第百九十三話「横浜暗闘編―天朝、横浜を制す」
一
長月に入って三日目の朝、横浜の空は、水を張ったように高かった。
海から吹いてくる風には、もう夏の重たさがない。埋め立ての土は乾いて、相変わらず白い。その上を渡ってくる空気だけが、いつの間にかひやりとしている。
二階の障子を開け放っても、汗が出ない。
波止場から飛んでくる掛け声も、夏の頃より遠く聞こえた。声そのものが小さくなったわけではない。ただ、空気が澄んでいるせいか、一つ一つの音の輪郭が妙にはっきりしている。
善次郎は文机の前に坐り、厚いほうの帳面を開いていた。
ふと窓の外を見る。
窓の下では、蔵の戸が開いている。
蔵番頭の磯貝新吉が菰を裏返しながら、久蔵の組へ指図していた。
初めのころ、この二人は口もきかなかった。深川の火消し崩れと、亀屋で二十年荷を扱ってきた頭では、仕事の流儀が違いすぎた。
組み方も、縛り方も、掛け声も違う。それが今では、二人で一つの蔵を回している。
帳場番頭の佐野茂兵衛が二階へ上がってきたのは、それからほどなくである。
上州から戻ってきたあの日以来、この帳場番頭は数字の並べ方を変えた。良い数字からは口にしない。まず悪い数字を出す。次に、まだ決まっていない数字を出す。良い数字は、最後に一言添えるだけだ。
「若旦那。今月の入りは、先月より二割方増えております」
「そうですか」
「ただ、手前は、いまの形を良いとは思うておりません」
善次郎は、筆を置いた。
この男がそうと言うときは、たいてい正しい。
「どこが、ですか?」
「三つございます」
茂兵衛は、膝の上で指を折った。
「一つ。触れでございます」
文月の初めに江戸から回った「扱うべからず」の紙は、いまも効いている。為替屋も、船宿も、口入屋も、あの紙があるから動いた。
だが、あれは極秘の回状だ。この町の掟ではない。
「紙が古うなれば、それまでにございます。回した先が一軒でも忘れましたら、そこから漏れます」
「二つ。産地から横浜へ、直に荷を持ち込む者がまだおります」
九十四軒の外側に、株も後ろ盾も持たぬ小口が七十軒余りいる。在郷の商人から荷を受け、そのまま居留地へ持ち込む者たちだ。
量は知れている。
だが、数が多い。
この夏、居留地の百軒余りは、日本側の誰からでも買えた。買い先が幾つもあったから、値も叩けた。荷を数日預かって品定めをし、世界の相場が下がったと言えば、それで押し通せた。
その形が、まだ残っている。
「三つ目が、いちばん厄介でございます」
茂兵衛は、三本目の指を立てた。
「異人と直に商う者が、まだ止まっておりません。一軒でも抜ければ、異人はそちらへ参ります」
善次郎は、黙って聞いていた。
三つとも、すでに自分の頭の中で数えていたことだった。
この夏に動いたのは、二軒の看板だけだった。荷の回り方も、産地からの下り方も、仕組みそのものは、去年と何一つ変わっていない。
ならば、仕組みを作るしかない。
来年またやるとなれば、同じ手を使うことになる。
あれは、一度きりだから効いた。
二度目になれば、相手も学ぶ。次は自分の番ではないかと、皆が身構えはじめる。取引を干し上げるあの二十日は、この夏一度で終わらせなければならない。
「茂兵衛殿」
「へえ」
「今日、稔麿殿を上へ呼んでください」
「吉田様を、でございますか」
「文面を、検めます」
茂兵衛は、そこで少しだけ間を置いた。
「若旦那。もう一つ、伺うてよろしゅうございますか」
「なんでしょう?」
「その文面は、いつからお考えでございましたか」
善次郎は、帳面の縁を指で押さえた。
「二軒が上がってきた日からです」
茂兵衛は、それ以上訊かなかった。
頭を下げて階段を降りていった。
ニ
その夜、二階には行灯が二つ置かれた。
一つでは、二人で紙を検めるには足りない。
宗介が下から油差しを持って上がってきた。芯を伸ばして火を整えると、そのまま降りていく。
窓を閉めているせいで、部屋には墨と油の匂いだけが残った。
吉田稔麿は、坐るなり紙を手に取った。
触れの文面を検めたときもそうだった。この男は、まず黙って端から読む。最後まで読み終えるまで、感想を口にしない。
紙には、四つのことが書いてあった。
一つ。異国と商いをする日本の商人は、天朝物産会所横浜取扱所に登録すること。名、店の名、扱う品、そして荷の出所の村を記す。
二つ。登録した者の荷は、取扱所を通して出すこと。
三つ。登録せずに異人へ売った荷は、見つけ次第、没収する。
四つ。二度目は、この町での商いを止める。
稔麿は、四つ目のところで目を止めた。
しばらくそこを見つめ、それから最初まで戻って、もう一度読み直した。
「善次郎さん」
「はい」
「これは、御公儀の法度に当たりゃせんですか」
「当たりません」
善次郎は、そう答えて、続けた。
「万延元年に、御公儀は五品を江戸へ回せと申されました。生糸、水油、蝋、呉服、雑穀。産地から直に横浜へ持ち込むな、江戸の問屋を通せと」
「守られちょらんですね」
「はい」
善次郎は、行灯の芯を少し細くした。
「守らせる手が、なかったからです」
法度を出したとき、御公儀は江戸の問屋を守るつもりだった。産地から横浜へ直に流れる荷を止めれば、江戸の株仲間が息を吹き返す。考え方としては、それでよかった。
だが、止める手がない。
役人を街道に立たせて、荷を一つずつ改めるわけにもいかない。産地の村を、一つずつ見回ることもできない。法度だけが残り、誰も守らぬまま、二年が過ぎた。
稔麿の目が、そこで動いた。
「手前どもがいたしますのは、あの法度に実を入れることにございます。法度は、御公儀が二年前に出しておられます。手前どもは、新しいものを何一つ作ってはおりませぬ」
「……なるほど」
稔麿は、紙を膝へ置いた。
この若者は、数字の並びに生じた狂いを見つける。約定を書き直させてから、一度も誤りを出していない。狂いを見つけるのが仕事の男は、狂っていないところも正確に見抜く。
「もう一つ、伺うちょきたいことがあります」
「なんですか?」
「この四つのうち、異人の側に課しちょるものは、どれですか」
善次郎は、すぐに答えた。
「一つもありませぬ」
部屋の中が、しばらく静かになった。
稔麿が、紙をもう一度持ち上げた。
「……なら、通ります」
この男が言ったのは、そういうことである。
安政の条約は、日本人と異人が自由に商うことを認めている。異人に何かを課す規則を日本の側が作れば、必ず抗議が来る。領事館へ持ち込まれ、奉行所が動き、話は江戸まで上がる。
日本人が日本人を縛るぶんには、そこに触れない。
「登録するのは日本の商人で、罰を受けるのも日本側です。異人には、一つも課しちょりません」
「そのようにいたしました」
稔麿は、紙をもう一度膝の上へ置いた。
指の腹で一行目をなぞった。
「善次郎さん。これを思いつかれたのは、いつですか」
「あの二軒が上がってきた日の、晩になります」
「……八十四日目ですか」
「そうです」
