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幕末に転生したら近衛家の姫でした。まず屋根を直します【累計350万PV/80万UU突破‼ 幕末経済戦記】  作者: 1009


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第百六十八話「将軍後見編―入府」

一

 水無月七日の品川は、まだ夜と朝との境目にあった。


 海のほうから吹き上げてくる風には、干した網と潮の饐えた匂いとが分かちがたく混じっており、それが宿場の狭い路地を抜けてくるあいだに、厩の藁と朝餉の味噌の湯気とを巻き込んで、なんとも言いようのない江戸の匂いへと変わっていく。空は東の低いところだけが薄く白みかけていたが、頭上にはまだ濃い藍が残っており、その藍のなかに、痩せた月がひとつ、名残のように貼りついていた。


 野元喜八は、その月を一度だけ見上げてから、手にした韮山笠の顎紐を締め直した。


 二十になったばかりの、鹿児島の郷中で育った男である。背丈は人並みだが肩の幅だけが妙に広く、そのせいで筒袖を着ると袖付けのあたりがいつも突っ張ったが、この朝はその窮屈さすら、どこか他人事のように遠く感じられた。昨夜のうちに旅の装束は畳んで長持へ納めてしまい、いま身につけているのは、この一日のためだけに渡された戦支度である。


 袖を細く絞った筒袖に、脚へぴたりと沿う股引を穿き、その下には鎖帷子を着込んでいるので、身じろぎするたびに肌のすぐ内側で細かい金属が擦れ合う乾いた音がした。脛には革の脛当てを巻き、草鞋の紐は宿を出る前にもう一度きつく結び直してあって、腰には二本を差し、肩にはイギリス渡りの銃を担ぎ、弾薬を詰めた胴乱を斜めに掛けている。


 この格好で、これから江戸へ入るのだという。


(――ほんのこて、入っとじゃ)


 喜八は胸のうちでそう繰り返してみたが、繰り返してみたところで実感というものは少しも湧いてこず、ただ胴乱の革が寝汗を吸って重くなっていくのだけが、やけに生々しく感じられるばかりであった。


 本陣の前の広い土間には同じ支度の男たちが百人ほども詰めていたけれども、話し声というものがほとんど聞こえてこない。誰かが咳をすればその咳だけが天井の梁のあたりに反響し、あとは草鞋を履き直す音と、銃床が板壁に当たる鈍い響きが、ときおり思い出したように鳴るだけであった。


 昨夜、組頭から下された言葉を、喜八はまだ耳の底に置いている。


「よかか。行列に割って入る者、指を差す者、笑う者――誰であろうと容赦はいらん。耳をそぎ落とせ」


 組頭はそれを声高に言ったのではなく、むしろ明日の天気でも告げるような平らな調子で口にしたので、聞かされた側の腹の底のほうが先に冷えた。耳をそげというのは要するに斬れということであり、そのことを土間にいる誰もが承知していながら、承知したうえで誰ひとり何も言わなかった。


 喜八は、己の手のひらを見た。


 鍬を握って育った手である。父も祖父も郷士で、田を打ちながら刀を差してきた家であったから、示現流の稽古は幼いころから続けているし、立木を打つ音の良し悪しくらいなら聞き分けられる。だが人の耳をそいだことはないし、そがれた人間を見たこともなかった。


「喜八どん」


 背中から声をかけてきたのは、同じ組の岩下という男であった。喜八より三つ年上で、顔つきの割にはよく笑う男だが、この朝ばかりは笑っていない。


「江戸は、でけか町じゃっどな」


「京よっか、でけかち聞いちょっ」


「京は……あれは町ちゅうよっか、御所の周りに家が集まっちょるだけじゃっど」


 岩下はそう言って、それきり黙り込んでしまった。


 京…という一語が出たところで、喜八の胸の内側でずっと片づかずにいたものが、また少し首をもたげてくる。


 鹿児島を発ったとき、喜八は自分が何をしに行くのかを、はっきり分かっているつもりでいた。国父様が兵を率いて上られるということは、幕府の枠を正面から破るということであり、その先にあるのは討幕のほかにない――郷中の兄分たちは皆そう言っていたし、喜八自身もそう信じてこの草鞋を履いたのである。


 ところが京へ着いてみると、命じられたのは辻に立つことであった。


 三条の橋の袂に日が暮れてから提灯を提げて、ただ立っている。誰何もするな咎めるなと言われ、道を尋ねてきた老婆に丁寧に教えてやったこともあれば、通りかかった町の女に会釈を返されたこともあって、そのうち「薩摩様」と呼ばれるようになった。


 悪い心持ちではなかった。


 むしろそれは喜八がこれまでの二十年で味わったことのない種類の温かさで、夜半に交代して宿へ戻る道すがら、自分がこの国の役に立っているのだという感覚が、体のなかにじんわりと残っていたりもしたのである。


 だが、それは討幕ではない。


(討幕の兵が、提灯ば提げて辻に立っちょったか)


 その一行が、京を発ってからずっと喜八の腹の底に沈んだままになっていて、東海道を下るあいだに幾度も浮かんできては、答えの出ぬまま沈み直していく。答えを持っている者があるとすれば乗物のなかのあの御方だけであろうが、喜八のような下の者に国父様の腹の内など分かるはずもなかった。


  *


 卯の刻を回るころ、先頭のほうで低く短い声がひとつ上がり、それが出立の合図であった。


 行列は、驚くほど静かに動きはじめた。


 喜八がこれまで見てきた大名行列というものは、まず音から始まるものである。先触れの声が響き、槍持ちの掛け声が調子を取り、人足たちの足並みがそれに合わせて揃っていって、沿道の見物人がどよめき、子供が走り、犬が吠える。行列とは要するに、格式を目と耳で見せつけるための盛大な催しにほかならなかった。


 この朝の行列には、その音が一つもない。


 囃子もなければ掛け声もなく、旗指物こそ立ててはいるものの、それを振り立てて見せる者もいなかった。ただ無数の草鞋が土を踏みしめる音が地面を通して足の裏から伝わってきて、そこへ鎖帷子と銃身と刀の鐺とが擦れ合う細かい金属の音が、絶えず薄く重なっていくばかりである。


 喜八はその音のなかを歩きながら、これは行列ではないのだと、はっきり理解した。


 行列というものは見せるためのものであるが、いま自分たちが組んでいるこの隊形は、見せるためではなく、いつでも止まっていつでも向きを変えていつでも撃つためのものであった。前後の間隔も、荷駄の置き場所も、それを守る者の配置も、すべてがその一事のために組まれているのである。


 そのことに気づいたとき、喜八の掌はじっとりと湿った。


 湿った掌で銃の負い革を握り直しながら、この若い郷士は、ようやく腹の底のわだかまりに一つの形を与えることができた。


(おいどんは、討幕の兵ではなか。……じゃっどん、戦をしに行っちょる兵ではあっ)


