第百九十二話「横浜暗闘編―通る日」
一
葉月も十日を過ぎると、横浜の朝は音の順序が変わる。
水無月のころは、まず波止場の掛け声が上がり、そのあとで蔵の戸が鳴った。いまは逆であった。夜のうちに着いた荷を入れるために、磯貝新吉が日の出前から戸を引いている。その音が二階の障子を震わせ、しばらくしてから、海のほうの掛け声が追いついてくる。
善次郎は、その順序が入れ替わったことに、数日前まで気づいていなかった。
気づいたのは、宗介が朝の帳を持って上がってきたときだった。板の間を踏む音を数えれば、その日の入りがおおよそ分かる――帳場手代の言葉に、耳を澄ました。
言われてみれば、耳はとうにその音の違いを覚えていた。
文月の末に亀屋と野澤屋の客帳を引き継いでから、二十日あまりになる。
蔵の板敷きは十七列まで埋まり、菰の枚数は二度足された。三階では荒井佐吉が糸束を撫でる速さを上げ、追いつかなくなった検品の場へ若い者が二人回されている。一階では吉田稔麿が約定を書き直し終えて、それでもまだ紙を繰っていた。
以前は、見栄の蔵と呼ばれた前には、朝から人が行き交い、立ち止まる隙もないほどになっている。
久蔵の組が入って二十日、荷の縛り方は亀屋のころと変わらない。一度それを見た新吉は、何も言わなくなった。組み方が違うことと、間違っていることは別だと、この火消し崩れの蔵番頭は知っていた。
久蔵が二階へ上がってきたのは、葉月十五日の朝、五つ半ごろであった。
荷役の頭が自分から上がってくるのは、この店では珍しい。用があれば宗介を呼ぶか、階下から声をかける。土間で草履を脱ぎ、板の間の端で頭を下げてから履き物に履き替えた。その一手間を惜しまぬところに、この男の律儀さがあった。
「若旦那。神奈川に、札が立ちますで」
「内容は?」
「大名の御行列でございます。薩摩様が、江戸をお発ちになるようです」
善次郎は、筆を置いた。
薩摩の千人が江戸に入ってから、二月半になる。大名小路の上屋敷の門が閉まったままだという話は、江戸から下ってくる荷の口づてで、この横浜にも幾度か流れてきていた。
「日取りは」
「葉月の二十一日と聞いております。もっとも、先触れが宿場へ入りましたのは、十日ばかり前でございましてね」
「そうか」
「へえ。うちの若いのが、神奈川の問屋場で聞いてまいりました」
久蔵の若い者は、亀屋のころから神奈川の問屋場に顔がある。荷を回す頭には、宿場の人繰りを知る目が要る。この夏、その顔ぶれごと会所へ移ってきた。
善次郎が九十四軒の客帳とともに受け取ったのは、名簿だけではなかった。久蔵は腕の太い指を折り、荷と人と馬を数えはじめる。四十を三つ四つ越えたあたり。
亀屋で二十年、この街道の荷を回してきた男である。深川の火消し崩れ、新吉とは違う、荷を扱う者の身体つきをしていた。
「先触れが必ずあります。行列の本体が来る前に、御家中の者が触状を持って宿場を回るんです。日取り、御藩主の御名、行列の総人数。それから、宿場で出さねばならぬ人足の数と、馬の数まで、細こう書いてありますね」
「なるほど」
「こっからが、いちばん肝になります」
久蔵は、そう言って板の間へ膝を落とした。
二
「若旦那。宿場ってのは、御行列が通るとなりますと、他所の荷が後回しになりやす」
善次郎は、久蔵の言葉を最後まで聞いてから、帳を引き寄せた。
頭では、話がすでに数に変わっている。
「問屋場が、人足と馬を押さえるんです。御行列の日を挟んで、前と後ろに三日ずつ。その間、街道の荷は動きが鈍うなります。旅籠も御一行と先発の御役人で一杯になりますんで、他の旅人は別の宿へ回されます」
「上州から下ってくる荷は」
「そこが、いちばん詰まりますな」
久蔵は、指を三本立てた。
「高崎で車に積みまして、八王子を抜けて、最後に神奈川の宿場を通ります。宿場が人足を出せぬとなりますと、荷はそこで一日二日、寝ることになりますで」
「うちの組は」
「横浜の内だけですから、そこは動きます。船積みの側へ回せば、二十人は使えますで」
善次郎は帳の頁を繰った。頭の中では、すでに勘定を組み直している。
三日ぶんの遅れが出る。荷は翌週の船積みに寄り、そこで一度に重なる。検品の手が足りない。荒井佐吉と神田清二の二人では回らず、桐箱の側を止めるか、並品の検めを緩めるほかなくなる。
どちらも、この店ではできない。
三階の桐箱は、年に幾らも出ない品である。八軒の家が引いた糸を検め、桐箱へ納め、蓋に極印を押す。その手を止めれば、来年の分まで狂う。
並品の検めを緩めれば、値が崩れる。この夏、この町の日本の側を一つにしたのは、値を決める側へ回るためだった。そこで手を抜けば、こちらが付けた値そのものが信用を失う。
「宗介殿」
善次郎は、階下へ声をかけた。
「九十四軒に、遅れの断りを出します。文面を、今日じゅうに組んでください」
「何日ぶんと書きましょうか」
「三日、と。戻るのは二十二日からと書いてください」
断りを先に出す。遅れてから詫びるのではなく、遅れると分かった日に知らせる。
このやり方を、善次郎は日本橋で覚えた。父の善兵衛も、いつもそうしていた。
遅れてから頭を下げれば、相手の目に残るのは遅れの日数だ。先に知らせておけば、相手は日取りを組み直せる。商いでは、その違いが翌年まで響く。
異人相手でも変わらなかった。九十四軒を引き継いでから、期日は一度も割っていない。だから三日ぶんの断りを入れても、先方は受ける。
葉月二十一日。善次郎にとっては、商いが一日死ぬ日だった。
そして、それだけであった。
三
久蔵が階段を降りていくとき、言い置いていった一言がある。
「宿場の入口に、御行列の札が立ちますで。あれは、誰でも読めますからね」
伊藤俊輔が顔を上げたのは、その一言のところであった。
