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幕末に転生したら近衛家の姫でした。まず屋根を直します【累計150万PV/30万UU突破!100万文字の幕末経済戦記】  作者: 1009


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第百十九話「長崎暗闘編―魔女の算盤、長崎を縛る(後編)」

 ねっとりとした不快な熱気が肌にまとわりつく、真夏のこと。その夜、街は猛烈な嵐の渦に完全に呑み込まれていた。


 容赦なく打ちつける豪雨が、大浦屋の奥座敷を一瞬にして修羅場へと変えていく。引き破られた障子の無残な隙間からは、激しい雨風が容赦なく吹き込み、上質な畳の縁をどす黒く濡らしていた。

 異国人たちの泥靴によって踏みにじられた床は見る影もなく汚れ、かつての格式高い座敷の面影はどこにもない。張り詰めた空気の中、ただ激しい雨音だけが不気味に轟いていた。


 長次郎の両手には、二冊の分厚い書物の写しが、ずっしりと握られていた。

 一冊は、当時最先端の国際法が綴られた『万国公法』。そしてもう一冊は、開港地での交易ルールを定めた『長崎会所条約』の写しである。


 長次郎は、荒い息を吐き続けるグラバーの正面へと、迷いのない足取りで進み出た。

 その表情は、驚くほど穏やかだった。しかし、すっと据えられたその双眸の奥には、相手の反論を一切許さない、静かで、圧倒的な圧力が宿っていた。


 近藤長次郎――まだ、わずか二十四歳の若者である。

 土佐の城下で饅頭屋の息子として生まれ、武士の身分すら持たない、完全な庶民の出だった。しかし、その頭脳の切れ味は、あの坂本龍馬をして「あいたぁ、まっこと賢いにゃあ」と言わしめるほどに鋭かった。何より、海の向こうの世界を知りたい、英語を我が物にしたいという異常なまでの渇望が、彼をまたたく間に一流の知識人へと押し上げていた。


 その長次郎が今、大英帝国の「怪物」と恐れられる商人を前にして、眉ひとつ動かさずに堂々と対峙している。


 彼が携えてきた『万国公法』は、日本に入ってきたばかりの、いわば未知の国際法だ。長次郎はこれを文字通り一晩で読み込み、グラバーという大魚を身動きひとつできなくするための、完璧な論理の檻を頭の中で組み立てていた。


「Now, Mr. Glover.」

(グラバー殿)


 長次郎の口から滑り出たのは、驚くほど流暢な英語だった。一語一語に確信を込めた、一晩かけて練り上げた完璧な交渉の言葉。


「This is 'specie'—officially minted and circulated by the nation of Japan.」

(これは、我が日本国が公式に鋳造し、流通させている『正貨』です)

「Specie? Don't make me laugh! This hollow, worthless scrap of gold—」

(正貨だと? ふざけるな、こんな中身がスカスカのクズ金が――)

「Ah... 'Hollow', you said?」

(ええ、中身が、とおっしゃいましたね)


 グラバーの言葉を、長次郎は冷徹に、しかし鮮やかに遮った。


「Then, you refuse to accept our nation's official currency because of its 'content.' As a battle-hardened veteran of trade, I'm sure you understand exactly what kind of situation that will trigger.」

(では、その『中身』を理由に、我が国の正貨の受け取りを拒否する。それが一体どういう事態を招くか、百戦錬磨のあなたなら、当然お分かりですね?)


 グラバーは獣のような目で長次郎を睨みつけたが、若者はどこ吹く風で言葉を続ける。


「This is the indisputable legal tender of Japan, formally recognized by the Shogunate. To reject it on the grounds of 'base value' is an open insult to the supreme authority of the Tokugawa. Furthermore, such an act shall be deemed a grave violation of the Anglo-Japanese Treaty of Amity and Commerce.」

(これは幕府が公に認めた、まぎれもない日本の公定通貨です。これを『価値が低い』と拒絶することは、徳川の最高権威に対する公然たる侮辱。ひいては、日英通商条約への重大な違反行為とみなされます)


 長次郎は、抱えていた二冊の書物を、グラバーの足元へ静かに、しかし重々しく置いた。


「You are more than welcome to take this to the British Consulate right now. We have nothing to hide. However...」

(今すぐ、長崎のイギリス公使館へこの件を報告されても、こちらは一向に構いませんが――)


 そこで長次郎は、ふっと、子供のように無邪気な笑みを浮かべた。その笑顔こそが、何よりも恐ろしかった。


「Your unlawful refusal of our national tender, your violation of the treaty, and your attempt to seize this merchant house with armed men... we shall relay all of this to your superiors in Shanghai and the parent company in London. The choice is yours, Mr. Glover. Which path do you take?」

(あなたが日本の公定通貨を不当に拒み、条約を破ったこと。そればかりか、武装した水兵どもを率いて、この大浦屋を不法に武力占領しようとしたこと……。これらすべての事実を、上海、ひいてはロンドンの本国マセソン商会へ、我々から詳細に報告させていただくことになります。……さあ、グラバー殿。どちらを選ばれますか?)


