第百九十話「横浜暗闘編―半刻」
一
神奈川の宿場は、朝がひどく早い。
まだ空が藍を残しているうちから旅籠の裏手で水を汲む音が立ち、その音を追いかけるようにして荷を担ぐ者の掛け声が街道のほうから上がってくる。海が近いので風には常に潮の匂いが混じっており、その匂いが宿場の狭い路地を抜けてくるあいだに、厩の藁と朝餉の味噌の湯気とを巻き込んで、この土地でしか嗅げないものへ変わっていった。
葉月に入ってからは、その朝の空気に、わずかながら冷えが差しはじめている。
井上源三郎は、二階の障子を細く開けて、丘のほうを眺めていた。
この宿場は海と丘とに挟まれた細長い町で、街道から少し離れた斜面には寺が段になって並んでいる。その寺の幾つかには、見たこともない模様の旗が立っていた。異国の者が宿として使っているのだと、この土地の者は当たり前の顔で言う。ひと月前ならば、それだけで人だかりができたはずのものが、いまでは誰も見上げない。
三十三になるこの男は、そうしたものを見ても驚かない。
驚いた顔が表に出てこない造りをしていた。丸みのある顔立ちに、笑っているのか眠たいのか判じかねる目が付いていて、着ているものは擦り切れた木綿の袷である。旅籠の女中は、この客を職人の親方か、それとも在の名主あたりだろうと踏んでいた。腰のものが二本あることは知っているが、それも似合わないので飾りのようなものだと思っている。
思わせているうちが、この男の仕事であった。
背後で寝返りを打つ音がして、永倉新八が身を起こした。
「源さん。今日は、おれが昼か」
「昼は一さんだ。新八つぁんは、日が落ちてからでいい」
「日が落ちてからじゃ、あの野郎はもう寝てるだろうが」
「寝てるかどうかを確かめるのも、御役目のうちだよ」
永倉は口の中で何か言いながら夜着を畳んだ。二十三のこの男は、身の丈こそ人並みだが肩から胸にかけての厚みが尋常でなく、袷を着ていても腕の付け根のあたりが張っている。神道無念流の免許皆伝を、この年で取った。それから一年、この男が待っているのは、その腕を使う日であった。
部屋の隅では、斎藤一が壁にもたれたまま目を閉じている。
眠っているのかどうかは井上にも分からない。眠っていても足音の数を数えているという話が旭狼衛では真面目に信じられており、井上はそれを否定したことがなかった。それだけの材料を、数年見ていて一度も掴めていない。
三人が神奈川の旅籠に部屋を取ったのは、文月の初めである。
江戸を発つ前に、旭狼衛の名は名乗るなと言い含められた。名乗りは名だけでよく、あとは道中の浪人ということにしておけと。この街道には、そういう素性の者がいくらでも歩いている。宿の主人は宿賃さえ先に置いてもらえれば、それ以上を訊かなかった。
*
命が下りたのは、そのふた月ばかり前になる。
江戸の一橋上屋敷の、庭の隅であった。松の影が地面へ濃く落ちる時分に、近藤勇が三人を呼んで、腰を落として向き合った。総隊長という立場になってから、この男は人を呼びつけるということをしなくなり、自分から出向いて同じ高さに膝を折るようになっている。
「三人に、横浜へ行ってもらう」
近藤は、そこで一度、言葉を切った。
そのあとに続いたのは、姫様が仰せられたことを、そのまま順に並べていく。言い換えれば意味が痩せると、近藤は幾度かの失敗で学んでいた。
「文月に入り、清国は上海から、観光旅行を兼ねてある異人が横浜へ来日する。……その者を、旭狼衛で探し出せ。どこに滞在し、誰と付き合い、どのような道をどのような時に通るか。それを書き留めよ」
永倉が、そこで顎を引いた。
書き留めよという命そのものには、この男も不服がない。旭狼衛が人を見張るのは珍しいことでもなく、江戸の水戸屋敷を見張る任務に就いていたときもあった。
「条件が、二つある」
近藤は、指を二本立てた。
「一つ。絶対に気取られてはならぬ。一度でも先方に見られたと思われたら、その者は外して、別の者に替える」
「二つ。何があっても、手を出してはならぬ」
庭で、松の葉が短く鳴った。
「たとえ、その者がこちらに害を為そうとしても、だ」
永倉の眉が、そこではっきりと動いた。
「近藤さん。害を為しても、でありますか」
「そう仰せである」
「理由は」
「聞いておらん」
近藤の答えは、それだけであった。
訊けば姫様は答える。その答えを抱えれば、いつか漏れる。そこまでを勘定に入れて訊かずに引き受ける様子を、井上はもう数年近く見ている。
試衛館の狭い道場で稽古の相手が足りぬときに黙って木刀を握っていた頃から、近藤は同じ顔で頼みを受けていた。変わったのは、相手が公家の姫君になったということだけである。
「人相を、伝えておく」
近藤は、そこで少しだけ声を落とした。
「口髭を蓄えた、若いイギリス人だ。大柄で、どこか傲慢な気配がある。人に慎重に接するということを、まるでせぬ質だそうだ。自分に自信があって、物怖じせん」
斎藤が、初めてわずかに顔を上げた。
永倉のほうは、その特徴を頭に入れながら、別のことに引っかかっている顔をしている。
三人はそれ以上訊かず、頭を下げて庭を出た。
出てから、永倉が井上の袖を引いた。
「源さん」
「なんだい」
「姫様は、その異人に会ったことがあるのかね」
「あるまいよ」
「じゃあ、なんで髭の形まで分かるんだ」
近藤は、松の影の落ちた地面へ目をやってから、片頬だけで笑った。
「また、例の夢だろう」
永倉が、そこで口を半分開けた。
旭狼衛の内で、その一語が何を指すかを知らぬ者はいない。姫様は時折、夢で見たと前置きをして、およそ夢とは思えぬほど細かいものを語られる。まだ誰も口にしていない者の名であったり、どこの流派とも思えぬ技の名であったりした。近藤自身、その夢から出た型を隊の稽古へ組み入れている。
「あのお方の御覧になる夢は、妙に現実的なものばかりだ。それに…語られたとおりになることが、ほとんどだ」
「近藤さん」
永倉が、声を低くした。
「そりゃあ、その、なんです。お告げってやつじゃありませんか」
庭の松が、風もないのに一度だけ鳴った。
