第百八十七話「横浜暗闘編―負けた相手」
一
本町四丁目の野澤屋は、この十日ばかり、朝の顔が変わっていた。
もともとこの店の土間は、上州から出てきた者の宿のような場所である。糸を担いで山を越えてきた男が、荷を降ろしてそのまま隅に腰を落ち着け、番頭の女房が炊いた飯を使い、江戸への使いを頼み、日が傾くまで誰かと喋って帰っていく。開港の年からそうであった。看板を塗り替えぬのも、土間を広く取ったままにしてあるのも、この店の主人がそこを商いの一部だと考えているからである。
その土間から、人が消えていた。
人が来なくなったというより、来る用がなくなっていた。荷を担いで下りてきても、その荷を積む車が来ない。そうと分かれば、村を出る者もいなくなる。
茂木惣兵衛は、その静けさの中で文を開いた。
四十に手が届く前の、丸顔の男である。坐り方に力が入っておらず、羽織の仕立ては良いが色が沈んでいて、遠目には近所の隠居と見分けがつかない。この町の売込商の一頭に数えられている男だと言っても、初めて会う者はたいてい信じなかった。
文を読むときだけ、この男は動かなくなる。
上州から来た二通目である。
差出人は、皐月に一通目を書いてきた男と同じであった。五年つき合っている村の年寄で、字は達者ではないが、書きたいことを順序よく並べる癖がある。
一通目には、江戸から来た衆が例年より高い値で買いたいと申しておりますと書いてあった。喜んでおります、有難きことにございますと続き、そして礼を述べて終わっていた。断ってよろしゅうございましょうか、とは一行も書いていなかったが、そう訊いているのは明らかであった。
二通目の書き出しは、旦那様のお身体の具合はいかがでございましょうか、である。
茂木は、その一行の上でしばらく目を止めた。
この年寄が、こちらの体を案じる文を書いてきたことは、五年で一度もない。
読み進めると、村の様子が細かく書いてあった。
今年の繭は出来がよく、量も例年を上回っていること。ただ、干す場所が足りずに難儀していること。それから、二つばかり、些細なことのように書かれていた。
庄屋の隠居所の屋根の葺き替えを、来年に延ばしたこと。
村の東の家で、娘を奉公に出す話が一つ出たこと。
どちらも、こちらを責める書き方ではない。それどころか、いずれ落ち着きましたら、と結んである。
催促の言葉は、最後まで一つも出てこなかった。
茂木は、文を膝の上へ置いた。
そのまま動かなかった。
催促されていれば、こちらは返事を書けた。「相済まぬ、事情があって遅れておる、来月には必ず」と。書いたぶんだけ、こちらも気が済んだだろう。
書かせてもらえなかった。
あの年寄は、こちらに払えぬ事情があると見ている。だから、催促とは取れぬように、屋根と娘の話を並べた。
――届いておらんことだけは、伝えねばならん。
そう考えて、五日か六日、書き方を練ったに違いない。
庭の南天が、風もないのに葉先を揺らした。井戸の釣瓶が軋む音が、店の奥から二度、続けて上がってきた。
二
帳場の板の間で、茂木は帳を開いた。
番頭が、いつでも算盤を弾ける位置に膝を揃えている。この店の帳は、原善三郎のところと違って、主人が音を立てて弾くことがない。茂木は、数字を目で追って、必要なところだけ番頭に読み上げさせる。
「江戸の為替は」
「三軒とも、お預かりできかねる…と」
「船は」
「先月押さえました二本が、両方とも流れました。理由は、先方の都合と」
「人足は」
「頭は動いておりませぬ。ただ、担ぐ荷がございませんので、若い者が三人ほど、他所の口を探しております」
茂木は、頷いた。
止まっている理由が、この帳の上に一つもない。それは十日前から分かっていた。それでも、この男は誰が止めているのかを調べさせていない。調べれば相手は分かる。だが、分かったところで、いま村へ銭が届くわけではなかった。
「蓄えは」
「崩せば、今年ぶんの前渡しは出せます」
番頭が、そこで一度、言葉を切った。
「出せますが…」
「分かっとる」
この番頭は、茂木より三つ下で、開港の年から一緒にこの町へ来ている。上州の言葉が抜けきらぬまま、三年で異人の名を三十ばかり覚えた。荷の検めは誰よりも細かく、そのくせ客の前では一言も余計なことを言わない。
その男が、出せますが、で切った。
切った先を、茂木は聞かなくても分かっている。
崩せば、来年が細る。
「番頭」
「へえ」
「うちが今年、上州へ出しておる前渡しは、締めて幾らだ」
番頭が、算盤に手をかけずに答えた。
「村の数で二十七、額は――」
言われた数を、茂木は口の中で繰り返した。
この額が、上州の二十七の村の、今年一年の暮らしである。屋根であり、桑であり、娘の奉公であり、葬式であった。
崩せば、今年は持つ。
だが、来年が細る。村へ出せる前渡しが減れば、村はその額で来年の桑を買う。桑が少なくなれば、繭も少なくなる。そうなれば、こちらへ入る荷も細る。
その先が、茂木には見えていた。
上州で潰れた村を、二つ、この目で見ている。
どちらも、桑を抜いた年の翌々年に、若い者が出ていった。商人にも悪意があったわけではない。ただ、翌年の銭が続かなかった。茂木は、あの二人の顔をいまでも覚えている。
「――村から見りゃあ、同じでごぜえますな」
だが、悪気があろうとなかろうと、村には見分けがつかない。届かぬ銭は、どちらであろうと届かぬ銭であった。
庄屋の屋根は、来年に延びている。
娘の奉公の話は、もう出ている。
その二つは、こちらの事情を汲んで待ってくれてはいなかった。
「旦那様。崩しますか」
番頭が、もう一度訊いた。
茂木は、答えなかった。
答えられなかったからではない。この店の来年を話せば、この男は今夜眠れなくなる。
「――わしは、あの商人になりかけとる」
悪意はない。ただ、翌年に銭が続かぬかもしれない。それだけで、村を潰す側に立つには十分であった。
三
茂木が動いたのは、その日の午後である。
