003
「えぇ……?」
男の整った顔の眉がぎゅっと寄る。紙を離してじっと見つめ、それから水晶をひっくり返してひび割れがないか確かめて、それからもう一度紙を見た。筆記したペンもじっくりと観察していた。それでもおかしいところはなかったのだろう。今度は紙とサラリーマンを交互に見て「嘘ぉ」と小さくこぼした。
「いま、聖女って……」
「いや……聞き間違いじゃあ……」
左右からこそこそと声が聞こえる。気持ちはわかる。何せ『聖女』なのだ。それがなにゆえ、男性がその適正を持っているのか疑問が浮かぶ。男性も適正があるのであれば、聖女は適切な名称ではないではないか。
ここもいつまでも古い慣習が残ったままになっている部分が多いのかもしれない。時代とともに変わっていかなければならないものも多いというのに。
「サイクン、今の結果はどういうことだ?」
「いやいや、さすがに何かの間違いでしょう! ちょーっと待っててくださいね。もう一度鑑定しますから!」
王様がわずかに声を上ずらせる。聞き間違いだとあってほしい、そんな感じであちらも想定外なのだろう。
もう一度手を置くように指示されて、サラリーマンが困りながらももう一度水晶に手を置いた。
「じゃあ行きますよ~!」
また水晶が光る。「痛っ」と聞こえてサラリーマンがまた手を引っ込めた。ぱちりと小さな紫の光が見えた気がするので、やはり静電気のようなものでもあるのだろうか。私も冬場のドアノブで起こりがちだ。仕方ないとわかってはいるが慣れるようなものでもない。健康診断の採血時の「ちくっとしますよ~」とは別物だ。
カリカリとペン先が紙の上で動く。少しして動きが止まった。
男がごくりと唾を飲む。じっと紙を見つめる目は先ほどよりも真剣だ。
「それで……どうなんだ、サイクン」
紙を見つめたまま固まった男に、王様が声をかける。
「やはり何かの間違いだったか? それとも……」
「再鑑定の結果……やはり、間違いはなかった。そもそも魔道具はその結果に嘘などつかない」
「ということは……」
「はい。こちらの男性が……お喚びした『聖女』……サマってことです」
今まで以上にざわめきが大きくなる。
「聖女! 聖女キターッ!!!!」
なぜか男子学生がガッツポーズをしていた。成人男性が聖女指定されたことのとこに喜ぶ要素があるのだろうか。
「あんたさっきからボソボソうるさい」
「こんだけ周りも騒いでたら別に聞こえないっしょ。異世界らしくなってきてテンションも上がるっつーか……つか、姉ちゃん聖女じゃなくて残念だったね? おじさんに聖女ポジ取られて今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」
「どうでもいい!」
思いっきり肘で小突いたようで、男子学生はバランスを崩していた。
というか姉弟だったのかこの学生たちは。ならなおさら離れ離れにするわけにもいかないし、結果的に彼女が聖女じゃなかったことは良かったのかもしれない。
だが、和平のために婚姻をという目的であれば、聖女が男性というのは問題なのではないだろうか。
「つまり……我々が召喚した聖女様は――この男性だと言うのか?」
「間違いなく。ほら、見てくださいよこれ。スキルも祝福とか癒しとかあるし、魔力量が尋常じゃない」
男は王に紙を渡した。
穴が開きそうなほど見つめるというのはああいうのを言うのだろうなというくらい、眼力がすごい。
「わ……私がそんな……何かの間違いです!」
サラリーマンがたどたどしく声を上げる。
「あのね、さっきも言ったけど魔道具って嘘をつかないものなんだ。つまり、あなたはこの世界で聖女に認定されたってことです。おめでとう」
「よ、喜べませんよ!」
それはそう。
この場にいる誰もが心の中で同意したことだろう。
「それにほら、まだ聖女がひとりと決まったわけでもないからね!」
ちらりと女子高生を見る。
「確かに……聖女は一人だけとは限らないな。聖女の適正が高いものが召喚されたはずであれば……!」
王様も男もかすかな期待を滲ませて女子高生の鑑定を進めた。
結果は。
「…………『魔法騎士』、だね」
「何それ、カッコイイじゃない! しかも強そう!」
「……はい、じゃあ次の人どうぞー」
キャッキャと嬉しそうに笑う女子高生とは対照的に、男はもう適当になっていた。
彼女が聖女であれば、という願いが儚く消えたのだ。残っているのは少年とおじさん。仮に王様たちが望むように聖女が一人でなかったとしても、悲しい結果しか見えない。
しかし先ほどの男性の時と違って静電気のようなものも特になかったのか、普通に終わった。水晶がわずかに光るのは同じようだが、そこは個人差があるのだろうか。
「じゃあ次は俺が……最後は緊張するんで……いいですか?」
律儀に私に許可を取ってくる。見慣れぬファンタジーな展開にテンションが上がっていただけで、本来は礼儀正しい子たちなのかもしれない。
どうぞと促して少年は水晶の前に立つ。
「じゃあ水晶に手を置いてくださいねー」
「…………くく……ククク!」
突然、少年が笑いだす。
「ついに俺の番というわけだな!? さあ、見せてみろ! 貴様の力を!!」
「わぁ~」
ノリノリで手をかざす。
なんだったか、こういうの。何か名前がついていたよな。
「あのバカ……」
少女は溜息をついて顔を手で覆った。
「はーい、もう手離していいですよ~。えーと……あ、よかった……」
それは聖女じゃなくてという意味だろうな。きっと。
「えー君は……魔術師! 魔術師だ! 僕と一緒~!」
男は嬉しそうに少年の両手を握りぶんぶんと勢いよく握手をした。
「ククク……やはり俺にふさわしいジョブが……理解っているな、この世界は!」
先ほどの礼儀正しい様子とは違って、何かの役に入り切っているような少年に、親戚の子の演劇を見に行ったことを思い出した。あれも思えばファンタジーが題材だったな。
「えー、それじゃあ最後のあなた。さくっと終わらせましょうか」
ついに私の番だ。
机の前に立つ。水晶は綺麗な球体で、中に何かが渦巻いていた。半透明な球体に言われるままに手を乗せる。静電気もなければ、他の人と光量が大きく変わることもなかった。
カリカリと横でペンがひとりでに動き出す。近くで見ると実に興味深い。どういう仕組みで動いているのだろう。
「はい、もう離していいですよー」
手を離して結果を待つ。ちらりと見えた文字は私の知らない文字だった。何が書かれているのかわからないそれを男はマジマジと見つめて、そして読み上げる。
「えー……職業は……え? 『勇者』……?」
「はい?」
思わず声が裏返る。
どうやらこの世界で、私は『勇者』に任命されてしまったらしい。