この若者は、それ以上訊かなかった。
訊かずに紙の端を揃え、返す前に一つだけ書き足した。
「善次郎さん。異人が、この帳を出せと言うてきたら、どうしますか」
「お見せします」
「……見せるんっちゃろか」
「隠す必要が、一つもありませんから」
稔麿の口の端が、わずかに動いた。
二軒が降りたその晩に、もう次の仕掛けを組んでいた男が、いま目の前に坐っている。
稔麿の頭に残ったのは、そのことだけだった。
紙を返す。
そのあと、何か言いかけて、口を閉じた。
何を飲み込んだのか、善次郎は訊かなかった。
三
翌日の午後、二階に卓が出た。
この店で卓を使うことは、そう多くない。算盤を弾くくらいなら畳で足りる。だが、三人で一枚の紙を覗き込むには、畳では具合が悪い。
原善三郎と茂木惣兵衛が、その卓を挟んで坐っていた。
原は、この二十日で顔つきが変わった。
ここへ初めて上がってきたときは、頬の肉が落ち、目だけが光っていた。それが今は戻っている。上州の村へ前渡しが届きはじめてからだ。
茂木は変わらない。
もともと肉のついていない顔で、羽織の襟だけはいつ見ても真っ直ぐだった。
紙は、昨夜の四つのことである。
二人とも、端から端まで読んだ。
先に口を開いたのは原であった。
「善次郎さん」
「はい」
「没収した荷は、どこへ入れる」
善次郎は、その問いの向きを、すぐに把握した。
この男が訊いているのは、罰の重さではない。罰のあと、何が動くのかだ。
「うちの蔵に入れます。十七列より奥を、空けております」
「代金は」
「元の村へ渡します」
原の眉が、そこで動いた。
「商人には渡さんのか」
「渡しませぬ」
善次郎は、そこで初めて紙から目を上げた。
「荷を出した村に、咎はありません。掟を破ったのは、間に立った商人です。村が桑を買えなくなれば、罰を受けるのは村になってしまいます」
原は、しばらく善次郎の顔を見ていた。
それから、指で卓を二度叩いた。
「わしが訊きたかったのは、そこだ」
原は湯呑みを取った。
口をつけず、そのまま置いた。
「善次郎さん。前渡しってのはな、村にとっちゃあ、春の飯だ」
「はい」
「冬のあいだに使い果たして、春に前渡しが来て、それで桑を買う。来なけりゃあ、蚕を掃き立てられねえ。掃き立てられなきゃ、その年は丸ごとねえ」
「承知しております」
「商人が掟を破ったからって、村の春を取り上げたら、それは商いじゃねえ」
善次郎は、その言葉を黙って受けた。
紙の余白へ一行書き足した。没収した荷の代金は産地へ返すこと。
次に、茂木が口を開いた。
この男が突くのは、人だ。
「若旦那。この町には、帳の付け方を知らない者が幾らでもおります」
「はい」
「若い者に読み書きをさせておらん店が、まだあります。荷の出所の村まで書けと言われて、書ける者がどれだけおりますか」
「多くはいないでしょう」
「書けない者が罰を受ければ、その罰は――」
茂木は、そこで一度口を閉じた。
「誰に向くのでしょうな」
善次郎は頷いた。
「書き役を、こちらから出します」
茂木の顔が上がった。
「銭は取りませぬ。求められれば、うちの手代が参って、その場で書きます。年に一度の届け出でございますから、一軒につき半日もかかりませぬ」
「……何人、出せますか」
「うちから四人。それと――」
善次郎は、そこで卓の向こうへ目をやった。
「茂木さんのところから五人、原さんのところから三人。お借りできますでしょうか」
茂木が、口の端をわずかに上げた。
この男が笑うのを見るのは、この夏で二度目だった。
だが、笑ったまま首を振る。
「うちの若い者を五人も出せば、うちの帳が回らなくなりますで」
「三月です。年に一度の届け出ですから、初めの三月を越えましたら、あとは楽になります」
「その間を、どう凌ぎますか?」
「うちから四人を書き役に出します。そのぶん、こちらの手が空きます。そこへ、野澤屋さんの荷を回していただけましたら」
茂木の口が止まった。
しばらく善次郎を見ていたが、やがて小さく息を吐く。
「……初めから、そのつもりでいましたね」
「はい」
三つ目を出したのも、茂木であった。
「締め出された者の得意先は、どうなります?」
茂木が訊いた。
商いを止められれば、その者の得意先も途方に暮れる。異人相手であれ、日本人相手であれ、そこで荷の流れが切れる。
「うちが引き受けます」
「全部を、でございますか」
「全部です」
善次郎は即答した。
それから、一つだけ付け加えた。
「引き受けられぬ罰を並べるのは、嘘を書くのと同じです」
原が、卓の上の紙を指で押さえた。
「善次郎さん。罰は、緩めんのだな」
「緩めませぬ」
間を置かない返事だった。
「罰が軽ければ、必ず一人は抜けます。その一人が異人と直に商えば、異人はそちらへ流れます。そうなれば、この夏にしたことが、すべて無駄になります」
原は息を吐いた。
それから、笑った。
「あんた、若えのに冷てえな」
「そうですかね」
善次郎は、淡々と続けた。
「ただ、罰に落ちる前のところは、全部こちらで用意いたします。書けぬ者には書き役を出す。荷は村へ返す。得意先は引き受ける」
「それだけ用意して、それでも破る者は――自ら破る者になります」
最後の一つを決めるまでには、少し時間がかかった。
誰が、締め出しを言い渡すのか。
原は、取扱所が決めればよいと言った。掟を作った者が裁くのが筋だ、と。
善次郎は首を振った。
「手前一人で決めますと、これは仕置きになります」
「仕置きで、何が悪い」
「三人で決めますなら、寄合の掟になります」
原が黙った。
茂木が、代わりに口を開いた。
「――若旦那。あんた、それを言うために、今日わしらを呼びましたね」
善次郎は答えなかった。
筆を執り、紙の隅へ一行を書き足した。
『締め出しは、三名の合議による――』
四
紙が片づき、茶が出たあとだった。
原善三郎が湯呑みを置いて訊いた。
「善次郎さん。この仕組み、いつまで続けるつもりだ」
原が考えているのは、来年のことだ。
上州の村へ前渡しを出し、春に繭を買い、初夏に糸を引く。商人の一年は、そこで一巡する。二年先まで考える余裕のある者は、そう多くない。
善次郎は湯呑みに手をつけず、答えた。
「来年、再来年、その先までです」
「先とは、いつまでだんべ」
「値が落ちる日までです」
原の顔が止まった。
茂木も、湯呑みの縁に置いた手を止めた。
善次郎は、算盤も帳面も出さなかった。
ただ、数だけを口にした。
「いま、メリケンが割れています。北と南で、一年前から戦をしております」
「それは、聞いとる」
「南で綿を作っていました。北へも、欧羅巴へも、そこから出ておりました。それが止まっています」
「止まれば、どうなる」
「イギリスの機屋が、綿を織れません。織れなければ、絹を使います」
原が湯呑みを卓へ置いた。
「それで、糸が高えのか」
原の顔が、わずかにこわばった。
この男は、糸が高いのは日本の糸が良いからだと思っていた。この町の商人の多くも、そう思っている。
