第百七十四話「将軍後見編―十五条」
一
文月二十七日の朝、一橋上屋敷の奥御殿には、夏の名残がまだ濃く残っていた。
庭の池は前夜からの熱をそのまま抱えており、水面には藻の匂いが薄く漂っている。青楓の葉はすっかり厚みを増して、風が通るたびに重たげに鳴った。蝉の声は数こそ減ったものの、残った音が妙に粘りつくようになっていて、その一つ一つが耳へ重く残る。
糸子は塗りの文箱の蓋を開けていた。
控えていた実光の前へ、葵の手を経て三枚の綴りが差し出される。受け取って膝の上へ置いた瞬間、この男の指先が止まった。
紙が違う。
卯月に、京から届いた姫様の原案を読んだときのものとは、厚みも、簀の目も、墨の乗り方も違っていた。上等な鳥の子である。そして字が、まるで違う。角の立たぬ、丸みを帯びた、公卿の書き慣れた手であった。
「……これは」
「沖田殿が京から運んでくれた、父上の書状にございます」
実光は、それだけで理解した。
姫様が卯月に書かれた三枚は、京へ渡っていた。渡った先で左大臣がそれを朝廷の型に写し直し、そしてまた江戸へ戻ってきたのである。二月ばかりのあいだに、この紙は東海道を二度往復したことになる。
運んだ男の名を、実光は知っていた。伏見から生きて帰った五人のうちの一人である。
それ以上は、糸子も語らなかった。
*
実光は、一条目から順に読み進めた。
条の並びは、卯月に読んだものとまったく同じである。この議は御門の召しによりて開く、という一条から始まり、家格を論ぜず、議長は将軍後見職、来ぬ者は異存なしと数え、二十日前の触れ、根回しの申告、蒸し返しの封じ、三通の書付、そして最後に全会一致。
語の選び方だけが、ところどころ変わっている。姫様の書かれた平明な言い回しが、朝廷の紙に載る形へ、寸分の狂いもなく置き換えられていた。読み比べれば、意味が一分も動いていないことが分かる。
実光は、その仕事の精緻さに一度だけ息をついた。
家職は有職故実であり、こういう置き換えを見れば、どれほどの手間がかかっているかが分かる。左大臣は、おそらく幾晩かをこれに費やしている。
*
末尾まで来て、実光の目が止まった。
十五条の下に、一行だけ、条ではない文が書き添えられている。
『細目の儀は、幕府において相定めらるべし』
実光は、その一行を二度読んだ。
卯月の原案には、無かった。
「姫様。……この一行は」
「はい」
「これは、姫様が」
「父上でござりまする」
糸子は、それだけ言った。
実光は、糸子のほうへ目を向けたまま、しばらく動かなかった。そう書かれていれば、幕府は自分たちに裁量があると思う。その瞬間から、その紙は幕府自身の手で形を与えたものになる。
勅の第三条で、姫様は職の名を幕府に付けさせた。今度は、その中身まで幕府に決めさせる。
同じ手であった。
(……お父上様も、同じことをなさる御方であったか)
実光は、その一行を指でなぞってから、綴りを膝へ戻した。
*
次に指が止まったのは、三条目であった。
『議長は将軍後見職これを務む。議を進むるを務めとし、議題を退くる権はこれなし。議長は議に加わらず、可否相半ばするときのみ、これを裁す――』
実光は、そこをもう一度、頭から読んだ。
読んで、顔を上げた。
「姫様。三条目に、書き落としがござります」
「ございませぬ」
「なれど、卯月に拝見いたしましたときには、議に加わらずの前に、但し書きが一つ」
「そのままお持ちくださいまし」
御簾の内から返ってきたのは、それだけであった。
実光は、口をひらきかけて、閉じた。
この姫君が理由を語らぬときは、訊いても答えは返らない。数年のあいだに、実光はそれを知っていた。それでも今日は、訊いてしまった。あの一句が消えていることが、それほど妙だったのである。
「……承知いたしましてござります」
実光は綴りを包み直し、深く一礼して下がっていった。
*
足音が廊下の向こうへ消えてから、糸子は文机を引き寄せた。
新しい紙を出し、筆を執る。
書いたのは短い文であった。宛先は西の丸下の軍艦方に住む男である。
書き終えるまでに、四半刻もかからなかった。先ほど実光へ十五条を渡すのに要した時間より、はるかに短い。
糸子は封をして、それを葵に託した。
庭では、鳴き残った蝉が一匹、まだ長く鳴いている。
二
麻布の勅使宿舎は、その日も高台の風を受けていた。
境内の銀杏は葉の色をわずかに落としはじめており、境内の隅に立てられた仮の厩からは、馬の鼻息が時折聞こえてくる。江戸へ入ってひと月半、この寺はすっかり公家の屋敷めいた匂いに染まっていた。
大原重徳は、書院の上座で、実光の差し出した三枚を膝の上に置いた。
「これは、なんじゃ」
「公議式目にござります」
「式目」
「覚の第六条に『諸藩の議のことは別に公議式目をもって定む』とござりました。……その式目にござります」
大原は、綴りを開いた。
一条目を目で追い、二条目に移り、三条目の途中で紙をめくる速さが上がった。四条目からは、もう文字を追っていない。この老人の視線は、行の頭だけを撫でるようにして下へ滑っていき、十五条の末尾まで来て、そこで止まった。
「京より、いつ来た」
「昨日にござります。関白様の御決裁を経て定まりましたものが、勅より遅れて下って参りました」
「遅れて…な」
「儀と作法にかかわる条にござりますゆえ、詮議に日を要したものかと」
大原は、うなずいた。
