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幕末に転生したら近衛家の姫でした。まず屋根を直します【累計350万PV/80万UU突破‼ 幕末経済戦記】  作者: 1009


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第百五十七話「京洛布陣編―千の足音」

一

 江戸の春は、京よりも重い。


 一橋上屋敷の奥御殿では、弥生も二十日に近づくにつれて庭の湿りがいっそう深くなっていた。池の面に落ちた青楓の若葉は、風の来るたびに岸のほうへ寄せられてはまた中央へ戻っていくのを、飽きもせずに繰り返している。障子を開け放っていても空気はどこか肌に貼りつき、火鉢はとうに片づけられているのに、朝夕にはまだ袷の襟をかき合わせたくなる。


 その私室で、糸子は一通の書状を膝の上に広げていた。


 脇では葵が、湿気で膨らんだ襖の建て付けを直そうと、さきほどから同じ場所を何度も撫でている。奥御殿は静かで、廊下の遠くを人が通る音さえめったに聞こえない。


 薩摩から長崎を経て、天朝物産会所の網を伝って十五日ばかりかけて届いた一通である。宛名の字には見覚えがあった。大らかで、少し崩れていて、律儀に整えようとした痕跡だけが妙に不器用に残っている、あの土佐の男の筆であった。


 封を切って最初に思ったのは、まるで予期していなかったことであった。


「まあ…」


 思わず声が漏れた。


 兵の数がある。銃の種類がある。荷駄の内訳があり、随行する者の名と役目まで、几帳面すぎるほどの字で書き並べてある。糸子が父へ書き送ったのは、久光が何を求めてどの道を通り、どこへ着いてそこで何を言うかという、いわば絵図の輪郭でしかなかった。その内側を埋めるべきものが、いま余すところなく流し込まれてくる。


「すごいわね。さすが坂本でございます」


 糸子は膝の上の紙を、ゆっくりと撫でるようにめくった。


 薩摩というのは、この国でも指折りに閉じた国である。他所者が城下をうろつけば三日で目をつけられ、藩の内情を尋ね回るような真似をすれば、まず生きて出られない。その土地へ土佐の脱藩者が入り込み、酒を飲み、人の懐へ潜り、これだけのものを拾い集めて船に乗せた。


 しかも、こちらが求めた以上のものを知らせてきた。


 余計なことは一行も書いていない。久光の狙いだの、公武合体の是非だの、そういう論評はどこにもない。坂本は、自分が語るべきでないことを正確に承知していた。


 「これは、生きておりまする」


 糸子の胸を打ったのは、そこであった。


 彼女の頭のなかにある知識は、どこまで行っても、既に終わってしまったことの要約であり、概要である。誰かが後の世で整理し、削り、結論だけを残したものにすぎない。ところがこの一通は違った。いま現在、この瞬間に息をして、汗をかいて、街道を歩いている人間たちのことが、そのままの温度で書かれている。


 わたくしが持っていたのは地図で、坂本様が送ってくださったのは、その道を歩いた人の足跡なのだ。


 輪郭の内側へ、後から中身が流し込まれていく。


 書状の三枚目まで来たところで、糸子の指が止まった。


 『大砲を、解体して』


 そこには、複数門の大砲を分解して長持へ詰め、中身が分からぬようにして運ぶ、とだけ記されている。それ以上の解説はどこにも添えられていなかった。


 糸子はその一行を、しばらく見つめていた。


 久光が兵を率いて上洛することは知っていた。それがどれほどの規模で、どういう性質の行軍であるかも、大まかには承知していたつもりだった。だがこの一行は、承知していたつもりのものとはまるで別の温度を持っている。


 隠すという行いは、露見したときの算段を済ませた者にしかできない。


 「薩摩は、道中で咎められたら戦うつもりでいるのでござりましょう」


 そして次の一枚をめくったとき、糸子の背中に、この春はじめての寒気が走った。


 人の名ばかりが並んだ紙であった。奈良原喜八郎に大山格之助、道島五郎兵衛に山口金之進といった名が続き、その下には、示現流あるいは薬丸自顕流という流派の名までが小さく書き添えられている。


 久光が直々に手元へ置いた、剣客ばかりの組であった。


 糸子は、その紙を持つ手が少しだけ冷たくなるのを感じた。


 彼女は、この先に何が起きるかを知っている。文久二年の卯月に伏見の船宿で薩摩の過激派が同志討ちに斃れることを知っており、その中心にいる男の名も、久光が朝廷の信頼を勝ち取る筋道までも、あらかじめ承知していた。


 だが、そこには決定的な抜けがあったのだと、糸子はいま思い知らされていた。


 (……誰が斬るかまでは、分からなかった)


