第百八十一話「将軍後見編―一橋会談、二通りの終わり方(後編)」
一
灯が入ったことで、同じ座敷が別の部屋になった。
昼のあいだ庭へ向かって開いていた障子は、いまや外の闇を切り取っているだけである。池の面も、木立の輪郭も、その向こうにあるはずの表御殿の棟も、すべて暗がりに沈んで見分けがつかない。聞こえてくるのは虫の音ばかりで、昼より一段濃く、絶え間がなかった。
灯の届く範囲だけが座敷であった。その外は畳ごと闇に溶け、四人の坐っている場所が、急に狭く、近くなっている。
上座に慶喜がおり、その右手に平岡円四郎が筆を持ったまま控えている。上げた御簾の紐が柱に掛かったままで、その影が壁を斜めに横切っていた。水無瀬実光は、紐を掛けた場所からまだ動いていない。
葵が置いていった灯は、火屋の中で細く立っている。芯を上げすぎていないぶん、四人の輪郭は縁だけが照らされ、顔の半分は影に沈んでいた。
慶喜の問いは、まだそこに残っていた。
『――では、御公儀は、何になる』
糸子は、すぐには答えなかった。
答える言葉は、この座敷へ入る前から持っている。それでも口が動かなかったのは、この人がどこで詰まっているのかを、もう一度だけ確かめておきたかったからである。
潰れると言い、潰れませぬと返され、それで止まった。
止まっていたのは勘定ではなく、言葉のほうであった。
同じ言葉を違う意味で使っている二人が、それに気づかぬまま半刻を費やす。京と江戸のあいだで幾度も起きるズレが、日が落ちてから、この座敷でも初めて起きていた。
いま、初めて起きている。
ならば、置き直せばよい。
「一橋殿。……器の話を、いたします」
慶喜が、わずかに顎を引いた。
「二百六十年、徳川の御家は、御公儀という入れ物に、権威をお入れになりました」
「……うむ」
「入れ物と、中身は、別のものにございます」
慶喜の眉が動く。この人は抽象を嫌う。城の評定で誰かが大義を語りはじめると、いつの間にか話が終わっているという顔をして黙り込む――そう勝から聞かされていた。
糸子は、すぐに落とした。
「たとえば――御門様は、入れ物をお持ちになりませぬ」
慶喜の目が、そこで止まった。
「政の役所も、蔵も、軍もお持ちにならぬ。それでも千年以上、権威だけが残っております」
*
この人は、この夏それを見ている。
紙が三枚、京から下ってきた。三枚のうち一枚は幕府の職制の頭に新しい座を据え、もう一枚は諸藩を政の座へ着かせ、残る一枚は列座の作法を定めた。持ってきたのは薩摩の兵であったが、書かれていたのは朝廷の言葉である。
幕府は、四百万石と旗本八万騎と江戸城を持っている。
それでも、あの三枚を否とは言えなかった。
*
「御公儀という入れ物は、よくできております」
糸子は、言葉を選びながら続けた。
「二百六十年、割れませんでした。異国が来ましても、飢饉が参りましても、割れずに持ちこたえてまいりました」
一拍だけ置く。
「……ただ、あれは、外から壊せる器にございます」
理由は、言わなかった。
言えば、この人が自分で数える余地が消える。三年、この身がやってきたのは、そこを空けておくことだけであった。
慶喜は、すぐには返事をしなかった。
膝の上の手に視線を落とし、動かなかった。この座敷へ入ってから、この人は幾度も同じように深く沈み込んでいる。
やがて、低い声が返ってきた。
「……入れ物と、中身とを、分けて数えよと申すか」
「はい」
「分けたところで、いま余の手にあるのは、入れ物のほうだ」
「左様にございます」
否まれると思って身構えていたらしく、慶喜はまた黙った。この半日、この人が構えを立てるたびに、こちらは肯定しか返していない。
「――中身は、どこにある」
糸子は、湯呑みを膝の前へ置いた。
「入れ物の中に、ございます。……いまはまだ」
*
前世で、糸子は屋号だけが残った店を幾つも見てきた。
暖簾も看板も間口も昔のままなのに、十年前と比べれば、扱う品も、仕入先も、帳面の付け方も、働く者の顔ぶれさえ、一つとして同じではない。
それでも客は、同じ屋号を信じて入ってくる。
看板が信用を持っているのではなかった。信用のほうが、たまたまその看板に入っているだけである。
入れ物が保たなくなれば、入れ物を替えればよい。中身が同じであれば、客は気づかない。
もっとも、替えたことを客に知られた店は、たいてい潰れた。
客にしてみれば、買う品が同じなら、それでよい。ところが「昔とは違う」と気づいた途端、品物ではなく、誰が何を変えたのかを見はじめる。
そうなれば、値段も品揃えも、前の店と比べられる。
商いでは、それがいちばん面倒であった。
(気づかれぬように替えるのが、いちばん上手い商いでございます)
そして、この座敷にいる人は、既に気づいている。
気づかれた上でなお通す道が一つだけあることを、糸子はこの半日で確かめ終えていた。
灯の芯が、わずかに揺れた。
昼のうちは青楓の緑が褪せ始めているのが見えていたのに、いまは障子の向こうに何もない。あるはずの景色が見えないというだけで、この座敷はずいぶん遠いところにあるように思われた。
二
「外から壊せる」と言われて、慶喜は言い返さなかった。
言い返す材料がないからではない。この男は、その器に罅が入っていくところを、この四年ほどのあいだに幾度も自分の目で見ている。
最初は、彦根の屋敷が夜討ちに遭うた朝であった。
大老が討たれた…という報せが一橋の屋敷へ届いたとき、慶喜はまだ謹慎の身で、外へ出ることも人に会うこともできずにいた。座敷の中で、その一報だけを受け取った。
あのとき、この男が思ったのは、井伊掃部頭の生き死にではない。
政の頂に坐る者を、外から討ち取れる。
