↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末に転生したら近衛家の姫でした。まず屋根を直します【累計350万PV/80万UU突破‼ 幕末経済戦記】  作者: 1009


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
135/243

第百三十五話「二つの軌跡―捨て駒(中編)」

一

 文久元年、神無月。


 浜岡藩江戸上屋敷の北の屋敷は、同じ邸内でありながら、明らかに異質な空気を孕んでいた。

 正室の居住する御殿に近いこの一角には、京好みの洗練された調度品がさりげなく配され、廊下は塵一つなく掃き清められている。しかし、その完璧な調和からは、ぬくもりというものが一切削ぎ落とされていた。張り詰めた静寂。人の出入りは極端に少なく、交わされる声はどれも地を這うように低い。余人を頑なに拒む閉鎖的な気配が、棟全体にどす黒くわだかまっていた。


 その奥まった一室で、一人の男が文机の前に端座していた。


 鵜飼帯刀。浜岡藩中老であり、正室派の実質的な最高権力者である。


 年齢は五十前後。痩せて骨ばった体躯に、上質な紬を寸分の乱れもなく着こなしている。削げた頬、薄い唇、そして何より、その奥に潜む底知れぬ知略が男の威容を形作っていた。最も印象的なのはその眼だ。細く、乾ききっており、感情の温度がまるで感じられない。冷徹に人間を値踏みし、利用価値がなくなれば一瞬の躊躇もなく切り捨てる――そういう眼であった。


 障子の外は、すでに宵闇が下り始めている。


 その鵜飼の前に、額にべっとりと油汗を浮かべた配下が、畳に額をこすりつけて平伏していた。

「申し上げます。……仕損じましてございます」

 文鎮を指先で弄んでいた鵜飼の手が、ぴたりと止まった。

「……何と言った」


「は……若君は、ご存命。集めた浪人どもは捕縛されるか、さもなくば四散いたしました。事は……成りませなんだ」

 配下の声は、恐怖で惨めに震えていた。


 鵜飼はすぐには言葉を発しなかった。ただ、薄い唇をわずかに引き結んだだけである。しかし、そのあまりにも重い沈黙が、這いつくばる配下の背中をじりじりと炙り、極限まで追い詰めていく。

「……経緯を話せ」


「は。手筈通り、田崎柿右衛門が若君を市中へ連れ出し、雑踏に紛れて引き離しました。その後、浪人どもが隙を見て若君を路地裏へと誘い込む。……そこまでは、すべて絵図通りに運んだのでございます。ところが……」

 配下がごくりと喉を鳴らした。

「いずこからともなく、尋常ならざる腕前の侍が数名現れ、あっという間に浪人どもを叩き伏せました。さらに不可解なことに、その場には若君に手を貸した娘が二人。浪人どもの指図をしていたのは、その娘であったと……。捕らえられた者の…戯言かもしれませんが」


「娘だと?」

 鵜飼の細い眼が、いっそう鋭くすがめられた。

「侍が数名に娘が二人。……何者の差し金だ」


「それが……ようとして知れません。侍どもは霧のように姿を消し、娘の素性もまるで掴めず……」

 鵜飼は手の中の文鎮を、音もなく机上に戻した。

 怒鳴り散らすことも、物を投げつけることもしない。だが、その底知れぬ静寂こそが、かえって配下の身体を凍りつかせた。


「……仕損じたか、ちっ」

 鵜飼は自らに言い聞かせるように、低く呟いた。


「これほど念には念を入れた手筈を。腕の立つ浪人を選び、田崎の弱みを握って動かし、人気のない路地までお誂え向きに用意してやったというのに」

 その声に、ようやく感情の破片がひとすじ混じった。しかしそれは怒りではなく、計算を狂わされた知者の激しい苛立ちであった。


「侍が数名に、娘が二人と言ったな。――その侍どもはいずれの流派だ。腕のほどは」

「は……捕らえられた浪人が申すには、抜き打ちの一閃、まさに一瞬の出来事であったと。何が起きたのかさえ、見えざる始末で……」


「ふん。腰の据わらぬ食い詰め浪人の命乞いだ。真に受けるに足りん」

 冷淡に吐き捨てながらも、鵜飼の眼の奥は狂いなく冷徹だった。

(仕損じただけではない。こちらの預かり知らぬ『手』が、横合いから伸びてきている)


 鵜飼の脳裏で、冷酷な算盤の珠が、かちり、かちりと音を立てて回り始める。

「下がれ。この一件、他言は一切無用。……次の手は私が考える」


 配下は、命を拾ったと言わんばかりに、逃げるように部屋を退室していった。


 一人残された鵜飼は、冷え切った茶を一口含んだ。障子の向こうは、すでに深い夜の闇に包まれている。冬枯れの夜気が隙間風となり、棟の奥深くまで忍び寄ってくるが、鵜飼はその寒さを微塵も感じていないかのように、ただじっと暗闇の虚空を見据えていた。


二

 翌朝。

 神無月の冷徹な朝光が、浜岡藩上屋敷の広い庭を、白々と照らし出していた。


 昨夜の厳しい冷え込みのせいで、一面に深い霜が降りている。芝生も庭石も、まるで白い粉を引いたように凍てつき、それが朝陽を浴びて、きらきらと儚く溶け始めていた。庭の片隅に佇む南天だけが、その寒空の下、鮮やかな赤い実をぽつりぽつりと灯している。


 いま、この広大な屋敷には、藩の運命そのものが不気味に宙吊りになっていた。


 藩主――すなわち若君・甲之助の父は、いまだ国元にいた。年貢の立て直しと軍備の刷新に心血を注いでいる。東海道の通商と物産によって、小藩ながら財政は潤っているかに見えたが、その裏では京への絶え間ない過大な出費が藩の体力をじわじわと削り取っていた。藩主はその膿を国元で一つずつ、強引に絞り出している最中だった。それゆえ江戸へ戻る目処は立たない。


 主不在の江戸屋敷を、表向き従順に切り回しているのは留守居役である。幕府との公の交渉はすべて彼の肩にかかっていたが、彼が何より恐れているのはただ一点、「藩の名に傷がつくこと」、それだけだった。


 しかし、その留守居役の足元で、屋敷の権力構造は静かに、そして致命的に三つに割れていた。


 一つは、古参の家臣と公家との繋がりを重んじる「正室派」。鵜飼帯刀がその筆頭である。

 もう一つは、藩の実務を担う若手や、現藩主の急進的な路線を支持する「側室派」。守役・早川丹波がその大黒柱だ。

 そして、どちらの政争にも加担せず、内乱による改易を何より恐れる年長者たちの「中立派」。


 主という重しが江戸から消えた途端、これまで燻っていた火種が一斉に黒い煙を上げ始めたのだ。


 屋敷の奥深くの一室では、側室――甲之助の母が床に伏せっていた。

 もともと病弱な性質であったところへ、家督を巡るこの暗い暗闘が、彼女の精神を確実に蝕んでいた。たった一人の我が子の身を案じ、夜ごと痩せた肩を震わせている。せめてもの救いは、甲之助が贈ってくれた、あの瑠璃色の簪(かんざし)だけであった。それだけが、いまの彼女のささやかな生きる拠り所だった。


 その朝も、甲之助は母の枕元に静かに座していた。

 障子を透かして入る淡い光が、母の青白い横顔をやわらかく浮かび上がらせている。母の黒髪には、あの簪が挿されていた。瑠璃の玉がわずかな光を吸い込み、ほのかに深く青く輝いている。


