第 156 章 広がりゆく距離
北京発売イベントが終わった数週間は、リリーにとって慌ただしく過ぎ去った。チームは小売提携先を大幅に拡充し、中国市場におけるカーター企業の地位を磐石なものにした。しかし、その代償は大きかった。
ここ数日、ネイサンとまともに話す時間すらなかった。電話の回数は減り、メッセージも短くそっけないものになっていた。決して彼との時間を拒んでいるわけではない。ただ、いつも仕事の方が優先され、気づけば彼のことを後回しにしてしまっていたのだ。
毎朝早く起き、上海・北京・ニューヨークの各拠点チームと連絡を取る。毎晩夜更かしをして、事業戦略・製品デザイン・財務関連の業務に取り組む。カーター企業は指数関数的に成長を遂げる一方、愛する人との距離だけは日に日に広がっていた。
ある午後、長時間の会議を終えて疲れ果てたリリーは、この問題に真正面から向き合わなければならないと決意した。スマホを手に取り、ネイサンの番号をダイヤルした。最後に話してから数日が経っている。二人の関係を修復したいなら、率直に本音を話し合う必要がある。
「ネイサン?」
疲れを滲ませながらも、決意を込めた声で呼びかけた。
「うん、リリー」
彼の声はどこかよそよそしく、これからの話し合いを覚悟しているような雰囲気だった。
「北京の調子はどう?」
「仕事は順調よ」
リリーは抑揚のない口調で答えた。
「でも、私たち二人のことを話さなきゃいけないと思う」
電話の向こうに長い沈黙が流れた後、ネイサンが答えた。
「君からそう言ってくれるのを、ずっと待ってたよ」
「このまま離れていくのは嫌なの」
思ったよりも率直な言葉が溢れ出た。
「仕事ばかりに集中して、あなたを疎かにしてきた。絶対に失いたくないの」
ネイサンは深くため息をついた。
「僕だって、二人の関係を失いたくないよ、リリー。でも、お互い時間を作れない今の状況は辛いんだ。二人とも自分の世界に閉じこもってしまってる。君を支えたい気持ちは変わらない。だけど、僕が二番目の存在じゃなく、一番に優先されている存在だと感じたいんだ。他の仕事が全部片付いた後の、ついでの相手じゃなくてね」
彼の言葉を聞き、リリーの胸は痛んだ。彼の言う通りだ。キャリアを最優先にしすぎて、本当に大切なものを見失っていた。
「ごめんなさい、ネイサン」
声が少し掠れながら謝った。
「こんな気持ちにさせるつもりはなかった。ずっとそばにいてあげられなくて本当にごめん。すぐにニューヨークに戻るから、二人できっと解決方法を見つけよう」
「リリーはいつも僕のそばで支えてくれたよ。君の足かせになりたくないけど、それでも、二人で共に歩んでいると実感したいんだ。どれだけ距離が離れていても、お互い歩み寄る努力をしなきゃ」
「分かってる」
リリーは柔らかく囁いた。
「ちゃんとするから。戻ったら、絶対二人だけの時間を作る。必ず約束するわ」