庭の三坪の土に、日が斜めに入っていた。塀の影が南天の株を半分だけ覆っていて、日の当たっているほうの葉が、妙に明るく見える。この庭を眺めるのは、この男が何かを決めるときの癖であった。
決めるといっても、この男の頭に「負ける」という言葉はない。
あるのは、続けられるかどうかだけである。
相手が誰であるかは、まだ分からない。
だが、それは後でよい。分かったところで、村へ銭が届く日が早まるわけではない。いま確かなのは、こちらが踏ん張っているあいだ、上州の村が待たされ続けるということだけである。
踏ん張るのは、勇ましい。
勇ましさで屋根は葺けない。
この店の荷を、動かせる者が他にいるのなら、そちらへ渡す。
そして、こちらが何になるかは、あとで考えればよい。番頭も手代も、荷が動けば食える。村へは前渡しが届く。糸は古びずに船へ乗る。
「――続けられる者に渡す」
茂木の頭にあったのは、その一行であった。
譲る、でも、降りる、でもない。この男は、自分が始めた商いを途中で投げる気は毛頭なかった。ただ、いま自分の手では回らぬものを、回る手の者へ移すというだけである。
立ち上がって、羽織を取った。
「旦那様。どちらへ」
「弁天通まで」
「駕籠は」
「歩きます」
番頭は、ふた月前にも同じ遣り取りをしている。あのときも、この主人は同じ答え方をした。
供は連れない。
開港の年から、この男はずっと一人で歩いている。
四
同じ日、弁天通三丁目の亀屋では、原善三郎が手代の報告を聞いていた。
畳の縁を這っていた蠅は、いつのまにかいなくなっている。表の暖簾は下がったままだが、土間の若い衆が二人、荷を積む台に腰かけて足をぶらぶらさせているのは、三日前と変わらなかった。
三日前、江戸から戻った手代が、御朱印状の写しを持ってきた。原はそれを文箱の三つ目の山へ置いた。すぐに文を出すもの、あとで出すもの、出さぬもの。三つに振り分ける箱の、いちばん高い山である。
火にはくべなかった。燃やせば、読んだことまで消える。
原は、それを嫌った。
その夜、同じ手代を、もう一度江戸へ向かわせた。
「あの店は、いったい何を売っとる」
紙の先を追うのは、もうやめた。誰の後ろに誰がいるかではない。知りたいのは、あの三階建てが、どういう商いで銭を稼いでいるのか。それだけだった。
値がつく相手かどうかを見極めるには、そこが分からねば始まらない。
手代が持ち帰ったのは、数字ではなかった。
話であった。
「銘が、付いておるそうでございます」
「銘?」
「へえ。糸に、名前が付いております。春蚕・極純と申しますそうで」
原の指が、膝の上で一度、動いた。
「糸に名前を付けて、どうする」
「それが、あちらでは通るのだそうでございます。箱を開けずとも、その銘が押してあれば、中身が確かだと。値も、見ずに決まると聞きました」
「見ずに…だと」
「へえ。手前も、そんな阿呆な話があるかと申しましたら、江戸の唐物屋が笑いまして、あちらの絵や酒には昔からそういうものがあると」
原は、しばらく黙った。
この町の商いは、現物を見せて値を決める。見せ、触らせ、それでも値を叩かれる。見ずに値がつく――そんな商いを、原は三年見たことがなかった。
「量は」
「年に、幾らも出ておりません」
「幾らだ」
「はっきりした数は分かりかねますが、桐箱に納めて出すのだそうでございまして、その箱の数から見て、まあ、四つか五つ」
「俵でか」
「箱でございます」
原の顔が、そこで初めて変わった。
「箱……?」
「へえ。漆塗りの桐箱でございます。蓋に極印が押してありまして、その墨が妙な匂いだと申します。酢のような、葡萄の澱のような」
「値は?」
「そこが、手前も二度訊き直しました」
手代は声を落とした。
「一番館の並みの糸の、何倍もの高値で欧州へ渡っておるそうで。二倍三倍どころの話ではございません」
原は、動かなかった。
箱四つか五つ。
それが、この夏に江戸から回ってきた紙の後ろにあるものであった。
「産地はどこだ?」
「上州と信州に、その銘を引ける者のおる家が、数軒ずつあるそうでございます。あとは丹後と但馬。それから武蔵と甲斐と奥州に……」
「上州のどこだ」
「そこまでは、手前ではわかりませんでした」
手代は、申し訳なさそうに首を振った。
「ただ、幾らも糸を出さぬ家だと申しておりました。腕はよいが、量は年に知れたものだと」
原は、それきり訊かなかった。
上州の村を頭の中で北から並べていった。五年通った土地である。どの家が誰と組み、どの家が誰にも組まず、どの家が量を出さぬかは、名を挙げられずとも見当がつく。
量を出さぬ家に、この男は足を運んでいない。
理由が、なかったからである。
五
手代を下がらせてから、原は算盤を出した。
弾いたのは、あの店の一年の稼ぎである。
箱が四つか五つ。一箱の中身がどれほどかは分からぬが、桐箱に納めるほどのものであれば、俵で数える量ではない。仮に、一箱に一貫。年に五貫。
値は、並みの糸の何倍。
珠を三度、大きく動かした。
弾き終えて、原は珠を戻さなかった。
亀屋が一年に動かす俵の数と、その稼ぎは、原の頭に入っている。上州から下ろし、蔵に入れ、検め、居留地へ運び、値を決められ、船へ積む。人足の手当てを倍払ってでも一日縮め、そうやって三年かけて、この町の一頭になった。
その稼ぎと、桐箱五つの稼ぎが、桁で並ぶ。
原は、自分の商いを頭の中で裏返した。
この店は、多く運んで、多く売る。荷が増えれば稼ぎも増える。だから人足の手当てを倍払う。だから船を先に押さえる。だから蔵を大きくする。
蔵は、満ちていなければ困る。空いた蔵は、そのまま損である。
あの店は、そうではない。
少なく作って、高く売る。運ぶ量に稼ぎが乗っていない。だから蔵が空いていても、帳面は黒い。
『――二年、あの蔵が満ちるところを、誰も見とらん』
道楽ではなかった。
こちらの想像とは、違うものを入れる蔵だった。
