第百五十六話「京洛布陣編―器を据える」
一
伏見の水路は、弥生も十日を過ぎるころになると、冬のあいだ底に沈んでいた冷たさをようやく手放して、船着きの杭のまわりで柔らかな音を立てるようになる。並んだ酒蔵の白壁からは仕込みの終わった甘い匂いが日じゅう漂い出ており、その匂いは水面を這うようにして町なかへ流れ込み、荷を運ぶ人足たちの汗の匂いと混ざり合っていた。柳の枝はもう芽吹きを済ませて、青みを帯びた細い葉を風のたびに揺らしている。
その柳の下を、八人の男が黙って歩いてきた。
誰も口をきかない。というよりも、口をきくだけの力がもう残っていないというほうが正しかった。江戸を発ったのは如月の末であり、東海道百二十里余りを、宿場ごとに継ぐ馬も駕籠も使わず、ひたすら己の脚だけで歩き通してきたのである。半月に近い行程だった。
男たちの脚絆は土の色に染まりきっており、草鞋は幾度も履き替えたはずなのに、どれも縁がほつれかけている。顔は日に灼けて赤黒く、唇は乾いて薄く割れていた。歩幅がわずかに乱れているのは、脹脛の裏側がとうに固まってしまって、地面を蹴る感覚が鈍くなっているせいだった。
それでも歩調だけは、八人とも不思議なほど揃っていた。半月ものあいだ同じ速さで同じ道を踏み続けた者たちの脚は、もはや意思とは別のところで拍を刻むようになるものらしい。
その先頭を行く若者だけが、なぜか笑っていた。
「山南さん、痩せましたね」
開口一番がそれだった。
町家の格子戸を開けて出てきた男は、色白の優男で、着流しの木綿がいかにも手習いの師匠らしく地味である。その男が沖田総司の顔を見て、少し呆れたように眉を下げた。
「総司。半月も歩いてきて、最初に言うのがそれですか」
「だって、ほんとうに痩せましたもの。京の水は江戸より痩せるんですか」
「京の水ではなく、京の人が痩せさせるんですよ」
山南敬助は言いながら、沖田の後ろに続く七人へ順に目を配った。轟鉄之助、朽木弦一郎、浅黄隼人——江戸で名を呼んで送り出された者たちが、いま自分の前に立っている。誰の顔にも疲労が刻まれていたが、目だけはまだ死んでいなかった。
「まずは湯です。それから飯。話はそのあとで結構」
山南が振り返ると、格子戸の奥からはもう湯気が立っていた。八人分の湯が沸かされ、八人分の膳が支度され、八組の寝床まで既に整えられている。誰かに命じられて慌てて用意したものではなく、何日も前から日を数えて待っていた者の支度だった。
沖田が、その湯気を見て笑みを深くした。
「山南さんは、こういうところが本当にずるいと思います」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
山南は柔らかく笑い返しながら、内心では別のことを数えていた。
この若者は今年で二十歳になるかならぬかであり、自分はもう三十に手が届く。それだけの年の差があるというのに、剣に関する限り、この娘のような顔をした若者に届く見込みは、生涯かけても持てそうにない。それを悔しいと思わなくなったのは、いつからだったろうか。
可愛いと思うのと同時に、恐ろしいとも思う。この二つの感情が同じひとりの人間に対して並び立ってしまうということを、山南は沖田という若者を通してはじめて知ったのであった。
同じ日の夕暮れ、京の北西——近衛邸の裏手の潜り戸を、旅装の男がひとり叩いていた。
二
その夜、忠房は私室の灯をひとつだけ灯させて、人払いを命じた。
庭では東山からの風がまだ冷たさを残しており、若葉をつけはじめた木々のあいだで、燕らしい鳥の影が一度だけ横切っていった。日の落ちるのが、この十日ばかりで目に見えて遅くなっている。