 教科書というものは、そういうことを書かない。何年に何が起きて、その結果どういう政治が動いたか。そこまでは丁寧に教えてくれるけれども、その場で刀を抜いた人間が何流を修めていたかなど、一行たりとも載っていない。


 自分の絵図には、そういう細部が欠落していた。


 これまで糸子は、そういうふうに考えたことが一度もなかった。前世の知識という土台は、揺らぐことのない岩盤のようなものだと、無意識のうちに信じていたのである。ところが実際には、それはずいぶん粗い目の篩であって、細かいものはすべて下へ落ちてしまっていた。


 そして落ちていたものが、いま、坂本龍馬という男の手によって拾い上げられ、彼女の膝の上に置かれている。


「……わたくしにも、この方々が強いことは分かりまする」


 誰へともなく、糸子は呟いた。


「示現流、薬丸示現流は存じておりました。なれど…その遣い手の名までは知りませなんだ…」


 襖を撫でていた葵の手が止まり、こちらを窺うような顔になった。


「姫様。何か、よくないことでも書いてございましたか」


「いいえ。よくないことは、何も」


 糸子は書状を膝に戻し、しばらく池のほうへ目をやった。


 障りにはならない。ならないのだが、心のどこかが妙に落ち着かなかった。


 その落ち着かなさの正体を、彼女は自分でも持て余していた。名簿があるということは、想像ができてしまうということである。これまで彼女の頭のなかで、伏見の一夜は「数名が死ぬ」という一行でしかなかった。それが今日から、名前になった。


 斬る者の名がここにあり、斬られる者の名のほうも、既に別の紙へ書いてある。


 両方の名を持ってしまえば、あとは頭が勝手に並べてしまう。


 糸子は目を閉じ、それからゆっくりと開いた。


 悔いているわけではなく、この一件を止める気などいささかもなかった。止めれば久光は伏見で自らの手柄を立て、朝廷の信を勝ち取り、この国の主導権は薩摩のものになる。それだけは避けねばならない。


 ただ、想像できてしまったという一点だけが、いつまでも指の腹に残る砂粒のように消えなかった。


「葵」


「はい」


「坂本のことですが」


 糸子は、少しだけ声の調子を戻した。


「わたくしは、坂本を足の速い犬だと思っておりました。人の懐へ飛び込むのが上手で、どこへでも走ってくださる方だと」


「駄犬様は、たしかによく走られますね」


 葵が、こともなげにそう言った。


 糸子は書状を丁寧に畳み直しながら、その返答に思わず口の端を緩めた。


「……ええ。よく走ってくださいます。それだけではございませんでしたけれど」


「と、申されますと」


「なんでもありませぬ」


 言っても分かるまい、と思ったのではない。言えば、自分の絵図に穴があったと口に出すことになる。それだけは、まだ誰にも言いたくなかった。


 (あの方が埋めてくださっているのは、わたくしの目の届かぬ場所である)


 (わたくしにも、届かぬ場所はあるのでござります)


 その思いを、糸子は声にせず胸のうちだけで畳んだ。


 庭では、青楓の葉がまた一枚、池の面を滑っていった。


二

 同じころ、肥後の街道は、初夏に近い日ざしに焼かれていた。


 出水を越えてから、道はずっと北へ向かっている。左右には麦の穂が伸びかけた田が広がり、遠くの山肌は若葉の色に覆われて、遠目にはまるで青い煙が立ちのぼっているように見えた。街道の脇では藤が垂れ花を揺らし、その甘い匂いが、時折ふっと隊列のなかへ流れ込んでくる。


 だが、そんな匂いを味わう余裕のある者は、この行列にはほとんどいなかった。


 千の足が土を踏むというのは、想像しているよりもはるかに埃っぽい。先頭を行く者はまだよいが、隊列の半ばより後ろになると、前を歩く者どもが巻き上げた土埃がずっと目の高さに漂い続ける。口のなかは絶えずざらつき、汗を拭った手拭いも半日と経たぬうちに茶色く染まってしまうのであった。


 甚太は、その隊列の中ほどを歩いていた。


 十八になったばかりの城下士で、父も祖父も薩摩の禄を食んできたが、家格は決して高いほうではない。この行列に加われたのは、番割を検めた小松様が、若い者にも見せておいたほうがよいと仰せになったからだと、あとで聞かされた。


