第百六十二話「京洛布陣編―名を刻む(後編) 」
一
紫野は、京の北のはずれにある。
洛中の喧騒から一里ばかり北へ上がっただけで、道の両側の家並みは急に低くなり、その向こうに畑と竹藪の緑が広がりはじめる。卯月も半ばを過ぎたこの時節、大徳寺の広い境内では楓の若葉が日ごとに厚みを増しており、朝のうちに降った通り雨の名残が、その葉の裏側で細かい珠になったまま残っていた。
参道の砂利は、水を吸って色を濃くしている。
両側に並ぶ塔頭の白壁は、雨に洗われたぶんだけ白さを取り戻していて、その白と若葉の緑とのあいだを、法要の鐘の音が時折わたっていった。臨済宗の大本山であるから、境内はどこまで歩いても人の気配が絶えないのだが、その気配はどれも静かなものであって、遠くの回廊を歩く僧の足音までが砂利を踏む音として耳へ届いてくる。
その本坊から離れた、奥まった一院がある。
参道からは見えない。塀に沿って回り込み、狭い露地をもう一度折れて、ようやく門にたどりつく。門といっても屋根のついた小さな枝折戸のようなもので、そこを抜けると、思いのほか広い庭が開けていた。手入れはされているが、造り込まれてはいない。苔の上に落ちた楓の若葉を、誰かが竹箒で一箇所へ寄せた跡だけが残っている。
その庭の奥に、石が一つ据えられていた。
庭のこの一角だけは、ほかとは草の生え方が違っている。据え付けのために土を掘り返したのが、まだ十日と経っていないからであった。掘った土は寺男が丁寧に戻したのだが、戻した土は掘る前の土とは決して同じにならず、その色の違いが、雨に濡れた朝ほど濃く出た。
その色の違うところの上へ、真新しい砂が薄く敷き広げられている。踏めば足の裏に音が返ってくるほど乾いた砂であって、庭のほかのどこにもない白さが、そこだけ小さく浮かんで見えた。
置かれたのは、つい三日ばかり前のことである。
高さは人の腰ほどで、形は整えられているが、装飾らしいものは何一つない。台座の周りには真新しい砂が敷かれ、そこへ据えられた石の肌には、まだ鑿の跡の匂いが残っているようであった。
そして、その面には何も刻まれていなかった。
名がないのである。
戒名もなく、俗名もなく、年月もなく、施主の名もない。石屋は幾度も念を押して確かめにきたのだが、そのたびに近衛家の家司は同じ返事を繰り返した。何も彫るな、と。
彫れぬのであった。
この石の下に迎えられる者たちが誰であるかを、京の役所は知らぬことになっている。伏見の一件を鎮めたのは京都所司代であり、その働きに対して帝の御言葉まで下ったのであって、そこに別の名が現れてしまえば、幕府へ渡したはずの手柄がその瞬間に崩れる。名を刻むということは、あの夜あそこに誰がいたかを石の上に書き残すということであった。
だから、名は刻まれない。
石屋が最後に尋ねにきたのは、据え付けの前の日であった。四十を越えた職人で、この寺の仕事を三代にわたって請け負ってきた家の主人である。無銘の石というものを、この男は生涯に二度しか手がけたことがなかった。
二度とも、身寄りのない者の墓であった。
だから、こんどもそういう話であろうと思って参上したのだが、案内された先が近衛家の家司の部屋であったので、この男はそこで算盤の珠が合わぬような顔をした。
「まことに、何も彫らんでよろしゅうござりますか」
「よい」
「せめて、建てられた年だけでも」
「それも要らぬ」
家司は、そう答えてから、少しだけ声を落とした。
「――代わりに、面を丁寧に磨いてくれぬか。触れたときに、手が痛まぬように」
石屋は、その注文の意味を測りかねた。
測りかねたまま帰って、翌日から三日のあいだ、この男は自分でも呆れるほどの手間をかけて石の肌を磨いた。刻む文字がない代わりに、そこへ置ける手のことだけを考えて磨いたのである。仕上がった石は、鑿の跡さえほとんど残らぬほどに滑らかであった。
その代わりに、と近衛忠房は考えたのである。
朝の五つを少し過ぎたころ、その庭へ、幾人かの男たちが入ってきた。
先頭は山南敬助であった。
この日は黒に近い紺の羽織を着ている。髷も丁寧に結い直されており、そういう身なりをすると、この男はいっそう手習いの師匠らしく見えた。庭へ入って石を認めると、山南はそこで一度立ち止まり、深く息を吸ってから、また歩きだした。
その後ろに斎藤一が続いた。
この男は、伏見の夜からこちら、ほとんど口をきいていない。無駄口を叩かぬのは元からの性分であるが、いまのそれは性分とは別のものであった。斎藤は庭へ入ってからも誰の顔も見ず、ただ石だけを見て、石の手前で足を止めた。
