23話 ナキ①
補給・サポート部隊の詰所は、朝から騒がしかった。
人の出入りが多い。
荷車の音。帳簿をめくる音。怒鳴り声。
「違う違う!それ昨日の分だろ!」
「いや今日のだって!」
「日付見ろ!」
ナキは入口で立ち止まった。
少しだけ周囲を見渡す。
「……すごいわね」
物の流れが速い。
人の動きも、言葉も。
止まっていない。
だが――
雑だ。
「あなたがナキ?」
振り向く。
短く切った髪の女性。
「はい」
「マルタよ。ついてきて」
ナキが一歩踏み出した、その瞬間。
周囲の空気が、わずかに変わる。
「……おい」
「ちょっと待て」
「なんだあれ」
ひそひそ声。
だが隠せていない。
「普通に可愛くねぇか?」
「なんで補給来た?」
「場違いだろあれ」
一人が小さく笑う。
「……これは荒れるな」
別の男がすぐに言う。
「いや俺が教えるわ」
「こういうの最初が大事だからな」
「は?お前に任せたら泣くだろ」
「俺の方が優しいって」
小さな牽制が始まる。
ナキは気づいていない。
ただマルタの後ろを歩いているだけだ。
マルタが一瞬だけ振り返る。
「……仕事しろ」
一言。
少しだけ静かになる。
だが視線は消えない。
詰所の奥。
机の上には帳簿と紙。
箱に詰められた物資。
整っているようで、整っていない。
マルタが紙を一枚投げる。
「これ見て」
ナキは受け取る。
ざっと目を通す。
「……食料の入荷記録ですね」
「そう」
「何か問題がありますか?」
「あるから聞いてる」
ナキはもう一度見る。
今度は少しだけ時間をかける。
指で数字をなぞる。
流れを追う。
数秒。
「……ズレてますね」
周囲が少し静かになる。
「どこが」
ナキは紙を指差す。
「ここ、ここ、それとここ」
「三日分、規則的に減ってます」
団員が口を挟む。
「誤差じゃねぇの?」
ナキは首を横に振る。
「誤差にしては揃いすぎてます」
少しだけ間。
「運搬の途中で抜かれてますね」
空気が変わる。
「……誰に」
「外部です」
即答。
「内部なら、もっとバレにくくやります」
ざわつき。
さっきまで軽口を叩いていた男たちが、口を閉じる。
見る目が変わる。
その時――
「いいねぇ」
軽い声。
振り返る。
壁にもたれていた男。
いつからいたのか分からない。
マルタが言う。
「……ハインツ」
周囲が小さくざわつく。
「副隊長だ」
「外の交渉全部やってる人だぞ」
男はゆっくり歩いてくる。
ナキの手元の紙をひょいと取る。
「補給部隊の副隊長、ハインツ」
軽く名乗る。
「外とのやり取り担当だ」
ナキを見る。
「よろしく」
「ナキです。よろしくお願いします」
ハインツは紙に目を落とす。
ざっと確認。
「……三日前からだな」
周囲が止まる。
「運搬ルートは東側に寄ってる」
「時間帯は昼前後」
団員が驚く。
「……そこまで分かるのかよ」
ハインツは肩をすくめる。
「現場は見てるからね」
そしてナキを見る。
「君は外部って言った」
「理由は?」
ナキは答える。
「ズレ方が綺麗すぎます」
「焦ってる人のやり方じゃないです」
少しだけ間。
「“バレてない前提”で動いてる人の抜き方です」
ハインツが止まる。
数秒。
そして――笑う。
「なるほどね」
「視点がいい」
その一言で、空気がさらに変わる。
ハインツは紙を軽く叩く。
「で、どうする?」
ナキは迷わない。
「明日、罠を張ります」
周囲がざわつく。
「多めに積んで、同じ量減るか確認します」
「時間もずらします」
「反応が出ます」
ハインツの目が細くなる。
「いい」
即答。
だが続ける。
「その前に“外”を確認する」
「供給側の反応を見たい」
ナキは頷く。
「……確かに」
「内外どっちか確定できますね」
ハインツは笑う。
「そういうこと」
マルタが腕を組む。
「責任は?」
ハインツは短く言う。
「俺が持つ」
一言。
マルタは数秒だけ考えて――
頷いた。
「……任せる」
空気が締まる。
ハインツがナキを見る。
「午後、外に出る」
「実地でやるよ」
ナキは頷く。
「はい」
短く。
無駄がない。
ハインツは少しだけ笑う。
「いいね」
「話が早い」
一歩引く。
「じゃあ行こうか」
その言葉で――
ナキの立ち位置が変わる。
新入りではない。
“役割を持つ側”に入った。