この公家には、条文の是非を測る器官がない。京から下ってきた紙は正しい。それを江戸城へ運ぶのが自分の役目であり、それで足りる。以前、久光に問われて答えられなかったことも、この人の頭からはとうに薄れていた。
削れたかわりに、機嫌はよかった。
もう一度、江戸城の上段に据えられるからである。
「明日、登城いたす」
「はっ」
「触れは、こちらから出しておけ」
実光は頭を下げた。下げながら、この老人が今日この綴りを二度読まなかったことを、頭の隅に書き留めた。
*
江戸城の側では、この式目を受け取る座が、既に半月前から出来上がっていた。
文月九日、松平春嶽が政事総裁職に任じられたとき、その職掌の細目とともに一つのことが決まっている。『総裁職は折々に登城し、老中の列座に加わって幕政を議す』というものであった。
文字にしてみれば、なんということもない一行である。
だが、この一行によって、老中の上に二つの座が乗った。将軍後見職と、政事総裁職である。片方は御三卿の当主であり、もう片方は親藩の大名であって、いずれもこれまで幕政の議に加わることのなかった立場であった。譜代の者が政を独占するという二百六十年の骨組みは、その日の書き付け一枚で、静かに折れている。
折れたことに、誰も名前を付けなかった。
そして、折れたついでに、控えの間の割り振りも動いた。
政事総裁職が大廊下に控える以上、同じ議に加わる者を大広間に留め置く理屈が立たなくなる。山内容堂、伊達宗城、そして島津久光の三人が大廊下へ入ったのは、その手続きの流れのなかであった。
誰も、それを改革とは呼ばなかった。席次の整理として処理され、書き役が名簿を書き改め、それで済んだ。
整理が済んだ座敷が、いま一つ空いている。
そこへ、十五条が入る。
三
文月二十九日の御用部屋は、この夏でいちばん暑かった。
障子はこの日も閉て切られており、庭からの風は一分も入ってこない。畳は昨日の熱をそのまま抱え込んでおり、坐っているだけで袴の内側が湿ってくる。誰も扇を使わないのは、上座に堀田正睦がいるからであった。
膝の前に置かれた三枚を、四人が順に回して読んだ。
*
一条目に、誰も引っかからなかった。
『――この議は、御門の召しによりて開く。ゆえに、議の座は御前に准ずるものとす』
御前に准ずる、という一句を読んだとき、酒井忠績の顔にはむしろ満足に近いものが浮かんだ。江戸城で開かれる議に、御前の格が与えられる。城の格が一段上がったと、この男は受け取ったのである。
二条目で、その眉がわずかに動いた。
『――議に列するは、異国と相対したる経験を有する藩とす。石高・家格をもって、これを定むるにあらず。議の座においては家格を論ぜず。いずれも御門の御前に列する臣なればなりなり』
家格を論ぜず、の文字に、酒井の指が触れた。
城中の座で家格を論じないというのは、この男の生涯を否むに近い。徳川の秩序というものは、誰がどこに坐るかで出来上がっており、その順序を守ることこそが、この男の職分であった。
口をひらきかけて、酒井はそこで、同じ条の続きを読んだ。
『――いずれも御門の御前に列する臣なればなり』
閉じた。
御前において臣の格を論じないというのは、千年繰り返されてきた作法である。これを否むには、朝廷の儀の根本を否まねばならない。この男には、そこまでの用意がなかった。
誰も、二条目については何も言わなかった。
*
三条目を読み上げたのは板倉勝静である。
『議長は将軍後見職これを務む。議長は議を進むるを務めとし、議題を退くる権はこれなし。議長は議に加わらず。可否相半ばするときのみ、これを裁す』
読み終えて、板倉は一つうなずいた。
「――権が、ござりませぬな」
「ござらぬ」と乗全が受けた。
「進めるだけにござる。加わることも、退けることもできませぬ」
座の空気が、そこで緩んだ。
権のない座なら、危うくはない。そこに据えられた者も、誰かの的にはならない。安政以来、この城が最も恐れてきたのは、一人に権が集まることだった。集まらぬのであれば、それでよい。
三条目に一句ぶんの空きがあることに、この座の誰も気づかなかった。
気づく者がいるとすれば、卯月に京でこの条を読んだ者だけであり、その男はいま麻布にいる。
*
四条目を、乗全が読んだ。
『列座三家をもって議は成る。召しに応ぜざる者、また座を退きたる者は、議の趣に異存なきものとす』
酒井忠績の背が、そこで起きた。
「――待たれよ」
この日、この男が初めて出した声である。
「来ぬ者を、賛成と数えると申されるか」
「そう書いてござる」
「乱暴に過ぎる」
酒井の声には、朝から溜めていたものが乗っていた。
「議に出ぬということは、ただ出ぬというだけにござる。それを賛成と数えれば、召しに応じぬ家は、知らぬ間に何事にも判を押したことになりましょう。……そのような定めを、この城が呑めるとお思いか」
誰も、すぐには答えなかった。
答えたのは、板倉勝静である。
この男は数字を扱う男であり、それを扱う者は、目の前に置かれた事実から逃げるということができない。
「雅楽頭殿」
「何でござる」
「……この数年、上様は、何ひとつお答えになっておられませぬ」
御用部屋の音が、消えた。
*
誰も、そこへ言葉を足さなかった。
上様の御不例は数年に及んでいる。それでも幕政は止まらなかった。書き付けを上げ、返答がなければ御異存なしと解し、そのまま執行する。そうして政を動かすほかなかったのである。