「甚太どん、脚は大丈夫か」


 前を歩く年嵩の者が、振り返らずに声をかけてきた。


「大丈夫でごわす」


「無理すんな。まだ半分も来ておらんど」


「はい」


 答えながら、甚太は密かに脹脛を庇っていた。三日目あたりから、脚は既に自分のものではないような感じがしている。だが、それを苦痛だと思ったことは一度もなかった。


 この行列がどこへ向かっているのかを、甚太は知っている。


 京である。


『殿——国父さぁが、千の兵を率いて、都へ上られるのだ!』


 その意味を、甚太なりに何度も嚙みしめてきた。薩摩は九州の南の端にある。江戸からも京からも遠く、外様であるがゆえに、どれほど力を蓄えたところで天下の政に口を出すことはできぬと、幼いころから当たり前のように教えられて育った。


 その薩摩が、今、都へ向かって歩いている。


 しかも、幕府に願い出て許しを得たわけではなかった。願い出たところで、まず通るはずもなく、だからこそ通さぬまま歩いているのである。


「こいは、途方もなかこっじゃ……」


 甚太は、口のなかの砂を吐き出しながら、そう思った。


 殿は、この国を薩摩の手で変えるおつもりなのだ。異国の船が来て、条約が結ばれ、幕府はまるで為す術がない。誰かが動かねばならぬのに、誰も動かぬ。ならば薩摩が動く——そういう話であるらしい。


 そして自分は、その先兵の一人なのである。


 武士に生まれて、これほどの誉れがほかにあるだろうか。


 甚太の隣を、長持がゆっくりと担がれて通り過ぎていった。四人がかりで担いでも、担ぎ手の首筋には血管が浮いている。中身が何であるかを、甚太は知らない。この隊のなかで知っている者は、そう多くないはずであった。


 昼を過ぎるころには日ざしが背を焼きはじめ、隊列のどこかで水を求める声が上がっては、また前へ向かって歩き出す。麦の穂の匂いと汗の匂いと土の匂いが混ざり合い、それが千人分になると、もはや一つの生き物の体臭のようであった。


 行列の前方では、対の槍が二本、初夏の空へ向かってまっすぐに立てられている。


 大名の格式を示す槍であった。


 それを見上げるたび、甚太の胸のなかで何かが熱くなる。


(誉れじゃ――)


 そう思う自分を、この若者は少しも疑っていなかった。


 その行列の中ほど、幾重にも供を従えた駕籠のなかで、島津久光は目を閉じていた。


 駕籠は揺れる。道が悪ければ、内臓ごと持ち上げられるように揺れる。それでもこの男は、姿勢を崩さない。崩したところで誰も咎めはしないのだが、崩さぬことがこの男の生き方であった。


 外からは絶えず足音が聞こえてくる。


 千の足が土を踏む音は、一つ一つはただの雑音でしかないのに、重なると腹の底へ響く低い唸りのようになる。その唸りを聞きながら、久光はいつものように、同じ場所を回る思考を辿っていた。


(儂は、藩主ではなか……)


 息子の忠義が藩主であって、自分はその父にすぎない。無位無官であり、幕府から何かの職を与えられているわけでもなく、厳密に言えば、この行列を組む資格すら自分には無いのであった。


 だからこそ、格式を落とすわけにはいかなかった。


 対の槍も、供の数も、宿場での作法も、すべて大藩の藩主並みに整えてある。過剰なほどに整えてある。そうして初めて、久光という無位の私人は、天下に向かって己を示すことができるのだ。


 肩書きの空白を、格式で埋める。


 その滑稽さを、久光は誰よりも承知していた。


(――兄上)


 瞑目したまま、久光は亡き兄の名を胸のうちで呼んだ。


 島津斉彬といえば、名君と謳われ、この薩摩を誰よりも先へ進めようとしながら志半ばで逝った人物である。あの兄が生きていれば、こんな回りくどいことをせずとも、天下は自ずから薩摩の言葉に耳を傾けたであろう。


 城下の年寄りたちは、今でも当たり前のように口にする。


「斉彬公なら」と。


 言われるたびに、久光の腹の底へ小さな錘が一つずつ積まれていった。もう幾つ積まれたのか、数えるのはとうの昔にやめている。


(比べらるっはよか。比べられて、なお成すのが儂の役目じゃと……)


 久光は、幾度もそう己に言い聞かせながら、この十年を歩いてきたのであった。


 そう己に言い聞かせて生きてきた。


 だが、この行軍を始めてから、久光の頭を最も重く占めているのは、兄のことでも幕府のことでもなかった。


 久光の頭を占めていたのは、身内のことであった。


(暴(あば)るっ者が、出る)