近藤は、その音のほうへ顔を向けた。向けたまま、しばらく答えなかった。
この男には、答えの持ち合わせがない。だから、近藤はもう長いあいだ考えるのをやめている。それは、あきらめと呼んでもよかった。
「新八」
「へえ」
「そいつを考えるのは、おれたちの役じゃねえ」
永倉が、口を閉じた。
「お告げでも、夢でも、拾い物でも構わん。あのお方が仰せられたことは、これまで一度も外れておらん。それを、なぜ当たるのかと詮索して、当たり方が変わるわけでもねえ」
近藤は、そこで三人へ向き直った。
先ほどまでの笑いが顔から消えていた。この男が総隊長として物を言うのは、たいてい、こういう顔になってからである。
「いいか。それよりも、だ」
三人が、揃って背を伸ばした。
「今度の御役目は、これまでとは勝手が違う。相手は異人で、しかも咎めるべき筋のねえ客人だ。斬るなとも捕らえよとも仰せられておらん。見て、書き留めて、それだけだ」
「はい」
「その代わり、こっちが一度でも顔を覚えられれば、その者は使えなくなる。それだけならまだいい。……姫様が月日かけて組まれたものが、そこで崩れるかもしれん」
永倉の喉が、わずかに動いた。
この男は、崩れるかもしれんという言い方の重さを知っている。近藤は、大げさを言う男ではない。言わぬ男が言ったときには、たいてい本当に崩れる。
「斎藤。おまえが一番、目に付く」
斎藤が、無言のまま近藤を見た。
「町の者は、おまえを見ると黙る。それじゃあ、こっちが数えられん。人の多いところへは出るな」
斎藤は、黙ってうなずいた。この男の承知の仕方であった。
「新八。おまえは逆だ。人が寄ってくる」
「そりゃ、悪いことじゃありますまい」
「悪くはねえ。寄ってきた者が、おまえの顔を覚えて帰る」
永倉が、言い返そうとして、やめた。
「話を聞くのはいい。同じ店へ、三度は行くな」
「……へえ」
最後に、近藤は井上を見た。
この男に言うことは、いつも一番少ない。
「源さん。二人を、頼む」
「引き受けたよ」
井上は、そう返した。そして、少しだけ笑った。三十三になるこの男の笑い方は、道場の縁側で子供に竹刀を貸してやるときと変わらない。
近藤は、そこでもう一度だけ念を押した。
「慎重にな。月日でも半年でも、日数はいくらかけても構わん。急いで拾ってきたものと、遅れて拾ってきたものと、姫様がどちらを喜ばれるかは考えるまでもない」
三人が、揃って頭を下げた。
下げてから、その場を離れた。
*
庭を出て、木戸を抜けたところで、永倉がまた井上の袖を引いた。
「源さん」
「なんだい」
「近藤さんは、ああ言いなすったが」
「うん」
「おれは、やっぱり気味が悪いや。会うたこともねえ異人の髭の形を、当てなさるんだぜ」
井上は、しばらく歩いてから答えた。
「新八つぁん。当たるほうと、外れるほうと、どっちがいい」
「そりゃ、当たるほうだが」
「なら、それでいいじゃねえか」
永倉は、何か言おうとして、言わずに歩いた。
斎藤は、二人の三歩後ろを歩いている。庭を出てから、一度も口を開いていない。
頭の中では、別のことを数えていた。旭狼衛に入ってから、日数の決まらぬ御役目を受けたのは数度だけ。その数度では、終わってみれば、稀に人が死んでいた。
二
旭狼衛の内で、井上源三郎という男の評判は、はっきりと二つに割れている。
古参の者は、この男を欠かせぬ者として扱う。近藤も土方もそうであり、隊の金勘定や隊士の揉め事は、たいていこの男のところで片が付いていた。若い隊士のほうは、そう見ない。剣は遅く、口数は少なく、上役への受け答えも要領を得ない。文武ともに劣るという評を、井上は陰で幾度か耳にしていた。
言われていることは、井上も知っていた。
だが、直そうとしたことがない。十二年かけて天然理心流の免許皆伝を取った男である。人より遅いということを、この男は二十歳のうちに諦めていた。それから、腕は不思議とよくなった。
そして、この横浜の御役目にかぎっては、その凡庸さが誰よりも効いた。
居留地の外をひと月歩いても、この男の顔を覚える者がいないのである。
吉田橋の外の茶店で四半刻も座って、出てくる荷車の数を数え、代金を置いて出ていく。翌日また同じ床几に座っても、店の女は「いらっしゃい」と言うだけで、昨日も来たとは言わなかった。永倉が同じことをすると、三日目には「お侍さん、この頃よくお見えですね」と言われる。斎藤に至っては、一度座っただけで店の者が奥へ引っ込んだ。
「源さんは、便利だな」
永倉は、そう言って笑った。悪気は微塵もない。
「便利で結構だよ」
井上は、そう返した。「便利」という言葉を、胸のどこかへ丁寧にしまっている自分に気づいた。しまったものは、もう出てこない。
三人の一日は、江戸を出たときから同じ形をしている。
朝は井上が出て、昼までに戻る。昼からは斎藤が出て、日の暮れまで。永倉は日が落ちてから宿場と居留地の外れを回り、深夜に戻る。
三人が同じ刻に外へ出ることはない。三人組として覚えられるからだ。
十日に一度、そのうちの一人が江戸へ戻り、近藤へ口頭で復命した。紙は持たない。持てば落とすし、読まれることもある。
居留地の中へは入らなかった。
入れば顔を覚えられる。吉田橋の外から、出入りする者を数えるだけにした。門の番人が誰を通したか、どの商館の荷車が何刻に出たか。そういうものを覚えて、宿へ持ち帰る。
この積み重ねに、この男たちは飽きなかった。
旭狼衛の御役目のうち、刀を使うものは十に一つもない。残りの九つは、こうして道端に座っていることだった。
三
探し当てるまでに、三日しかかからなかった。
ひと月はかかると思っていた。異国の商館は居留地に百軒からあると聞いている。そこへ出入りする異人の数となれば、数え方すら分からない。近藤が日限を切らなかったのも、切りようがなかったからだろうと、井上は思っていた。
三日目の昼、井上は吉田橋の外の茶店から、その男を見た。
居留地のほうから歩いてくる男は、周りより頭一つ背が高い。口髭を蓄え、上着の肩が広く、歩き方に迷いがない。
迷いがないだけなら、居留地の異人はたいていそうである。井上が箸を置いたのは、その先を見たからだった。