『来ぬ者を賛成と数えるのは乱暴である』――そう言うためには、答えぬ者を賛成と数えてきたこの数年を、まるごと否まねばならない。
酒井忠績は、口を閉じた。
この男には、自分が何に負けたのか、まだ正確には分からない。ただ、これ以上言葉を重ねれば、取り返しのつかないところへ落ちる。そのことだけは分かっていた。
*
五条目から十条目までは、驚くほど速く進んだ。
『議題は二十日前までに触れ知らすこと』
『届かなければ議は成らぬこと。急を要するものは当日でもよいこと』
『本議に先立ち、下調べの寄合を開くべきこと』
『人の申すあいだ声を発してはならぬこと』
『議の進めようについて申し立てるには他家一つ以上の賛同を要すること』
『一会期で決したことは重ねて議に上せぬこと』
どれも、座を整えるための作法にすぎない。
順序を定め、割り込みを禁じ、根回しを申告させ、蒸し返しを封じる。有職を学んだ者の目には、むしろ地味に映るほどの条ばかりであった。
乗全が一つずつ読み上げ、そのたびに誰かが「よろしゅうござろう」と応じ、それで次へ移っていった。
*
十一条目で、板倉の指が一瞬だけ止まった。
『議の書付は、朝廷・幕府・諸藩、おのおの書役を出してこれを記す。三通相違なきを確かめて後、議決と為す。もし相違あらば、天朝御用掛これを裁し、裁したる文言をもって正とす』
乗全が受けた。
「三通を突き合わせるというのは、理に適うておりますな」
「いかにも」
「食い違えば、誰かが裁かねばなりませぬ」
それで、この条は終わった。
三家が別々の書役を立てて、同じ座敷の同じ議を記し、それが一字一句まで一致するということは、この世に起こらない。起こらぬ以上、裁定は必ず要る。裁定を下す者が、決まった文言を決める。
この座で、そこまで数えた者はいなかった。
*
十五条目で、酒井忠績がこの日二度目の声を出した。
「『この式目を改むるは、列座すべての諾を要す』……備中守殿、これは」
「読みましてござる」
「全会一致では、何ひとつ変えられませぬぞ」
酒井の言い方には、今度は苛立ちよりも困惑が濃かった。
答えたのは、また板倉である。
「変えられぬのは、こちらだけではござらぬ」
「……何と」
「諸藩も、変えられませぬ」
酒井の口が、そこで止まった。
止まってから、この男の顔から強張りが抜けていくのが、他の三人にも見えた。
変えられない。それは、諸藩に都合のよい条を後からねじ込まれる心配がないということである。
酒井忠績が守りたいのは家格そのものではなく、積み上がった順序が動かないことである。一度定まった仕組みに誰も手を入れられない――それこそが、この男にとってこれ以上ない救いであった。
「……ならば、よろしゅうござる」
酒井は、そう言った。
この一言で、最初に書いた者が永久に勝ちつづける仕組みが、この座敷で承認された。
*
十五条を読み終えて、板倉が末尾に目を落とした。
条ではない一行が、そこにある。
『――細目の儀は、幕府において相定めらるべし』
読み上げた瞬間、御用部屋の空気が、はっきりと緩んだ。
この形を、この座の全員が知っている。
勅の第三条である。
『職名の儀は、幕府において相定むべき事』
あのとき朝廷は職の名を記さず、幕府に委ねた。幕府が名を定めたことで、その職は幕府自身のものになった。
同じ形が、また来た。
酒井忠績が、この日はじめて張りのある声を出した。
「――ならば、我らが直せる」
誰も、そこへ異を唱えなかった。
直せると思った瞬間、この十五条は幕府のものになる。
同じことが、この夏にも起きていた。勅の第三条は職名を記さず、板倉勝静が二十日かけて職名を捻り出した。酒井忠績がそれを「我らの拵えたもの」と呼んだのも、そのためである。あのとき、誰も朝廷から与えられたとは思わなかった。
二度目の今日、四人の誰一人として、そのことを思い出さなかった。
*
上座から、乾いた咳が一つ落ちた。
堀田正睦は、袖を口から離し、しばらく膝の前の綴りを見ていた。
この老中首座は、この日ここまで一言も発していない。
「……よい」
声は低かったが、四人の耳へは届いた。
「わしの名で出す」
同じ言葉を、この男が口にするのは二度目だった。
一度目は文月七日、政事総裁職という新しい職名を決定したときである。そのときは、責任を引き受けるという意味だった。前例のない職を拵えて世に出す以上、後から咎める者が出れば、自分が受ける。そういう腹の据え方だった。
今日は、違う意味を持っている。
この十五条を誰が書いたのかを、堀田はもう知っている。証しは一片もない。それでも確信している。そのうえで、自分の名を添えて天下へ触れ出す。
堀田は、それ以上は何も言わなかった。
袖で口を押さえ、そのまま動かなかった。
四
同じ日の午後、話は誰を召すかということへ移った。
式目を受ける以上、列座する藩を決めねばならない。基準は、勅の第一条にある。
『――国事の重きものは、江戸城において、異国に相対し候経験これある藩を召し集められ、群議評定の上、奏聞これあるべき事』
板倉勝静は、この一句を水無月十七日の廊下で、すでに一度見ていた。
その意味を胸にしまったまま、誰にも告げず御用部屋へ戻った。あれから四十日が過ぎている。
*
板倉は、膝の前に紙を広げて、名を書きはじめた。
「薩摩」
琉球を通じて異国の船と接し、弘化の頃には仏蘭西の船が那覇へ入っている。異論は出ない。