権藤凱山が、その隣に並んだ。
背筋のよく伸びた男である。長州から呼び戻されて此度の一件に加わり、裏庭で六人の包囲を閉じたのはこの男であった。海賀宮門という男の最期を、権藤はこの目で見ている。見たものについて、この男もまた一度も語っていない。
そして最後に、沖田総司が入ってきた。
歩き方が、いつもと違う。
右足を出すたびに、そこで一拍ずつ間が生まれる。左の脇腹をかばっているのが誰の目にも判るのだが、本人は杖を突くことをどうしても承知しなかった。顔の色は、まだ悪い。頬の肉が落ちたぶん、目ばかりが大きく見える。
この男はこの十日ばかり、刀を握っていない。
握れぬのである。右の手首から先が、まだ思うように締まらない。あの夜、この男が二階座敷で何をどれだけ振ったのかを、旭狼衛の誰も正確には知らず、知っているのは柱の陰で最後まで動かなかった斎藤一ただ一人であった。
その四人の後ろから、京組の隊士が十七人、無言で庭へ入ってきて、庭石を避けながら苔の上に並んだ。
誰も、話さなかった。
やがて露地のほうから、また別の足音が聞こえた。
僧が三人と、その後ろに近衛家の供の者が二人。そして、その二人に挟まれるようにして、一人の公家が枝折戸をくぐった。
近衛忠房であった。
直衣でもなければ烏帽子も被っておらず、目立たぬ色目の狩衣に袴という微行の姿である。左大臣がこの身なりでこの場所に立っているという事実そのものが、すでに一つの答えのようなものであった。
山南が膝をつき、他の者もそれに倣った。
忠房は、その並びを一度だけ見渡してから、石の前へ進んだ。
「面を上げよ」
声は、大きくなかった。
顔を上げた隊士たちの目に、公家というものを間近に見た者特有の落ち着かなさが浮かんだが、それもすぐに消えた。目の前に立っている人物の顔に、こちらを見下ろす色がまるでなかったからである。
忠房は、懐から一枚の紙を取り出した。
開いた紙には、七つの名が書かれている。
その紙を用意して近衛邸へ差し出したのは、山南敬助であった。
三日前、近衛邸から書き付けを求められたとき、山南は筆を持ったまま、四半刻ばかり動けなかった。
誰が、どこで、どのように死んだかを書けというのである。
書けぬ話ではない。あの夜のことは、この男の頭のなかに一分の狂いもなく残っている。実際に戦闘を見ていなくとも、遺された傷や死に様から、どのような斬り合いがあったのかは容易に想像できた。
だからこそ、書くのがつらかった。
持ち場を決めたのは自分である。船着場も、裏口も、土間と座敷の境目も、すべてこの男が絵図の上に指を置いて決めた。
書くということは、その指の置き方を一つずつ確かめ直すことだった。
それでも、山南は書いた。
書き終えて硯を片づけたとき、この男の指はまだかすかに震えていたのだが、震えていることを誰にも見せぬまま、翌朝にはいつもどおりの顔で道場の板敷きに立っていた。
僧が経を上げようと身じろぎしたのを、忠房は片手で軽く制した。
「その前に、読み上げる」
誰かが、息を呑んだ。
忠房は紙を目の高さまで持ち上げてから、読みはじめた。
「――轟鉄之助。伏見寺田屋の階段口にて、降りきたる田中謙助の一撃を大身の刀にて受けんとし、刀ごと肩口より胸まで断ち割られて死す」
声は、平らであった。
平らであるがゆえに、庭の隅々まで届いた。楓の葉から落ちた雫が苔を打つ音までが、その声のあいだに挟まって聞こえてくる。
「――浅黄隼人。土間と座敷の境目にて指揮を執りおり、鴨居の外へ半歩出でたるその一瞬、初太刀を正面より受けて死す」
浅黄という名が読まれたとき、隊士の列の後ろのほうで、誰かがわずかに膝を崩した。
「――山田幸助。裏口を封じおりしところ、秋月藩海賀宮門に柱へ叩きつけられ、怯みたるところを後続の者どもに次々と突かれて死す」
権藤凱山の顎が、そこで固く締まった。
海賀宮門を裏庭で包囲したのは、この男である。包囲を閉じるのがあと数呼吸早ければ、という考えを、この十日のあいだ、権藤は幾度も潰してきた。潰しても潰しても、同じ考えが同じ場所から生えてくる。
「――田中健蔵。船着場にて舟を沈めたる後、三人を相手取りたるが、苔に足を滑らせて水中へ落ち、そのまま斬られて死す」
山南の目が、そこでわずかに動いた。
あの船着場へ田中健蔵を置いたのは、山南である。舟を沈めよと命じたのも山南であり、命じたときには、あそこが最も安全な持ち場だと本気で考えていた。考えたうえで、間違えた。
「――佐藤勘兵衛。諸士調役。土間の漬物部屋の陰に潜みおりしところ、吹き抜けの二階より降り来たる者に、肩口より胸まで斬られて死す」
