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45歳。転移、若返り、強くなる!  作者: ユーマ


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3話


夕暮れの村を、ユーマはナキと並んで歩いていた。


トンボはその少し前を歩きながら、村の人間に見つかるたびに大声で叫んでいる。


「聞いてくれよ! オレ、今日魔狼に襲われたんだぞ!」


「また森に入ったのか!」


「馬鹿野郎!」


「今度は本当に死ぬぞ!」


村の大人たちは口々に怒鳴るが、トンボはまるで気にしていない。


「でもな! ユーマが助けてくれたんだ! 魔狼を三匹倒したんだぞ!」


その言葉を聞くたび、人々の視線がユーマへ集まる。


驚き。警戒。疑い。感謝。


ユーマはその視線を受け止めながら、軽く肩をすくめた。


「……人気者だな、俺」


ナキが一瞬だけ驚いて、少しだけ口元を緩める。


「トンボが勝手に広めてるだけでしょ」


「だろうな」


軽いやり取り。


それだけで、空気が少し柔らぐ。


村は想像していたより大きかった。

木造の家が何十軒も並び、家畜小屋や畑、井戸もある。

畑には麦のような作物が植えられており、村の女たちが収穫作業をしていた。

鍛冶場らしき建物からは鉄を打つ音が聞こえる。


干された獣の毛皮。


薪を積み上げた小屋。


道端で遊ぶ子供たち。


土の匂いと、夕飯の匂いが混ざっている。


どこか懐かしい景色だった。


だが、日本とは違う。


家の造りも、服装も、道具も、どこか違う。


何より、この世界には魔物がいる。


魔石も、魔鉱石もある。


ここは自分の知っている世界ではない。


ナキは前を向いたまま口を開いた。


「……あんた、本当にどこから来たの?」


「遠い場所だ」


「そんなの見れば分かる」


少し間。


ユーマは小さく息を吐いた。


「日本って知ってるか?」


「ニホン?」


やはり通じない。


ユーマは苦笑する。


「まあ、知らなくて当然か」


ナキが少しだけこちらを見る。


「……なんか、変な感じね」


「よく言われる」


「自覚あるんだ」


「一応な」


ナキが小さく笑った。


さっきより、自然な笑いだった。


やはり綺麗だ、とユーマは思った。

目鼻立ちは整っているし、肌も白い。

長い黒髪も艶がある。

何より、怒った顔も笑った顔も妙に印象に残る。


トンボが振り返る。

「もうすぐだぞ!」


村の中央付近には、他より大きな家が建っていた。


木造だが頑丈そうで、門もある。


見張り台のようなものまであった。


「ここが村長の家」

ナキが言う。


トンボは勢いよく扉を開けた。

「村長ー!! 帰ったぞー!!」


奥から、低い声が返ってくる。

「うるさい!」


出てきたのは、大柄な男だった。

五十代くらいだろうか。

腕が太く、髭を生やしている。

いかにも頑固そうな顔だ。


「……また森に入ったのか、トンボ」


「ごめん」


「ごめんで済むか!」

男は怒鳴りかけたが、トンボの後ろに立つユーマに気づいた。


目が細くなる。

「誰だ」


「ユーマ! オレを助けてくれた!」


「助けた?」


トンボは興奮気味に今日の出来事を話した。


魔狼に襲われたこと。


ユーマが現れたこと。


一人で三匹倒したこと。


話を聞き終えた村長は、腕を組んでユーマを見た。


「本当か?」


「ああ」


「武器も持たずに、魔狼を三匹倒した?」


「結果だけ見ればそうなる」


「……信じられんな」

村長だけではない。

周囲に集まっていた村人たちも、半信半疑の顔をしていた。


無理もない。


突然現れた正体不明の男。


聞いたこともない国の名前。


怪しまれない方がおかしい。


村長は鋭い目を向ける。


「どこから来た」


「分からない」


「分からない?」


「気づいたら森にいた」


「ふざけてるのか」