「土佐」
漂流して異国へ渡り、帰ってきた者がいる。その者から直に話を聞いた家である。
「宇和島」
蒸気の船を、他家の手を借りずに造った。
「佐賀」
長崎の警備を負い、反射炉を築いて洋式の砲を鋳ている。この一藩だけは、書き並べる必要すらなかった。
*
板倉の筆が、五つ目で止まった。
「――対馬」
座が、そこで一度、動いた。
乗全が顔を上げた。
「対馬にござるか」
「そうでござる」
宗の家は、表高で十万石格に据えられているが、島には米がほとんど穫れない。実の身代で言えば、いま名を挙げた四家のうちのどれよりも小さい。
「昨年、あの島にはロシアの軍艦が入っており申した」
板倉の声は、いつもと変わらなかった。
「入って、湾に居据わり、兵を上げて小屋まで建てております。半年にござる」
誰も、何も言わなかった。
「異国と相対したる経験、と勅にはござる。……この一年で、異国の兵に己の土を踏まれた家は、この国に一つしかござりませぬ」
言い切って、板倉は次の名を書こうとして――筆を止めた。長州の名が頭をよぎったが、紙には落とさず、別の名を書いた。
異を唱えられる者は、この座にいなかった。
*
「会津」
この家は、嘉永以来、江戸湾と房総の海防を負っている。異国の船が浦賀の沖へ現れるたびに人を出し、砲台を守り、夜を明かしてきた家であった。
「福井」
書いてから、板倉は一言添えた。
「なれど、越前どのは幕府の側に列されまする。福井の席には、別の者を立てていただかねばなりませぬ」
「……藩主が幕府側に坐り、藩の席には別の者が坐ると」
「そうなりまする」
乗全は、それ以上何も言わなかった。座り方の話は、いま考えても仕方がない。
*
板倉は、そこで筆を置いた。
七つである。
紙の上に並んだ七つの名を、四人が黙って見た。
*
読み上げられなかった名を、この座の全員が数えていた。
尾張が無い。
紀伊が無い。
水戸が無い。
加賀百万石が無い。
仙台が無い。
読み上げなかったからこそ、その空白は座敷の真ん中に、はっきりとした形で置かれていた。
*
最初に口をひらいたのは、松平乗全である。
「……百万石が入らぬというのは、いかがなものか」
この長身の男が言ったのは、勘定方の癖であった。数の大きいものが列から漏れているのが、単純に落ち着かない。
「和泉守殿」
板倉が、静かに返した。
「この条は、石高を一言も申しておりませぬ」
乗全が、口を閉じた。
家格を論じても、家格に触れていないこの基準の前では勝てない。石高を盾にしても、そこには一字も書かれていない。反論するための足場が、最初から取り払われている。
*
そして、板倉が自分から一つ問うた。
「――福岡は、どういたす」
御用部屋が、完全に止まった。
黒田の家は、佐賀と隔年で長崎の警備を務めてきた。同じ湊で、異国の船に対して、番を交代で務めてきた家である。
佐賀が入って、福岡が入らぬ理屈は、この座の誰にも立てられなかった。
入れれば八になる。だが、八とする根拠は条文のどこにもない。
入れなければ抗議が来る。そのとき返す言葉がない。
沈黙が長くなったところで、乗全が言った。
「……追って、詮議いたそう」
誰も、反対しなかった。
未決のまま、その日は終わった。
*
御三家については、誰も一言も発しなかった。
発すれば、その家に異国と相対した経験がないと自ら述べることになる。
そして――水無月十七日の大広間で、上様の御名代として上段に座しておられたのは、水戸中納言である。
あの座に着いた御方に向かって、御経験がござりませぬと申し上げられる者は、この城にいなかった。
板倉勝静が四十日前に廊下で呑み込んだ言葉を、この日は、御用部屋にいた四人が揃って呑み込んだ。
五
同じ日の夕刻、江戸城の西寄りにある小さな一室に、安西平助は呼ばれていた。
部屋は書院というほどのものではなく、畳が八枚ばかりの、書き役の詰所として使われることの多い場所である。障子は西に面していて、傾いた日がそのまま入ってくるので、この時刻はいつも暑い。
平助は、下座に膝を揃えて坐っていた。
召したのは政事総裁職・松平慶永である。
徒目付を総裁職が直に召すというのは、格から言えば異例であった。ただ、名目は立っている。この半月、市中の書き付けを福井藩邸へ回させているのは、この人であった。
春嶽の脇には、小柄な男が一人、控えている。
平助は、その男が誰であるかを知らない。旅装ではないが、幕臣の身なりでもない。眉が釣り上がっていて、目だけが妙に光っていた。
*
春嶽は、机の上に三枚綴りを置いた。
平助が、二十日ばかり前に書いたものである。
「これは、そなたが書いたか」
「……はっ」
「この末の一行じゃ」
春嶽の指が、紙の下のほうを押さえた。
『――江戸は、何も起こらぬまま、平生に戻り申し候』
「なにゆえ、こう書いた」
平助は、答えられなかった。
答えを持っていないのである。あの日、拾ってきたものには、何もなかった。その「何もなかった」を紙にする作法を、この男は誰にも教わっていない。だから、無かったものを並べ、最後に一行を足した。それだけであった。
「……書くことが、ござりませなんだゆえ」
「書くことがない、というのを書いたのか」
「……はっ」
春嶽は、しばらくその答えを胸の内で転がしていた。
やがて、まったく別のことを訊いた。
「そなた、この役に何年おる」
「十四年に、なりまする」
