第24話 ナキ②
午後。
詰所の外は、午前とは違う忙しさがあった。
荷車が並び、商人たちが出入りしている。
値段の話。納期の話。文句。
金の匂いがする場所だった。
「行くよ」
ハインツが歩き出す。
ナキはその横に並ぶ。
「午前の話、覚えてるね」
「はい」
「今日は“確認”が目的だ」
ハインツは前を見たまま言う。
「いきなり詰める必要はない」
「反応を見て、どこまで踏み込むか決める」
ナキは頷く。
「分かりました」
少しだけ間。
ハインツが横目で見る。
「あと一つ」
「はい?」
「無理に勝ちに行かなくていい」
ナキがわずかに首を傾げる。
ハインツは笑う。
「交渉は“崩す順番”が大事だからね」
「今日は崩し方を見る」
ナキは理解する。
「……はい」
簡素なテントの前。
男が一人、椅子に座っていた。
太っている。指には金の指輪。
いかにも商人、という風体。
「おう、ハインツか」
「久しぶりだな」
ハインツは軽く手を上げる。
「変わらず羽振りいいね」
「まあな」
軽い会話。
だが空気は探り合い。
ハインツが本題に入る。
「値段、上げたね」
男は肩をすくめる。
「市場が動いてるんだ、仕方ねぇ」
「三割は強気すぎる」
「嫌なら他当たれ」
即答。
周囲の空気が少しだけ固くなる。
ハインツは崩さない。
むしろ一歩引く。
「そうか」
あっさり引く。
男が少しだけ拍子抜けする。
その瞬間。
ハインツが視線だけでナキに振る。
ナキが一歩前に出る。
「はじめまして」
にこりと笑う。
空気が変わる。
男の目がナキに向く。
「……お前は?」
「ナキです」
「補給部隊に入りました」
男の口元が緩む。
「へぇ……いいの入れたな」
後ろで誰かが小さく舌打ちする。
ナキは気にしない。
「少し教えていただきたいことがあって」
「なんだ?」
ナキは自然に距離を詰める。
「今回の値上げって、市場だけが理由ですか?」
一瞬、間。
男の目がわずかに動く。
ハインツは何も言わない。
ただ見ている。
男が笑う。
「他に何がある?」
ナキは首を傾げる。
「いえ、最近こちらの記録が少しおかしくて」
「入荷数が合わないんです」
空気が変わる。
ほんの少しだけ。
男の指が動く。
ナキは見逃さない。
「もし運搬の途中で減ってるなら」
「供給側としても困りますよね?」
言い方は柔らかい。
だが、逃げ道を塞いでいる。
男が黙る。
ハインツはまだ動かない。
ナキが続ける。
「もちろん違うなら大丈夫です」
「その場合は純粋に価格の話になりますので」
一歩だけ引く。
圧を緩める。
「ただ――」
少しだけ笑う。
「どちらにしても、こちらがそのまま受け入れる理由はないですよね?」
沈黙。
数秒。
男が舌打ちする。
「……チッ」
椅子にもたれかかる。
「どこまで気づいてる?」
ナキは即答しない。
一瞬だけ考える“間”を作る。
「全部ではないです」
「でも、“減っている”ことは事実です」
男が鼻で笑う。
「大したもんだな」
そしてハインツを見る。
「教育いいな」
ハインツは軽く肩をすくめる。
「素材がいいだけだよ」
ナキは小さく続ける。
「もし外で抜かれてるなら」
「こちらとしては損失分を考慮する必要があります」
「なので――」
一拍。
「一割でお願いします」
男が笑う。
「欲張るな」
ナキは引かない。
「情報も含めてです」
視線がぶつかる。
数秒。
男が先に逸らす。
「……一割五分」
ナキはすぐには頷かない。
ハインツを見る。
一瞬だけ目が合う。
ハインツがわずかに頷く。
ナキが答える。
「それでお願いします」
決着。
男は手を振る。
「ったく、やりにくいの連れてきやがって」
ナキは笑う。
「よく言われます」
男が苦笑する。
「あとで情報回す」
「助かります」
交渉は終わった。
帰り道。
少し歩いたところで。
ハインツが口を開く。
「よかったよ」
ナキが見る。
「どのあたりがですか?」
「全部」
即答。
少しだけ笑う。
「最初に圧をかけすぎなかった」
「途中で引いた」
「最後に締めた」
指で順番を示す。
「ちゃんと崩してる」
ナキは少しだけ考える。
「……途中で引いたのは、相手の逃げ道を残すためです」
ハインツが頷く。
「それができるなら十分だ」
少し間。
「これから外は任せるよ」
ナキが止まる。
「私でいいんですか?」
ハインツは即答する。
「いい」
「さっきので証明された」
ナキは一瞬だけ考えて――
頷く。
「……やってみます」
ハインツは満足そうに笑う。
「いいね」
「頼りにしてる」
その言葉で――
ナキの役割が決まった。
補給部隊の“対人の要”。
外と向き合う人間。