文机の上へ置かれた書状は、封を切る前から様子が違っていた。江戸の娘の几帳面な筆とは似ても似つかぬ大らかで少し崩れた字が表に躍っており、その脇には、まるで別人の手のような恐ろしく細かい算用の字が添えられている。
――土佐の男か。
そう見当をつけながら、忠房は封を切って、まず全体へ目を通していった。
読み終えてまず感じたのは、意外なほど静かな安堵であった。
娘の書いてきたものと、この一通とが、少しも重なっていないのである。
糸子が書き送ってきたのは、久光が何を求めてどの道を通り、どこへ着いてそこで何を言うか——つまり企ての目的と行程と帰結であった。ところがこの一通に並んでいるのは、兵の数であり銃の種類であり、荷駄の数であり随行する者どもの名と役目である。娘が絵図の輪郭を描いたところへ、後から中身のほうが流し込まれていく。
二つが噛み合って、はじめて一枚の絵になった。
そして絵になったとき、忠房の背筋を這い上がってきたのは、兵の数でも銃でもなかった。
――砲を、ばらして箱に入れておるのか。
書状には、ただそう書いてあるだけである。大砲を複数門、解体して長持に詰め、中身が分からぬようにして運ぶと。それ以上の解説はどこにも添えられていない。
だが忠房は、その一行を三度も読み返していた。
隠すという行いには、必ず前提がついて回る。人というものは、見つかったところで何も起きぬものをわざわざ隠したりはしないのであって、隠すのは、見つかったときに何が起きるかをあらかじめ考えた者だけである。
考えたということは——腹が決まっているということだ。
久光は、道中で咎められる場合を想定している。想定したうえで、それでも砲を運ぶと決めた。すなわちあの男は、見咎められたその時には、戦うつもりでいる。
「……示威では、ないのだな」
誰もいない部屋で、忠房は低くそう呟いた。
書状に記された残りの二つも、決して軽いものではなかった。
一つは、洋式の小銃を持つ歩兵が、ばらばらの寄せ集めではなく部隊として編まれていること。いまだ多くの藩が火縄の域を出ぬこの時期に、射程も精度も桁の違う兵が、組織として動いている。
もう一つは、無位無官の私人にすぎぬ男が、大藩の藩主並みの格式で行列を組み、幕府の許しも得ずに千の兵を京へ動かすということ。これは参勤交代という枠組みそのものへの、公然たる否認であった。
そして書状の最後には、人の名ばかりを並べた一枚の紙が挟み込まれていた。
奈良原喜八郎に大山格之助、道島五郎兵衛に山口金之進。さらには西洲乙次郎と中井栄次郎といった名が並んでおり、そのそれぞれの下には、示現流あるいは薬丸自顕流という流派の名が小さく書き添えられていた。
久光が直々に手元へ置いた、剣の遣い手ばかりを集めた組である。
忠房はその紙を灯にかざし、しばらく見つめていた。
行列を外から眺めているだけの者には、この一枚は絶対に書けない。兵の数なら街道筋の宿場で数えられるし、砲の長持なら荷の大きさから察しがつく。だが、誰が誰の直命で動くかという一事だけは、薩摩の内側に入り込んだ者にしか掴めない。
――五代才助、と申したか。
娘の書状にあった名を、忠房はゆっくりと思い出していた。薩摩藩士でありながら、坂本という土佐の男に手を貸しているという若者である。この一枚は、その男が己の首を賭けて書き送ってきたものであった。
三
紙を文机に戻したとき、忠房は自分の呼吸がひとつ、深くなったことに気づいた。
安堵の理由は、情報の中身ではなかった。
この十日ばかり、忠房を最も苦しめていたのは、実のところ薩摩ではない。己の足元であった。
朝廷が薩摩の企みを先に知っている——それが露見したとき、必ず問われるのは「なぜ知ったか」である。これまで忠房が持っていた答えは、答えとは呼べぬ代物だった。知っていたのではなく、先に用意していただけである、と言い張る。ただそれだけの、振る舞いによる防御でしかない。