 その一事だけは、企てを立てたときからはっきりと見えていた。


 千の兵が京へ上るという事実は、それを見る者の望みによって、いくらでも姿を変える。幕政の改革を迫るための示威だと理解する者もあろうし、討幕の挙兵だと読む者もあろう。そして薩摩には、薩摩には、後者を望む若い者が少なからずいる。


(あやつどもは、わっが京へ上ると信じちょっ)


(己が願望(ねがい)をまことと思い込み、わっの着っ前に事を起こしかねん)


 だから久光は、剣の遣い手ばかりを選んで手元に置いた。奈良原、大山、道島——藩内でも指折りの者たちである。行列の護りという名目で連れてはいるが、あれは外を斬るための備えではない。


 内を斬るための備えであった。


「斬らずに済むならば、それに越したこっはなか」


 久光は本心からそう思っていたし、思っていない者が剣客を選ぶはずもなかった。


 だが、済まぬときには斬るのである。


 それだけの覚悟がなければ、無位無官の男が千の兵を率いて都へ上るなど、はじめからできぬ話であった。


 行列の後方では、二人の男が並んで歩いていた。


 一人は小松帯刀。この年、二十七歳にして家老を務める若者であった。穏やかな物腰の裏に、兵の配置から兵糧の始末まで見通す非凡な才を備えていた。


 もう一人は大久保一蔵といい、長身に、人を射抜くような鋭い目を備えている。


「小松どん。高瀬での宿は、幾つ取れもした」


「三十六でございもす。ただ、そのうち八つは寺の座敷を借り受くっこっになりもした。畳が傷んでおりもすで、下の者から順に休ませるように手配いたしもす」


「下から、でごわすか」


「はい。上の者は、あと一日二日、無理が利きもす」


 大久保は、それに対して何も言わなかった。


 この若い家老は、いつもこうなのである。人の役に立つ差配を誰にも気づかれぬところで済ませてしまい、手柄になりそうなものは必ず他人の名で通してしまう。


(こん男は、政には向かん)


 大久保は内心でそう見ていたが、それは低く評していたということではなかった。


 向かないのではなく、向く必要がないのである。この男の周りでは、誰も争おうとしなくなるからであった。剛と剛とがぶつかりかねぬ薩摩の中枢が、この一人のおかげでかろうじて形を保っている。


 大久保が見ているのは、もっと先であった。


 京へ入ってからのことである。どの公家に、どの順で、何を持って会うか。誰を味方に引き入れ、誰を切り捨てるか——そのすべては目的から逆算して決まっていく。情も義理も、逆算の邪魔になるならば後回しにするだけの話であった。


 同じ絵図を見ながら、この二人は、まったく違う場所を見ていた。


 小松は、そのことに気づいている。


 だから小松は、大久保に対して余計なことを言わない。ただ一度だけ、歩きながらぽつりと漏らした。


「大久保どん。……こん先の世は、一人のお方が上から天下を睥睨(へいげい)すっような形では、もう保たんのではなかかと、おいは時々思いもす」


「ほう」


「力ある諸藩と、朝廷の公卿方が、一つの座に集うて、談判をもって事を決すっ——そういう世のほうが、よほど強かとではなかかと」


 大久保はしばらく黙って歩き続けてから、ようやく短く答えた。


「今は、そん話をすっ時ではなかごわす」


「はい。……そうでございもすな」


 小松は、それ以上は食い下がらずにあっさりと引いた。


 引き下がりながら、この若者の胸のうちでは、いま口にした景色が消えずに残っていた。


三

 久光出立の報が京へ届いたのは、弥生も下旬に入ってからであった。


 噂というものは、鴨川の水が春に嵩を増していくのとよく似ている。はじめは川底の色が少し変わる程度のことでしかないのに、気がつけば中洲が消え、堤の際まで水が来ている。


 薩摩が、千の兵を率いて上ってくるらしい。


 その一言が、わずか三日のうちに京中を走り抜けた。


 旅籠の空気が変わり、船宿の空気もまた変わった。これまで別々に集まっていた者どもが、示し合わせたわけでもないのに同じ座敷で顔を合わせるようになり、声の大きさが、目に見えて変わっていった。


 三条から南へ下った、とある町家の二階でも、その夜、若い男たちが膝を詰めていた。


 行灯の芯を高くしすぎたせいで、部屋は少し暑い。


 座の中心にいたのは、三十八になる男である。眉が太く、意志の強そうな眼をしていた。声は決して大きくないのに、この男が口を開くと、部屋のざわめきが自然に静まる。


 有馬新七という名の、薩摩の男であった。


「国父さぁが、ついに動かれた」


 有馬は、余計な前置きを置かずにそう切り出した。


「弥生の十六日、鹿児島を出られたそうじゃ。兵は千。対の槍を立て、大名並みの格式を組んで、幕府の許しも得ずに上ってこらるっ」


 その一言に、座がどよめいた。


「幕府の許しを得ずに、でごわすか」


「得ずに…じゃ」


 有馬は、若い者たちの顔を一人ずつ見渡した。


「よかか。こいがどげな意味を持つか、よう考えてみやい。参勤の定めを無視し、千の兵を率いて都へ入る。こいは、幕府の枠組みそのものを、正面から否(いな)むっちゅうこっじゃ」