「――朽木弦一郎。二階へ上がりし沖田を追うて土間へ出でしところ、上より全体重を乗せて振り下ろされたる刀を居合にて迎えんとし、抜く間合いに足らずして、額より胸まで断たれて死す」
沖田総司の肩が、そこで一度だけ下がった。
あの土間で朽木弦一郎がいつ死んだのかを、現場にいた旭狼衛の誰も知らなかった。朝になって灯りが入り、土間の隅に転がっている姿を見つけて、はじめて判ったのである。追ってきたのだと、あとになって沖田は聞かされた。二階へ上がる自分を、追ってきたのだと。
「――鈴木源次。表通りにて腹を裂かれ、戦い終わりし後に京都試衛館へ運ばれたるも、夜明け前に息を引き取る」
紙が、静かに畳まれた。
庭に、しばらく何の音もしなかった。
鳥が一羽、楓の枝を蹴って飛び立ち、その揺れた枝から水滴がまとめて落ちて、苔の上で小さく散った。
忠房は、畳んだ紙を懐へ戻し、それから石のほうへ向き直った。
向き直って、そのまま膝を折った。
庭の空気が、そこで音を立てて止まったようであった。
左大臣である。五摂家筆頭の当主であり、この国の官位でいえば人の上に人がおらぬ場所に立っている男である。その男が、砂の上へ両の膝をついた。狩衣の裾が濡れた砂を吸って色を変えていくのを、隊士たちは息を止めたまま見ていた。
誰かが「なりませぬ」と言いかけて、言えなかった。
忠房は、石に向かって深く頭を下げた。
それから、顔を上げずに言った。
「その方らのおかげで、糸子の企てが一歩前へ進んだ」
声が、砂の上へ落ちていく。
「あの子の親として、また近衛家当主として、命を懸けてくれたその方らには、感謝という言葉だけでは…足りぬ」
忠房の背中は、動かなかった。
「よって近衛家の菩提寺に石碑を建て、厚く供養いたす。――恐悦に、存じ奉る」
最後の一言で、隊士の列のどこかから、抑えきれなかった息の音が漏れた。
その言い回しが誤りであることは、この場にいる誰よりも忠房自身が承知していた。奉るという語は、下から上へ向けるものである。公家の当主が、浪人あがりの死者に対して用いる語ではない。
承知したうえで、忠房はその語を選んだ。
選ばねば、足りぬと思ったからである。
線香の煙が立ちのぼるあいだ、庭はしばらく静まり返っていた。
やがて、山南敬助が音もなく膝をつき、両手を砂の上へ揃えて、深く頭を下げた。
その隣で、斎藤一が同じようにした。
権藤凱山が続き、沖田総司が、痛む脇腹をこらえながらゆっくりと腰を落とした。そして京組の十七人が、前の者に倣うのではなく、一人ずつ、それぞれの間で頭を下げていった。
誰も、声を出さなかった。
誓いの言葉を叫ぶ者はいなかったし、涙を見せる者もほとんどいない。ただ、砂の上へ手を揃えて頭を下げる男の数が、順に増えていっただけである。
その静けさのなかで、それぞれの胸に落ちたものは、感激とは違うものであった。
彼らは、名のない者である。
旭狼衛に入る前、彼らのほとんどはどこかの道場の食客であるか、藩を出た浪人であるか、あるいは食い詰めて京へ流れてきた者であった。死ねば無縁墓へ放り込まれ、翌年には誰も名を思い出さない。そういうものだと思って生きてきたし、そういうものだと思っていたからこそ、危ない仕事の値打ちにも納得できた。
その自分たちのために、この国で最も高いところにいる家が、菩提寺の土を割ったのである。
名を刻めぬ石を建てさせ、当主が微行で来て、砂の上に膝をついて、死んだ者の名と死に方を一人ずつ声に出して読んだ。
これは、褒美ではなかった。
褒美であれば金や役目で足りるのであって、金や役目であるならば受け取ってそれで終いにできる。だがこの朝に彼らが受け取ったものには終いというものがなく、受け取ってしまった以上、返さねばならぬ側へ自分が回ったということだけがはっきりと判った。
鉄が冷えて固まるように、そのことが胸の底で形を持った。
『この家は、守り抜かねばならぬ』
『我らの手で……』
誰も、それを口には出さなかった。
僧が経を上げはじめ、線香の細い煙が、湿った空気のなかをまっすぐに立ちのぼっていった。
読経を務めた三人の僧は、この石の下に迎えられる者たちが誰であるかを、一言も聞かされていない。近衛家の縁の者であるとだけ伝えられており、それ以上を尋ねるほど不調法な僧は、この寺には一人もいなかった。
だから、経は誰のためのものとも指されぬまま、庭の上へ流れていく。
名を呼ばずに弔うということがこんなにも寂しいものだとは思わなかったと、あとになって山南敬助は一度だけ漏らしている。それを聞いた相手は斎藤一であり、斎藤はそのことを誰にも伝えなかった。