軽く探られる程度なら、それで凌げる。だが本気で追う者が現れれば、この壁は紙一枚の厚みもない。追われれば会所の網へ、網を遡れば江戸へ、江戸を遡れば娘へ届く。
いま、その手元に、薩摩から届いた一通がある。
誰から聞いたのかと問われれば、忠房は答えられる。薩摩に入れてある者からの報せである…と。それは嘘ではない。物として存在し、日付も筆跡もあり、経路まで示せる。
――態度が、物になった。
振る舞いで守っていたものを、これからは紙で守れる。娘の首に巻かれていた縄が、これで一巻きだけ緩んだ。
もっとも、と忠房は思い直した。
一巻き緩んだところで、縄は依然として首にかかったままである。会所の網そのものを誰かが辿りはじめれば、結局は同じところへ行き着く。緩んだ一巻きの下に、まだ何巻き残っているのか——忠房が数えはじめたのは、安堵した次の瞬間であった。
灯芯が小さく鳴って、部屋の隅の闇がわずかに揺れた。
忠房は書状を丁寧に畳み直すと、廊のほうへ声をかけて家司を呼んだ。
「藤右衛門。伏見へ使いを立てよ。山南に、明日にでも参れと伝えるのじゃ」
「はい、しばしお待ちくださりませ」
藤右衛門は用向きを問いもせず、いつもと変わらぬ足取りで廊の奥へ下がっていった。
四
伏見の道場——旭狼衛京支部が表向きに掲げている看板は、京都試衛館という。
その板敷きの一角に、その夜、三十を超える男たちが膝を詰めて座っていた。稽古の名残の汗と埃の匂いが、まだ天井の梁のあたりに残っている。行灯は三つしか灯されておらず、後ろの列にいる者の顔は暗がりに沈んでいた。
山南が、いつもの柔らかい声で口を開いた。
「まず、こちらの数から申し上げます」
誰ひとり口を挟む者はなく、板敷きの上には行灯の芯の鳴る音だけが残った。
「京の支部は、いま総勢で四十七名ほど。うち実戦に耐えうる中核が三十五名、剣術修行中の門弟で、隊士への昇格を控えた者が十二名です」
山南は、そう言いながら指を一本ずつ折っていった。
「今度の一件に出せるのは、中核から三十三名。江戸から着かれた八名、京の二十名、それに予備の五名。準隊士は出しません。あの者たちを使うということは、旭狼衛が数に困っていると認めることになりますので」
「三十三名」
沖田が、その数だけを口の中で確かめるように復唱した。
「はい。それと、長州へ出しておりました権藤凱山を、こちらへ呼び戻しました。萩には伊庭宗次郎と薄宿梟介が残っておりますから、あちらの目が塞がる心配はありません」
山南はそこで、懐から二枚の紙を取り出して、板敷きの上へ並べた。
「一枚目です。筆頭は、有馬新七」
山南は紙の上を指でなぞりながら、名を一つずつ読み上げていった。
「柴山愛次郎、橋口壮介、橋口伝蔵。西田直五郎、弟子丸龍助、田中謙助、森山新五左衛門。いずれも薩摩藩内の過激な一党で、誠忠組と名乗っております」
読み上げる声はどこまでも穏やかで、まるで手習いの手本を読んでいるようであった。
「これに、他藩の方々が加わります。清河八郎は出羽庄内の浪士で、諸国の志士に顔の利く男。古高俊太郎は近江の郷士で、この者は連絡役をしております。ほかにも名の挙がっている者が、十数名」
「合わせて、どれくらいに」
「集まろうとしているのは、およそ四十名かと」
道場の空気が、そこでわずかに重くなった。
三十三名で四十名を相手にするというのは、数の上で不利というほどではないにせよ、決して有利ともいえない。しかも相手はことごとく、死ぬ気で集まってくる薩摩隼人なのである。
「有馬の所在は」
沖田がそう問いかけると、山南は静かにうなずいて答えた。