「……つまり」


「つまり、国父さぁは、肚を決めなさったとじゃ」


 有馬の声に、そこではじめて熱が乗った。


「わっどんは長いこと、待ってきた。斉彬公が亡くならいてから、薩摩は動かんかった。もう動かんとかもしれんと、おいも幾度か思うた。じゃっどん、違うた。国父さぁは、待っておられただけじゃ」


 その熱に押されるように、若い者の一人が身を乗り出した。


「有馬さぁ。ほんなら、公武合体はどげんなりもすか。国父さぁは、朝廷と幕府を結び直すために上らるっと、そげん申す者もおりもすが」


 有馬は、その問いを笑って退けたりはしなかった。


 この男は、若い者の疑問を決して馬鹿にしない。そういう質の人間であった。


「そげん言う者がおっとは、おいも聞いちょっ。じゃっどん、考えてみやい。公武合体をやっとに、なんで千の兵が要る」


「…………」


「話し合いをするだけならば、供の者を十人も連れて上れば足る。千の兵を率い、大砲まで引いて上ってこらるっとは、そういうこっじゃなか」


 部屋のなかが、水を打ったようにしんと静まり返った。


「国父さぁは、幕府に言うて聞かせるために上らるっとじゃなか。言うて聞かせて済むならば、この十年で済んじょった。済まんかったから、兵を連れてこらるっとじゃ」


 有馬は、そこで一度だけ声を落として続けた。


「じゃっどん、な」


「はい」


「国父さぁが伏見へお着きになってから、わっどんが動いたのでは、遅か」


 その言葉に、若い者たちが互いに顔を見合わせた。


「国父さぁは、慎重なお方じゃ。都へ入られたら、まずは公卿方へ挨拶に回られ、朝議の様子を見られ、頃合いを計られっ。そうしちょるうちに、幕府が手を打つ。所司代が動く。そうなれば、千の兵はただ都に居座っちょるだけの荷物になり申す」


「では、どげんすれば」


 有馬は、その問いに静かな声で答えた。


「わっどんが先に、動くとじゃ」


 その一言に、部屋の空気がぴんと張り詰めた。


「関白の九条尚忠さぁ。京都所司代の酒井忠義。それに、公武合体を唱えちょる公卿方。この者どもを除けば、朝廷は一気に変わっど。変わった朝廷が、国父さぁに向かって『兵を率いて幕府を糺せ』と仰せになったならば——」


 有馬は、そこで初めて笑ってみせた。


「国父さぁは、断れんじゃろが」


 その言葉に、若い者たちの目が一斉に輝いた。


 その光を見ながら、有馬新七という男は、心の底から満ち足りていた。


 彼は名を求めておらず、金を求めたこともない。官位を望んだこともなければ、己が生き延びることを勘定に入れたことすらなかった。求めているのは、この国が異国に食い荒らされずに済むことだけである。


 その一点において、有馬という男の理屈には、どこにも破綻というものがなかった。彼は久光の性格を知り、薩摩の力を知り、朝廷の弱さも幕府の焦りも、驚くほど正確に読み切っていたのである。


 ただ、前提が一つだけ間違っていた。


 彼は久光を裏切ろうとしているのではない。裏切るどころか、この男は久光を信じ抜いていた。信じ抜いたうえで、久光が望んでいると信じたものを、久光の代わりに実行しようとしていたのである。


四

 同じ数日、伏見と京の町では、二人ひと組の男たちが、それぞれ別の道を歩いていた。


 江戸から着いた八名を、山南が一人ずつ京組の隊士と組ませたのである。京組の者が先に立ち、江戸組の者が半歩下がってついていく。そうしておけば、店先で言葉を交わすのも道を尋ねるのも地元の者の役目になり、傍目には、京に不案内な連れを案内している商いの者にしか見えなかった。


 組を割ったことで、もう一つ得るものもあった。江戸から来た者は、土地を教わりながら歩くことになる。半月かけて道を覚えるところを、京の者に付いて回れば数日で済む。


 彼らがやっていることは、外から見れば何ということもない。通りを歩き、辻で立ち止まり、また歩く。橋の上で足を止めて水面を眺め、船着きに腰を下ろして半刻ばかり動かない。町の者は、荷を待つ商人がひと息ついているのだろうと思って、気にも留めなかった。


