第 18 章:責任の重荷
リリーが父の援助を決めた翌週、状況はますます悪化していった。父の財務上のトラブルは、当初聞かされていた遥かに深刻だった。多額の負債を抱え、危険な人間たちと複数の不正な取引に関与していたのだ。今やその報いが降りかかり、リリーは弁護士や債権者と連絡を取り合い、事態が公にならないよう奔走せざるを得なくなった。
リリーはほとんど眠る間もなく、毎晩遅くまでオフィスに残り、仕事の合間も電話対応や会議に追われていた。頭の中は父の引き起こした混乱で埋め尽くされ、ほんの一瞬でも息をつこうとするたび、新たな脅迫や複雑な問題が次々と湧き上がってくる。
押しつぶされそうな責任の重圧に喘ぐ中、唯一の心の拠り所だったネイサンの存在も、次第に遠くなっていった。彼が連絡をくれるたび、リリーは無意識に拒絶し、自身の苦悩の全てを打ち明けることを避けてきた。今の彼女に、弱さを見せる余裕などなかった。
金曜日の夜も更けた頃、ついにネイサンが彼女のオフィスに現れた。建物の薄暗い照明を背に、彼の姿がシルエットとなって浮かび上がる。突然の訪問に驚いたリリーは、最初は帰ってほしいと思った。だが顔を上げ、彼の顔に刻まれた心配の色を見た瞬間、嘘をつく気力が失せた。
「リリー」
ネイサンは低く、しかし揺るぎない声で言った。
「ここ数日、ずっと俺を無視してきた。抱えている問題が多いのは分かっている。だが、このままではいけない。もう、一人ですべてを背負うな」
リリーは一瞬目を閉じ、押し寄せる疲労に襲われた。何日も無理を重ね、感情は限界まで擦り切れていた。
「ネイサン、私…… 今はそんな余裕がないの。私たちのことなんて。あなたには、今の私の状況なんて分からない」
ネイサンの表情は変わらないが、口調は強い思いを込めて続けた。
「君が思うより、ずっと理解している。大きな問題を抱えているのは分かっている。だが俺を遠ざけても、何も解決しない。力を貸させてくれ、リリー。二人で乗り越えるって、約束しただろう」
胸が締めつけられる。彼の言葉を信じたい。一人じゃないと感じたい。だが自分の人生に渦巻く厄介事に、彼を巻き込むのが怖かった。これ以上誰かを失望させるわけにはいかない。もう、限界ギリギリまで追い詰められていた。
「無理よ」
声を震わせ、細く囁いた。
「もう強くいられないの、ネイサン。何もかも失敗してばかり」
ネイサンは一歩近づき、そっと彼女の腕に触れた。
「ずっと強くあり続ける必要なんてない。心を開いてくれ、リリー。君のために、そばにいさせて」
数日ぶりに、涙が頬を伝って零れ落ちた。すぐに拭い去ろうとしたが、ネイサンはその涙を見逃さなかった。彼の手は腕から頬へと移り、親指でそっと涙を拭った。
「たまには弱さを出してもいいんだ」
優しい響きで囁く。
「一人で全てを抱え込まなくていい」
彼の優しい触れが、彼女の心の奥にある硬い殻を砕いた。生き抜くこと、自分を守ることだけに必死で、誰かに寄りかかる温もりを忘れてしまっていた。だが今、ネイサンの目の前に立ち、自分がどれほど大切なものを自ら拒絶してきたかを悟った。人を信じるのが怖く、状況を手放す恐怖に囚われ続けてきたのだ。
「ごめんなさい」
感情で掠れた声でつぶやく。
「ずっと怖かったの。あなたまで、この厄介な状況に巻き込みたくなかった」
ネイサンの瞳は柔らかく和らぎ、彼女を強く抱きしめた。一瞬ためらったリリーだったが、やがて彼の胸に頭を預け、穏やかな鼓動を感じた。数日ぶりに、心から息を吐き出すことができた。
「謝る必要なんてない」
ネイサンが耳元で囁く。
「俺はここにいる、リリー。決して離れたりしない」