 その二つが同じものではないということを、喜八はこの朝、生まれて初めて知ったのであった。


二

 高輪の大木戸のあたりは、朝のうちからおびただしい人出になっていた。


 海沿いに一本きり通っている街道の、その両側の家並みの軒下という軒下に人が詰め、荷車を横づけにしてその上へ乗る者があり、庇へよじ登っている者まであって、大木戸の石垣の上には子供が数人、猿のように並んで腰かけている。梅雨の晴れ間の日ざしは朝から容赦がなく、海のほうからの風が絶えず吹き抜けていくというのに、集まった人の熱で通りの空気はもう温んでいた。


 芝口で指物を業としている宗吉も、その人だかりのなかにいた。


 十一になる倅の太一が、どうしても見たいと言って聞かなかったのである。仕事場を半日空けることにはなるが、薩摩の御大身が千の兵を連れて江戸へ入るなどという話は宗吉が生まれてこのかた聞いたためしがなく、見ておいて損はあるまいという算段も、半分ほどはあった。


「父っつぁん、まだかい」


「せっかちなやつだ。お大名の行列ってのはな、待つのが半分よ」


 宗吉はそう言って、倅の頭を軽く小突いてやった。


 周囲は、朝から陽気なものであった。どこの誰が誂えたものか団子を売る者が人だかりの外を回っており、その脇では冷や水売りが声を張り上げていて、薩摩の芋の話をして笑っている一団があるかと思えば、その隣では去年の暮れの押し込みの話がなぜか蒸し返されている。誰ひとりとして、これから起きることを恐れてはいなかった。江戸の町人にとって大名行列とは見物であり噂の種であり、要するに一日の暇つぶしなのである。


「なんでも、鉄砲を担いでるってぇ話だぜ」


「よしとくれ。鉄砲担いだお大名なんざ、聞いたこともねえや」


「聞いたことがねえから、こうして見に来てるんじゃねえのかい」


 笑いが起きて、その笑いが波のように後ろへ伝わっていった。


  *


 その笑いがいつ止んだのかを、宗吉は後になっても思い出すことができなかった。


 最初に変わったのは、音であった。街道の南、品川の方角から地鳴りのような低いものが伝わってきて、それは太鼓でもなく掛け声でもなく、ただ低く途切れない、ざあ、という続き方をしている。宗吉は最初それを潮騒だと思った。海が近いのだから風の向きが変われば波の音も届く。


 だが、その音は近づいてきた。


 近づくにつれてそれが無数の足音であることが分かってきて、そこへ金物の擦れる細かい響きが混じりはじめる。


「――来たぞ」


 誰かがそう言い、人だかりが一斉に爪先立った。太一が袖を引っ張って肩へ乗せろとせがむので、宗吉は倅の脇へ手を差し入れてひと息に担ぎ上げてやった。


 最初に見えたのは、丸に十の字の幟である。


 旗が来て、それから人の先頭が現れて、群衆の口から待ちかねていた歓声が上がりかけて――途中で消えた。


 なぜそうなったのかを、宗吉はその場でうまく言葉にできなかった。ただ自分の喉の奥でも、声になりかけた息が行き場を失って、そのまま胸のほうへ戻っていったのである。


 行列が、笑っていなかった。


 そういう言い方しかできない。歩いてくる男たちの誰ひとりとして沿道を見ておらず、これだけの人が詰めているのに目を向ける者がない。彼らの目はまっすぐ前へ据えられていて、その据わり方が朝の日ざしのなかで妙に暗く沈んで見えた。


 装束にしても、江戸の者が知っている大名行列のそれではなかった。派手な羽織も揃いの草履も飾り立てた槍持ちもおらず、袖を絞った着物に股引という、宗吉から見れば職人か火消しの動きやすい格好に近いものを着て、その上から刀を差し、肩に長い筒を担いでいる。


「父っつぁん」


 肩の上から、太一が小声で言った。


「あれ、鉄砲だよね」


「……ああ」


「なんで、みんな持ってるの」


 宗吉は答えなかった。答えられなかったのである。


 通りは、静まっていた。あれだけ人が詰めていながら団子売りの声まで消えてしまって、聞こえるのは地面を踏みつけていく無数の草鞋の音と、それに重なる金属の細かい擦れだけになっている。その音は途切れることなく続き、続いているうちに宗吉は、自分の心の臓がその足並みに合わせて打ちはじめているような気がしてきた。


 息を詰めているのは自分だけではなかった。左隣の煙草屋の隠居も、右で荷車に乗っている魚屋も、皆が同じように口を半開きにしたまま通り過ぎていく列を見ており、誰ひとり指を差そうとはしない。差せば何かが起きるということを、この場にいる者は誰に教えられるでもなく理解していた。


 行列は、いつまでも終わらなかった。


 人の列が切れて荷駄が来て、荷駄が過ぎるとまた人の列が来る。それが幾度も繰り返されるうちに宗吉は肩の上の倅の重みで腕が痺れてきたが、それでも下ろすことができないでいた。


 太一が、耳元でぽつりと言った。


「ねえ、父っつぁん。あの人たち、なんで江戸に来るの」


 宗吉は乾いた唇を一度舐めてから、ようやくこう答えた。


「……お上に、何か言いに来たんだろうよ」


「言いに来るのに、鉄砲がいるの?」


 宗吉はそこで返す言葉を失い。そのまま、この指物師は最後の列を見送った。列の尾が大木戸を抜けて江戸市中へ入っていき、通りにようやく人のざわめきが戻ってきたころには日はもうずいぶん高くなっていて、宗吉の背中は汗でぐっしょりと濡れていた。


 その晩、宗吉は仕事場の道具をいつもより丁寧に片づけたが、なぜそうしたのかは自分でもよく分からなかった。


三

 安西平助は、大木戸から少し離れた札の辻の角に立って、その列を数えていた。


 徒目付から使番格へ引き上げられて、まだひと月にも満たない。引き上げられたといえば聞こえはよいけれども、実際にこの男が命じられたのは、街道へ出て薩摩の行列に法度を説くという、はじめから空の袋を担ぐような役目であった。


 小田原で追い返され、神奈川で追い返されて、二度ともこの男は何ひとつ動かすことができなかった。


 そして三度目に命じられたのが、この入府の見届けである。止めよとは言われていない。止められぬことは江戸城の誰もが承知していて、ただ見て、書き取って、上げよという役目であった。


 平助はそれを不服とは思わなかった。この十数年、市中の風説を拾っては書いて上げるというそれだけを愚直に続けてきた男であるから、書き取るという行いにこの男はもう疑いを持っていない。書いたものが誰の目に触れるかは自分の与り知らぬことであり、与り知らぬからこそ、正確に書くほかにできることがなかった。