読経が終わり、忠房が立ち上がって狩衣の膝を軽く払ったとき、沖田総司がゆっくりと歩み寄った。
「左大臣様」
「おお」
忠房は、その顔を見て、少しだけ目を細めた。娘の書状のなかで幾度も名を読んできた男である。会うのは、これが二度目であった。
「……忝う存じます」
沖田は、それだけ言った。
いつもならば、この男はここで笑ってみせるはずであった。笑って場を軽くするというやり方を、沖田総司は誰に教わったわけでもなく身につけている。
だが、この朝にかぎって、その笑いはどうしても出てこなかった。出そうとして出なかったのだと、この男はあとになって気づくことになる。
「沖田と申したな」
「はい」
「よう、生きて帰った」
忠房のその一言に、沖田は答えなかった。
答えられなかった。喉のあたりまで何かが上がってきて、それを押し戻すのに、この男は全部の力を使っていた。
あの夜のことを人前で崩したのは一度きりであり、それを見たのは斎藤一ただ一人である。二度目はない、と沖田は決めていた。
忠房は、それ以上何も問わなかった。
問わずに、その痩せた肩へ一度だけ手を置いて、離した。
柱の陰でも板壁の陰でもない、ただの庭の明るいところで、斎藤一はその様子を横目に見ていた。見ていたが、何も言わなかった。この男が言葉を持つのは、たいていの場合、言葉が何の役にも立たなくなってからである。
一行が寺を出たのは、日が高くなりきる前であった。
紫野から洛中へ戻る道は、田の水が張られたばかりで、その水面に空がそっくり映り込んでいる。畦のあいだを歩いていくと、蛙の声がひとところで止み、少し行くとまた後ろのほうで鳴きはじめるのだった。
誰も、口をきかなかった。
伏見までは半日近い道のりであり、その半日のあいだ、京組の十七人はただ黙って歩いた。前を行く山南も、その後ろの権藤も、少し遅れて歩く沖田も同じである。話すことがないのではなく、話せば形が崩れるものを、それぞれが抱えていた。
やがて堀川の橋にさしかかったとき、列のうしろのほうを歩いていた若い隊士が、ふいに足を止めた。
名を、木口という。二十歳になったばかりで、去年の秋に山南が拾ってきた男である。あの夜は表口の三番手におり、目の前で浅黄隼人が初太刀を受けるのを見ていた。
斎藤一が、その横で立ち止まった。
何も言わず、ただ隣に立っていた。
木口は、しばらく橋の欄干に手を置いて、川の面を見ていた。それから袖で一度だけ顔を拭って、また歩きだした。斎藤も、同じ歩幅でその隣を歩きだした。
二人が列に追いつくまで、前の者は誰も振り返らなかった。
振り返らぬのが、この隊の作法であった。
二
久光からの前触れが近衛邸へ届いたのは、それから数日のちのことであった。
書状の文面は、驚くほど丁寧であった。
『薩摩国父・島津三郎久光として京へ上りたる旨をご報告申し上げたく、また積年の御厚誼に対し御礼を申し上げたく、御都合のよろしき日にお目通りを賜りたい』
――そういう趣旨のことが、へりくだった言葉づかいのまま一分の隙もない書きぶりで並べられている。
忠房は、それを二度読んでから、家司へ短く命じた。
「明後日でよい。表から通せ」
*
当日は、よく晴れた。
近衛邸の庭では、糸桜の葉がすっかり厚くなり、その下の苔が朝の水を含んで黒く光っている。座敷の障子は開け放たれ、そこから入ってくる風には、もう初夏の匂いが混じりはじめていた。
久光は、供の数を絞ってきた。
千の兵は伏見と大坂に置いたままである。連れてきたのは大久保一蔵と小松帯刀のほか数人であり、しかも二人は座敷の内へは入らず、次の間の下座に控えた。この作法の選び方だけで、この男がこの家をどう見ているかは分かる。
迎えの支度は、家司の藤右衛門が朝のうちに整えていた。
床の間の掛物を替え、香を焚き、通り道の畳の目まで揃えさせる。この家にとって島津家を迎えるということは、客を迎えることではなく、遠国の家礼が久しぶりに主家へ顔を見せに来るということであった。座の高さも、茶の出し方も、六百年のあいだ変わらぬ形が決まっている。
その形をきちんと踏むことが、この日の最も強い一手になる。
膝を屈するのは薩摩の側である。近衛家は、何ひとつ主張する必要がない。主張せずに済むこと。それこそが、この家の持つ力の正体だった。
通された久光は、敷居際で足を止め、そこで平伏した。
「――不肖の臣、島津の三郎久光。殿下におかれもしては、ごきげんよろしゅおあす」
畳に置かれたその額は、しばらく上がらなかった。