「十四年、市中を歩いて、書き付けを差し出してまいったか」
「はっ」
「――これまでに、書けなんだことが、あろう」
*
平助の膝の上で、指がわずかに動いた。
この十四年、上へ差し出してきたのは、見たものと聞いたものだけである。分からぬことには手を出さない。それを書けば推し量りになる。推し量りは徒目付の役目ではない。その線を越えた者がどうなるかを、この男は同じ役の何人かを見て知っていた。
だから、書かなかったものは幾つもある。
だが、平助には、この人が何を訊いているのか分かった。書かなかったものではない。書けなかったものを訊いている。
一つだけ、あった。
「……水無月の、触れ状にござります」
春嶽の目が、そこで動いた。
「触れ状?」
「はっ。勅が読み上げられました翌日、和泉守様より、群議評定の触れ状の下書きを作れと申しつけられましてござります」
*
平助は、その日のことを話した。
筆は淀まなかった。この役を十四年も務めれば、触れ状の下書きくらい手が覚えている。家々と席の順を追い、表書きまで、考えるより先に書いていた。
その筆が、途中で止まった。
「間違いは、一つもござりませなんだ」
平助は、そう言った。
「名を落としてもおらず、格を違えてもおらず、順も先例の通りにござりました。……なれど、止まりました」
「なにゆえ止まった」
「……分かりませなんだ」
*
春嶽は、急かさなかった。
この人物は、数年のあいだ誰にも呼ばれなかった。待たされる時間を知っている者は、目の前の相手が言葉を探しているときも、急かさずに待てる。
平助が、ようやく口をひらいた。
「勅には……『異国に相対し候経験これある藩を召し集められ』とござりました」
「うむ」
「手前が書いておりましたのは、席の順にござります」
*
春嶽の膝が、わずかに前へ出た。
「――それは、別のものか」
「……別のもの、かと存じます」
言ってしまってから、平助は自分が何を言ったかに気づいた。
十四年、言葉にできなかったことが、いま口から出た。その瞬間、この男は背に汗が伝うのを感じた。
推し量りではない。触れ状の名簿と勅の一句が別物だという、事実の指摘である。ただ、それをこの城で口にした者は、これまで誰もいなかった。
平助は、畳の目へ視線を落とした。
「――申し訳ござりませぬ。役目を越えたことを申しました」
「超えておらぬ」
春嶽の返しは、速かった。
「そなたが越えておるなら、この城には、越えておらぬ者など誰もおらぬ」
*
脇の男は、最後まで一言も発しなかった。
平助が一礼して襖を閉め、その足音が廊下の向こうへ消えるまで、横井小楠は膝の上で手を組んだまま動かなかった。
動かずに、閉まった襖のほうを、しばらく見ていた。
十日前、この男は福井藩邸でこう言っている。あの一行を書いた者に会いとうござります…と。
会った。
そして、黙って聞いていた。
目の前にいるのは、市中を十四年歩いてきた徒目付である。探していた「同じ絵を描いておる者」ではない。絵を描いたわけでもない。ただ、起きなかったことに気づく目を持っていた。
絵を描いた者は、この一行のさらに向こうにいる。
小楠は、そこまで考えて、庭のほうへ目を移した。
西日が、障子の桟の影を畳の上へ長く落としていた。その同じ西日が、遠く西国の海を染めている時刻であった。
六
同じころ、萩の城下は夕暮れであった。
この一年で、この町は目に見えて変わっている。
橋本川沿いの通りには、去年まで空いていた地に店が三軒建った。荷を運ぶ人足の数が増え、朝夕には荷車のすれ違う音が絶えない。藩札の値は戻り、両替の看板を出す店が、また商いを始めている。
城下の者は、それを天朝物産のおかげだと言った。
それ以上、誰も奥を覗こうとはしなかった。誰かが儲けさせてくれるなら、その思惑まで町の者が知る必要はない。
*
松本村に置かれた天朝物産会所長州支店の帳場では、久坂玄瑞が算盤を弾いていた。
この男は、もう志士の顔をしていない。
髷も身なりも商人のそれであり、袖には墨が付いている。番頭を相手に、櫨の値がどうの、船の便がどうのという話を、日が暮れるまで続けていた。
声を荒らげることもない。生真面目に数字を追い、合わぬところがあれば三度でも四度でも数え直す。
変わらないのは、目だけであった。
その切れ上がった目の奥では、何かがずっと燃えている。番頭たちは、たまにそれを見てしまったときだけ、この若い代表が元は何をしていた男であったかを思い出した。
*
縁側では、高杉晋作が寝転がっていた。
この男は、会所の帳面には一切手を出さない。そのかわりに、萩の町のどこで誰が何を言っているかは、久坂よりよほど詳しく知っている。
「久坂」
「なんじゃ」
「おまえ、近ごろ商人の顔になってきたのう」
「商人じゃけぇの」
「わしゃあ、あの日、越荷方でおまえが椋梨を殺した顔のほうが好きじゃ」
「殺しちょらん」
「殺したじゃろうが。刀を使わんかっただけで」
久坂は答えず、算盤の珠を戻した。
*
書状が届いたのは、その直後である。
番頭が持ってきた包みを、久坂が受け取った。封に押されているのは、見慣れた紋である。
高杉が、寝転がったまま顔だけを向けた。
「誰からの書状じゃ?」
「近衛様じゃ」
「……またおもろいことを始めたんか? あの姫様は」
高杉の口ぶりは軽かったが、この男が本気で興味を持ったときのものであった。
久坂は封を切り、読みはじめた。