二百六十年、誰も試さなかったことを、誰かが試して、成功した。その朝から、御公儀は殺されぬという前提を失っている。成功した例が一つあれば、次を試す者は必ず出てくる。実際、あれから四年、江戸でも京でも人が斬られつづけている。
二度目は、この夏であった。
水無月、薩摩の兵が江戸へ入った。
勅使の警固という名目はあったが、名目のあるなしにかかわらず、あれは外様の兵が徳川の膝元へ踏み込んだということである。二百六十年、誰も押さなかった門を、島津久光が押し開けた。
そのやり方が、慶喜には引っかかっていた。
あの男は、力ずくで押していない。勅使の警固という名目を京で先に受け取り、それを掲げて堂々と入ってきた。名目のほうを、先に取りにいったのである。
破られるより、名目で入られるほうが厄介であった。破られたのなら、破った者を咎めれば済む。名目で入られれば、咎める根拠がこちらの側から消える。
押し開けても、何も起こらなかった。
咎めなかったというより、咎めるだけの力が御公儀の側に残っていなかった。
あの日、御用部屋で誰が何を言ったかを、慶喜は後から書き付けで読んでいる。行間に残っていたのは、憤りではなく、算段であった。どうやって波風を立てずに帰ってもらうか。それだけが半日、話し合われている。
三度目は、つい十日ほど前のことである。
葉月十九日、城の小部屋である。松平春嶽が島津久光を誘い、そこへこちらを呼んだ座で、慶喜はあの薩摩の国父を退けた。
退けはした。
ただ、あれが成り立ったのは、相手が三十日という期限を自分で切っていたからであった。切っていなければ、あの座は違う形で終わっている。相手が退いてくれる支度を整えていたから、こちらは押すだけで済んだ。
次に来る者が、期限を切らなかったら。
あの座で通用したのは、理屈でも家格でもない。相手の都合がこちらに味方しただけであった。勝ちの中身をそこまで分解して見る癖がなければ、この男はいまごろ、自分は久光を退けた男だと思って坐っていたはずである。
そして、たったいま。
銭を作る道が五つとも塞がっていることを、慶喜はこの半刻あまりで数え終えたばかりであった。
罅は、既に入っている。
この四年、慶喜がしてきたのは、罅の入った器を割れないように運ぶ仕事であった。角にぶつけぬよう、傾けぬよう、揺らさぬよう。運びながら、いつか運びきれなくなる日が来ることを、この男は考えないようにしてきた。
考えないようにしていたということは、考えていたということである。
運ぶ仕事の中身を、慶喜は自分でよく知っていた。
薩摩が門を押したときは、押させたうえで通した。勅を突きつけられたときは、否まずに受け、職の名だけをこちらで決めた。久光が三十日で退くと言えば、その期限を数えて待った。攘夷を叫ぶ者が城へ押しかけそうになれば、別の話を投げて向きを変えた。
どれも、勝ちではない。割らずに済ませたというだけである。
この四年、割らずに済ませつづけて、入れ物はそのぶんだけ薄くなった。継ぎを当てた場所が増えれば、次に叩かれたときに割れる場所も増える。運び手の腕が上がるほど、運ばれる物は脆くなっていく。
そして、腕が上がったことを、周りは手柄と呼ぶ。
薩摩を退けた、勅を捌いた、攘夷の連中を宥めた。城で慶喜に向けられる言葉は、この夏ずっとその調子であった。手柄と呼ばれるたびに、この男は内心で継ぎの数を数えていた。
「姫君」
「はい」
「……そなたは、御公儀が割れると申しておるのか」
「いいえ」
慶喜は、そこで顔を上げた。
「では、何だ?」
「割れるかどうかは、御公儀がお決めになることではございませぬ」
この一言が、いちばん堪えた。
割れるかどうかを決めるのは、外にいる者である。内側の者は、割られる日をただ待つほかない。運び方をどれほど工夫したところで、押す側がその気になれば、それで終わる。
「――外の者とは、誰じゃ」
「一橋殿が、いま数えられた方々でございます」
慶喜は、そこで息を止めた。
こちらは、声に出していない。
彦根のことも、薩摩のことも、小部屋のことも、全部この男の頭の中でだけ並べていた。それを、目の前の者が「数えられた」と言った。
言い当てられたのではないことは、分かっている。誰であれ、この四年を数えれば同じ三つに行き着く。行き着くと分かっているから、そう言えるだけである。
分かっていて、なお背筋が冷えた。
冷えたのは、言い当てられたからではない。
この四年、自分が誰にも言わずに数えつづけてきたものが、外から見れば誰にでも見えるものであったという、その一事のほうであった。
隠していたつもりの帳面が、初めから表に開いて置かれていた。
三
糸子は、そこで初めて対を出した。
「一橋殿。……もう一つ、器がございます」
慶喜が顔を上げる。灯の加減で、この人の目だけが妙にはっきりと見えた。
「議長職にございます」
覚の一条と二条をこの人自身に読み上げさせたのは、つい半刻ほど前のことである。同じ手を続けて使えば、二度目は技に見える。技に見えた瞬間、この人は内容ではなく、手つきのほうを見はじめる。
だから、問いだけで運んだ。
「式目を改めますには、何が要りましたか」
慶喜は、間を置かずに答えた。
「……列座すべての諾じゃ」
「八家のうち、一家でも否と申しましたら」
「改まらぬ」
「その一家に、徳川が入っております」
慶喜が、そこで黙った。
黙っているあいだ、この人の指が膝の上で一度だけ動く。数えるときの癖であることを、糸子はこの半日で覚えていた。
徳川が否と言えば、あの職は永久に動かない。