一階の板の間で今日の帳を検めていた手が、そこで止まっている。
関札という。行列の先発が宿場へ入ると、街道の入口と本陣の門前へ、大きな木札を掲げる。どこの家が、いつ通り、いつ泊まるか。それが書いてある。
誰でも読める。
伊藤は、そこで…出かけた道を思い出した。
葉月六日、吉田橋の木戸門を出て、東海道を北へ歩いた。海が右手に開けて、漁の舟が幾つも出ていた。左手の田では稲が色づきかけ、松の影が朝の日で西へ長く伸びていた。あの道を、マーシャルと二人で神奈川宿まで歩き、その先の畑道で足を止めた。
あの道を、千人が通る。
そして、あの日の出来事が一つ、伊藤の頭に残っていた。
伊藤は、帳を置いて二階へ上がった。
「善次郎さん」
「はい」
「五十八番の旦那に、御行列のありさまを言うてもええじゃろうか」
善次郎の返事は、間が空かなかった。
「是非に」
伊藤が、少し身を引いた。
三日か四日は考えるだろうと思っていた。前に案内を頼まれたときも即答であったが、あれは商いの縁が太くなるという理屈が立つ。今度は、こちらから異人へ余計なことを教えに行く話である。
「構わんっちゃろうか」
「なんら問題はありませぬ」
善次郎は、帳から目を上げた。
頭にあったのは、正義ではない。
異人が街道で斬られれば、その話は宿場から宿場へ流れる。攘夷の話が街道沿いに立てば、荷方が嫌がる。人足の口が細り、幕府が遊歩の境を締めれば、この町の商いが痩せる。
そうなれば、来年の前渡しの勘定が崩れる。
二十日前、原善三郎はこの二階で三つの条件を出した。あの約束は、来年からが本番であった。
「道中の入用は、こちらで持ちます」
「はい」
「伊藤殿。一つ、言っておきます」
「なんですかね?」
「あちらの旦那が、その通りになさるかどうかは、こちらの手の外にございます」
善次郎は、そう言った。
しかし、この男の胸の底で、別のものが一つ動いていた。姫様からの指示である。
縁が続いている形とは、相手が生きているということでもある。
善次郎は、そこまでを言葉にしなかった。
目を帳へ戻した。
四
小僧の留吉が二階へ上がってきたのは、その翌日である。
葉月十六日の横浜は、朝から風がなかった。埋め立ての土が白く灼けて、荷車が通るたびに粉のような埃が立ち、それが海からの弱い風で横へ流れていく。二階の障子を開けても、入ってくるのは熱と潮の匂いだけであった。
「若旦那。リチャードソンという異人が、この十日ばかりで、すっかり変わりましたんで」
留吉が板の間に膝をついたまま、そう切り出した。
「まだ、あの話をしとります。鞭で追い散らしたって話ですよ」
「いま、話を聞く方は、おりますか」
「それが、減りましたんで」
この夏、船で来た若い連中は、初めのうちは面白がっていた。ところが、同じ話を三度四度と聞かされるうち、席を立つ者が出はじめた。古株は初めから相手にせず、何人かがたしなめても、本人は笑って聞き流す。そして翌日には、また同じ話をする。
「そうやって、まわりが引いていきましたんで」
「……そうですか」
「それでね、若旦那。その異人、酒の量が増えましてね。まぁ、そのあとの始末が悪いんでさあ」
「どのように?」
「最近は、周りの者に手を出しはじめたんです」
善次郎は、湯呑みに伸ばしかけた手を止めた。
「日本人にだけ、手を出しやがるんです」
留吉は膝の上で指を一本立てた。
「酒場で膳を運んどった者が、一人。皿を下げるのが遅いと言われて、腕を打たれた」
もう一本。
「馬の口を取っとった者が、一人。鞍を締め直すのに手間取って、肩を蹴られた」
さらに一本。
「洗い物をしとった女が、一人。茶碗を割ったところへ椅子が飛んできた。背中に当たったそうで」
留吉は、そこで指を止めた。
「それから四つ目が、居留地の道を歩いとった者たちで……」
善次郎は黙って聞いていた。
「日本人町から荷を運んで、帰りに通りかかっただけの三人です。酔ったあの男に肩を突かれて、一人が転んだ。そこへ今度は、足蹴りが飛んだようで」
留吉の四つ目の指が、ゆっくり立った。
「これが、一番重いんでさあ」
「若旦那。あっしが聞いた限りでは、大した怪我はございません」
留吉は、そう言った。
「腫れたとか、痣が残ったとか、その程度でございます」
「訴え出られた方は」
「一人もおりません」
留吉は、そこで少し口を歪めた。
「訴えりゃあ、こっちが面倒になりますんで。奉行所へ行けば、なぜ居留地の近くにおったと訊かれます。異人の家で働いとる者なら、明日から仕事がのうなりますで」
「それに、若旦那」
「はい」
「訴えたところで、裁くのはあちらの役人でございましょう」
善次郎は、その一言に顔を上げた。
条約で、そう決まっている。異人がこの国で罪を犯しても、裁くのは異人の側の役人である。この町で商いをする者なら、番頭でも小僧でも知っていた。
「あっしらは、そこまでは分かりませんですがね。皆、そう言うとります」
善次郎は、しばらく何も言わなかった。
聞いたことを帳に残してきた。書いたものを数え、その数を次の手に変える。
しかし、今日は、書けなかった。
名も日付もない。訴えも出ていない。帳に残せるものがなかった。
それでも善次郎は筆を執り、すぐに置いた。書けば、留吉まで辿られる。話した者も危うい。
今あるのは、留吉の頭の中の勘定だけだった。
「留吉」
「へえ」
「その方々が、どこの誰かは」
「聞いとりません。聞いても、言いませんよ。すいません」
「……そうですね」
善次郎は、それきり訊かなかった。
余計な詮索をすれば、留吉の顔が居留地に残る。それだけは避けたかった。
あの異人には、日本人が寄り付かなくなる。案内も付かず、街道へ出る機会も減る。
勘定だけなら、こちらの得だった。