島津家は、近衛家の家礼である。鎌倉の昔、近衛家領の地頭として始まったこの家は、六百年のあいだ、主家筋としてこの家を仰いできた。無位無官の身で千の兵を動かしてきた男が、この座敷ではただの家来として振る舞う。それは屈辱ではなく、この男にとってはむしろ、己の家の古さを示す誇りのほうであった。
「久しいのう、三郎」
忠房のその呼び方に、久光の肩がわずかに動いた。
名で呼ばれたのである。
「上座へ寄れ。この家がそなたの家を遠ざけたことは、六百年、一度もない」
「……おそれいりもして、ございもす」
久光は膝を進めたが、進めた先はまだ十分に下座であった。そこから先へは、この男は決して上がらない。
茶が運ばれ、しばらくのあいだ、当たり障りのない話が続いた。
薩摩の海の話、桜島の噴煙の話、昨年の作柄の話。忠房は一つ一つに丁寧な相槌を打ち、久光もまた丁寧に応じたが、この座敷にいる者は全員、この話がいつまでも続かぬことを承知していた。
やがて忠房が、湯呑みを置いた。
「三郎」
「はっ」
「此度のこと、そなたの真意を聞かせてもらおうか」
久光は、そこで一度だけ背筋を伸ばした。
「――公武合体で、ございもす」
声には、迷いがなかった。
「朝廷と幕府とが、たがいに背を向けおっかぎり、この国は異国の前に立つこっが、できもはん。朝廷には御威光があり、幕府には政の器がございもす。その二つを一つに繋ぎ直すこっ、それより先に成すべきこっちゃ、いまのこの国にはございもはん」
「ふむ」
「そのためには、幕府の政を執る者を改めねば、なりもはん。器のある者を、器の要る場所へ据ゆっ。それを幕府の内から言うても動きもはんゆえ、朝廷の御威光をもって申し渡していただきたく、不肖、兵を率いて上ってまいりもした」
久光は、そこで深く頭を下げた。
(やはり糸子の申すとおりであったか)
「――そうか」
忠房は、それだけ言った。
久光の頭は、下げたままの高さで止まってしまった。
この男は、この座敷で返ってくるであろう反応を幾つも想定してきていた。驚愕であれ叱責であれ、賛同であれ慎重な問い返しであれ、そのいずれに対しても返す言葉は用意してある。用意していないものが、一つだけあった。
何も起きない、という反応である。
顔を上げた久光の目に、明らかな戸惑いが浮かんでいた。
「……殿下」
「なんじゃ」
「不肖が兵を率いて京へ上ったこっを、殿下は……お驚ろきになりもはんか」
忠房は、湯呑みをもう一度取り上げてから、ゆっくりと答えた。
「初めて聞いたときは、驚いたものよ」
「では」
「なれど、そなたが兵を上らせるという話は、随分と早うから耳に入っておった。京の町では、浪人どもが如月あたりから、そればかり言うておったからのう」
久光の肩から、力が抜けた。
率兵上京というものは、そもそも隠しきれるたぐいの企てではない。千の兵に兵糧を用意させ、船を出させ、街道の宿を押さえていけば、それだけで話は広がる。京の浪人どもが騒いでいたというのであれば、この狡猾な公家の耳に届いていて当然であった。
「……左様で、ございもしたか」
「そなたが思うほど、京は静かな町ではないぞ」
忠房は、そう言って少し笑った。
久光もまた、つられて息を吐いた。
次の間の下座で、大久保一蔵がわずかに目を伏せた。
この男の頭のなかでは、いま交わされた一往復が、そのまま帳面へ書き写されている。京の浪人が騒いでいた、という説明には何の無理もない。無理はないのだが、無理がなさすぎるという感触だけが、指の先に引っかかった。
伏見の一件のときも、そうであった。
所司代が動いた理由には、何の無理もなかった。町年寄が願い出て、夜廻りを増やし、そこへ不逞の徒が集まった。順序として一分の破綻もなく、破綻がないからこそ、この男は数日のあいだ、その帳面を閉じられずにいる。
言葉には、しなかった。
その隣で、小松帯刀は別のところを見ていた。
この若い家老が気にかけていたのは、忠房の返答の中身ではなく、返答が返ってくるまでの間の長さである。この公家は、どの問いに対しても、同じ長さの間を置いてから答えていた。長すぎもせず短すぎもせず、まるであらかじめ拍子を決めてあるかのように、寸分たがわず同じ間であった。
考えて答える者の間ではない。
小松の胸のうちに浮かんだのは、そういう感触であった。答えは初めからそこにあって、間のほうだけが後から置かれている。もっとも、その感触を言葉にしたところで、いまの薩摩にできることは何もない。この若い家老は、腹の帯を締め直すようにして、それを胸の底へ沈めた。
国父様は、いま得られるものをすべて得ておられる。
