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第 119 章 均衡の崩れ始め

日が経つにつれ、取締役会からの圧力はますます強まるばかりだった。リリーはカーター企業が新興市場へ順調に進出できるよう、昼夜を問わず奔走していた。だが一日が過ぎるごとに、仕事とプライベートの均衡はどんどん崩れ、手の届かないところへ遠ざかっていくように感じられた。


ある夜、長時間の会議や電話会議を終えて家に戻ると、ネイサンが待っていた。玄関をくぐったとたん、彼の顔に浮かぶ濃い心配の色が目に入った。


「頑張りすぎだよ、リリー」

ネイサンは優しく、心からの思いを込めて言った。

「全然自分の時間を取れていない。きちんと一日休んだのはいつだっけ?」


リリーは疲れ切った笑みを浮かべたが、心から笑う気にはなれなかった。

「分かってる、ネイサン。でも……立ち止まるわけにはいかないの。カーター企業は今、大きな転機の瀬戸際にいる。このチャンスを台無しにしたくない」


ネイサンは立ち上がって彼女の元へ歩み寄り、肩に手を添えた。

「気持ちは分かる。これが君にとってどれほど大切か、僕は知ってる。だけど君自身も、僕にとってかけがえのない存在なんだ。身を削って頑張り続けて、この慌ただしさの中で自分を見失ってほしくない」


リリーは胸が詰まる思いに駆られた。企業の拡大、取締役や投資家からの絶え間ない圧力に心を奪われ、それがネイサンとの関係をどれほど蝕んでいるか、これまで気づかなかった。最高の経営者でありたいと願う一方、自分の幸せや愛する人を犠牲にするのは嫌だった。


「もうどうやって均衡を保てばいいのか分からないの」

リリーは素直に打ち明けた。

「どの決断も万事休すか一発逆転かの瀬戸際に思えて、失敗するのが怖くてたまらない」


ネイサンの手が彼女の腕をそっとなで下ろす。

「失敗なんてしないよ、リリー。だけど時には一歩立ち止まることも必要だ。何もかも一人で抱え込まなくていい。そして抱え込む必要もない。僕はいつでも君のそばにいる」


涙が一粒、頬を伝って零れ落ちた。リリーはすぐに拭い、感情的になった自分を恥じた。

「ごめんなさい。こんな弱音を聞かせて、負担をかけたくないのに」


ネイサンは穏やかに微笑み、彼女の顔にかかる髪をそっと払った。

「負担なんて思ってない。ただ君に幸せでいてほしいだけだ。世界の重圧を一人で肩に負う必要なんて、どこにもないんだよ」


リリーは頷き、肩に張り詰めていた力が少しずつ抜けていくのを感じた。自分が長い間、気力を擦り減らし走り続けてきたことを悟った。ネイサンの言葉、揺るぎない支えは、まさに今の自分が聞きたかった言葉そのものだった。


「私たちの絆を失いたくないわ」

リリーは細く囁いた。

「だけどもう、それ以外の大切なものまで失いかけてる気がして怖いの」


「何も失ってないよ」

ネイサンは優しく励ます。

「誰もがそうするように、君はただ自分の道を探しているだけ。そして僕は、その道のりずっと君のそばにいる」


ここ数週間で初めて、リリーの心に穏やかな安らぎが降り注いだ。全ての答えを持っているわけではないし、カーター企業の未来がどうなるかも分からない。だけどもう自分一人ではないことだけは確かだ。ネイサンがいる、二人なら、これから待ち受けるどんな困難も共に乗り越えていける。


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