「探索は、もう半ばまで来ております。近衛様より直々に名を承ってから、こちらの網を伏見と三条に絞り込んで参りましたので。あと数日のうちには、寝床まで押さえられましょう」
「では、あとは踏み込むだけですね」
「ええ。——ただ、その前に」
山南はそう言って、もう一枚の紙をゆっくりと板敷きの上へ広げてみせた。
沖田が身を乗り出して覗き込んだものの、行灯の光がそこまで届かなかったので、彼は紙のほうを手元へ引き寄せた。
「奈良原喜八郎、大山格之助、道島五郎兵衛。山口金之進、西洲乙次郎、中井栄次郎」
沖田が読み上げた名の一つ一つには、示現流あるいは薬丸自顕流と、流派を示す小さな字が添えられていた。
「……こいつら、鎮撫使っていうんですね」
「そうです。近衛様から名を頂いたときに伺いました」
沖田はしばらく紙を見つめてから、顔を上げた。その顔には、いつもの微笑がまだ乗っている。
「山南さん。この二枚目は、斬る相手の名ではありませんね」
山南は答えなかった。
答えずに、微笑んだまま沖田を見返している。それは教える者の顔ではなく、生徒がどこまで行くかを見届けようとしている者の顔であった。
沖田は、もう一度その紙へ目を落とした。
久光が直々に手元へ置いた剣客であり、しかも示現流と薬丸自顕流の、それも最上の遣い手ばかりが揃っている。行列の護りに付くとは聞いているものの、この顔ぶれは、外から襲うてくる者を防ぐための備えではない。
では、何のために置かれたのか——その答えは、いま板敷きに広げられた一枚目の紙の上にあった。
「……この人たちは」
沖田の声から、ゆっくりと軽さが抜けていった。
「僕らと、同じ仕事をしに来る人たちだ」
山南が、静かにうなずいた。
「そのとおりです」
「久光公は、身内が暴発することを承知しておられる。承知しておられるから、あらかじめ斬る役目の者を連れてきている。伏見に着けば、まずご自分の手で片づけられる」
「はい」
「そうなれば、手柄は薩摩のものになる」
沖田は紙を板敷きへ戻し、両の手を膝に置いた。
「姫様がお決めになったのは、この手柄を京都所司代へ渡すことです。渡した所司代を、御門様が褒める。褒められた幕府は、栄誉の出どころが朝廷にあると、自分から認めることになる。——薩摩に先を越されたら、その道が全部消える」
「ええ。ですから、これは名簿ではなく暦なのですよ」
山南は、二枚目の紙を指の背で軽く叩いてみせた。
「この方々が伏見へお着きになった日が、我々の締切です。それまでに終わっていなければ、我々がここで何をしていようと、意味は残りません」
「久光公の伏見到着は」
「卯月の中頃と見込まれております」
沖田は日を数えようとして指を折りかけたが、その手を途中で止めてしまった。
「ひと月、ないんですね」
「ありません」
道場の後ろの列で、誰かが小さく息を呑む音がした。
ひと月足らずのうちに、四十名を、三十三名で処理する。しかも近衛の名も旭狼衛の名も、現場には一片たりとも残せない。剣の腕の話ではなかった。腕がどれほど立とうと、この条件そのものが人を殺しにかかってくる。
誰にとっても、その二十数日という数字は短すぎた。京の町は広く、志士どもは宿を変え、こちらは近衛の名も旭狼衛の名も現場に残せない。剣の腕がどれほど立とうと、腕で片づく類の話ではないことだけは、板敷きに座る誰の目にも明らかであった。
沖田が、ふと笑った。
「山南さん。ずいぶん無茶を仰る」
「私が仰っているのではありませんよ」
山南は、あくまで丁寧な口調のまま答えた。
「江戸の姫様が、そうお決めになったのです。私はそれを、日にちに直してお伝えしているだけでして」
その柔和な笑みの下で、この男が既に何かを計算していることに、この場の誰も気づかなかった。
五