「母上。お加減はいかがですか」

「ええ……。甲之助、あなたがこうして傍にいてくれるだけで、痛みが和らぐようです」


 母は力なく微笑み、肉の落ちた細い手をそっと息子の手に重ねた。

「あなたが市中で、あのような恐ろしい目に遭ったと聞いたときは……母は生きた心地がいたしませんでした。もう二度と……あのような真似は……」


「ご案じなさいますな、母上。私はこの通り、無傷でございます」

 甲之助は努めて快活に笑ってみせた。だが、その少年の胸の奥には、病床の母には決して明かせない、暗い澱(おり)が沈殿していた。


 あの襲撃は、本当にただの辻斬りや、運悪く巻き込まれた災難だったのだろうか。それとも――。未熟ながらも、甲之助は薄々感づいていた。この家に渦巻く暗い権力争い、そして母と自分の危うい立場を。しかし、それを口にすれば母の命を縮めるだけだ。だからこそ、甲之助は頑なに口を閉ざしていた。


 母の部屋を辞した甲之助は、縁側に腰掛け、ぼんやりと霜の溶けていく庭を眺めていた。

 市中で刃を突きつけられたあの恐怖は、いまだに身体の芯を冷たく凍らせている。だが、それ以上に、少年の胸をちりちりと痛める疑問があった。


 田崎柿右衛門が、戻らないのだ。


 あの日、人混みの中ではぐれて以来、彼の行方はようとして知れない。

(田崎の身に、何か良からぬことが起きたのではないか。……あの者も、私を庇って刺客の刃に倒れたのではなかろうか)


 甲之助は、ただただ忠実な臣下であったはずの田崎の身を案じていた。

 よもや、その田崎こそが、自らを死地へと売り飛ばした張本人であるなどとは――露ほども疑うことなく。

 

三

 正室の居住する御殿は、浜岡藩江戸上屋敷の中で、最も絢爛豪華な一角であった。


 京の都から遥々運ばせた極彩色の屏風、精緻な蒔絵が施された手箱、そして室内を満たす、むせ返るような名香の薫り。そのどれもが地方の五万石の小藩にはおよそ不釣り合いなほど、雅やかで贅の限りを尽くしている。


 しかし、その目も眩むような雅やかさが、そっくりそのまま藩の財政を内側から食い破っている事実に――この御殿の主は、微塵も頓着していなかった。


 京の実家への絶え間ない仕送り、盆暮れの莫大な献金、朝廷の煩雑な儀礼にかこつけた進物の数々。兄弟が朝廷の官職にあるとなれば、その引き立てを得るため、田舎大名の妻として虚栄を張り続けねばならない。その経済的負担は、年を追うごとに破滅的なまでに膨れ上がっていた。


 東海道の通商を押さえ、醤油や酒、干物、茶といった物産に恵まれた浜岡藩は、額面以上の潤いを持つ藩である。だが、その血の滲むような富の大部分が、京へと…底なしの沼に吸い上げられるように消えていく。藩主が国元で必死で財政の立て直しに奔走しているのも、元を正せばこの「止まらぬ大出血」を塞ぐためであった。


 家中が二つの路線に割れているのは、単なる思想の相違ではない。攘夷を唱え、公家との旧誼を重んじる「正室派」の道は、藩の財布を貪り尽くす破滅への道。開国を説き、富国強兵を志す「側室派(現藩主)」の道は、その財布を文字通り死守する道。家臣たちの暗闘の根底には、銭の流れという、この上なく生々しく強固な現実がどっかりと横たわっていた。


 正室は脇息(きょうそく)にだらしなく身をもたせ、不機嫌を隠そうともせず扇を弄んでいた。


 年齢は三十代半ば。白粉を厚く施した顔立ちは整ってはいるが、その目元や口元には隠しきれない険がある。京の最高位に近い公家の出であり、兄弟が朝廷で重きをなしていることを何よりの誇りとしていた。ゆえに、我が子である次男こそがこの藩の「真の嫡男」として家督を継ぐべきだと、生まれたその瞬間から盲信していた。


 その正室の前に、鵜飼帯刀が音もなく平伏していた。

「……して鵜飼。仕損じたと?」


「は。面目次第もございませぬ」

 鵜飼は深く頭を垂れた。しかし、その声音に動揺の破片すら混じってはいない。

「お案じなさいますな。あれは、ほんの些細な躓きにすぎませぬ。手をこまねいているわけではございません。次なる矢は、すでにいくつも用意してございます」


「いくつも…とは?」

 正室が扇をぴたりと止めた。


 鵜飼はわずかに身を乗り出し、声を一段と落とした。

「二つの計略を並行して進めまする。一つは――これまで通りの苛烈なる道。邪魔な芽はいずれ確実に摘み取らねばなりませぬ」


「もう一つは?」

「懐柔という…柔らかなる道にございます。――此度、朝廷より下向される御使者様。その御方を我が陣営にお引き入れするのです」


 正室の目が、すっと狡猾に光った。

「たしか…御使者は、近衛様と聞き及んでおるが?」


「はい。御正室様は京のご血統、あちらもまた京の生まれ。同じ都の縁(えにし)をもって近づき、強固なよしみを結べば、これ以上の後ろ盾はございませぬ。近衛家の圧倒的な威光が我らの背に就けば、次男君の世継ぎの座は、もはや幕府とて覆せますまい」


「……されど、あのお方はこれまで幾度願い状を送れど、多忙を理由にことごとく拒絶。会うてすら下さらぬではないか」

 正室の声に焦燥と苛立ちが滲む。


「焦りは禁物にございます」

 鵜飼の薄い唇が、歪な笑みを刻んだ。


「世はまさに、攘夷の烈風が吹き荒れんとしておりまする。朝廷の御威光が日に日に重みを増す世にございます。近衛様とて、いずれは京との繋がりを死守せんとする我らの価値に気づくはず。願い状は、根気強く送り続けるのが上策かと存じます」


 その読みには、正室派なりの確かな勝算があった。これからは朝廷の世が来る。攘夷の旗を掲げる自分たちにこそ、これからの追い風が吹いている――と。


 しかし、二人はまだ知る由もなかった。


 その「何としても引き入れたい高貴な使者」こそが、つい先日、自分たちの放った刺客どもを完膚なきまでに叩き潰した、まさにその張本人であるという皮肉な事実を。


四

 その夜。


 江戸の場末、深川の外れに佇む、荒れ果てた裏長屋の一室。剥き出しの畳の上で、一人の男が膝を抱え、歯の根も合わずに震えていた。


 田崎柿右衛門であった。


 行灯に火を灯すこともせず、死んだように暗がりに身を潜めている。障子の破れ目から差し込む、冷え切った月明かりだけが、彼の顔を青白く不気味に浮かび上がらせていた。月代は伸び放題になり、頬は病的にこけ、目は落ち窪んでいる。その姿は、猟犬に追いつめられた手負いの獣そのものであった。


 遠くで、野良犬の吠え声が夜空に響いた。


 田崎はびくりと肩をすくめ、反射的に息を殺した。……足音ではない。それを確かめると、ようやく胸に溜まった泥のような息を、細く長く吐き出した。


(……どうして、こんなことになってしまったのだ)