原は、板の間の一点を見ていた。
恐れは、なかった。
この男が感じていたのは、物差しを取り替えられたような、気の抜ける感覚だった。長さを競っていたと思っていたら、相手は重さを量っていた。負けたのではない。初めから、勝負がついていなかった。
「我々とは――土俵が、違う」
先だっても、同じことを考えた。だが、あのときとは違う。
降りたのではない。
初めから、上がっていなかった。
原は、そこでもう一つのことに思い至った。
この夏、あの店は上州でも秩父でも信州でも、一俵も買えていない。相場の一割五分増しを持ち込んで、十八の村を回って、全部断られた。
その負け方が、いま、別のものに見えた。
ここにきて、量を取りにきたのである。
「――量が要る店ではねえはずだ」
桐箱五つで身代が回る店が、なぜ並品の量を欲しがるのか。原はその疑問を脇へ置いた。値がつくと分かってから考えればよい。
土俵が違う相手とは、同じ土俵では勝てない。
なら、借りるしかない。
借りるなら、賃を払えばよい。その話なら、原の得意分野である。
原は立ち上がり、羽織の袖を通して帯の位置を直した。
「番頭。駕籠は要らねえ」
「……どちらへ」
番頭が確認したのは、行き先が読めたからである。
「吉田橋だ!」
六
夕方の弁天通は、この日も道に水が打ってあった。
打ってすぐの土は色が濃く、そこを荷車が通るたびに輪の跡が二本ずつ残る。両側の店は半分ほど戸を閉めかけていて、閉めた戸の内側から算盤の音と、番頭が数を読み上げる声が漏れてくる。二月前と、何一つ変わらぬ通りであった。
通りの中ほどで、二人は出会った。
海のほうから来たのが茂木惣兵衛で、堀のほうから来たのが原善三郎である。原の後ろには誰もいない。二人とも、相手を見つけてから足を止めるまでが早かった。
「……あんたもか」
原が言った。
「……そちらも、でごぜえますか」
茂木が返した言葉は、ふた月前と何ら変わらなかった。言った本人が気づいたらしく少し口の端を緩めたが、原の顔は硬いままだった。
「わしは、勝てんと分かった」
原は、それだけ言った。
「相手が悪いんじゃねえ。勝負になっとらんかった。あんたは」
「手前は、村が待っておりますので」
茂木の答えは、それだけであった。
原が、しばらく黙った。
この男の丸い顔を見た。削り合ってきた相手である。同じ日に同じ結論へ着くのは、これで二度目であった。
「あんたは、昔からそうだんべな」
原は、そう言って笑った。
笑い方が速い。浮かんだと思ったときには、もう目のほうまで届いている。
「どっちが先に折れたかは、数えんでおこう」
「数えるほどのことでもごぜえません」
「そうだな」
歩き出す前に、原が一つだけ訊いた。
「茂木さん。あんた、相手が誰か調べたか」
「調べておりません」
「なんでだ」
「調べたところで、上州へ銭が届く日が早うなるわけでもごぜえませんので」
原は、それを聞いて、しばらく黙った。
短く息を吐いた。
「わしは、十日かけて調べたぞ」
「原さんは、そういう御方でごぜえます」
「調べて、途中でやめた」
「……さようで」
茂木は、それ以上訊かなかった。
原も、それ以上言わなかった。
二人は並んで歩き出した。
水を打った土は、二人が通り過ぎたあとも、まだ乾いていなかった。
七
高瀬栄次郎が二階へ上がってきたのは、日が落ちきる少し前である。
「若旦那。お二人、お見えでございます」
善次郎は、筆を置いた。
「どちら様になりますか」
「亀屋の原さんと、野澤屋の茂木さんです」
高瀬の言い方は、いつもと変わらなかった。時計を出して蓋を弾くのも、いつも通りである。ただ、その手が盤を見ていなかった。
「二人で…ですか」
「はい、並んでお越しでございます」
「……お通しください」
「二階でよろしいので」
「よろしくお願いします」
高瀬は、頭を下げて降りていった。
善次郎は、文机の上を片づけた。
厚いほうの帳面を抽斗へ入れ、薄いほうはその奥へ押し込み、寅次が持ってきた紙も一緒にしまった。文箱の中には触れの写しがある。それも、位置を変えなかった。
片づけ終えて、座布団の位置を直した。
上座に一枚、下座に二枚という並びになっていたのを、三枚とも同じ向きに置き直す。
畳の目に沿って、横一列に。
そして、この男は一つだけ考えた。
座に坐れば、こちらが上だと示すことになる。二人はそれを呑むだろう。だが、呑まされたことは、この先ずっと残る。
そんなものを残して、得になることは一つもない。
二人が上がってきた。
原が先に上がり、茂木がその後に続いた。原は部屋へ入ると、天井から梁、窓の位置、文机、抽斗まで、ひととおり目を走らせてから坐った。胡坐である。
部屋を見る目つきに、遠慮がない。何かを探しているようでもないのに、この男は商館へ入れば必ずそうする。応接の造りや、物の置き方まで見る。それが商館を回るうちに身についた癖だった。
茂木は、部屋を見なかった。
上がるとそのまま坐り、膝を揃えた。それきり、動かない。
二人が、座布団の並びに気づいた。
原が、一瞬だけ善次郎のほうへ目を戻した。何も言わずに坐った。
茂木は、気づいたのかどうかも分からぬ顔で坐った。
「松屋善次郎にございます」
「亀屋の善三郎だ」
「野澤屋の惣兵衛でごぜえます」
留吉が茶を運んできて、下がっていった。
三人とも、茶には手をつけなかった。
八
先に口を開いたのは、茂木のほうであった。
「手前どもの荷を、そちらで扱っていただきとうごぜえます」
善次郎は、その言葉の意味を取るのに、一拍を要した。
「……野澤屋さんの荷を、ですか」
「へえ」
「どこまで、でしょうか」
「荷も、産地も、手前の名も、お預けいたします」
茂木は、条件を一つも付けなかった。
そこで口を閉じた。
原が、そのあとに口を開いた。
「わしは、そうはいかねえ」
胡坐の膝に手を置いたまま、この男は真っ直ぐこちらを見ている。
「うちを買うんなら、それなりの値で頼みてえな」