 平助は、矢立と紙を懐から出さずにいた。


 人前で書けば目立つし、目立てばあの列のどこかから誰かが出てくるかもしれない。だから頭のなかだけで数えることにして、この男は札の辻の角に立ちつくしていたのである。


  *


 まず、人を数えた。


 十を五つで五十、それを一つの束として指を折っていく。平助のような役目の者にとって、人を数えるのは息をするのと変わらない所作であった。二十の束を折り終えたところで、行列はまだ続いている。


 ――千。


 その数が出たところで、平助は一度、目を閉じた。


 千という数は、街道で久光本人から聞かされていたものである。参勤の途にある大名が供を連れるのは法度の内であり、して幾人までが供で幾人からが軍勢か、と、あの男は問うた。書き付けはあるかと問われて、平助は答えられなかった。答えられぬまま、いま江戸の町のまんなかで、その千を自分の目で数え終えたことになる。


 次に、平助は装束を見た。ここからがこの男の本領である。


 筒袖に股引は職人の作業着に近いが、袖口の始末が明らかに違っており、紐で締められる拵えになっていた。刀を振っても袖が邪魔にならぬようにしてあるのだと、平助はそう見当をつけた。


 笠は二種あって、漆塗りの陣笠を被っている者と、渋紙を貼り固めたらしい軽そうなものを被っている者がある。後者はおそらく折り畳めるのであろうから、長い行軍を前提に誂えた品ということになる。


 胸から腰にかけて革の袋を斜めに掛けている者が多いのは、弾薬入れであろう。ということはあの筒には、いま弾が込められていないだけで、込める備えのほうは常に身につけているという理屈になる。


 そして、着物の下である。


 平助は、行列が一度だけ足を止めたときにそれを見た。前を行く男の背が、動くたびにわずかに引き攣れるような動き方をしたのである。生地の下に、生地でないものが入っている動きであった。


 『――鎖を着ておる』


 平助は、頭のなかの紙にそう書き入れた。


  *


 人の列が途切れて、荷駄が来た。


 馬に負わせたものと人足が担ぐものと車に載せたものとがあり、平助はそれも数えはじめて、数えながら、あることに気づいた。


 長持の丈が、揃っていないのである。


 大名の荷というものは格式を保つために誂えが揃っているのが常で、同じ寸法、同じ塗り、同じ紋を用いるのが江戸へ入るときの体裁であった。ところがこの列の長持には、明らかに他より長いものが混じっている。


 平助はそれを数えて、八棹あることを確かめた。


 長いだけではなかった。担ぐ人足の数が多く、その人足の足の運びが他の長持を担ぐ者たちと明らかに違っていて、歩幅が短く、腰が落ちていて、担ぎ棒の撓り方が重い。


 中身が重いのだ、と平助は思った。重くて、長い。


 それが何なのか、平助には考える必要がなかった。それだけの材料を持たないからだ。平助の役目は、見たものをそのまま記すこと。意味を決めるのは、城の内にいる御方たちの仕事である。


 平助は、頭のなかの紙にこう書いた。


 ――荷駄のうち、他の長持より丈の長きもの八棹あり。担ぎ手の腰の落ち方、他と異なる。


 その一行がどれほどのものであるかを、書いた当人はまるで知らずにいる。


  *


 行列の尾が通り過ぎて、通りに人の声が戻ってきたころ、平助はようやく角から歩き出した。歩きながら懐の矢立を出し、覚えたことを順に書きつけていった。そして、自分の手がわずかに震えていることに気がついた。


 恐ろしかったのではないし、法度が破られたことに憤っているのでもない。この男の腹には、そういう大きな感情がもともと薄かった。


 震えている理由は、もっと即物的なものである。


 この十数年、平助は町の噂を拾って書いてきたが、噂というものは伝わるあいだに必ず削れ、削れたところへ別のものが埋まるので、平助の書くものにはいつもどこかに、確かめようのない部分が残っていた。


 今日書いたものには、それがない。千という数も、鎖の動きも、丈の合わぬ八棹も、すべてこの目で見たのである。


 平助はこのとき、生まれて初めて、自分の書いた覚書が本当に重いものであるという実感を持った。そして、その重い一枚を持っていく先がいまの江戸城のどこであるのかを考えたとき、この男の足取りは、また少しだけ鈍くなった。


四

 同じ日の夕刻、江戸城の評定の間には四人が座っていた。


 梅雨の合間の晴れが一日続いたあとで、庭の土は昼のうちに乾ききっており、その乾いた土の匂いが開け放した障子の向こうから微かに流れ込んでくる。夕日は濠の水面で細かく砕けていて、その照り返しが天井の板目のあたりまで届くものだから、部屋の上のほうだけが妙に明るく揺れていた。


 堀田正睦の右隣は、この日も空いたままである。安藤対馬守の座は、もう幾月も主を持たぬままで、この城の誰も、そこへ誰かを据えるという話を口にしなくなって久しかった。


 最初に口をひらいたのは、末席の酒井雅楽頭忠績であった。


「――入ったでござるな」


 誰への問いというわけでもない言い方であった。


「はっ。使番格・安西平助の復命によりますれば、水無月七日の巳の刻に高輪大木戸を通過し、大名小路の薩摩藩上屋敷へ入りましてござる」


 答えたのは、板倉勝静である。


「人数は」


「およそ千と」


「およそ、とは何じゃ」


「安西が数えましたる数にござる。千に幾ばくか欠けるか、幾ばくか超えるか」


 酒井はしばらく黙ってから、扇子の先で己の膝を一度だけ叩き、おもむろに顔を上げた。


「周防守どの。武家諸法度を、お持ちか」


「持たずとも、覚えておりまする」


「では申されよ。大名が御公儀の許しを得ずして兵を率い、江戸へ入ること――これを法度は何と定めておる」


「……禁じておりまする」


「禁じておるのだな!」


「はっ」


「ならば、なぜ入っておる?」


 その問いに、板倉はすぐには答えなかった。答えを持っていないからではなく、それを口にした瞬間にこの座で何かが決定的に終わってしまうということを、この男は正確に分かっていたからである。


「雅楽頭どの」


 板倉は、いつもの穏やかな声で切り出した。


「その法度を、どなたが執行なさりまするか」


「――何と」


「禁じてあることは某も承知しておりますし、二百六十年、諸大名がひとしく守ってまいったことも承知しております。……しかし、いま大名小路に入りましたる千を、どの役目の、どなたの手勢をもって城外へ出しまするか」


 酒井の顔から、血の気が引いた。


「そのようなことは、番方が――」


「大手前の番所に詰めておりまする者は、二十と少しにござる」


 そこで初めて、松平和泉守乗全が口をひらいた。この長身の男は、それまで庭の乾いた土をずっと眺めていたのである。


「城内の番方を全て動かして三百に届くか届かぬかで、そのうち実際に持ち場を離れられる者は半分にも足りませぬ。江戸府内の御先手組を残らず集めれば数のうえでは並びましょうが、集めるに三日はかかりまする」


