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 少女は長い回廊を走っていた。長い黒髪とドレスのフリルが揺れる。

「ニニ様! 城内を走るとは、はしたないですよ!」

 通りかかった女官が嗜めた。ニニと呼ばれた少女は立ち止まる。無邪気な瞳を女官に向けた。

「ねぇエルを見なかった?」

「エル様? それなら水神宮へ向かうのを見かけましたよ」

「そう、ありがとう!」

 そうしてまた駆け出していく。

「ニニ様! ですから走らずに!」


 豊かな水が湛えてある水神宮。ここは水の神を祀ってある。明るい光が射し込み、水の落ちる音が響いていた。

 ニニは息を切らしてようやく水神宮にたどり着いた。

「エル!」

 目当ての人物はこちらに背を向けて立っていた。その背中に声を掛ける。

「ニニ様?」

 エルは驚いた顔で振り返った。ニニは構わず歩み寄っていく。

「久しぶりね! 元気にしてた? ねぇいつまでいるの? 時間があるならお茶していかない?」

「ニニ様……そんなに一度に聞かれてもお答えできませんよ」

 エルは苦笑した。エルの目線より頭二つ分低いところでニニの頬は赤く染まった。

「そ、そうね……。会えて嬉しいわ」

「そう言っていただけて光栄です、小さな王女様」

 恭しくそう言うエルにニニはぷいっと顔を背けた。その仕草にはまだ幼さが残る。

「その呼び方やめてって言ったでしょ」

「失礼、あまりにお美しくなられましたものですから」

 優しく微笑んで言うエルに、ニニの頬はまた赤くなった。

「父上と母上がお待ちよ。一緒に行きましょ?」

 そう言って二人は歩き出した。

「ねぇねぇ、今回はどんなところに行ってきたの?」

「北のノルシェに行ってきましたよ。すごく寒い土地なんですけどね、織物が繊細で本当に美しかった……。そうそう、これ」

 エルは肩に掛けた鞄の中から包みを出した。

「ニニ様に似合うと思って」

 ニニは包みを開く。中から出てきたのは小さなリボンの織物と宝石を連ねた首飾りだった。

「これ……」

「貸してください」

 ニニの手から首飾りを取り、エルはニニの後ろに回った。そしてニニに首飾りを付けてあげた。

「うん、よくお似合いです」

 ニニの正面に回ったエルは満足げに笑った。それを見てニニの顔は真っ赤になる。さっきからエルに調子を狂わされっぱなしだ。もっとも、会うときはいつもこんな感じではあるけれど。

「あ、ありがとう……! さ、着いたわよ」

 ニニは照れ隠しにぶっきらぼうにそう言った。

「久しぶりね、エル」

 謁見の間にはすでにニニの母親が来ていた。

「お久しぶりです、女王陛下」

 エルは恭しく腰を折った。

 それを見て王妃はおかしそうに笑った。

「もう何年も経ってるのに、エルにそう呼ばれるのはくすぐったいわ」

「僕は慣れましたよ」

 エルは苦笑する。

「リッカ様、お元気そうでなによりです」

 二人は笑みを交わした。息災ならこの上ないことだ。

「調子はどう?」

「まずまずですよ。先日はノルシェの織物を学ばせていただきました。人形の服作りの幅が広がりそうです」

 エルは着実に造詣人形師としての腕を伸ばしているようだ。イルトの伝統だけに留まらず、余所の文化も取り入れて新しいものを生み出していく。それは新しい時代に必要なことだと思われた。

「……この国は、変わったかしら」

 謁見の間に静かに風が吹き抜ける。遠くで水音が聞こえる。

 四神の力を王宮に集めることは叶わなかったけれど、四方に宮を建てて奉ることは行われた。この水音はさっきまでエルたちがいた水神宮のものだろう。

「えぇ、きっと」

 静かに時間が流れる。ふいに王妃が聞いた。

「ところでエル、王都に腰を落ち着ける気はないの?」

「リッカ様……。何度も申し上げておりますが、私はいち人形師です……」

 それを聞いて王妃はおかしそうに笑う。

「あら、あなたの父親だって一介の人形師だったじゃない」

「母上は“地の申し子”じゃないですか……。王族となれば話は別ですよ! それに……ニニ様のお気持ちも考えなければ……」

 王妃はエルを見つめる。その視線は親が子に向けるそれのようだった。

「あの子はまだ幼いけれど、女の子は早熟なのよ? 私を見てごらんなさい」

 確かにこの王妃はたった数日過ごした人を追いかけて村を出た人だ。説得力はあったあが、そういう問題ではない。

「ニニ様が大きくなられて……。お気持ちが変わらないようでしたら、候補にくらいは名乗りを上げさせてください」

 顔を赤くしてエルはようやく吐き出した。しかし王妃をまっすぐに見ている。

 今のところはこれで合格点だろう。

「楽しみにしてるわ」


   *


 エルを先に帰らせて、私は水神宮にひとり佇んでいた。

「なんだ、こんなところにいたのか」

 通りかかったのは最愛の――

「スィン」

 夫であり、この国の王であるスィンだった。十余年の年月を経て、その顔は一国の主たるものになっていた。

「どうかしたのか?」

「ううん。さっきまでエルが来てたの」

「帰ってきていたのか」

「うん」

 遠い日に思いを馳せた。こんな日が来るなんて予想もしていなかった。もう一度スィンに会えたなら、死ぬのも構わないと思っていた。

「私、欲張りになったみたい」

 私は隣に並ぶスィンに肩に頭を寄せた。

「今さらじゃないか」

「ひどっ……! そんなことないわよー!」

「いいや、あの時再会した君は大きな野望を持ってたよ」

「野望って……」

 確かにそう言えなくもないかもしれない。死を待つだけだった私には無謀とも思える夢だった。

「リッカに出会わなければどうなっていたんだろうな」

 スィンは私の頭に首を持たれ掛けた。二人で水音のする方に視線をやる。

「それは私だって同じだよ。スィンがいたからこうして生きてこれた。何もかもを失っても……ゼロからでも、ここまで来れた。本当に、ありがとう」

 スィンは頭を上げて、私の方に向き直る。その優しい瞳が私を映す。私も同じように返した。

 きっと、全てを失ったのは二人とも同じだった。私は神の申し子としての立ち位置、スィンは王子としての立場。でもそれがあったからこそ、こうして出会えた。二人とも、もう空っぽじゃない。


 続く未来には何が待っているだろうか。歩む先に、困難が待ち受けていてもいい。きっと二人なら乗り越えていける。


 これは、ゼロから始まる二人の物語。

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