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この世界は勇者を知らない  作者: N/A


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007



「ぜ、全然気づかなかった……」

「さすが魔術師……ぱねぇ~ッ」


 部屋の右奥、入口から遠い位置に男はいた。音もなく、窓も扉も閉じたままのこの部屋に我々四人に気付かれることもなくカップを口元に運んで。


「さっきぶりだね、おまたせ~。ちょっとはゆっくりできたかな?」


 鑑定をしていた胡散臭い笑顔の男だ。敵意はなさそうだが、笑顔の裏がどうにも読めない。

 ニコニコと笑いながらこちらへ向かってくる。


「あ、ど、どうぞ!」

「あ~、いやいやそのままで大丈夫」


 春貴さんは立ち上がって席を譲ろうとしたが、男は笑顔で答え、そのまま我々の側に腰かけた。何もない空間に、椅子に座るような自然な動作で。


「え!?」


 空気椅子のようにも見えるが、彼の体はふわりとわずかに浮き上がっている。カップの中のお茶はそのままなのに、彼だけが重力を感じさせない。なるほど、これが魔法というものだろうか。


「そっ、それっ! 俺もできるようになりますか!?」

「うん、できると思うよ。君は、僕と同じ魔術師だからね~」

「マジかッ! くぅ~っ!!」


 藍くんは嬉しそうにぎゅっとこぶしを握り締めた。


「え~、改めてさっきぶり。僕はサイクン。王宮で魔術師をやってる」

「よ、よろしくお願いします」


 すぐ近くに座る春貴さんは深々と頭を下げた。

 地位が高そうというのは各々感覚でわかるのだろう。双子も背筋を伸ばして話を聞く姿勢になった。


「それでなんだけど、聖女様含めた異世界のみんなには、変わらずに当初の予定通りに魔王領に向かってほしいんだよね」


 彼の言葉に思わず眉がぴくりと動く。


「……私たちが大人しく従うこと前提にあるように聞こえますが?」

「まあね。別に脅してるわけじゃないけど、君たちはこの世界のことを何も知らないわけでしょ? 結果的にそうしてもらうのが一番だって思うんだよ」


 ふわふわと無重力のように浮きながら、魔術師は表情を変えずに話し続ける。


「……我々を持て余すから、ですか?」

「正解。異世界の規格外の力なんて、各国のパワーバランスがどうなるかわかったもんじゃないからね」


 私と男のぴりっとした空気をほぐすように、藍くんが「ん~?」と声をあげた。


「なら、他の国も異世界召喚すればバランスは取れるんじゃないの?」

「あんたねぇ……そんな隣がやったからうちも……なんて結果が私たちみたいなもんでしょうよ。これ以上増えたら面倒に決まってる。性格ひん曲がったやつとかきたらどうすんのよ。あんたの中二病とはわけが違うのよ」

「あーそっか……って姉ちゃんひどいッ!」

「……まあ昔はそんなふうに考えて行われたこともあったみたいだよ。今よりももっとずっと昔の話だけど……」


 魔術師はこくんとお茶を飲む。


「ただ、そういうものには代償がつきものでね。呼び出す相手の力が強ければ強いほど、こちらも犠牲が多く必要になる。希少な触媒とかもね。失敗して滅んだ国もあるくらいだ」

「え、怖ッ!」

「まあ必ずしも我々人間に協力してくれる種族が召喚されるとも限らないし、一部だけ召喚された、なんて話もあったなぁ。そうそう、隣国への戦争に使おうと悪魔をよぼうとしたら失敗して、魔力が暴走して召喚陣から魔物が溢れだした、なんて記述もあったなぁ」

「ひっ……それって、ぼ――私たちも失敗してたらそうなってた可能性が……!?」


 一部だけ、とは何とも恐ろしい。指だけならまだ命はありそうだが、失敗していたら体が真っ二つになっていた可能性もある、と暗にこの男は言っている。涼し気な顔で。

 しかし、そんな呼び出した我々を国に縛り利用するでもなく、魔王領へと向かわせようとするのはなぜだろうか。いくら力を持て余すとはいえ、他国には秘匿すればいいだけのこと。それこそ軟禁や幽閉――いや、地下牢にでも監禁すればいい話だ。

 そうしないということは、鑑定した際に我々の能力が彼らの想定を上回っていた可能性。そして、下手に敵対せず友好な姿勢をとり、自国にとっての目的達成のために多少使えればマシ。魔王領という大きな脅威に、我々をぶつけて相殺、あるいは少しでも力を削げれば……とでも考えていそうだな。

 自分たちが下手したら死んでいたかもしれないという事実に、双子も口を閉ざしている。春貴さんは顔色が悪そうだ。

 ティーカップを口元へ運ぶ。春貴さんが淹れてくれたお茶がふわりと香る。一口飲んで思考を一度リセットさせる。


「危険なのは高望みしすぎた場合だけだからねっ。ほら、みんな無事に召喚されたでしょ?」

「まあ、そうっすね!」


 重たくなった空気を散らすように、男の明るい声が響く。

 同調する藍くんたちはどこか楽観的にも見える。春貴さんは……今にも倒れそうに顔を青くしていた。


「それに和平のための使者って扱いだから、向こうも下手な扱いはしないと思うんだよね。魔族とはいえ、向こうも王ではあるわけだし。ってことで、僕らとしては『聖女様』には魔王領に行ってもらいたいって結論」


 国のお偉方を黙らすためにも、と魔術師は続けた。

 そしてちらりと蓮さんを見る。


「え……な、なんですか?」

「まっ、まさか! この粗野で乱暴で男より強い姉を『聖女』の身代わりに……!?」

「いやさすがにそんなことはしないよ」


 少しだけ困ったように男は笑った。


「ん~、でも『聖女様』が女性じゃなかったってところは、僕らとしても予定外というか予想外ではあるんだよねー」

「女性だったら有無を言わさず、というつもりだったとは言いませんよね?」

「……もちろん。最大限に意向は汲むよ」


 言われたところで、いったいどれほど私たちの意向が汲み取られるかなどわかったものではない。何もわからない世界で、武力を持って脅されれば大抵の人間は従うしかないだろう。私たちは平和を脅かされる日常には慣れていない。


「それでなんだけど……ハルキ」

「えっ、は、はい!?」


 突然名前を呼ばれて、春貴さんはびくりと体を震わせた。

 男はふわりと春貴さんの側へと寄っていき、緊張に震える手を取り、そして宣った。


「ちょっと服を脱いでくれないかな?」

「は――へ……え??」



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