通りの向こうから、荷を担いだ人足が二人、並んで歩いてきた。道の幅は、譲り合えばすれ違える程度にはある。人足のほうは異人を見て道の端へ寄ろうとしたが、荷が重く、動きが遅れた。
その男は、速度を落とさなかった。
人足の肩へ、真正面から当たっていった。その拍子に俵が一つ落ち、人足が慌てて拾い、詫びるように頭を下げた。男は振り返らず、そのまま歩いていった。
井上は、その一部始終を見ていた。
あの男は、道を譲らせようとしたのではない。避けるという考えそのものが、頭にないのだと井上は理解した。人は避けるものだから、避けさせる必要がない。垂れた木の枝を手で払うように、あの男は人足を脇へ退けた。
その晩、旅籠の二階で、永倉が布団の上に胡坐をかいたまま呻いた。
「源さん、三日だぜ」
「そうだな」
「近藤さんが言ってた通りの顔で、言ってた通りの歩き方をしてやがった。……なあ、聞くけどよ。姫様ってのは、あれか、夢でも見なさるのか」
井上は、行灯の芯を少しだけ細くした。
「新八つぁん」
「うん」
「訊いても、答えは出ねえよ」
「そりゃそうだが」
斎藤が、壁のほうを向いたまま口を開いた。この男が自分から喋るのは、三日に一度あるかないかである。
「出ないと分かっている問いを、この人は毎晩出す」
「うるせえよ」
永倉が枕を投げ、斎藤はそれを避けもせずに受けた。
名を確かめるのに、さらに四日を要した。
永倉が使ったのは、居留地の外れの飯屋である。異人の家で飯を炊いている女や、馬の口を取る小者が、日が落ちてから集まる店であった。土間に樽を並べただけの造りで、灯りは行灯が二つきり、出るものは煮売りと安酒しかない。
三日目の晩、永倉はその隅で、五十がらみの女の隣に腰を下ろした。
女は居留地の家で飯を炊いている。手の甲に古い火傷の跡があり、それを隠す気配もなく箸を使っていた。
永倉は、まず自分の椀の煮豆を女の皿へ移した。
「食っちまってくれ。おれは、豆が駄目でね」
「あら。もったいない」
「だから、あんたに食わせるんだ」
女が笑った。それから、初めてこの男の顔を見た。
永倉は、そこから四半刻ほど、自分の話しかしなかった。松前を出てきたこと、江戸で道場に転がり込んだこと、いまは西へ行く途中で日和を待っていること。半分は嘘であったが、嘘の割に細かい。そういう嘘は、たいてい疑われない。
女のほうが訊いてきたのは、五杯目の酒が来てからである。
「お侍さん、異人は怖くないのかい」
「怖かねえよ。見たことがねえもの」
「そんならね、うちの旦那様なんぞは、あれで案外お優しいんですよ」
そこから先は、放っておいても続いた。
永倉は相槌だけを打った。どこの家の主人がどうであるという話が、三軒ぶん流れていった。この男は、そのあいだ一度も異人の名を訊いていない。
訊かずに、四杯目を女の前へ置いた。
「そういや、この頃でかい異人を見たな。髭の生えた、背の高えの」
「ああ。あの、いつも馬の……」
「そう。馬に乗ってた。えらく威勢がよかった」
「あの方はねえ、うちじゃございませんよ。海のほうの旦那様のところへ、お泊まりになってるんです」
永倉は、そこで初めて盃を置いた。
「泊まり客か」
「数年越しのお付き合いだそうで。この夏、清国から寄られたとか。じきに国へお帰りになるって、うちの女中頭が」
「へえ」
「なんでも、あちらで随分お儲けになったって話ですよ。……なんとおっしゃったかしら。リチャ、リチャードソン様」
その名が出るまでに、四晩かかっている。
永倉は、そのあとも半刻ばかり腰を上げなかった。直後に立てば、名を聞きに来た者だと分かってしまう。女が煮売りを食い終え、隣の小者と喧嘩腰の冗談を交わし、店の亭主に追い出されるまで、この男は同じ樽に座って笑っていた。
宿へ戻ったのは、夜半を過ぎてからである。
「あの異人の名は、リチャードソンってんだそうだ」
永倉は、そう報告した。
「歳は二十九。上海に数年いて、そこで随分と儲けて、国へ帰る途中に寄ったらしい。泊まってるのは居留地の知り合いの家で、そこの旦那とは数年来の付き合いだと」
「そうか」
「うん。出かける先は、商館か、海岸通りか、街道だ。朝は遅い。日が高くなってから出る。居留地の中じゃ歩かねえ。どこへ行くにも馬だ」
井上は、それを頭の中の紙へ順に写した。
書き留めるべきものは三つ、滞在先と、交友と、通る道とその刻である。この夜、三つのうち二つが埋まりかけた。
四
三つ目が埋まらないうちに、永倉が別のものを拾ってきた。
目の前で見てしまったというほうが近い。
文月の下旬、海岸通りに面した酒場でのことである。永倉は店の外の樽に腰かけて、中の様子を戸の隙間から見ていた。異人ばかりの店であるから、日本人が入れば目立つ。入らずに済ませるのが、この男がこの月日で覚えた作法であった。
中では、若いイギリス人が一人、腕を組んで俯いていた。
二十四、五であろうか。この夏に船で来たばかりの商人だと、あとで飯屋の女から聞いた。持ってきた荷が売れず、船賃も宿賃も払えなくなって、翌月には国へ帰る船にも乗れないという話であった。
そこへ、リチャードソンが入ってきた。
入ってきた瞬間に、店の空気が動いた。声が大きく、笑い方が豪快で、扉を開けただけで奥の卓まで届く。居合わせた者が何人か手を挙げ、この男はその一人ずつに何か言って回った。言われた側が、そのたびに笑った。
若い男の前で、リチャードソンは足を止めた。
しゃがみ込んで、下から顔を覗き込んだ。何か訊いている。若い男が答え、また俯いた。
この男は、それを聞き終えると立ち上がって、上着の内から革の袋を出した。
卓の上へ置いて、若い男の肩を二度叩いた。
押し返そうとする手を、笑いながら押さえつけた。そして、何かを言った。店の中の誰かが囃し立て、笑いが起きた。若い男は、袋を握ったまま、しばらく顔を上げられなかった。
永倉は、樽に腰かけたまま、それを最後まで見ていた。
そして、腹の底が妙な具合に冷えた。
「源さん。あの野郎の評判が、悪くねえんだよ」