動かしたい者は、まず徳川の諾を取りに来なければならない。取れなければ、力ずくで奪うしかない。ところが力ずくで奪えば、それは式目そのものを踏み破ることになり、踏み破られた瞬間、列座の八家は皆、自分の座を守るために同じ側へ立つ。
薩摩も、長州も、会津も、土佐も。
互いに何をどう思っていようと、そこだけは一致する。座を持っている者は、座を壊す者を許さない。
外から壊せない器とは、そういう意味であった。
式目を書いたとき、糸子がいちばん長く迷ったのが、この十五条であった。
改めるのに全員の諾が要るという定めは、一見すれば身動きが取れなくなるだけの条である。あの条があるかぎり、この先どれほど不都合が出ても直せない。直せないものをこしらえるのは、商いの側から見れば愚かなことであった。
それでも入れたのは、直せないということが、そのまま壊せないということだからである。
動かせる仕組みには、必ず握るところがある。そこを握れば、全部が動く。
二百六十年、御公儀という入れ物は、御公儀の側でいくらでも直せた。だからこそ、直す者を押さえに来る者が絶えなかった。
直せない仕組みには、奪うための取っ手がない。
それがなければ、奪ったところで動かせない。奪っても使えぬものだと知れば、端から手を出そうとする者はいなくなる。
堅固な城を建てるより、奪っても役に立たぬ仕組みにしておくほうが壊されない。
糸子は、そこまでを説明しなかった。
そうしなくても、この人は組み立てる。組み立て終わるまでの間が、先ほどより短くなっているのが分かった。半日のあいだに、この人はこちらの置き方に慣れてきている。
慣れられて困ることは、何もない。
前世でも、話の早い相手ほど扱いやすかった。こちらの言い分をすぐに呑み込む者は、そのあとで自分の側の勘定を始める。そうなってしまえば、あとは待っていればよい。
厄介なのは、いつまでも呑み込まない相手のほうである。
もっとも、この人の場合、呑み込むのが早いことと納得することとは、まるで別であった。
半日、こちらの言うことを一度も否まずに受けておきながら、この人はまだ一度も、こちらの側へ寄ってきていない。受け取ったものを全部自分の帳面へ移して、自分の字で書き直している。
それでよい。
書き直された分は、この人のものになる。
やがて、慶喜が低く言った。
「……よく出来ておるな」
褒めた声ではなかった。仕掛けの内側を覗き込んで、歯車の噛み合いを一つずつ確かめている者の声である。
糸子は、そこへ一つだけ足した。
「あの十五条は、御公儀が触れ出されました」
「……うむ」
「御自分の名で、天下へ」
慶喜の指が、止まった。
水無月の十八日、御用部屋であの覚を受け取ったとき、幕府は喜んだ。参勤を緩めておらぬ、物の分かった御方が書いておられる、と。あれは、財源を断つ紙であった。喜んで受け取って、そのぶんだけ首を絞めた。
葉月の十日、式目を触れ出したとき、幕府はまた自分の名を使った。
今度のは、逆である。
自分を守る壁を、自分の名で天下へ立てた。誰に頼まれたわけでもなく、頼まれたと思ってもいない。
同じ形が二度続いて、二度目だけ意味が裏返っていた。
(――どちらも、余が座に着いてからではない)
慶喜は、そこで数えるのをやめた。やめて、湯呑みへ手を伸ばし、今度はきちんと取り上げて口をつけた。
茶は、まだ温かった。
四
差し出されたものが良く見えるときほど、慶喜は裏を見る。
二十六年、この人物が身につけたものの中で、いちばん役に立ってきたのがそれであった。子どものころ、水戸の父が持ってくる話には必ず父の都合が入っていた。
安政の年、自分を担ごうとした者たちの言葉にも、担ぐ側の勘定が入っていた。都合の入っていない好意というものを、この男はいまだに一つも見たことがない。
壊せない器。
結構なことである。ただし、壊せないということは、こちらから出られないということでもあった。
「――姫君」
「はい」
「壊せぬということは、降ろされぬということじゃな」
「はい」
慶喜は、そこで一拍置いてから言った。
「降ろされぬということは……降りられぬということであろう」
言ってから、この男は相手の顔を見た。
言い抜けが来るはずであった。降りたくなるようなものではございませぬ、とか、そのときはまた別の道が、とか。半日、この者は一度も逃げていないが、逃げなければならない場所はここが初めてである。
返ってきたのは、二文字だけだった。
「はい」
そして、続いた。
「……ですが、いま御公儀は、降りることをお選びになれる立場にございますか」
慶喜は、答えられなかった。
降りられない。
異国の船が来れば、応じなければならない。
飢饉が起これば、救わなければならない。
諸藩が争えば、裁かなければならない。
裁く力があるかどうかとは関わりなく、裁く役だけが二百六十年ぶん、この家に積み上がっている。
やめる…と口にした瞬間、天下は誰かが取りに来る。
取りに来るのは、薩摩かもしれず、長州かもしれず、あるいは京の堂上のうちの誰かかもしれない。誰であるかは、この際どうでもよかった。空いた席は必ず埋まるという、それだけが確かである。
取りに来た者どうしが争えば、その争いの責もまた、投げ出した側に返ってくる。
降りられないのは、いまも同じであった。
慶喜は、そこで一つ思い出した。
文月の六日、白書院で沙汰を受けたときのことである。
あのとき、この男は受けるとも受けぬとも言わずに座を退がった。退がりながら数えたのは、この職に就けば何ができるかではなく、就いた者が何を負うことになるかであった。
後見職とは、上様が政を執れぬあいだ、代わりに後ろから見る役である。名の通り、政を動かす役ではない。にもかかわらず、動いた政の責だけは回ってくる。
あのときは、それを損だと思った。