善次郎は帳を閉じた。
五
葉月十七日の昼、伊藤俊輔は久蔵の組の若い者を一人連れて、吉田橋の木戸門を抜けた。
木戸の番人は、伊藤の顔を見るなり頷いた。会所の札を出すまでもない。この二十日で、この若者はこの門を三十度近く通っている。
海岸通りを右へ折れず、一本奥の道へ入る。
表通りを外れると、白壁の一番館も急に間口が狭くなる。石に見せた漆喰、縦長の窓。二階の張り出しに椅子を置く家はなく、洗った布だけが風に揺れていた。
この一角は埋め立てが遅く、道には荷車の轍が残っている。乾けば土埃が立ち、雨が降れば水が溜まる。
五十八番は、その並びの中ほどにあった。
二階建ての白壁に縦長の窓が並び、その一つには板が打ちつけてある。裏に低い倉、母屋の脇に馬を繋ぐ場所。門柱の金物には、五十八という数字だけが刻まれていた。
名はない。この町では、それで足りる。
帳場は、机が二つ並んでいるだけの部屋であった。片方は空いている。船と勘定を見ているというもう一人の旦那を、伊藤はいまだに一度も見ていない。
壁際に、書付を挟んだ紙挟みが十幾つ吊してある。異国の字の表書きは、そのほとんどが糸ではなく船の名であった。
ウィリアム・マーシャルは、窓際の椅子で書き物をしていた。
顔を上げて、片手を挙げる。上着はいつもと同じもので、肘のあたりが白く擦れている。頬から顎にかけて短く刈り込んだ髭に、この数日で白いものが一本二本混じったように、伊藤には見えた。
荷を下ろし、判をもらう。それだけで済むはずの往復が、この夏じゅう長くなっている。
”The vessel has not yet been determined.”
「船が、まだ決まらない」
マーシャルは、判を返しながら、そう切り出した。
”Your sister, sir?”
「妹御さんの、でございますかいね」
”Precisely. The end of this month, or the beginning of the next—so I said. Yet the beginning of the next is now upon us, and still the sailing is not fixed.”
「そうだ。今月の末か来月の初めと言っていたが、その来月の初めが近づいてきて、まだ決まらない」
”Wherein lies the impediment?”
「どこで、詰まっとるんかね?」
”At Shanghai.”
「上海だ」
マーシャルは、机の端の紙束を指で押さえた。
”Vessels departing Hong Kong are reorganised at Shanghai. Cargo is loaded, passengers are shifted about, and the schedules are amended. At present, that city is in such disorder that the vessels do not depart as arranged.”
「香港を出た船は、上海で組み替えられる。荷を積んで、客を入れ替えて、日程を直す。いまあの町は乱れていて、船が予定どおりに出ない」
伊藤は、その先を黙って待った。
待ったのは、この男が自分で言うだろうと思ったからである。
”The rebellion, you see. It has persisted these ten years about Shanghai.”
「乱だ。上海の周りで、この十年ずっと続いている」
マーシャルは、そこで一度、椅子の背にもたれた。
”And those who suppress it are mercenaries maintained by our own coin. I told you as much, upon the highway.”
「そして、それを鎮めているのは、我々の金で雇った兵だ。……街道で、あなたにそう言った」
”You did, sir.”
「伺いましたけぇ」
”It is on account of that very rebellion that my wife's sister cannot come.”
「その乱のせいで、妻の妹が来られない」
"She was originally meant to arrive much sooner. But I delayed it for my own convenience, and now, look at this wretched state of affairs."
「彼女はもともと、もっと早く来るはずだったんだ。こちらの都合で延ばしてもらっていたら、このざまだ」
この男は、そう言って短く笑った。
笑い方に、可笑しがっている気配はなかった。
伊藤は、その笑いを見た。何か返そうとして、口を閉じる。気の利いたことを言えば、この男はまた笑うだろう。その二度目は、聞かないほうがよかった。
六
伊藤が本題を出したのは、茶を一杯もらってからである。
この家の茶は、日本の茶葉を異国のやり方で煮出したもので、伊藤の口には濃すぎた。それでも、四度目からは断らずに飲むようになっている。
”Mister Marshall. There is a matter I have come to lay before you this day.”
「マーシャルさん。今日は、一つ申し上げに参りましたけぇ」
”Pray speak.”
「聞こう」
”Four days hence, a procession of a great domain shall pass along the highway.”