上州の糸は艶がよい。信州の糸は節が少ない。
だから、異人が高く買う。
長い間、そう聞かされてきた。
「――待ってくれ。うちの糸が高えのは、糸がいいからじゃねえのか」
「良い糸です」
「なら――」
「良くても、余所に同じような糸があれば、そちらが買われます」
善次郎は、指を一本立てた。
「いま、余所に糸がない。それが一つ目です」
原は黙った。
「二つ目は、欧羅巴の蚕です。イタリアと、フランスの南のほうで、繭が採れませぬ。もう何年も続いております」
「……どれくらいなんだ」
「おおよそ十年です」
茂木の湯呑みが、卓へ戻った。
この男は、算盤の音を立てずに勘定する。指も動かさない。ただ、目だけが動いた。
「若旦那。……うちが横浜へ出ましたのが、六年前でございます」
「はい」
「そのころから、値が上がりはじめました」
「合っています」
部屋の中が、静かになった。
しばらくして、茂木が初めて口を開いた。
「若旦那。それが、いつ治りますで」
「それは、分かりません」
善次郎は、ためらわずに答えた。
「ですが、治ります。人が治そうとしている病ですから、いつかは治る。いずれ、欧羅巴は自分の繭で足ります」
「そんときは……」
「日本の糸が、要らなくなります」
原善三郎が、卓の上で指を組んだ。
組んだ指の関節が、白くなっている。
「善次郎さん。いま一つ、聞かせてくれ」
「はい」
「メリケンの戦は、いつ終わる」
「あと二年か、三年かと……」
あまりに早い返事だった。
原は身を乗り出した。
「なぜ、そこまで言い切れる」
「南のほうが、人と鉄が足りませんから」
善次郎は、淡々と続けた。
鉄を作る場所は北に偏っている。船を持っているのも北だ。南が売って稼いでいた綿は、海を封じられて出ていかない。
「銭が尽きるまでに、二年か三年です。尽きれば、戦は続かない」
原が、卓に手をついた。
「善次郎さん。あんた、異国の戦の勘定までしとるのか」
「戦は、銭です」
善次郎は答えた。
「刀も鉄砲も銭で買います。兵の飯も、船の石炭も銭になる。どちらが先に銭を切らすかを数えれば、いつまで続くかは見えてきます」
「……そりゃあ、商いの勘定だんべ」
「まさに」
「戦が終われば、綿が戻ります。綿が戻れば、機屋は絹を使わなくなる。値が落ちます」
善次郎は、そこで一度息を継いだ。
「欧羅巴の蚕が治るのと、メリケンの綿が戻るのと。その二つが重なる日が、いつか必ず参ります」
「……その日に、どうなる」
「値が、崩れます」
原は答えなかった。
茂木も答えなかった。
二人とも、この町で二十年やってきた商人だ。値が落ちる怖さは、身体で知っている。
だが、なぜ落ちるのか。いつ落ちるのか。
そこまで考えたことはなかった。
「その日までに、値を決める側に立っておかねばなりません」
善次郎は言った。
「決める側に立っていれば、値が落ちても、落とし方は選べます。三年かけて落とすことも、産地ごとに守ることもできる」
茂木が、初めて口を挟んだ。
「若旦那。落ちる日が来ると分かっとって、なぜ、いま産地に前渡しを出させますので」
いい問いだった。
値が落ちると分かっているなら、前渡しを絞る。それが商人の勘定だ。損を先に減らす。
この夏、江戸の為替屋が亀屋と野澤屋の手形を割ったのも、同じ考えだった。
「絞りましたら、村が減ります」
「こっちは痛みませんで」
「今は、痛みませぬ」
善次郎は、そこで一つ間を置いた。
「ですが、値が落ちたあとも日本の糸を買う異人がいるとしたら、理由は一つです。揃った糸が、ここにしかないからです」
茂木の目が動いた。
「揃った糸を作るのは、村です。村が減れば、糸を引ける家も減る。値が落ちた日に、糸を揃えられなければ、何も守れませぬ」
「立っておらんかったら」
「そのまま落ちていきます」
しばらくして、原が口を開いた。
声が、少し掠れていた。
「善次郎さん。あんた、どこでそんな話を聞いた」
「一つには、集まってまいります」
善次郎は、湯呑みを置いてそう答えた。
「惣会所は、全国の荷を扱っております。荷が動けば、人も動く。船頭、馬方、蔵役、両替……彼らが、荷と一緒に話を運んでまいります」
「そりゃあ、うちにも来る」
「ただ、うちは扱う先が多いゆえ、同じ話が三方から入ります」
原の眉が、動いた。
「三方から入りますと、なにが噓かが分かります」
「一つには、と言ったな」
原は、聞き逃さなかった。
「もう一つは、なんだ?」
善次郎は湯呑みに手を伸ばした。
だが、口はつけず、そのまま置いた。
「集めています」
「――どうやって」
「そこは、申し上げられませぬ」
部屋の中が、静かになった。
原は、しばらく善次郎の顔を見ていた。
見て、卓の上で指を組み直した。
この男は、十年商人をやっている。訊いてはならぬことが、どこにあるかは分かっている。仕入先も、値の出所も、商人はむやみに訊かない。
いま、その線が引かれた。
「……銭を、使うとるな」
「はい」
「幾ら」
「それも、申し上げられません」
原の口の端が、わずかに動いた。
訊けば、額を言うと思っていた。
言わない。
それが、額そのものより重かった。
「善次郎さん。あんた、荷を集めるついでに、話を集めとるんじゃねえな」
「はい」
「話を集めるために、荷を集めとるのか」
善次郎は答えなかった。
答えずに、湯呑みを取って一口飲んだ。
原は、それ以上訊かなかった。
この男は、一度だけ訊いている。「あんたの後ろにおるのは、誰だ」と。あのときも返事は、なかった。
今度は、確かに線が引かれる音が聞こえた。
だから、そこで止めた。
茂木惣兵衛が、口を挟んだ。
「若旦那。その話は、うちらにも回りますので」
「回せる話は、回します」
「……回ってこん話も、あるんで?」
「あります」
善次郎は、そう答えた。
言い方に、詫びる調子がない。
「産地へお返しするのは、値と荷の動き、それから、どこの商館が何を欲しがっておるかです。それが分かれば、来年の桑を決められます」
「その先は」
「その先は、うちで持ちます」
茂木は、湯呑みの縁を指でなぞった。
それから、頷いた。
この男には、それで十分だった。番頭に何もかも明かす主人はいない。明かさぬからこそ、商いが続く。
原が、腰を上げた。
「――上州へ行く」
立ち上がって、卓の上の紙を一度だけ見た。
「善次郎さん」
「はい」
「わしは、十年、糸を見てきた」
原は、そう言った。
「触りゃあ、どの村の誰が引いたか分かる。そりゃあ、いまでも負けん」
「はい」
「だが、糸のこっち側しか見とらんかった」
この男は、そこで笑った。
そのまま階段を降りて行った。
五
人を配るのに、一日かかった。
二つに割った。
産地方を、原善三郎。上州、武州、信州の村と、そこで買い集めている在郷商人を受け持つ。
町方を、茂木惣兵衛。横浜の日本商人と、荷役、船宿、為替屋を受け持つ。
二人とも、暖簾はそのままだ。
