9話
翌朝。
ユーマが目を覚ました時、窓の外はすでに明るかった。
厚い布団と静かな部屋。
柔らかい寝床に、一瞬だけ感覚がずれる。
ここがどこだったか、少しだけ考える。
だが、窓の外から聞こえる人の声と荷車の音で思い出した。
――メイセキ。
ユーマはゆっくりと身体を起こした。
(よく寝たな)
身体の調子は悪くない。
むしろ軽いくらいだった。
その時、扉が少し強めに叩かれる。
「ユーマ!起きてる!?」
ナキの声だった。
「起きてる」
「朝ご飯行くわよ!」
急かすような声に、ユーマは小さく息を吐いて扉を開けた。
ナキはすでに支度を終えていた。
どこか機嫌が良さそうだ。
「早いな」
「街の宿って、朝ご飯まで出るのよ」
「普通じゃないのか?」
「普通じゃない」
真顔だった。
「村だとパンとスープだけでも贅沢」
ユーマは少しだけ頷く。
「そうか」
「だから今日は楽しみ」
そう言って、少しだけ笑った。
二人は一階の食堂へ向かう。
朝の食堂はすでに賑わっていた。
商人、冒険者、自警団員。
様々な人間が食事をしている。
席に座った瞬間、周囲の視線が集まった。
「あれ、昨日の……」
「魔狼倒したやつだろ」
「思ったより若いな」
ひそひそ声。
昨日より露骨だった。
ユーマは少し困ったように視線を落とす。
「……目立つな」
「仕方ないでしょ」
ナキがじろりと周囲を睨む。
何人かが慌てて目を逸らした。
ユーマはそれを見て少しだけ苦笑する。
「そういう顔もできるんだな」
「できるわよ」
ナキは平然と言う。
「ユーマ見てると、なんか腹立つし」
「なんでだよ」
「無自覚だから」
その時。
入口の方が騒がしくなった。
「いたいた!」
聞き慣れた声。
エレナだった。
朝から全力だった。
「おはよー!」
手を振りながら一直線に来る。
「朝から元気だな」
ユーマが言うと、
「元気だよ?」
当然のように返された。
そのまま隣に座る。
距離が近い。
ナキがじっと見る。
「……近い」
「え?」
「近い」
「普通じゃない?」
「普通じゃない」
やり取りを見て、ユーマは少しだけ口元を緩めた。
「朝ご飯食べたら行くよ!」
エレナが言う。
「どこへ?」
「素材屋。換金でしょ?」
ナキが身を乗り出す。
「そんなに高くなるの?」
「昨日のは結構いくよ。特に牙」
楽しそうだった。
食事を終え、三人は外へ出る。
朝のメイセキはすでに動いていた。
荷車が行き交い、店が開き、人が流れる。
ナキはきょろきょろと周囲を見る。
「……人多い」
「慣れるよ」
ユーマが静かに言う。
「最初はそんなもんだ」
少しだけ優しい声だった。
ナキは一瞬だけユーマを見る。
それから小さく頷いた。
やがて素材屋に着く。
店主は三人を見るなり目を細めた。
「昨日の兄ちゃんか」
ユーマは袋を下ろす。
「素材、持ってきた」
中身を広げる。
牙、毛皮、爪。
異常個体のそれを見た瞬間、店主の表情が変わった。
「……なんだこりゃ」
牙を手に取る。
「こんなの見たことねぇぞ」
「鉱山で出たやつだ」
エレナが補足する。
店主は黙って確認を続ける。
そして赤い核の欠片を見ると、顔をしかめた。
「気味が悪ぃな……」
「分かるか?」
ユーマが聞く。
「分からん。だが、普通じゃねぇ」
短い答えだった。
店主は紙に数字を書く。
「全部で金貨十八枚だ」
ナキが固まる。
「じゅ、十八!?」
ユーマはナキを見る。
「そんなにか?」
「そんなによ!」
思わず立ち上がる。
「村なら家直せるくらいある!」
ユーマは少しだけ目を丸くした。
「……それは助かるな」
素直な感想だった。
店主は頷く。
「異常個体は珍しい。特にこの牙はいい素材だ」
ユーマは袋を受け取る。
重い。
だが、その重みよりも。
(しばらくは困らないな)
安心の方が先に来た。
「じゃ、次は団長のとこ!」
エレナが歩き出す。
街の中心から少し離れた場所。
大きな石造りの建物。
門をくぐると、音が響いていた。
カン、カン、と硬い音。
訓練場だった。
中央で、一人の男が武器を振っている。
長身。
筋肉の塊のような体。
手にしているのは巨大なハルベルト。
それを軽々と振っている。
一振りごとに空気が揺れる。
周囲の団員たちは距離を取っていた。
危険だからだ。
男は最後の一振りを終えると、ゆっくりとこちらを見た。
鋭い視線。
そのままユーマを捉える。
「……お前か」
低い声だった。
エレナが軽く手を振る。
「連れてきたよ、団長」
男が近づいてくる。
ユーマの前で止まる。
視線が上から下まで動く。
値踏みではない。
“確かめている”目だった。
「思ったより若いな」
ユーマは一拍置いてから答える。
「……そっちは、思ってたより迫力があるな」
少し柔らかい言い方だった。
周囲がわずかにざわつく。
男は一瞬だけ目を細めて――笑った。
「はっ、いいな」
豪快な笑いだった。
「俺はガトリン。この街の自警団団長だ」
「ユーマだ」
短く名乗る。
ガトリンは口元を吊り上げる。
「お前、強ぇな」
その一言で空気が変わる。
団員たちの視線が集まる。
エレナは楽しそうに笑っている。
ナキは明らかに嫌そうな顔だった。
ガトリンはハルベルトを肩から下ろす。
「なぁ、ユーマ」
その目が変わる。
戦う者の目だった。
「少しだけ、手合わせしてみねぇか?」
ユーマはその視線を受け止める。
そして一度だけ、周囲を見る。
ナキ。
エレナ。
団員たち。
それからガトリンへ戻す。
小さく息を吐いた。
「……怪我人はもう出てないんだな?」
ガトリンが一瞬きょとんとする。
「ん?」
「さっきまで戦ってたみたいだったからな。続きで人手がいるなら、そっちを優先したい」
数秒の沈黙。
それから。
ガトリンが、さらに大きく笑った。
「ははっ……なるほどな」
面白そうに目を細める。
「問題ねぇよ。今は手ぇ空いてる」
ユーマは頷く。
「……じゃあ、少しだけな」
ナキが顔をしかめる。
「ちょっとだけよ」
釘を刺すように言った。
エレナは完全に楽しそうだった。
「いいね、それ」
訓練場の空気が一気に張り詰める。
次の瞬間を、全員が待っていた。