旅籠へ戻って、永倉はそう切り出した。
金払いがよく、勘定を渋らない。同じ国の者が困っていれば、頼まれもせぬうちに手を貸す。滞在先の家の者は、あの人が来てくれて助かったと言っているという。声が大きく、酒を飲めば陽気に騒ぎ、居留地の若い連中を引き連れて海岸通りを歩いていく。
豪快で、頼りになり、気のいい男である。
同じ国の者から見れば、そういう男であった。
「おれは、あの野郎が人足に体当たりしてるのを見たぜ」
永倉は、盃を置く手つきで畳を叩いた。
「体当たりして、詫びもしねえ。それが、酒場じゃあの通りだ。困ってる若ぇのに、有り金ぶち込んでやって、押し返されても引かねえ。……どっちが本当なんだ、源さん」
斎藤が、そのとき初めて口を開いた。
「両方だろう」
永倉が、言い返す言葉を探して、探しあぐねた。
井上は、それを聞きながら、頭の中の紙へ手を伸ばしかけて、やめた。
この御役目で書き留めるべきものは三つである。あの男が善人か悪人かという話は、その三つのどこにも入らない。
入らないものを、井上は書かなかった。
そのまま、覚えてしまった。
五
文月が明けるころ、その男の馬の口を取る日本人が付くようになった。
二十代の半ばというところであろうか。痩せた、日に焼けた男である。居留地の周りで日雇いの口を探して暮らす者は幾らでもいて、この男もその一人だった。
名は分からない。
井上たちが調べなかったのではない。雇っている側が、そもそも名を知らなかった。いや、知ろうともしなかったのかもしれない。呼ぶときは手を挙げるか、指を鳴らす。三日ほど見ていて、井上はそれに気づいた。
役目は三つある。馬の世話をすること、道を案内すること、そして通りかかる日本人との間に立つことである。
三つ目が、いちばん骨が折れる。
文月の晦日、井上は宿場の外れでその一部始終を見た。
街道から在へ入る細い道で、荷車が一台、車輪を溝へ落として立ち往生していた。積んでいるのは薪の束で、引いていたのは六十を越えたかと見える老爺と、その孫らしい少年である。二人がかりで押しているが、輪は溝の底で噛んだまま動かない。
そこへ、馬が来た。
案内役が先に走った。荷車の脇へ膝をつき、老爺へ向かって頭を下げた。
「済まねえ、済まねえ。ちっとのあいだ、どけてもらえねえか」
「どけてえのは、こっちだ。輪が噛んじまってるんだ」
「じゃあ、手伝う。手伝うからよぉ」
案内役は薪の束へ手をかけ、上から三つばかり地面へ下ろした。
軽くしてから車体を持ち上げようとして、少年が反対側へ回り、老爺が梶棒を引いた。三人がかりで、輪が半分ほど溝を出た。
その半分のところで、馬上から短い音が飛んだ。
指を鳴らす音である。
案内役の背が、それだけで跳ねた。薪から手を離し、地面へ下ろした三つをそのままにして、駆け戻って手綱を取った。
リチャードソンは、荷車を見ていない。
老爺も、少年も、溝も、下ろされた薪も、この男の目に入っていなかった。見ていたのは生垣の向こうの空である。手綱が戻ってきたので馬の腹を蹴り、荷車の脇の、人ひとりがやっと通れる幅を押し通っていった。
馬の腹が、下ろした薪の束を蹴散らした。
束の縄が切れて、薪が道の上へ散った。
この男は、振り返らなかった。
振り返る必要がない。木の枝を払ったあと、その枝を見る者はいない。
案内役は、馬に引かれて十歩ばかり進んでから、一度だけ後ろを見た。
そして、また前を向いた。
老爺の声が、その背へ飛んだ。
「おい、待たねえか!」
案内役は、答えない。
「拾ってけ、この唐変木。ぶつかっておいて挨拶もなしか!!」
声は届いている。だが、井上には歩き方で分かった。肩が一寸ばかり縮んで、そのまま元へ戻らない。
馬上の男は、聞こえた声にも何の反応も示さなかった。
この男は、日本人に向かって口をきかない。上海で数年、東洋人には言葉を使わずに済んできた。手を挙げるか、指を鳴らすか、鞭を振るか。それで足りていた。犬に説く言葉を持たぬのと同じで、持たぬことを不足だと思ったことがない。
二人と一頭が去ったあと、道には薪が散らばっていた。
老爺と少年が、それを拾って束ね直しはじめた。井上は、そちらへは行かなかった。
行けば、顔が残る。
残せば、このひと月が無に帰す。
リチャードソンが馬で街道へ出れば、村の者は驚いて道を譲る。だが、動くのが遅れたり、荷車が道を塞いでいたりすることもある。そういうとき、前へ出て頭を下げ、退いてくれと頼む。それが、この男の仕事であった。
頼み込む相手は、日本人である。
叱られるのも、日本人からであった。異人を連れて村へ入れば、村の者はまず案内役を睨む。睨まれた男は頭を下げ、そのまま馬を引いて通り抜ける。それが済んだころには、馬上から指を鳴らされている。
井上は、その背中をよく見た。
それでも、この男は覚えてしまった。十二年かけて型を覚えた頭は、覚えるなと言われたものまで律儀に抱え込む。日に焼けた首筋の色も、頭を下げるときに右肩がわずかに落ちる癖も、井上はそのまま持っていた。
六
葉月八日は、朝から風がなかった。
宿場を西へ抜けた先の村道は、片側が空き畑で、反対側は丈の低い生垣が続いている。乾いた土の上を歩けば足元から埃が立った。海のほうから鳶の声が届き、その声が途切れると、あとは虫の音だけになる。
この時季、村の者は刈り集めた干し草や藁を道の脇へ広げて天日干しにする。
昼のうちに日へ当て、夕方に取り込む。何十年もそうしてきた習いであり、街道から一本入ったこの道では誰も咎めない。ただ、そのぶん道の幅が半分ほどに減っていた。
昼を少し回った時分に、井上たちは畦の際に腰を下ろしていた。
三十間ほど先に、馬が一頭。その口を取って歩く男が一人。
馬上の男は、鞍の上で軽く体を揺らしながら、生垣越しに、遠く光っている海のほうを眺めていた。天気がよく、機嫌もよい。上着の襟を寛げ、何か短い節を口ずさんでいる。
前から、荷車が一台やってきた。
村の男が引いている、丸太を二本積んだだけの車である。案内役は、それを見て馬の頭を脇へ寄せようとした。
寄せようとして、藁に足を取られた。