 己の手を見つめる。肉の落ちた指先が、どうしても震えを止められない。


 元来、田崎は不忠を働くような悪人ではなかった。若君・甲之助が、まだ襁褓(むつき)も取れぬ乳飲み子の頃から、影のように傍に仕えてきたのだ。木刀の素振りには、何度夜が明けるまで付き合ってやったか分からない。時には目立たぬよう、町の素朴な菓子を買い与えもした。夜半「厠が怖い」と泣きつく幼い主の手を、優しく握って添い寝してやった夜など、数え切れないほどある。甲之助の、あの濁りのない屈託のない笑顔こそが、田崎にとって何よりの宝であり誇りであった。


 その田崎が、なぜ我が主を売ったのか。

 時計の針は、ひと月前に遡る。鵜飼帯刀に、極秘裏に呼び出されたのだ。


 北の居館の完全に人払いされた一室。鵜飼はいつもの感情を削ぎ落とした眼で、田崎をじっと凝視した。そして文机の上を滑らせ、一枚の書状を差し出した。……そこに書かれていたのは、国元で暮らす田崎の妻と、まだ十歳にも満たない嫡男の、住まいの場所、そして日々の行動の全てが細微にわたって記された「監視の記録」であった。


 田崎の背筋に、氷水を浴びせられたような戦慄が走った。

「お前の妻子の後ろには、常に私の息のかかった者が刃を隠して控えている」


 鵜飼の…あの乾いた低い声が耳の奥で蘇る。


「朝、井戸へ水を汲みに行く女房の背中も。手習いから帰る倅の無警戒な後ろ姿も……全て見届けている。よいな、田崎」


「な……何を、おっしゃるのですか、鵜飼様!」


「悪いようにはせぬ。ただ、一つだけ断れぬ頼みがある。若君を市中へ連れ出し、雑踏のど真ん中で、そっとはぐれてくれれば良い。それだけだ。あとの凄惨な光景は、お前は見ずとも良いのだからな」


「そ、そのような大逆無道なこと……できるはずがございませぬ! 私は若君の守役の末席を汚す者……っ!」


「できねば」

 鵜飼は、田崎の必死の抗弁を、冷酷な一言で断ち切った。

「お前の愛しい妻子が、どうなるか。……国元の山道は暗く、険しい。足を滑らせて谷底へ落ちる女も、夜盗に惨殺される子供も、この乱世、珍しくもあるまい。――意味が分かるな?」


 田崎には、断る術など残されていなかった。

 己ひとりの命なら、いくらでも差し出せた。若君の盾となって死ねと言われれば、その場で腹を切って見せた。だが、人質に取られたのは、遠い国元で、自分の帰りをただひたすらに信じて待っている、無力な妻と我が子なのだ。


 あの夜から、田崎の生き地獄が始まった。

 市中へ甲之助を連れ出す前夜、田崎は一睡もできなかった。明日、自分はあの純潔な幼君を、死地へと売り飛ばすのだ。あの小さな手を引いて歩いた、あの若君を。「田崎、田崎」と、何の疑いもなく、実の親のように自分を慕ってくれる、あの甲之助様を。

(私が……この私の手が、甲之助様を殺すのだ)


 何度も懐の小刀に手が伸びた。いっそ全てを若君に打ち明け、二人で脱藩して逃げ延びようかと、狂おしいほどに思い悩んだ。だが、そんな不穏な動きを見せた瞬間に、国元の妻子がなぶり殺しにされるのは火を見るより明らかだった。


 そして、運命の当日。


 田崎は長年培った、人の良い忠臣の仮面を顔に張り付け、何食わぬ顔で甲之助を雑踏へと誘い出した。そして――最も混雑する場所で「ちと、知り合いを見かけましたゆえ、お傍を離れます」と、もっともらしい嘘を吐き、その小さな背中を残して、そっと雑踏へと消えた。


 駆け出す我が主の、無邪気な後ろ姿を振り返る勇気など、これっぽっちも無かった。


 後に襲撃が「仕損じ」に終わったと耳にした時、田崎は恐怖の最中にありながら、心の底で激しく安堵していた。甲之助様が生きておられる。無事だったのだ。神仏はまだ、この私のような大罪人を見捨ててはいなかった――と。


 しかしそれは、田崎にとって「次なる地獄」の幕開けにすぎなかった。


 いまや己はこの江戸の地で最も目障りな「邪魔者」だ。


 失敗を知った正室派の鵜飼は、確実に証拠隠滅のために己の口を封じに来る。そして、若君を守ろうとする側室派の早川丹波もまた、自分を捕縛し黒幕の正体を吐かせようと血眼になって追ってくるだろう。


 このまま誰も知らない土地へ逃げ延びるべきか。それとも――いっそ屋敷へ戻り、全てを甲之助様に打ち明けて、その刃で首を刎ねてもらうべきか。


 田崎は答えの出ない暗闇の中で、ただひたすらに、自身の震える身体を抱きしめ続けていた。


五

 同じ夜。


 浜岡藩上屋敷、側室派の家臣たちが詰める一角では、夜更けを過ぎてもなお、灯火が消えることはなかった。


 守役・早川丹波が文机の前で、彫像のようにじっと目を閉じ、気配を研ぎ澄ませていた。


 その傍らの床には、早川が私的に放った腹心が内々に捕縛してきた、浪人崩れの男が後ろ手に縛り上げられ、惨めに転がされている。すでに数時間を超える、熾烈を極めた詮議の真っ最中であった。


「もう一度、申せ」

 早川の老いを感じさせつつも地を這うように底冷えする声が、重苦しい室内に響き渡った。


「貴様らに若君の暗殺を命じたのは、誰だ。誰の手引きで、若君をあの逃げ場のない路地へと追い込んだ」


 浪人は拷問の痛みに青ざめ、頑なに口を噤んでいた。しかし、夜を徹した容赦のない詮議に、その虚勢もついに限界を迎えていた。


「……た、田崎。田崎、という人……でございます」

 血と汗に塗れた口から、絞り出すように男が告白した。


「我らに繋ぎを取り前金を渡したのは、間違いなく田崎という藩のお侍。……我らが知るはそれまで、それ以上の黒幕は、本当に知らぬのだ…何も知らぬのだ…!」

 早川の固く閉じられていた両眼が、かっと見開かれた。


 田崎。


 その名が忠義の老臣の胸を、凍てついた白刃となって貫いた。


 幼君が生まれた時から、我が子のように慈しみ仕えていた…あの田崎だ。よもや、そんな裏切りがあるはずがないと否定したい。だが――田崎が若君を市中へ連れ出し、不自然に「はぐれた」という当日の符合。その全てが、おぞましいほどの整合性をもって、一本の線に繋がってしまった。


(田崎が手引きをした……。ならば、その背後で糸を引く黒幕は考えるまでもない。御正室派の頭――鵜飼帯刀、奴の仕業じゃ)


 早川は怒りのままにすっくと立ち上がった。


「田崎を探し出せ! いかなる手段を使おうとも、奴を『生かしたまま』捕縛するのだ!」


 田崎は、この陰謀における唯一無二の生き証人であった。田崎の身柄を確保し、その口を開かせさえすれば、正室派――ひいては鵜飼帯刀の大逆の企てを、白日の下に引きずり出すことができる。それは若君の安全を永久に担保する、千載一遇の好機であった。


