第 92 章 二人を隔てる沈黙
リリーとネイサンの間の沈黙は、日が経つにつれますます厚みを増していった。
ネイサンが家族に会いに出立したことは、突発的な出来事ではなかった。ここ数週間、二人の関係はずっとぎくしゃくしていたからだ。
それでも、彼が残した置き手紙はリリーの心に刺さった。
彼女は距離を置きたかったわけではない。そばにいて、問題を話し合って解決してほしかっただけなのに。
だが日々が過ぎるにつれ、リリーは悟った。
自分がカーター社のことにばかり執着し、支配権を守る戦いに没頭したせいで、予期せぬ形でネイサンを遠ざけてしまったのだと。
自分に非があることは分かっているのに、どう修復すればいいのか、適切な方法が見つからない。
スマホがバイブした。
サラからのメッセージだ。
「元気にしてる? 様子が気になって連絡したわ」
リリーはしばらく画面を見つめ、深く息を吸ってから返信を打ち込んだ。
「何とか持ちこたえてるわ。すべてが崩れ落ちていくような気がする」
サラからの返信はすぐに届いた。
「そう感じても大丈夫。今は抱えていることが多すぎるのよ。一人で頑張りすぎないで、チームに頼ってもいいの」
リリーは指をキーボードの上で宙に浮かべた。
サラの支えはありがたい。だがその言葉は、自分が自分自身にも、他人にも本音を打ち明けきれていないことを突きつけられているようで、心に引っかかった。
世界展開のプレッシャー、マイケル・ハリントンの人事による不安、そしてリリーとネイサンの溝は、次々と積み重なっていく。
まるですべてを一気に失ってしまうような感覚に襲われた。
時計をちらりと見る。
もうすぐ、マイケルとの次の会議の時間だ。
ついにカーター社の一員となった、その男との面会だ。
その午後遅く、リリーは会議室に座り、マイケルの到着を待っていた。
新たに入社した人物が、ほぼ即座に権力ある役職に就くという奇妙な状況に、違和感を覚えずにはいられなかった。
会社のために彼の就任を認めたものの、心のどこかでは依然として彼を信じきれていない。
マイケルが部屋に入ってきた。自信に満ちた歩き姿、洗練されたスーツが、彼に権威ある雰囲気を与えている。
リリーに丁寧に頷いて挨拶すると、席に着いた。
「リリー、お元気ですか」
マイケルは滑らかで、計算された口調で言った。
「まあ、何とかやってるわ」
リリーはそっけなく返した。頭の中は別のことでいっぱいだった。
マイケルは目の前のタブレットを開き、資料に目を通し始めた。
「来期の展開計画に目を通しました。インドと中国の進捗は目覚ましいですが、日本と韓国では市場飽和が懸念されています。これらの地域のアプローチを再評価する必要があるでしょう」
リリーは頷いた。思考が渦を巻いている。
世界展開の課題に気を取られ、各地域の細かい状況まで考える余裕がなかった。
マイケルの国際業務の経験は紛れもなく本物で、自分がどれほど知らないことが多いか、彼の言動を通じて思い知らされていた。
「もう単なる市場進出だけの段階ではありません」
彼は続けた。
「成長を持続させることが重要です。業務体制を効率化し、各地域のローカルチームに大幅に投資する必要があります」
リリーは言葉を飲み込み、その内容を噛み締めた。
認めたくはないが、マイケルの言う通りだ。
自分は大局ばかりに気を取られ、業務運営の細部を疎かにしてきた。
だが彼の進め方には、冷徹で人間味のない雰囲気が漂っている。
会社の根幹にある、人間らしい温かみの要素を失いたくなかった。
「私たちは企業文化を守り抜かなければなりません」
リリーは毅然とした口調で言った。
「ウェルネスの理念は単なる商品コンセプトではない。企業の哲学そのものなのです。この原点を失いたくありません」
マイケルは彼女の視線を受け止め、表情から本心を読み取ることはできなかった。
「お気持ちは理解します。しかしグローバルに規模を拡大する以上、感傷的な考えに成長を妨げられるわけにはいきません」
リリーはすぐに返答しなかった。
椅子にもたれ、彼の言葉を咀嚼していた。
経験に基づいた意見であることは分かっている。
だがカーター社は、単なる大企業とは違う。
自分が生み出した存在であり、本来の理念を貫き続けなければならないのだ。