乾いた藁は滑る。馬の脚も嫌がる。案内役は手綱を引き直し、もう一度、脇へ寄ろうとした。
一呼吸ぶん、遅れた。
鞭が飛んだのは、その一呼吸のあとである。
馬上の男は、腹を立てていなかった。
顔つきが変わらず、口ずさんでいた節も途切れず、視線は生垣の上を越えた先、海の光っているあたりへ向いたままである。右腕だけが、思い出したように動いた。邪魔な虫を追い払うような無造作な手つきで、鞭が案内役の背へ落ちた。
乾いた音がした。
その背が、打たれた側へ半分ほど折れた。
声は上げなかった。肩が一度大きく上がり、手綱を握る指の関節が白く浮いた。顎を引き、歯を食いしばっているのが、三十間離れた畦からでも見えた。
目だけが、きつく閉じられていた。
二呼吸ほど目を閉じ、それから開いた。開いたときには、顔から何もかもが消えていた。痛みも、怒りも、驚きも、拭き取ったように残っていない。
この男は、慣れていた。
そのことが、井上にはこたえた。
案内役は頭を下げ、馬の口を引いて、藁を踏み越えながら道の脇へ寄った。歩き出すとき、一度だけ背中が引き攣れ、右足が半歩遅れた。だが、すぐに歩幅を戻した。
荷車の男が、目を伏せたまま脇を通り過ぎていく。
井上たちは、動かない。
命は二つ、はっきりしている。
『気取られるな』
『手を出すな』
永倉の右手が、膝の上で拳になっているのが、井上には見えていた。だが、そちらを見なかった。見れば、目が合う。目が合えば、この男は何か言う。
七
麦藁を返していた村の女が駆け寄ってきたのは、そのすぐあとであった。
四十がらみの、腰の曲がりかけた女である。案内役の腕を取り、その背へ手を当てて、何か言っている。距離があるので言葉までは届かないが、身振りからして、大丈夫かと訊いているのであろう。
馬上の男は、その光景を見下ろしていた。
この男には、女の言葉が分からない。だが、リチャードソンはそれで困ったことがない。上海で数年、言葉が通じなくてもやってきた。彼には、彼なりのやり方があった。
二度目の鞭が飛んだ。
狙ったのは案内役の腕であったが、女が身を寄せていたので、革の先が袖に当たった。
女が、尻餅をついた。
声も出せずに、自分の袖を見ている。裂けた布の端を指でつまみ、それから、いま何が起きたのかを確かめるように、ゆっくりと顔を上げた。口が半分ほど開いたまま塞がらない。四十年この村で生きてきて、こういう打たれ方をされたことが一度もなかった。
リチャードソンは、何気ない眼差しで見ていた。
睨んでいるのでも、詫びる気配があるのでもない。溝へ落ちた輪を見るときと同じ目だった。動くのが遅れた物が二つ、道の上にある。それだけだった。
しばらくして、視線を外した。
生垣越しに、遠く光っている海のほうを眺めていた。
麦の陰から人が出てきたのは、それからほとんど間を置かずだった。
刈り入れの季節で、この時分の畑には人がいる。一人が立ち上がると、二人目が顔を上げ、三人目が鎌を手に畦へ出てきた。鎌、鍬、草を寄せる竹竿。農具を握ったまま、人が次々と道へ集まってくる。
七人になり、十人になり、そのうち十五人ほどが道を塞いだ。
村の男が二人、馬の前へ回り込んだ。
馬上の男は、鞭を持った手を下ろさなかった。
全く恐れていない。恐れる理由が、この男には一つもない。ここは条約で定められた遊歩の内側であり、この男は許された場所を、ただ歩いている。何一つ、決まりを破っていない。
井上が立ち上がった。
人垣の後ろに、一人の男が立っていた。
村の者ではない。旅の恰好をしており、宿場のほうから騒ぎを聞きつけて上がってきたらしい。年は三十の前後。着物の膝は擦り切れているが、腰のものだけは手入れが行き届いている。柄の巻きが新しく、鞘の口も締まっていた。
その男は、前へ出てこない。
人垣の後ろに立って、鯉口へ親指を掛けたまま、馬上の男を見上げている。
永倉が、それを見つけた。見つけると、井上のほうを向いた。
鎌では、馬上の背には届かない。竹竿でも届かない。
あの一本ならば、届く。
「新八つぁんは、後ろだ」
井上は、そう言った。声を張らない。畦を降りながら隣へ言い置く程度の低さである。
「あの旅の男の、斜め後ろに立ってくれ。触るな。声もかけるな」
「立ってるだけか」
「それだけでいい」
永倉は不服そうな顔をしたが、そのまま麦のあいだへ入っていった。この男は、命じられたことを曲げない。そのぶん、腹に溜める。
「一さんは、前へ」
斎藤は、返事をしなかった。
そのまま、歩き出した。
三人が入っていく形は、傍から見れば通りかかった旅の者が野次馬に加わっただけのものであった。井上が馬の左前へ回り、斎藤が右前に立ち、永倉が人垣の後ろへ紛れる。三人とも歩調を変えていない。
入る目的を、井上は道を降りるあいだに三人ぶん決めていた。
馬上の男を守るためではない。村の者を散らすためである。
散れば、あの一本も帰る。帰れば、今日は何も起こらない。
井上は、案内役の手から手綱を受け取った。
案内役は、抵抗しなかった。目も合わせなかった。手を離した瞬間に、この男は肩を落として道の脇へ下がっていった。
馬上の男は、口を出さなかった。
現地人が、馬の口を取った。それだけのことだった。
この男の目には、下働きが替わったようにしか映っていない。そこにどんな理由があるとも、替わった者に名があるとも、考えなかった。
八
半刻であった。
刀は一本も抜かれず、落馬もさせず、馬上の男には指一本触れていない。
井上がやったのは、二つである。
一つは、馬を進ませることであった。
止めなかった。前へ出した。手綱を短く持ち、馬の首を軽く叩いて、村の者が集まっている場所から一町ばかり先へ歩かせる。人だかりというものは、中心が動けば、そのぶん薄くなる。
馬が動きはじめると、前を塞いでいた村の男が二人、自然と脇へ寄った。塞ぐつもりでいた足が、馬が近づけば下がる。何十年も牛や馬と暮らしてきた体が、勝手に下がった。
もう一つは、村の者に話すことであった。
声を張らない。一人ずつである。