空気が張り詰めた。


トンボが慌てて前に出る。

「でも本当に助けてくれたんだ! ユーマがいなかったら、オレ死んでた!」


ナキも口を開く。

「……トンボが無事だったのは事実。少なくとも悪い人じゃないと思う」


村長は黙る。


周囲の村人たちもざわついていた。


しばらくして、村長は大きく息を吐いた。


「……分かった」

その一言で空気が少し緩む。

「正体は分からん。怪しいのも事実だ」

村長は真っ直ぐユーマを見た。

「だが、トンボを助けた恩はある」


「……」


「しばらく村にいることは許可する」


トンボが「やった!」と飛び跳ねた。


「ただし」

村長の目が鋭くなる。

「妙な真似をしたらすぐ追い出す。いいな」


「ああ、それで構わない」


村長は少しだけ意外そうな顔をした。

もっと反発すると思っていたのかもしれない。


「住む場所は……」

村長は腕を組み、ゆっくりとナキへ視線を向けた。

「お前の家の離れ、空いていただろ」


ナキが小さく目を見開く。

「え?」


「一番都合がいい。お前の家なら村の中心にも近いし、何かあった時も呼びやすい」


「でも……」

ナキは言葉を濁した。

断りたいわけではない。けれど、すぐに頷いていい話でもない。


若い女が一人。

そこに幼い弟妹。

そして、今日初めて会った正体不明の男。


弟の恩人ではある。

だが、それとこれとは別だ。


ナキは視線を伏せた。


その一瞬の戸惑いを、ユーマは見逃さなかった。


小さく息を吐く。

「いや、それは断る」


場の空気が止まる。


だが、声は柔らかい。


トンボが目を丸くする。


「え?」


ユーマは少しだけ困ったように笑った。


「さすがに、いきなり世話になるのはな」


強くは言わない。


だが、線は引く。


「若い女性と子供がいる家に上がり込むほど、無神経じゃない」


ナキの表情が変わる。


警戒ではない。


“意外”に近い感情。


ユーマは淡々と続けた

「俺はトンボを助けただけだ。信用されたわけじゃない。それなのに同じ敷地に住むのは、ナキたちの方が落ち着かないだろ」


「……」


「俺はこの村の人間じゃない。どこの誰かも分からない。そんな男が家のすぐ隣に住むなんて、普通は怖い」


トンボが口を開きかける。


だが、ユーマは先に言った。

「お前は気にしなくていいって言うだろうな」


「う……」


「子供はそう言う。でも、そういうのを気にするのが大人の役目だ」


トンボは少しだけ口を尖らせた。


ユーマはさらに村長へ向き直る。

「それに、魔狼の魔石と素材があるはずだ。三匹分あれば、数日の宿代くらいにならないのか?」


村長は顎に手を当てた。

「魔狼三匹分の素材か……牙、爪、皮、魔石。確かにそれなりの額にはなるな」


「村に空き家か、使っていない倉庫でもあるなら十分だ。屋根と壁があれば寝られる」


「そんな場所でいいのか?」


「野宿よりはましだ」

ユーマは何でもないことのように言った。


その声音に、村長はわずかに目を細める。


トンボが慌てて言った。

「でも兄ちゃん、そんなの気にしなくていいって! 姉ちゃんだって嫌がってないし!」


ユーマは即答した。

「気にする」


その声には、少しだけ強さがあった。


「俺は四十五年生きてきた」


その瞬間、村人たちがざわつく。


「四十五……?」

「嘘だろ」

「どう見ても二十そこそこだぞ」


だが、誰も笑わなかった。


ユーマの空気は、若者のそれではない。


焦りがない。

必要以上に喋らない。

誰かにどう見られるかより、自分がどうあるべきかを優先している。


それは若さではなく、積み重ねた年月が作る空気だった。


ユーマは淡々と言う。

「若い女の家に転がり込む男なんて、ろくなもんじゃない」


トンボが苦笑した。

「兄ちゃん、変なところで真面目だな……」


「変じゃない。普通だ」


「いや、村の男なら喜んで住むと思うぞ」


「だから、ろくなもんじゃないって言ってる」


