の者が聞ける話にしている。おいには、そげんこつはできもはん」
「そう言われると自信が出るぜよ!」
龍馬は大きく笑い、五代もつられて笑った。
*
それから幾晩も経たぬうちに、城下のあちこちで、小さな噂が芽生え始めていた。
郷中の稽古場の帰り、若い衆が二人、立ち話をしている。
「近頃、五代殿が、土佐の浪人と連れ立っ寄り合いへ顔を出しちょっとそうな」
「何を話すんじゃ」
「異国の話じゃと。蒸気船やら、メリケンの戦やら、聞いたこともなか話しばかりじゃそうな」「面白ろかごっ、聞こえるどん」
「今度、わしも顔出してみっか」
城下の小間物屋の店先でも、丁稚同士がそんな話を交わしていた。
「土佐の御方が、異国の話をして回っちょっげな」
「胡散なかお人じゃなかか」
「じゃっどん、五代様が肩を持ちなされおっちゅうから、そう悪か人でもなかろ」
その噂は、やがて、さる上士の耳にも入った。だが、その上士は、鼻先で笑っただけであった。
「郷士や下士の、暇つぶっじゃろ。国父様の御出立というこの大事に、つまらんこっにうつつを抜かしおって」
それ以上、詮索する者は現れなかった。噂は、下の者たちの間だけを、静かに、しかし確かに広がり続けていた。
八
一方、真木和泉は、龍馬たちの動きを何一つ知らなかった。
これは、誰かが意図して隠したことではない。龍馬自身、この頃はまだ、自分のしていることを大きな計略とは考えていなかった。ただ、話を聞いてくれる者が少しずつ増えている。その程度の手応えだった。
そのころ真木は、五代の手配した番士に囲まれながら、薩摩での日々を送っていた。朝は経を読み、昼は書を開く。夕には番士相手に国事を語る。暮らしだけを見れば、久留米の神官が旅先で静養しているようにも見える。だが、城下へ一人で出ることは許されなかった。真木は、その不自由を大きく嘆くこともなく受け入れていた。
いずれ自分の信じる道を示す時が来る。そう信じている者の、静かな耐え方だった。龍馬たちの酒席が広がっていることを、真木が知ることはなかった。
だが、小野寺の帳面には、確かに変化が刻まれ続けていた。
名は、少しずつ増えていく。誰も気づかぬところで、その一行一行が積み重なっていた。
真木が見ているのは、いまだ見ぬ聖戦の日であった。小野寺が見ているのは、すでに動き始めている、名もなき者たちの日々であった。同じ城下の空の下で、二つの目は、まったく違う場所を見つめていた。
九
ちょうどその頃、薩摩藩の留守居役所では、また別の一件が、誰の目にも留まらぬまま処理されようとしていた。
肥後国は人吉から、勘定奉行・犬童権左衛門という男が訪れていた。目当ては、五千両の借り受けである。この日で、三度目の願い出であった。
人吉は、正月明けの寅助火事で城下のほとんどを焼いていた。大坂の商人からはすでに一万両を引き出したものの、なお五千両が足りない。犬童は、その不足を埋めるべく、あちこちの藩へ頭を下げて回っていたが、どこも色よい返事はなかった。
薩摩は、人吉にとって最後に頼るべき相手だった。すでに物資の支援は約束されている。だが、焼けた城下を立て直すには、大工や職人の手だけでは足りない。まとまった金子が要る。
この二月あまり、犬童は肥後や日向の諸藩を訪ね歩いた。だが、返ってくる答えはどこも同じだった。自国のことで精一杯で、他国の火事の後始末まで引き受けられる藩はない。
だが、時期が悪すぎた。留守居役所の板間には、本隊に遅れて発つ後続の荷駄・大砲方を送り出すための書付が山と積まれていた。朝から役人たちが行き交い、その足音が絶えない。後続部隊の出立を控え、上へ細かな伺いを立てる暇は、この役所には残されていなかった。
応対に出た担当の役人は、若い供の者を一人だけ連れて頭を下げる犬童の姿に、幾らかの同情を覚えながらも、しばらく思案したのち、独断でこう告げた。
「金子の貸し付けは、いささか難しゅうござる」
犬童の顔に、失望の色が浮かんだ。
「なっどがんもお願い申し上げておりますばってん」
「事情は重々承知しちょっと。じゃっどん、今この時に上へ大金の伺いを立てれば、御出立の御支度に障っ。それだけは、何としても避けねばならん」
「……人吉は、小さな国にございます。じゃっどん、決して恥ずべき国ではございませぬ。球磨の山と川が、いま一度息を吹き返しさえすれば、いずれ必ず、この御恩には報いる所存にございます」
犬童は、そう言い添えずにはいられなかった。だが役人は、困じたような顔で首を振るばかりであった。