声を張れば、離れた者にも届く。届けば、何を言っているのかと寄ってくる。この男が月日かけて覚えたのは、そういう順序だった。
「怪我はねえかい」
尻餅をついた女の脇へ膝を折り、袖の裂け目を確かめてやる。
「袖だけだな。血は出てねえ」
女は、この男の顔を見上げた。
警戒する理由はなかった。丸みのある顔立ちに、笑っているのか眠たいのか判じかねる目。木綿の袷は擦り切れている。この村の男と変わらない。誰かの縁者が、たまたま通りかかったのだろうと、女は思った。
「藁は、こっちが直しておくから」
「……お侍さん」
「侍だなんて、大したもんじゃねえよ」
井上は、そう言って笑った。
次に、鎌を持ったまま突っ立っている若い男の肩を、軽く叩いた。
「兄さん。そいつを腰へ戻してくんな」
「けんど、あの異人が……」
「異人てのはな、こっちが構うと余計に居座るんだ。放っときゃ、じきに行くよ」
嘘ではなかった。ここのひと月、井上はそれを毎日見ている。
「それより、藁が踏まれちまってる。取り込むなら、いま直したほうがいい」
若い男は、鎌を持った手をしばらく迷わせてから、道の脇へ目をやった。踏まれて散った藁が、車輪の跡と一緒に泥へ潰れている。この時季の麦藁は、来年の屋根と冬の牛の敷き藁になる。
男は、そこへ屈んだ。
一人が屈むと、二人目が屈んだ。
三人目が帰り、四人目が帰った。帰りはじめると、残っているのが気まずくなる。人が集まるときも散るときも理屈で動くわけではないということを、井上はこの十年で幾度も見てきた。
斎藤一は、その半刻のあいだ一言も発しなかった。
この男が計算したのは、たった一つである。ここで抜くべきか、抜かざるべきか。
抜けば、終わりは早い。旅の男を先に押さえ、村の者を退かせ、そのまま馬を街道へ戻す。四半刻もかからない。
そのかわりに、その場の全員が、抜いた刀を見ることになる。
村の者は逃げる。逃げた者は宿場で喋る。喋れば、異人と日本人が刃物を挟んで向き合ったという話が、三日で江戸まで届く。その先で、その話は必ず別の形になる。
「抜かない」と斎藤は判じた。
それから、この男は道具のように動かなくなった。人垣の中で、誰が最初に足を出すかだけを見ている。虚無の目が何を見ているのかは、隣に立つ井上にも分からない。
永倉新八は、声をかけず、触れず、ただそこに立っていた。
頭の中では、いくつもの手順が組み上がっては崩れていった。この位置なら、抜かれる前に肘を取れる。取れなければ、鞘ごと押さえて倒す。倒せば、周りの村の者が離れる。
どの手順も、使わなかった。
旅の男は、四半刻ほどして舌打ちをした。
人垣が薄くなり、村の者が藁のほうへ屈みはじめ、馬が一町先まで離れれば、もう抜く必要はない。鯉口へ掛けていた親指を離し、袖を払って、宿場のほうへ引き返していった。
永倉は、追わなかった。
追う理由が、命の中にない。それを承知していても、遠ざかっていく背中を、この男は最後まで目で追った。
九
静けさが戻ったとき、村道の上には麦藁と、馬と、その背に乗った一人しか残っていなかった。
村の者は一人残らず麦の陰へ戻り、荷車の男は荷車ごと引き返し、旅の男は宿場へ消えた。
そして、案内役がいなかった。
いつ消えたのかを、井上は見ていない。手綱を渡したあと、肩を落として道の脇へ下がっていったところまでは覚えている。その後の半刻、井上は村の者を散らすのに手を取られていた。
宿場の者に聞けば、その日の夕方、若い男が一人、街道を横浜のほうへ歩いていったという。誰にも何も言わず、振り返りもせずに歩いていったので、覚えている者がいた。
誰も、追わなかった。
井上は、その背を見ていない。
それでも、日に焼けた首筋の色と、頭を下げるときに右肩が落ちる癖は、この男の中に残った。
馬上の男は、手綱を取り戻すと、鞍の上で大きく息を吐いた。
それから、懐から時計を出して、蓋を弾いた。
盤の面を一瞥して、閉じる。閉じる音が、乾いた道の上で妙に高く鳴った。
"An hour. You’ve gone and wasted my precious time."
(一時間だ。おれの貴重な時間を、無駄にさせやがって)
異国の言葉であった。
誰へ向けたものでもない。この男が日本人に言葉を発したのを、このひと月のあいだ、井上は一度も見ていなかった。いま落ちた一言も、道の上の誰にも当てられていない。
その声の調子だけは、はっきりしていた。
打たれた男のことでも、尻餅をついた女のことでもない。この男が数えていたのは、自分が失った時間である。半刻。天気のよい日の、昼下がりの半刻。
それから、井上を見た。
何も言わなかった。手を挙げるでも、指を鳴らすでもない。馬の腹を軽く蹴って、街道のほうへ戻っていった。
井上は、その場に立ったまま、遠ざかる馬を見送った。
命じられた通りにやった。手は出していない。触れてもいない。
書き留めるべき三つのうち、今日ひとつも増えていなかった。
十
その晩、居留地の家では、リチャードソンが怒っていた。
打たれたことにではない。半刻、道の上で止められたことにである。
この男の言い分は明快であった。自分は許された場所を、許された通りに歩いていた。何も破っていない。それを十五人からの日本人が取り囲み、行く手を塞ぎ、半刻にわたって足止めした。
その言い分に、間違いはなかった。
滞在先の主人は、酒を注ぎながら聞いていた。
数年の付き合いになるこの男は、リチャードソンという人物を好いている。金払いがよく、頼めば労を惜しまず、去年の暮れに荷を焼いたときには黙って融通してくれた。声が大きく、笑い方が豪快で、居留地の若い連中は皆この男を慕っている。
だからこそ、この主人は話を大きくしなかった。
"Tomorrow, I shall report this to the magistrate's office."
(明日、奉行所へ届ける)
"I would advise against it."
(やめておきなさい)
"And why is that?"
(なぜだ)
"In Japan, such matters are commonplace."