得られるものをすべて得ているときこそ、人は最も足元を見ないのだと、小松は知っていた。知っていたが、それを進言できる立場に自分がいないことも、同じくらいよく知っていた。
「三郎」
忠房が、そこで声の調子を変えた。
「はっ」
「わたしは、薩摩には味方はせぬ」
久光の背が、わずかに強張った。
「じゃが、敵にもならぬ」
張った背が、そのままの形で止まった。
「朝廷での上奏は、わたしが取りなしてやろう。関白にも、そなたの申し出が届くよう手を回そう」
「貸し一つぞ」
「……かたじけのう、ございもす」
「あとは、そなたが直に申せ。人の口を借りて申したことは、必ずどこかで薄まる」
久光は、畳に額をつけた。
この一言がどれほどの重さを持つかを、この男は正確に理解している。無位無官の私人が朝廷へ何かを申し立てるということは、本来ならば取り次ぐ者がいなければ成り立たない。その取り次ぎを、五摂家筆頭が引き受けると言ったのである。
忠房は、久光の下がった頭を見下ろしながら、扇子を少しだけ広げた。
広げた扇子を、口許のあたりへ寄せる。
その陰で、この男の目は、まったく笑っていなかった。
(……まぁ、近衛家としては、こんなものかのう)
「それから、三郎」
「はっ」
「一つ、示唆してやろう」
久光が顔を上げた。
「御門はな、京にいる過激の徒を、たいそう嫌うておられる」
「……は」
「先だっての伏見の一件も、御門はずいぶん気に病まれた。都の内で四十人が刃を持って集まるなど、いったい誰が守っておるのかと、そう仰せであった」
久光の眉が、動いた。
「所司代は、よう働いた。だが、あれは幕府の役目じゃ。役目を単に果たしたというだけのことで、御門にとっては当然のことでしかない」
忠房は、扇子を閉じた。
「じゃが、もしそこへ、頼まれもせぬのに都の静謐を守ろうという者が現れたならば、どうであろうな」
久光の目のなかで、何かが速く動いた。
「薩摩みずから率先して、京の治安を守る。誰に命じられたわけでもなく、褒美を求めるわけでもなく、ただ御門の御膝元が騒がしいのを見かねて、そうする。――そういう者を、御門はどうお思いになるであろうかのう」
「……御覚えが、よろしゅうなりもんど」
「さて。わたしにはわからぬ」
忠房は、そう言って庭のほうへ目をやった。
その横顔を見ながら、久光の頭のなかでは、算盤の珠がひどい速さで動いていた。
いま示されたものの値打ちは、計り知れない。
上奏の取り次ぎを得ただけなら、薩摩はまだ「頼み事をしにきた外様」にすぎない。
だが、京の治安を薩摩が引き受ければ、その瞬間から「帝の御膝元を守る家」になる。守る家なら、京にいる理由ができる。理由があれば、兵を置き続けることもできる。
これは恩ではなく、この先へ続いていく道であった。
久光は、畳の目が見えるほど深く平伏した。
「殿下。不肖、生涯、近衛家門流の臣でございもす。今後とも、薩摩をなにとぞよろしゅうお願い申し上げもす」
忠房は、しばらくその背中を見ていた。
それから、静かに答えた。
「薩摩の忠節、大慶に存ずる」
久光が退がったあと、忠房は開け放たれた障子の前に立って、庭を眺めていた。
糸桜の葉が、風に押されて一方へ傾いている。
いま渡したものは、座と名誉を与え、上奏を取り次ぐ。そのうえで、薩摩を京の治安の側へ寄せていく。
そうしておけば、薩摩の兵はいずれ、京の秩序を守るための兵になる。秩序を守る兵は、それを壊すためには使いにくい。
与えているように見えて、縛っている。
(……あれが斉彬であったなら、どうであったかのう)
忠房は、ふとそう思った。
あの男であれば、いまの一言のどこかで、必ず眉を動かしたであろう。示唆が示唆として整いすぎていることに気づき、なぜこの家がここまで親切なのかと考え、そして考えたことを顔に出さぬまま、こちらの底を測りに来たに違いない。
久光は、そうしなかった。
この男は聡明である。博聞強記であり、有職故実にも通じ、人を見る目もある。だが、差し出されたものの向こう側を見にいくという癖だけが、この男には育たなかった。差し出されたものを、差し出されたとおりに受け取ってしまう。
それが、この男が兄になれなかった理由であろうと、忠房は思った。
思って、そのまま口には出さなかった。
三
伏見からの報せが江戸に届いたのは、それから随分後のことである。
一橋上屋敷の一室で、近衛糸子は文を読み終えて、しばらく畳を見ていた。
障子の外では庭の緑がすっかり濃くなっていて、風が入るたび葉の擦れる音がしている。江戸の初夏は京よりも湿りが軽く、朝の空気には塩の匂いが混じる。ここは静かで、清潔で、彼女が茶を飲むあいだにも人が茶を運んでくる。