「おはんの申すこっは、よう分かっる。そん上で、いま薩摩には、それだけの手が回らんのじゃ」
犬童は、それ以上食い下がらなかった。このふた月あまり、行く先々の役人たちのこの一点張りに、幾度も同じ壁を見てきた身である。
だが役人は、続けてこう付け加えた。
「なれど、物資の支援はお約束いたしもす」
人吉にとっては、それでもありがたい話であった。焼け出された城下の再建には、大工や職人の手も、木材も瓦も要る。だが、肝心の五千両の穴だけは、依然として埋まらぬままであった。
犬童は、役所を辞すると、外で待っていた若い供の者へ、短く「行くぞ」とだけ告げた。その顔には、疲れの色が濃く滲んでいた。
この一件は、のちに藩内へこう報告されることになる。
『――人吉藩へ、物資の支援を決めた』
それだけであった。五千両を願い出られたことも、それを断ったことも、上へは一言も上がらなかった。担当の役人の胸のうちだけに、しまい込まれたまま。
十
その日の晩、いつもの座敷に、犬童の供として役所へ同行していたという、あの前髪の名残を残す若者が交じっていた。
この頃には、その若者もすっかりこの座に顔なじみとなっており、龍馬の話にも人一倍、目を輝かせて聞き入る側であった。だがこの晩は、いつもより酒が回っていた。
「……坂本殿の話を聞いおると、うちの国のこっなど、ちっぽけに思えてまいりもす」
誰にともなく、若者はそう零した。
「うちの国、っちゅうたら」
龍馬が水を向けると、若者は初めて、己の名を名乗った。
「渋谷練助と申しますばい。肥後の、人吉の生まれです」
「人吉?……あぁ、あそこの、火事があった」
「はい。正月明けに、城下がまるごと焼けもした。城も、御殿も、ほとんど焼け落ちもした」
「火元はどこぜ?」
「鉄砲鍛冶の家からだと聞きもした。恒松寅助という職人の家からで……あれだけの火が、あっという間に、城下じゅうへ広がりもした。死人が出んかったのが、せめてもの救いでございもす」
「怪我人だけで済んだんは、大したもんじゃ」
「はい。じゃっどん、家も蔵も、みな灰になりもした。家老の渋谷三郎左衛門様が、江戸へ向かう途中でこの報せを聞き、すぐさま大坂へ取って返して金策に走られ、大坂の商人から何とか一万両を引き出しもした。……それでも、五千両が足りもはん」
練助は、自嘲するように笑った。
「薩摩様には、物資の支援を賜り、まことにありがたいことでございもす。……なれど」
練助は、盃を握ったまま、しばらく黙った。
「五千両が、どうしても足りもはん。大坂からは何とか一万両を引き出しもしたが、その先が続きもはん。犬童様が、あちこちの藩へ頭を下げて回っておられますが、どこも、色よい返事は」
「ほうか……」
「薩摩様には、何度も願い出もした。じゃっどん」
練助はそこで言葉を切り、力なく首を振った。
「じゃっどん、時期が悪うございもした。今日も断られもした。これで三度目でございもす。それでも、犬童様は諦めておられもはん。あの御方の背中を見ておりますと……この身が、いっそう情けのう思えてまいりもす」
「情けない、ゆうたら」
「私は、ただ犬童様のお供をして、頭を下げて回るだけの身にございもす。国のために、この手で何かを成したわけではなか。刀を振るうこともできもはん。銭の算段も、犬童様や渋谷様のような御立場にはございもはん。……ただ、皆様が頭を下げる姿を、傍らで見ておるだけの十六の小僧でございもす」
「うちの国が持ってこられる話など、この城下では、誰も本気で聞いてはくれもはん」
その場にいた他の者たちは、酔いも手伝って、練助の愚痴を軽く受け流していた。だが、龍馬の目つきだけが変わっていた。
小野寺が、その様子に気づいて問うた。
「何か、気になることがあるんですか」
「いんや……」
龍馬は、しばらく考え込んだ。
人吉。山に囲まれた小藩だと、練助は言った。だが、球磨川という水運を持ち、焼酎や椎茸、木材や刃物を、遠く長崎まで運んで銭に換えているとも聞く。山の中に閉じ込められた国ではなく、川一本を通して、外とつながっている国だ。
薩摩は、いま久光公が国を空けて京へ上っておる。長州には、姫様の絵図に連なる旭日隊がある。長崎には、長次郎と弥太郎がおる。だが、その三つの点を、地図の上でつなぐ線が、まだどこにもなかった。
九州の南に薩摩があり、西に長崎があり、そして北の肥後には、いま目の前で杯を握りしめておる、この練助の国がある。もし人吉が、薩摩とも長州とも縁を結べる場所になれば――
