7話
鐘の音が鳴り響く中、三人は鉱山へ向かって走っていた。
石畳を抜け、街外れへ出る。
山肌を削って作られた巨大な採掘場。
黒い煙が、ゆっくりと空へ伸びている。
「最近は鉱山の周りで魔物が増えてるの」
走りながらエレナが言う。
「前は森の奥だけだったのに、今は街の近くまで来る。しかも数も多い」
軽い口調のまま。
でも、目だけは真剣だった。
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ナキが少し遅れながらもついてくる。
「ナキ」
ユーマが振り返る。
「無理するな。危なくなったら下がれ」
「……やだ」
ナキは首を振る。
「逃げ遅れた人がいたら、放っておけない」
少しだけ息を切らしながらも、目は逸らさない。
ユーマは一瞬だけ見て、頷いた。
「分かった。でも、無茶はするな」
「うん」
⸻
その時。
遠くから、低い咆哮が響いた。
空気が震える。
(……いるな)
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鉱山入口。
すでに戦いは始まっていた。
自警団が槍を構え、必死に押し返している。
だが——押されている。
魔狼が五匹。
そのうち四匹は通常個体。
そして——
一匹だけ、違う。
黒ずんだ毛並み。
濁った赤い目。
不自然に膨れ上がった筋肉。
体の奥で、何かが脈打っている。
「……あれか」
エレナの声が低くなる。
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大狼が前脚を振るう。
自警団の男が吹き飛ぶ。
地面を転がる。
「下がって!」
エレナが杖を振る。
青白い魔法陣が展開し、光弾が放たれる。
二匹の動きを止める。
その一瞬。
ユーマはもう動いていた。
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——速い。
誰の目にも、追えない。
気づいた時には、魔狼の群れの中にいた。
一匹目。
牙が届く前に、刃が走る。
浅く斬る。
止めない。
その“次”で、断つ。
二匹目。
前脚を断ち、体勢を崩す。
三匹目。
喉元を、正確に切り裂く。
無駄がない。
迷いもない。
ほんの数秒。
三匹が崩れ落ちる。
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背後。
気配。
振り向かない。
半歩ずらす。
牙が空を切る。
そのまま拳を叩き込む。
鈍い音。
魔狼が地面を転がる。
四匹目。
終わり。
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「……は?」
自警団の男が呟く。
「一瞬で……?」
「なんだ、あれ……」
誰も動けない。
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だがユーマは止まらない。
最初から見ているのは、一匹だけ。
奥にいる、異形。
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低く唸る。
赤い目が、こちらを捉える。
(……やっぱり、同じだ)
あの魔石と。
嫌な感じ。
説明はできない。
だが、はっきり分かる。
(普通じゃない)
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地面を蹴る。
来る。
速い。
重い。
受ける。
衝撃が腕に走る。
数歩、押される。
「……っ」
横薙ぎ。
しゃがんで避ける。
足払い。
倒れない。
(硬いな)
蹴り。
効きが浅い。
拳。
反応が鈍い。
止まらない。
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「右!」
エレナの声。
光弾が顔面に当たる。
ほんの一瞬。
視線が逸れる。
ユーマは横へ回る。
斬る。
浅い。
血は出る。
だが——止まらない。
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「これ、普通じゃない!」
エレナが叫ぶ。
すでに次の魔法を展開している。
「動き止める!」
氷弾。
前脚を凍らせる。
一瞬だけ止まる。
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(今だ)
ユーマは踏み込む。
視界が研ぎ澄まされる。
見える。
赤い流れ。
歪んだ、重たい流れ。
胸の奥に、集まっている。
(……そこだ)
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踏み込み。
間合い。
一閃。
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刃が肉を裂く。
骨を断つ。
その奥。
赤い“何か”に触れる。
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弾けた。
赤い光。
鈍い衝撃。
魔狼の体が大きく揺れる。
数歩、後退。
そして——
崩れ落ちた。
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静かになる。
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ユーマはゆっくりと息を吐いた。
足元に転がる、砕けた赤い塊。
(……これか)
見ているだけで、嫌な感覚が残る。
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その時。
異変が起きた。
倒れた魔狼の体が、ゆっくりと縮み始める。
膨れ上がっていた筋肉がしぼむ。
毛並みの色が戻る。
音を立てて、形が変わっていく。
「……戻ってる?」
自警団員が呟く。
エレナも目を見開く。
「やっぱり……あれが原因」
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完全に動かなくなった魔狼。
さっきまでの狂気は消えていた。
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「ユーマ!」
振り向く。
ナキが駆けてくる。
息を切らしながら、すぐ目の前に立つ。
「大丈夫!?ケガは!?」
「大丈夫だ」
優しく答える。
「少し当たっただけだ」
「少しじゃないでしょ!」
服は裂け、浅い傷がいくつもある。
ナキは慌てて布を取り出す。
だが、その手が止まる。
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周囲を見る。
倒れた魔狼。
崩れた地面。
そして——ユーマ。
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「……ほんとに、一人で……」
小さな声。
実感が、追いついた。
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「いやー……」
エレナが横に並ぶ。
「これはさすがにびっくりした」
そう言いながら、自然に腕に触れる。
「助かったよ。ありがと」
柔らかく笑う。
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ナキの視線が、その手に向く。
「……エレナ、近い」
「え?」
「近い」
「いいじゃん別に」
エレナは気にせず顔を覗き込む。
「それにユーマ、ほんと顔いいよね」
「今関係あるか?」
「あるある」
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ナキがすっと間に入る。
「今は怪我の確認が先」
「はいはい」
エレナが肩をすくめた、その時。
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「ユーマぁぁぁ!」
遠くから声。
トンボが全力で走ってくる。
後ろに村長。
「無事か!?」
駆け寄ってきて——
止まる。
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視界に入る光景。
魔狼の死体。
戦いの跡。
そして中心に立つユーマ。
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「……これを、お前がやったのか」
低い声。
ユーマは軽く頷く。
「とりあえず、片付いた」
穏やかに言う。
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トンボの目が輝く。
「すっげぇ……!」
死体とユーマを交互に見る。
「やっぱ兄ちゃん、めちゃくちゃ強ぇな!」
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空気が少し緩む。
張り詰めていた緊張が、ほどけていく。
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だが——
ユーマはふと視線を落とした。
足元。
砕けた赤い核。
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(……まだ、終わってないな)
嫌な感覚が、消えない。
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遠くの鉱山の奥。
見えないはずのその先から、
かすかに、同じ“気配”が続いていた。