 しかしその激昂の瞬間。

 襖が音もなく開き、一人の老人が、影のように滑り込んできた。


 江戸留守居役であった。

「……早川殿。何をそう、血気を荒立てておられる」


 その声は酷く低く、そして苦々しさに満ちていた。

「田崎を捕らえるだと? よさぬか、愚か者が。もし藩士が若君の暗殺に関与していたなどという事実が公に露見してみろ。――我が浜岡藩は、幕府の手によって即座に『改易(お家取り潰し)』じゃ」


 早川の足がぴたりと凍りついた。

「されど、留守居役殿! このまま奴らを野放しにすれば、いずれ遠からず若君の御命が!」


「若君のお命も大事。だがな、早川殿、藩あってこその若君ぞ! 藩という器が潰れてしまえば、若君も我らも、路頭に迷う乞食と変わらん。良いか。事は全て内々に処理せよ。決して波風を立てるな。――これは藩命である」


 留守居役の放った言葉は、組織を守る冷徹な正論であった。だからこそ、純粋な忠義で動く早川には、言い返す言葉が見つからなかった。


「そもそも、確たる証拠はあるのか?」

 留守居役が、容赦なく追い打ちをかける。


「鵜飼殿が黒幕だと? その証はどこにある。捕らえた浪人が田崎の名を吐いた、それだけではないか。田崎が誰に脅され、誰の指図で動いたかなど、まだ何も分かってはおらん。証拠もなしに、藩の中老たる鵜飼殿を暗殺の首謀者と名指ししてみよ。家臣は真っ二つに割れ内乱となる。そうなれば、それこそ幕府の耳に入り、改易は免れんぞ」


 早川は奥歯が砕けんばかりに唇を噛み締めた。


 悔しいが留守居役の理屈には一分の隙もなかった。決定的証拠が無いのだ。田崎が生きて、鵜飼の罪状を全てぶちまけない限り、何一つ始めることはできない。


「……仰せの通りにいたします」

 早川は、血を吐くような思いで深く頭を下げた。だが、その腹の底では、すでに不退転の決意を固めていた。

 表立って藩の組織としては動かない。だが、私的に裏の隠密を動かし、密かに田崎を追う。そして、鵜飼の手の者に殺される前に、何が何でも生かして捕らえる――それだけは、この命に代えてもやり遂げてみせる…と。


 主を守ると誓いながら、その両手両足は「藩の存続」という冷酷な論理に縛り付けられている。


 老臣が握りしめた拳は、悔恨と憤怒のあまり、わなわなと激しく震え続けていた。

 

六

 屋敷の外――。


 神無月の骨まで凍てつかせるような夜気の中に、無数の鋭利な「眼」が潜んでいた。


 浜岡藩江戸上屋敷を冷酷に取り囲む白壁の塀の影、隣家の瓦屋根の上、あるいは夜道の辻の物陰。至る所に黒ずくめの影が息を潜め、屋敷の一挙手一投足を、微細な歪みすら逃さぬよう凝視していた。


 旭狼衛である。


 あの市中の襲撃事件の直後、近藤勇がただちに放った精鋭たちであった。若君・甲之助を救ったものの、その背後にある浜岡藩の内に、一体どれほどおぞましい陰謀が渦巻いているのか。それを根こそぎ洗い出すための布陣であった。


 塀際の漆黒の闇に、一人の若い隊士が身を伏せていた。気配を完全に周囲の景色に溶け込ませている。彼の研ぎ澄まされた聴覚は、広大な屋敷の奥から漏れ聞こえる微かな物音を、一つ残らず拾い上げていた。


 北の居館で交わされる低く湿った密談、側室派の部屋で行われている夜を徹した苛烈な詮議、留守居役が放った押し殺した叱責、そして奥御殿の片隅で病に伏せる女の、細く悲痛な咳――。屋敷の人間たちが必死に隠蔽しようとしていたあらゆる声が、この「外の目と耳」の前で、知らぬ間に無残に剥き出しにされていた。


 隊士は暗闇の中で、拾い集めた幾つもの情報の断片を、脳内で一つの正確な絵図へと組み上げていく。


 正室派の中老・鵜飼帯刀が全ての糸を引いていること。藩の上層部が「改易」を恐れるあまり、事件の全てを闇に葬り去ろうとしていること。京への過大な出費が藩の屋台骨を絶えず軋ませていること。そして、家中が修復不可能なほど深く割れていること。


 その全てが、屋敷の者たちの預かり知らぬところで、無感情に写し取られていた。


 旭狼衛の探索は、単に闇雲に聞き耳を立てるような生易しいものではなかった。屋敷に毎朝出入りする魚屋に化けた者が、台所の女中から他愛のない世間話を巧みに引き出す。辻駕籠の駕籠かきに紛れた者が、外出する家臣の焦燥に満ちた独り言を拾う。出入りの札差からは、藩の逼迫した金回りの噂をそれとなく聞き出す。幾筋もの目と耳がバラバラに集めた情報の川は、夜ごと一つの秘密の場所へと流れ込み、繋ぎ合わされる。その徹底した地道な働きこそが、浜岡藩の内情を輪郭からその最深部の芯に至るまで、くっきりと浮かび上がらせていた。


(陰謀を企む者ほど、己が見られていることに気づかぬものだ)


 屋敷の檻の中で、人々はそれぞれの醜い思惑と保身に必死になっていた。誰一人として、この冷たい冬の夜闇に、無数の冷徹な狼の目が光っていることに気づいてはいない。鵜飼の冷酷な知略も、早川の悲壮なまでの決意も、旭狼衛の眼の前にはすべてが丸見えであった。


 隊士は音もなく、塀の影を滑るように移動し、夜闇の中へと消えた。


 屋敷の主たちが何一つ知らぬまま、その醜悪な内情のすべては――やがて、御簾(みす)の奥深くに鎮座する、ただ一人の高貴な姫君のもとへと運ばれていくのだった。


七

 翌日。


 北の棟、鵜飼の執務室に、一人の老臣が苛立ちを隠そうともせず座していた。


 赤座――正室派の古参重臣である。鵜飼とは若き頃より長きにわたり、同じ陣営で轡(くつわ)を並べてきた、古い盟友でもあった。だが、その老顔は、いまや激しい不満と恐怖によって醜く歪んでいた。


「鵜飼。貴公、一体全体、何を仕でかしてくれたのだ!」

 赤座の声は低く、激しく震えていた。


「側室の若君を亡き者にする――そこまでは良かろう、家のため、次男君を世継ぎに立てるための非情の決断だ。だが仕損じた上に、襲撃させた浪人をまんまと側室派に捕らえられたとは何事だ! あの食い詰め者どもが奉行所にでも駆け込み、あるいは詮議の果てに全てをぶちまけてみろ。露見すればどうなる。次男君もろとも、我が浜岡藩は即座に改易じゃ! 家が、長く続いた藩が潰れるのだぞ!」


 だが、鵜飼はその嵐のような剣幕を、まるで行水でも浴びるかのように冷ややかに受け流していた。


「赤座殿。声を荒立てなさるな、落ち着かれよ」


「落ち着いておられるかッ!」


「捕らえられた浪人どもが知る名は、実行犯である田崎の名のみ。その田崎さえ速やかに始末すれば、陰謀の糸はそこでぷつりと切れる。藩の…ひいては我らの元へ追及の手が届くことは決してない。何一つ案ずることはございません」