 グラバーの端正な顔が、屈辱でぴくぴくと引きつった。

 長次郎の突きつけた言葉は、まさに「正しさという名の暴力」だった。

 万国公法、日英条約、公定通貨。西洋人がこれまでアジアの国々を従えるために使ってきた「法と正義」という名のルールを、逆にグラバー自身を縛り上げる強固な鎖として、見事に編み上げてみせたのだ。


 もしここで二分金を突っぱねれば、条約違反の汚名を着せられる。武力恐喝の件も白日の下にさらされ、グラバーが築き上げてきた国際的な信用は一瞬で消し飛ぶ。

 それだけではない。二分金での決済を拒絶するということは、先ほど弥太郎が突きつけた「上海の立て替え資金」の即時取り消しを意味する。

 待っているのは、正真正銘の…即座の破産だ。


「Urgh...!」

(……くっ……!)


 グラバーは、ギリ、と奥歯を噛みしめた。静まり返った座敷に、骨のきしむ音が響くかのようだった。

 彼は、ようやく完全に理解したのだ。

 自分が、完璧にハメられたということを。


「東洋の未開人どもめ」と心のどこかで見下し、その「賢さ」の優位に立って、無理なレバレッジをかけた大商売を仕掛けようとした。その、商人として極めて「合理的」だったはずの判断のすべてが、見事に逆手に取られていたのだ。

 頭が良ければ良いほど、そして大きな富を築こうと野心を燃やせば燃やすほど、この罠の奥深くへと、自ら進んで嵌まり込んでいく――。


 これこそが、糸子の言う「一度足を踏み入れば二度と抜け出せない、底なし沼の仕掛け」そのものだった。


 気が遠くなるほどに長い、重苦しい沈黙がその場を支配した。

 ただ、屋根を激しく叩く雨音だけが、静まり返った座敷に冷たく響き渡っている。


 グラバーの、燃えるような青い目が長次郎を激しく睨みつけていた。だが、その瞳の奥で渦巻いているのは、もはや怒りや屈辱だけではない。じわじわと広がっていくのは、言い逃れのできない決定的な「敗北」の色だった。

 彼は痛烈に理解していた。目の前の若い日本人が突きつけているのは、単なるハッタリや脅しではない。『万国公法』という、自分たち西洋人が作り上げた国際社会の「正しさ」そのものなのだ。もしこれを拒否すれば、グラバー自身が国際ルールの破壊者となり、大英帝国という本国の後ろ盾すら失うことになる。

 

 土佐の饅頭屋の息子。武士でもないその若者が、世界標準の「法」を極上の武器として完璧に使いこなし、百戦錬磨の怪物商人を完全に袋小路へと追い詰めていた。


 グラバーは血が滲むほどに唇を噛み締めながら、ゆっくりと、しかし信じられないほど重い手つきでペンを握りしめた。

 果てしない沈黙の末、彼は泣く泣く、その悪貨の山を額面通りに受け入れるという屈辱の書類に、自らのサインを走らせた。ペンを持つ指先が、怒りとみじめさで激しく震え、紙にペン先が擦れる音が妙に生々しく響いた。


 しかし――罠の主たちが、これだけで満足するはずがなかった。


「Mr. Glover.」

(グラバー殿)


弥太郎が、これ見よがしに不敵な笑みを浮かべて声をかけた。その言葉を、神代が冷徹な声で通訳する。


「武装した水夫かこどもを引き連れて、大浦屋を武力占領しようとした一件――これはのう、本来なら一歩間違えれば重大な国際問題ぜよ。じゃが、わしらはこれでも寛大での。まあ、手打ちにしてやってもええ」

"Leading those armed sailors to take Oura-ya by force—you know, one wrong move and that would've been a massive international incident. But we’re generous souls, as you can see. We’re willing to call it a draw and settle this here."

「...And what is it you want this time?」

(……今度は、何を望む)


グラバーの絞り出すような声に、弥太郎は待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「今回の一件の手数料、あるいは迷惑料のかたとしてやな――おまんが本国から必死こいて仕入れた、あの最新の『スナイドル銃』。あれの三割を、ここで没収させてもらうき」

"As a small fee for our services—or perhaps compensation for all this trouble... we’ll be confiscating thirty percent of those latest Snider-Enfield rifles you went through so much hell to import. Right here, right now."


グラバーの目が、驚愕でこれ以上ないほどに見開かれた。


「Wh—Thirty percent...!? That’s madness! Do you have any idea how much capital I’ve poured into those—!?」

(な、三割だと……!? 馬鹿な、あれにどれほどの元手がかかっていると――)

「おや、不満かね? なら、別にええがじゃ。今すぐその武力占領の件を公にして、イギリス公使館に直訴してもかまんがぞ。さあ、どっちがマシか、よお考えてみや」

"Oh? Not happy with that? Suits me fine. I can head straight to the British Legation right now and make your little 'armed occupation' public. Go on, think long and hard about which choice hurts less."