 夕暮れ、京都試衛館の板敷きへ戻った沖田総司が、組んでいた京組の若い隊士を先に湯へ行かせてから、汗を拭きつつそう言った。


 実際には、数えていた。


 通りの名を覚え、水路にかかる橋の数を数え、船着きから宿までの歩数を測る。辻ごとに、そこから逃げようとする者が選べる方角が幾つあるかを頭に入れていく。


「江戸とは、やはり違いますね」


 夕暮れ、京都試衛館の板敷きへ戻った沖田総司が、汗を拭いながらそう言った。


「江戸の道は、真っ直ぐか、そうでないかのどちらかでしょう。真っ直ぐな道なら、追えば追いつける。真っ直ぐでない道なら、そもそも追えない」


「改めてみた京は、いかがです」


 山南敬助が、湯呑みを差し出しながら問い返す。


「全部の辻で、四つ…きれいに分かれますね」


 沖田は湯呑みを受け取って、一息に半分ほど飲んだ。


「碁盤ですから。北へ行っても、南へ行っても、東へ行っても、西へ行っても、必ずまた辻がある。逃げる側からすれば、選び放題だ」


「網を張るには、向きませんな」


「向きません。人が幾らあっても足りない」


 沖田はそう言ってから、湯呑みの縁を指でなぞった。


「それでね、山南さん。もう一つ気づいたことがあります」


「なんです」


「伏見の宿を、幾つか見て回りました。表から見て、二軒ばかりは中まで。連れが顔を利かせてくれましたので」


 沖田の口調は、いつもと変わらず軽い。


「どこも狭いんですよ。階段が急で、二階へ上がる幅は一人分しかない。廊下も細くて、刀を横に振ったら壁を叩きます」


「ええ」


「あそこで斬り合いになったら、退がる場所がない」


 山南は、柔らかく微笑んだまま黙っていた。


「山南さん。この町、斬り合いには向きませんね」


「ええ。ですから、我々にも向いておりません」


 沖田は、その返答に少し笑った。


 板敷きの奥では、京組の隊士たちが帳面を突き合わせている。


 有馬新七の所在を追う網は、ここ十日ほどで着実に絞られてきていた。三条から南、伏見にかけての町家と船宿を洗い、出入りする者の顔ぶれを控えていく。誰がどの宿に何度入ったか、誰と誰が同じ日に同じ場所にいたかを、一つずつ帳面へ落としていくのである。


 劇的な発見というものは、何一つなかった。


 ただ、同じことを毎日繰り返しているうちに、覚え書きの上の丸印が少しずつ増えていく。増えた丸印のあいだに線が引かれ、線の集まってくる場所が、だんだんと狭くなっていくのであった。


 半ばまで来ていたものが、七分方まで来た。


 山南は、その帳面を閉じると、脇に置いてあった暦を引き寄せた。


 久光の伏見到着は卯月の中頃と見込まれており、今日はまだ弥生の下旬にすぎない。


 残りは、二十日あまりであった。


 その数字を確かめても、山南の表情は少しも変わらなかった。焦っている暇があるならば、辻を一つ余計に数えたほうがよい。この男の頭のなかでは、常にそういう計算が回っている。


 ただ、その柔和な笑みの下で、既に何かが組み上がりつつあった。


 それが何であるかは、この場の誰にも分からない。


 沖田にすら、分からなかった。


五

 その数日後、京のとある公家の寄合で、小さな出来事があった。


 出来事と呼ぶのも大袈裟なほどの、些細なことである。


 春の午後、庭に面した座敷で、いつもの顔ぶれが、いつもの話をしていた。禁裏の年中行事のこと、誰それの家の跡目のこと、去年より藤の花つきがよいというようなこと。座は緩く、誰も本気で何かを論じてはいなかった。


 その座で、一人の男が不意に口を開いた。


「……薩摩が、上ってくるという話は、まことのようにござりますな」


 その一言で、座の空気がわずかに止まった。


 声を出したのは、末席に控えていた岩倉具視であった。


 公家らしい線の細さがまるでない男である。顔つきも体つきもごつごつとしており、若い頃は大工のせがれのようだと陰口を叩かれていた。家格は堂上のうちでも下のほうで、こういう寄合では、いつも末席で黙って茶を飲んでいる。