翌々日の午前、近衛邸の客間に、久しく訪れることのなかった客があった。
庭に面した障子はすべて開け放たれており、東山のほうから流れてくる若葉の匂いが、部屋の隅々にまで届いている。前庭の糸桜はとうに散り終えて、いまは緑の細い葉ばかりを垂らしていた。
岩倉具視は、勧められた床几に腰を下ろすと、まず茶を一口飲んで、それから黙った。
この男は、決して先に話しはじめない。相手の言葉をすべて聞き終えてから、そのうえで己の言葉を選ぶのであって、数年前にこの邸で向かい合ったときもまったく同じであった。
「岩倉。しばらく顔を見せなんだが、変わりはないか」
「はい。近衛様におかれましては、御多忙のことと存じ上げておりました」
言葉つきは穏やかであったが、その目は既に何かを測っている。なぜ呼ばれたのか、その仮説をおそらく三つか四つ立てて、こちらの一言ごとに削っていく。そういう男であることを、忠房は先刻承知していた。
ゆえに忠房は、余計な前置きを一切しなかった。
「近く、薩摩が上って参る」
その一言に、岩倉の茶碗が宙で止まった。
「……千の兵を率いて、と伺いますか」
「よく存じておるな」
「風の噂ほどには、耳を塞いでおりませぬゆえ」
忠房はそこから、順を追って話を進めていった。久光が掲げるであろう旗のこと、公武合体という四字が遠からず京の空に翻るであろうこと、そしてその旗を朝廷の側から先に掲げてはならぬということ。
「掲げれば、その旗は朝廷のものになる。旗はな、岩倉。掲げた者のものになり——掲げた者は、必ず的になる」
「左様に存じます」
「されど、朝廷のうちにも、その旗を担ぐ顔が要る。薩摩だけに持たせておいては、公家は蚊帳の外じゃと申す者が必ず出るゆえ」
岩倉はゆっくりと茶碗を置いたが、その手つきにはいささかの乱れもなかった。
「その顔を、わたくしにと?」
「左様」
部屋のなかがしばらく静かになり、開け放たれた障子の向こうで、鳥が一度だけ短く鳴いた。
やがて忠房は、声の調子を変えずにこう続けた。
「岩倉。人は、旗を持つ者を憎むものだ」
「存じておりますとも」
「憎しみは、必ず旗へ向かう。近衛には向かわぬ。九条にも、鷹司にもだ。旗を持っておる者ひとりに向かうのだ」
「はい」
「それでも、そちは持つか?」
その問いを受けて、岩倉はそこで初めて目を上げた。
その目の奥にあったものを、忠房は生涯忘れないだろうと思った。喜びでも、野心でも、恐れでもない。もっと単純で、もっと痛ましいもの——長く待たされた者が、ようやく名を呼ばれたときの顔である。
「……持たせていただけるのなら」
そう答えた岩倉の声は、驚くほど落ち着いたものであった。
「近衛様は、数年前、わたくしに一つだけ仰せになりました。内戦なき近代化と。それだけを仰せになって、あとは何もお話しくださらなかった」
「そうだな」
「以来わたくしは、待っておりました。手立ては教えていただけませぬ。企ての中身も存じませぬ。ただ、いつか使い道が参るのであろうと、それだけを頼りに」
岩倉はそこでわずかに笑ったが、笑うとこの男は、なぜか少しだけ幼く見えるのであった。
「わたくしの家は、公家のうちでも下の下にござります。どれほど頭を働かせたところで、家格の壁は動きませぬ。動かぬものを動かそうと思えば、動く場所へ出るほかない。……的になることなど、いまさら恐れは致しませぬ」
そこまで言ってから、岩倉はふと真顔に戻った。
「しかし近衛様。一つだけ、申し上げておきたきことが」
「なんじゃ」
「わたくしは、名が惜しゅうて前へ出るのではござりませぬ。この国を、内戦で焼かせたくないのでござります。そこだけは、お疑いくださいますな」
忠房は、深くうなずいてみせた。
うなずきながらも、その胸の内ではまったく別のことを考えていた。