「田崎を……始末…だと?」

 赤座が、息を呑んだ。


「貴公……長年我が藩に仕えた人ひとりを消すことを、まるで盤上の碁石でも片付けるかのように……」


「碁石にございますよ」

 鵜飼の薄い唇の端が、わずかに吊り上がった。


「大義を成すためには、相応の捨て石が必要不可欠。赤座殿、貴殿は我が浜岡藩の家格を、より高く引き上げたくはないのですか? 次男君を御世継ぎの座に据え、京の朝廷との絆を盤石にし、この五万石の小藩を一段上の名門へと押し上げる――そのためであれば、捨て石の一つや二つ安いものではございませんか」


 赤座は、目の前にいる男の底の知れない濁った眼をまじまじと見つめた。

 そして生まれて初めて、背筋が凍るような恐怖を覚えた。


(この男は……いつからこれほど狂ってしまったのだ。家のためと言いながら……その実、この男が真に欲しているものは――)


 次男が世継ぎとなった暁には、その幼き主の後見人として、藩の全実権を掌握するのは誰か。――目の前にいる鵜飼帯刀、その人に他ならない。「家格向上」という耳ざわりの良い大義名分の裏側には、この男自身のどす黒い権勢欲が、べったりと隙間なく張り付いていた。赤座はそれを、今この瞬間にようやく、嫌というほど思い知らされた。


 長年、同じ派閥の同志として、全ては家のため、御正室様のためと信じて歩んできた。だが、いま目の前に座しているのは、赤座の知るかつての高潔な鵜飼ではなかった。いつの間にか目的と手段がすり替わっている。家を高めるために権力を握るのではない。権力を握るために、我が家(藩)を都合よく利用しているのだ。


「鵜飼。貴公……それでも武士か。浜岡藩の藩士か」

 赤座の声が、情けなさに震えた。


「わしは家格を上げたいと願った。それは真実だ。だが、それは藩を家を愛すればこそ。人を虫けらのように殺めてまで手にする栄達など……そんなものは、わしの望むところではない!」


「ならば、赤座殿は此度の件から降りられますか」

 鵜飼の声音から、一切の温度が消え失せた。


「降りるなら、どうぞご随意に。ただし――途中で足を引き抜く者を、私は決して信用いたしませぬ。降りた者が、後に何を口走るか分かったものではありませんからな」

 その言葉の裏には、ぞくりとするような、紛れもない白刃の脅しが混じっていた。


 赤座は息を詰まらせた。この男は、長年の盟友であるはずの自分にすら、容易に牙を剥く。


「……わしは知らんぞ」

 赤座は、絞り出すようにそう言い放った。


「田崎のことも、これからのことも、わしは一切関知せぬ。後で何が起きようと、わしは関わっておらんからな!」

 それだけを言い捨てると、赤座は自身の恐怖から逃れるように、足早に部屋を立ち去っていった。


 一人残された鵜飼は、その無様な後ろ姿を冷酷な目で見送り、そして声を立てずにほくそ笑んだ。


(哀れなほど震えておるわ。改易がよほど怖いと見える。……だがそれで良い。恐怖に支配された人間は、自ら固く口を閉ざすものだ)


 正室派という強固に見えた巨木は、すでに内側から修復不能なほどに、真っ二つに割れていた。


八

 赤座が去った後、鵜飼は一人文机に向かい、長い沈黙の中で思案の海に沈んでいた。


 障子の外では、冬枯れの庭木が、吹きつける鋭い北風に抗うように、こきこきと乾いた音を立てて枝を鳴らしている。その寒々しい音だけが、静まり返った北の棟の奥深くに響き渡っていた。


 鵜飼の脳内で、最後の答えが、音もなく弾き出された。

(赤座は怯え、完全に手を引いた。御正室様は、此度の口封じの詳細まではご存じない。……それで良い。知らぬが花というものだ。この血生臭い始末は、私一人の胸の内で片付ける)


 鵜飼は、掌をぱんと一つ、高く打ち鳴らした。

 ほどなくして、襖の向こう側から、音もなく一人の男が影のように現れた。


 峰岸――鵜飼が私的に金を払い、飼い慣らしている闇の始末役である。


 元は食い詰めた素性の知れぬ浪人であった。それを、鵜飼がその圧倒的な剣技を見込んで、金で拾い上げたのだ。背は低く小柄だが、その肩から腕にかけては、一分の無駄もなく研ぎ澄まされた鋼のような筋肉がぴんと張り付いている。日に焼けた、のっぺりとした顔には、およそ人間らしい表情というものが一切存在しない。人を斬ること、命を奪うことに何の感慨も抱かない――そういう、完全に虚ろで死んだ眼をした男であった。


「お呼びで」

 その声すらも、抑揚のない平板なものであった。


「仕事だ」

 鵜飼が低く命じた。

「田崎柿右衛門を消せ」


 峰岸の虚ろな眼が、わずかに動いて鵜飼を捉えた。

「藩士ですかい」


「いまは、ただの邪魔な『動く口』にすぎん。――深川のあたりに潜伏しているはずだ。早川の者どもに捕まる前に、探し出して始末しろ」


「やり方は?」


「辻斬りに見せかけよ。夜道の物盗りの仕業とな。決して我が藩との関わりを悟られるな。……手こずるなよ。ただの一太刀で、速やかに片をつけろ。後腐れのないようにな」


 峰岸はゆっくりと深く頷いた。

「承知」

 それだけを短く言い残すと、峰岸は現れた時と同じように、まるで最初から存在しなかったかのように、夜の闇へと音もなく溶け込んでいった。


 鵜飼は、ふう…と満足げに息を吐き出した。そして、何事もなかったかのように再び文鎮を手に取った。


 彼にとって此度の暗殺命令は、一つの計算ミスの帳尻を合わせるための、事務的な差配にすぎなかった。消え去る一人の男の命の重さなど、彼の冷徹な算盤のどこを探しても乗ってはいなかった。

 

九

 その頃――。


 側室派の柱・早川丹波もまた、血眼になって田崎の行方を追っていた。


 江戸留守居役の執拗な掣肘(せいちゅう)がある以上、藩の組織を表立って動かすことは叶わない。しかし、愛する若君の御命を守り抜くためには、何が何でも田崎を「生きたまま」捕らえ、鵜飼の陰謀を暴かねばならぬ。早川は私的に最も信頼の置ける腹心だけを密使として放ち、闇に紛れて田崎の足取りを手繰り寄せていた。


 手がかりは、風前の灯火のように僅かなものであった。


 田崎が失踪する直前に立ち寄ったという、馴染みの煮売り屋。そこの女房が、怯えながらも密使にこう漏らしたのだ。

「あの田崎さん、近頃ずいぶんと思い詰めた顔をしておいでで……。『若君に合わせる顔がない』『国元の女房と倅が……』と、まるで何かに憑かれたようにぶつぶつと独り言を呟いておられましたよ」


 その報告を聞いた瞬間、早川の胸は激しくざわついた。

(田崎め……国元の妻子か! さては、鵜飼の奴に人質に取られたか。それで、意に染まぬまま大逆の片棒を――)


 おぞましい絵図の全てが、氷解するように見えてきた。田崎は根っからの裏切り者などではなかったのだ。愛する者を人質に取られ脅され、逃げ場を失った果てに、心ならずも若君を売った。そして今は、取り返しのつかない悔恨と恐怖の泥沼の中で、どこか場末の暗がりに身を震わせて潜んでいる。


(哀れな男だ……。だが、いまは私情に流されている場合ではない。鵜飼の刺客が動く前に一刻も早く捕らえねば!)