言い方に、力みがなかった。値を吊り上げるという行いを、この男は日に何度もやっている。やり慣れた顔であった。
善次郎は、頷いた。
「その前に、一つ、聞かせてもらえますか」
「お二方は、荷を検めると申されて、異人に荷を預けたことがおありでしょう」
原の眉が、わずかに動いた。
「そりゃあ、ある」
「何日、預けますか」
「三日だ。長けりゃ五日」
「その三日のうちに、値が下がったことは」
原が、口の端を歪めた。
「数えとらん。数えたら…腹が立つからな」
茂木のほうは、膝の上の手を一度、握り直した。
「手前も、同じにございます。品を検めると申されて、蔵へ入れられます。三日して、あちらの相場が落ちますと、品が悪うございましたと申される。値を下げるか、引き取りをやめるか、どちらかにございます」
「そうだんべ」
原も悔しい顔を浮かべて同意した。
「そのとき、こちらは持ち帰れませぬ」
茂木の目が、そこで動いた。
「持ち帰っても、売る先がないからにございます」
「この町で糸を買う異人は、百軒からございます。ですが、百軒がばらばらにこちらを見ておるわけではございませぬ。門の前に列を作り、一人ずつ値を告げる。あちらは、そういうやり方をしております。列の者は、隣が幾らで置いていったかを知りませぬ」
「わしも知らん!」
「知らぬまま、頷いて帰ります。そうして帰った者が、翌日また列に並びます」
茂木は、そこで一度、言葉を切った。
「叩かれるのは、こちらが弱いからではございませぬ。断ったあとの行き先が、こちらに無いからにございます」
原が、口を挟んだ。
「そりゃあ、わしらも行先のことは考えたことがある」
「去年、三軒で組んで、値を揃えて出したことがあった。だが、三日で崩れた」
「どこが崩れましたか?」
善次郎が尋ねた。
「一番小さい店だ。蔵が保たん。荷を抱えて三日待つ体力が、あの店にはなかった」
原は、そこで少し笑った。乾いていた。
「揃えると決めた翌日に、あの店の主が先に売っとった。責められん。そんなことしたら、あの店は潰れる」
「野澤屋さんは、どうされたんです?」
茂木は、短く答えた。
「手前は、その話には乗っておりません」
「乗らんかったな」
「乗って崩れれば、村が困りますので」
*
部屋が、静かになった。
窓の外で、荷役の掛け声が一つ上がって、遠ざかっていった。
「三軒が横に並んで揃えれば、必ず一番細い一軒から崩れます」
善次郎は、そう言った。
「崩れぬようにするには、揃えるのではなく、一つにするしかありませぬ」
「一つに…か」
「はい」
「そりゃあ、あんたの下に入れという話だろう」
「さようです」
原が、また笑った。今度は、少し長かった。
「隠さんのだな」
「明日には分かることですので……」
善次郎は、そこで初めて、二人の顔を順に見た。
「異人に、断れる商人というのは――他所へ売れる場所を、持っている者です」
「その場所を、うちが引き受けます」
原の手が、膝の上で止まった。
「亀屋さんも、野澤屋さんも、荷を預けて値を叩かれることがありましたら、その荷はすべて会所が引き取ります。値は、預ける前に決めた値で」
「全部か」
「一俵残らず」
「そんな蔵が、どこにある」
「ここにあります」
善次郎は、天井を見なかった。裏の蔵の大きさは、この町では誰もが知っている。
「二年、空けてまいりました」
原が、そこで初めて姿勢を崩した。
背筋から、ふっと力が抜けた。胡坐の膝に置いていた手が、畳の上へ落ちる。
「あんた」
「はい」
「それをやったら、異人が困るだけじゃねえ。この町の糸の値を、あんたが決めることになるぞ」
「さようです」
即答であった。
原が、口を開きかけて、閉じた。
「それは、いつからやる」
「明日からでもできます。ただ」
「ただ…?」
「亀屋さんと野澤屋さんが、うちと別に商っておられるあいだは、できませぬ」
善次郎は、そこで初めて、少しだけ声の調子を落とした。
「三軒でばらばらにやりますと、一軒が叩かれているあいだに、残りの二軒が売ってしまいます。そうなれば、値は戻りませぬ。その安い値を、来年、村が受け取ることになります」
茂木の顔が、そこで動いた。
この座敷に入ってから初めて見せた表情であった。
「松屋さん」
茂木が、初めてこちらの名を呼んだ。
「はい」
「それは、来年もやりなさるので」
「はい」
「再来年も」
「やります」
茂木は、しばらくこちらの顔を見ていた。
膝の上へ視線を落とした。
この男が十五年恐れてきたのは、翌年に銭が続かぬ商人であった。
潰してから、分からずに去っていく。
そして今日、この男は自分の蓄えを崩すかどうかを一日考えて、崩せば今年は持つと計算した。持って、来年に細り、その次の年に村が困る。
――わしが、その商人になりかけとった。
目の前の若造は、続けると二度言った。
言葉に、力みがない。できると考えたうえで言っている顔であった。
「手前は」
茂木が、顔を上げた。
「勝ち負けの話をしに来たのではごぜえません」
「存じております」
「続けられる形が、そちらにあるのでしたら、手前はそちらへ渡します。それだけでごぜえます」
善次郎は、頭を下げた。
そして、こう言った。
「野澤屋さんの名も、消しませぬ」
九
「なんで、あんたにはそこまで先が見えるんだ」
原が、そう訊いた。
訊き方に、皮肉も探りもなかった。この男が知りたいのは、目の前の男が何者であるかではない。三年かけて磨いてきた自分の読みが、この夏、なぜ一度も先回りできなかったのか、その理由であった。
善次郎は、少し間を置いた。
「手前が見通しておるのではありませぬ」
「ほう」
「手前は、教わったことを、そのまま横浜でやっておるだけです」
原の目が、細くなった。
この男の頭の中で、何かが速く動いたのが分かった。
断られた十一軒の本店
江戸惣会所
松屋善兵衛
天朝物産会所
公家の家
御所御用達
そして……主上様、直筆の紙
