27話 トンボ②
防衛部隊の裏手。
訓練場の熱気とは別の空気が流れていた。
静かで。
地味で。
――誰も見ていない場所。
「ここだ」
グレンが足を止める。
トンボは周囲を見回す。
木箱。
縄。
干してある布。
解体途中の魔物。
「……ここって」
「裏方だ」
グレンは短く言う。
「お前は午後ここ」
トンボは少しだけ表情を曇らせる。
「……雑用、っすか」
グレンは否定しない。
「そうだな」
即答だった。
トンボは口を閉じる。
分かってる。
さっき言われたばかりだ。
“前線はまだ早い”
でも――
(やっぱり……)
悔しい。
グレンが続ける。
「勘違いするなよ」
トンボが顔を上げる。
「ここが回らなきゃ、前は全部止まるんだぞ」
淡々とした声。
「ここのお陰で俺たちは前線で戦えるんだ」
トンボは少しだけ目を見開く。
グレンはそれ以上言わない。
「ロイ」
奥に声をかける。
細身の男が振り返る。
帳簿を持っている。
「……何」
「新入りだ」
ロイはトンボを見る。
じっと。
値踏みするような目。
「触るなら記録して」
いきなりそれだった。
「え?」
「物資は全部数で管理してる、一つでもズレたら全部狂うから」
トンボは慌てて頷く。
「は、はい!」
ロイはそれ以上興味を示さない。
帳簿に目を戻す。
グレンが言う。
「こいつに仕事振れ」
「分かった」
それだけ。
グレンはトンボを見る。
「やれ」
短い。
そしてそのまま去る。
トンボは少しだけ立ち尽くす。
「……」
ロイが顔も上げずに言う。
「それ、運んで」
木箱。
午前中と同じ。
だが今度は数が多い。
トンボは一つ持つ。
(……午前よりは)
さっきよりはマシ。
でも重いものは重い。
運ぶ。
置く。
戻る。
また運ぶ。
単純作業。
繰り返し。
誰も褒めない。
誰も見ていない。
時間だけが過ぎる。
「……っ」
腕がきつい。
でも止まらない。
止まれない。
途中で、別の団員が言う。
「おい、それはこっちだ」
「あ、はい!」
指示に従う。
次は縄をまとめる。
その次は水を運ぶ。
その次は――
「それ、血抜き終わってるやつだ」
解体途中の魔物。
トンボの手が止まる。
「……解体、っすか」
ロイがちらっと見る。
「できるの?」
トンボは少しだけ胸を張る。
「はい、やってました」
ロイは少しだけ興味を示す。
「ふーんじゃあやってみて」
あっさり。
トンボはナイフを受け取る。
魔物を見る。
(……久しぶりだな)
呼吸を整える。
そして――
手が動く。
迷いがない。
皮を剥ぐ。
筋を切る。
無駄なく分ける。
流れるように。
ロイの手が止まる。
視線がトンボに向く。
周囲の団員も気づき始める。
「……おい」
「ちょっと待て」
小さなざわめき。
トンボは気づいていない。
集中している。
「そこ、切りすぎない方がいいっすよ」
ぽつりと呟く。
誰に言ったわけでもない。
ただ癖で出た。
「……なんで?」
ロイが聞く。
トンボは顔を上げる。
「あ、そこ薬に使えるんで」
当たり前みたいに言う。
ロイの目が変わる。
「……詳しく教えて」
トンボは少しだけ考える。
「あの、この部分は乾燥させると毒消しに使えて」
「こっちは傷の治り早くするやつで」
言いながら手は止まらない。
「あと内臓は捨てるより――」
そこまで言って止まる。
周囲が見ている。
トンボは少しだけ気まずそうに笑う。
「……あ、すいません」
ロイは言う。
「いいよ、続けて」
短く。
トンボは頷く。
また手を動かす。
周囲の空気が変わる。
さっきまでの“雑用”じゃない。
見る目が変わる。
一人がぽつりと呟く。
「……なんだこいつ」
別のやつも。
「普通にできるやつじゃねぇか」
ロイが言う。
「必要な部位、全部分けて」
「はい!」
トンボの声が少しだけ明るくなる。
初めてだった。
“できること”を使えたのは。
さっきまでの悔しさが、少しだけ軽くなる。
手は止まらない。
動き続ける。
その様子を――
少し離れた場所で、グレンが見ていた。
腕を組んでいる。
何も言わない。
ただ一言、小さく呟く。
「……そういうタイプか」
評価が、少しだけ変わる。
トンボはまだ気づかない。
ただ必死に手を動かしている。
自分にできることを。
やっと見つけたから。