亀屋の名で買い付け、野澤屋の名で客を持つ。
善次郎が、そう決めた。
潰されたのではない。新しい商いに加わったのだと見せるためである。
産地の回り方について、案を出したのは原であった。
「善次郎さん。村を一つずつ回るのは、無理だ」
「幾つありますか」
「上州だけで、わしが前渡しを出しとるのが二十七。武州と信州を足しゃあ、百は越える。名主を一人ずつ口説いとったら、雪が降る」
「では、どうしますか」
「在郷商人を、こっちへ入れる」
原は、卓の上へ指で図を描いた。
村から生糸を買い集める商人は、上州にも武州にも信州にもいる。その者たちが、馬の背に荷を載せて横浜まで運んでくる。原は、その一人一人と五年、十年の付き合いがある。名も顔も、家の内証まで知っている。
「あいつらを口説きゃあ、村は付いてくる。逆はねえ」
善次郎は、その案をその場で呑んだ。
「肩書きを、お出しします。天朝物産会所 横浜取扱所、産地方の下役としましょう」
「肩書きで、動くと思うか」
「動きません。ですから、四つ付けます」
善次郎は、指を折った。
一つ。今まで通り、買い集めてよい。誰から買うかも、これまで通り。
二つ。前渡しの金は、これまで通り出る。原の名で出す。
三つ。荷の行き先は、取扱所一本になる。
四つ。そのかわり、値は取扱所が保証する。
原の指が、四つ目のところで止まった。
「保証するってのは、どういう意味だ」
「こちらが値を決めます。決めた値は、下げません」
「相場が下がった年もか」
「下げません。上がった年は、そのとき考えます」
原は、しばらく黙った。
在郷商人がいちばん恐れるのは、値が動くことだ。春に村へ前渡しを出し、夏に糸を引き、秋に横浜へ運ぶ。そこで値が落ちていれば、その年は丸ごと損になる。上がるか、下がるか。それが分からない。
その怖さが、消える。
原は、そこで卓の図を指で消した。
「善次郎さん。一つだけ、聞いとく」
「はい」
「値を保証するってのは、外れた年の損を、あんたが被るってことだ」
「そうなります」
「幾らまで被れる」
善次郎は、その問いに即答しなかった。
答えなかったのは、その額を口にすれば、それが上限として広まるからだ。
「被れるところまで、としか言えませぬ」
原が、鼻を鳴らし笑った。
「――言わねえほうが利口だな」
「そのように存じます」
「……そりゃあ、乗るな」
「乗っていただきます」
六
茂木惣兵衛が横浜の町を回りはじめたのは、その翌日からである。
弁天通から順に、南へ下った。
この男が言うのは、二つだけであった。
暖簾は、残ります。
異人との交渉だけを、あちらが引き取ります。
三日目の夕方、茂木が二階へ上がってきて、その日の首尾を並べた。
回ったのは十四軒。うち十一軒がその場で承知した。二軒が明日返事をすると言い、一軒だけが渋った。
「渋ったのは、どちらですか」
「太田町の、綿を扱うとる店です」
茂木は、そう言って湯呑みを取った。
「あすこは、うちとも亀屋とも付き合いがないのです。何を言われとるのか、まだ呑み込めていないものと…」
「明日、もう一度、回りますか」
「はい」
茂木は、そこで湯呑みを置いた。
「若旦那。手前は、この回り方でようございますか」
「と、言いますと?」
「あすこの主人には、まだ何も申しておりません。うちが何をされたか、この夏に何が起きたか。……言えば、明日にでも判をつくと思います」
善次郎は、しばらく黙った。
「言わないように」
「なぜで」
「怖さで入った者は、その怖さがなくなれば、出ていきます」
茂木が、湯呑みの縁を指でなぞった。
「――なるほど」
「明日、もう一度、暖簾の話だけをお願いします」
「承知しました」
茂木がほぼ通しているのには、理由が三つあった。
一つは、言っている男が茂木惣兵衛だからである。
二つは、暖簾が残るからである。
だが、三つ目の理由は誰も口に出さない。
この夏、亀屋と野澤屋が二十日で干上がるところを、この町の誰もが見ていた。荷が止まり、江戸の為替が手形を割り、船宿が押さえを受けた。何が起きたのか、説明できる者はいなかった。
だが、起きたことだけは、全員が見ている。
そこが、いちばん効いている。
誰かが誰かを潰したのなら、恨む先が分かる。分かれば、抗う先も分かる。あの二十日には、それがなかった。荷が来なくなり、船が流れ、手形が割れた。
それだけが起きて、理由を口にする者は一人もいなかった。
この町の商人は、その静けさを覚えている。
茂木が回るときに使う最大の材料は、己自身の「負け」であった。
茂木は訪問先で、淡々とこう切り出していた。
『この夏、荷が止まり、うちの資金繰りが尽きかけました。ここで意地を張ればどうなるか、勘定いたしました。上州の村へ前渡しが届かなくなる。桑が買えなくなる。蚕が育たず、来年の糸がなくなる。……娘を身売りに出す家も出る。ゆえに手前は、暖簾の意地より村を選びました』
茂木は、己の敗北を、そう「選んだ」と言った。
七
同じ日、原善三郎は上州へ発った。
横浜から神奈川へ出て、そこから八王子を抜けて北上する。この夏、亀屋の荷が通ってきた道を、今度は逆に登っていくことになる。
発つ前に、この男が二階へ寄った。
草鞋履きのまま上がり框に腰を下ろしただけで、二階へは上がってこなかった。
「善次郎さん」
「はい」
「わしは、村は落とせる」
原は、そう言った。
力みがなかった。
「五年、十年、前渡しを届けてきた。あの村らは、わしが行きゃあ話を聞く。断りゃせん」
「では」
「時が要る」
原は、上がり框で膝を叩いた。
「上州と武州と信州で、百は越える。在郷の商人を口説いて、そいつらに村を回らせて、それを一つずつ帳へ載せる。今年の秋には、間に合わん」
善次郎は、その言葉を受けた。
「今年は、間に合わずとも構いません」
「――いいのか」
「来年の春までに、形がついておりましたら」
原は、しばらく善次郎の顔を見ていた。
そして、笑って立ち上がった。
「あんた、ほんとに二十を出たばかりか」
善次郎は答えなかった。
そのまま階段のところまで原を送った。
原は草鞋の紐を締め直しながら、もう一つだけ言った。
「善次郎さん。わしがいま上州へ持っていくのは、あんたの掟だ」
「はい」
「掟を持っていく者は、掟を作った者より嫌われる」
原は、そう言って笑った。
「そこは、承知しとる」
この夏、この男は負けた。その男がいま、この店の掟を背負って産地へ向かう。
善次郎は、原に三人を付けた。
寅次、彦治郎、そして佐野茂兵衛である。
この三人は、この夏、一俵も買えなかった者たちであった。それが、今度は原善三郎の供として同じ道を歩く。
「若旦那」
寅次が、発つ前に一度だけ二階へ上がってきた。
「あの村へ、また行くんでございますか」
「行っていただきます」
「……面目ねえ話でございますが、手前は、あすこの名主さんに二度、追い返されております」
善次郎は、その男の顔を見た。
この夏じゅう歩き通して、頬が落ちたまま戻っていない。