 早川の鋭い追跡網は、ついに深川の外れにある、とある寂れた裏長屋へと絞り込まれていった。


 だが――。


 同じ獲物を、さらに追う「死の影」がもう一つ存在した。


 鵜飼の放った暗殺者、峰岸である。

 この無感情な始末役は、鵜飼から与えられた潤沢な資金と裏社会のどす黒い伝手を駆使し、早川の隠密よりも僅かに速く、田崎の潜伏先へと肉薄していた。煮売り屋、闇賭場、かつての悪友の家――。田崎が追い詰められ、狼狽しながら立ち回った悲惨な足跡を、峰岸はまるで猟犬が血の匂いを辿るように、淡々と踏み越えていく。


 そして、さらにもう一つ。


 屋敷の動向を完全に監視していた旭狼衛の隊士もまた、不審な夜歩きを察知し、その背後を音もなく尾行し始めていた。


 追う者、追う者、そしてさらにそれを追う者。


 深川の澱んだ闇の中で、三筋の運命の糸が、ただ一人の震える男へと、ひたひたと容赦なく収束していった。


 早川は焦燥に駆られていた。目星はついたものの、深川の一帯は似たような棟割長屋が迷路のように複雑に入り組んでいる。一軒一軒を虱潰しに探っていては時間がかかりすぎる。そして、その失われていく「時間」こそが、田崎の命の砂時計を確実に削り取っているのだ。


 対する峰岸は、全く異なる嗅覚で迫っていた。彼は「怯えた人間がどこに身を隠し、どう動くか」という人間の哀しい習性を知り尽くしている。田崎がかつて利用した賭場や、金を借りた相手の動向を一本ずつ精査し、確実に、蜘蛛の巣を縮めるように包囲網を狭めていった。


 そして、塀の影からそれを見つめる旭狼衛の隊士。彼はただ、側室派の老臣がなぜこの夜更けに深川の場末へと向かうのか、その先に何が待っているのかを見届けるためだけに、漆黒の夜闇に同化して後を追っていた。


 その頃、田崎は裏長屋の劣悪な暗がりの中で、自身の震える手で、一枚の粗末な和紙に必死に文字を書きつけていた。


 それは、血を吐くような「詫び状」であった。


 甲之助様へ。早川様へ。――自分は脅された。国元の妻子を人質に取られた。鵜飼帯刀に。意に染まぬまま、我が命にかえても守るべき若君を売った。万死に値する大罪である。だがせめて、これだけは伝えておきたい。暗殺を企てた真の黒幕は、中老・鵜飼帯刀であると――。


 恐怖と後悔で筆が激しく震え、文字は無残に乱れていた。

 書きかけては涙で滲み、丸めて捨て、また新しい紙に向かう。幾度も書き損じ、ようやく一枚を、震える手で懐へと収めた。


 この血を吐くような一枚が、後に早川の手に渡り、彼の心証を決定づけることになる。だが――それはどこまで行っても、死人が遺したただの「紙切れ」にすぎない。決定的な証拠としては、何ら力を持たぬ悲しい遺品であった。


十

 その夜は、月が厚い不気味な雲に覆い隠され、例年になく暗い夜であった。


 深川の外れ。掘割に沿った、寂れた人気のない辻。

 昼間こそ、荷を運ぶ川船や人足たちで賑わう場所だが、夜更けともなれば人通りは完全に途絶える。掘割の淀んだ水面からは微かに生臭い川の匂いが立ち上り、岸辺に繋がれた猪牙舟(ちょきぶね)が、夜波に揺られて「こと、こと」と寂しげな音を立てていた。遥か遠くで、夜回りの打つ拍子木の音が二つ、三つと虚しく響き、すぐに底なしの静寂へと呑み込まれていく。


 その暗い辻を、田崎は外套に身を包み、足早に駆け抜けようとしていた。


 懐には、ようやく書き終えた詫び状。彼の心はすでに決まっていた。明日、早川様に全てを打ち明けよう。国元の妻子を救ってくれるよう、泥を這ってでも縋ろう。そして甲之助様に全てを詫び、いかなる極刑をも甘んじて受けようと。


 その僅かな贖罪への希望だけが、田崎の重い足取りを突き動かしていた。


 ふと――。

 田崎の足が、凍りついたように止まった。


 背筋に、冷徹な白刃を直接押し当てられたかのような、凄まじい悪寒が走った。 暗い辻の向こう側の闇から、一つの影がゆらりと、まるで怪異のように染み出てきた。


 峰岸であった。


「……だ、誰だッ!」

 田崎の声が恐怖で裏返った。じり…と腰を落として後ずさる。


 峰岸は何も答えなかった。ただ無言のまま、ゆっくりと、確実に致命的な間合いを詰めてくる。その細い手が、すでに抜き打ちの形に刀の柄へと懸かっていた。月のない闇の中で、彼の感情を失った虚ろな眼だけが、妖しく底光りしている。


 田崎は瞬時に全てを悟った。

 来た。鵜飼が放った、己の口を封じるための冥府の刺客だ。


「ま、待ってくれ……っ! 私はもう、誰にも何も言わぬ……っ! 妻子さえ無事なら、私はこのまま遠国へおちのびる……っ!」

 田崎は必死に命乞いをしながら後退したが、己の腰の刀に震える手をかけるのが精一杯であった。


 ぎらりと闇を裂いて、峰岸の刀が抜かれた。


 田崎も辛うじて刀を抜く。しかし、その切っ先は見るも無残に、激しく上下に揺れていた。剣の腕で戦うなどおこがましい。勝負にすらならないことは、田崎自身が誰よりも理解していた。


 峰岸が、すっとさらに腰を落とした。


 その僅かな重心の移動だけで、田崎は己の「死」を直感した。腰を落とす――それは、一瞬で踏み込むための暗殺の構えだ。次の一歩で、すべての距離が消滅する。


 田崎の震える刀は、防戦の術も分からぬまま、宙で無様に揺れるだけだった。逃げようにも、恐怖のあまり足が地面に張り付いて動かない。背後は淀んだ掘割。退路など、どこにも無かった。


「た、助け……っ」

 喉の奥から、言葉にならない掠れた悲鳴が漏れた。

 その瞬間。田崎の脳裏を、堰を切ったように、幾つもの愛しい面影が駆け抜けた。


 国元で自分の帰りを健気に待つ妻の顔。まだ十歳にも満たない、愛くるしい嫡男の笑顔。そして――小さな木刀を握りしめた幼い甲之助が「田崎、見ておれ!」と得意げに笑いながら刀を振り回した、あの濁りのない、晴れやかな笑顔。


(甲之助様……。申し訳……ございま――)

 峰岸が地を蹴った。


 速かった。人間の限界を超えた、絶望的な神速。田崎が防衛の姿勢を取る時間すら与えられなかった。峰岸の身体は低く地を這うように沈み、田崎の刀の内側――刃の届かない懐の最深部へと、ぬるりと滑り込んでいた。