 その岩倉が、いま、自分のほうから話を切り出したのである。


「千の兵を率いて…と聞き及びます。もし、まことに都へ入ってまいりましたならば……朝廷は、いかに応ずべきものにござりましょうか」


 誰も、すぐには答えようとしなかった。


 答えられなかったのではなく、答えるべき問いだと思っていなかったのであって、そもそもこの座は、そういう話をする場ではないのだった。


 やがて年嵩の一人が、曖昧に笑った。


「はて。それは、関白殿がお決めになることでござろう」


「左様にござりますな」


 岩倉は、それ以上は押さずにあっさりと引いた。


 引いたのだが、座の空気はもう元には戻らなかった。


 一同の視線が、岩倉のほうへ集まっている。敵意でもなければ警戒でもなく、強いて言うならば、それはただの違和感でしかなかった。


 あの岩倉が、なぜ。


 この二十年ばかり、あの男が寄合で自分から口を開いたことが、一度でもあっただろうか。誰かに問われれば無難に答え、問われなければ黙って茶を飲んでいる男ではなかったか。


 その男が、いま、誰にも問われていないのに喋った。


 それだけのことである。


 それだけのことなのに、なぜか誰の頭からも、その一事が消えなかった。


 視線を浴びながら、岩倉具視は表情ひとつ変えずに茶を飲んでいた。


 喉を通っていく茶の温さを感じながら、この男の胸のうちには、それとはまるで別の熱があった。


 (――見られたな)


 思い返してみれば、二十年という歳月が過ぎていた。


 その二十年のあいだ、この男は誰の視界にも入らぬまま生きてきた。家格の低い堂上として、無難に、目立たず、誰の邪魔にもならぬように。その二十年が、たったいま、たった一言で終わった。


 この視線が、やがて別のものへ変わることを、岩倉は正確に承知していた。


 旗を持つ者は、必ず憎まれるのである。近衛の左府にそう言われたときも、この男は驚きもしなかった。承知したうえで、持たせていただけるのならと答えたのである。


 構わなかった。


 誰にも見られぬまま朽ちていくくらいならば、憎まれるほうがよほどましであった。


 その話が近衛邸へ届いたのは、二日ほど経ってからのことである。


 届いたといっても、報告というほどのものではない。寄合に居合わせた者が、まったく別の用件で忠房を訪ねてきた際、雑談の切れ端として漏らしていっただけであった。近ごろ岩倉殿が妙なことを言うておられました…と。


 忠房は、そのときは適当に相槌を打って聞き流した。


 その夜、私室にひとり残って、灯の前で長く黙った。


 庭では、若葉をつけた木々のあいだを夜風が抜けていく。日が落ちるのが、この一月でずいぶん遅くなった。


 何もかもが、想定したとおりに運んでいた。


 ただの一つとして、外れているものがない。あの男は舞台を与えられ、喜んで前へ出た。まずは違和感を集め、やがて警戒を集め、最後には憎悪を集めることになる。すべて、この部屋で組み立てたとおりに動いている。


 ――うまくいっておる。


 忠房はそう思いながら、同時にどうしようもなく後ろめたかった。


 後ろめたい理由を、この男は正確に自覚していた。岩倉を危うい場所へ置いたからではない。それはあの男自身が承知して受けたことであり、そこに騙しはない。


 そうではないのだ、と忠房は胸のうちで打ち消した。


 『――あの者は、嬉しそうであったという』


 それが、どうにも胸に引っかかるのである。


 誰にも見られずに二十年を過ごした男が、ようやく人の目に触れて、内心で手応えを感じている。その手応えの正体が、実は「的にされ始めた」ということでしかないと、あの男は承知している。承知していて、なお嬉しいのだ。


 その嬉しさを用意したのは、この自分であった。


 忠房は灯芯を見つめたまま、しばらく動かなかった。


 そして、己の仕事のことを考えた。


 いま忠房がなすべきことは、何もしないことであった。器はもう据えてあり、勅使の人選も朝議の流れに乗せ、旗を担ぐ顔まで置いた。ここから先で下手に動けば、なぜそこまで手回しがよいのかと、必ず問われることになる。


 動かぬということが、この男の職務になったのである。


 これほど難しい職務を、忠房はこれまでに経験したことはなかった。


六

 弥生も二十九日を数えた日のことである。


 淀川の河口に近い船着きへ、一艘の船が着いた。


 大坂の水は、京の水とも薩摩の海とも違う匂いがする。川の泥と荷揚げされた米俵、それに船底へ溜まった水が混ざり合った、いかにも生活の匂いであった。荷を担ぐ人足の掛け声と値を張り合う声、船頭が縄を投げる音までが絶えず重なり合っており、ここが政の町ではなく商いの町であることを、否応なく思い知らせてくる。