文には、七人の名が書かれていた。
轟鉄之助。
田中健蔵。
山田幸助。
佐藤勘兵衛。
浅黄隼人。
朽木弦一郎。
鈴木源次。
(……わたくしが、行かせたのですね)
久光は、伏見へ着けば身内の過激派を自らの手で処断する。手元に剣客を揃えて連れてきているのは、そのためである。そして処断してみせた瞬間、あの男は朝廷にとって「身内を斬ってでも秩序を守る者」になる。帝はその一事をもって久光を信じ、勅使を託し、この国の主導権は薩摩の手へ渡る。
『決して渡してはならなかった』
ゆえに、久光が着く前に片づける。そのうえで、その手柄をそっくり京都所司代へ譲り渡す。渡された幕府は喜んでそれを受け取り、その瞬間に、己の栄誉の出どころが朝廷にあることを天下へ向けて認めることになる。
その貸しは、いずれ慶喜の一件で取り立てる。
糸子の頭のなかで、この筋道は一度も揺らいだことがない。理は通っている。数は合っている。ほかにより良い手があるならば、とうに切り替えていた。
ただ…と彼女は思う。
あの名簿を読んでしまうまでは、これは「数名が死ぬ」という一行でしかなかった。
いまは、そうではない。斬る者の名を知っており、斬られる者の名も知っている。両方が揃ってしまえば、頭は勝手に並べはじめる。誰の刃が誰へ届くかを、勝手に組み上げてしまう。
悔いているのではなかった。止める気も、いささかもない。
ただ、見えなくてよいものが見えるようになった——その一点だけが、指の腹に残った砂粒のように、いつまでも消えずにいた。
『止めるべきだったのだろうか?』
いいえ…と彼女は思う。止めれば、もっと多くの人が死ぬ。だから止めない。止められない。
(……止まれない自分を、わたくしは呪うほかありませんわね)
そこまで考えて、糸子はふと、自分がこれまで、彼らを何と呼んでいたかを思い出した。
『駒』
盤の上に並べ、動かし、必要とあらば捨てる。そういう語彙で、彼女は彼らを数えてきた。数えることで、心が痛まないようにしてきた。そのほうが正しい判断ができると、本気でそう思っていた。
顔から血の気が引くのが、自分でも判った。
あの語を選んだのは、痛みを避けるためである。人を人として数えれば、一人ひとりの顔と名と、その者を待っている家族のことまで考えねばならなくなり、そうなれば判断が鈍る。
鈍らせないために、彼女は盤の上の『駒』という比喩を使い、使ううちにそれを便利だと思うようになっていた。便利だと思った時点で、自分がもう何かを踏み越えていたのだと、いま彼女は理解している。
(……なんて、恥ずかしいこと)
彼女の辛さなど、あの夜、伏見の土間に立っていた者たちのそれに比べれば、いったい何ほどのものであろうか。彼女は畳の上で文を読んでいただけである。血の匂いも嗅がず、蛙の鳴き止む音も聞かず、算盤の珠の鳴る音も聞いていない。屋敷は静かで、庭は青く、彼女の手は温かく、指の先まで無傷であった。
この日から、糸子は二度と『駒』という語を使わなくなった。
*
その文には、父の手で書かれた一枚が添えられていた。
紫野の菩提寺に石を建てたことと、そこへ名を刻めなかったこととが、まず短く記されていた。七人の名と死に様をその場で読み上げたこと、そして自分が砂の上へ膝をついたことまでが、いつもの落ち着いた筆で余計な飾りを一切つけずに続いている。最後の一行には、あの子の企てが一歩前へ進んだと死者へ告げた旨が、短く添えてある。
文の終わりのほうに、ごく短い一行が挟まっていた。
石には何も彫らせなかったが、面だけは念入りに磨かせた、と書いてある。理由は書かれていない。理由を書くような人ではないので、糸子はそこをしばらく読み返した。
読み返して、やがて判った。
名がないのだから、参る者は文字を読むことができない。読めなければ、手で触れるほかないのである。触れたときに掌が痛まぬようにと、あの父は石屋へ注文をつけたのだ。
その一行だけで、糸子の目の奥が熱くなった。
自分は、その石を見たことがない。建てられた場所も知らず、周りにどんな木が生えているのかも知らず、そこへ立ったときに何が聞こえるのかも知らない。京へ帰るあてもいまのところなく、帰ったところで、あの石の前へ立つ資格があるのかどうかも、彼女には判らなかった。
糸子は、その一枚を膝の上に置いたまま、しばらく動かなかった。
やがて廊下のほうで、床の軋む音がした。
この屋敷でこういう歩き方をする者は、一人しかいない。体の重さを隠そうとしないくせに、足音そのものは驚くほど静かなのである。
