第25話 ナキ③
補給部隊の詰所に戻ると、空気が明らかに違っていた。
さっきまでと同じ場所。
同じ人間。
なのに――視線が違う。
「おかえり!」
「どうだった?」
「うまくいったのか?」
一斉に声が飛んでくる。
ナキは少しだけ驚いた顔をする。
「え、はい。問題なく」
後ろからハインツが答える。
「一割五分でまとまった」
一瞬、静寂。
次の瞬間――
「は!?」
「三割から下げさせたのか!?」
「マジかよ!」
一気に騒ぎになる。
視線がナキに集中する。
さっきまでの“可愛い新入り”を見る目じゃない。
完全に“結果を出した人間”を見る目。
「お前……何したんだ?」
「脅したのか?」
「いや顔だろ絶対」
ナキは困ったように笑う。
「普通に話しただけですよ」
「それができねぇんだよ!」
即ツッコミが飛ぶ。
笑いが起きる。
その流れの中で――
ハインツが一歩前に出る。
「交渉は今後、ナキに任せる」
空気が止まる。
一瞬の沈黙。
「……マジで?」
「いきなりかよ」
ハインツは周囲を見渡す。
「異論ある?」
誰も口を開かない。
開けない。
さっきの結果を見せられている。
ハインツは頷く。
「決まりだ」
その一言で――
ナキの役割が正式に決まった。
ナキは少しだけ目を丸くする。
「私でいいんですか?」
ハインツは即答する。
「いい」
「さっきので十分証明されてる」
短い。
だが、重い。
ナキは小さく息を吐いて――
「……分かりました」
頷いた。
そのやり取りを見ていた団員が、ぽつりと呟く。
「……すげぇな」
別のやつも続く。
「正直、めちゃくちゃ助かる」
「外のやつら相手すんの苦手なんだよ」
「すぐ頭にくるしな」
「話長くなるし」
ナキはくすっと笑う。
「じゃあ、そこは任せてください」
その一言で空気が決まる。
「頼んだ!」
「マジで頼む!」
「助かるわ」
ナキが帳簿に目を落とす。
「これ、さっきの続きですよね」
「ああ」
ページをめくる。
数秒。
「……ここもズレてます」
「は?」
男が顔を出す。
「どこだ?」
ナキが指差す。
「ここです。あとここも」
「……ほんとだ」
周囲がざわつく。
ナキは淡々と言う。
「さっきと同じパターンです」
「時間帯も似てます」
ハインツが頷く。
「なら同一だな」
マルタが腕を組む。
「明日の罠で確定ね」
ナキは頷く。
「はい」
その時――
奥から声がする。
「――話は聞いたわ」
空気が一瞬で締まる。
セリナ。
補給部隊長。
全員の背筋がわずかに伸びる。
ハインツが簡潔に言う。
「交渉完了。条件は一割五分」
「原因は外部抜きの可能性高」
セリナはナキを見る。
数秒。
視線が動かない。
「あなたがナキね」
「はい」
「再現性は?」
即答が求められている。
ナキは迷わない。
「条件が揃えば可能です」
「相手の状況次第ですが、同様の結果は出せます」
セリナは数秒だけ考える。
そして――
頷いた。
「いいわ」
短い一言。
だが、それで十分だった。
「外部交渉、正式に担当しなさい」
空気が変わる。
完全な“承認”。
「結果を出し続けなさい」
それだけ言って、セリナは去る。
静寂。
そして――
「……おい」
「今の完全に認められただろ」
「やべぇな」
ざわめきが戻る。
ナキは小さく息を吐く。
ほんの少しだけ、力が抜ける。
その時。
団員の一人が思い出したように言う。
「そういやよ」
「ナキと一緒に来たやつ、調査部隊でえらいことになってるらしいぞ」
ナキの手が、ぴたりと止まる。
「……え?」
「なんか変な武器使うことになったとかでさ」
「ドランが大はしゃぎしてるってよ」
別の男が笑う。
「それだけじゃねぇぞ」
「街でも話題になってる」
ナキが顔を上げる。
「話題……?」
「ああ」
「女どもが騒いでたぞ」
「“無口で強いのがいい”とか」
「“ああいうのがいい”とかよ」
笑いが起きる。
ナキは一瞬だけ黙る。
「えっ……そうなんですか?」
思わず出る。
少しだけ声が上ずる。
「そりゃそうだろ」
「目立つしな」
「顔も悪くねぇし」
ナキは少しだけ視線を落とす。
「……へぇ」
短く。
だが、ほんの少し間がある。
帳簿にペンを走らせる。
さらさらと音が響く。
「無口で強いとか一番モテるやつだろ」
「分かるわ」
ナキの手が、ほんの少しだけ止まる。
「あ……」
小さく呟く。
すぐに書き直す。
何事もなかったように。
マルタが横目で見る。
気づいている。
でも何も言わない。
ナキは一度だけ、息を整える。
そして顔を上げる。
いつもの笑顔。
「でも、こっちはこっちで忙しくなりそうですね」
周囲が笑う。
「頼もしいな」
「助かるわ」
「最初からいてくれよ」
ナキも笑う。
完璧に、いつも通り。
――に見える。
少しして。
誰も見ていない瞬間。
ナキは小さく呟いた。
「……別に、いいけど」
ペンを置く。
ほんの少しだけ――
頬がプクッと膨らんでいた。




