005
「これで鑑定は終了だな、サイクン?」
男が頷くと水晶を片付けるよう手で合図し、それからまた玉座へと戻った。王の動きを見て、笑い声もすぐにおさまる。それでもまだ堪えきれないクスクスとした声がちらほら聞こえていた。
「皆の者! 『聖女』は異世界から召喚された! 当初の予定通り異世界の者たちには魔王領へと向かってもらう! これは王命である!」
王が声を張り上げた。大きな声ではないのに、低く響く声がびりびりと広間を震わせているようだった。
王の言葉にぱらぱらと拍手の音が鳴り始め、すぐに大きな拍手へと変わる。
そうだ、その通りだ。聖女は聖女だ。間違いはない、大丈夫だと随分と楽観視した言葉が聞こえてくる。
だがしかし、予定通りとは。
「お言葉ですが――」
声を上げようとしたが、途中から音がなくなった。パクパクと口だけが動き何事かと思っていると、男と目が合った。口元に指を押し当てて「しー」と笑う。
「後で説明するね」
そう言われれば黙るしかない。
「聖女たちを丁重にもてなし、魔王領へ向かう準備を整えよ!」
王が立ち上がると周囲が頭を下げる。私たちも遅れて頭を下げた。
騎士と王は広間を退出し、私たちも男に言われるままに別室へ案内された。
少人数用の応接室のような場所に通され、少し待っているようにと言って男は部屋を出ていった。
扉が閉められて部屋の中は私たちだけになる。
「なーにあれ! 気分悪いったら!」
「理解ってない……理解ってないよ姉さん……! 勇者というものがどれほどの存在なのか……そう、いっそ俺たちの手でこの世界にその能力がどれほどのものか知らしめてやる必要が――あでっ!」
「うるさい」
額を指で遠慮なく弾かれて、少年は声を上げる。
「でもさでもさ、ありえないでしょ? あれは」
ちらりと学生たちが私を見る。
「……ここは異世界ですからね。私たちの世界と概念が違うことがあっても不思議ではないでしょう。ところで、自己紹介がまだでしたね。私は氷鉋と申します。塔原重工で部長をしておりまして……」
ついいつもの癖で胸元から名刺ケースを取り出してしまう。学生たちがもらっても困るだろうに。
「えっ、俺その会社聞いたことある!! この間、眞空小鳩監督のコラボCMがトレンドに上がってた!」
「ええと……ひがな……さん? どういう字を書くんです? 日がな一日のひがな……?」
「いや姉ちゃんそれは違うでしょ……」
「氷に、工具のカンナという字を書きます。あまり聞きなれないと思いますが……」
ついでにケースから1枚名刺を取り出して見せる。
「はぇー! 見たことない! もしかしてレア名字ってやつですか!?」
「そうかも知れませんね。今のところ親族以外に同じ名字の方にはお会いしたことがないので……」
「いいなー! しかも名前までかっこいい……! 征美さんって言うんですね!」
キラキラと目を輝かせて私の名刺を見つめる少年。
正直今まで私は自分の名前は好きではなかったのだが、こんなにも本心から嬉しそう? 楽しそう? に言ってくれるのであれば、この名前でよかったかもしれないと初めて思えた気がする。
「すみません、申し遅れました。私は浅見蓮。こっちは弟の藍です」
「よろしくお願いします! 部長!」
「部長はよしてください……」
音のイメージからランのほうが女性かと思ったのだが……いやはや私たちの若い頃から比べて時代は変化しているのだ。先入観は捨てなければ。
二人から握手を求められて順番に手を握る。子どもらしい手かと思いきや、少女の手には違和感があった。
「もしかして……蓮さんは剣道か何かやられていますか?」
「えっ、すごい! なんでわかったんですか!?」
「私も昔は竹刀を振っていたものですから」
「えー、そうなんですか! すごい偶然~!」
嬉しそうに笑う少女。その顔はさすが姉弟、よく似ている……というより似すぎている?
「あの、もしかしてお二人は双子ですか?」
「そうなんですよ~! 俺よりちょっと早く生まれたからって、私のほうがお姉ちゃん! って威張っちゃって~!」
「う、うるさい! その話は今関係ないでしょうが!」
喧嘩しているようにも見えるがお互いに本気で怒ったり嫌がったりしているようには感じられない。
「仲が良いんですね」
「違います!」
「そんなことないです!」
勢いよく否定が飛んできた。
「あ……あの、お話し中すみません」
蚊の鳴くような声が聞こえた。気弱そうなサラリーマンだ。
ここで一番動揺しているのが子どもたちではなく彼なので、話ができる程度には落ち着いてきたようでよかった。
「遅くなりました……あの、ぼ……いやっ、私、春貴彩と申します! イカガ商事で営業をしております……! いや、いました……?」
「これはご丁寧に」
サラリーマンらしい名刺交換を異世界でするとは思っていなかったが、出されたのなら受け取るまで。私も同じように丁寧に名刺を渡した。
「あの、お茶を入れたので……よかったら皆さん座りませんか?」
「ありがとうございます」
学生たちは真っ先にソファーに座った。
「春貴さんも今回は災難でしたね。まさか聖女に任命されてしまうとは……」
「本当にそうですよね……なんで私なんかがよりにもよって聖女なんでしょう……」
春貴さんは、「はぁ……」と大きく溜息をつく。
確かにまさか男性が聖女に選ばれるとは私も思わなかったが、しかし話をしてみると私たちの中では一番聖女らしさというか適正があるのではなかろうか。
しかし、ポットがあったのには気づいていたが、ここは異世界。何が入れられているかわかったものではないので不用意に手は出さなかったのだが……。
「お茶でしたら、飲んでも問題ないと思いますので、ご安心ください」
「……なぜ春貴さんがご存じなのですか?」
「あ、えーと……一応、スキル? で浄化されたみたいなんで、この国の水……お湯? でも体に影響はなさそうです。茶葉も毒はないと表示が出ていて――」
「も、ももももももしかして、『鑑定スキル』!?!?!?!?」
少年が勢いよく身を乗り出してテーブルにバンッと手をついた。
「ひぃっ!!」
異世界から召喚された聖女(男性)は悲鳴を上げた。
目を瞑れば、向かいに座った少女が声を上げたと勘違いされそうな、実にか弱い声だった。