「四日あとに、大藩の御行列が街道を通るんじゃ」
マーシャルは、書き物の手を止めなかった。
”A procession?”
「行列?」
”The domain of Satsuma. Their lord's father has resided at Edo these two months and a half, and now returns to Kyoto.”
「薩摩というお国です。御藩主の父君が、この二月半、江戸におられました。それが京へお帰りになります」
”And what is the number of them?”
「人数は」
”Approaching one thousand.”
「千に、近いっちゃ」
そこで、この男の筆が止まった。
”One thousand?”
「千」
”Aye, sir.”
「はい」
マーシャルは、筆を置いて顔を上げた。
”And which road shall they take?”
「どの道を通る」
伊藤は、そこで一度、間を置いた。
”The very road upon which you and I walked, eleven days since.”
「あなたと、前に歩いた道ですけぇ」
部屋の中の音が、そこで一度、失せた。
窓の外で、裏の倉の前の馬が首を振っている。この家の馬丁が桶を運んでいく足音が、板の壁越しに聞こえた。
”……The same road.”
「……同じ道か」
”The same, sir. Departing Edo, crossing at Rokugo, passing Kawasaki, then Tsurumi, and thereafter Kanagawa post-town.”
「同じ道ですけぇ。江戸をお発ちになって、六郷の渡しを越え、川崎を過ぎ、鶴見を抜けて、神奈川の宿場でございますろう」
”And upon what day?”
「日は」
”The one-and-twentieth of this month.”
「今月の二十一日でございますろう」
マーシャルは、机の端の暦らしきものへ手を伸ばしかけて、途中でやめた。
この国の暦と、この男の暦は、日の数え方が違う。
”How came you to know of this?”
「なぜ、あなたがそれを知っている」
”It is a matter of common knowledge.”
「皆、知っとりますけぇ」
伊藤は、答えてから指を折った。
”A forerunner is dispatched in advance. A retainer of the house bears an official document to each post-town along the route. Within it are set down the day of arrival, the name of the lord, the total number of the procession, and further, the number of porters and horses which each town must furnish.”
「先触れというものが、ございますろう。御家中の者が、通る宿場ごとに公の文を届けて回るんであります。中には、着く日と、御藩主の御名と、行列の総人数と、それから宿場が出さねばならん人足の数と馬の数まで書いてありますけぇ」
”When was that document delivered?”
「その文は、いつ届いた」
”Ten days since.”
「十日前でございますろう」
マーシャルの目が、そこで動いた。
”Ten days.”
「十日」
”Aye, sir. And the inns are secured earlier still. The finest lodging, wherein the lord himself shall rest, is reserved by appointment alone. For a domain of that magnitude, it is bespoken months beforehand.”
「はい。宿は、もっと前から押さえてございますろう。御藩主のお泊まりになる宿は、予約でなければ取れませぬ。あれほどの御大身なら、何月も前から押さえますけぇ」
伊藤は、そこで一度、茶を飲んだ。
”And upon the day preceding, a great placard of timber is raised at the entrance of the post-town. Upon it is written which house passes, and upon what day.”
「そして前の日には、宿場の入口に大きな木の札が立ちます。どこの御家が、いつ通られるか。それが書いてございますろう」
”A placard?”
「札?」
”A placard, sir. Any man may read it.”
「札です。誰でも読めますけぇ」
マーシャルは、しばらく何も言わなかった。
それから、こう言った。
”……Then it is announced.”
「……知らせているのか」
”It is announced.”
「知らせちょります」
”I have heard nothing of it.”
「私は、聞いていない」
”The placard stands beside the road, sir.”
「木札が、道端に立ちますけぇ」
マーシャルの手が、机の縁で止まった。
止まったまま、しばらく動かなかった。
”I cannot read it.”
「私は、読めない」
伊藤は答えなかった。
この国は、何も隠してはいない。何月も前に宿を押さえ、十日前には文を回し、前の日には道端に札まで立てる。それでも届かない。
それは、読めないからだった。
七
”Now then, Mister Marshall. I shall relate to you what a man must do, should he encounter such a procession.”
「そこでマーシャルさん。御行列に出会うたときに、どうせにゃいけんかを申し上げます」
”I am listening.”
「聞こう」
伊藤は、指を四本立てた。
”First: withdraw to the very edge of the road.”
「一つ。道の端へ寄ります」
”Second: if you are upon horseback, you must dismount.”
「二つ。馬に乗っとられたら、降ります」
”Third: remove your hat, and place your knee upon the ground.”
「三つ。笠を取って、地面へ膝をつきます」
”Fourth: and do not raise your face.”
「四つ。決して顔を上げんことです」
マーシャルは四つを順に考え、少し間を置いてから、一つだけ訊いた。
”Do the common folk do likewise?”
「村の者も、そうするのか」
”They do, sir. Even the dogs of the village are silenced..”
「いたします。村の犬の口まで、縛らせますけぇ」
”The dogs?”
「犬を」
”If it barks, it shall be cut down. The peasantry of this land know that in their very bones.”
「吠えれば、斬られますで。この国の百姓は、それを身体で覚えとります」
伊藤は、一緒に出かけたときのことを口にした。
ここまで迷っていた話だった。それでも言うしかない。伝えなければ、この男は自分の身に関わることとして受け取らない。
「マーシャルさん。先だって、侍が三人、前から来ましたろう」
”……They did.”
「……来た」
”At that moment, you withdrew but half a pace.”
