002
王様の長ったらしく回りくどい説明を聞いていて、なんと言ったらいいかわからなかった。まとめるなら、『今うちの国は大変な危機にある』と言ったところだろうか。
結局何が原因なのか、もう10分ほど話しているのにちっとも出てこない。学生の頃の校長の長話を思い出していた。
「やば……マジの異世界召喚じゃん……」
ぽつりと学生のほうから聞こえてきた。
私も系列会社でアニメ作品とのコラボがなければ、こういったものが流行っているとは知らなかった。その流行りものにまさか私自身が巻き込まれるとは誰が予想できただろう。
ちらりと横を見れば学生たちはどことなくワクワクしているが、反対にサラリーマンはずっと緊張で小さく震えているようだ。どこにでも適応が早い者と苦手な者はいる。
「そこで、脅威となっているのが魔王の存在だ」
王様がようやく本題に入ってくれたようで、ふぅと息を吐く。
「そこで異世界から来たそなたたちには、魔族領に向かってもらい……」
「来たっ! 魔王討伐か!?」
「しーっ、静かにしてよ! 怒られちゃうでしょ」
小声でこそこそやりとりしている高校生たちは、授業中に先生にバレないようにこっそり会話しているよう。懐かしいな、学生時代。もうあれから20年は経ったか。大人になると時の流れがゆったりしていて、気付くと半年、1年、5年……あっという間に経過してしまう。
王様はもったいぶるように目を瞑り、深く息を吸った。
そして神妙な面持ちで女子高生に視線を向ける。
「和平交渉のため、聖女様には魔王領に向かってもらいたい」
ざわっと広間のあちこちから声が上がった。
「やはり……」だの「あの噂は」だのひそひそ聞こえてくるが、肝心の部分が聞こえない。やはりこそこそと内緒話というのはどうにも好かん。
「そして!」
王様が声を張る。威厳のある声音だ。弊社の社長を思い出した。お元気にしているだろうか。
「聖女様には魔王と血族の契りを交わしていただき、どうかこの国をお救いいただきたい!」
広間に響く声を聞き、「おぉ」とあちこちから声が上がる。嬉しそうな声、驚く声はあれど、怒りや悲しみの声はなさそうに思う。
「けつぞく……?」
きょとんとしている学生たち。それはそうだ。そんな言い回しをされてもわかりづらいし、そもそも私たちの世界と同じ意味で使われているとも限らない。
「失礼。発言をお許し願えますか」
「構わない。異世界の客人よ」
私はすっと手を挙げて許可を取り、静かに続けた。
「今そちらが仰った『血族の契り』というのは、一般的な男女の婚姻関係をさすものと認識いたしましたが相違ございませんでしょうか?」
「うむ。違いない」
「うぇー、結婚ってこと!?」
女子高生があからさまに嫌そうに反応する。それはそうだ。はつらつとしていそうな印象の彼女だが、まだ学生。もしかしたらきちんと恋愛というものすら経験していない可能性もある。時代が時代ならともかく、少なくとも私たちの時代では家同士の婚約などないに等しい。よほどの名家であればわからないが、なんにせよ彼女はまだ子ども。未成年の扱いだ。大人が子どもを守らなくてどうする。
「失礼ですが我が国では未成年の結婚は認められておりませんので……」
「異世界の客人。ここは既に貴君らがいた世界ではないのだ。我らが世界は、法は国によって違い、国ごとに適用される」
王様の斜め後ろに控えていた騎士が重々しく口を開いた。とはいえ、鎧に包まれていたので顔は見えないのだが。
「それは……」
「……つまり、貴君らも我が国の法が適用される。従って、王族が認めた結婚――ましてや血の契りという神聖なもの、たとえ王命でなくとも断れるものではない」
「はぁ……しかし我々は、こちらの常識や法など何も知らない状態なのですよ? それを知らないまま安全性もわからぬ土地へ、素性もわからぬ怪しい者へ嫁げと言われて、この場ですぐ返答できる内容でしょうか?」