 グラバーは再び激しく歯噛みした。キリキリと奥歯が鳴る。そして――血の気の引いた顔で、力なく頷くしかなかった。


 その日のうちに、グラバーが万金を投じて仕入れた最新鋭のスナイドル銃の三割が、瞬く間に会所の管理下へと移されていった。

弥太郎はその中の一丁を愛おしそうに手に取り、その冷たい金属の手触りを確かめるように何度も撫で回した。

 これこそが、従来のゲベール銃やミニエー銃とは比較にならない、圧倒的な連射性能を誇る最新の後装式(元込め式)小銃だ。この怪物が、これから日本中の諸藩へと流れていくことになる。すべては、この 天朝物産会所というフィルターを通して。

 倒幕か、あるいは佐幕か――この最強の銃がどちらの陣営に、どれだけの量流れるかによって、この国の未来の縮図は一瞬で塗り替えられる。その、日本の命運を分ける武器の流通という名の巨大な水門の鍵を、今、会所が完全に掌握したのだ。


「神代殿」


 弥太郎が、銃口を天井に向けたまま低く囁いた。


「この銃の流通先は、これからはすべて、わしら会所が決める。どの藩に何丁、いくらで売りつけるか。そのすべてを、わしらが裏で差配するがじゃ」

「お見事です」


 神代が、深く満足そうに頷いた。


「これでグラバーは、我々の単なる『仕入れ業者』に成り下がりました。命がけで本国から武器を仕入れては来ますが、それを国内の諸藩に売る窓口は、すべて会所が独占する。価格も、数量も、流通先も、彼の意志は一滴も介在しません」

「異国から、会所へ。会所から、諸藩へ」


 弥太郎の喉から『くくくっ……』と地響きのような笑いが漏れた。


「姫様の描いた、武器流通の一本化という名の巨大な仕組みが――ここに、一分の隙もなく完成したがじゃ。これでグラバーは、完全に檻の中ぜよ」


 グラバーは冷たい床に座り込んだまま、目の前で繰り広げられる売買の主導権の移動を、ただ虚ろな目で見つめることしかできなかった。

 彼は、骨の髄まで理解させられていた。

 これからの日本において、天朝物産会所の仕組みという名の関所を通さなければ、自分は一丁の銃、一発の弾丸すら売ることは叶わないのだと。


 しかし――同時に、彼は海を渡ってきた商人としての冷徹な現実もまた、思い知らされていた。


 この忌々しい仕組みに従順に従ってさえいれば、破産という最悪の結末だけは免れ、細く、長く、確実に儲けさせてもらえるのだ。

 会所は、グラバーを絶対に殺さない。なぜなら、彼という優秀な調達係を完全に潰してしまえば、極上の血を吸い上げる相手がいなくなってしまうからだ。

 グラバーは生かされる。しかしそれは、永遠に、継続的に、甘い汁を吸い取られ続けるための「飼育」に他ならなかった。自分が歩く床の下から、じわじわと、音もなく。


 サインを終えた後も、グラバーはしばらくの間、目の前の書類を呆然と見つめ続けていた。

 彼の頭の中で、自分が一体どのような蟻地獄に足を踏み入れてしまったのか、その悍ましい構造の全貌が、ゆっくりと明確な形を結んでいった。


 最初、彼は間違いなく「捕食者」のつもりだった。

 長崎の地に足を踏み入れ、野心に胸を焦がし、東洋の遅れた未開人どもを見下しながら、武器と為替という高度な金融トリックで、二重三重に彼らを搾取してやるつもりだった。銃を片手に大浦屋に乗り込んだあの瞬間でさえ、自分こそが狩る側、圧倒的な強者だと信じて疑わなかったのだ。


 しかし――気がつけば、立場は完全に逆転していた。

 彼は今や、断ることもできない「共犯者」へと仕立て上げられていた。

 会所の用意したレールに乗り、会所に命を救われ、会所と利益を分け合う。表向きは、長崎の貿易を牽引する対等なパートナー。しかし、その実態は――。


「Alas, I am subjugated to them like a mere beast of burden.」

(ああ、私はただの家畜のように彼らに屈服させられた)


 グラバーは、そのあまりにも残酷な事実を、受け入れるしかなかった。

 仕組みに逆らえば即座に破滅。だが、牙を抜かれ、従順な羊として仕組みに従っていれば、安全と小銭だけは保証される。殺されず、しかし決して檻の外へは出してもらえず、永続的にその富を吸い取られ続ける。


 それこそが、あの「姫君」という魔女が設計した、欲という人間の弱みに付け込む、底なしの沼の真の正体だった。


 グラバーという最大の牙を抜いた今、長崎の覇権を完全に握るためにもう一つだけ、どうしても片付けておかねばならない不確定要素があった。

 長崎の絶対的な統治者であり、徳川幕府の目でもある「長崎奉行所」の存在だ。


 しかし――これもまた、糸子が引いた緻密な設計図の範疇はんちゅうから、一歩も外れてはいなかった。すべては彼女の手のひらの上で転がされていたに過ぎない。


 グラバーとの痺れるような交渉を終えたその足で、長次郎は一人、静かに長崎奉行所へと赴いた。

 彼の両手には、丁重な挨拶の品として、グラバーから鮮やかに没収したばかりの最新鋭の兵器、そして奉行所の役人たちの目を眩ませるに十分な、ずっしりと重い冥加金みょうがきん――いわゆる巨額の献金が携えられていた。