いま見直すと、少し違って見える。
政を決める立場でない以上、責まで一身に負う筋ではない。それを負わせてきたのが、二百六十年の御公儀であった。
形を選び直せば、負い方も変わる。
そこまで辿り着いて、慶喜は自分の思考がどこへ運ばれているかに気づいた。
気づいたが、止めなかった。
*
新しく付いてくる縛りだと思って構えたものが、既にこの手にあるものと同じであった。
慶喜は、そこで自分の構え方を検め直した。
この半日、こちらが差し出したものは、一つ残らず肯定されている。
「詰め直せば出るか」と問えば、
「出まする」
「前例があるか」と問えば、
「ございます」
「降ろされぬなら、降りられぬではないか」と聞けば、
「……はい」
肯定されるたびに、こちらの申し立てが、条件の外へ押し出されていく。
(――否まぬまま、こちらの立てたものを一つずつ外していきおる)
三度目であった。
同じ形に三度当たれば、四度目からは驚かない。驚かないかわりに、当たり方を変えるしかなくなる。
城の評定であれば、こうはならなかった。
あそこでは、まず否まれる。押し返せば家格が出て、家格を退ければ前例が出る。そうして半日を潰しても、たいてい何も決まらない。それでも、誰も何一つ失わない。
ここでは、こちらだけが失っている。
失っているのに、奪われた覚えがどこにもない。こちらから差し出したものを、ただ受け取られているだけである。それなのに、気づけばこちらの手から荷が減っている。
減った荷の代わりに何を持たせるのかは、まだ示されていない。そこを示さないのが、この者のやり方であった。
持たせるだけ持たせて、使い道を言わない。
言わないから、こちらが探す。探して見つけたものは、こちらのものになる。第七条を見つけたときの手応えを、慶喜はまだ指の先に覚えていた。
あれも、置いてあったものであった。
それが分かっているから、慶喜はこの半日、一度も腰を浮かせていなかった。
慶喜は、湯呑みを膝の前へ置いた。
置いてから、背筋を伸ばした。
「――では、負うもののほうを数えよう」
言ってから、この男は自分で少し可笑しくなった。
数えよう、と口にしたのはこちらである。相手は一度も、数えてくださいとは言っていない。
半日、ずっとこの形であった。
五
灯が入ってから、水無瀬実光の坐っている場所が、この座敷でいちばん暗くなった。
巻き上げた御簾の紐を柱へ掛け、そのまま膝を折ったので、上座からも姫様の側からも半歩ずつ外れている。灯は座敷の中央にあり、二人の顔をほぼ真横から照らしていた。こちらまでは、光の縁がわずかに届くだけである。
見えているのに、見られていない。
有職の座で、実光はこういう場所にばかり坐ってきた。京にいたころ、殿上の議で末席に身を縮め、誰の顔も見ずにただ言葉だけを拾って書き留める。存在を消して記録に徹することこそが仕事であり、性にも合っていた。
*
昼のあいだ、この男は話の中身をほとんど追えなかった。
取箇、諸色、吹き替え。字は読めるし、意味も辞書のうえでは知っている。ただ、その語が何を動かし、動いた先で何が起こるのかとなると、たちまち分からなくなった。二人が交わしていた半刻は、実光にとって、聞こえてはいるが届かない音の連なりであった。
日が落ちてから、話が変わった。
銭の語が出てこなくなり、かわりに器の語が出てきた。
器なら、分かる。
生まれた家が、二十余年それをやってきた。何を盛るかによって器が決まり、器が決まれば据える位置が決まり、位置が決まれば座の格が決まる。
祝いの膳で椀の蓋をどちらへ置くかを間違えれば、それだけで家の格を問われる。実光が父から仕込まれたのは、そういう仕事であった。
中身と入れ物は、別のものである。
この一事だけは、この座敷にいる四人のうちで、自分がいちばんよく知っている領分であった。
追いついた。
半日ぶりに、話の筋が自分の領分へ入ってきた。
その意味を解した途端、実光は背筋が寒くなった。
姫様が話しておられるのは、器の据え方ではない。器の誂え方でも、格の測り方でもない。
中身のほうを、別の器へ移すという話である。
実光は、そのことを一度、頭の中で言い直してみた。
言い直しても、同じであった。
入れ物が古びれば作り直し、割れれば同じ形の新しいものを誂える。二十余年、この男が仕込まれてきた仕事は、すべてそちら向きであった。
中身を動かすという発想は、有職という家職のどこを探しても出てこない。
……というより、そういうことをしてはならぬというところから、この学問は始まっている。
*
膝の上で、実光は扇の要を撫でた。
麻布の坂で打ち切った問いも、この座敷へ入ったときに立てた問いも、今日はどちらも戻ってこない。どちらへ坐っているのかという問いは、いまとなっては小さすぎた。
かわりに、別のものが来た。
(……手前は、いま、何を聞いておるのか)
聞いてはならぬものを聞いている。
そんな気が、背中のあたりから上がってくる。
その気持ちを、実光はどこへも置けなかった。
六
「負うものの話だ」
慶喜は、自分からそこへ入った。
負うということについて、この男はこの座敷にいる誰よりも長く考えてきた。二十六年、そうせざるを得ない場所に立たされつづけたからである。
将軍は、何を負うか。
異国の船が来れば、将軍の責である。
飢饉が起これば、将軍の責である。
条約の中身が悪ければ、それも将軍の責になる。
勘定所が算を誤っても、代官が取りすぎても、江戸で火が出ても、最後には一人のところへ集まってくる。
二百六十年、この国はそういう形で回ってきた。
形としては、よく出来ている。集まる先が一つであれば、決めるのも早い。誰に伺いを立てるかで迷うこともない。