読んで、しばらく黙った。
*
文は短い。
『江戸城において、諸藩を召しての議が開かれる。その議には、異国と相対したる経験を有する藩が列する。長州も召される。備えておけ。』
それだけであった。
*
高杉が起き上がり、久坂の手元を覗き込む。読み終えるまで珍しく黙っていたが、やがて口を開いた。
「幕府からの命は、まだ萩に来ちょらんはずじゃが」
「……まだ来ちょらん」
「江戸におる者からも、そねーな知らせは上がっちょらん」
二人は黙り込んだ。
幕府からの命は出ていない。江戸での議の結論すら届いていない。それにもかかわらず、京の左大臣はその内容をあらかじめ書いて寄越したのだ。
「久坂、これはいっつ書かれた文じゃ」
「文月の三日じゃ」
「京から萩まで、藩の急ぎ便なら四日か五日。裏の荷に紛れさせ、二度三度と手元を変えさせても二十日。昨日届いたとなれば、江戸の動きと綺麗に合致する」
高杉は縁側で胡坐をかき直した。
「じゃが、中身が合わん。久坂、この文はいったい何を書いた文じゃ。起きたことでも、聞いたことでもなかろうが」
*
高杉が、笑い出した。
声を立てて、しばらく止まらない。番頭が奥から顔を出して、また引っ込んだ。
「わしらは結局、どこまでいっても、あのお方らの掌の上じゃのう」
久坂は笑わなかった。
この男は、笑っている高杉の横で、もう別の帳面を引き寄せている。召される日までに揃えておかねばならぬものを、頭から順に書き出しはじめていた。
藩の勘定の写し。
海防に注いだ額。
異国船の往来の記録。
下関の湊へ入った船の数と国。
それから、周布様への根回しと、殿様の御出府の支度と――
「おい、久坂。もう書いちょるんか」
「書かんと間に合わん」
「命が来る前から支度しちょったら、怪しまれるじゃろうが」
「怪しまれる前に済ませりゃええ」
高杉は、また笑った。
*
笑いが収まってから、この男は縁側から庭のほうを見た。
萩の夏は、江戸より一足早く終わる。庭の隅では、もう秋の草が伸びはじめていた。
「じゃが久坂。……姫様は、まだ何もしちょらんのかもしれんぞ」
「どういう意味じゃ」
「これから、するんじゃ」
久坂は、筆を止めなかった。
止めずに、一つだけ返した。
「……そりゃあ、そうじゃろう」
七
葉月朔日の御用部屋には、この夏はじめて、朝から涼しい風が入っていた。
障子が半ばまで開けてある。庭の蝉は、数えられるほどに減っていた。
この日の議題は、式目の具体的な定めである。勅には、細部を幕府で定めよとある。だから、どこまでをどう定めるかを詰めねばならない。
その座に、徳川慶喜が着いていた。
*
慶喜は、この十五条を三度読んでいる。
一度目は、自分がどういう職に据えられたのかを確かめるために読んだ。議長を務む…とあった。
二度目は、幕政を預かる者として読んだ。列座七藩、過半で決し、可否相半ばするときだけ議長が裁く。決めるのは諸藩であり、こちらは進めるだけである。
(――余は、何もできぬ座におる)
そこまでは、初めから分かっていた。何もできぬ座だからこそ、誰も自分を斬りに来ない。そう承知のうえで、慶喜はこの職に就いている。安政以来、この身が学んだのは、そういう類のことばかりであった。
*
四度目に読んだのは、前の晩である。
書院で一人、灯を細めたまま、慶喜は三条目のところで指を止めた。
『――議長は、議題を退くる権はこれなし』
退ける権が無い。それは、こちらの安全を保つ条であった。
保つのだが…と慶喜は考えた。
議の座に、諮ってはならぬ議題が出たら、どうなる。
*
たとえば、上様の御身の上である。
あの御方が政を執れぬことは、この城の者なら誰もが知っている。だが、誰も口にはしない。その沈黙によって、この数年、かろうじて形を保ってきたのである。
だが、諸藩は違う。
薩摩の者が、上様の御平癒の見通しを問うたとしても、無礼には当たらない。国事の重きを議する座で、政を執る御方の御身体を案じるのは、むしろ当然の問いであった。
議長には、それを退ける権が無い。
退けられぬ以上、その問いは座に出る。諸藩の前で御不例が語られれば、その先には必ず「御位を退かれてはいかがか」という話が待っている。
さらに、跡目のこともある。
その先には、この城の勘定があと何年もつかという話まで続く。
どれも、諸藩の前で開けてはならぬ蓋であった。
(――余は、それを止められぬ)
*
その形を、慶喜はその夜、幾通りか考えた。
議長に議題を退ける権を与える…というのが最も手早い。だが、それを幕府の細目として書き込んだ瞬間に、この職は権を持つ職になる。
権を持つ職は、的になる。
二百六十年の徳川で、一人に権を集めて据えた座がどうなったかを、慶喜は数年前に見ている。彦根の屋敷が破られたあの朝から、この城は大老の二字を口に出さなくなった。
求めてはならない。
(――余が求めるべきは、権ではない)
*
御用部屋で、慶喜は初めて口をひらいた。
「一つ、書き加えたい」
座の四人が、揃って顔を上げた。
この後見職は、就任以来、細目の詮議で自分から発言したことがほとんどない。
「三条目じゃ。議長は、議題を退くる権はこれなし――そのあとへ、但し書きを一つ」
「何と、書きまするか」
板倉が筆を執った。
慶喜は、ゆっくりと口述した。
「ただし、議の場に諮るに堪えざる旨、議長これを申し述ぶることを得」
*
板倉勝静の筆が、途中で一度、止まった。