「姫様。近藤にございます」
「……お入りくださいまし」
障子が開き、近藤勇が敷居のところで膝をついた。
この男もまた、京からの文を受け取っている。旭狼衛の総隊長として、死んだ七人の名は誰よりも先に知らされていた。轟鉄之助を道場へ引き入れたのは近藤自身であるし、朽木弦一郎の腕を見込んで京へ送れと言ったのも、この男である。
近藤は、部屋へ入って三歩ばかり進み、そこで正座した。
「京の左大臣様が、紫野に石を建てられたとの由、伺いましてございます」
「……はい」
「名は、刻めぬと」
「そうでございます」
糸子は、そう答えた。答えながら、自分の声がひどく硬いことに気づいていた。
「刻めば、あの夜に誰がいたかを、石が明かしてしまいます。ゆえに、刻ませませんでした。……申し訳のないことにござります」
近藤は、それを聞いて、しばらく黙っていた。
それから、両手を畳につけた。
巨躯が、ゆっくりと折れていく。額が畳につくまでのあいだ、この男は一度も途中で止まらなかった。
「近藤殿」
糸子の声が、わずかに揺れた。
「近藤殿、おやめくださいまし。わたくしは――」
「姫様」
畳に額をつけたまま、近藤は言った。
声は低かった。低く、そして途中で一度だけ、喉のところで途切れた。
「あいつらは、名のない者にございます」
糸子は、動けなかった。
「食い詰めて道場へ転がり込んできた者や、家を出て行く場所のなかった者もおりました。死ねば、どこの寺にも入れてもらえぬ。名も残らぬ。……そういうものだと、あいつら自身が承知しておりました」
近藤の肩が、一度だけ大きく上下した。
「その者どもを、五摂家筆頭の御当主様が、御自ら、砂の上に膝をついて弔うてくださったと」
言葉が、そこで止まった。
止まったまま、しばらく続かなかった。
糸子は、その丸まった背中を見ていた。見ながら、この男が泣いていることに気づいたが、声は一つも出ていない。畳に落ちた滴が、ごく小さな音を立てただけであった。
「……この近藤、生涯、決して忘れませぬ」
顔は、上がらなかった。
「恐悦至極に存じ上げます」
その一言が、糸子の胸のちょうど真ん中へ入ってきた。
入ってきて、そこで刺さったまま抜けなくなった。
礼を言われる筋合いなど、どこにもないのである。あの七人を伏見へ送ったのは自分であり、久光より先に片づけよと決めたのも自分であり、あの夜に何人が死ぬかという見積もりを、彼女は江戸の畳の上で立てていた。名を刻ませなかったのも自分である。父が石を建てたのは、その始末をつけるためであった。
礼を受け取るべき者は、この部屋にはいない。
それでも、糸子は断らなかった。
断れば、この男の差し出したものが行き場を失う。行き場を失ったものは、必ずどこかで腐る。だから彼女は、受け取るに値せぬと知りながら、両手でそれを受け取った。
「……近藤殿」
「はっ」
「顔を、上げてくださいまし」
近藤が、ゆっくりと顔を上げた。目のふちが赤かったが、それを隠そうとはしなかった。
「わたくしは、その言葉を受けるに足りませぬ」
糸子は、そう言った。
「足りませぬけれど、頂戴いたします。返せておらぬものとして、ここに置いておきます」
近藤は、その言葉の意味を、しばらく測っていた。
測ってから、深く一礼した。
「……姫様は、そういうお方にございますな」
それだけ言って、この男は退がっていった。
障子が閉まり、床の軋む音が遠ざかっていく。
部屋のなかには、また庭の葉擦れの音だけが残された。
糸子は、父の文をもう一度取り上げて、最後の一行を目で追った。
『あの子の企ては一歩前へ進んだ』と父は死者へ告げたのだという。
進んだのであって、それは動かしようのない事実であった。所司代は借りを負い、朝廷はその借りを握り、久光は与えられた道を喜んで歩きはじめている。
盤の上で、駒は――と考えかけて、糸子はそこで言葉を止めた。
止めて、言い直した。
(……人が、七人)
(せめて、彼らの名前くらいは胸に刻んでおかなければ)
文机の上に、彼女は新しい紙を一枚引き出した。
そこへ、七つの名を書いた。誰に見せるものでもなく、どこへ納めるものでもない。ただ、忘れぬために書いた。書き終えてから、その紙を文箱の一番下へ入れて、蓋を閉めた。
庭で、この夏はじめての蝉が短く鳴いて、それきり黙った。
糸子は膝の上で手を組み、その手を、しばらく解かないのであった。
第百六十二話 了
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