ただし、集まった先が一人であるということは――
その一人を消せば、全部が止まるということでもあった。
井伊掃部頭。
あの男は、勅許を待たずに調印した。
待たなかったのは、意地でも驕りでもない。待てば異国が動くと判じたからである。判じた中身は政の話であり、政の話であるからには、判じ違いもあれば、後から見て正しかったということもある。
ただ、あの判断は一人の名で出た。
そうならば、一人を斬れば終わる。
彦根の屋敷が夜討ちに遭うたのは、その二年後であった。
斬った者たちが賢かったとは、慶喜は思っていない。
あれは、器の造りを突いただけである。責が一点に集まる仕組みになっていれば、その一点を狙えばよい。政の中身を一つも理解していなくても、狙う場所だけは分かる。
二百六十年、誰もそれを試さなかった。試してみたら、通った。
そのようなやり方は、必ず繰り返される。
では、議長は何を負うか。
慶喜は、式目の三条を頭の中へ広げた。
議長は、議に加わらない。
議題を退ける権もない。諮るに堪えぬと申し述べることはできるが、それだけである。可否が相半ばしたときにかぎって、裁く。
つまり――
決めるのは、列座の八家であった。
薩摩、土佐、宇和島、佐賀、対馬、会津、福井、長州。
八家が議して、決める。決まったものが三通の書付に残り、朝廷と幕府と諸藩がそれぞれ一通を持つ。
決めたのは、八家である。
責は、八つに分かれる。
そこまで数えて、慶喜の手が止まった。
二十六年、この男は的にされつづけてきた。
安政の年、まだ何もしていない二十一の若造が謹慎を申しつけられた。理由は、自分を担ごうとした者がいたからである。自分が何かをしたからではない。担がれる側は、担ぐ側を選べない。
その前も、その後も、同じであった。
水戸の子であるというだけで疑われ、一橋を継いだというだけで数えられ、後見職に就いたというだけで薩摩の傀儡と言われる。何をしたかではなく、どこに立っているかで的にされる。
的にするかどうかを決めるのは、常に他人であった。
*
安政の年に謹慎を申しつけられたとき、慶喜は屋敷の門を閉ざして、半年ほど誰にも会わなかった。
あのあいだ、慶喜が考えていたのは、自分の身の潔白をどう証すかではない。証したところで、次に的にされるかどうかは、こちらの潔白とは何の関わりもないと分かっていたからである。
考えていたのは、的にされにくい立ち方があるのかどうかであった。
目立たぬように振る舞えば、そのぶん凡庸と見られる。凡庸と見られれば担がれない。そうなれば的にもされない――そう考えて、しばらくその通りにしてみたこともある。
しかし、効かなかった。
担ぐ側は、担ぐ相手の中身をほとんど見ていない。都合のよい家に生まれた者がいれば、それで十分なのである。
あれ以来、この男は的にされにくい立ち方というものを探すのをやめていた。無いと結論したのではなく、探しても見つからないものを探すのは時の無駄だと判じただけである。
議長という座には――
的にできる一点が、無い。
慶喜は、その一行を頭の中でもう一度置き直した。
置き直しても、崩れなかった。
崩れないので、この男は逆から検めてみた。仮に自分を的にしたい者がいるとして、議長を斬って何が止まるか。
いや、止まらない。
議は八家で回っており、議長は議に加わっていない。斬ったところで、次の者が同じ席へ坐るだけである。斬った側は、何も得ずに追われる立場になる。
割に合わない。
人を斬る者にも勘定はある。割に合わぬと分かっている的を、わざわざ狙う者はいない。
八家で決めたものを、誰か一人のせいにすることはできない。
そんなことをしても意味がない。
斬るべき相手が八人いれば、八人斬らねば止まらない。八家すべてを敵に回して全員を斬れる者など、いまの日ノ本のどこにもいない。
全員を斬れぬと分かっていれば、刺客も刀を抜かない。抜かずに、議の座へ来る。
来て、八家のうちの一つとして坐る。坐れば、その者もまた責を分け持つ側に回るのだ。
(――誰にも、余を的にできぬ)
慶喜は、それを口に出さなかった。
出せば、この者はきっと、「はい」と答えるであろう。答えられた瞬間、いま自分の中で組み上がったものは、この者から渡されたものに変わってしまう。
渡されたものは、返せる。
自分で組んだものは、返せない。
この者は、それを承知で黙っている。
承知していると分かるのは、黙り方が正確だからであった。早すぎず、遅すぎず、こちらが組み終わるまで一言も差し込まない。合いの手を入れるだけの余裕がありながら、入れない。
座敷は、静かであった。
姫君と呼ばれる者は、膝の前に湯呑みを置いたまま、こちらの顔を見るでもなく、庭のほうを見るでもなく、ただ坐っている。
急かされていない。
助けられてもいない。
慶喜は、手元の冷めきった湯呑みをそのまま押しやった。
七
この四半刻、糸子は一言も発していない。
発する必要がなかった。この人が何を数えているかは、指の動きと、湯呑みへ伸ばして途中で止まる手つきとで、おおよそ分かる。分かるものに口を挟めば、数え終えた先がこちらのものになってしまう。
やがて、この人が冷めた茶に口をつけた。
数え終えた合図であった。
ここから先を、どう置くか。
糸子は、迷わなかった。
三年、この身は誰にも二つの道を見せてこなかった。道を二つにすれば、そこにこちらの色が出る。堀田殿にも、板倉殿にも、大原殿にも、見える道は一つだけにしてきた。だから皆、御自分で選んだと思って歩いてくださった。
この人には、それができない。
(この御方には、隠せるものが、もう一つも残っておりませぬ)