「あのとき、あなたは半歩しか寄られませんでした」
マーシャルは、答えなかった。
この男は、覚えている。伊藤が道の端へ寄り、自分は少し遅れて、倣うように横へずれた。三人はこちらを見て、何も言わずに通り過ぎた。
"The only reason those three passed by in silence..."
「あの三人が黙って通り過ぎたのは……」
伊藤は、続けた。
"...is simply because they chose to overlook such insolence."
「その無作法を見逃したからに過ぎんのです」
部屋の中が、また静かになった。
伊藤は、声の調子を変えずに続けた。
”A procession does not endure.”
「御行列は、我慢しません」
”Wherefore not?”
「なぜ」
"To disrupt a solemn procession is the gravest insult in this land. Thus, there is a law that permits cutting the offender down on the spot, without the swordsman facing any blame, you see."
「御行列を乱すいうことは、この国じゃあ最も重い無礼にあたります。そんで、その場で斬りすてても、斬ったほうが咎めを受けんという定めがございますけぇ」
”Without penalty?”
「咎めを受けぬ」
”Without penalty, sir.”
「受けませんけぇ」
伊藤は、そこで一度、息を継いだ。
”And within that procession there shall be one thousand men. Should but one among them draw his blade, that is the end of the matter.”
「そんで、その行列には千人おります。その千人のうち、誰か一人が抜けば、それで済んでしまうけぇ」
”Even though I know nothing of it?”
「知らなくても、か」
”Knowing nothing shall not serve, sir.”
「知らんかったでは、通りませんけぇ」
マーシャルは、そこで一度、机の上で指を組んだ。
”And what of the officials? Are there none who might stand between?”
「役人はどうだ。間へ立つ者はおらんのか」
”There shall be none, sir.”
「おりませんけぇ」
伊藤は、そう答えた。
”The magistrate of Kanagawa does not accompany the procession. And even were he present, he could not restrain the retainers of a domain of that magnitude. The matter is concluded before ever a word may be exchanged.”
「神奈川の御奉行は、行列に付いてはおられません。おられたとしても、あれほどの御大身の御家中を止めることはできませんで。話を交わす前に、片がついてしまいますけぇ」
八
マーシャルの返事は、反射のようであった。
”Should such a thing come to pass—my country would not remain silent.”
「もし、そんなことが起きたら——我が国は黙っていない」
言ってから、この男は自分の言葉に躓いた。
伊藤は、この夏に何度も見てきた。妹に見せてやりたいと言ったあと、どこへ連れて行けばよいか分からないと続けたこともある。
口にしたあとで、間違いに気づく。そして、気づいたことを隠さない。
そんな異人は、この夏に一人しかいなかった。
だから伊藤は、待たなかった。
”I am not speaking of such a thing.”
「わしは、そういう話をしちょるんじゃありません」
伊藤は声を張った。
マーシャルが顔を上げる。窓の外の馬が、一度、大きく首を振った。この夏、伊藤がこれほど声を張ったのは初めてだった。
”Then of what do you speak?”
「では、何の話だ」
”I do not wish that you foreign gentlemen should be cut down, and that a quarrel should arise therefrom.”
「あなた方異人が斬られて、揉め事になるのが、わしは嫌なんです」
伊藤は、指を折らなかった。
そして、続けた。
”Should such a quarrel arise, the commerce of this town shall perish. And should it perish, the villages of Joshu shall likewise perish.”
「揉め事になれば、この町の商いが死にます。商いが死ねば、上州の村まで干上がりますけぇ」
そこで、この若者は一度、言葉を切った。
切ってから、机の上の一点を見た。
”And—”
「それと」
マーシャルが、待った。
”I do not wish that you, Mister Marshall, should die.”
「マーシャルさんが死ぬんが、いやなんですけぇ」
"Besides, if your companions were to fall victim, I could not bear to see you grieve, Mr. Marshall."
「それに、マーシャルさんのお仲間がもし犠牲になって、あなたが悲しむんが、堪らんのです」
窓の外で、桶を置く音がした。
マーシャルは、返事をしなかった。
しばらくして椅子を立ち、窓際へ歩いていく。板のない窓の前で足を止めた。
背を向けたまま、この男が言った。
"I understand, Ito."
「わかった。イトー」
"I shall tell my companions—and when my sister arrives, to her as well... I shall make them understand."