「お奉行様、ならびに諸役人様」


 長次郎は武士ではない男特有の、しかし洗練された商人としての完璧な所作で深く、丁寧に頭を下げた。


「此度の、一部の異国商人どもによる不届きな抜け荷、および不法な密貿易の一件――我が天朝物産会所が、すべて裏から手を回し、完璧に押さえ込みましてございます。これからは、我ら会所が責任を持って、異国とのあらゆる取引の窓口を一元管理いたす所存。お上のお手を煩わせるような真似は、以後、一切ございません」


 その申し出を聞いた奉行所の役人たちは、威厳を保った表情の裏で、一様に「救われた」とばかりに内心、深く安堵のため息を漏らしていた。


 当時の長崎奉行所は、まさに極限の崩壊状態に直面していた。

 幕末の激動の中、薩摩や長州といった雄藩が、幕府の目を盗んで藩独自のルートを開拓し、沖合での大規模な密貿易を執拗に繰り返していたのだ。奉行所の限られた人員と予算では、これらを完全に取り締まることなど到底不可能であり、彼らはその統治コストの限界に日々、頭を抱えていたのである。


 そこに、天朝物産会所という民間の巨大組織が、厄介な取り締まりの労力をすべて「身代わりになって肩代わりしてやる」と言い出してきたのだ。しかも、断る理由を完全に奪い去るような、莫大な額の冥加金まで添えて。


役人たちにとって、これほど都合の良い、甘い話はなかった。


「うむ……なるほどな。会所がそこまで責任を持ち、我らの代わりに長崎の秩序を維持してくれるというのであれば、こちらとしても願ってもないこと。大いに大義である。会所の活動には、お上としても正式にお墨付きを与えようではないか」


 こうして、長崎奉行所は天朝物産会所の動きを単に「黙認」するだけでなく、幕府の権威をもって「公認」する形となった。


 敵であるはずの最高権力機関すらも、自分たちの手を汚さずに懐へと抱き込む。

 奉行所という巨大な権力組織すら、糸子が作り上げた底なしの仕組みを円滑に回すための、従順で便利な「歯車」として、完全に組み込まれてしまったのだった。


 翌朝。


 長崎の空には、昨夜の嵐が嘘だったかのような、どこまでも抜けるような美しい青空が広がっていた。荒れ狂った雨風が、街の汚れをすべて洗い流してくれたかのようだ。


 大浦屋の奥座敷の畳は、昨夜のドタバタでまだ泥に汚れたままだった。引き破られた障子も、痛々しくめくれたままだ。しかし、その荒れ果てた座敷の中央には、主である大浦慶が腕によりをかけて用意させた極上の酒と料理が、これでもかと所狭しと並べられていた。


 炭火でじっくりと焼かれた魚の香ばしい匂いと、上質な日本酒の芳醇な香りが部屋いっぱいに満ちている。障子の破れ目から斜めに差し込む鮮やかな朝の光が、料理から立ち上る真っ白な湯気を、まるで金色の粒子のようにキラキラと照らし出していた。


 その宴の席に、グラバーも招かれていた。

 彼は、なんとも形容しがたい複雑な表情を浮かべて座っていた。

 自分が完璧にハメられたこと。そして、天朝物産会所という名の見えない奴隷の鎖に、一生逃れられない形で繋がれてしまったこと。そのすべてを完全に、骨の髄まで理解した上での表情だった。


 しかし、不思議なことに、彼のその青い瞳には激しい恨みの色は消えていた。

 むしろ、自分をハメたこの東洋の若者たちに対する、ある種の、畏怖の念を孕んだ感嘆の光が宿っている。


 グラバーは、目の前のグラスをゆっくりと手に取った。そして、それを対面に座る弥太郎に向かって、まっすぐに突き出した。

「...Mr. Iwasaki. 」

(…岩崎殿)


 グラバーの口から、低く重い英語が放たれる。神代がそれを一言も漏らさず、静かに訳していく。

「You are truly possessed. This is not the work of sane men.」

(君たちは、本当に狂っている。まともな人間の仕業じゃない)


 グラバーは、そこで少しだけ間を置いた。そして、諦めたような、しかしどこか晴れやかな笑みを口元に浮かべた。

「And yet... I must admit. You are the finest merchants I have ever encountered.」

(だが――認めざるを得ないな。君たちは、私がこれまで出会った中で、最高の商人だ)