この男は、こちらが手を汚さずに済むように、自分から汚れに行く。しかも、汚れに行くことを承知したうえで行く。承知していないのはただ一点——『誰がその的を用意したか』それだけである。
礼を言おうかと、忠房は一瞬だけ考えたものの、すぐにやめた。この場合、礼という言葉はこの男への侮辱にしかならないからである。
岩倉が辞去したあと、忠房は開け放たれた障子の前に立ち、しばらく庭を眺めていた。
――そういえば、三条は萩じゃったな。
ふと、そんなことが頭の隅をよぎっていった。あの誠実な若者はいま、遠い長州で朝廷からの監視の役目を負っている。もしここに三条がいたなら、同じ話を持ちかけることはできなかっただろう。三条は嘘をつけない。嘘をつけない者に旗を持たせれば、その者は本当に信じてしまう。
その点、岩倉は信じないまま担ぐことのできる男であった。
だからこそ使えるのだ、と忠房は思った。
六
朝廷を動かすというのは、正論を述べることではない。
忠房が数日をかけてやったことは、傍から見れば何ひとつ政らしくなかった。
まず、口の軽いことで知られる若い公家を二人ばかり選んで、世間話のついでに薩摩の噂を落とした。千の兵が上ってくるらしい、そうなれば朝廷から幕府へ何か申し送ることになろう、勅使を立てるとなれば誰であろうな——という程度の、結論のない話である。
その二人が、三日のうちに二十人へ広げた。
次に忠房は、関白・九条尚忠のもとを訪ねた。訪ねた用件は勅使とは何の関係もない、来月の法会の差配についてであった。話のあいだ、忠房は持参した書きつけを文机の端に置いたままにしておいた。そこには、近年の勅使の先例と、その折の人選が、几帳面に並べてある。
九条は法会の話をしながら、二度、その紙へ目を落とした。
三度目に落としたとき、九条のほうから口を開いた。
「左府。ときに、薩摩の話は聞いておられるか」
「……はて、噂ばかりは」
「勅使を立てるやもしれぬという話じゃ。誰ぞ、心当たりはござらぬか」
ここで名を出してはならぬと己に言い聞かせながら、忠房は少しばかり困った顔をして見せた。
「さて。血の気の多い御方では、幕府と揉めましょうし、かと申して大人しい御方では、幕府に軽んじられまする。難しゅうござりますな」
「難しいのう」
「まことに」
それから二日ほど経って、九条のほうから使いの者が寄越された。
大原重徳ではどうであろうか、という相談であった。
忠房は、ここでわざと軽く反対してみせた。大原殿はいささか激しすぎるのではないか、幕府を怒らせては元も子もないではないか…と。すると九条は色をなして反論してきた。むしろ激しいくらいでちょうどよいのだ、幕府に舐められてはならぬではないか——そう言い募りながら、自分で思いついた案を守るために、関白はにわかに熱心になっていった。大原殿ならば必ず押し切るであろう、と繰り返しながら。
「……左様に仰せられますならば、わたしに異存はござりませぬ」
忠房は、いかにも渋々というふうを装いながら頭を下げた。
邸へ戻る道すがら、輿の中で忠房が考えていたのは、こういうことであった。
人選など、正直なところどうでもよいのである。大原であろうと誰であろうと、江戸へ下って幕府を怒鳴りつける役目は、舞台さえ与えれば大抵の者が果たす。六十を越えてなお血気の失せぬあの老人ならば、なおさら存分に前へ出るだろう。
肝要なのは人選などではなく、そこに書かれる勅の中身のほうであった。
慶喜をどの職に、いかなる条件で、いかなる枠のうちに据えるか。その一字一句が、この先十年の国の形を決める。文案は江戸の娘が調え、追って送ってくることになっていた。そして薩摩には、その中身を一字たりとも知らせてはならない。