もう一つ道があったと後から知られれば、その一事だけで三年が崩れる。
「一橋殿」
慶喜が、湯呑みを置いた。
「……終わり方は、二通りにございます」
器という語は、ここでは使わなかった。
「一つは、割れる終わり方にございます」
糸子は、短く続けた。
「外の者に壊されます。器が崩れれば、中身は畳へ落ちて、拾う者が幾人も出て参ります」
一拍だけ置く。
「……拾い合いになりますれば、血が出まする」
慶喜は、何も言わない。
「もう一つは、持っておられる御方が、御自分の手で、中身を移される終わり方にございます」
言い終えて、糸子は湯呑みを両手で包んだ。
二つ出した。あとは、この人が選ぶ。
見積もりを二つ並べて、選ばれなかったほうを引っ込める。前世で、月に幾度もやってきたことである。並べた時点で、こちらの取り分は半分に減る。それでも並べるのは、そうしなければ次がないからであった。
それだけのことである。
慶喜が、口をひらいた。
「――どちらも、終わりではないか?」
来るはずの一言であった。
「はい」
「……終わらぬ道は、無いのか?」
「ございませぬ」
ここで嘘をつけば、あとの全部が嘘になる。
糸子は、この半日、幕府が残るとは一度も言っていない。日が落ちる前に言ったのは、潰れませぬ、という一言だけである。あれは、外から壊されはしないという意味であって、続くという意味ではなかった。
この人は、それを潰れないと聞いた。
だから、いま置き直す。
「御公儀は、終わりまする」
慶喜の目が、そこで動いた。
「徳川の御家は、残りましょう」
「潰れる」と「終わる」は、別のことであった。
外から壊されれば中身が散り、拾い合いになり、血が流れる。それが「潰れる」ことだ。
中身を移し終えれば、残るものは空になる。それが壊れたとて、もう誰も困らない。これが「終わる」ということだ。
行き止まりであった場所に、道が一本通った。
開いたかどうかは、この人の顔を見ても分からなかった。
この半日、この人の顔はほとんど動いていない。驚いたところも、怒ったところも、失望したところも見ていない。年齢を訊いて十四と答えられたときですら、眉一つ動かさなかった人である。
顔で測るのは、初めから諦めていた。
測っているのは、返るまでの間の長さだけであった。
いま置いた二つに、この人はまだ何も返していない。勘定している最中に、こちらから数字を足す必要はない。
糸子は、湯呑みを両手で包んだまま待った。
やがて、慶喜が言った。
「そなたは、どちらを勧める」
糸子は、間を置かずに答えた。
「わたくしは、勧めませぬ」
「……なにゆえ?」
「わたくしが勧めれば、それは一橋殿がお選びになった道ではなくなりまする」
慶喜は、そこで長く黙った。
灯の芯が、音を立てて縮む。
障子の外で気配がして、葵が入ってきた。膝をついたまま座敷を横切り、火屋を上げて芯を切り、また下ろして、下がっていく。座敷が明るくなり、四人の影が畳の上で少しだけ位置を変えた。
その一瞬だけ、この座敷は五人になった。
葵は、誰の顔も見なかった。
八
移すほうを選んだとして、と慶喜は数えはじめた。
移すのは、誰か。
中身を移せるのは、その入れ物を持っている者だけである。持っていない者が手を触れれば、それは移したのではなく、奪ったことになる。奪われた側は必ず取り返しに来る。その場合は結局、割れる終わり方と同じところへ落ちる。
では、いま御公儀を持っているのは誰か。
慶喜の指が、そこで一つの条の上で止まった。
式目の三条である。
『議長は将軍後見職これを務む』
後見職とは、上様が政を執れぬあいだ、代わりに後ろから見る立場であった。政を決する権も、御公儀を持つ権もない。
後ろから見ている者に、中身を移すことはできない。
(――この席では、できぬ)
そこまで来て、慶喜は思わぬところにひとつ隙を見つけた。
わずかに身を乗り出す。半日、攻め手を与えられなかった盤上に、初めて突ける隙角が現れていた。
「姫君」
「はい」
「式目の三条は、議長を将軍後見職に据えておる」
「はい」
慶喜は、そこで一拍置いてから言った。
「――余が将軍になれば、この席は空くぞ」
言ってから、この男は相手の顔を見た。
造りの矛盾を突いたつもりであった。後見職とは、上様が政を執れぬあいだにだけ在る役である。上様が代われば消える。消えれば議長がいなくなり、議は開けなくなる。
その席に徳川を据えておいて、しかもその徳川に中身を移させようというのなら、話は初めから成り立っていない。
「はい」
「……議が、開けぬではないか」
「後見職を任じますのは、御公儀にございます」
慶喜の指が、止まった。
勅は、一橋慶喜を将軍後見職に任ずべし、と書いていた。任ずべし…である。任じるのは幕府であった。京は命じ、江戸が任じる。あの三条は、初めからそういう分け方で書かれている。
ならば、その席が空いたとき――
「……その席が空きましたとき、誰を据えるかをお決めになれるのは」
糸子は、静かに息を整えてから答えた。
「空けた御方だけにございます」
穴ではなかった。
最後に渡される権である。
中身を移し終えた者は、移した先の入れ物に誰を坐らせるかを、自分で決められる。決めた者が誰であるかは、三通の書付にも残らない。任じるのは幕府だからである。
そして、棘が一つ付いてきた。
「ただ――」
糸子が、続けた。
「御自分を、据えることはできませぬ」
当たり前であった。
将軍が後見職を兼ねることはできない。後見職とは、将軍が政を執れぬときに置かれる役である。政を執れる将軍が自分で後見職を兼ねれば、その職の名そのものが意味を失う。
選べるが、自分は坐れない。
慶喜は、その値段をしばらく手の中で転がした。