龍馬の頭の中で、いくつもの線が、静かにつながっていく。
薩摩。長崎。人吉。長州。物流。軍。人。
「……これぁ」
「坂本殿?」
高田が、怪訝そうに顔を覗き込んだ。
「使えるぜよ」
座の空気が、一瞬にして凍りついた。練助の顔から血の気が引く。金の話か、あるいは人吉の弱みにつけ込む話か――そう思われたのだろう。
「……使える、ち言わるっと」
練助の声が、わずかに震えていた。
「……まさか、おっが国の困りごとば、種にそちすっとでは」
座の中の何人かも、じっと龍馬の顔を窺っている。
だが龍馬は、すぐに続けた。
「金の話じゃあない。人の話じゃ。場所の話で、つながりの話ちや」
龍馬は、練助の肩に軽く手を置いた。
「練助さん、おまんの国は、恥じることなど何もなか。山ん中で、川一本を頼りに、焼酎も刃物も外まで運んじゅう国じゃ。そういう国は、案外、薩摩の連中が思うちゅうより、ずっと使い出があるがぜよ」
練助は、何を言われているのか、まだ半分も呑み込めぬ様子であった。
龍馬は、小野寺の方を見た。
「人吉について調べるぜよ」
「承知しました」
小野寺は、筆を止めぬまま付け加えた。
「山に囲まれた小藩というだけであれば、調べるに値しますまい。しかし、いま伺った限りでも、球磨川という水運を持ち、長崎まで荷を運ぶ力があるとなれば、話は別です。荷が動くところには、必ず銭も情も動きます。まずは、どれほどの量をどれほどの値で運んでおるか、練助殿から詳しく伺うところから始めましょう」
「相変わらず、抜け目のないやつじゃな」
小野寺は、すでに帳面を開いていた。几帳面な筆先が、新しい一行を書き足す。
練助は、まだ半信半疑の顔のまま、それでも深々と頭を下げた。
「坂本殿……何ばお考えかは、まだよう分かりもはん。じゃっどん、おっが国のことを、あなた様にお気にかけていただけただけでも、私は、このご恩ば忘れは致しもはん」
「まだ礼を言われるようなことは、何もしちょらん。じゃき、その頭は、しまっちょけ」
龍馬はそう言って、練助の盃へ、なみなみと酒を注いだ。
――人吉藩。球磨川水運。焼酎、椎茸、木材、刃物。
まだ何を意味するとも知れぬ、ただの一行であった。だが、この時の小野寺にも、練助にも、そしてこの言葉を口にした龍馬自身にすら、この一行が、のちに薩摩と長州と人吉とをつなぐ、一本の太い糸になろうとは、まだ知る由もなかった。
十一
その夜、家路をたどりながら、高田は龍馬の横顔を、いつになく長く見ていた。
酒席で笑い、盃を回し、鍛冶屋の子や漁師の子相手に喩え話を繰り出す、いつもの坂本龍馬であった。だが、いま隣を歩くその顔には、これまで見たことのない色が浮かんでいる。
「坂本殿」
「ん」
「今宵の御顔は、いつもと違いますね」
龍馬は、ふと足を止めて、高田の方を見た。
「ほうかのう」
「はい。……何かを、こしらえようとしておられるお顔です」
龍馬は、しばらく夜空を見上げていた。星の少ない、雲の低い夜であった。
「高田さん。わしゃあ、今日の朝まで、国父様の行列を見送りもって、己だけが何もしちょらんような気がしちょった」
「はい」
「じゃが、いま思えば、あの朝から、もう始まっちょったんかもしれん。ただ、それがどんな形になるかは、今宵、練助さんの話を聞くまで、わし自身にも分からんかった」
高田は、それ以上は何も問わず、ただ頷いた。
龍馬は、それ以上は何も言わず、また歩き出した。
その背を追いながら……高田は思った。
これまで見てきた坂本龍馬は、いつも今この瞬間を楽しむ男であった。目の前の相手を笑わせ、目の前の一献を味わい、明日のことは明日に任せる――そういう、太陽のような大らかさが、この男の身上であった。
だが今夜だけは、違う。歩きながらも、その目は、どこか少し先の、まだ形にならぬ何かを見据えている。
この男は今夜、初めて、何かを作ろうとする顔をしていた。
国父の居ぬ間に、龍馬がどれほどの足場を作れるか――その答えは、まだ誰にも分からない。
朝、行列を見送ったとき、小野寺にはまだ何もなかった。ただ人の話を聞き、名を書き、帳面に残す。それだけの日々だった。だが、幾晩かが過ぎるころには、その積み重ねが小野寺の帳面に四文字として残っていた。
剣を抜いたわけでもない。誰かを説き伏せたわけでもない。それでも、拾い集めてきたものが、初めて次の形を持ちはじめた。
桜島の噴煙が静かに立ちのぼる夜。小野寺の中で、まだ輪郭のない一つの考えが、ゆっくり形になろうとしていた。