久光は勅使を護るという任に誇りを持ち、大原は己の力で幕府を動かしたと信じるであろうが、忠房にとってはそれでよかった。
――万機公議。
忠房はその四字を胸の内で一度だけ唱えると、口には出さぬまま、そのまま通り過ぎた。
七
同じころ、江戸では春がひとつ深まっていた。
一橋上屋敷の奥御殿では、池の面に落ちた青楓の若葉が、風の来るたびに岸のほうへ寄せられては、また中央へ戻っていくのを繰り返していた。京よりも春の湿りが重く、障子を開けていても、空気がどこか肌に貼りつく。
糸子は脇息にもたれたまま、手元の書状を二度読んだ。
勝麟太郎からの報せである。
あの男の字は相変わらず癖が強く、要点と余談の区別が乱暴で、読みにくいことこの上ない。だが糸子が探しているものは、いつも余談のほうに埋まっている。
――問いが、変わっている。
書状によれば、この冬から春にかけて、あの御方が勝に投げる問いの質が明らかに移ったという。
以前は、異国をいかにして追い払うか、という問いだった。それが近ごろは、軍艦を一隻造るのにいくらかかるか、水夫を育てるのに何年かかるか、幕府の歳入は年にどれほどか——そういう問いに変わっているらしい。
しかも、と勝は書いていた。追い払う話を、まったくなさらなくなったと。
糸子はそこまで読んで、書状をいったん膝の上へ置いた。
庭のほうでは、鳥が水を蹴って飛び立つ音がしている。
「……熟れましたね」
控えていた村田蔵六が、無表情のまま顔を上げた。
「熟れた、と仰いますと」
「土が湿ったということです。追い払えるかを問う人は、まだ乾いています。いくらかかるかを問いはじめた人は、もう心のどこかで、追い払えないことを認めている」
糸子は、指先で書状の端を軽く弾いてみせた。
「平岡殿のお名も出ていますね。あちらの側近が同じ問いを共有しているなら、なお結構です。ひとりで考えている思いつきは消えますが、二人で話し合ったものは残りますから」
「では、そろそろお会いになりますか」
村田が、いかにも当然のことのようにそう尋ねてきた。
糸子は少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「まさか」
「なぜです。同じ屋敷ではありませんか」
まさにそのとおりだった。
この奥御殿から廊下を三つ折れて、中庭を回り込めば、あの御方の御座所である。歩いて幾らもかからない。日によっては、遠くから人の声が聞こえてくることさえある。
それでも糸子は、この屋敷に入ってからただの一度も、あの御方と顔を合わせてはいなかった。廊下の角を曲がれば済む距離に、この国の行く末を左右する男が住んでいる。それを知りながら、彼女は毎日その角の手前で引き返しているのである。
「会えば、あの御方は必ず気づかれます」
糸子は池のほうへ目をやった。
「近衛の姫が、自分に何かを期待している——そう気づかれた瞬間に、あの御方にとってこの話は『誰かの絵図に乗ること』になります。あれは、気位で生きておられる方です。乗せられたと思えば、必ず後ろ足で蹴ってこられる」
「では、どうあれば」
「ご自分で考えて、ご自分で辿り着かれたと信じていただく。それだけです」
糸子は言い終えてから、少しだけ間を置いた。
「わたくしは、この屋敷に住まわせていただいております。ご飯もいただいております。それでいて、一度もお会いしない。ずいぶん失礼な居候だと、我ながら思いますけれど……」
「朝廷の使者にはなるべく触れない…というのが、幕府の方針のようでもありましたしねぇ」
村田は、それには何も言わなかった。
糸子は書状を丁寧に畳み直しながら、遠い西の空のほうへ思いを向けた。
京の父からの便りは、まだ届いていない。父がいまごろ何をしているのかも、細かいところまでは知らずにいる。だが、知らずとも分かることが一つだけあった。