 田崎の視界に最後に映ったのは、闇の中で閃光のようにぎらりと輝いた、一条の冷徹な白刃であった。


 一閃。


 ただ、一太刀。

 すれ違いざま、背後へと鮮やかに抜けたその冷たい鉄の刃が、田崎の命の糸を、一分の狂いもなく断ち切っていた。


 田崎柿右衛門は、悲鳴を上げることすら出来なかった。あまりに鮮烈で、あまりにあっけない最期であった。詫び状を固く握りしめていた指先から、急速に力が抜けていく。ゆっくりと膝が折れ、その身体は前のめりに、掘割の土手へと崩れ落ちていった。


 ぱしゃり、と冷たい水音がして、彼の片足が掘割の水を跳ね上げた。

 田崎が最後に見たものは、薄雲の切れ間からふと覗いた、あまりにも細く儚い、有明の月であったかもしれない。あるいは、まぶたの裏に焼き付いた、遠い国元の家族の姿であったろうか。


 峰岸は、倒れ伏した田崎に一瞥もくれなかった。無造作に懐紙を取り出すと、白刃にこびりついた血を二度、三度と拭い、その汚れた紙をぽいと掘割へ投げ捨てた。そして現れた時と同様に、夜の闇へと滑るように消え去った。


 その一部始終を――。


 すぐ近くの舟蔵の物陰から、一人の旭狼衛の隊士が息を殺して見届けていた。


 隊士の手が、一瞬だけ己の刀の柄にかかりかけた。「助けるべきか」と、武士としての情がわずかに揺れたのだ。しかし、彼はすぐにその手を止めた。あの男は敵の捨て駒であり、己の任務はあくまで「監視と報告」だ。情に駆られて飛び出せば、近衛様の存在も含め、全てが水泡に帰す。隊士は唇を血が出るほど噛み締め、その死をただ見届けた。


 峰岸の殺気が完全に消え去ってから、しばらくして。


 辻の向こう側から、夜闇を照らす慌ただしい提灯の灯が近づいてきた。


 早川丹波であった。

 半歩――ほんの半歩、遅かった。


 揺れる提灯の淡い光の中に浮かび上がったのは、掘割のほとりで物言わぬ骸と化して横たわる、田崎の変わり果てた姿であった。


「……田崎ッ!」

 早川はその場に崩れ落ちるように膝をついた。


 提灯を近づけ、田崎のこと切れた顔を照らし出す。その表情は、苦悶に満ちているというよりは、むしろどこか安らかにすら見えた。長く追われ、脅され、怯え続けた生き地獄からの、ようやくの解放だったのかもしれなかった。


 唯一の生き証人。若君を救うための、ただ一本の命の糸が、いま目の前で無残に叩き切られたのだ。あと少し、あと数瞬早く着いていれば。早川の胸の奥から、五臓六腑を焼き尽くすような無念の泥水が込み上げてきた。


 早川は田崎の死後硬直の始まりかけた手から、皺だらけになったあの紙片を、祈るように抜き取った。震える指で開く。そこには、泣き出しそうなほど乱れた文字が、提灯の灯に浮かび上がった。


 脅されたと、妻子を人質に取られたと。意に染まぬまま若君を売ってしまった、許してくれと。そして、すべての元凶である黒幕の名が。


「……鵜飼……帯刀……っ!」


 その忌まわしい名を読み上げた瞬間、老臣の全身がわなわなと激しく震えた。


 怒り、無念、そして――守ると誓いながら何も出来なかった、己という存在への深い深い絶望。

(やはり鵜飼の仕業か。……だが、これは……)


 早川は、その紙片を握りつぶさんばかりに強く握りしめた。確信は得た。だが、これは死人が遺したただの書き置き。狡猾な鵜飼を公の場で追い詰める証拠には到底なり得ない。それを理解していながらも、早川は和紙を懐へと大切に、厳重に仕舞い込んだ。せめて、この哀れな男の最後の叫びだけは、決して闇に葬らせはしないという、彼なりの決意であった。


 冬の冷酷な夜風が、掘割の水面を冷たく撫でて通り過ぎる。遠くで、夜回りの拍子木がまた一つ、哀しげに鳴り響いた。


 舟蔵の物陰でそれを見届けた旭狼衛の隊士は、音もなくその場を離脱した。今宵目撃した地獄のすべては、夜明けとともに、御簾の奥の主のもとへと運ばれる。それが、己に課せられた絶対の任務であった。


十一

 翌朝。


 浜岡藩上屋敷の、あの冷徹な北の居館。

 文机の前に座す鵜飼帯刀のもとに「片付きましてございます」という、峰岸からの極めて短い密言が届けられた。


 鵜飼はそれを聞くと、表情を一つ変えず、ただ静かに頷いた。喜びも安堵の溜息すらも表には出さない。彼にとってそれは、帳簿の上の不都合な数値を、一本の斜線で綺麗に消し去った程度の一幕にすぎなかったのだ。


(これで、全ての糸は完全に切れた。側室派に捕らえられた浪人どもがどれほど喚こうと、手引きした田崎がこの世から消えた以上、追及の手がこの北の棟に届くことは万に一つもない。……これで良い)


 しかし――鵜飼の胸の最深部には、未だに拭い去ることの出来ない、一片の不気味な薄ら寒い染みが残っていた。


 あの日、市中で若君を鮮やかに救い出した、あの素性の知れぬ侍たちと、彼らを一言で指図していたという謎の娘。あれは一体、何者の差し金だったのか。どれほど裏の網を広げて調べさせても、全ては行き止まり。どこの大名、あるいは幕閣の手の者なのか、皆目見当がつかないのだ。


(……どこぞの大身が、我が藩の内紛に介入しようとしているのか? まさか……いや)


 鵜飼は、その脳裏を過る不吉な予感を強引に頭の隅へと押しやった。そして自らに言い聞かせるように思い直す。


(ならば、なおのこと――あの『柔らかなる道』を急がねばならん。朝廷の使者、近衛様を我が陣営に完全に引き入れるのだ。近衛家の圧倒的な御威光さえ我が背に就けば、たとえどこの大身が裏で糸を引いていようとも、もはや恐るるに足りん)


 皮肉なことに、その「恐るるに足りぬ」と全幅の信頼を寄せようとしている高貴な近衛様こそが、かつて己の放った刺客を木っ端微塵に砕き、いま現在も自分たちの醜悪な内情を外の闇から全て見透かしている張本人であるという事実を――鵜飼は夢にも思っていなかった。


 武力による硬い道は、田崎の死を以てひとまず行き詰まった。残されたのは、権威による軟らかき道。

 正室派は、いよいよ糸子への拝謁を懇願する一手に、一縷の望みを賭けて全力を注ぎ始めた。


 一方、留守居役は、田崎の死をただの「夜道の辻斬り」「不運な物盗りの仕業」として処理し、奉行所へは最小限の被害届を提出させるに留めた。これにより、藩の内部闘争という醜聞は綺麗に塗りつぶされた。藩の名誉に傷はつかなかった。すべては思惑通り、人知れず始末されたのだ。


 田崎がなぜ深川の場末などで斬殺されたのか。なぜ、屋敷を突如出奔していたのか。そうした家臣たちの不都合な疑問は、全て上層部によって巧みにはぐらかされた。

「中間身分の田崎が、裏で博打にでも手を出して、悪い連中に恨みでも買ったのだろう」――留守居役は、もっともらしい偽りの筋書きを家中に流布した。事を荒立ててお家取り潰しになることを何より恐れる中立派は、その言葉に安堵して飛びついた。真相の全てを知る早川丹波は、血が出るほど奥歯を噛み締めながら、その茶番劇をただ黙って見ていることしか出来なかった。