場に小さな笑いが漏れた。


少しだけ空気が和らぐ。


ナキはしばらく黙っていた。


やがて、小さく口を開く。

「……そんなこと気にする人、初めて見た」


ユーマは肩をすくめた。

「気にしない方がおかしい」


ナキはユーマを見る。

最初は、ただ怖かった。

魔狼3匹を無傷で倒したことや、

何を考えているのか分からない目も。


けれど今は、少しだけ違った。


この人は、自分の都合で距離を詰めてくる人じゃない。


踏み込んでいい場所と、踏み込むべきじゃない場所を知っている。


だからこそ――


少しだけ、安心できる。


ナキは無意識に肩の力を抜いていた。


村長は大きく息を吐く。

「……分かった。空き家が一つある。ちょっと前まで住んでるやつもいた。寝るだけなら問題ないだろう」


「助かる」


「魔狼の素材は村で買い取ろう。相場より少し色はつける。トンボを助けた礼も込みだ」


「十分だ」


「案内はナキ、お前がしろ」


「……分かった」

ナキは頷いた。


ユーマは軽く頭を下げる。

「世話になる」


村長は苦笑した。

「妙な男だな、お前は」


「よく言われる」


トンボが吹き出す。


ナキも、少しだけ笑った。


その横顔は、ほんの少しだけ安心したように見えた。


村長の家を出ると、外はすっかり暗くなっていた。


ナキが先を歩き、トンボがその隣を跳ねるようについていく。


ユーマは少し後ろを歩いた。


しばらく無言が続いたあと、ナキが小さく口を開く。

「……ありがとう」


ユーマは視線だけ向ける。

「何がだ」


「さっきのこと、気を遣ってくれたんでしょ?」


「さっきも言ったが当たり前のことだ、礼を言われる類のものじゃない」


やがて、村の外れに近い場所へ出る。


古い木造の小屋だった。


小さいが、屋根も壁もまだしっかりしている。


扉を開けると、中には古い机と棚、干し草の残った寝台が一つ。埃は積もっているが、寝るだけなら十分だった。


ユーマは中を見回し、小さく頷く。

「悪くない」


「本当に?」


「ああ。雨風しのげるだけで十分だ」


ナキは少しだけ困ったように笑う。

そして少しだけ真面目な顔に戻った。

「食事は私が持ってくる」


「いや、そこまで世話になる必要は――」


「ある」

ナキは珍しく、はっきりと言った。

「トンボを助けてもらったお礼、まだしてないから」


ユーマは言葉を止める。


ナキは少しだけ視線を逸らした。

「私の料理結構いけるのよ」


トンボも大きく頷く。

「オレも持ってくる! 兄ちゃん、腹減ってるだろ!」


ユーマは二人を見た。

ユーマは小さく息を吐き、わずかに口元を緩める。

「……じゃあ、遠慮なく世話になる」


ナキは小さく頷いた。

「うん」


そう答えた声は、最初より少しだけ柔らかかった。


ナキとトンボが帰ったあと。


ユーマは一人、小屋の外に出た。


夜の村。


静かだ。


どこからか虫の声が聞こえる。


遠くで犬のような鳴き声。


普通の夜。


――のはずだった。


ユーマはふと、森の方を見る。


暗闇。


何も見えない。


だが――


「……妙だな」


小さく呟く。


理由ははっきりしない。


だが、引っかかる。


しばらく目を凝らす。


(……気配が薄い)


魔物の気配がない。


それ自体はおかしくない。


だが――


「少なすぎるな」


ぽつりと漏らす。


この規模の森なら、もう少し“いる”はずだ。


風が吹く。


葉が揺れる。


だが、それだけだ。


気配が、動かない。


「……静かすぎる」


違和感は、それだけ。


だが、確かにあった。


ユーマはしばらくその場に立っていた。


(……様子を見るか)


すぐに結論は出さない。


それが、長く生きてきたやり方だった。


小屋に戻る。


だが――


その違和感だけは、頭の片隅に残り続けていた。

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