 その雑踏のなかへ、一人の大男が降り立った。


 身の丈は六尺に近い。肩幅が異様に広く、着物の上からでも胸板の厚みが分かる。太い眉の下には、人を射抜くような大きな眼があった。


 西郷吉之助という、その男の名であった。


 半歩ばかり後ろから、村田新八が黙って続いている。


 鹿児島を発ったのは弥生の十三日であった。先遣隊の責めを負い、久光本隊が滞りなく京へ入れるよう、宿所を押さえ、朝廷への根回しをつけておくのが役目である。


 命じられていたのは、赤間関で本隊を待つことであった。


 西郷は、待たなかった。


 赤間関に着いたのは弥生の二十二日である。関門の潮の匂いのする湊で、この男は幾つかの噂を耳にした。上方の志士どもが、久光の上洛を討幕の挙兵と読み違え、続々と京へ集まりつつあるという噂であった。


 その日のうちに、西郷は船へ乗り込んでいた。


 ただ、それだけのことである。


 なぜ待たなかったのかを、この男は誰にも説明しなかった。村田にすら、一言も言わなかった。ただ荷をまとめ、船を手配し、東へ向かった。


 大坂に入ってから、西郷が最初にしたのは、聞くことであった。


 在坂の志士たちを訪ね、あるいは訪ねさせ、いま上方で何が起きているのかを丹念に拾い集めていく。平野国臣という筑前の男の名も、その過程で幾度か出た。


 拾い集めたものを並べてみて、西郷の腹の底は冷えた。


 思っていたよりも、事態は遥かに悪かった。


 集まっているのは十や二十という数ではなく、しかも薩摩の者だけではなくて、他藩の浪士がいくらでも混じっている。彼らは久光が討幕のために立ったと信じており、その信念には一分の疑いもない。


「こんままじゃ、藩が潰るっ」


 西郷は、拾い集めたものを並べたうえで、そう見切った。


 もし京で公卿や所司代が斬られれば、幕府は薩摩を反乱の徒と断じる。断じるだけの理由が、向こうにはある。無位無官の私人が、幕府の許しも得ずに千の兵を都へ入れているのだ。そこへ暗殺が重なれば、言い逃れの余地は一片も残らない。


 そうなれば、久光の企てが潰れるだけでは済まなくなる。


 薩摩という国そのものが、この世から消えることになるのであった。


 その夜、西郷は宿の一室で、村田を前に胡座をかいていた。


 開けた障子の向こうから、川の音が絶えず流れ込んでくる。


「新八どん」


「はい」


「京の藩邸へ移る。二本松じゃ」


「承知しもした」


「そいから、直(じ)かには会わん」


 その一言に、村田がわずかに眉を動かした。


「有馬さぁたちに、でごわすか」


「会えば、火に油を注ぐだけじゃ」


 西郷の声は低く、そして遅かった。この男は言葉を多く使わぬかわりに、一つ一つがずしりと重い。


「有馬さぁは、おいを知っちょっ。おいが行けば、あん人は『やはり西郷どんも同じ考えじゃ』と思わるっ。思わせたら終わりじゃ」


「では、どげんなさりもす」


「間に人を立てる」


 そう言って、西郷は太い指で己の膝を一度だけ叩いた。


「国父さぁの本隊が着くまで、決して軽はずみに動くな。そいだけを、幾度でも伝えさせる。おいの名は出さん。出さんでも、伝わればよか」


「……間に合いもすか」


 その問いに、西郷はすぐには答えなかった。


 しばらく川の音を聞いていた。


「間に合わせる」


 それだけを言って、この大男は口を閉じた。


 久光の本隊は、いまごろ筑後の街道あたりを歩いているはずである。赤間関へ着くのは、まだ十日近く先になろう。着けば、自分が命に背いて先へ来たことを知られ、知られたならば、ただでは済むまい。


 それも承知していた。


 承知したうえで、この男は先へ来たのである。


「斬らせんど」


 西郷は、胸のうちで一度だけ、そう繰り返した。


「誰(だい)一人、斬(き)らせんど」


 その願いが、久光が駕籠のなかで抱えていた恐れと、寸分違わぬものであることを、この二人はまだ知らない。


 そして西郷は、腕を組んだままいつまでも動かずにいた。抑えねばならぬと胸のうちで繰り返しながら、この男はまだ知らずにいた——同じ空の下でまったく同じ四十人を、まるで逆の方角へ引き寄せようとしている者がいることを。


 第百五十七話 了

岩倉具視…ボッチのかまってちゃんか???( ̄  ̄;) うーん


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