あの並びを、この男はもう一度、一息で辿り直したのである。
辿り直したうえで、口を開いた。
「……誰に、でございますか?」
善次郎は、答えなかった。
原の目を見ていた。
*
部屋の中で、行灯の芯がじりと鳴った。
原が、その音のあとで、短く息を吐いた。
「いや、いい」
膝の上へ手を戻す。
「訊かねえ」
「構いませんが」
「よかねえよ」
原は、そう言って笑った。
「よかねえが、訊いたら、わしが背負うことになる。背負ったって、うちの荷は一俵も増えねえ」
三日前、この男は江戸の問屋筋から回ってきた写しを読んで、そこで手を止めている。
そうしたのは、主上様の名の先にあるものに、値がつかなかったからであった。
いま、目の前にその答えが置かれている。手を伸ばせば届く距離である。伸ばせば、この男は答えるかもしれない。
しかし、伸ばさなかった。
値のつかぬものを買わぬというのは、この男にとって、恐れではなく癖であった。三年、そうやってこの町で生き延びてきた。
「原さん」
茂木が、そこで初めて口を挟んだ。
「手前は、そういうことは分からんでもよろしいと思うてます」
原が、そちらを見た。
「この糸を誰が買うてくれるか。来年も買うてくれるか。商人が知らねばならんのは、それだけでごぜえましょう」
原が、また笑った。
「あんたは、昔からそうだな」
今日、二度目であった。
十
「では、こっちからも三つ出す」
原が、そう切り出した。
姿勢が、もとに戻っている。値を吊り上げると言った男の顔であった。
「一つ。上州と秩父の買い付けは、亀屋の名で続けさせてもらう」
「承知しました」
「即答か」
「はい。村が知っておる名を消しますと、来年の糸が細りましょう」
原は、少し目を見開いた。しばらくして、続けた。
「二つ。村への前渡しは、これまでの額を割らねえ。凶作の年も、だ」
「承知しました」
「……あんた、勘定を弾かんのか」
「弾きました」
善次郎は、そこで初めて、袂の懐中時計に触れた。取り出しはしなかった。
「今朝までに、二度」
「三つ目だ」
原の声が、そこで一段低くなった。
「うちの手代と人足は、一人も減らさねえ。頭の久蔵も、戻す」
善次郎は、頷いた。
「三つとも、承知しました」
原が、しばらく黙った。
善次郎の顔を見ていた。
「番頭が、いま何人おられますか」
「四人だ。手代が十一、若い者が九つ。人足は久蔵の組で三十」
「五十四人でございますな」
「五十四人だ」
「うちの帳へ、そのまま移していただけますか。名も、給金も、そのままで」
原の眉が、上がった。
「そのままで、だと」
「はい。減らさぬと申し上げたので」
「――勘定が合わんだろう」
「合いませぬ」
善次郎は、そこであっさり認めた。
「一年は、合いませぬ。二年目から合います」
「なんでだ?」
「五十四人が動かす荷の量が、来年は倍になりまするから」
原が、口を開きかけて、閉じた。
「あんた、気づいとるか」
「何にでしょうか」
「いま出した三つに、わしの取り分が一つも入っとらん」
「気づいています」
原は、鼻の頭を掻いた。
板の間のほうへ目をやった。
「まあ、そういうことだ。うちの身代なんぞ、いまさら増えても減っても、たいして変わらん。ただ、村と、うちの若い者はな」
それきり、言葉を続けなかった。
茂木が、その横で、膝の上の手を一度だけ握り直した。
十一
「では、わしから一つ、渡すもんがある」
原が、そう言って風呂敷を解いた。
中から出てきたのは、綴じた帳面が幾冊かである。厚みは、二寸ほどあった。
「三年ぶんの、うちの客帳だ」
善次郎の手が、一瞬、動かなかった。
「産地は、来年になりゃ、村がまた口を利いてくれる。あんたが亀屋の名を残すと言うたんだから、そこは繋がる」
原は、帳面を畳の上へ押し出した。
「だが、こっちの側は、そうはいかねえ。どこの異人が、どの糸を、いつ、幾らで買うとるか。誰が値を渋って、誰が言い値で呑むか。そういうことは、三年通わねえと分からん」
「……これを」
「渡す。それが、さっき言うた、それなりの値だ」
善次郎は、帳面の一冊を取り上げた。
表紙をめくると、日付と、番地と、品と、量と、値が並んでいる。字は達者ではないが、行が揃っていて、間違えて書き直した跡が一つもなかった。
茂木が、その帳面を横から見ていた。
何も言わなかった。
この男には、これができない。野澤屋の客は、茂木惣兵衛という名の上に乗っている。客帳を人に渡した瞬間に、その名の意味が消える。
渡せる男と、渡せぬ男が、同じ座敷に坐っていた。
「野澤屋さんは」
善次郎が訊くと、茂木は膝の上で手を組み直した。
「手前のところは、帳を渡してもお役に立ちませぬ」
「なぜでしょうか」
「うちの客は、荷を見ずに引き取ります」
原が、横で口を挟んだ。
「そりゃそうだ。野澤屋の荷なら検めんでいい、と言う商館が三つ四つある」
「その代わり、値は手前が決めておりません」
茂木は、そう続けた。
「向こうが決めた値で、うちは出しております。検めぬかわりに、そこは呑めということでごぜえましょう。手前は、それでよいと思うておりました」
善次郎は、その言葉を聞いていた。
検めずに引き取られる、というのは、この町の売込商が到達しうる一番高いところである。三年でそこまで行った者は、この町でこの男一人であった。
そして、そこへ行き着いた代わりに、値を捨てている。
「野澤屋さん」
「へえ」
「その値は、これから、こちらで直させていただきます」
茂木が、顔を上げた。
「直る、と申されますので?」
「直ります。検めずに引き取る品を、他所へも出せるようになりましたゆえ」
茂木は、しばらく善次郎を見ていた。
それから、深く頭を下げた。この男が、この座敷で初めて頭を下げた瞬間であった。
十二
善次郎は、帳面を繰った。
一冊目が、開港の翌年である。番地が飛び飛びに並び、量も値も揃っていない。二冊目に入ると、番地が増え、一つ一つの量が大きくなる。
