8話
鉱山の入口には、まだ戦いの余韻が残っていた。
地面には魔狼の死体が転がり、負傷した自警団員たちが仲間に肩を借りて運ばれていく。
張り詰めていた空気が、少しずつほどけ始めていた。
ユーマは刀についた血を布で拭った。
買ったばかりの刀。
刃こぼれはしていない。
だが、わずかに違和感が残っている。
(少し歪んでるな)
最後の一撃の衝撃だろう。
無理はさせない方がいい。
そう判断して、静かに鞘へ収めた。
「……やっぱり変」
エレナがしゃがみ込み、赤い核を拾い上げる。
光は弱くなっている。
だが、完全には消えていない。
内側で、何かがくすぶっているように見えた。
「こんなの、普通の魔石じゃない」
ユーマもそれを見る。
うまく言葉にはできない。
だが、近くにあると落ち着かない。
「……嫌な感じがするな」
「でしょ?」
エレナはすぐに反応した。
「なんかこう、見てるだけで落ち着かないっていうか」
言葉を探しながらも、楽しそうに頷く。
「やっぱり普通じゃないよね」
「調べられるのか?」
「うん。専門の人に見せれば何か分かると思う」
エレナは立ち上がる。
「それと、ユーマには団長にも会ってほしい」
「団長?」
「メイセキ自警団の団長。街で一番強い人」
ユーマは少しだけ肩の力を抜いた。
「強い人はあまり得意じゃないな」
「なんで?」
「面倒ごとが増える」
エレナはくすっと笑う。
「でも絶対気に入られると思うよ」
その時、自警団員の一人が近づいてきた。
「あ、あんた……これ全部、一人でやったのか?」
ユーマは軽く首を振る。
「周りが持ちこたえてくれてたからだ。俺は隙をついただけだよ」
「いや、それでも十分おかしいだろ……」
男は苦笑する。
「素材は全部あんたのもんだ。規則だ」
「そうなのか」
「特にあの大きいのは高く売れるぞ」
「異常個体だからね」
エレナが横から言う。
「解体屋に持っていけば、かなり値がつくと思う」
ユーマは頷く。
「助かるな」
村長が歩いてきた。
周囲を見て、深く息を吐く。
「……助かった」
短い言葉だったが、重みがあった。
「すっげぇ……!」
トンボが目を輝かせる。
魔狼の周りをぐるぐる回る。
「やっぱユーマ兄ちゃん、めちゃくちゃ強ぇ!」
ユーマは少しだけ笑う。
「そのうちお前もできるようになる」
「ほんとか!?」
「ああ。ちゃんとやればな」
トンボの顔がぱっと明るくなる。
村長が腕を組む。
「ユーマ。しばらく街に残るか?」
「残る?」
「二、三日だ。素材の換金もあるし、団長にも顔を出しておけ」
エレナも頷く。
「赤い魔石のこともすぐ共有できるしね」
「いいなぁ!」
トンボが叫ぶ。
「オレも残りてぇ!」
「駄目だ」
即答だった。
「帰るぞ」
「えぇー……」
その横でナキが言う。
「……私は残る」
村長が眉を上げる。
「ナキ?」
「ユーマを一人にできないし……」
少し言葉を選ぶ。
「街のことも、私の方が分かるから」
「一人でも問題ない」
ユーマが言う。
「ある」
即答だった。
だが声は柔らかい。
「……放っておくと無茶しそうだから」
ユーマは苦笑する。
「そんなつもりはないんだけどな」
「ある」
やっぱり即答だった。
ナキが少しだけエレナを見る。
「あと……変な人にも捕まりそう」
「え、あたし?」
エレナはきょとんとしてから笑う。
「それは否定できないかも」
「おい」
エレナは楽しそうにユーマの腕に触れる。
「だってユーマ、目立つもん。強いし、ちゃんとしてるし」
「ちゃんとしてる、は初めて言われたな」
「そこ自覚ないの?」
ナキが一歩前に出る。
「ユーマは私が見るから」
「保護者?」
「そう」
即答だった。
エレナはくすっと笑う。
村長はため息をつく。
「……まあいい。ナキ、任せた」
「うん」
「トンボ、帰るぞ」
「えぇぇ……」
しぶしぶついていく。
去っていく背中を見送りながら、ユーマは小さく息を吐く。
「……騒がしいな」
だが、どこか穏やかだった。
「じゃあ、あたしはこれ調べてくるね」
エレナが赤い核を軽く持ち上げる。
「明日また会おう」
「ああ」
「ナキちゃんもね」
「……うん」
「宿は任せて!」
エレナは自警団員を捕まえる。
「この二人、“石鶴亭”までお願い!」
案内されて街へ戻る。
夕方のメイセキはまだ騒がしかった。
「あいつか?」
「魔狼を倒したって……」
「一人で……?」
ひそひそ声が聞こえる。
ユーマは少し困ったように眉を下げた。
「……目立ったな」
「仕方ないわよ」
ナキは少しだけ誇らしげに言う。
「本当にすごかったし」
やがて大きな宿が見えてきた。
石造りの三階建て。
暖かな灯り。
「ここだ。“石鶴亭”」
中に入ると、広いロビーに木の香りが広がっていた。
「……すご」
ナキが小さく呟く。
「二部屋取ってある」
「二部屋……?」
ナキが少し反応する。
「別々なら問題ないだろ」
ユーマは自然に言う。
「……そうね」
少しだけ間があった。
鍵を受け取る。
静かな廊下。
ナキは落ち着かない様子で周りを見る。
「なんか……ほんとに街に来たんだなって感じ」
ユーマは窓の外を見る。
夜のメイセキ。
灯りが続いている。
遠く、鉱山の火が揺れていた。
(しばらくは、ここか)
胸の奥に、少しだけ安心感があった。
だが同時に。
あの赤い核の感触。
言葉にできない嫌な感じ。
まだどこかに残っている気がした。