 和泉守の声には抑揚というものがほとんどなく、この男は勘定を読み上げるのと同じ調子でそれを述べていた。


「三日でござるか」


「そうでござる。そして、その三日のあいだにあちらは動きます。あちらの千は既に一箇所へ集まっており、既に得物を持っておりますゆえ」


 酒井は口をひらきかけて、そのまま閉じた。


「……和泉守どの。それは、つまり」


「止められませぬ、と申しております」


 その一言が部屋の畳の上へ落ちて、誰もそれを拾おうとしなかった。


  *


 しばらくのあいだ、庭の音だけが聞こえていた。濠の向こうで鳶が鳴き、その声が思いのほか遠くまで抜けていって、夕日はもう低く、天井で揺れていた照り返しはいつのまにか消えている。


 酒井忠績は、膝の上で拳を握っていた。


 この男の言うことは、何ひとつ間違っていない。そのことは、この座にいる全員が承知していた。

法度は書かれている。


 書かれている以上、守らねばならない。守らせるのが御公儀の職分である。


 だが、法度は守らせる力があってこそ法度なのだ。力を失えば、ただの紙にすぎない。


 そして、この男を打ちのめしていたのは、その力が今日失われたということではなかった。もっと悪いことに、酒井忠績はいま、こう気づいてしまっていたのである。


(……いつから、なかったのだ?)


 昨日まではあった力が今日になって消えたのなら、まだ話は分かる。誰かの失策を責めることもできようし、取り返す道を考えることもできよう。だが二十と少しの番所と、集めるに三日を要する御先手組というのは、今日はじめて出てきた数ではあるまい。


去年もそうだった。十年前も、おそらくそうだった。ただ、誰も試さなかった。試す者がいなかったから、法度は法度の顔をしたまま、二百六十年ものあいだ棚に載っていたのである。


 今日、試されて…なかったことが分かった。それだけの話であった。


「……備中守どの」


 酒井が、上座へ向かってしぼり出すように言った。


「何ぞ、お言葉を賜りたい」


 堀田正睦は、そのとき袖で口を押さえていた。この人物はこの評定のあいだ一言も発しておらず、それは咳をこらえるのに精一杯であったからでもあるし、こらえていなければ言うべきでないことを言ってしまいそうであったからでもある。


 堀田は袖を下ろし、しばらく畳の目を見てから、静かにこう言った。


「……安西を、労うてやりなされ」


「は?」


「あの者は三度、命じられて出ておりまする。二度は追い返され、三度目はただ数えて参れと申しつけられた」


 堀田はそこで一度、乾いた咳をした。


「三度とも、あの者は言われた通りに致した。……この城でそれができておる者が、あと何人おりましょうな」


 誰も答えず、その日の評定は結論というものを一つも生まないまま、日が落ちるとともに散会した。


五

 大名小路の薩摩藩上屋敷は、江戸城の大手前から目と鼻の先にある。


 濠を隔てて櫓の白壁がすぐそこに見えるという場所で、門を潜って振り返れば、屋根の向こうに城の輪郭がそのまま乗っていた。この屋敷を構えた先代たちが何を考えてこの地を選んだのかを、島津久光は乗物を下りたその瞬間に、あらためて噛みしめていた。


 庭では入府に合わせて手入れをさせたらしい松が、傾いた日を受けて濃い影を落としている。江戸の土は鹿児島のそれよりも黒く湿りが強くて、踏むと足の裏に妙に吸いつくような感触があった。


 久光はその庭を横切りながら、供の者へ短く命じた。


「兵は、屋敷から一歩も出すな」


「はっ」


「明日も、明後日もじゃ。用んある者(むん)だけ名を書いて出せ。帰りも書かせ」


「……国父様。市中の見物すら、許されもはんか」


「許さん」


 久光の声は、少しも高くならなかった。


「江戸の者に、薩摩は乱暴じゃと思わすっな。思わせたら、そん時点で負けじゃ。……儂は、静かに勝ちに来ちょっ」


 供の者は深く頭を下げて、下がっていった。


  *


 その夜、屋敷の一室では大久保一蔵が帳面をひらいていた。


 行灯の灯は明るくしてある。この男は暗いところで書くのを好まない。長身の背をわずかに丸めて、筆の先を舐めるような癖のある動きで、次々に行を埋めていた。


「小松どん。老中方への使いは、明日の朝いちばんじゃ」


「板倉様と、堀田様にごわすか」


「まずは板倉様じゃ。堀田様は体を悪うしておらるっと聞いちょっで、使いを立てて断られれば、こちらの勢いが削がれっ」


「……なるほど」


 小松帯刀は、部屋の隅で脇息にもたれるようにして座っていた。


 この若い家老は、江戸へ入るまでの十日ほどで目に見えて痩せている。顔色は蝋のように白く、座るときには必ず一度、下腹のあたりをかばう仕草をするのだが、それでいて今日の荷の割り振りから宿の手配まで、すべてを自分の目で確かめてからようやく床几を下りていた。


「一蔵さぁ」


「なんじゃ」


「勅使様の御宿は、麻布に決まりもした。兵は二百」


「二百も要っか」


「要りもす。……幕府は、必ず引き離しに来もんど」


 大久保はそこで初めて筆を止め、この痩せた男の顔をじっと見た。


「……小松どん。おはんは江戸へ着いた途端に、ずいぶんと先を読むごたっなったな」


「そげんこっではごわはん」


 小松は薄く笑ったが、病人らしい力のない笑い方であった。


「読んじょっとではのうて、数え直しちょっとです」


「何を」


「……こいまでのことを」


  *


 小松帯刀は、頭のなかに一つの帳面を持っている。


 その帳面にはこの二月ばかりのあいだに起きたことが順に書き込まれているのだが、どの行も閉じられていなかった。


 一行目には、伏見に集まった四十人が、所司代の手勢では押さえらないはずの人数が、押さえられたということ。


 二行目には、押さえた手柄が丸ごと所司代へ渡り、渡ったあとで薩摩が市中の取締りを命じられ、辻に立つことになったこと。


 三行目には、国父様が無位無官の身でありながら参内して建白を差し上げることができ、その取りなしをした御方がおられたこと。


 四行目には、朝廷が勅使を立て、その勅使を薩摩が護衛するという形が、驚くほど滑らかに整ったこと。


 そして今日、五行目が加わった。


 ――江戸へ、何一つ邪魔が入らずに入れた。


 小松は、この五行目が一番おかしいと思っていた。


 箱根では役人が気圧されて通し、小田原でも神奈川でも幕府の使者が来て、来ただけで帰っていった。江戸へ入る当日にいたっては、番所の者が道の脇へ寄って頭を下げていたという報告まで上がっている。


 武力に屈したのだと大久保は言うであろうし、実際、多くの者はそう受け取っていた。


 だが、と小松は思うのである。


(――幕府は、一度も本気で止めに来ておらん)


