004
――勇者。
RPGなどでよく聞くが、作中では特殊な能力や血筋を持つ主人公といったところか。多くの作品ではプレイヤー、読者側であることが多く、正義の側として描かれているものが多い。世界を混沌たらしめている原因を取り除き平和をもたらすべく、世界を旅し、戦い、時には自分の命すらも犠牲にするそんな英雄のような存在。
そういう作品では若い子が相場と決まっているらしい。そう同僚が語っていた。
この場で言えば……あの少年だろうか。勇者ではなく魔法系の職のようだが。
しかしこの世界に魔法があるというのは興味深い。我々にはない技術、実際に見てみたい。
それにしてもファンタジー作品にありがちな勇者や聖女に選ばれるあれこれは若い子が多いな。主人公に感情移入するという意味では、若い層をターゲットにしているのだろうから同年代が望ましいというのはわかる。だがしかし、大人としてはそんな危険な役割を未来ある若者に任せるというのはどうかしている。大人というものは子どもを守るべきだろう。
だからと言って代わったところで、よく理解していない私が務まるとは到底思えない職なのだが。
「勇者……?」
「ええ……そう書かれている」
王と男は聖女の時以上に怪訝そうな顔で紙を見つめていた。
「ふぉーっ!!!! 勇者キターッ!!!!」
「だからさっきからうるさい」
「いやだって勇者だよ姉ちゃん! 勇者がいるなら魔王とバトルで和平も余裕っしょ! ダンジョン! モンスター! 冒険者ギルドッ! ようやく異世界らしくなってきたじゃねーのッ!」
「いやいや、あんたにできんの? ギルドで冒険ってパーティーとか組むんでしょ? 人付き合いだよ?」
「うっ、うっさいな! 姉ちゃんだっているじゃん!」
「一緒にパーティー組んであげるとは言ってないんだけど?」
「姉ちゃんだって魔法騎士とか聞いてワクワクしてたくせに! 何? 俺を一人にする気? かわいい弟を見捨てるんです?? すぐ死んじゃうかもよ? 俺、びっくりするほどひ弱よ??」
「知ってるけど……堂々と言うことじゃないからね。というか、姉と一緒のパーティーでハーレムとか絶対作らせないからね。てかむしろ女の子ばっかりのパーティー作ろうとしたところで私が嬉しいだけだけどね?」
「し、しまった! おのれ、我が姉ながらなんという策士!!」
「はいはい、そろそろ静かにしましょうねー、空気読もうねー」
声を抑えているつもりでも、テンションが上がっている学生たちの声は丸聞こえだ。
「勇者……すごいな……それに比べて……なんで男なのに聖女……」
学生たちとは違い、サラリーマンは悲しそうにこぼしていた。
そんな嬉し悲しく騒がしくしている我々とは違い、この世界の人たちはなぜか勇者という職を聞いて動揺しているようにも思える。王と男がちらりと申し訳なさそうにこちらを見つめてくる。
「念のため、もう一度お願いしても?」
聖女の時と同じ流れだ。
私は先ほどと同じ手順で鑑定を行った。
魔道具は嘘をつかない。彼が言った言葉通り、結果が変わることはなかった。
「か……彼は……『勇者』……で間違いなさそうです」
「なんと……『勇者』、と……?」
なんだ、この空気は。
広間中が王と男の声を聞いて静まりかえる。聖女の鑑定を待つ時とは違う、異様な雰囲気。
「……ぷっ」
どこかで小さく吹き出す声が聞こえて、つられてあちこちから声が上がる。
「ははははは!!!!!!」
広間中に笑い声が響き渡った。
「な……なにごと……!?」
学生たちは困惑したように周囲を見回す。サラリーマンは「ひぃ」と小さく悲鳴を上げて反射的に縮こまっていた。
周囲の視線が私に向いている。
何事かと王たちを見れば、こちらもつられて笑っていた。後ろの騎士は微動だにしていないが、鎧に包まれているので表情は窺い知れない。
「いやすまない。まさかジョブとして表示されるとは思わなかったものでな」
ごほんと咳払いして王が続けた。
「しかし……『勇ある者』というだけでジョブになるなど聞いたことがない。サイクン、お前はどうだ?」
「え、えぇ。今まで聞いたことがない。勇ある者だなんて、そんな当たり前のこと、わざわざジョブとする意味がわからない。これは調べたほうがいいかもね」
「うぅむ。……しかし、よりによって『勇ある者』か……」
王はまた笑いをこらえているようだった。
男のほうはもう脳を切り替えたようで、「異世界由来のものかもしれないし、我々とは意味合いが異なるのかも」とブツブツ呟いていた。
「あの……すみませんが、『勇ある者』とはいったいどういう意味なのでしょうか?」
「あぁ……それは言葉通りだよ。度胸があるとか、勇があるとか。子どもに言うことが多いかな」
「……なるほど?」
男は少し申し訳なさそうな表情でこちらを見た。
当然だ。公衆の面前で大人の男を子ども扱いするような、この国では不名誉極まりない名称がジョブとしてついているのだから。
「……勇ある者だって……いい大人が……」
広間に笑い声がこだましている。
腹の底から本気で笑っているようで、笑い声の隙間に耳に届くものはどれもこれも「勇ある者」という声。
なるほど。
つまり私たちは、『勇者』を知らない世界に来てしまったというわけだ。