「我が仲間に、そして妹が着いたなら妹にも…固く言い含めておこう」
それだけであった。
伊藤の言ったことに、この男は直接答えなかった。
だが、伊藤はそれで足りると判じた。
この男は、妹に日本を見せてやりたいと言った。そのために自分に案内を頼み、道を歩き、境の手前で立ち止まった。その男が、教えると言った。
それは、呑み込んだということであった。
九
吉田橋の木戸門を抜けて、伊藤は日本人町の通りへ戻った。
夕方の道は、荷車と人で詰まっている。魚を担いだ者が声を張り、その脇を空の荷車が抜けていく。三月前に初めてこの町へ入った日、この若者は日本人の町もこんなになっているのかと漏らした。あのとき隣にいた善次郎は、居留地はもう少し海のほうだと答えた。
いまは、どちらの通りも歩ける。
歩きながら、伊藤の頭に二つが残っていた。
一つは、木札のことである。
この国は、隠していない。何月も前に宿を押さえ、十日前に文を回し、前の日には札まで立てる。それでも、異人には届かない。
書くだけでは、知らせたことにならない。
三年、机の脇の束へ書き足してきた。誰に読ませるのかと訊かれて、答えられなかったのは半月前である。
書いただけでは、届かない。
あの木札と、同じであった。
二つ目は、思い出すたびに顔が熱くなる。
死ぬのがいやだ、と言ってしまった。
商いの相手に、である。荷を届けて判をもらうだけの手代が、帳場の真ん中で声を張って、そんなことを口にした。
伊藤は、そこで頭を振った。
考えないことにしたぶん、足が速くなった。
三日前、この男は同じ帳場で頭を下げられている。
「同じ国の者がしたことだ。日本の人に詫びる」
そう言われても、伊藤には「許すも何も」と返すしかなかった。返す言葉も、持ち合わせていなかった。
今日、返す物が見つかった。
返礼のつもりは、この若者には一切なかった。
十
葉月十九日の夕方、伊藤は五十八番からの帰りに、吉田橋の外を通った。
この日は、この月五度目の荷であった。行列の話は、もう出さなかった。出せば念を押すことになり、念を押されて機嫌のよくなる商人はいない。
木戸の手前に、茶店が一軒ある。
葦簀を掛けただけの店で、床几が三つ並んでいる。居留地から出てくる荷車を数えるにはちょうどよい場所で、日本人町の者も、居留地で働く小者も、ここで一服してから帰る。
その床几の端に、旅の恰好の男が一人、腰を下ろしていた。
三十を幾らか過ぎたあたりだろう。丸みのある顔に、笑っているのか眠たいのか分からぬ目が付いている。擦り切れた木綿の袷を着て、傍らには振り分けの荷が置いてあった。
腰には刀が二本ある。
男は茶を一杯だけ頼み、居留地の門のほうをぼんやり眺めていた。伊藤が前を通っても、その目は動かなかった。
伊藤も足を止めなかった。
「――誰か待っとるんかね?」
そう思っただけだった。
旅の途中で日和を待つ浪人など、この町には珍しくない。宿を取り、門を眺め、茶を一杯飲んで帰る。三ヶ月前まで江戸を歩いていた伊藤自身も、似たような姿をしていた。
男は、伊藤が通り過ぎてからも、しばらく同じ姿勢で座っていた。
十一
葉月二十一日の朝は、この夏で初めて、風に秋の冷ややかさが混じった。
空は高く、雲は薄く伸びて、日の当たる場所と影の境がくっきり分かれている。海のほうから来る風に潮の匂いがあるのは変わらないが、そこへ乾いた土の匂いが混じるようになった。
会所取扱所の朝は、いつもより静かであった。
蔵の戸は、日の出前に一度開いて、それきり閉まっている。上州から下ってくる荷が、前日で止まっていた。神奈川の宿場が人足を出せぬので、荷は八王子と川崎で寝ている。
磯貝新吉は、菰の敷き替えを一日ぶん前倒しにした。
荷の来ない日にしかできない仕事が、蔵にはいくつかある。板敷きの隙間へ入った屑を掻き出し、菰を裏返し、湿りの溜まる隅へ新しいものを入れる。この蔵番頭は、そういう日を待っていた顔で働いていた。
久蔵の組は、船積みの側へ回した。
三階では、荒井佐吉と神田清二が朝から検品を進めている。荷が来ない日は、溜まったぶんを片づける日であった。佐吉が糸束を撫でて番号を口にし、清二が耳の後ろから筆を抜いて書き付ける。この二人の速さが、今日は少しだけ緩んでいた。
飯田俊徳は、朝から蔵の前にいた。
この少年は、荷の来ない日に何をすればよいかを新吉に訊いて、台秤の分銅を全部並べ直す仕事をもらっている。目盛りの刻み方が江戸の秤と違うと言い出したのは、この夏の初めであった。並べ直しながら、数を口の中で数えている。
*
昼になって、神奈川の宿場の様子が、荷方の口づてで伝わってきた。
旅籠は前の日から一杯である。先発の役人が入り、本陣には関札が二枚立った。街道の茶屋は、朝から店を閉めている。
人足と馬は、問屋場が全部押さえた。
伊藤は、その話を一階で聞いた。
頭の隅に、四日前の帳場が残っていた。木札が道端に立つと聞いたとき、マーシャルは読めないと言った。いま、その札が二枚立っている。
伊藤は、それ以上考えなかった。
この日の仕事は、来年の受け渡しを決めることだった。
九十四軒のうち、来年の初夏に何をどれだけ回すか。買弁を置かぬ十軒は、伊藤が組んでいる。
五十八番の旦那が来たのは、昼過ぎだった。
来年も月に四度か五度、一俵ずつでよいと言う。伊藤は、そのまま帳へ写した。
未の刻から申の刻にかけて、会所の二階は静かだった。
窓は開いている。波止場の掛け声も、いつもより少ない。蔵の戸は朝に一度、夕に一度鳴ったきりだった。
善次郎は、その日も帳を検めていた。
三日ぶんの遅れをどこで吸収するか。九十四軒への断りを誰の名で出すか。上州からの荷をいつ着けるか。久蔵の組を明日どう回すか。