三冊目の、去年の夏の頁で、指が止まった。
五十八番。一俵。
頁を繰った。
次の月にも、五十八番がある。一俵。その次の月にも、二つある。一俵ずつ。
繰った。
繰り続けた。
月に四度か五度、一俵ずつ。冬を越え、春を越え、一年、途切れていない。
そして、今月の頁を開いた。
文月の三日、五十八番、一俵。
文月の七日、五十八番、一俵。
文月の十一日、五十八番、一俵。
善次郎の指が、そこで止まった。
そのまま、動かなかった。
この十六日間のことである。上州の車が止まり、江戸の為替が割れず、船の押さえが取り消され、人足の頭が別の口へ移った。そのあいだ、亀屋の荷は、この町のどこへも動いていないはずだった。
動いていた。
一箇所だけ、いつも通りに。
善次郎は、その三行をもう一度読んだ。
『文月の三日、七日、十一日』
三日は、江戸から触れの写しが届いた日である。七日は、原が陳を呼んだ日にあたる。十一日といえば、上州の車が止まって十日を越えたころであった。
どの日も、亀屋は苦しんでいた。
その最中に、この店の荷を担ぐ者が、二俵だけ、五十八番の裏まで運んでいる。
――なぜ、止めなんだのか。
止める理由はいくらでもあった。荷を運ぶ人足の頭は替えられている。残った若い者だけでは手が足りない。二俵のために、足りぬ人足を使う道理もない。
まして、店の他の荷が一つも動いていないときに、その一つだけを動かす手間は、割に合わないどころか、損である。
善次郎は、顔を上げた。
十三
「原さん」
「はい」
「この、五十八番でございますが」
原が、少し首を傾げた。
「五十八番」
「この十六日間、荷が止まっておったはずです。それなのに、ここだけ、いつも通り出ています」
原は、帳面を覗き込んだ。
「ああ…」という顔をした。
「二俵じゃ。月に四つか五つ。止めたところで、こっちの蔵が一寸も空かねえ。あんな端物、止める意味がねえだろう」
原は、事も無げにそう言った。
少し考えるような顔をして、もう一言だけ足した。
「それに、去年から続けとるもんを、こっちの都合で切るのは、商人のやることじゃねえ」
善次郎は、手をついた。
畳に両手をついて、頭を下げた。
深く、そして長く下げた。
ふた月かけて相手を見つけ、見つけたときには、自分の書かせた紙でその縁の首を絞めていた。
それでも切れなかったのは、この男が何かをしたからではない。
目の前で困った顔をしている商人が、二俵を止める気にならなかったからである。
*
原が、面食らったのが分かった。
「おい、おい。何だ」
善次郎は、頭を上げなかった。
上げられなかった。
この十六日、この男が二俵を止めていれば、卯月の末に受けた指図は、そこで切れていた。一年続いた縁を、こちらの手で断ち、他人に拾わせることになっていた。
止めようとしたのは、この男である。
止めなかったのは、目の前の相手であった。
顔を上げると、原が困った顔をしていた。
「何だってんだ、いったい」
「……お礼を、申し上げました」
「二俵にか」
「はい」
「妙な男だな、あんたも」
原は、そう言って、また笑った。
茂木は、その様子を黙って見ていた。善次郎が何に頭を下げたのかを訊かなかった。訊かぬのが礼儀だと考える種類の男であった。
しばらくして、原が居住まいを直した。
「まあ、一つ言わせてもらうがな」
「はい」
「あんたは、商人としては、わしに負けとりましたな」
善次郎は、原の顔を見た。
「産地じゃ、一俵も買えとらん。ふた月かけて、十八の村を回って、一俵もだ。あれは、わしとこの人が先に押さえたからだ」
原は、茂木のほうへ顎をしゃくった。
「そこは、わしらの勝ちだ。そこだけは、譲らん」
善次郎は、しばらく黙っていた。
黙ってから、口を開いた。
「――負けた相手は、あんたやなかった」
原の顔が、そこで止まった。
動かなかった。
言葉の意味を取ろうとしている顔である。この男の頭が速く回っているのが、その目つきで分かった。
やがて、原は口を開いた。だが、何も言わずに閉じた。
大きく息を吐いた。
「……そういうことか」
「申し上げられませぬ」
「訊いてねえよ」
原は、そう言って、膝を叩いた。
二人が下りていったあと、善次郎はしばらく坐ったままでいた。
畳の上に、三年ぶんの客帳が残っている。
善次郎は、そのうちの一冊を取り上げて、また去年の夏の頁を開いた。
五十八番。一俵。
この一行を、ふた月かけて探していた。
外から百軒を当たって出てこなかったものが、内側を渡された日に、貰った紙の上に載っている。
十四
触れを解いたのは、その翌日である。
江戸へ一通、神保勘一に持たせた。文面は短い。『当分のあいだ、これにて相済み候』とだけ書いた。
効き目が戻るのは、止まるときより速かった。三日目には江戸の為替が亀屋の手形を割り、四日目には船宿が押さえを受け、五日目には久蔵が三十人を連れて戻ってきた。
止めるのに十日、戻すのに五日である。
*
客帳の突き合わせには、二日かかった。
志村宗介が読み上げ、佐野茂兵衛が算盤で確かめ、吉田稔麿がその横で紙を繰った。番地ごとに、いつ、何を、幾らで買っている異人かを並べ直し、会所の帳の形へ移していく。
三年ぶんの客が、そのまま移った。
異人の側から見れば、届け先が変わっただけである。荷を持ってくる者の顔が変わり、判をもらう帳面の表紙が変わった。品も、量も、期日も、これまで通りであった。
値だけが、少し良くなった。
「引き継ぎました先は、九十四軒にございます」
志村宗介が、そう報告した。
「うち、亀屋さんの筋が六十一、野澤屋さんの筋が三十三」
「重なっておる先は」
「十一軒ございました。そちらは、二軒ぶんの値を並べて、高いほうへ揃えております」
「揃えて、構わないのですか」
「亀屋さんも野澤屋さんも、承知しておられます」
善次郎は、頷いた。
「約定の書き方は、うちの形へ直しております」
宗介は、続けた。