 その言葉を聞いた弥太郎は、グラバーから没収したばかりの最新鋭のスナイドル銃を膝に乗せ、その滑らかな金属の手触りをうっとりと確かめていた。

 そして、グラバーの敗北宣言を受けるや否や、その顔に傲然たる高笑いを浮かべた。


「わはははは!」

 弥太郎は、手元のグラスを天高く掲げた。


「異国の連中よ、思い知れ! これからはのう、おまんらじゃなく、わしらがこの長崎のあるじじゃきに!」


 グラバーが苦い笑みを浮かべ、自分のグラスを寄せた。

 チン……と。朝の澄んだ空気の中に、ガラスの触れ合う繊細な音が小さく響き渡った。

 それは、かつて傲慢な捕食者だったグラバーが、完全に会所の共犯者となり、そして永続的に血を吸われ続ける家畜となった瞬間を告げる、決定的な弔鐘のような音だった。


 部屋のあちこちでは、泥まみれになりながら激闘の夜を共に戦い抜いた男たちが、安堵の表情で集まっていた。

 土佐組の長次郎と惣之丞。そして旭狼衛の速水、神代、名波、宮川。


「長次郎、おんしのあの『正しさの暴力』、ありゃあ側で見ちょって鳥肌が立ったきに。見事じゃった!」


 惣之丞が、我がことのように嬉しそうに長次郎の肩をバシバシと叩いた。

「いや――惣之丞こそ、あの大村湾での立ち回りは、ようやってくれた」


 長次郎は照れくさそうに頭を掻きながら、破顔した。

「おんしが命がけで密輸の決定的な証拠を押さえてくれたきこそ、グラバーの奴にプロイセンの繋がりを完全に潰させることができたがじゃ。おんしの手柄よ」


「ちょっと待ってくださいよ、僕だって死ぬほど頑張りましたよ!」 

 宮川が、持ち前のお調子者な笑顔で人懐っこく二人の間に割り込んできた。


「あの強欲な買弁に嫌というほど酒を奢って、あの重要な決済期日を綺麗に聞き出したのは、僕ですからね? もっと褒めてください!」

「ああ、分かっちゅう。宮川、おんしのあの規格外の人たらしも、今回ばかりは大したもんじゃったな」


 隊長の速水が、いつもの冷徹さを少しだけ緩め、静かに、しかし優しく微笑んだ。


「いや」と、神代が冷徹なトーンの中に確かな敬意を込めて言った。

「名波の、あの影の働きも忘れてはならん。あの厳重に保管されていた密輸船の証拠書類を、誰にも気づかれずに盗み出してきたのは、他でもない名波だ」


 全員の視線が集まる中、名波は無言のまま、わずかに顎を引いて頷いた。

 普段は決して感情を表に出さないその無口な男の目にも、この時ばかりは、己の仕事を完璧に遂行したという確かな満足の色が浮かんでいた。


 大浦慶は、上座にどっかと腰を下ろし、煙管を燻らせながらその若者たちの賑やかな光景を温かい目で見守っていた。


「まっこと、よか連中ばい……」


 慶は紫煙をふうっと天井へ吹き出しながら、しみじみと呟いた。


「あのお公家さんが、わざわざ集めてきた連中ちうのは――どいつもこいつも、一癖も二癖もあって、本当におもしろか男たちたい」


 慶は腰を上げると、グラバーのすぐ隣へと音もなく座り直した。

 彼女は、大物商人らしい堂々たる貫禄を漂わせながら、グラバーの空になったグラスに、なみなみと極上の酒を注ぎ入れた。


「グラバーさん」

 慶は独特の、包容力のある長崎弁で語りかけた。


「あんた、なかなかよか飲みっぷりばいね。うちはね、あんたみたいにプライドが高くて骨のある男は、決して嫌いじゃなかとよ」

"You sure know how to hold your liquor. I've never disliked a man of your pride and mettle."


 グラバーは、神代の迅速な通訳を介してその言葉を受け取ると、降参したように肩をすくめて苦笑した。


「Mrs. Oura... you are truly a formidable woman. It was you, wasn’t it? The one who perfectly choked the tea supply to the market at that very moment—all to slit my throat.」

(ミセス・オオウラ。……あなたは、本当に恐ろしい女性だ。私の息の根を止めるために、あのタイミングで市場の茶の出荷を完璧に止めたのは、他ならぬあなたでしょう?)


「ふふ、そうたい。図星ばい」

"Heh... exactly. You hit the nail on the head."

 慶は悪戯が成功した子供のように、にやりと不敵に笑った。


「うちの茶が、あんたの首を思い切り絞めたっちゃね。けんど――これからはもう敵じゃなか。大切な仲間ばい。うちが作った自慢の茶も、これからはあんたの大きな船で、世界中へたんと運んでもらうけんね」

"So, my tea tightened the noose around your neck, did it? But mark me—we are foes no longer. We are partners now. And my finest tea shall be carried to the ends of the earth upon your great ships."


「...So, what you are saying is, our business together has only just begun?」

(……つまり、私との商売はこれからも続く、ということですか)

「そういうことたい。お互いに血を流し合う潰し合いより、手を取り合って儲け合う方が、ずっとよかろうもん?」

"Exactly. Is it not far better to join hands and prosper together, rather than bleeding each other dry?"