高いのか安いのか、すぐには判じられなかった。自ら政を動かせぬかわりに、政を動かす者を選ぶ側には回れる。政の座から一段離れたところへ立って、そこから盤の上を見ることになる。
離れた者は、盤の上では死なない。
中身を移し終えた将軍は、空になった器を持ったまま、新しい器に坐る者を選ぶ立場になる。
それが、この取引の最後の値段であった。
*
慶喜は、そこで動きを止めた。
止めたのは、値段が高いと思ったからではない。
いま自分が何と言ったかを、聞き直したのである。
『余が将軍になれば……』
半日であった。
この座敷へ入ってから、目の前の者は将軍という語を一度も口にしていない。三枚の紙を書いたと名乗り、集めた材料が全部使えぬと告げ、銭の道を五つとも閉じ、器の話をし、終わり方を二つ並べた。
その全部を通して、一度も言わなかった。
最初に言ったのは、こちらである。
慶喜は、湯呑みへ手を伸ばしかけて、途中でやめた。
誘い込まれた…と思った。
そのうえで、この男は次を数えはじめた。誘い込まれたからといって、いま自分の頭の中に組み上がったものが崩れるわけではない。器は二つあり、罅は入っており、銭は無く、終わり方は二通りしかない。
誰が道を置いたにせよ、そこへ出た答えは変わらない。
「姫君」
「はい」
「……この一句は、なぜ入れた」
慶喜は、言葉を足さなかった。足さなくても通じると踏んだのである。
通じた。
『御宗家御相続の儀には、いささかも相拘わり申さず候事』
勅の二条の、末尾の一行であった。
「入れませんでしたら、御公儀は疑いまする」
糸子は、すぐに答えた。この半日で、この者が理由を述べたのは、これが初めてであった。
「……何を」
「朝廷が、一橋殿を将軍に据えようとしておる…と」
慶喜は、そこで息を吐いた。
そのとおりであった。あの一行が無ければ、御用部屋はまずそこを疑う。そうなれば、後見職の沙汰そのものが握り潰されていた。板倉あたりが「まずは京の真意を確かめてから」と言い出し、確かめているうちに夏が終わっていたはずである。
「疑われましたら、後見職の沙汰そのものが流れておりました」
そして、続いた。
「相拘わり申さず、と書きましてございます」
一拍。
「……妨げるとは、書いておりませぬ」
慶喜は、しばらく動かなかった。
文月の六日、白書院を退がりながら、この男は「自分は跡目を失った」と数えていた。
だが、いま読み直せば、除いてなどいない。この沙汰は相続に関わらない、と書いてあるだけだ。関わらないということは、何ひとつ妨げないということでもある。
二十六年、この男は自分に向けられた言葉を、すべて「除く」と読む癖をつけてきた。除かれることに慣れきった目が、開いていた扉を閉ざされたものと思い込んでいただけだ。
閉じられてなど、いなかった。
勝手に鍵をかけていたのは、こちらのほうであった。
昼に返らなかった問いが、一度だけ頭をよぎる。
教えた者がおるのか。
いまだに分からないが、もう持ち出さない。誰が教えたにせよ、道は変わらないからだ。
慶喜は、背筋を伸ばした。
「――余が、将軍にならねばならぬということか」
「はい」
言ってから、思考は勝手に次へ動いた。
『将軍になるということは、いまの上様が――』
そこまで来て、慶喜は考えるのをやめ、落ちてきた視線を落としたまま右手に目をやった。
平岡円四郎の筆が、止まっていた。
穂先は紙に触れず、手首は書く形のまま固まっている。半日、一度も遅れずに書いてきた用人の筆が、ここで途切れていた。
慶喜は何も言わず、平岡も顔を上げなかった。
九
座が終わりへ向かっていくのが、実光にも分かった。
言葉の数が減り、返るまでの間が長くなり、二人とも新しいことを言わなくなる。有職の座でも、終わり際はいつもこうであった。
終わりへ向かいながら、実光は一つ、奇妙なことに気づいていた。
何の紙も、交わされていない。
半日、この座敷では相当のことが話されたはずである。中身の半分も追えなかった実光にすら、それだけは分かった。ところが、書き付けを取り交わすという話が、どちらの口からも出てこない。
次の日取りも決まらない。次の座を設けるという話も出ない。
やがて、上座から短い問いがあった。
「……書き付けは、取らぬのか」
「取りませぬ」
「なにゆえ」
「取りましたものは、いつか外へ出まする」
それきりであった。
実光は、その一往復を座敷の脇から聞いていた。
有職の座で、話が済んだあとに何も残さないということは、あり得ない。記録を残すためにこそ、その座はあるのだ。誰がどこに坐り、誰が先に発し、何が決まったか。書いて残し、写しを作り、蔵へ納める。それが仕事であった。
今日は、残らない。
残らないということが、どういう重さを持つのかを、実光は測りかねた。
軽いのか、重いのか。
紙があれば、焼いて消せる。紙がなければ、消すべきものも残らない。
そこまで考えて、実光は考えるのをやめた。手前の量る事柄ではない。
型どおりの礼があって、三人が立った。
*
立ちぎわに、実光の目が右手へ向いた。
平岡円四郎の紙が、ほとんど白かった。
昼のうちは一度も遅れず筆を走らせていたこの用人が、日が落ちてからいつ筆を止めたのか、実光には思い出せなかった。
天下を揺るがす半日の座敷で、残された書き付けが、ただそれだけであった。
平岡は、道具を静かに畳んでいる。硯を拭き、筆を収め、紙を揃えて挟む。手つきに乱れは一つもなく、白い紙を白いまま挟むことに、この男は迷った様子を見せなかった。
来たときと同じ順で、三人が廊下を渡った。
先導は実光、次に慶喜、最後尾に平岡である。