――座は、父上が用意してくださる。
千年の家格をもって、あの人はきっと器を据えるだろう。争わず、正面から迎え撃たず、久光が着く前に、座るべき場所をそこへ置いてしまう。
――座に着かせる人は、わたくしが用意する。
糸子は、そう考えながら脇息にもたれ直した。
正直なところ、少しばかり退屈であった。江戸で待つというのは、つまるところそういうものである。
八
弥生も十五日を数えた、その夜のことである。
忠房は文机の前で、一人、最後の一点を詰めていた。
器の形は、もう大方できあがっていた。表の座と名誉は久光へ渡してやり、公武合体の旗は薩摩に持たせたうえで、岩倉が朝廷側の顔になる。勅使は大原重徳とし、その中身は最後まで伏せておく。
残っているのは、久光をどのように迎えるか——その形式ひとつだった。
これは案外に厄介であった。
門番のごとく迎えれば、久光は侮られたと感じる。侮られたと感じた者は、必ず力ずくで座を奪いに来る。かと申して、対等の使者として迎えれば、無位無官の私人に大名の格を与えたことになり、幕府から必ず突かれる。
どちらも駄目である。
忠房は目を閉じ、己の家が背負ってきた千年の重みのなかを、ゆっくりと探った。
そうして探るうちに、忠房はふと思い当たった。
――島津は、近衛の家礼じゃ。
これは数百年にわたって双方が承知してきた関係であって、島津家は近衛家の家礼、すなわち主家とその下につく家という間柄にあたる。この関係は幕府が定めたものでも朝廷が決めたものでもなく、ただ時が勝手に積み上げてきた事実であるがゆえに、誰にも否定することができない。
ならば、迎え方はおのずと決まってくる。
門番のごとくでもなく、対等の使者としてでもなく、主家が久しく訪れなかった家礼を遇する礼をもって迎えるのである。
忠房は、その形式を頭のなかで組み立てながら、思わず口の端を持ち上げた。
これならば、久光は面目を潰されるどころか、むしろ格を上げられたと感じるであろう。近衛家の主家筋から直々に遇されたという事実は、外様の身にとって、幕府から与えられるどの官職よりも重いのである。
そしてその一方で、「近衛が与えた」という順序だけが、いつまでも動かぬまま残ることになる。
「争うて座を取らせれば、あの男はそれを己の力と思うであろう」
忠房は、誰へともなく低くそう呟いた。
「じゃが、こちらが先に据えておけば……座は、こちらのものじゃ。座る者が、誰であろうとな」
娘の書状には、この一手は書かれていなかった。
書かれるはずもない。あれは近衛家に生まれてはいるが、この家が数百年かけて島津と結んできた関係の重みまでは、書物では知りようがないのである。
忠房は筆を執ると、迎えの次第を一項ずつ、余白の隅まで丁寧に書き記しはじめた。
これで、器は据わったことになる。
九
それから明けて、弥生十六日の払暁のことである。
遠く南の空の下、鹿児島の城下では、まだ星の残る空に鬨とも祈りともつかぬ低い声が上がり、千の足が一斉に土を踏みはじめていた。長持に詰められた砲は、外から見ればただの荷である。対の槍が、白みかけた空へ向かってゆっくりと立てられていく。
その朝、京はいつもと変わらぬ顔で目を覚まし、鴨川の水は変わらぬ音を立てて流れていた。伏見の道場では若い隊士たちが素振りをはじめ、御所の白洲には昨夜の露がまだ光っている。
南の空の下で千の足が土を踏みはじめたことを、この都の誰ひとりとして、まだ知らずにいた。
知っていたのは、それを先に書いた江戸の娘と、その父だけであった。
第百五十六話 了
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