 グラバーはその言葉の裏にある「本当の意味」を悟ったように、静かに深く頷いた。

 潰し合いではなく、儲け合い。しかし、その「儲け合い」という名の温い檻の中で、誰が本当に主導権を握り、誰が誰の血を吸っているのか――それを、グラバーはもう痛いほど理解していた。逆らう自由など、最初から残されてはいないのだ。


 朝の清々しい光が差し込む中、男たちは互いの健闘を称え合い、次々と固い握手を交わしていった。

 昨夜の死闘を物語る、泥に汚れた泥臭い手と手が、何度も力強く握り合われる。


 長崎のどこまでも澄み渡った朝の光が、新時代の幕開けを告げるかのように、彼らの姿を優しく、そして力強く照らし出していた。


 賑やかな祝杯の喧騒からそっと離れ、弥太郎は一人、大浦屋の長い縁側へと出ていた。

 突き抜けるような青空の下、眼下には陽光を浴びてきらめく長崎の港が一望できた。波間にゆったりと 停泊する巨大な蒸気船、その間を忙しなく行き交う無数の小舟――昨日までの、あの命を削るような嵐の 夜がまるで幻だったかのように、世界は穏やかな静寂を取り戻していた。


 弥太郎は、グラバーから力ずくで没収したばかりのスナイドル銃を、愛おしそうにもう一度手にとった。

 手のひらに伝わる、ずっしりとした重み。そして、ひんやりとした冷たい鉄の感触。それを何度も、確かめるように撫でる。


(わしは……勝ったがじゃ)


 その事実が、胸の奥底からじわじわと、熱い塊となって込み上げてきた。

 土佐の極貧の家に生まれ、身分も一番下の地下浪人じげろうにん。いつも泥水をすするような生活を送り、理不尽に耐えかねて役人に逆らっては、父親とともに冷たい牢屋にぶち込まれ、この不条理な世の 中のすべてを呪い続けてきた男だ。

 その男が今、世界の海を股に掛ける大英帝国の、あの怪物商人を完膚なきまでに屈服させたのだ。


 しかし、不思議と弥太郎の胸の中にあったのは、単純な勝利の喜びだけではなかった。どこか冷めた、別の複雑な感情が渦巻いていた。


(姫様。あんたの描いたあの設計図は、寸分の狂いもない本物じゃった。……わしは結局、あんたの手のひらの上で、ただ踊らされちょっただけかもしれんのう)


 弥太郎は、眩しそうに目を細めて遠い空を見上げた。

 いや――と、彼はすぐに思い直した。激しく首を振る。


(じゃが、最後にグラバーから冷たい銃口を額に突きつけられたあの瞬間、命のやり取りの瀬戸際で、最後に自分の頭で考え、決断したのはこのわしじゃ。始めから薩摩の迂回路を使うと判断したのも、あの極限の恐怖の中で、頭が割れるほどに算盤を弾き続けたのも、他でもないわしの頭ぜよ!)


 その確信が、弥太郎の背筋を力強く押し上げ、揺るぎない自信となって全身を駆け巡った。

 糸子の設計図は完璧でだった。しかし、その机上の空論を、血の匂いが漂う現実の修羅場で実際に動かし、血を通わせるのは、泥塗れの現場にいる人間の判断力に他ならない。弥太郎は今回、その命がけの役目を、誰よりも見事に全うしてみせたのだ。


(俺やからこなせたがやき! こりゃ自惚れなんかじゃないぜよ。他の連中にこんな真似ができるか? まず無理じゃ!!)


 縁側に腰掛け、静かに海を見つめる弥太郎の脳裏に、去り際のグラバーが見せたあの妙に複雑な表情がよぎった。

 そこには、泥臭い恨みの色は不思議となかった。あれは――己の完全な敗北を認めた者だけが浮かべる、奇妙なほどに清々しい顔だった。商人として、自分よりも遥かに上の知略と度胸に、真正面から叩き潰された。グラバーはその冷徹な事実を、実業家らしく、至極合理的に受け入れていたのだ。


(あの男は、ただの強欲な悪党じゃないき。商人としての筋が、一本きれいに通っちゅう男じゃ)


 弥太郎は、心のどこかでグラバーに敬意を抱いていた。だからこそ確信できる。グラバーはこれからも、誇りをへし折られた家畜として、しかし「会所のために最高の仕事をこなす、最も従順で優秀な家畜」として、存分に働くだろう。

 それこそが、糸子が仕掛けた真の狙いだった。


 目障りな敵をただ力で叩き潰し、抹殺するのではない。敵が持つ圧倒的な能力と人脈をそのまま生かし、自分たちの利益のために、永続的に、システムの一部として使い続ける。


(本当に、底が知れん恐ろしいお方じゃ。じゃが――わしは今は、あのお方の駒であることを選んだがじゃき。いや、違うな。ただの都合のええ駒やない。共に、この腐りきった国を根底からひっくり返す、唯一無二の同志ぜよ)