板の軋む位置も、角の折れ方も、昼と変わらない。ただ、灯を提げているぶん、見えるのは足元だけになった。庭は闇に沈み、中庭を二つ越えるあいだ、聞こえるのは三人ぶんの足音と虫の音ばかりである。
境の板が、灯の輪の中へ入ってきた。
昼、慶喜はそこで足を止めなかった。
今度も、そのまま通った。
行きも帰りも変わらない。実光が拾ったのは、また、それだけであった。
*
表御殿の玄関脇で、慶喜が短く礼を返して、書院のほうへ歩いていく。足の速さは、昼と同じであった。
平岡が、その後ろを追っていく。
二人の姿が廊下の角で消えてから、実光は自分の離れへ戻った。
文机の前に坐り、墨を磨って、実光は清書した。
『公議式目の作法につき、有職の照会これあり。滞りなく相済み候』
二十八日の夜、名目を立て終えたときに、頭の中へ置いた一行である。置いたときから一字も変えていない。
嘘は、一つもない。
書き終えて、実光はしばらく筆を置かなかった。
この一行を、明日には麻布へ届ける。届いた先で誰かがこれを読み、綴じて、蔵へ納める。十年経てば、誰も開かない。
今日、あの座敷で起きたことは、それで全部であった。
十
三人の足音が廊下の向こうで消えてから、座敷はしばらくそのままになっていた。
庭に面した障子は閉てられ、灯だけが座敷の中央に立っている。四つ置かれた円座のうち、三つが空になっていた。上座の円座には、坐っていた者の重みがまだ残っていて、藺草の目がわずかに沈んでいる。
葵が入ってきて、湯呑みを片付けはじめた。
「姫様」
「はい」
「……お夕餉は、いかがなさいます」
「あとで、いただきます」
葵は、それ以上を訊かなかった。
この侍女は、今日この座敷で何が話されたかを知らない。茶を運び、灯を運び、芯を切りに入り、いま湯呑みを下げている。それだけの一日として、この者の中では終わる。
終わってよかった、と糸子は思った。
この座敷で何が話されたかを、この先も葵に告げるつもりはない。知らなければ、問われても答えられない。
知らない者を一人残しておくのは、備えの一つであった。
葵が下がってから、糸子は文机の抽斗を開けた。
黒い帳面を出す。
九つのときから付けているものであった。表紙の角はとうに丸くなり、綴じ糸は一度掛け替えている。京から江戸へ下るとき、荷を減らすために着物を三枚置いてきたが、これは置いてこなかった。
開いた。
前のほうの頁は、字が大きい。九つ、十のころの字である。行の傾きも一定でなく、書き直した跡が幾つも残っている。江戸へ下ってからの頁は、字が小さく詰まっていて、一日に二行も三行も並んでいる日があった。
今日の頁には、まだ何も書かれていない。
昨日の一行の下に、指を置くほどの余白があるだけである。
書けない。
糸子は、いつもどおり数えることにした。
困ったときに、この身がやることは一つしかない。何が起きたかを並べ、何が合わないかを見つけ、合わない理由を突き止めて、締める。
前世でも、今の世でも、それで片付かなかったことはほとんどなかった。
三年、この身が動かしてきた人たちは、皆、自分の意志でその道を歩いたと思っておられる。
堀田殿も、酒井殿も、大原殿も。
こちらが敷いた道の上で、ご自身で選び、ご自身で決めた。そこに嘘は一つもない。
だから帳面には、決まった事実だけを書いておけば済んだ。
今日の人は、違った。
道が敷いてあることを知っていた。敷いた者が誰であるかも知っていた。歩けば戻れなくなることも、歩き出す前から数え終えていた。
その上で、歩いた。
敷いたのは、こちらである。
歩いたのは、あの御方である。
今日までの帳面は、敷いた側の帳面であった。
何も知らずに歩いた者なら、その歩みもこちらの仕事として数えられる。だが、道も仕掛けも知ったうえで歩いた者は、こちらの仕事とも、向こうの手柄とも言い切れない。
どちらの欄にも、入らない。
そこまで数えて、糸子は書ける形を一つ見つけた。
欄に入らないのなら、欄を使わなければよい。
事実だけを書けばよかった。
一橋慶喜が、将軍になると言うた。
一行で足りる。今日までの何百行と同じである。日付を入れて、その下に一行。それ以上のことは、これまでも一度も書いてこなかった。
勘定は、合った。
ならば、書けばよい。
これまで、合わないまま夜を越したことはほとんどない。合うまで数え、合えば筆を執る。それが、この三年、崩れたことのない手順だった。
糸子は、筆を取った。
硯へ下ろし、墨を含ませ、余りを落として、帳面の上へ持っていく。
書き出しの一字が、決まらない。
しばらく、そのままでいた。
筆先の墨が、少しずつ乾いていく。乾いてしまえば含ませ直せばよいだけであるのに、糸子は手を動かさなかった。
やがて、糸子は筆を持ったまま立ち上がり、障子を開けた。
夜風が滑り込み、灯がかすかに揺れる。暗闇に沈む庭の奥、目が慣れるにつれて木立の輪郭が浮かび、その向こうに表御殿の屋根の稜線が現れた。
表御殿の書院に、灯が一つ点いていた。
庭を挟んだ正面にあるあの棟に、いま、はっきりと灯が見えている。
これまで一度も開ける用のなかった障子をひらき、糸子はしばらくその明かりを見つめていた。
手に持った筆の墨が乾いていくのも忘れ、ただ静かに、そこにある灯りを追っていた。
第百八十一話 了
『幕末に転生したら近衛家の姫でした。まず屋根を直します【設定資料集】』に「一橋会談」の解説記事を投稿しました!
【解説】糸子は、一橋慶喜に何をしたのか?――第百七十九話〜第百八十一話「一橋会談三部作」で使われた交渉技術
本編とあわせてお読みいただくと、作品をより深く楽しめる内容になっています。
気になった方は、ぜひ設定資料集ものぞいてみてください!ヽ(゜∀゜)ノ♪