「支払いの期日を、月末の締めに揃えました。九十四軒のうち、九十三軒は呑んでおります」
「一軒は」
「まだ、話しておりませぬ」
宗介は、そこで眼鏡の縁を押し上げた。
「五十八番でございます。あちらは、若旦那が直にお決めになるとのことでしたので」
「そのままで、結構です」
「そのまま、と申されますと」
「先方の都合のままで」
宗介は、少し間を置いた。
しばらしして「承知いたしました」とだけ言って、筆を動かした。
筆の音を、板の間の隅で稔麿が聞いていた。
五十八番への応対は、英語が使える伊藤俊輔に任せた。買弁を置かぬ小さな十軒を任せると聞くと、伊藤は少し嬉しそうに笑った。
「直に喋れる連中ばかりでありますな。そりゃあ、ええ」
人の懐へ入る速さは店で一番の男である。五十八番を渡した本当の理由は、善次郎は誰にも言わなかった。
荷が入りはじめると、十五の飯田俊徳が蔵番の補助に回った。菰の敷き替えや風の通り道作りを楽しそうに手伝いながら、また台秤の分銅を数えている。
吉田稔麿は紙の側に残り、宗介が読み上げる九十四軒の約定を、黙々と会所の帳面へ書き直していった。
初めての荷が五十八番へ出たのは、文月の二十六日である。
一俵。
亀屋の荷ではなく、会所の蔵から出た。
運んだのは久蔵の組で、判をもらってきた紙には、これまでと同じ番地が書いてあった。相手の側から見れば、仕入れ先が代わり、条件が少し良くなっただけである。
訪ねてきたのは、あちらのほうであった。
善次郎は、一度も足を運んでいない。
その晩、伊藤が二階へ上がってきた。
「善次郎さん。五十八番の判、もろうてまいりました」
「御苦労にございました」
「あすこの旦那、えらい喜んじょりましたよ」
善次郎は、筆を止めた。
「そうですか」
「へえ。半月ばかり荷が来んで、倉が空きかけちょったそうで。もう駄目かと思うたと申しておりました」
伊藤は、その言葉を面白がるように言った。
この男には、その半月がどうして生じ、どうして終わったのかも分からない。分からぬまま、判をもらって帰ってきただけである。
「日取りは、どうなりましたか」
「これまで通りでよいそうです。月に四度か五度、一俵ずつ。支払いは、あちらの都合のときに」
「では、そのように」
伊藤は頭を下げて、降りていった。
善次郎は、厚いほうの帳面を引き寄せた。
開けば、皐月三日からの日付が並んでいる。二十六日目で墨が濃くなり、五十八日目で行の間隔が詰まり、七十二日目のあとも、一日も飛ばずに続いていた。
筆を執って、その続きに書いた。
『――八十四日目』
書いてから、その脇へ、小さくもう一行を添えた。
『縁、繋がる』
抽斗を開けて、薄いほうの帳面を出した。
開けば、二行が並んでいる。
『この町の日本の側を、一つにする』
『産地を買わず、産地を持つ者を買う』
善次郎は、筆に墨を含ませ、二行目の下へ何かを書こうとして、そのまま止めた。
書くことが、まだ無かった。
二人を握った。荷は動いている。蔵は、これから埋まる。それでも、この帳面に三行目を書くのは、確かめ終えてからでよいと思った。
十五
文月の末、江戸の一橋上屋敷、奥御殿。
庭の蟬の声が、水無月より厚くなっている。池の面を覆っていた水草が、この十日でさらに広がり、風が渡るたびに、その隙間で水が鈍く光った。障子は昼のうちだけ開けてあるが、入ってくる風はもう涼しくない。
葵が、廊下から声をかけた。
「姫様。横浜から、月々の帳が届いてございます」
「こちらへ」
糸子は、文机の上の紙を脇へ寄せた。
繰ったのは、後ろの三枚である。
額の小さい商いだけを集めた頁で、会所の帳は、どの支店のものも同じ形で作らせてある。目が行くべきところは、初めから決まっていた。
先月、この三枚に生糸の行は一つもなかった。
今月は、ある。
『――居留地五十八番。生糸。継承』
額は、小さい。
その上下に、同じような小口が並んでいる。茶が二件、陶磁器が三件、それから金物が一件。どれも似たような額で、五十八番の行だけが目を引くということはなかった。
糸子は、その一行を再度読んだ。
「継承」という文字が、この帳の書き方であった。
新たに取った客ではない。他所の商いを引き継いだ、という意味である。会所の帳では、引き継いだ先はすべてそう書く。今月の頁には、その二文字が並んでいた。数えれば九十を超えている。
あの町で、何が起きたのかは、この二文字の数で分かる。
「善次郎は――ずいぶん、大きなことをなさいましたね」
糸子は、その頁を最後まで目で追った。
誰に命じたわけでもない。どこまでとも言わなかった。空いたところを、彼は自分で埋めた。
もう一度、後ろの三枚へ戻る。
九十を超える継承の中に、額の小さい一行が紛れている。
その一行が紛れていること自体が、答えであった。
報せではない。
数と、値と、日付のあいだに紛れている一行である。
横浜でこちらが出した指図は、一つきりであった。
「――易いことにございます、と申しましたね。善次郎は」
あのとき、そう請け合った。
易くはなかったはずである。ふた月かけて六十七軒を当たったことも、産地で一俵も買えなかったことも、この帳の数字を見れば分かる。
だが、そこはもう終わった話であった。
*
糸子は、帳を閉じた。
閉じて、文机の抽斗を開けた。
中から出したのは、黒い帳面である。表紙に何も書かれていない、数と値と日付だけを記してきた帳面であった。
頁を繰る。
まだ何もない頁を開いて、そこへ筆を置いた。
書いたのは、人の名を一つである。
乾くのを待った。
この帳面に人名が現れたのは、これが初めてであった。
糸子は、帳面を閉じ、抽斗へ戻した。
そして、脇へ寄せていた紙を手元へ引き直した。
庭では、蟬が鳴き続けている。
池の向こうの木立の先に、表御殿の棟が伏せていて、その灯は、この夜も点いていた。
第百八十七話 了
【解説】――横浜で、生糸はどう売られていたのか?
