第 112 章 拡大がもたらす重圧
カーター企業の新規市場進出は順調に推移していたが、リリーの知る通り、成長には必ず試練が伴うものだ。ヨーロッパ市場は順調に定着し、チームも顧客との接点を結ぶ手法を現地に合わせて調整することに成功した。一方、北米市場では思いがけない支障が生まれていた。業績は大きく前進したものの、地域内の競争は熾烈を極め、消費者の志向も誰も予期しない方向へ変化していた。
最大の課題の一つが、**地域密着型の価値**への高まる需要だった。消費者の目はますます厳しくなり、地域の課題や文化の細部、地域社会への貢献を大切にするブランドが支持されるようになっていた。リリーはもともと人との絆を築く考えを持っていたが、今やカーター企業が世界的な信頼を守りつつ、各地域に根ざした存在感を保つ均衡を図らなければならなくなった。
オフィスに座ったリリーは、最新の消費者動向レポートに目を落とした。嗜好の変化は明らかで、ミレニアル世代やZ世代を中心に、真の社会的責任を持つブランドが求められる流れが強まっている。カーター企業の誠実なイメージと持続可能性への取り組みは強みとなっていたが、この先も優位を保つには、さらなる努力が必要だとリリーは悟った。
「サラ、ちょっと来て」
リリーはオフィスから声をかけて言った。
「マーケティングチームと会議を設定して。北米での地域密着型戦略を話し合わなきゃ。もう世界共通のイメージだけに頼ることはできない。それぞれの市場の固有のニーズに応えていかなくちゃ」
サラは分厚い資料の山を抱えて入室した。
「実は私も同じことを考えていたわ。マーケティングチームの方からも、都市ごとに個別の施策を打ち出したいという要望が出ているの。ニューヨーク、ロサンゼルス、トロントなどでキャンペーンを分け、それぞれの人口構成や地域性に合わせた企画を提案してきたわ」
リリーは椅子にもたれ、ペンを指で軽く叩きながら思いを巡らせた。
「理にかなってる。だけど全体のビジョンを見失うわけにはいかない。カーター企業はどの市場でも一貫した姿勢を保たなきゃ。地域に合わせた施策は行っても、根本の理念は手放してはならない。持続可能性、品質、誠実さ——これこそが私たちの立ち位置なのだから」
「同感だわ」
サラが答える。
「肝心なのは均衡を見つけること。地域限定のキャンペーンも、世界共通のメッセージに沿わせつつ、文化背景に合わせて調整すればいい。時間はかかるけど、きっと実現できるわ」
リリーは頷いた。
「じゃあ早速始めよう。来週までに具体的な戦略をまとめ上げたい」
その後数日、リリーはチームと共に新たな施策を練り上げるため、休む間もなく奔走した。マーケティングチームとの会議は実り多いものとなったが、一つひとつの決断が繊細な綱渡りのように感じられた。熟考の末に判断を下すことを自負してきたリリーだったが、競合への追いつき、投資家の期待に応える重圧が強まるにつれ、集中を保つのがますます難しくなっていた。
長時間の戦略会議が終わったその夜、リリーはいつもの疲労感に体を浸していた。スマホを手に取り、ネイサンに短いメッセージを送った。
「今日もすごく慌ただしい一日だったの。今夜は落ち着いた場所で、二人だけで過ごせるかな?」
ネイサンからの返事はすぐに届いた。
「もちろんだよ。七時に迎えに行くから、しばらく世間のことは忘れてゆっくり過ごそう」