「寅次殿」
「へえ」
「追い返された道を覚えておられるのは、この店であなた方だけです」
この夏、寅次が持ち帰った断りの文句を、善次郎は一つ残らず覚えている。
あのときから、村の言い分が正しいことは分かっていた。それでも、勝つ道を探した。
いま、その村へ、この男の掟が届く。
寅次は何か言いかけた。
だが、口を閉じ、頭を下げて降りていった。
善次郎は、横浜を離れられない。
産地は原に、町は茂木に任せた。
だが、二人だけでは足りない。掟を作った善次郎が横浜にいることが、そのまま二人の背中になる。
それに、まだ済んでいないことがある。
異人の側である。
八
説明会を開いたのは、長月十一日である。
朝から、一階の板の間を全部空けた。帳場の卓を隅へ寄せ、荷の見本を三階へ上げ、床に菰を敷き詰めた。それでも足りずに、土間にも菰を出した。
集まったのは、七十人余りであった。
株も後ろ盾も持たぬ小口の売込商が大半である。産地から直に運んで直に売ってきた者、荷を運ぶだけの請負、両替の口銭で食っている者、異人の家に出入りしている小者まで交じっていた。
大半が、善次郎より年上である。
白髪の混じった頭が、菰の上に幾つも並んでいた。
板の間の障子は、朝のうちに全部外した。
七十人も入れば、閉めたままでは息が詰まる。外した障子の向こうから、蔵の物音と通りを行く荷車の軋みが、そのまま入ってきた。
菰の上に坐った者たちは、初めのうち隣同士で小声を交わしていた。
四半刻もしないうちに、それも止んだ。
三階から糸束を検めていた二人が降りてきて、板の間の脇を通り、そのまま蔵へ抜けていったのだ。
誰かに黙れと言われたわけではない。
荷が来ない日でも、この店は動いている。
それを見て、口が止まった。
善次郎は板の間の端に立ち、七十の顔を見渡した。
この夏、二軒が二十日で落ちた。
誰が落としたのか、この場の全員が知っている。皆、口には出さない。誰も騒がない。
脅す必要など、初めから存在しなかった。
並べたのは、四つであった。
登録の仕方。名、店の名、扱う品、荷の出所の村。年に一度、届け出る。罰の中身。未登録で異人へ売った荷は没収。二度目は、この町での商いを止める。
罰に落ちる前の三つ。書き役を出すこと。没収した荷の代金は村へ渡すこと。締め出された者の得意先は取扱所が引き受けること。
締め出しの決め方。三名の合議による。
言い方に、飾りがなかった。
商いの話はこうすると入りやすうございます、といった前置きを一つも置かない。掟の中身と、罰の中身と、罰の前に用意したものを、順に並べただけである。
途中で、菰の上から一度だけ「もう一遍」という声が上がった。善次郎は、そこへ戻って言い直し、言い直したあと、次へ進んだ。
言い終えるのに、四半刻もかからなかった。
そして、善次郎は坐った。
「御質問を、承ります」
九
初めの問いは、前のほうから出た。
二十代の半ばの男である。日に焼けて、指の節が太い。産地から直に運んでいる口だと、一目で分かった。
「若旦那。手前は、二年前から直に売っております」
「はい」
「問屋も仲買も通さず、上州から直に運んで、直に売ってきました。それで、村も手前も食えておす。……なぜ、今さら帳に載せねばならんのですか」
まっとうな問いだった。
問屋も仲買も飛び越えて、産地から直接荷を運ぶ。それで商いが成り立つようになったのが、開港以来の変化だった。
この男は、そのやり方で食ってきた。
善次郎は、問いには直接答えず、場を見渡した。
「万延元年に出た、御公儀の五品江戸廻送令。皆様も御存知のはずです」
「……」
「産地から横浜へ直に送らず、いったん江戸の問屋を通せというあの法度。守られておりませぬゆえ、皆様も罪には問われておりませぬ。手前どもがいたしますのは、あの法度を、この町で実効ある掟として組み直すことです。江戸の問屋衆へは、すでに惣会所から話を通してあります」
二つ目は、中ほどにいた五十がらみの売込商だった。
「取扱所を通したら、値を叩かれるんじゃありませんか」
「叩きません」
「そりゃあ、口では何とでも」
「この町で、異人に返された生糸がどれほどあったか、御存じですか」
男が口を閉じた。
善次郎は、答えを待たず、懐から折り畳んだ紙を取り出した。
「横浜から出てゆく生糸は、もう一商人の手に収まる量ではありません。文久元年から二年にかけての一年だけで一万一千九百十五俵余。金額にすれば、三百八十四万ドル余り、日本のお金に換算すると288万両になります。……ですが、問題は荷の量ではありません。誰が値を決めているかです」
善次郎は紙を裏返した。
「これまでなら、異人に『拝見』で長く荷を留め置かれ、相場が悪ければ値を下げられ、難癖をつけて破談にされてきた。返してもらったところで、代金を産地へ払ってしまっていればどうなるか。横浜の商人が呑み、買継ぎが呑み、最後には村が損を呑んできた」
「……産地でございます」
男が低く言った。
「だから、そこを変える」
善次郎ははっきりと言い切った。
「これからは、産地から来た生糸を取扱所が一括して買います。買入れ値も、前渡しの額も、ここで決める」
「そして異人へ売る?」
「そうです」
「では、結局は異人の商館へ持ち込むのでしょう」
「持ち込みません」
善次郎は首を振った。
「異人の商館が買いたければ、取扱所へ来てもらう。横浜の生糸は取扱所を通す。異人が個々の商人から直接買うことは認めない」
「……それでは、異人が買わぬと言えば?」
「買わなければよい」
あまりにもあっさりした答えだった。
「一軒の商館に断られたからといって、この港から出る生糸が消えるわけではありません。向こうにも必要なのです」
「では、値を下げろと言われたら?」
「こちらが値を決めます。承知しなければ、売らぬだけです」
男はしばらく善次郎を見つめた。
「……随分と強気なことを」
「強気ではありません」
善次郎は静かに答えた。
「これまで、こちらが一人ずつ異人と商談していたから、向こうに値を決める力があったのです。一人なら買わぬと言われれば困るが、横浜の生糸を一つにまとめれば話が変わる。異人は、取扱所から買うしかない」
「つまり……値を決めるのは、こちらだと?」
「ようやく、商いの半分を取り戻すのです」
善次郎は答えた。
「外国市場の相場を調べた上で、こちらが譲れる値を決める。そして相場が下がったからといって、その損を産地へ押し戻すことはしない」
「……では、取扱所で決めた買入れ値は?」
「下げませぬ。異人に返された荷も同様です。損をするなら、まず取扱所が損をする。産地へ渡した金まで取り戻すような真似はしない」
「……下げねえと、書いてくださいますか」
「取扱所の定めに、そう記します」
男は深く頷き、言葉を飲み込んだ。
「……取扱所というのは、荷を集める場所ではないのですな」
「値を決める場所です」
男は、それ以上言わなかった。
*