 止めようとして失敗したのならば、そこには必ず失敗した痕が残る。人が斬られるか荷が改められるか、少なくとも道の上でひと悶着は起きるはずであった。


 ところが、痕がない。街道の宿場も関所も番所も、まるで前もって申し合わせがあったかのように、薩摩の行列の前で自ら開いていったのである。


(……幕府には、初めから止める力がなかったのか。それとも――)


 その先を、小松は言葉にしなかった。したところで材料がなく、妙だと言えるだけで証しは一片も持ち合わせていないのである。


「一蔵さぁ」


「なんじゃ」


「江戸に着いてしもうた」


「着いたな。当たり前じゃ」


「……当たり前で、ごわしたか」


 大久保はその問いに苛立った顔をしなかった。この男は小松のこういう物言いを決して軽んじないが、そのかわりに、いま己が向かっている先と関わりがないと判断したときには、そのまま置いていく。


「小松どん。おいは明日、板倉様のところへ行っ」


「はい」


「行って、後見職の一件を通す。そうしたら次は総裁職じゃ。……そん先のことは、そん時に考えっ」


「……そうでございもすな」


 小松はそれ以上は言わずに、脇息へ深くもたれ直して目を閉じた。


 閉じた瞼の裏に、京の近衛邸で襖越しに聞いた、あの寸分たがわぬ長さの間が、また戻ってくる。


(答えは初めからそこにあって、間のほうだけが後から置かれちょる――)


 あの日からこの男の帳面には、閉じられぬ行ばかりが増えつづけていた。


六

 麻布の寺は、高台の斜面に沿って建っていた。


 境内には大きな銀杏が一本あって、その葉が梅雨の湿りをたっぷり吸い、青くねっとりと重なり合っている。江戸城の周りとは違ってこのあたりは夜になると人の気配がすっかり絶えるらしく、日が落ちてからは、坂の下の町屋の灯がまばらに見えるばかりであった。


 勅使・大原重徳は、その寺の書院に通されている。


 部屋そのものは悪くない。畳は替えたばかりらしく青い匂いがまだ残っていて、床の間には季節の花が生けてあり、膳も過不足なく整えられていた。幕府が用意した宿として、非礼といわれるところは一つもない。


 大原はその膳をほとんど手つかずのまま下げさせて、脇息にもたれていた。


 六十を過ぎた老公家である。眉が太く、目は落ち窪んでいるものの、その奥の光は年に似合わず強い。若いころからこの男は幕府に対して一歩も引いたことがなく、安政の年に条約の勅許を求めて幕府が押してきたときには、八十八人の公卿を率いて御所へ列参してみせた。その一件で謹慎を蒙り、四年を無為に過ごすことになったのである。


 その謹慎が解けたと思えば、今度は勅使であった。


(……天が、わしを使うておられる)


 その思いが、この男の胸を今日ずっと熱くしていた。


 東海道を下るあいだ、宿場という宿場で人が道の脇に伏せ、関所の役人が頭を下げ、幕府の使者が言葉に詰まって帰っていった。それらのすべてが大原には、朝廷の御威光がこの国へ戻りつつある証しに見えたのである。


 いや、御威光だけではなかった。己の声が届いているのだ。四年のあいだ誰にも呼ばれず、屋敷の内で古今集を写して過ごしてきたこの身の声が、いま天下を動かしている。


 大原はそのことに酔っていたし、そのことを恥じてもいなかった。


  *


 その酔いが静かに醒めていったのは、夜半に近いころであった。


 厠へ立とうとして廊下へ出ると、そこは暗く、雨戸は閉じられていたが、節穴から外の明かりが細く漏れている。篝火であった。


 大原は雨戸のわずかな隙間から、外を覗いた。


 境内の三方に篝が焚かれており、その明かりの輪のなかに、丸に十の字の羽織を着た男が二人ずつ立っている。動かず、話もせず、銀杏の葉が風に鳴るたびに、その影が地面の上で揺れるばかりであった。


 美しい光景だ、と大原は最初に思った。朝廷の使者をこれほど手厚く守っているし、天下広しといえども、いま朝廷のためにこれだけの兵を出す家がほかにあるものか。


 だが、そう思った次の瞬間に、この男の胸のうちをまったく別の考えがよぎった。


 『内を、向いておる』


 境内の兵は、門の外を見張っているのではなかった。三方に立った男たちの体の向きが、いずれもわずかにこの書院のほうへ寄っているのである。門を守るならば背を寺へ向けて外を見るはずであるのに、彼らは外と内の両方が見える角度に立っていた。


 大原は雨戸から目を離し、それから、この日の昼のことを思い出した。


 昼過ぎに、幕府の役人が二人この寺を訪ねてきたのである。勅使様のお世話は御公儀にて万端整えまするゆえ、薩摩の兵はお引き取り願いたい――そういう申し出であった。


 あのとき、大原は自分で断ったつもりでいた。


 幕府の内には尊王を騙る過激の徒が潜んでおるゆえ、勅使の身を守るのは薩摩の兵でなければならぬ、と言い放って役人を追い返し、そのときには胸のすくような心持ちがしたのである。


 だが、いま思い返してみると、あの言葉は自分で考えたものであったろうか。


 道中のどこかで、薩摩の者から同じ理屈を聞かされた覚えがあったし、品川の宿でも聞いた。誰が言ったのかまでは思い出せないが、言われたときには、なるほどそのとおりだと思ったのである。


(……わしは、果たして自分の言葉で断ったのか?)


 その問いが立ち上がってきたとき、大原重徳は廊下の暗がりのなかで、しばらく動けなくなった。


  *


 書院へ戻って座り直すと、行灯の灯が畳の上に自分の影を長く伸ばしていて、その輪郭がいやに頼りなく見えた。


 この男は決して愚かではない。そうあれば八十八人を動かすことなどできはしない。ただこの四年のあいだ、考えるべきことを考えずに済んでしまっていた。誰にも呼ばれぬ身には、考えるべきことがそもそも訪れてこないからである。


 いま、それが一度に訪れていた。


 『――なぜ、わしなのか』


 朝議で己の名が出たとき、大原はそれを当然のことと受け取った。幕府に一歩も引かぬ気概を持つ者がいまの堂上にどれほどある、自分をおいて誰がある…と。


 だが、いま考えてみれば、その名を推したのは関白・九条尚忠であった。


 九条は親幕府の御方である。四年前、自分が列参して勅許を阻もうとしたとき、真っ向から相対したのがあの老人であった。その九条が、なぜいま自分を推す。


 推された自分は、いま薩摩の千の兵に守られて、江戸の高台の寺に座っている。


 守られているのか、囲われているのか。


 『――どちらでもよいのだ』と大原は気づいた。


 どちらであるかを、自分では選べない。それがこの二月ばかりのあいだ、ずっと自分の置かれていた場所であった。東海道の宿場で人が伏せたのも、関所が開いたのも、幕府の使者が言葉に詰まって帰っていったのも、要するに自分の背後に千の兵があったからである。


 己の声が届いたのではなく、己の背後にあるものが届いていた。


(……では、わしは何じゃ)


 大原重徳はそこで初めて、その問いを己に向けた。


 六十余年、この男は自分が何者であるかを疑ったことがない。公家であり、尊王の士であり、正しいことを正しいと言う者である。そう信じて生きてきたし、その信念のために謹慎まで蒙った。


 いま疑われているのは、その信念そのものではなかった。疑われているのは、その信念を誰かが使っているのではないか、ということである。


 行灯の油が、じじ…と小さく鳴った。


 大原は長いあいだ動かず、そのまま、この老公家は腹の底に一つの結論を沈めた。


(……よい。誰の駒であろうと、読むのはわしじゃ)


(あの紙を、この口で読む。そのときに何をどう読むかは、誰にも渡さぬ!)