第二百十四話 了
【山に守られた小さな藩――幕末の人吉藩】
幕末という時代を調べていると、どうしても薩摩、長州、土佐、肥前といった大きな藩に目が向きます。
しかし、歴史の面白さは、必ずしも大きな勢力だけにあるわけではありません。
今回取り上げる人吉藩は、そのことをよく示してくれる藩です。
現在の熊本県南部、人吉市と球磨地方。
そこは、九州の山々に囲まれた土地でした。
石高は二万二千石。
決して大藩ではありません。
けれど、この藩には他の藩にはない大きな特徴がありました。
それは、鎌倉時代から続く相良氏が、約七百年もの間、同じ土地を治め続けたことです。
■七百年続いた相良氏の土地
江戸時代、多くの大名家は転封によって領地を移されました。
しかし、人吉では相良氏が鎌倉時代から幕末まで、この土地を治め続けた。
これは全国的に見ても非常に珍しいことです。
もちろん、江戸時代ですから身分制度があり、領主と領民の関係が対等だったわけではありません。
ただ、何百年もの間、同じ土地で暮らし、同じ殿様を仰いできたという歴史は、人吉独特の風土を作りました。
新しい領主が突然やって来る藩とは違う。
「この土地を守る」という意識が、藩主にも領民にも強く残っていたのです。
人吉藩という名前を聞いたとき、まず覚えておきたいのは、この「土地との結びつきの強さ」だと思います。
■山に囲まれた天然の要害
人吉藩を特徴づけるもう一つのものが、その地形です。
人吉盆地は、周囲を九州山地に囲まれています。
北には肥後。
南には薩摩。
西には大隅。
東には日向。
まさに九州の中央にありながら、山々によって外部から隔てられた土地でした。
その中心となったのが、人吉城です。
球磨川と胸川を天然の堀として利用したこの城は、平地に築かれながらも高い防御性を持っていました。
そして、もう一つ忘れてはいけないのが球磨川です。
山に囲まれた土地ではありますが、球磨川による水運がありました。
米や木材などを運ぶ。
人や情報をつなぐ。
球磨川は、人吉を外の世界と結ぶ重要な道だったのです。
■大藩の陰で、現実を見るしかなかった藩
文久二年(一八六二)。
日本は大きく揺れていました。
薩摩では島津久光が上洛し、幕府と朝廷の関係も急速に変化していく。
京都では尊王攘夷の動きが激しくなる。
そんな時代の中で、人吉藩も無関係ではいられませんでした。
しかし、人吉藩には薩摩や長州のような巨大な軍事力も、政治力もありません。
だからこそ、周囲の情勢を見る必要があった。
大きな流れに乗るのか。
距離を置くのか。
誰と手を組むのか。
小さな藩ほど、判断を間違えれば藩そのものが危うくなる。
幕末という時代は、そういう厳しい時代でした。
人吉藩は歴史の主役として大きく名前を残した藩ではありません。
しかし、だからこそ面白い。
大藩のように時代を動かすのではなく、変化する時代の中で「どう生き残るか」を考えていた藩だったからです。
■球磨に残る独自の文化
人吉・球磨地方には、この土地ならではの文化も残っています。
その一つが、「隠れ念仏」の歴史です。
江戸時代、人吉藩では浄土真宗に対する規制が行われた時期がありました。
その中で、信仰を守ろうとする人々が、人目を避けながら念仏を続けた。
これは単なる宗教史ではありません。
権力による制限があっても、自分たちが大切にしているものを守ろうとした人々の姿でもあります。
また、人吉・球磨を代表する文化として、球磨焼酎があります。
米と清らかな水に恵まれた土地で育まれてきた酒造りです。
現在では全国的に知られる存在ですが、その根底にあるのは、この土地で暮らしてきた人々の知恵と営みです。
「小さいからこそ見える幕末」
人吉藩は、薩摩のように軍事力で歴史を動かした藩ではありません。
長州のように倒幕運動の中心になった藩でもありません。
しかし、幕末という時代を理解するうえで、決して無視できない存在です。
七百年続いた相良氏の歴史。
山に守られた独自の地理。
球磨川が支えた暮らし。
そして、巨大な勢力に囲まれながら、自分たちの道を探ろうとした人々。
歴史というと、どうしても勝者や英雄に目が向きます。
けれど、本当に時代を作っていたのは、名を残した人物だけではありません。
それぞれの土地で、迷いながら、考えながら、その時代を生きた人々がいました。
人吉藩もまた、そんな「もう一つの幕末」を歩んだ藩だったのです。