(日本では、よくあることだ)
主人は、そう言って盃を満たした。
悪意はない。むしろ好意である。この土地で数年商いを続けてきた男が、去っていく客のために選んだ言葉だった。届け出れば面倒が増える。その面倒を引き受けるのは、ここに残る者である。
リチャードソンは、承知しなかった。
翌九日、この男は動いた。
まず神奈川奉行所の名を出し、次に領事館の名を出した。囲まれた場所、時刻、人数。書き出せるだけのものを書き出そうとして、そこで止まった。
止めた者はいない。
止まる理由が、三つあった。
打たれた者が、いなかった。案内役は消えており、名も知られておらず、住まいも分からない。日雇いの男を探す手がかりが、居留地のどこにも落ちていない。
次に、村の者が誰も出てこなかった。あの半刻に何があったかを述べる者が一人もいない。異国の者と関わって得をした村の話を、この街道沿いの者は誰も聞いたことがなかった。
そして三つ目が、この男自身の口から出た。
十一
領事館の若い官吏は、丁寧に訊いた。
尋ねられたことは、簡単なものばかりである。
年恰好は。
リチャードソンは、少し考えてから答えた。若いのが一人いた。年嵩が一人いた。もう一人は覚えていない。
背丈は。
普通だった、と答えた。日本人の背丈である。
顔は。
この男は、そこで初めて言葉に詰まった。
詰まったことに、この男自身が苛立った。一時間である。そのあいだ、三人はすぐそばにいた。一人は馬の口を取り、一人は右前に立ち、一人は人垣の中にいた。
思い出そうとしても、出てこない。
忘れたのではない。覚えていなかった。数年、この男は東洋人を見てきた。だが、一人ずつを見る必要を感じたことはなかった。
何を言われたか。
これには、はっきり答えられた。何も言われていない。自分に向かっては、一言も。
結局、この男の口から出たのは一つだけであった。
「日本人が、三人いた」
官吏は、それを書き取った。
筆を置いた。この一行では、誰も探せない。
その報せが江戸へ届いたのは、翌日の夕方である。
近藤は、それを聞いてしばらく黙っていた。
姫様の命は、はっきりしている。一度でも先方に見られたと思われた者は、外して替える。
見られていた。半刻、正面に立っていた。
近藤は、そこで報せをもう一度、頭の中で並べ直した。
あの男は、三人を説明できていない。年恰好も、背丈も、顔も出てこない。その証拠に残ったものは「日本人が三人いた」という一行だけである。
姫様が仰せられたのは、見られてはならぬということだ。近藤はそれを「覚えられていない」という基準へ置き直した。
覚えられていないのなら、外す必要はない。
近藤は、そう判じた。しかし、姫様へは、騒ぎの件だけは申し上げるつもりである。伝えぬのは不義理だ。判じるのも、その責めを負うのも、総隊長の役目である。
十二
旅籠の部屋には、行灯が一つだけ置かれていた。
夜になると、この宿場は驚くほど静かになる。街道を行く者が絶え、波の音だけが遠く聞こえてくる。障子を閉めていても、その音は紙を通って入ってきた。
永倉新八は、その音のなかで腹を立てていた。
「源さん」
「うん」
「おれは、腑に落ちねえ」
夜着の上に胡坐をかいたまま、この男は膝を両手で掴んでいる。
「あの野郎は、日本人を二度打った。一度目は男の背中で、二度目は女の袖だ。こっちは三人いた。斬れた」
「そうだな」
「斬らなかった。斬らずに、あいつを無事に帰した。そのうえ、おれたちは村の連中を散らして、訴える奴までいなくしちまった」
永倉は、そこで言葉を探した。
「おれたちは、何をしに来たんだ」
この男にとって、それは政の話ではない。剣の道の話である。
松前の藩を出たのも、窮屈な決まり事のなかで、曲がったものを見過ごすのが厭だったからだ。それを厭って出た男が、いま、曲がったものを曲がったまま帰した。
斎藤一は、壁にもたれたまま目を閉じていた。
この男が長く喋ることは滅多にない。話すとすれば、言葉が何の役にも立たなくなってからである。
「抜けば、早かった」
永倉が、顔を上げた。
「あの旅の男を先に押さえて、村の者を退かせて、馬を街道へ戻す。四半刻もかからん」
「なら、なんで」
「四半刻で済ませたぶん、村の者は全員、抜いた刀を見る」
斎藤は、目を開けなかった。
「逃げた者が、宿場で喋る。喋った話は、三日で江戸へ着く。着いた頃には、異人が斬られたか、日本人が斬られたか、どちらかの話になっている」
「……どっちにしたって、嘘じゃねえか」
「嘘のほうが、遠くまで響く」
永倉は、返す言葉を持たなかった。
斎藤は、それきり黙った。
この男が言ったのは、抜かなかった理由である。抜きたいかどうかなど、自分に問うたことがなかった。
行灯の油が、じじと鳴った。
井上源三郎は、それまで二人のどちらにも味方していなかった。
膝の上で手を組み、障子の向こうの波の音を聞いていた。このひと月のあいだ、この男は毎晩そうやって座っている。書き留めるべきものを頭の中で並べ直し、抜けがないかを確かめ、確かめ終えたら寝る。
今日は、並べ直しても増えるものがなかった。
「新八つぁん」
「なんだよ」
「おれたちが半刻かけて守ったのは、打たれたほうじゃねえ」
永倉が、こちらを見た。
「打ったほうだ」
部屋の中の音が、そこで一度、失せた。
波の音だけが残った。
永倉は、口を開きかけて、閉じた。否と言いたかった。だが、言える理由がなかった。
村の者を散らしたのは、こちらである。そのおかげで、あの旅の男は抜かずに帰り、村の若い者は鎌を腰へ戻した。訴える者もいなくなった。
井上は、それを不服だとは言わなかった。
言われた通りにやった。手は出さず、気取られず、村の者は誰も怪我をしていない。あの旅の男が抜いていれば、村は今日から一つ潰れていたはずである。
御役目としては、これ以上がない。
それでも、この男の中に一つだけ残ったものがあった。
名も知らない、二十代半ばの男の顔である。
日に焼けた首筋と、頭を下げるときに右肩がわずかに落ちる癖。書き留めるべき三つのどこにも入らないものを、この男はひと月ぶん抱えていた。
十二年かけて免許皆伝を取った頭は、覚えたものを手放さない。
ただ、それだけのことであった。
井上は、行灯の火を細くした。
「新八つぁん。明日は、おれが朝だ」
「……ああ」
「早いから、もう寝るよ」
永倉は、しばらく胡坐のまま座っていた。やがて夜着を引き寄せ、横になった。それから、天井へ向かって一つだけ言った。
「源さん」
「うん」
「おれは、覚えとくからな。あの野郎の顔」
「そうかい」
井上は、それだけ返した。
返してから、火を落とした。
