10話
「ちょっとだけ、やるか?」
ガトリンはそう言って、肩に担いでいたハルベルトをゆっくりと下ろした。
訓練場の空気が変わる。
周囲で訓練していた団員たちも手を止め、ざわつき始めた。
「団長がやるのか?」
「相手、あの魔狼倒した奴だろ」
「でも流石に団長相手は……」
ナキは少し眉を寄せた。
「やっぱりこうなるのね……」
エレナは楽しそうに笑っている。
「まあまあ、団長こういうの好きだから」
ユーマはガトリンを見る。
確かに強い。
今まで見た誰よりも重く、隙がない。
だが、敵意は感じない。
ただ、確かめたいだけだ。
「……少しだけなら付き合うよ」
「はっ、いい返事だ」
ガトリンは近くの団員に顎をしゃくった。
「木槍持ってこい」
団員が慌てて武器棚から訓練用の木槍を二本持ってくる。
一本をユーマへ投げた。
ユーマは片手で受け取り、軽く振った。
「悪くないな」
「先に言っとく」
ガトリンも訓練用の長柄武器を手に取る。
「本気で殺しに行くつもりはねぇ」
「分かってる」
「だが、手加減もしねぇ」
「……こっちも、怪我させない程度にやるよ」
ガトリンの目がわずかに細くなった。
構える。
低い姿勢。
獣のような重心。
次の瞬間。
地面を抉るような踏み込み。
一気に間合いを詰める。
速い。
長柄武器が横薙ぎに振られる。
ユーマは半歩下がる。
風が頬をかすめた。
「ほう」
ガトリンの目が光る。
突き。
払い。
振り下ろし。
重く、鋭い連撃。
だがユーマは無駄なく動く。
避ける。
流す。
当てない。
あくまで受け流すだけ。
「避けた……?」
「団長の攻撃を?」
「いや、おかしいだろ」
ざわめきが広がる。
ガトリンの動きがさらに速くなる。
身体の中を巡る魔力。
脚、腰、腕へと流れ、出力が跳ね上がる。
踏み込みが鋭くなる。
薙ぎ払いから、そのまま柄尻での突き。
ユーマは身体を捻り、わずかに当てて軌道を逸らす。
「……見えてんのか」
「動く前に、少しだけ分かる」
「はっ」
ガトリンは笑った。
その瞬間、空気が変わる。
見えない圧。
重く、鋭い威圧。
団員たちの顔色が変わる。
エレナが眉をひそめた。
「団長、ちょっとやりすぎ……」
ナキも息を呑む。
立っているだけで息苦しい。
だが。
ユーマは変わらない。
静かに立っている。
ガトリンの目がわずかに揺れた。
さらに圧を強める。
それでもユーマは穏やかに首を傾げた。
「……何かしたか?」
場が静まり返る。
ガトリンは木槍を下ろした。
「お前、魔力は?」
「使えない」
「……少しもか?」
「たぶん、ないんだと思う」
団員たちがざわつく。
「嘘だろ」
「そんな奴いるか?」
「魔力無しであの動き?」
その時。
エレナが何かを思いついたようにポーチを探る。
「ねえ、これ試してみて」
小さな金属筒を取り出した。
「火をつける魔道具。魔力流せば火が出るの」
エレナが触れる。
小さな火が灯る。
ナキもやる。
問題なく火がつく。
団員も、ガトリンも同じ。
最後にユーマ。
指で触れる。
何も起きない。
もう一度。
やはり反応はない。
「……壊れてないか?」
「壊れてない」
エレナの表情が真剣になる。
「それ、魔力にしか反応しないから」
静寂。
ナキが小さく呟く。
「……ほんとに、ないんだ」
ユーマは少しだけ困ったように笑った。
「まあ、不便ではあるな」
ガトリンはしばらく黙っていた。
そして――
笑った。
「はっはっは!」
団員たちがびくっとする。
ガトリンは心底楽しそうだった。
「面白ぇな、お前」
ハルベルトを肩に担ぐ。
「人は誰でも魔力を持ってる」
その鋭い目がユーマを捉える。
「だが、お前は持ってねぇ」
「……そうらしいな」
「そのくせ、おれの攻撃を見切って、威圧も効かねぇ」
口元が吊り上がる。
「気に入った」
ガトリンは言い切った。
「ユーマ、お前自警団に入れ」
少しの間。
ユーマは考えた。
そして、穏やかに首を振る。
「……悪いな。今はまだ、やることがある」
はっきりとした拒絶。
だが、角は立てない。
それでも十分な拒否だった。
場が静まる。
エレナが吹き出した。
「ははっ、団長フラれてる」
ナキは少しだけほっとした顔をする。
ガトリンは数秒黙った後――
また笑った。
「はっ、いいな」
その目はさらに鋭くなる。
「ますます気に入った」
ユーマは軽く息を吐いた。
(……しばらくは、離してくれなさそうだな)
少しだけ面倒そうに。
でもどこか穏やかな顔で、そう思った。