 弥太郎はスナイドル銃を強く握り締めると、勢いよく立ち上がった。

 長崎の港から吹き上げてくる強い風が、彼の汗ばんだ頬を優しく撫でていく。潮の満ちた匂い。そしてその中に、ほんのわずかに混ざる、昨夜の硝煙の名残の匂い。

 弥太郎は胸いっぱいに、その新しい時代の空気を深く吸い込んだ。


「……龍馬」


 弥太郎の口から、ふと幼馴染の男の名が漏れた。今頃、大きな野望を抱いて薩摩へと向かっているであろう、あの男の奔放な姿を思った。


(おんしも今頃、薩摩のど真ん中で泥臭く戦っちゅうがじゃろうな。……フン、わしも長崎でこれだけの修羅場を越えたがじゃ。おんしにだけは、絶対に負けちゃおれんきに)


 弥太郎の瞳に、あのギラギラとした、飢えた獣のような野生の光が戻ってきた。

 しかし、その光は長崎の地に初めて足を踏み入れた時とは、明らかに異なっていた。どこか深く、静かな凄みを湛えている。

 一つの巨大な修羅場を、己の知恵と度胸だけでくぐり抜けた者だけが持つ、落ち着いた、しかしどこまでも貪欲な、凄絶な光だった。


 弥太郎は膝の上の銃をそっと縁側に置くと、衣服の汚れを軽く払い、再び仲間たちの笑い声が響く、賑やかな座敷の祝杯の輪へと、足取り確かに戻っていった。


 文久二年、立冬。

 舞台は、熱く湿った雨がすべてを押し流した長崎から遥か遠く、凍えるような静寂に包まれた江戸へと移る。


 一橋上屋敷の奥深く。

 長崎のあの狂おしいほどの熱気とは、あまりにも対照的な冷気がそこには満ちていた。江戸の街はすっかり木々が葉を落とし、乾いた冬の木枯らしが容赦なく吹き抜けている。寒風が屋敷の障子を時折、かたかた、と乾いた音で鳴らし、張り詰めた空気は肌を刺すほどに冷たかった。


 その静まり返った冷気の中に、糸子は静然と佇んでいた。


 彼女は今、朝廷の使者という大義名分を背負い、この江戸の地に滞在している。京都の公家たちが、幕府に対して「今すぐ攘夷を断行せよ」と苛烈な圧力をかけ、徳川幕府の最高権力者たちと、連日のように激しい政治交渉を重ねている。まさにその、日本の命運を分ける巨大な渦の真裏で――糸子はもう一つの、誰にも見えない「戦」の全権を握り、指揮を執っていた。


 文机の前に座る糸子のもとへ、長崎からの仕立飛脚したてびきゃくがたった今、到着した。

 差し出された書状には、遠い西国から昼夜を分かたず駆け抜けてきた馬の、かすかな汗の匂いがまだ生々しく染み付いているかのようだった。


 糸子は細く白い指先で、丁寧にその封を切り開いた。

 静かに報告書を広げ、そこに並んだ墨の文字に視線を落とす。


『グラバー掌握。長崎における武器流通の一本化、完璧に完了せり』


 糸子の切れ長の瞳が、その一行の上でぴたりと止まった。

 窓の外を、ひときわ強い木枯らしがヒュウと吹き抜けていく。


 その瞬間、糸子の端正な口元に――ゆっくりと、深い微笑みが浮かび上がった。

 それは、およそ可憐な少女が浮かべるようなものではなかった。もっと深く、もっと遥か遠くの未来を見据えた、不敵で、ぞっとするほど美しい微笑み。


「弥太郎も、旭狼衛の面々も――」


 糸子は鈴の鳴るような、しかし低く冷徹な声で呟いた。


「本当に、素晴らしいお仕事を執り行ってくれました。見事なものでござります」


 糸子は報告書をそっと文机の上に置いた。

 その指先が、グラバー掌握を告げる文字の連なりを、慈しむようにもう一度優しく撫でる。

 冷え切った江戸の部屋の中で、この報告書が持つ「熱さ」――弥太郎たちが長崎の地で、泥と血にまみれ、命を削って勝ち取ってきたあまりにも生々しい戦果の熱量が、際立って感じられた。


 糸子は報告書を読み終えてからも、しばらくその場を動かず、じっと考えに耽っていた。

 耳をすませば、窓の外では絶え間なく風が鳴っている。江戸の冬は、雨の多い長崎よりもずっと乾燥していて、冷酷だ。葉をすっかり落とした庭木の枝が風に揺れ、かさかさと寂しげな音を立てている。


 実は、糸子の前には長崎からの勝報のほかに、もう一束、別の厚い書類が置かれていた。

 それは、京の朝廷と江戸の幕府による、現在進行形の緊迫した政治交渉を記録した極秘の書状だ。公家たちが尊王攘夷の牙を剥き、幕府は老獪な弁舌でそれをかわし、一部はその破滅的な衝突の間に立って必死に融和を取り持とうとしている。今、日本の政治の最高中枢が、この江戸という巨大な盤面の上で激しく、混沌と渦巻いていた。