止まったのは、意味が分からなかったからではない。分かったからこそ、止まった。
退ける権ではない。述べる権である。
議長は、この議題は座に諮るに堪えぬと述べることができる。だが、それだけでは退けられない。列座の者が構わぬと言えば、議題はそのまま座に上がり、論じられる。
何も、止められない。
「……一橋様」
「なんじゃ」
「それでは、何も変わりませぬが」
「変わらぬ」
慶喜は、それだけ答えた。
*
酒井忠績が、この日はじめて肩の力を抜いた。
権は、増えていない。
新しい職に権限が加わるのであれば、慶喜は今日も一日戦うつもりだった。だが、与えられたのは一言を差し挟む資格だけである。その先は列座の思うまま。議長には、何一つ動かせない。
「――よろしゅうござろう」
乗全もうなずいた。
誰にとっても無害な一句であった。反対する理由が、この座敷のどこにも無い。
*
慶喜は、その決まり方を、顔色一つ変えずに見ていた。
述べれば、記録に残る。
式目の十一条に、こう書いてある。議の書付は朝廷・幕府・諸藩それぞれが書役を出して記し、三通の相違なきを確かめて後に議決と為す…と。
三通に残るということは、消せぬということであった。
諮るに堪えざる、と一度でも述べておけば、その事柄は後日どうにでも使える。事が起きたとき、「余はあのとき申し述べておいた」と言えるからである。その一言があれば、責めは自分から外れ、聞かなかった者へ移る。
(――余に要るのは、止める力ではない)
(――言うたという事実じゃ)
数年前、この身を担いだ者たちは、その責めを一人も負わなかった。矢面に立たされたのは、担がれた側と、その父である。
あのとき、誰も何も申し述べていなかった。
*
書き役が呼ばれ、式目の写しへ書き入れが行われた。
三条目の、議題を退くる権はこれなし、の直後である。
筆が入り、一句が収まった。
収まり方が、驚くほどきれいであった。前の句とも後の句とも、語の重なりが一つも生じない。書き役は、行の詰まり具合を確かめてから、次の紙へ移った。
そこに元から一句ぶんの空きが用意されていたことに、この男は気づかない。
保身のために己の口から出たはずの言葉が、あらかじめ空けられた枠へ吸い込まれただけだということには、慶喜自身すら気づいていなかった。
八
葉月朔日の夕刻、西の丸下の堀田正睦の役宅では、庭の百日紅がまだ咲いていた。
十日前に勝海舟が来たときと、同じ花である。ただ、この十日で花の色は少し褪せ、根元には落ちた花びらが薄く敷かれていた。夕暮れの風には、はじめて秋のものが混じっている。
勝は、案内を待たずに縁側のほうから顔を出した。
「――ごめんくださいまし。お邪魔をいたします」
堀田正睦は、脇息にもたれたまま、その顔を見た。
見た瞬間に、この老中首座は用件を理解した。
「……勘定書か」
「お早ぇことでございますな」
「十日前に、そなたが自分で申したことじゃ」
堀田は、ゆっくりと身を起こした。
「もらったものは、いつか払う――と」
勝は笑って、敷居をまたいだ。
*
「で、何を払えと申す」
「長州も、加えていただきてえんでございます」
堀田は、しばらく黙った。
黙りながら、この男の頭のなかでは、条文が回っていた。
『勅の第一条――異国に相対し候経験これある藩』
長州は、下関の海峡を異国船が通るのを岸から見ているだけである。船を見たからといって、相対したことにはならない。
昨日、御用部屋で数えたとき、板倉の筆は長州の名のところで止まった。書こうとしても、根拠が見つからなかった。
「……筋が立たぬ」
「立てていただきてえんでございます」
*
堀田は、脇息から肘を離した。
「勝」
「はい」
「なにゆえ、長州じゃ」
勝は、すぐには答えなかった。
答えるかわりに、まったく別のところから入った。
「堀田様、長州ってぇのは、いま何をしてる藩でございますか?」
堀田は、答えなかった。
「銭を稼いでます」
勝は、庭のほうを見ていた。
「京にも兵を出さねえ。江戸にも出さねえ。攘夷だ何だと騒いでる連中はいますが、藩そのものは動いちゃいねえ。ひたすら銭を稼いでおります」
「……それが、どうした」
「稼いだ銭で、何を買うと思いなさいます?」
*
堀田正睦の指が、膝の上で止まった。
止まったまま、動かなかった。
この十年、諸藩が銭を貯めたあとに何を買ってきたかを、この男は帳面で見てきている。長崎で、あるいは横浜で、異国の商人から買えるものは決まっていた。
「城の内に座らせておきゃあ、買う前に相談してきますよ」
勝の声は、少しも力んでいなかった。
「座らせなけりゃあ、黙って買います。買ったあとで、どこで使うかを自分で決めるんですよ」
*
堀田の逡巡は、短かった。
逆らわぬと決めたのは、随分前である。請求は早々に来た。
早すぎるとは思わなかった。むしろ、これだけ間を置いたことに相手の腹が見える。決めた直後に来られれば、こちらは自分の判断を疑う。数日置いてから来れば、その判断はもう固まっている。
しかも、この請求には理があった。
理があることが、いちばん厄介だった。
「……理屈は、こちらで拵える」
「恐れ入ります」
「勝」
「はい」
「これで、いくつ目じゃ?」
勝は、そこで少しだけ間を置いた。
「……一つ目でございます」
*
その答えが、この座敷で最も重かった。
堀田は、それ以上何も訊かなかった。