「それは……」
騎士が声を詰まらせた。
「少し時間をいただけないでしょうか。それにもう少し詳細にお聞きしてからでないと、我々も判断が難しい。何より心の整理にも時間がかかると思うので」
ちらりと女子高生を見る。視線がぶつかる。
「おじさん、すごいね」と小声で笑った。もしかしたら私の心配は余計だったかもしれない。そんな強さを感じさせる子だった。
「それもそうだな……すまなかった異世界の客人たち、それに聖女様」
「いえ、こちらこそご配慮痛み入ります」
私も深々と頭を下げる。
「それならせめて鑑定だけ先に行いません? 聖女様はともかくとして、他の方々もどのようなジョブやスキルを持っているのか気になりますし」
「サイクン言葉を慎め。王の御前だ」
「はいはい。君ってばいつも頭がかたいよね~。で、いいですか王様。いいですよね?」
「サイクン!」
サイクンと呼ばれた若い男はずいぶんと美男子で、白いローブに身を包んでいた。宰相のようなポジションにしては若すぎる。どういう立ち位置の人間なのだろうか。
「うむ、頼むぞサイクン。すぐに準備を」
「そう言うだろうと思ってもう持ってきてま~す」
軽い口調で彼は楽しそうに近づいてくる。羽のような軽さで飛び跳ねるようにこちらへ来ると、「はいはーい、王様はちょっとどいててくださいね~」と国のトップをしっしっと手で追い払った。それにも驚くが大人しく王が従っているのにも驚いた。つまりこの優男は王よりも上、もしくは同等の立ち位置にある可能性が非常に高い。
彼がパチンと指を鳴らすと、私たちの目の前に木製の長机が出現した。
いったい何が起こったのだ。
「うぉ、魔法だ!」
男子高校生の声がはねた。彼以外の誰もがそう思っただろう。マジック……ではないだろう。ここは異世界。魔法の類があっても驚きはしないと思っていたが、実際に目にするのは違うものだ。
「はいはーい。じゃあ一人ずつ順番ね~。この水晶に手を乗せてもらってもいいかな? そうしたら、君たちの名前、職業、スキルがわかるから」
「こ……個人情報……」
サラリーマンがぽつりとこぼした。
確かにその通りである。こんな右も左もわからない世界で、職業やスキルなどそう開示していいものだろうか。まだこの国がいい国なのかも判断できていないし、他にどれほどの国があってどういった情勢なのかもわからないというのに。
「じゃあ目が合ったあなたからいこっか。はいこっちきて~」
サラリーマンがびくりと肩を震わせた。
「大丈夫大丈夫~、怖いことしませんから~」
胡散臭い笑顔だと思うくらいへらりと笑って言う。
サラリーマンは言われるままに水晶に手を乗せた。
「い、痛かったりとかは……?」
「痛くもないですよ~。あ、でもチクっとはするかも?」
「えぇっ!?」
「じゃ、いきますね~」
サラリーマンが小さく叫ぶのとほぼ同時に水晶が光った。
証明写真機のフラッシュを思い出す。サラリーマンも驚いて手が離れていた。
「は~い、終わりです! 痛くなかったでしょ?」
「うぅ……静電気……? ぴりっとしました……」
サラリーマンはへにょりと背を丸めて悲しげに呟いた。
というか、途中で手を離しているように見えたが問題ないのだろうか。
水晶に手を置いた段階で読み取りはされていて、フラッシュと同時に画面に焼き付ける、みたいな仕組みであれば問題ないのだろうか。
水晶の横に置かれた筆記具。そのペンが誰も触っていないのにひとりでに動き出し、何かを書き始めた。なるほど、自動筆記か。
「さ~て異世界の騎士様第1号、なになに~、サイ、ハ……ルキ? のご職業は~、と……」
ルンルン気分で確認する男。しかしその表情がぴたりと固まった。
「え……? 聖女……?」
ぽそりと呟いた声がしんと静まりかえった広場に静かに響いた。