三つ目は、後ろのほうからであった。
六十を越えた老人が、菰の上で膝を立てている。
「若旦那。手前は、帳の付け方を知りませんで」
「はい」
「うちの若い者も、名は書けますが、村の名までは書けませんで。……書けねえ者は、罰でございますか」
「書き役を出します」
善次郎は、即座に答えた。
「うちから四人。野澤屋さんから五人、亀屋さんから三人。合わせて十二人を出します。呼んでいただければ、その場で書きます。手間賃は取りませぬ」
この老人が案じていたのは、罰ではない。
罰よりも、書けぬということが人に知れることであった。この町で四十年荷を運んできて、いまさら読み書きができぬと言い出すのは、恥である。
善次郎は、そこには触れなかった。書き役の人数と呼び方、それから銭は取らぬことだけを伝えた。
老人は、しばらく口を動かしていた。
やがて、頭を下げた。
*
四つ目が出たとき、板の間の空気が変わった。
声を出したのは、真ん中あたりに坐っていた四十がらみの男である。痩せていて、着ているものは悪くない。この男だけが、初めから腕を組んで聞いていた。
「若旦那」
「はい」
「異人が、取扱所を通さぬと申したら、どうなりますで」
板の間が、静かになった。
七十人が、同じことを考えていた。
この仕組みは、日本の側だけを縛る。異人には何も課していない。ならば、異人が「そんな帳は知らぬ」と言えば、それまでではないのか。
善次郎は、その問いを待っていた。
だが、それを待っていた顔は見せなかった。
「通さぬと申される御方は、荷が手に入りませぬ」
「そこを、抜ける者が出やしませんか」
「出ませぬ」
善次郎は、そこで初めて声を張った。
それでも、後ろまで届くほどの声だった。
「この町の商人が一つにまとまりましたら、抜け道はございませぬ。産地は取扱所へ出します。町の商人も、取扱所を通します。荷役も運送も為替も、その決まりに従います」
男は、腕を組んだままである。
「手に入りませぬなら、船が空で出ます」
善次郎は、そこで一度、七十の顔を見渡した。
「異国の船は、荷を積むために参ります。積むもののない船が、海を渡って帰ります。空で出た船の勘定を、どなたが払われますか」
板の間が、しんとした。
誰も、答えなかった。
腕を組んでいた男が、腕をほどいた。
片手を挙げた。
「若旦那」
「はい」
「異人が、他所の港へ行くとは考えませんで」
「長崎と、函館にございますね」
「へえ」
「長崎の糸は、量が出ませぬ。函館は、糸を出しておりませぬ。日本の糸の大半は、この港へ下りてまいります。あの糸が横浜へ集まる限り、異人はこの港を無視できませぬ」
男は、それきり何も言わなかった。
十
場が静まった。
いちばん後ろから、声が上がった。
六十を越えた、荷運び請負の男である。日焼けした首に、太い皺が幾本も入っていた。
「そんならね、若旦那」
板の間の全員が、そちらを向いた。
「わしらは、あんたを信じりゃええんかね」
善次郎は、その問いへの答えを持っていた。
だが、自分で言えば自賛になる。この帳は正しい、この店は裏切らぬなどと自分で言う商人を、誰が信じる。
善次郎が口を開く前に、脇に控えていた茂木惣兵衛が立った。
板の間の空気が、そこで一段変わった。
弁天通の茂木惣兵衛である。この町で長年やってきた男が、菰の上に立った。
「手前は」
茂木は、そこで一度、言葉を切った。
「この夏、この御方に負けました」
誰も、身動きをしなかった。
「そして、名を預けました。荷も、産地も、手前の名も、全て」
茂木の声は、大きくない。
それなのに、土間まで通った。
「……いま、上州の村へ、前渡しが届いております」
それだけ言って、この男は静かに腰を下ろした。
板の間の後ろで、誰かが息を吐いた。
あの弁天通の茂木惣兵衛が、七十人の前で自らの負けを口にしたのだ。
板の間の誰も、すぐには言葉を返せなかった。
善次郎は、その茂木の横顔に一度だけ視線をやり、次いで全員へ深く頭を下げた。
*
そして――善次郎は、頭をゆっくり上げた。
そこで、終わりにするつもりだった。
だが、まだ一つ、重要なことを話していない。
「……それから」
善次郎が口を開くと、七十人の視線が再び集まった。
茂木惣兵衛の言葉によって、場の空気はすでに変わっている。
先ほどまで善次郎を値踏みしていた者たちも、今は少なくとも、ただの若旦那を見る目ではなくなっていた。
善次郎は懐へ手を入れた。
「もう一つ、皆様に申し上げておかねばならぬことがございます」
取り出したのは、先ほどの帳面とは違う、白い和紙を幾重にも折った書付だった。
「これは、我が天朝物産会所についての書付でございます」
「……天朝?」
前のほうから、誰かが小さく呟いた。
善次郎は聞こえなかったふりをして、紙を開く。
「この会所は、商人が勝手に名乗っているものではございません」
ざわ、と空気が動いた。
「主上様より、直々に綸旨を賜っております」
――沈黙。
先ほどまでのざわめきとは違う。
言葉の意味そのものが、誰の頭にもすぐには入ってこなかった。
「……りん、し?」
後ろのほうから、老人の声がした。
「綸旨って……あの綸旨で?」
「ほかに何があるんだ」
「いや、知らんけども」
「知らんのか?」
「知らん!」
小声のやり取りが続く。
善次郎は紙を広げた。
「こちらが、その写しでございます」
誰かが身を乗り出す。
「……本物ですかい」
「写しです」
「いや、そうじゃなくて……」
男は困った顔をした。
「その、本当にそんなものが?」
「はい」
善次郎は平然と答えた。
「主上様より賜った綸旨の写しです」
「主上様って……」
そこで、男は言葉を失った。
隣の男が袖を引く。
「おい」
「なんだ」
「いま、何て言った」
「主上……」
「そうじゃない。その前だ」
「……綸旨?」
「そう!」
二人とも黙り込んだ。
前のほうでは、四十がらみの男が青い顔をしていた。
「若旦那」
「はい」
「ちょっと待ってくだせえ」
「はい」
「手前らは、商売の帳面の話をしていたんじゃありませんでしたかね?」
「しております」
「そうですよね?」
「はい」
「なのに、なんで急に主上様が出てくるんです」
善次郎は少し考えた。
「順番としては、こちらが先でございます」
「いやいやいや……!」
男が両手を振る。
「順番の問題じゃねえでしょう!」
初めて、板の間に笑いが起きた。
ほんの僅かだった。
だが、それで張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
善次郎は構わず続ける。
「天朝物産会所は、主上様より直々に綸旨を賜り、その御旨を奉じて物産の取扱いを行う会所でございます」
「……つまり?」
別の男が、恐る恐る尋ねた。
「御公儀のお許しを得た商い、ということで?」
「違います」
善次郎は静かに首を振った。
「御公儀から御許しをいただいたものではございません」
「では……どちらの御許しで?」