筆を置く暇がなかった。
久蔵が二階へ上がってきたのは、日が傾いてからである。
昼を回ったころ、宗介が断りの写しを持って上がってきた。九十四軒ぶん。宛名も数量も、一軒ずつ違う。
善次郎は上から二十枚ほど繰った。
誤りはなかった。
日が傾いたころ、久蔵が再び二階へ上がってきた。
「若旦那。御行列は、無事に通り申した由にございます」
「何ぞ、ありましたか」
「何も」
久蔵は、それだけ答えた。
「宿場は、明日の朝から人足を戻すそうで。上の荷は、明後日には下りてまいります」
「宿場のほうは、どうでしたか」
「関札は夕方には下ろされたそうでございます。旅籠も、明日からは元へ戻るそうで」
「怪我人などは」
「聞いておりません。村の者も、道の脇に伏せておっただけと」
善次郎は、一度だけ頷いた。
それなら、荷は止まらない。
「御苦労さまでした」
久蔵が階段を降りていく。
善次郎は帳へ目を戻した。
十二
留吉が上がってきたのは、それから半刻ほどしてからであった。
「若旦那。あの旦那は、今日は出とりませんで」
「そうか」
「へえ。昨日も、一昨日も出とりません。馬は、繋いだままだそうで」
善次郎は、頷いただけであった。
この情報は、帳に載せる欄がない。
「それから、もう一つございます」
「はい」
「五十八番の旦那が、今日、こちらへお見えになったそうで」
伊藤が来年の受け渡しの話をしたのは、マーシャルとであった。
*
その日、居留地の一角で、一人のイギリス人が宿に残っていた。
馬はある。裏の厩に繋いだまま、三日ほど出していない。
道もある。遊歩の境は神奈川から十里四方。その内側を街道が通っている。
刻もある。この男は朝が遅く、日が高くなってから出るのが常だった。
足りないのは、一緒に出る者だけだった。
日本人の案内役は付かない。並の倍を出すと言っても、誰も引き受けなかった。
古株のイギリス人も離れている。同じ話を何度も聞かされ、この十日ほどで席を立つ者が出ていた。
友人のひとりは今日、日本人町の会所で来年の糸の話をしていた。
その友人の妻の妹は、まだ香港にいる。上海で船が組み替えられず、出航の日も決まらない。
馬はある。道もある。刻もある。
それでも、出られない。
四つのうち一つが欠けるだけなら、どうにかなった。案内役がなくても同胞が二人三人いれば出られる。同胞が離れても、案内役が一人いれば道は歩ける。
四つが同じ日に欠けていた。
欠けさせた者は、一人もいない。
*
同じ日の未の刻から申の刻にかけて、東海道を千人の行列が通った。
六郷の渡しを越え、川崎の宿を過ぎ、鶴見を抜けて、神奈川へ向かった。
道の脇では、村の者が土下座していた。顔を上げる者は一人もいなかった。
その行列を、街道から一町ほど離れた木立の陰で見ている者が、二人いた。
椎の木の根方に一人、そこから二十間ほど離れた竹藪の際に一人。二人が同じ場所にいれば、片方を見つけた者にもう片方まで見られる。
椎の木の下の男は、眠っているように見えた。村の子供がそばを通っても、誰も足を止めない。竹藪の男も同じだった。立っているのに、目に留まらない。
二人とも、行列そのものは見ていなかった。警戒すべきは、外から飛び込んでくる不審な影である。
椎の木の男は街道の反対側と村の奥を、竹藪の男は海側と神奈川から上がる道を見ている。首を回すたび、互いの死角が入れ替わった。
江戸を発ったのは今朝である。
二人が命じられたことは、一つだった。
*
街道の江戸寄りに埃が立ってから、最後尾が村を抜けるまで、半刻近くかかった。
徒士、槍、荷駄、中間。供揃えが過ぎ…後ろをまた荷駄が追う。千人が一つの道を通るとは、そういうことである。
椎の木の下の男は、横目でそれを捉えた。
視線は村の奥へ向けたままだった。
ふた月半、門の内に押し込められていた千人が、ようやく国へ帰る。だが、その行列に浮ついた足取りが、一人もいない。
帰国の行列なら、もう少し気が緩む。
それがない。
何かを抱えたまま、歩いていた。
*
街道の反対側にも、村の奥にも、海のほうにも、神奈川から上がる道にも、人影はなかった。
誰も来なかった。
行列が去ってしばらくすると、村人が一人、また一人と動き出した。道端の俵を拾う百姓。茶屋の女。吠え始めた犬。
二人は木立を出て、初めて口をきいた。
「何も起こらなかったな」
「これで、お役目はしまいか」
「おそらくな」
肩を回すと、こきりと鳴った。
「なんとも張り合いがない」
もう一人は答えず、俵を拾う百姓を見ていた。
「……帰るか」
江戸まで五里半。二人は生麦を去っていった。
十三
その夜、二階には行灯が一つだけ置かれていた。
窓は開けてある。葉月も二十日を過ぎて、夜の風は昼より数段軽い。開けたままの窓の先には、居留地のほうの明るみが、いつもの通りに滲んでいた。
夜のうちに動く荷があるということを、この男は横浜へ来た最初の晩に知った。あれから三月、その明るみは一晩も消えていない。
善次郎は、この夜も忙しかった。
宗介と二人で、明日からの三日を組み直す。上州からの荷は明後日。検品は二日ぶん重なる。荒井佐吉の手を補うため、若い者を二人回す。船積みは、久蔵の組を朝夕に分ける。九十四軒への断りも、その日のうちに出した。
すべて片づいたのは、夜も更けてからだった。
宗介が下がっていって、二階に一人になった。
善次郎は、抽斗から厚いほうの帳面を出した。
皐月三日からの日付が、頁の左端に一日も飛ばずに並んでいる。二十六日目のところで墨が濃くなり、五十八日目で行の間隔が詰まり、八十四日目の脇には小さく一行が添えてある。百一日目と百二日目にも、それぞれ短い書き込みがあった。
筆を執り、その続きに書いた。
