第 131 章 重圧の中で
リリーの決断は、ますます焦りを募らせる取締役会の反発を招いた。役員たちには、なぜ競合企業のように即座にサンパウロへ進出できないのか理解できなかった。カーター企業には資金もブランド力も専門知識も十分に備わっている。なぜ待つ必要があるのか——彼らはそう思っていた。
最終会議のためリリーが役員室に入ると、部屋の空気には張り詰めた緊張感が漂っていた。取締役は全員揃い、期待と批判の入り混じった眼差しを向けている。会長のダニエルは既に身を乗り出し、答えを迫る態勢だった。
「リリー」
ダニエルは鋭い口調で切り出した。
「我々はもう十分辛抱してきた。サンパウロの情勢を見極める時間は数ヶ月も与えた。今すぐ動かなければ、完全に後れを取ることになる」
リリーは深く息を吸い、心を落ち着けた。すべての行く先を左右する瞬間が、今訪れたのだ。
「皆さんの懸念は理解しています」
彼女は一人ひとりの役員の目をしっかり見据えて言った。
「だからこそ戦略的に臨む必要があるのです。サンパウロはハイリスク市場であり、適切な現地パートナーも政治情勢の理解も不十分なまま参入すれば、会社のすべてを失いかねません」
最高財務責任者のカレンが口を挟んだ。
「リリー、我々はデータを見ている。市場は急成長し、競合は既に先行している。これ以上遅れれば好機を逃す。リスク査定にはもう十分な時間を費やしたはずだ」
リリーの眼差しは揺るがなかった。
「慌てて参入しても、長期的には損になるだけです。もっと詳細なリスク分析を行い、盤石な現地提携先を確保した上で動くことを提案します。しっかりした基盤を築いてこそ、主導的な立場を築けるのであって、準備不足ではずっと後追いになるだけです」
部屋は長い沈黙に包まれた。ダニエルは他の役員たちと視線を交わした後、再び口を開いた。
「君は更なる時間を求めているが、我々にその余裕はない。だが最後の機会を与えよう。この二ヶ月のうちに、有力なコネクションを持つ現地パートナーを確保し、リスクを抑えられるなら、サンパウロ進出を承認する。叶わなければ、別の手段を考えざるを得ない」
リリーは、これが最後のチャンスであることを悟った。
「やり遂げます。二ヶ月以内に答えを出します」
役員室を出ると、心臓が激しく鼓動していた。たった二ヶ月。この短い期間で、サンパウロにおけるカーター企業の未来を切り開かなければならない。耐え難い重圧だったが、リリーは正しい選択を貫く決意を固めた。
その夜、リリーは机に座り、窓の外に広がる街の灯りを眺めていた。この一連の出来事を通じてずっと支えてくれたのはネイサンだったが、今夜は決断の重圧がこれまで以上に心にのしかかっていた。
彼女の不安を察したかのように、ネイサンが部屋に入ってきた。夜の会食から戻ったばかりだったが、まだ仕事を続ける彼女の姿を見て、何か悩みを抱えているとすぐに感じ取った。
「おかえり」
柔らかく声をかけ、彼女の元へ歩み寄る。
「会議、どうだった?」
リリーはため息をつき、こめかみを揉んだ。
「上手くいかなかったわ。取締役会はサンパウロ進出を急かして、二ヶ月以内に現地パートナーを見つけられなければ、好機を失うことになるの」
ネイサンは隣に座り、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。
「たった二ヶ月……時間は厳しいね。だけど君ならきっとやり遂げられる。いつも困難を乗り越えて道を切り開いてきたじゃないか」
リリーは彼を見上げ、苛立ちを滲ませた声で囁いた。
「一人では無理かもしれないわ、ネイサン。重圧はあまりに大きく、時間も迫ってる。私の一つの決断が会社の未来を変えてしまう。もし間違った選択をしたらどうしよう」
ネイサンは彼女の手を強く握りしめた。
「一人じゃない。それに君は独りよがりで決断してるわけじゃない。頼れる優秀なチームも、君を信じる人たちも側にいる。この会社がここまで成長できたのは君のおかげだ。自分を信じれば、すべて自然に整っていく」
リリーは力のない笑みを浮かべ、胸に詰まっていた重圧が少しずつ和らいでいくのを感じた。
「あなたがいなかったら、私どうなっていたか分からないわ」
ネイサンは彼女の額に優しく口づけた。
「そんな心配をする必要はない。僕はずっと、いつでも君のそばにいるよ」