「主上様でございます」
――今度こそ、誰も声を出さなかった。
善次郎は綸旨の写しを畳の上へ置く。
「ですから、この会所を単なる商人の集まりと思っていただいては困ります」
七十人の視線が、書付へ集まった。
「産地を守る。商いの筋を整える。そして、外国へ出てゆく物産について、我が国の商人が一方的に値を呑まされぬようにする」
善次郎は、一人ずつ顔を見た。
「そのために、天朝物産会所を置くのです」
誰かが、ごくりと唾を呑んだ。
つい先ほどまで、彼らが話していたのは生糸の値段だった。
帳面の付け方だった。
異人に荷を買わせるにはどうするか――そんな、商売の話だった。
それが今は、主上様の綸旨の写しを前にしている。
その落差に、誰も頭の切り替えが追いつかなかった。
「ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――っ!!!???」
ついに、誰かが叫んだ。
それを合図にしたように、板の間が一斉にひっくり返った。
「朝廷!?」
「主上様!?」
「ちょ、ちょっと待て! わしら、ただ糸を売りに来ただけだぞ!」
「綸旨って何だ!?」
「知らん!」
「お前、さっき知ったような顔をしてたじゃねえか!」
「知るわけねえだろうが!」
後ろの老人が、隣の男へ顔を寄せた。
「お、おい……」
「なんだ」
「これ、わしら、えらいことに巻き込まれてねえかぁ?」
「わしに聞くな!」
「じゃあ誰に聞きゃいい!」
「若旦那に聞け!」
「怖くて聞けねえ!」
また、笑いが起きた。
今度は大きかった。
だが、笑っている者たちの顔は、どこか引きつっている。
善次郎は、その騒ぎを前にして、ただ静かに座っていた。
やがて、皆の声が少しずつ収まるのを待ってから、口を開く。
「驚かれるのは分かります」
「驚くどころじゃねえですよ!」
前の男が叫んだ。
「こっちは村から糸を運んできて、値をどうする、帳をどうするって話をしてたんですよ!」
「はい」
「それが、蓋を開けてみりゃ、主上様の綸旨ですか!」
「はい」
「そんな話、聞いてねえ!」
「今、申し上げました」
「今じゃ遅え!」
どっと笑いが起きた。
善次郎も、ほんの少しだけ口元を緩めた。
だが、次の言葉は静かだった。
「だからこそ、先に申し上げておく必要がございました」
笑いが止まる。
「天朝物産会所は、皆様に無理を申しつけるための隠れ蓑ではございません。まして、手前どもが勝手に権威を借りているわけでもない」
善次郎は、畳の上の綸旨の写しへ目を落とした。
「この会所が何のためにあるのか。そして、どのような立場にあるのか。それを皆様にも知っていただきたかったのでございます」
誰も口を挟まない。
しばしの沈黙の後、先ほどの男が、ぽつりと呟いた。
「……じゃあ、若旦那」
「はい」
「手前らは……」
男はそこで言葉を止めた。
何を聞けばいいのか、自分でも分からなくなったらしい。
しばらくして、ようやく口にする。
「いったい、何者なんで?」
善次郎は答えなかった。
代わりに、横にいた茂木惣兵衛が鼻から小さく息を吐いた。
「だから、さっきから言うておる」
全員が茂木を見る。
「わしらより、ずっと話の大きい御方やと」
「……それを先に言ってくだせえ!」
板の間が、また笑いに包まれた。
だが、笑いながらも、誰一人として綸旨の写しから目を離さなかった。
ついさっきまで、善次郎が作ろうとしているのは、少し大きな商人組合だと思っていた。
産地から荷を集め、帳を整え、外国商人との間に一枚噛ませる。
――それだけの話だと思っていた。
だが、違った。
その背後には、自分たちが普段、商いの話では決して口にしない存在がいる。
主上。
その二文字だけで、板の間にいる者たちの理解は追いつかなくなっていた。
老人が、綸旨の写しを遠巻きに眺めながら呟いた。
「……わし、字が読めんでよかったかもしれんな」
「なんでだ」
「読めたら、もっと怖くなりそうだ」
「それは確かに」
今度は、誰も笑わなかった。
善次郎だけが、静かに綸旨の写しを畳み直していた。
十一
触れが出たのは、長月十三日である。
紙が、二枚出た。
一枚目は、天朝物産会所横浜取扱所の名で、公然と掲げた。
取扱所の門前、弁天通の会所前、日本人町の木戸。誰でも目にする場所へ、三枚ずつ貼った。
二枚目は、江戸惣会所から出た。
為替屋、船宿、口入屋、人足の頭。文月の初めに「扱うべからず」が回ったのと同じ道である。
ただし、中身は違う。
『取扱所の帳に載る者の荷を、これまで通り扱え』――それだけの短い文だった。
一枚目が理で、二枚目が手だった。
そしてこの日、「扱うべからず」の触れが解かれた。あの二軒を兵糧攻めにするために出した、あの紙である。
解いても、もう戻る先はなかった。
登録は三日で五十軒を越え、五日目には六十五軒、十日目には七十二軒になった。
残った三軒のうち、二軒は江戸へ移り、もう一軒は跡取りの病を理由に店を畳んだ。触れとは関係がない。
書き役は、最初の三日で十一軒から呼ばれた。
なかでも、説明会で三つ目の問いを出した老人の店には、二日にわたってうちの手代が二人詰めた。
老人は、荷の出所の村をすべてそらで言えた。
ただ、書けなかった。
罰は、一度も使わずに済んだ。
十二
登録の帳が二階へ上がってきたのは、長月十三日の夜だった。
留吉が運んできた。
分厚い。表紙は革張りで、綴じ糸も二重になっている。名、店の名、扱う品、荷の出所の村。この町の日本側の商いが、ほとんどそこに収まっていた。
善次郎は帳を膝に置き、上から順に繰った。
志村宗介と、明日からの割り振りを決めていく。書き役を出す順番、蔵の空け方、上州からの報せの受け方。話しながら頁を繰り、手を動かしながら数を数えた。
宗介が降りたあと、留吉が茶を替えに上がってきた。
茶を置いて下がりかけた留吉が、階段の途中で足を止めた。
「若旦那」
「はい」
「この帳にゃあ、ずいぶん名前が載りますね」
「はい」
善次郎は頁を繰りながら答えた。
留吉は、しばらく黙っていた。
やがて、言った。
「……あっしの知っとる人らは、載らねえんですね」
善次郎の手が止まった。
留吉が、この夏に話していた者たちだ。
酒場で膳を運ぶ者、馬の口を取る者、洗い物をする女、居留地の道を歩いていただけの三人。六人とも名を聞いていない。商いにも関わっていない。
だから、この帳には載らない。
善次郎は答えなかった。
言い訳になるからだ。
留吉はそれ以上何も言わず、階段を降りていった。足音が遠ざかる。
善次郎は、帳を開いたまま動かなかった。
この夏、留吉は名のない者たちの話を何度も運んできた。名を知らなくても、話は聞いていた。
だが、善次郎が作った仕組みは、名のある商人しか拾わない。
その外側にいる者たちのことを、善次郎は初めて意識した。
*
二階に、一人になった。
行灯の炎が、長月の夜風に細く揺れている。窓の先では、居留地の明かりが滲んでいた。