 それは負け惜しみに近い居直りであったけれども、この夜、大原重徳が己の手のなかに残せたものは、それだけであった。


 外では篝がまだ焚かれており、銀杏の葉が鳴りつづけ、坂の下では犬が一度だけ吠えて、そのあとは何の音もしなかった。


七

 一橋上屋敷の奥御殿では、庭の花菖蒲がこの数日でにわかに開いていた。


 紫と白の花弁が夕方の光を透かして薄く輝いており、池の面にはその色がそのまま溶け落ちたようににじんでいる。梅雨のさなかにあって今日は朝から一度も降らなかったので、日が傾いても地面の熱が引かず、縁側の板は素足に触れるとまだ温かかった。


 その座敷で、近衛糸子は御簾の内に座している。


 御簾の前に膝をついているのは、天朝物産会所の実務を回している善次郎であった。朝から市中を歩き通してきたらしく、額にはまだ汗の跡が残っている。


「――して、いかがでございましたか」


「は。高輪より大名小路まで、道筋を辿ってまいりました」


 善次郎は報告をするときに余計なことを言わない。見たものを見たとおりに述べ、分からぬところは分からぬと言う。商いの帳面を預かってきた者の律儀な癖であった。


「行列の長さは、およそ十町にわたっておりました。人数は千を下りますまい。装束は、大名の供というよりは……」


「よりは?」


「戦支度にございます」


「……なるほど」


 糸子は御簾の内で小さく息をついた。


 その気配を善次郎は聞き取ったが、それは安堵の息でもなければ驚いた息でもなく、予想していた形の絵が予想していたとおりに現れたときの息であった。


「もう一つ、御報せがございます」


「なんでございましょう」


「町の値が、動きませなんだ」


 善次郎は、そこで初めてわずかに身を乗り出した。


「千の兵が入れば、米も味噌も薪も、必ず値が跳ねまする。ところが今日、日本橋も神田も、昨日と同じ値で開いて同じ値で閉じましてございます」


「……買い付けを、していないのですね」


「はい。薩摩は江戸へ入りまして、市中で一銭も使うておりませぬ」


 御簾の内が、しばらく静かになった。


 兵を入れて、町で買わない。……ということは、要するに自前で持ち込んで、自前で食うということである。そこまで支度を整えている者が、長く居座るつもりであるのか、それとも短く済ませて帰るつもりであるのか。糸子の頭のなかでは、その二つの絵が同時に立ち上がって、静かに重なった。


「善次郎、ようございました」


「恐れ入ります」


「これからも、値だけを見ていてくださいまし。人の噂よりも、値のほうが嘘をつきませぬゆえ」


「承知いたしました」


  *


 善次郎が退がって、入れ替わりに障子の外から、遠慮がちな声がかかった。


「姫様。……沖田にございます」


「まあ。お入りなさいまし」


 障子を開けて入ってきた沖田総司は、稽古着ではなく普段の着流しで、そのぶん肩の細さがはっきりと見えた。この春から床に就く日が増えており、いまは朝のうちに庭で木刀を振るのを許されているだけの身である。


 その沖田が、今日にかぎって顔色が悪い。


「……沖田殿。まさか、出られたのですか」


「面目次第もございません」


 沖田は正座して、素直に頭を下げた。この人物は嘘をつかないし、言い訳もしない。


「町のほうまでは参っておりません。表の門から、四つ角の先までです。……あそこからでも、音は聞こえますので」


「葵が知ったら泣きますよ」


「もう泣かれました」


 沖田はそう言って、いつもの人懐こい笑い方をしかけたが、途中でその笑いを引っ込めた。


「姫様。一つだけ、申し上げてもよろしいですか」


「何でしょう?」


「歩き方が、違いました」


 糸子は、御簾の内で姿勢をわずかに正した。


「行列というものは、見せるために歩くものです。だから足並みを揃えますし、揃えるということは、そのことへ気を配っているということで、つまり周りを見ているんです」


 沖田は、そこで一度、浅く息を継いだ。


「あの人たちは、周りを見ていませんでした。前だけを見て、隣との間合いだけを取って歩いていました。……あれは、道場から出るときの歩き方です」


「道場から?」


「はい。稽古が終わって出るときではなく、これから立ち合いに行く者の歩き方です」


 御簾の内が、また静かになった。


 沖田はその静けさを気にしなかった。この男は、姫様が黙るときにはそれだけの理由があることを、もう何年も見てきている。


「……姫様」


「はい」


「あれが江戸に入ってきて、これから何が起きるんでしょうか」


 糸子はすぐには答えず、そのあいだに、庭のほうで風が花菖蒲の葉を撫でていく音がした。


「……何も、起きませぬ」


「何も…ですか」


「はい。斬り合いもございませぬし、火も出ませぬ。……しばらくは、紙のやり取りだけでございます」


 沖田は、その答えをしばらく噛んでいた。それから、ふっと肩の力を抜いて笑った。


「そうですか。……よかった」


 その一言に、糸子は不意を突かれた。


 この男は、千人の兵が入ってきたことよりも、それで人が死ぬかどうかを先に知りたかったのである。糸子が思っていたよりもずっと単純で、ずっとまっすぐな理由であった。


「沖田殿」


「はい」


「早く、お戻りになってくださいまし」


「戻ります。木刀は毎日振っておりますので」


「振りすぎては、なりませぬ」


「……それは、少し難しいご注文でございますね」


 沖田はそう言って、今度こそいつもの笑い方をして、静かに退がっていった。


  *


 水無瀬実光がこの座敷へ顔を出したのは、日がとうに落ちてからであった。


 この男はこの数日、江戸の公家筋と幕府の役人筋とのあいだを、絶えず行ったり来たりしている。京から下ってきた者にしか通らぬ用向きというものが江戸には存外に多く、実光の細い体は、その細かな往復にすっかり使い減らされているように見えた。