 甲之助だけが、何一つ真実を知らされなかった。


 田崎が自分を裏切り、死地へ誘い込んだことも。その田崎が、証拠隠滅のために口を封じられて惨殺されたことも。少年はただ「世話役だった田崎が、はぐれてから行方知れずのまま、未だに戻らない」という、留守居役の語る欺瞞に満ちた筋書きだけを信じ込まされていた。そして、それを真実だと思い込み、部屋の片隅で純粋に嘆き悲しんでいた。


 その何も知らない純真な少年の姿が、早川には何よりも痛ましく、胸を引き裂かれるように辛かった。


十二

 その夜明け前――。


 浜岡藩江戸上屋敷は、未だ冷酷な青い闇の底に深く沈んでいた。


 東の地平線が、僅かに白み始めている。庭木の凍てついた枝葉の間から、寒雀の「ちちち……」という、か細い目覚めの羽ばたきが一つ、二つと聞こえ始めた。神無月の朝は、刻一刻と容赦のない冷え込みを増し、広大な屋敷の全景を、薄く白い霜が静かに覆い尽くしていく。


 側室派の一室で、早川丹波は一睡もせぬまま、ただじっと端座していた。


 その目の前の文机の上には、田崎が命を賭して遺した、あの皺だらけの詫び状が置かれていた。乱れた文字、そこに刻まれた「鵜飼帯刀」の文字。しかし――これは死人が遺した、ただの紙切れだ。これをどれほど大声で叫んだところで、公の証拠にはなり得ない。それどころか、藩の存続を脅かす危険な火種として、留守居役に力ずくで握り潰されるのがオチであろう。


 早川は底知れぬ、深い深い無力感の沼の底に沈んでいた。


 命に代えても若君をお守りすると、あの日に誓った。しかし、唯一の生き証人は消え失せ、手繰るべき糸も全て叩き切られた。客観的証拠は何一つ無い。己の手元には、もはや正室派を、鵜飼を追い詰めるための武器が、何一つ残されてはいなかった。

(それでも……それでも、この老骨は……!)


 早川は、骨ばった痩せた拳を、血が滲むほど固く握りしめた。

(決して諦めぬ。たとえこの老いた一命を使い果たそうとも。甲之助様だけは――何があっても、お守り申し上げる!)


 具体的な手立てを失った、悲壮な誓いだけが、虚しく、しかし岩のように固く、老臣の胸に刻み込まれた。


 同じ頃――。

 甲之助は自室の布団の中で、まんじりともせず夜を明かしていた。

 胸が痛んだ。その傍らで――少年の脳裏に、ふと、全く別の鮮烈な面影が過った。


 あの雑踏の中で自分を救い出してくれた、藍色の小袖を纏った、あの凛とした娘。最後に周囲の侍たちから「姫様」と呼ばれ、夕暮れの蔵の隙間へと颯爽と消えていった、あの美しい後ろ姿。

(あの方であれば……このような不条理で暗い現実を、一体どうなさるのだろう。あの方であれば、きっと――)


 なぜ、このような最中に、一度会っただけのあの娘のことを思い出すのか、甲之助自身にも分からなかった。ただ、あの凛然とした立ち姿だけが、この暗く、欺瞞に満ちたやりきれない屋敷の中で、唯一の希望の光のように思えてならなかったのだ。


 夜が、しらじらと明けていく。


 奉行所からの、田崎の死を形式的に伝える朝の公式な報せが、辻を発った。

 それと同時に、正室派がしたためた、糸子への必死の拝謁を乞う新たな懇願の書状もまた、江戸の冷たい街道を厳かに進み始めようとしていた。


 暗殺という硬い道は潰え、権威を乞う軟らかき道が立ち上がる。旭狼衛の見張りは、なおも闇からすべてを見張っている。甲之助は、何一つ真実を知らぬまま、ただ夜明けを迎える。


 ――そして。この屋敷に並ぶすべての駒の動きを、すでに掌の上に乗せている一人の姫君だけが、遥か離れた御簾の奥で静かに、何手も先の詰みを読み切っていた。


 早川丹波が、二つの報せ――田崎の死の顛末と奉行所からの形式的な繋ぎの書面を携え、若君の部屋へと重い足取りを向ける。


 その「ひた、ひた」という乾いた足音が、青い夜明けの静まり返った廊下に響き渡り始めた。その足音の先に、一体どのような残酷で、あるいは劇的な朝が待っているのか。


 この閉ざされた屋敷の中では、未だ誰も知る由がなかった。


 第百三十五話 了

【浜岡藩について(架空藩)】解説( ´ ▽ ` )ノ

石高:5万石前後の外様小藩(名前は浜岡藩…東海道筋寄り・中部東側あたり)

藩主家:もとは戦国時代からの国衆格。江戸初期に大名に取り立てられた家。

経済の柱:川や小港を使った米や特産品の輸送。しょうゆ・酒・干物・茶などの販売で現金が入る。小藩のわりに裕福。


・藩主(浜岡甲成):開国寄りの現実派。現在は国元に長期滞在中で、財政再建と軍備整備を急いでいる。そのため、江戸屋敷には当面戻らない予定。


・正室:京都の公家出身。兄弟が朝廷で官職にある。京都の実家との行き来や献金、進物が欠かせない。


・側室:もともと藩内の中級藩士の娘。殿との仲は良く、長男を産んでから実力を付けた。


●跡継ぎ構図

・側室の長男(浜岡甲之助)

幼少のころから「殿の後継」とされて育てられたが、形式上は「庶子」


・正室の次男(浜岡甲之丞)

生まれた瞬間から家中と正室実家に「真の嫡男」として歓待される。


・正室派:古参家臣、公家との縁重視。家格向上を重視。

・側室派:若手・実務官僚型の家臣。現藩主の寵愛と今の路線維持。

・中立派:年長の穏健派。内乱での改易を恐れている。


●正室側の立場

公家出身の正室なら、朝廷の権威を最優先する尊王攘夷の色が強くても不思議ではない

ただし「即時に鎖国回帰」というより、「朝廷主導で外国を斥けるべき」という感情的・名目的な攘夷になりがち

そのため、長州初期のような「朝廷の威光を背景に強硬攘夷を迫る雄藩」と結びつきやすいイメージも持てる。


●現藩主側の立場(側室の長男母も)

現実の雄藩指導層には、「朝廷を敬いつつも、現実には開国して富国強兵を図ろう」という公武合体+穏健開国派が多くいた.

藩主が「開国寄りだが雄藩と組み、朝廷も無視しない」という路線は、公武合体派の大名たちに近いポジション。


●家督争い

側室の長男:幼いころから藩主の路線を継ぐ「現実派後継者」と見られている。


正室の次男:朝廷に強いコネを持つ「尊王攘夷の旗印」として期待される。


結果として、藩の実務を担う家臣や公武合体寄りの中堅層は、長男支持。


朝廷筋とのパイプや、過激な攘夷論に共鳴する若手・志士タイプは、次男支持。


…というふうに家中が割れ、水面下で後継争いを激化させています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
糸子さんの出演がなかったのがちょっと残念。 毎日の更新が楽しみで昼休みに読んでいます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。