夜のうちにも荷が動くことを、この男は横浜へ来た最初の晩に知った。あれから四月、その明かりは一晩も消えていない。
善次郎は抽斗から帳面を出し、日付を書いた。
『――百三十一日目』
それだけを書いて、帳面を閉じた。
姫様から命じられたのは、一つだけだった。
五十八番との縁を、切らすな。
値も期日も先方任せで、取り分は一度も取っていない。その約束だけは、いまも守っている。
それ以外は、善次郎が自分で始めた。
触れも、二軒を落としたことも、掟も、七十人の前に立ったことも……
報せに書けるのは……
『五十八番との商いは、続いております』
『天朝物産会所は、横浜を制しました』
その二行だけだ。
善次郎は、淡々とそう記した。
姫様の描いたものが、また一つ、世の形になった。
*
行灯の火を吹き消す。
暗くなった二階に、居留地のほうの明るみだけが残った。
あの明かりの下には、多くの名が並んでいる。名があれば荷が回る。荷が回れば値が決まり、値が決まれば村が桑を買える。
この四箇月をかけて、善次郎が組み上げたのは、その筋道だった。
だが、その荷を実際に動かしているのは、帳に一度も載らない者たちだ。
今夜も、その者たちの手で荷が動いている。
第百九十三話 了
【関内の向こう側――幕末横浜、人と品物が行き交った町】
作中で横浜を舞台にするにあたって、少し分かりにくいのが「関内」という場所です。
今では駅名にもなっている関内ですが、もともとは文字どおり、**「関所の内側」**という意味でした。
開港にあたって幕府は、外国人居留地を含む開港場の周囲を川や堀割で区切り、橋のたもとに関門を設けました。その内側を「関内」、外側を「関外」と呼んだのです。横浜を出入りする人間を監視し、外国人を襲撃しようとする浪士などから守る意味もありました。
ですから、文久二年(一八六二)の横浜を歩くときは、現代の感覚で「外国人街へちょっと買い物に行く」というわけにはいきません。
日本人が居留地へ入るには、仕事や用務など、何らかの理由が必要でした。とりわけ外国商人と取引する商人や、外国人に雇われた職人・使用人などは、居留地と日本人町の間を行き来することになります。
この「境目」があったことは、当時の横浜を考えるうえで重要です。
なにしろ、関門のこちらと向こうで、暮らしている人間も、話している言葉も、商売の仕組みも違う。
それなのに、両者は毎日のように顔を合わせていました。
横浜の面白さは、そこにあります。
外国人居留地には、外国商人の商館や領事館が並んでいました。一方、そのすぐ隣には日本人の町が広がっていました。本町、海岸通、北仲通、南仲通、弁天通などには、開港を機に各地から商人が集まり、呉服屋、太物屋、塗物屋、薬種店、荒物屋、酒屋など、さまざまな商店が軒を連ねるようになります。開港直後の日本人町が急速に商業地として成長していったことは、同時代の記録からも確認できます。
そして、この日本人町こそが、外国商人との取引の舞台になりました。
外国商人は、日本国内の産地へ自由に出向いて品物を買い集めることができませんでした。そこで、日本側の商人が各地から生糸などを集め、それを横浜まで運び、外国商館へ売り込む。
いわば、
日本の産地 → 横浜の日本人商人 → 外国商館 → 海外
という流れです。
開港直後から生糸の売り込みが始まっていたことも確認されています。横浜開港資料館によれば、一八五九年の開港直後から、芝屋、甲州屋忠右衛門、中居屋重兵衛らが外国商人との生糸取引に関わっていました。
つまり、横浜の日本人町は、単なる「外国人居留地の隣町」ではありません。
日本各地から集まってきた品物と、外国からやってきた銀や商品がぶつかる、巨大な商取引の現場だったわけです。
では、外国人はどうしていたのか。
ここが日本人側とは少し違います。
外国人が日本人町へ出て、日本の商店を訪れることはありました。開港場の日本人街は、外国人にとっても珍しい品物を探せる場所だったからです。開港直後の横浜には、外国人を相手にする商売も次第に増えていきました。後の元町も、山手の外国人居住地と関内の商業地を結ぶ道筋で外国人向けの店が発達したものです。
漆器、陶磁器、絹織物など、日本独特の品物は外国人の目には珍しいものだったでしょう。
もっとも、ここで注意したいのは、現代の「外国人観光客が商店街をぶらぶら歩いて買い物をする」という光景を、そのまま文久二年の横浜に重ねないことです。
開港したばかりの町です。
日本人にとっても外国人は珍しい。外国人にとっても日本人の町は珍しい。
その両者が、関門を挟んですぐ隣で暮らしていた。
だからこそ、商売の現場では、言葉の問題も起こります。
片言の日本語と英語などを使いながら、身振り手振りを交えて値段を決める。こうした接触の積み重ねから、後に「横浜ことば」「横浜ピジン」などと呼ばれる独特の言語文化も生まれていきました。ただし、これを一八六二年の時点ですでに完成した「共通語」と考えるのは早計でしょう。ここは、開港場の日常的な接触から徐々に形を取っていったもの、と考えるほうが安全です。
そして、もう一つ面白いのが食べ物です。
外国人が暮らすようになれば、当然、彼らの食生活を支える商売も必要になります。
一八六二年には、横浜の入船町で「伊勢熊」が牛鍋を出し始めたとされます。牛肉を食べるという、それまでの日本人にはまだ馴染みの薄かった食文化が、外国人の存在を身近に感じる横浜から広がっていったことを考えると、実に象徴的な出来事です。
こうして見ると、文久二年の横浜は、外国人と日本人が完全に隔離された町ではありません。
むしろ逆です。
境界線を引いたからこそ、その境界線のところで、人と物と金と言葉が激しく行き交っていた。
日本人には関門があり、外国人居留地への出入りには制限がある。
けれど、そのすぐ向こう側には外国商館があり、こちら側には日本の商店がある。
生糸を売り込む商人がいる。
珍しい日本製品を買い求める外国人がいる。
外国人のために新しい商売を始める日本人がいる。
そして、その間を通訳や使用人、職人、荷物を運ぶ人々が絶えず往来する。
幕末の横浜というのは、そんな町でした。
現在の関内を歩いても、当時の町並みがそのまま残っているわけではありません。それでも、本町や弁天通、馬車道のあたりを眺めていると、ここがかつて日本人の商人と外国人商人が顔を突き合わせ、値段を決め、品物を受け渡した場所だったことが想像できます。
近代日本の貿易は、最初から大きな港湾都市として整えられた場所で始まったわけではありません。
海を埋め、道を造り、関門を置き、その内側に外国人と日本人の町を並べる。
そして、その狭い町の中で、まだ互いの言葉も習慣もよく分からない者同士が、商売を始めた。
文久二年の横浜には、そんな「日本の近代」が、まだ町のあちこちに剥き出しのまま転がっていたのだと思います。




