6話
魔石屋を出る頃には、メイセキの通りは昼の熱気に包まれていた。
鍛冶屋から響く金属音。
露店から漂う焼いた肉の匂い。
荷車を引く馬の足音。
鉱山帰りらしい男たちの笑い声。
街は活気に満ちている。
だが——
(……さっきの、まだ残ってるな)
赤い魔石の感覚が、頭の奥に引っかかっていた。
理由は分からない。
ただ、忘れていいものじゃない気がする。
⸻
「じゃあ次は服」
ナキが切り替えるように言った。
「服ならいい店知ってるわよ」
横から、いつの間にかエレナが並ぶ。
「ついてくるのか」
「行くよ?」
きょとんとした顔。
「だって面白そうだし。ユーマ、絶対服で印象変わるもん」
そのまま自然に隣へ来て、腕に軽く触れる。
距離が近い。
「ねえ、ロングコートとか絶対似合うよ」
「ロングコートか……」
「うん。背高いし、顔もいいし」
「顔……」
ユーマは少しだけ困ったように笑う。
慣れていない。
そういう言葉に。
「ユーマは動きやすい方がいい」
ナキが間に入る。
「街だけじゃないし、また戦うかもしれないから」
「えー、でもせっかくだよ?」
「……着せ替えじゃない」
「ナキ、怒ってる?」
「怒ってません」
間。
「……普通です」
全然普通ではなかった。
ユーマは小さく息を吐く。
(賑やかだな)
⸻
エレナに連れて行かれた店は、大通りに面した大きな服屋だった。
中には様々な服が並んでいる。
店主がユーマを見るなり、少し目を細めた。
「背がいいわねぇ。何でも似合いそう」
「ほら!」
エレナが嬉しそうに振り返る。
「まずこれ!」
差し出されたのは黒のロングコート。
細身で、内側に紺の布が使われている。
「長くないか?」
「いいから着てみて!」
半ば押し込まれる形で試着室へ。
——しばらくして。
外に出る。
「……」
「……」
一瞬、空気が止まる。
「やっぱり似合う!」
最初に声を上げたのはエレナだった。
ぐっと距離を詰める。
襟を整え、肩を軽く叩き、袖を引く。
「こっち向いて」
「……こうか」
「うん、いい」
満足そうに笑う。
ナキは少しだけ遅れて口を開いた。
「……似合う」
短い。
だが、ちゃんと見ていた。
「でも、それだと動きにくい」
そう言ってナキが持ってきたのは、実用的な服だった。
灰色のシャツと黒のズボン、短めの上着。
「こっちも着て」
——再び試着。
出てくる。
今度はナキの目が少しだけ柔らかくなる。
「……うん。こっちもいい」
「なんか強そうだよね」
エレナが腕を組む。
「でも私はロングコート派」
「普段はこっち」
「えー」
二人は本気で悩み始めた。
ユーマは苦笑するしかない。
(こういう時間も、悪くないな)
⸻
結局、
普段着、外套、戦闘用。
いくつかを揃えることになった。
⸻
次に向かったのは武器屋だった。
店内には様々な武器が並ぶ。
剣、槍、斧、弓、杖。
ユーマは一本ずつ手に取る。
振る。
(……違うな)
重さ。
重心。
しっくりこない。
「そんなに違うの?」
エレナが覗き込む。
「少しな」
「へえ」
店の奥。
一本の刀が目に入る。
細身。
無駄がない。
手に取る。
抜く。
(……これだ)
違和感がない。
自然に振れる。
「それ、魔鉱石使ってるよ」
店主が言う。
「軽いし、丈夫だ」
ユーマは軽く振る。
空気を切る感触が、心地いい。
「これにする」
「お、いいの選ぶね」
エレナが覗き込む。
「似合ってる」
「……うん」
ナキも小さく頷く。
⸻
剣を腰に差す。
その瞬間、ようやく形になった気がした。
(……これで動ける)
⸻
——その時だった。
鐘の音が響く。
一度。
二度。
三度。
空気が変わる。
人の流れが乱れ、自警団が走る。
「鉱山側だ!」
「魔物だ!」
「数が多い!」
ざわめきが広がる。
エレナの表情が変わる。
さっきまでの軽さが消える。
「ごめん、行くね!」
すぐに動こうとする。
その瞬間——
ユーマは感じた。
(……来る)
鉱山の方角。
嫌な気配。
濃い。
重い。
あの赤い魔石と同じ——
いや、それ以上に。
胸の奥がざわつく。
身体が、勝手に警戒する。
(これは……まずい)
エレナが踏み出す。
ユーマは腕を掴んだ。
「待ってくれ」
「え?」
「一人で行くな」
静かに言う。
だが、はっきりしている。
「……危ない」
エレナが一瞬だけ目を見開く。
ユーマは鉱山の方を見たまま続ける。
「理由はうまく言えない。でも——」
少しだけ間を置く。
「嫌な感じがする」
エレナはそれを聞いて、ほんの少しだけ真顔になる。
そして、すぐに笑った。
「……じゃあ、一緒に行く?」
軽い調子。
でも、断る気はない。
ナキが一歩前に出る。
「……ユーマ」
心配そうな声。
ユーマは少しだけ振り返る。
「大丈夫だ」
優しく言う。
「無理はしない」
ナキは一瞬迷って——
小さく頷いた。
「……気をつけて」
⸻
ユーマは前を向く。
鉱山の方へ。
騒ぎの中心へ。
(行かないといけない)
理由は分からない。
だが、はっきりしている。
(これは、見過ごせない)
エレナが隣に並ぶ。
「なんかさ」
少しだけ楽しそうに言う。
「面白くなってきたね」
ユーマは小さく息を吐いた。
「……そうだな」
その言葉とは裏腹に、
胸の奥の違和感は、消えていなかった。
⸻
街の喧騒の向こうで、
“何か”が、確実に動いていた。