闇のなかで、波の音がまた一つ近くなった。
十三
葉月十日の江戸は、朝から蟬がよく鳴いていた。
一橋上屋敷の奥御殿の庭は、この数日でようやく葉月らしい色になっており、池の面には落ちた葉が幾枚か浮いている。障子は昼のうちだけ開けてあるが、そこから入ってくる風には、まだ夏の重さが残っていた。
近藤は、いつもの通り庭先に膝をついた。
報告は、いつも端的である。
「横浜の者にございますが、滞在先が分かりましてございます」
「はい」
「居留地の、知己の家に逗留しております。数年来の付き合いだとのことで」
「付き合うておられる方々は?」
「二つ三つ、名が挙がってございます。いずれも同じ国の商人にて」
糸子は、それを最後まで聞いた。
「ほかには」
近藤は、少しだけ間を置いた。
「葉月八日、村道にて騒ぎがございました」
「騒ぎ?」
「はい。あの者が馬で村道を通った際、村の者と行き違いがありましてございます」
「怪我は」
「ございません」
「向こうにも?」
「それも、ございません」
近藤は続けた。
「村の者が十五人ほど集まり、行く手を塞ぎました。あの者は鞭を二度使ったようですが、殺傷騒ぎは起きておりません。こちらの三人も、一切、手を出しておりません」
糸子は、黙って聞いている。
「その後、村の者は散り、あの者はそのまま横浜へ戻っております」
「三人の様子は?」
「命じられた通り、顔を残さぬよう動いております」
そこで、近藤は口を閉じた。
糸子は、湯呑みを膝の前へ置いた。
「引き続き監視をお願い致します。くれぐれも御身を大切にしてくださいまし」
「はっ、あいつらにはそのように伝えます」
「おおきに」
近藤は、それ以上を述べなかった。最後の二つは、まだ分かっていない。分からぬものを、差し出すつもりはなかった。
近藤が下がっていく足音が、廊下の向こうへ消えた。
一人になってから、糸子は文机の抽斗を開けた。
中から出したのは、黒い帳面である。表紙には何も書かれておらず、角はとうに丸くなり、綴じ糸は一度掛け替えてある。
頁を繰った。
繰った先に、まだ何も書かれていない頁があった。
筆に墨を含ませ、余りを落として、二行を書いた。
一行目に、滞在先。
二行目に、付き合っている相手。
三行目は書くべきものが、まだ届いていない。どのような道を、どのような時に通るか。それが分からぬ限り、この頁は閉じられない。
糸子は、筆を硯の縁へ置いた。
しばらくその二行を見ていた。
この帳面には、この数年、数と値と日付ばかりを書いてきた。人の名が現れるようになったのは、この夏からである。増えた行は一つ一つ、起こることか、起こってはならぬことだった。
庭では、蟬が鳴き続けている。
池の向こうの木立の先に、表御殿の棟が黒く伏せていて、その灯は、この夜も点くはずであった。
糸子は、帳面を閉じて抽斗へ戻した。
第百九十話 了
【開港期の横浜居留地で使われた幻の混成言語「横浜ピジン」とは】
幕末から明治初期。開国に沸く横浜の外国人居留地は、言葉の壁を前にした人々の熱気と混乱に包まれていました。英語を話す欧米人、通訳としてやってきた中国人商人たち、そして日本の住民たち。お互いの言葉がまったく分からない彼らが、商取引や日々の生活を回すために即席で作り上げたコミュニケーションツール、それが「横浜ピジン(横浜ピジン日本語)」と呼ばれる混成言語です。
その構造は、驚くほど合理的かつ「力技」でした。ベースとなる語順は英語(SVO)ではなく、日本語の「主語+目的語+動詞(SOV)」に沿っています。
語彙の8割以上も日本語由来でしたが、外国人が発音しやすいよう極端に簡略化されていました。「my」などの所有格や、動詞の時制、複雑な「てにをは」はすべて削ぎ落とされ、とにかく知っている単語を並べるだけで意味を通わせていたのです。
1879年、ホフマン・アトキンソンという外国人がまとめた『横浜方言練習帳(Exercises in the Yokohama Dialect)』という冊子に、当時の生々しいやり取りが記録されています。
たとえば、「お金がずっとないんだ」という嘆きはこうなります。
「ワタクシ テンポ ハイキン ナイ ナガイ トキ」
テンポは天保通宝(お金)、ハイキンは拝見。日本語の語順のまま、見事に単語を並べています。
相手に帽子を脱がせたい時は、「カベラ モノ ペケ」。
カベラはスペイン語やポルトガル語の「頭(cabeza)」、あるいは日本語の「かぶり」。そこに「物」を足して帽子とし、「去れ・取り外せ」を意味する「ペケ」で締めくくっています。
当時の外国人にとって、日本語の動詞の活用はあまりにも高難度でした。そこで彼らが編み出したのが、「すべてを『アリマス』で済ませる」という究極のショートカットです。
「ワタクシ カウ アリマス(買います)」「サケ ノム アリマス(酒を飲みます)」。疑問形なら「アナタ イク アリマス カ?」。
これに対し、日本人の商人も「よろしい、アリマス!」と勢いよく応じて取引をまとめていたというのだから、当時のたくましさには思わず笑みがこぼれます。
手持ちの少ない単語を組み合わせて複雑な概念を表現したため、そのネーミングセンスは時に爆発的な威力を発揮しました。
歯医者は、直球で「ハ・ダイクサン(歯の大工さん)」。
弁護士は、英語とピジン英語を混ぜて「コンスル・ボベリ・シト」(領事館で大騒ぎする・文句を言う人)。
極め付けは灯台で、「フネ・ハイケン・サランパン・ナイ・ロースク」。
船が見て、ぶつからない(マレー語由来のサランパン+ナイ)ためのロウソク。少々長いですが、言わんとしている情景は鮮やかに伝わってきます。
実はこの横浜ピジン、今の私たちの日常語にもひっそりと息づいています。
失敗や不合格を意味する「ペケ」は、マレー語で「去れ・あっちへ行け」を意味する「pergi」が外国人船員の間で使われ、それが日本人に「ダメ、お払い箱」という意味で定着したものとされています。
また、「ポンコツ」も元々はピジン語で殴ることやげんこつを意味する「bonkotz」が語源となり、やがて壊れかけの機械などを指す言葉へと変化していったと言われています。
明治中期以降、日本の義務教育で標準的な日本語や正しい英語が教えられるようになると、お互いの言語学習が進み、この即席の言語は役目を終えて自然と消滅していきました。
しかし、横浜ピジンは単なる「間違った言葉」ではありません。東西の文化が真正面から激突した居留地で、どうにか意思を通わせようとした人々のエネルギーと知恵が詰まった、かけがえのない言語的遺産なのです。