「遅うになりまして、申し訳ござりませぬ」


「いいえ。……お顔の色が、よろしゅうござりませぬね」


「歩いてまいりましたゆえ」


 実光はそう言って、御簾の手前に膝を揃えた。


「この屋敷の表が、今日は少々騒がしゅうござります」


「表が」


「はい。……刑部卿殿が、薩摩からの使いを三度、お断りになったそうにござります」


 御簾の内が、静かになった。


「三度、でございますか」


「三度にござります。国父殿が江戸へお入りになってからまだ幾日も経ちませぬのに、既に三度」


 実光は、そこで一度言葉を切ってから、声を落とした。


「家中の者どもは、いずれも息巻いておりまする。外様の、しかも藩主ですらない者に担がれて職を得るなど、御一門の恥辱であると。……当の刑部卿殿は、書院にこもられて、どなたにもお会いにならぬそうにござります」


「……なるほど」


 糸子は、それだけを言った。


 言って、しばらく庭のほうの音を聞いていた。池では相変わらず蛙が鳴いており、その声は数えられぬほどに増えている。


  *


 この屋敷に住まうようになって、もう数年になる。


 表御殿と奥御殿とは、長い廊下と幾つもの中庭で隔てられており、糸子のいる一角へ表の者が入ってくることは、まずない。用があれば取次役が来て、書き付けを置いて帰っていく。それだけである。


 この数年、糸子は一橋刑部卿慶喜という人物の顔を、一度も見たことがなかった。


 声を聞いたこともなければ、廊下ですれ違ったことすらない。同じ屋根の下で、朝も夜も同じ庭の雨音を聞いているはずなのに、この二人のあいだには、数年ぶんの何もない時間だけが積み上がっていた。


 無礼をされているのではない。


 この一角を用意したのは幕府であって、慶喜ではない。老中の取り計らいで、朝廷の使者を一橋の屋敷に置くことが決まった。決まったものが送り込まれてきただけである。慶喜にしてみれば、断る理由もなければ、迎える理由もなかった。


 そして、そのうえで――あの御方は、意識して避けている。


 糸子には、それが分かっていた。


「実光殿」


「はっ」


「刑部卿殿は、わたくしにお会いになりませぬね」


「……はい」


「あれは、無礼ではござりませぬ」


「左様にござります」


 実光は、少しも言い淀まずに答えた。この男もまた、同じことを考えていたのである。


「御用心にござりましょう。朝廷の使者を屋敷に置いておるというだけで、既に人の口には上っておりまする。そこへ、当の使者と親しゅう行き来などなさいましたら――」


「一橋は、朝廷と通じておると申されまする」


「はい」


 糸子は、湯呑みを膝の脇へ置いた。


「その噂が立てば、あの御方が後見職に就かれたときに、二つの汚名が同時につきまする。薩摩に担がれた、朝廷に取り入った、と」


「……よく、お分かりで」


「分かるも何も、わたくしがあの御方の立場でしたら、やはりお会いいたしませぬ」


 実光は、そこで小さく息を吐いた。


 この男が時折こういう吐き方をするのを、糸子は知っている。感心したのでも呆れたのでもなく、御簾の内から出てくる読みが、自分の予想より半歩だけ先にあったときの息であった。


「姫様。……一度、御自身でお会いになろうとは、思われませぬか」


「思いませぬ」


 返答は、早かった。


「なにゆえでござりましょう」


「聡い御方でございますゆえ」


 糸子の声は、いつもと変わらなかった。


「わたくしがお会いして、二言三言でも申し上げましたら、あの御方は必ずお気づきになります。この紙は薩摩が書かせたものではないと。……そこまで気づかれてしまえば、次に探されるのは、書いた者にござりましょう」


「……」


「会わぬほうが、よろしいのでございます。あの御方には、勅の中身だけを見ていただきとうございまする」


 実光は、それ以上は問わなかった。


 問わずに、畳の目へ視線を落として、しばらく黙っていた。


 この屋敷の表では、いま二十六の男が書院にこもって、外様に担がれる屈辱に耐えている。その男が数十日の後に受け取る紙は、この奥御殿の文机の上で、雨の降る幾日かをかけて書かれたものであった。


 書いた者と、受け取る者とが、同じ屋根の下にいる。


 そして、一度も会ったことがない。


 実光は、その事実の形を、しばらく頭のなかで持て余していた。


  *


 実光が退がったあと、糸子は灯を落としたまま、しばらく縁側に近いところに座っていた。


 池のほうで、蛙が鳴いている。


 この一日に江戸で起きたことを、糸子はほとんど正確に思い描くことができた。品川で兵が装束を改め、高輪で人が黙り、城の評定の間で法度が紙になり、大名小路で帳面が一行増えて、麻布の寺で老公家が眠れずにいる。そのどれもが、こちらの筆の届く先にあるのだった。


 そして、この屋敷の表には、まだ何も知らぬ男が一人いる。


 あの御方は、いま己の誇りのことだけを考えておられるはずであった。薩摩に借りを作りたくない、担がれた男と呼ばれたくない――その一事に、あれほどの頭のすべてを費やしておられる。


(……お気の毒でございますね)


 糸子は、胸のうちでそう呟いてから、その呟き方が我ながらいささか薄情であることに気づいて、少しだけ心のなかで詫びた。


 けれども、書き直すつもりはなかった。


 あの御方が欲しがっておられるのは、薩摩に借りを作らずに職を得ることである。勅を下せば、その望みはそのまま叶う。そのうえで、その紙にはもう一行が書き添えてあって、その一行が何を持っていくかは、受け取ってみるまで誰にも分からない。


(……あと、十日ほど)


 糸子は胸のうちでそう数えて、それから、自分がその数を数えていることに少し呆れた。


 久光は勝ちに来ており、大原は読みに来ており、幕府は耐えに来ている。三者三様にそれぞれの勝ち負けを数えながら、同じ一枚の紙のほうへ歩いてくるのだが、その紙はこの部屋で書かれたものであった。


 その紙のほうへ、この屋敷の表からも、一人が歩いてくる。


「皆さま、ようこそ江戸へ」


 声には出さずに、糸子は膝の上で手を組んだまま、蛙の声を聞いていた。


八

 同じ夜、江戸城の奥では、廊下という廊下に薬を煎じる匂いが薄く漂っていた。


 この匂いに大奥の者はもう慣れているし、匂いとして数えなくなって久しい。朝と夕の二度、それは決まった刻限に廊下を流れ、決まった刻限に薄れていく。庭に面した障子はこの時季どこも細く開けられていて、夜になると湿った土と青葉の匂いが、その薬の匂いと混じり合った。


 天璋院篤姫は、その匂いのする廊下を渡って自室へ戻ったところであった。


 二十七になる。近衛家の養女として将軍家へ入って、六年が過ぎていた。


 部屋には桐乃が先に灯を入れて待っている。


「お戻りなさりませ」


「うむ」


 篤姫は座り、しばらく何も言わなかった。


 今日、この大奥にも噂は届いている。届かぬはずがなかった。薩摩が千の兵を連れて江戸へ入ったという一報は昼を待たずに奥の隅々まで走り抜けており、夕方には御末の者までがひそひそとその話をしていた。