『――百九日目。街道、御行列の通行により荷止まる。明日より戻る』
それだけを書いて、乾くのを待ち、帳面を閉じて抽斗へ戻した。
七日前の夜、この男は同じ場所で、同じ帳面を前に、一つのことに行き当たっている。
今夜は、思い出す暇もなかった。
行灯の火を吹き消す。
暗くなった二階に、居留地の明かりだけが残った。その向こうに五十八番があり、裏の低い倉には、この店から出た俵が積まれている。
馬を繋いだままの厩も、あの明かりのどこかにある。そこから街道までは、歩いても半日とかからない。
今日、その道を通れた者が、この町に一人いた。
通らなかった。
供をする者が、一人もいなかったからである。
この日、東海道を通ったのは、千人の行列だけだった。
第百九十二話 了
【大名行列は「突然やって来る」わけではない――宿場を動かした事前準備】
何百人、ときには千人を超える人間が、一度に街道を移動する。
大名行列は、それほど大規模な移動でした。これだけの人数をぶっつけ本番で宿場町へ入れれば、宿も食事も人足も馬も、とても足りません。
そこで大名家は、出発よりかなり前から旅程を組み、宿場側へ休泊の予定を伝えていました。
街道の宿場では、その情報をもとに本陣や旅籠の受け入れ態勢を整え、人足や馬を手配します。さらに本隊の到着が近づけば、宿割を担当する役人が先行して細かな割り振りを確認し、宿泊先には関札が掲げられました。
つまり、大名行列は「大人数が一斉に歩いてくる」だけのものではありません。
その何日も、場合によっては何十日も前から、街道の先々で受け入れ準備が進められていたのです。
まずは旅程を決める――「宿割」の仕事
大名が旅に出るとき、最初に必要になるのが旅程の確定です。
どの街道を通るのか。どの宿場で休み、どこで泊まるのか。そして、一行の誰をどこに泊めるのか。
特に重要なのが宿泊場所の割り振りでした。
大名本人は本陣やそれに準じる施設に入り、家臣や従者たちは本陣・脇本陣、旅籠などに分かれて宿泊します。一行の人数が多ければ、それだけ細かな手配が必要になります。
この宿泊場所の割り振りを担ったのが「宿割」です。
現存する史料を見ると、出発のかなり前から宿場へ休泊予定を伝え、さらに宿割を担当する役人が現地へ赴いて、具体的な収容先を確認する例があります。
宿場側にしてみれば、大名一行を受け入れる日は、それだけで一大イベントです。
本陣を空けておく。家臣たちの宿を確保する。必要な人足と馬を集める。
その準備には時間がかかります。
次に「先触」が届く――本隊より先に予定が街道を走る
旅程が決まると、その情報を宿場へ伝えます。
ここで重要になるのが「先触」です。
先触とは、大名などの休泊や通行について、あらかじめ宿場へ知らせる通知のことです。
いつ頃、一行がやって来るのか。
どこで休み、どこに泊まるのか。
そして、そのためにどれだけの人足や馬が必要なのか。
こうした情報を受け取った宿場では、それに応じて準備を進めます。
人足が不足すれば、宿場だけではなく助郷の村々から人馬を出させることもありました。
大名行列の規模が大きくなるほど、宿場だけの力では対応できません。
だからこそ、本隊が到着する前に「何人来るのか」「何が必要なのか」を知らせておく必要があったわけです。
大名行列を支えていたのは、行列そのものだけではありません。
その前を走る先触と、それを受け取って準備する宿場の人々がいました。
本隊が近づくと「関札」が立つ
そして、いよいよ大名一行の到着が近づきます。
この段階で宿場に掲げられるのが「関札」です。
関札は、どの大名などがその宿を休泊に利用するのかを示す札で、宿場の出入口や本陣の前などに掲げられました。
そこには大名家の名前や、休憩なのか宿泊なのかを示す文字などが記されます。
現代のホテルでいえば「本日の宿泊者」を示す表示に近いものですが、単なる案内板ではありません。
宿場の側にとっては、誰がその場所を使うのかを明確にする重要な標識です。
特に大名や公家などの一行が行き交う街道では、休泊の重複を避けることが重要でした。
こうして、
事前に旅程を決める。
↓
先触で宿場へ知らせる。
↓
宿割を行い、人馬や宿泊場所を整える。
↓
関札を掲げて本隊を迎える。
という準備が進められます。
大名行列が宿場に入ってから、慌てて泊まる場所を探していたわけではありません。
むしろ本隊が到着する頃には、宿場の側ではすでに何日も前から準備が進んでいたのです。
幕末になると、事情はさらに難しくなる
この仕組みは、幕末になっても基本的には変わりません。
ただし、幕末は政情そのものが不安定でした。
街道を大人数で移動する以上、宿場や人馬を事前に確保する必要があります。一方で、行列の通行予定が事前に伝わることには、安全上の問題も生じ得ます。
とはいえ、数百人規模の一行が完全に予定を隠して移動するのは容易ではありません。
宿泊先を確保し、人足や馬を集め、食事やその他の準備を整えなければならないからです。
そのため、幕末だからといって通常の大名行列がすべて秘密裏に移動したわけではありません。
むしろ従来からの宿場制度を利用し、必要な手配を進めながら移動するのが基本でした。
幕末の街道を考えるときに大切なのは、ここです。
大名行列は、行列だけで完結していません。
その何日も前から先触が街道を走り、宿場では人馬と宿泊場所が用意される。そして本隊が近づけば、関札が掲げられる。
大名が街道を歩いているその瞬間にも、その背後では無数の人間が動いていました。
華やかな行列の正体は、実はこうした地道な段取りによって支えられた、巨大な移動システムだったのです。