 糸子はその「表」の政治の激流のど真ん中に身を置きながら、同時に、長崎という遥か彼方の地で展開された「裏」の経済戦を完全にコントロールしていたのだ。


 表と裏。

 政治と経済。

 その一見、交わることのない二つの車輪の両方を、彼女は完全に掌握していた。


(表の政治は、いつでも騒がしく、大衆の目を引く。けれど――本当に歴史の歯車を動かすのは、いつの時代も目に見えない、銭と物の流れに他ならない)


 糸子は、長崎からの報告書をもう一度愛おしそうに手に取った。

 弥太郎たちが勝ち取った戦果。それは、表舞台の政治家たちが交わすどんなに華やかな外交交渉や妥協よりも、遥かに確かな「実利」を、この国にもたらしていた。


 武器の流れを握るということ。それはすなわち、国内でこれから起こるであろう内戦の「火種」そのものを握るということだ。そして、日本という国が異国たちの身勝手な代理戦争の戦場にされるのを、水際で防ぐための唯一の盾を手に入れたことを意味していた。


 糸子は静かに立ち上がった。

 窓辺へと歩み寄り、凍てつく冬の江戸の街並みを見下ろす。

 葉を落とした寒々しい木々、吹き荒れる乾いた風。そして、彼女の視線はさらに遠く、南に位置する「横浜」の方角へと真っ直ぐに向けられた。


 そこでは今、長崎とはまた異なる、最悪の火種がくすぶり始めていた。糸子の目は、その不穏な煙が立ち上る横浜の空を、冷徹に見据えていた。


 糸子の唇から、小さな吐息が漏れる。

「さあ……長崎という『西の蛇口』は、これで完全に押さえました」


 その双眸には、すべてを見透かすような冷たい光が宿っていた。

 糸子は文机に戻ると、長崎からの報告書と、京・江戸の政治交渉の記録を、左右に美しく並べて置いた。

 二つの戦場――長崎の泥臭い経済戦と、江戸の華々しい政治交渉。その双方を完璧に俯瞰する彼女の視線の先には、すでに「第三の戦場」が、その姿をはっきりと現していた。


 それが、横浜だった。


 しかし、糸子が見つめているのは、そんな単純な「武力衝突」という表層ではなかった。

 その裏側で、横浜に巣食うイギリスの商人たちが、一体どんな思惑で動き、どんな経済活動に血眼になっているのか。彼らの絶対に他人に知られたくない弱点は、どこにあるのか。


 ――長崎でグラバーという怪物を完全に生け捕りにしたあの冷徹な手法が、はたしてこの横浜の地でも、同じように通用するのかどうか。


 糸子の驚異的な頭脳の中では、すでに次の獲物を絡めとるための精緻な設計図が、恐るべき速度で描かれ始めていた。


「次は――横浜のイギリス人たちを、どうして差し上げましょうか?」


 冬の江戸の寒風が、ひときわ強く、激しく吹き抜けた。

 屋敷の障子が、かたかた、かたかた、と不穏な音を立てて鳴り響く。

 糸子の冷徹であまりにも美しい微笑みが、その凍てつく冷気の中で静かに、そして確かに輝いていた。


 天朝物産会所という、一度絡め取られれば二度と抜け出せない巨大な蜘蛛の巣。

 それは西の長崎を完全に呑み込み、今、この日本の政治の中心地へ――そしていずれは世界全土へと、その見えない糸を、確実に広げようとしていた。


 長崎の遠い地で、泥にまみれながら戦い抜いた男たちの凄絶な勝報が、日本の政治の心臓部である江戸で、緊迫した大名外交の裏を操る一人の転生してきた姫君の元へと届けられた。


 時代の表舞台に吹き荒れる、激しい戦雲。

 そして、その裏側で着実に進められる、天朝物産会所による見えざる経済的支配。


 その二つの奔流が今、完璧に、ひとつの交差点で重なり合おうとしていた。


 第百十九話 了

これで長崎暗闘編は終わりですが………


改めて読み返してみると、幕末期の技術水準では絶対無理な、といか無視した…超ご都合主義演出がありました。気に入っているシーンなんかもあったりしたんですがね…汗。


なんか……すみません囧rz


クオリティアップのため、長崎暗闘編を全面的に再構成し直し、書き換える予定です。準備ができ次第「修正版」と明記して上書き投稿します。しばらくお待ちください。


……この後の長州攻略編は長崎暗闘編のような超ご都合主義演出はないので、安心して読んでいただければと思います。多分、大丈夫なはず……σ(^_^;)


よろしくお願いしますm(_ _)m

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長崎暗闘編が一番面白かったから、修正の必要はないように感じますが…?ただ不満があるのはこの編が一番面白いと思った理由はあのピンチから乗り切ったカタルシス。しかし、姫君は基本的にピンチがない、立場上これ…
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