 そして、その噂の続きも一緒に走っていた。薩摩は、上様の後見を置けと求めているのだという。


「……桐乃」


「はい」


「今日、奥の者は何と申しておった」


 桐乃は少しためらってから答えた。


「……薩摩様は天璋院様の御実家でございますから、と」


「そうであろうな」


「悪しき意味で申しておる者は、おりませぬ。ただ……」


「ただ、皆が同じことを考えておる」


 篤姫はそう言って、庭のほうを見た。


 このひとには、いま自分がどこに立っているかがはっきりと見えている。


 己は島津斉彬の養女であり、その斉彬の弟がいま千の兵を連れて城の目の前まで来ている。己は近衛家の養女であり、その近衛家の姫君がいま一橋の屋敷にいて、朝廷の御用を務めている。そして己は徳川家定の正室であって、その夫はこの廊下の奥で、もう幾年も床に就いたままでいる。


 薩摩と、近衛と、徳川。この三つが今日、江戸で一つの場所へ向かって動きはじめたのであり、その三つのすべてに縁のある者は、この城のなかに自分ひとりしかいなかった。


  *


「桐乃」


「はい」


「後見という言葉は、どういうときに使うものであったかえ」


 桐乃が、息を詰めた。この側近は聡い女であるから、いま主が何を確かめようとしているのかをすぐに理解した。


「……家督を継ぐべき御方が幼くあられるとき。あるいは」


「あるいは?」


「……政を執るに、堪えられぬとき」


「そうじゃな」


 篤姫はそれきり何も言わなかったが、言う必要がなかったのである。


 後見を置けというのは、上様は政を執れぬと天下へ触れ回ることであり、後見を置けばその次に来るのは跡目の話にほかならない。薩摩が持ってきた紙には、夫の命の残りがそのまま書き込まれているのだった。


  *


 そこへ、御錠口のほうから使いが来た。


 表からの内々の伺いであるという。桐乃が受け取って戻り、膝をついたその顔つきが、行きよりも明らかに硬くなっていた。


「……表より、御伺いにございます」


「申せ」


「勅使様の御登城の砌、上様には大広間へ御出座あそばされるや否や――その一事を、まずは奥のお考えとして承りたいと」


 篤姫は、その言葉を二度、胸のうちで繰り返した。


 問われているのは形式であるが、答えは形式では済まない。上様が出られるとなれば、天下は将軍が自ら勅を受けたと見る。出られぬとなれば、天下は将軍が出られなかったと見る。どちらに転んでも、その一事は明日から江戸中を走るのである。


 そして、この問いを表が奥へ回してきたということは、表もまた答えを持っていないということであった。


「……桐乃」


「はい」


「上様は、今日の御様子はいかがであった」


「奥医師の申しますには、御脈はいつも通りにて、御食は昨日と同じほど、御眠りはよろしいご様子と」


 いつも通り。昨日と同じほど。よろしいご様子。


 この六年、篤姫が聞かされつづけてきた文言である。何ひとつ悪くなっておらず、そして何ひとつよくなっていない。


 篤姫は目を閉じて、しばらく動かなかった。


 大広間は遠い。奥からあの座まで、廊下を幾つ折れねばならないかを、篤姫は数えることができる。半刻は座らねばならず、その半刻のあいだ、勅使は朗々と紙を読み上げるのだ。


(……お出しすれば、天下は上様を見る)


(見て、そして――後見が要るのは真じゃと、その場で得心してしまう)


 夫を人前へ出すということは、もう政を執れぬということを、誰の目にも明らかにしてしまうということであった。守るために出すのに、出せば守れない。


 篤姫は目を開けた。


「桐乃。表へ、こう返しなさい」


「はい」


「――上様の御体は、奥にてお預かり申しておる。御出座の儀は、御容体を第一とし、奥はお勧め申し上げぬ、と」


 桐乃が、深く頭を下げた。


「……お勧め申し上げぬ、にございますね」


「そうじゃ。断るとは書かぬ。そうなれば、奥が政を止めたことになる」


 桐乃が退がっていく足音を聞きながら、篤姫はしばらく灯の前に座っていた。


 自分がいま何をしたのかを、この女は正確に分かっている。


 上様は出られない。ならば誰かが名代に立つほかなく、名代を立てるということは、上様の代わりが要るということであった。要するに自分は、夫を人前から守った代わりに、後見という言葉のほうへ、扉を一枚こちら側から開けてやったのである。


 守れば、失う。


 その二つが同じ一つの行いであるということを、篤姫はこの夜、はっきりと知った。


  *


 寝る前に、篤姫は夫の居室のほうへ足を運んだ。


 障子の外で膝をついて、なかの気配をうかがう。奥医師はもう下がっており、灯は落とされていた。


 寝息が聞こえてくる。浅く、間隔の長い、この六年ですっかり聞き慣れた息である。


 篤姫は障子を開けず、開けずにその場で長いあいだ座っていた。


 この人は政を執っていない。それは事実であり、そのことを篤姫は誰よりもよく知っている。老中たちの決裁は御側を通り、何も返ってこないことを御異存なしと解して、この城は回りつづけてきた。


 だが、それを外から言われるのと、内で黙って抱えているのとでは、まるで違うのだった。内で抱えているうちは、この人はまだ将軍である。外から言われた瞬間に、この人は政を執れぬ人になる。


(……上様。誰にも、そうは言わせませぬ)


 篤姫は胸のうちでそう呟いてから、自分がいま何と戦おうとしているのかを、正確に見定めようとした。


 薩摩と戦うのか。それは違う。薩摩は自分を育てた家である。


 朝廷と戦うのか。それも違う。近衛は自分を送り出した家である。


 では、何と戦うのか。


 答えは出ないまま、篤姫は静かに立ち上がり、来た廊下を戻っていった。


 板は、この時季いつも湿って冷たい。素足に伝わってくるその冷たさを踏みながら、この女はふと一つのことを思い出していた。


 『――近衛家の姫君が、江戸におられる』


 文のやり取りは、これまでにも幾度かあった。近衛家の縁として、それは通例の範囲を出ないのだが、あの姫君から届く文はいつもどこか妙であった。時候の挨拶と、菓子の話と、京の庭の話。それだけしか書いていないのに、読み終えたあとになぜか、いま江戸で何が起きようとしているのかが分かったような心持ちになるのである。


 そういう文を、篤姫はこの数年で幾通も受け取ってきた。


 自室の障子を閉めながら、天璋院篤姫は灯の前でしばらく立ち止まり、それから静かに吹き消した。


 江戸の夜は、まだ長い。大名小路の屋敷では帳面がひらかれ、麻布の寺では老公家が眠れずにおり、一橋の屋敷では蛙が鳴いている。城の濠の水は動かず、その水面に痩せた月がひとつ映っていた。


 第百六十八話 了

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!


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