本作の舞台となる文久二年(一八六二年)ごろの横浜では、日本人商人と外国人商人が、対等な条件で商談をしていたわけではありません。
開港したばかりの横浜で、海外へ出ていく商品の中でも、とりわけ重要だったのが生糸です。
生糸を作る農家が、直接外国商人と取引するわけではありません。産地で生糸を集め、それを横浜へ運び、外国商館へ売り込む。そんな仕事を担ったのが「生糸売込商」と呼ばれる商人たちでした。
ところが、ここに一つ、大きな力関係の差がありました。
売込商は、生糸を集めることはできても、その先の海外市場を持っていません。
一方、外国商館には海外の販路があり、欧米の相場にもつながっている。
つまり、
日本人商人は、生糸を持っている。
外国商人は、その生糸を海外で売る道を持っている。
この違いが大きかったのです。
そのため、横浜の外国商館へ生糸を持ち込んだ日本人商人は、まず商品を見せ、品質を検査してもらい、そのうえで価格を決めてもらうという取引になりやすかった。
生糸は、とりわけ品質が重要な商品です。
糸の細さ、色、光沢、繰糸の具合などによって価値が大きく変わる。そのため外国商館側が現物を引き込み、検査すること自体には、商売上の理由がありました。
しかし、日本人商人にとっては厄介な仕組みでもありました。
商品を相手に預けなければ、話が進まない。
そして、品質をどう評価するかという重要な判断を、買い手側が握っている。
もし提示された価格に不満があっても、「では、別のところへ売ります」と簡単には言えません。
まだ開港から数年。
日本人商人には、外国商館に代わる海外への販路も、欧米の相場を直接知るための情報網も十分にはありませんでした。
しかも、売込商の中には、産地の荷主から生糸を預かって外国商館へ売り込む者もいました。
自分の商品を売っているように見えて、実は背後に荷主がいる。
売れなければ、その荷主への責任が生じる。
だからこそ、外国商館から不利な条件を示されても、簡単に取引を断ることができなかったのです。
これは、単純に「外国人が強く、日本人が弱かった」という話ではありません。
日本側にも、生糸を産地から集め、横浜へ運ぶ力がありました。
ただ、開港直後の時点では、海外への販路、相場情報、資金力、そして外国貿易の経験という点で、外国商館の側に大きな優位があった。
その差が、日々の商取引の中にそのまま表れていたのです。
そして、日本人商人はいつまでもその状況に甘んじていたわけではありません。
「このままではいけない」
そう考える売込商たちは、少しずつ仲間を結び、取引の条件を自分たちの側から整えようとしていきます。
大きな転機の一つが、元治元年(一八六四)です。
この年、横浜の生糸売込商たちは仲間議定書を定め、同業者がばらばらに外国商館と交渉するのではなく、仲間として一定の規則を設けるようになりました。
一人では弱くても、まとまれば話は変わる。
商売の世界では、これはごく当たり前の理屈です。
けれども、開港直後の日本にとって、それは大きな一歩でした。
明治に入ると、日本側はさらに踏み込んでいきます。
外国商館に任せていた生糸の検査や計量を、自分たちの手に取り戻そうとする動きが始まりました。
そして明治十四年(一八八一)には、「連合生糸荷預所」をめぐって、日本人売込商と外国商館が激しく対立します。
この事件では、外国商館への生糸の売込みが長期間にわたって滞る事態にまで発展しました。
かつては、外国商館から示された条件を受け入れるしかなかった日本人商人が、今度は自分たちで取引の仕組みを変えようとしていたのです。
もちろん、この過程は一直線ではありません。
日本側が常に外国商人を圧倒していたわけでもなければ、外国商館が一方的に悪だったわけでもありません。
それでも、横浜の生糸貿易を見ていると、一つの変化がはっきりと見えてきます。
売るしかなかった商人が、売り方を考えるようになる。
そして最後には、商売のルールそのものを変えようとする。
文久二年の横浜は、その長い変化のまだ入口にありました。
外国商館の力は強く、日本人商人が悔しい思いをすることも少なくなかった。
けれど、その経験があったからこそ、彼らは仲間を作り、情報を集め、品質を管理し、資金を蓄え、少しずつ商売の主導権を取り戻していきます。
やがて横浜は、日本の生糸が世界へ出ていく大きな窓口となります。
本作で描いた横浜の商人たちは、まだその途中にいる。
だからこそ、彼らの商売には、開港したばかりの日本が世界市場へ踏み出していく、その最初の息遣いがあったのだと思います。




