28話 トンボ③
夕方。
防衛部隊の裏手。
空気が少し変わっていた。
さっきまでの単純作業の場じゃない。
人の動きが慌ただしい。
「おい、怪我人来るぞ!」
「スペース空けろ!」
声が飛ぶ。
トンボが顔を上げる。
入口から、団員が一人運び込まれてきた。
足を押さえている。
血が出ている。
「噛まれた!」
「魔物か?」
「小型だが牙に毒がある!」
空気が一気に張り詰める。
「解毒剤は!?」
「在庫切れてる!」
「は!?」
焦りが広がる。
ロイが舌打ちする。
「……タイミング最悪」
トンボの目が動く。
怪我人を見る。
足の傷。
腫れ方。
血の色。
(……これ)
一瞬で思い出す。
村で見たやつ。
同じ種類。
「待って」
思わず声が出る。
全員の視線がトンボに向く。
「……あ?」
一人が怪訝な顔をする。
トンボは迷わない。
怪我人の横にしゃがむ。
「触るぞ」
「お、おい勝手に――」
「これ、毒の回りまだ浅い」
トンボが言う。
手はもう動いている。
「縛って」
近くの布を掴む。
止血と同時に、毒の進行を抑える。
「もっと上!そこじゃ遅い!」
思わず声が強くなる。
団員が反射的に動く。
「こ、ここか!?」
「そう!」
トンボは頷く。
次の瞬間、振り返る。
「さっきのやつ、どこに置いた!?」
「は?」
「解体したやつ!」
ロイがすぐに理解する。
「あっちだ!」
トンボは走る。
解体した魔物の山。
その中から、特定の部位を探す。
(あった)
迷いなく掴む。
戻る。
ナイフを入れる。
「それ何やってんだ!?」
「いいから黙ってて!」
珍しく強い言い方だった。
周囲が止まる。
トンボは手を動かす。
潰す。
絞る。
混ぜる。
「水!」
「お、おう!」
受け取る。
即席の液体を作る。
「これ飲ませて」
「大丈夫なのか!?」
「いいから!」
一瞬の間。
そして――
飲ませる。
数秒。
何も起きない。
空気が固まる。
「……おい」
誰かが呟く。
その時。
怪我人の呼吸が変わる。
荒さが、少し落ちる。
「……あ?」
「腫れが……止まってる?」
ざわめき。
トンボは息を吐く。
「応急だけど、毒は抑えた」
そのまま続ける。
「ちゃんとした薬あれば治る」
誰もすぐに言葉を出せない。
ロイがゆっくり口を開く。
「……なんで分かったんだ?」
トンボは少しだけ困ったように笑う。
「村で似たやつ見たことあるんで」
当たり前みたいに言う。
沈黙。
そして――
「……すげぇな」
ぽつりと。
一人が言う。
「マジで助かったぞ」
「やばかったぞ今の」
空気が一気に変わる。
トンボを見る目が違う。
“雑用”じゃない。
“戦力”を見る目。
トンボは少しだけ照れる。
「いや……たまたまっす」
その時。
足音。
静かな気配。
振り向くと、一人の男が立っていた。
整った動き。
鋭い目。
レオルド。防衛部隊の副隊長、実質的に隊を取りまとめている男だ。
一瞬で状況を把握していた。
「……誰が処置した?」
短く。
ロイが顎で示す。
「こいつ」
トンボがびくっとする。
レオルドの視線が向く。
測る目。
「名前は?」
「ト、トンボっす!」
レオルドは数秒見てから言う。
「もう一度できるか?」
「え?」
「今の処置だ」
トンボは少しだけ考える。
そして頷く。
「材料あればできます」
レオルドは即答する。
「よし、材料を確保しろ!」
周囲に指示が飛ぶ。
「同種の素材を分類」
「簡易処置手順をまとめろ」
動きが変わる。
一気に“仕組み”になる。
トンボは目を丸くする。
「……え、え?」
レオルドはトンボを見る。
「お前のそれは偶然じゃない」
断言する。
「使える」
短く。
それだけ。
だが重い。
トンボの胸が少しだけ熱くなる。
その時、後ろから声。
「調子乗るなよ」
振り返る。
グレンが立っている。
腕を組んでいる。
「今のは良かった」
一瞬、間。
「でもな」
一歩近づく。
「前に出たら死ぬのは変わらねぇ」
現実を突きつける。
トンボは一瞬だけ固まる。
でも――
頷く。
「……はい」
グレンはそれを見て、少しだけ口元を緩める。
「その代わり」
「後ろで死なせんな」
短く言う。
トンボの目が少しだけ見開かれる。
そして――
強く頷く。
「はい!」
声がはっきりしている。
さっきまでと違う。
自分の役割を、初めて掴んだ顔だった。
夕日が差し込む。
裏方の場所。
でもそこはもう、“裏”じゃなかった。
戦いを支える、もう一つの前線になっていた。