訊けば、二つ目と三つ目まで聞かされる。だが、聞いたところで断れぬことは、もう決まっている。
勝は、湯呑みに口をつけてから、あっさりと立ち上がった。
「それじゃあ、そういうことで」
「勝」
「はい」
「……そなた、あのお方に何を借りておる」
勝は、敷居のところで一度だけ振り返った。
「借りちゃあおりませんよ」
「では、何じゃ」
「乗っかってるだけでさ」
それだけ言って、この男は帰っていった。
*
一人になってから、堀田は文机を引き寄せた。
拵えねばならぬ理屈を、この老中首座は半刻で組み上げた。
『――長州は、下関の海峡において異国船の往来を最も近く見てきた藩である。海峡は西国の要路にして、異国船の通行は年を追って増しており、藩は沿岸に砲台を築いてこれに備えおり候。加えて、この夏、幕府の派したる船に藩士を同乗せしめ、清国の情勢を直に見て帰りおり候。よって、異国に相対し候経験これある藩と認むるに、いささかの不足これなく候――』
書き終えて、堀田はその紙を持ち上げた。
そして、しばらく読んだ。
筋が通っている。
通りすぎている、と言ってもよい。この文を読んだ者なら、なぜ最初から長州が入っていなかったのかと訝しむだろう。
(……わしは、うまくなったな)
堀田は、紙を伏せた。
せり上がってきた熱いものを懐紙で受け、見もせずに深く折って懐へ押し込む。それから、静かに紙を表へ返した。
この日も、濃い。
丁寧に折り込んで懐へ入れ、それから、また紙を表に返した。
九
その夜、江戸城の書き役の詰所には、遅くまで灯が入っていた。
式目の清書である。触れ出しの正本は城に残し、写しを二通作る。一通は諸藩へ回し、もう一通を朝廷へ納める。
朝廷へ納める文面には、「幕府において相定めたる細目」として、この日加えられた一句もそのまま記された。
書き役は、その一句が誰の口から出たものか知らない。知る必要もない。上から回ってきた文言を、決められた通りに写す。それが役目である。
*
麻布の勅使宿舎へ写しが届いたのは、夜も更けてからであった。
大原重徳は、もう寝ている。この老人にとって、夜更けに届いた紙は明朝の仕事であった。
水無瀬実光は、自室に灯を入れて、一人でそれを開いた。
*
一条目から順に追っていく。
朝、麻布を出ていったときの十五条と、いま戻ってきた十五条が、どこで違っているかを確かめるのが、この男の仕事であった。
一条目、変わりなし。
二条目、変わりなし。
三条目――
実光の指が、止まった。
『――議長は将軍後見職これを務む。議長は議を進むるを務めとし、議題を退くる権はこれなし。ただし、議の場に諮るに堪えざる旨、議長これを申し述ぶることを得。議長は議に加わらず。可否相半ばするときのみ、これを裁す』
実光は、その一句を三度読んだ。
*
それから、この男は荷を解いた。
卯月に京で作った控えが、油紙に包んで入れてある。御簾の内で読み上げられたものを、その場で書き写しておいたものであった。
紙を開き、三条目を探す。
*
控えの、同じ場所が空いていた。
議題を退くる権はこれなし――そのあとに、確かに一句あったはずのものが、無い。
朝、姫様に申し上げたときのやりとりが、そのまま頭の中で再生された。
「書き落としがござります」と申し上げた。
「ございませぬ」と返ってきた。
「そのままお持ちくださいまし」と。
書き落としではなかったのである。抜いてあったのだ。
*
実光は、二枚を畳の上に並べた。
右に、江戸城から戻ってきた写し。
左に、京で書き写した控え。
同じ場所に、片方は字があり、片方は無い。
そして、幕府が加えた一句と、姫様が抜いた一句は、字数まで揃っていた。
実光は、しばらく動かなかった。
庭では、坂の下のほうから虫の声が上がってきている。麻布の高台は大名小路より風が通り、夏の終わりの夜になると、その声が幾重にも重なって聞こえた。
*
実光の頭のなかでは、二つのことが、同じ重さで並んでいた。
一つは――姫様は、あの御方がここへ手を伸ばすことを、あらかじめご存じであった、ということである。
空けておけば、いずれ誰かが埋める。しかも埋めるのは、議長の座に据えられた者である。その者が何を恐れるかまで見抜いていたのなら、そこへ入る字まで、初めから分かっていたことになる。
(……そういうことは、なさる御方だ)
だが、もう一つある。
(……あの御方が、姫様と同じところへ、御自分で辿り着かれたのか)
*
どちらなのか、実光には分からなかった。
だが、どちらであっても恐ろしい。
前者なら、姫様は江戸城に一度も上がったことのない身で、あの座敷に坐る男の腹の底まで見通していたことになる。
後者なら――この国には、姫様と同じところへ、誰にも教わらず辿り着ける男が、もう一人いる。
しかも、その男は庭を隔てた向こうの棟に住んでいる。
*
実光は、二枚を重ねて文箱へ収めた。
行灯の火を細めてから、もう一度、庭のほうを見た。
姫様に、これをお見せせねばならぬ。
明日の朝には、大名小路を抜けて一橋の屋敷へ上がることになる。姫様の前に坐って、この二枚を並べて差し出す。それは、この男が数年のあいだ幾度も繰り返してきた動作であった。
見せたときに、あの御方がどういう顔をなさるかを、実光は初めて、まったく想像することができなかった。
第百七十四話 了
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