001
白く、強い光だった。
視界が白く染まり元に戻った時、知らない場所に立っていた。
レンガを積んだような石造りの部屋はヒヤリとしていた。
「ようこそお越しくださいました。異世界の皆さま」
凜とした声が響き振り返る。そこにはこちらに深々と頭を垂れる気品のある女性。続けて周りにいた数人も同じように頭を下げた。
「騎士様、そして――聖女様」
女性は深く息を吸いこみ、重々しく口を開く。
「どうか、我が国を救っていただけないでしょうか」
その日も、とても疲れていた。
最寄り駅からの帰り道。やっと週末だ。ようやく家に帰れると思うと、忘れるようにしていた疲労が顔を出し始める。
陽が落ちて暗くなった路地に入る。見慣れたはずなのになんだか今日は空気が違う気がする。そろそろ季節の変わり目だからだろうか。
この時間の人通りは少ない。少し先を歩いていた塾帰りだろう高校生の男女と、同じようにくたびれたサラリーマン。生活圏が同じなのだろう。電車でも何度か見かけたことがある。
しかしまさかそんな彼らの足元が眩く光り出すとはいくらなんでも予想外だった。
ここは住宅街へ続く路地。床が光る仕掛けがあるようなイベント会場でも商業施設でもなんでもない。ただのアスファルトが光るなんてどうかしている。
そうだ。幻覚だ。
きっと疲れからか光るように見えたのだろう。過労と加齢によるものかもしれないが、そのうち眼科にも行くとしよう。疲れでよく目も霞むし、眼鏡も新調したいところだ。
しかし光はどんどん強くなっていった。それどころか彼らを飲み込み始めたのだと気づいたのは、彼らの体がまるで底なし沼に足を取られたかのようにずぶずぶと光の中に沈み始めたからだ。
「何よこれ!」
「姉ちゃん! 手離すなよ!」
「うわあっ! たす、たすけて!」
一番慌てていたのはサラリーマンだった。彼の周りに掴めるものは何もない。私は駆け寄って手を掴んだ。
いったいこれは何なんだ。
彼はもう胴体まで沈んでいた。何の変哲もないアスファルトだったはずなのに、白い光がずぶずぶと飲み込んでいく。引っ張られている感覚はない。なのにどれだけ力を入れても、彼の体はただ静かに落ちていく。気づけば私も足首まで飲み込まれていた。
「姉ちゃん!」
「もういいから、手離して! あんただけでも――」
「絶対離さない!」
光がどんどん強くなって目を開けていられなくなった。
重力が軽くなるというのはこういうことかもしれない。
ふわりふわりと落ちる感覚がして、ようやく光が弱まってきた。
ゆっくりとどこかに着地したようだ。靴の裏に感じる石の感触。少し冷たい空気。
「痛っ」と少し前で声がした。次いで「きゃっ」とか「うわっ」と声がする。着地に失敗したのだろう。全員近くにいるようだった。
少しずつ光がおさまり、インクが紙にじわりと滲んでいくように、周囲の景色がさぁっと現れた。
そこに立っていたのは神官のような格好をした者たちだった。
そうして告げられたのは、『世界を救ってくれ』との言葉。
何かのドッキリだろうか。しかしドッキリにしてはあまりにも手が込みすぎている。
案内されるままに進んでいく廊下は、だんだんと装飾が豪華になっていく。
「こちらでお待ちください」
扉の前で待たされ、いったい何が起こるのかと全員が思っていただろう。お互いをちらちらと視線が交わるものの、とても会話ができる状態ではないほど周囲の空気が重苦しい。鎧に身を包んだ兵士のような者たちが何人もいるからだろう。
「お待たせしました。どうぞお入りください」
ぎぃ……と重い音がして扉が開く。
なんと天井の高い広間だろう。そう、これはまるで謁見室だ。
瀟洒なカーペット、煌びやかなシャンデリア。我々の進む道をじっと見つめる視線。左右に整列するたくさんの人々が、より一層緊張を感じさせる。
案の定……というところか。玉座だろう椅子には、威厳のある男性が座っていた。
「よく来てくれた、異世界の者たち。そして聖女よ」
王らしい男性は立ち上がり、こちらに近づいてきた。
そしてすぐ側まで来たかと思うと、深々と頭を下げた。
周囲からはざわめきが上がる。
「どうか……どうかこの国を救ってはくれないだろうか」
どうやら私たちは、異世界召喚とやらに巻き込まれたらしい。




