第 22 章:取引
リリーにとって日々は曖昧に混ざり合い、区別がつかなくなっていた。父親が逮捕されて一週間以上が過ぎ、全力を尽くしても状況は悪化する一方だった。メディアがこの事件を取り上げ、報道陣は執拗に追い回してくる。メールを開くたび、記者たちからの問い合わせが殺到し、誰もが同じ疑問を投げかけてくる。有力な実業家の娘が、なぜこれほどのスキャンダルに巻き込まれたのか、と。
言うまでもなく、心身ともに疲れ果てていた。リリーはこれまで、自身のキャリアや、自信を持って経済界を渡り歩く能力に誇りを抱いてきた。だが今、不名誉な理由で世間の注目を浴び、絶え間ない重圧に苦しんでいた。
ネイサンはずっと彼女の側に寄り添い、支え続けてくれた。会議の補助をし、過激な債権者たちとの仲介役まで務めてくれた。しかし、この一連の混乱が自分の積み上げてきたすべてを壊してしまうのではないかという不安が、リリーの心から消えることはなかった。キャリアも未来も、今や儚く崩れ落ちそうに見えた。
ある夕方、彼女が机に座り、法的文書に目を通していると、ドアをノックする音が響いた。顔を上げなくても、誰だか分かっていた。
「入って」
疲れ切った声で彼女は呼びかけた。
ネイサンが部屋に入ってくる。いつもの落ち着いた雰囲気の裏に、焦りが滲んでいた。
「リリー、話がある。先ほど弁護士の一人と電話を切ったところだ」
リリーは顔を上げ、顔に浮かぶ不安を隠そうとした。
「何の話?」
「ヴィンスとの取引のことだ」
ネイサンは厳しい口調で続けた。
「彼から提案があった。この窮地を脱するための道だ」
リリーの鼓動が速まった。
「どんな提案なの?」
ネイサンは向かいの椅子に座り、机の上で手を組んだ。
「彼は告発を取り下げ、君の父親を追及しないと言っている。その代わり、カーター・エンタープライゼスの株式を譲り渡せと要求してきた。会社の二割を求めており、これは交渉不可の条件だ」
リリーの思考が混乱した。この取引が成立すれば父親は救われるが、自分が心血を注いで築き上げたものを失うことになる。カーター・エンタープライゼスは彼女の人生そのものであり、情熱であり、未来だった。一から立ち上げた会社を、ヴィンスのような人間に一部でも渡すなんて考えただけで、吐き気がした。
「そんなの理不尽だわ」
彼女は首を振った。
「会社の持ち分を簡単に渡すわけにはいかない。必死に頑張って手に入れたものを、彼に奪わせはしない」
ネイサンは身を乗り出し、強い眼差しで彼女を見つめた。
「分かっている。だが拒否すれば、父親は長年の懲役刑を受ける可能性が高い。メディアは既にカーター社の内情を探り始めている。もしヴィンスがこの件を公にすれば、会社は完全に崩壊する」
リリーは拳を握りしめ、心は葛藤に引き裂かれていた。これまで常に野心を持ち、仕事に打ち込んできた。しかし今、あらゆるものが手の平からこぼれ落ちていく。妥協はしたくない。だが拒み続ければ、父親の自由と、カーター社の未来が危機に晒される。
「考える時間が必要」
リリーはついに、苦しそうな声で告げた。
「一日で決めるには、あまりに重たい問題だわ」
ネイサンは頷き、表情を和らげた。
「納得いくまで時間をかけていい。ただ、どんな決断を下そうとも、私はずっと君の味方だ」
リリーは微かに微笑み、彼の支えに感謝した。だが心の奥底では、この決断がすべてを変えることを悟っていた。もうずっと先延ばしにすることはできない。




