15話
メイセキへ向かう道は、思っていたより広かった。
街道と呼ばれるだけあって、人の往来もある。
荷馬車。
旅人。
商人らしき一団。
ナキはきょろきょろと辺りを見ながら歩いていた。
「……すごい」
「何がだ」
ユーマが横から聞く。
「人、多い」
「まあ、村よりはな」
「全然違う……」
少しだけ声が弾んでいる。
不安もあるが、それ以上に新しいものへの興味が勝っていた。
トンボはもっと露骨だった。
「あれ見ろよ!あの剣!めっちゃでかい!」
「指差さない」
「えー」
エレナが笑う。
「まあまあ、最初はそんなもんよ」
ガトリンは前を歩きながら言う。
「浮かれて足元すくわれんなよ」
「はーい」
返事は軽い。
だが、その数時間後だった。
「止まれ」
前を歩いていた索敵役の男が手を上げた。
全員の動きが止まる。
空気が変わる。
ユーマも自然と周囲を見る。
感じる違和感。
だが、魔物の気配とは違う。
ガトリンが低く聞く。
「どうした」
「……前に人がいます」
「それがどうした」
「様子が変です」
ガトリンは眉をひそめる。
「全員、警戒」
隊列が少し変わる。
前衛が前に出る。
ユーマも自然とナキとトンボの少し前に立った。
ナキが小さく服を掴む。
ユーマは振り向かずに言う。
「大丈夫、近くにいる」
それだけで、ナキの手の力が少し抜けた。
少し進むと、すぐにそれは見えた。
街道の脇。
倒れた荷馬車。
壊れた車輪。
地面に散らばる荷物。
そして――
男が一人、座り込んでいた。
腕から血を流している。
「……盗賊か?」
誰かが呟く。
だが様子がおかしい。
男は武器を持っていない。
ただ、必死に何かを庇っていた。
その陰に、小さな影。
子供だった。
ナキが息を呑む。
「……あれ」
ガトリンが短く指示を出す。
「囲め。だが不用意に近づくな」
団員たちが広がる。
ユーマは一歩前に出た。
「俺が行く」
「待て」
ガトリンが止める。
「罠の可能性もある」
「分かってる」
ユーマは静かに答える。
「でも、この距離なら何かあっても対応できる」
ガトリンは数秒だけ考えた。
「……行け。だが無理はするな」
「分かってる」
ユーマはゆっくり歩き出す。
近づく。
男がびくっと身体を震わせる。
「来るな……!」
かすれた声。
ユーマは足を止める。
距離を保ったまま、ゆっくり口を開く。
「助けに来ただけだ」
「……嘘だ」
「疑うのは分かる」
ユーマの声は落ち着いていた。
「でも、このままだとあんたも、その子も危ない」
男の視線が揺れる。
血が止まっていない。
顔色も悪い。
長くはもたない。
ユーマは少しだけ手を見せる。
武器を持っていないことを示す。
「近づくぞ」
一歩。
ゆっくり。
威圧しない。
追い詰めない。
男はしばらく見ていたが、やがて力が抜けた。
「……頼む」
その一言で十分だった。
ユーマはすぐに傷を確認する。
深い。
だが、致命傷ではない。
「ナキ」
振り向かずに呼ぶ。
「いけるか?」
「うん!」
ナキがすぐに駆けてくる。
迷いがない。
手慣れた動きで布と薬草を取り出す。
「ちょっとしみるけど我慢して」
「……ああ」
子供はずっと男の服を掴んでいた。
ユーマはしゃがみ込み、目線を合わせる。
「大丈夫だ」
短く言う。
「もう襲われない」
子供は何も言わない。
でも、少しだけ力が緩んだ。
ガトリンが後ろから様子を見る。
「盗賊じゃなさそうだな」
エレナが小さく頷く。
「多分、ただの行商人」
トンボが小声で言う。
「でも、なんでこんなことに?」
その答えはすぐに分かった。
地面に残る跡。
引きずったような痕。
そして血。
ユーマの目が細くなる。
「……魔物か」
ガトリンが頷く。
「小型だな。群れかもしれん」
ナキが手当てをしながら顔を上げる。
「追うの?」
ガトリンは少し考える。
だが、その前に――
ユーマが口を開いた。
「今はいい」
全員が見る。
ユーマは男と子供を見る。
「このまま放っておけない」
ガトリンは一瞬だけ黙った。
それから、小さく笑う。
「……だな」
指示を飛ばす。
「二人、周囲警戒。他は護衛に回れ」
団員たちが動く。
しばらくして、手当ては終わった。
男は何とか意識を保っている。
「助かった……」
「礼はいい」
ユーマは短く言う。
「動けるか?」
「……少しなら」
「無理するな。馬車出す」
ガトリンが指示する。
子供が、そっとユーマの服を掴んだ。
ユーマは視線を落とす。
「……ありがとう」
小さな声。
ユーマは少しだけ間を置いた。
それから、軽く頭に手を置く。
「怖かったな」
それだけ。
でも、子供は泣きそうな顔で頷いた。
隊列が再び動き出す。
今度は、負傷者を連れて。
ナキが小さく言う。
「さっき、止めたでしょ」
「ん?」
「魔物、追わなかった」
ユーマは少し考える。
「優先順位だな」
「……そっか」
「倒すのは後でもできる」
少しだけ前を見る。
「でも、助けるのは今しかできない」
ナキはその横顔を見る。
やっぱりこの人は――
「……そういうとこ、いいと思う」
「何か言ったか?」
「何でもない」
ナキは少しだけ笑った。
ガトリンはそのやり取りを見ていた。
小さく息を吐く。
「……やっぱり手放せねぇな」
エレナがくすっと笑う。
「だから言ったでしょ」
ガトリンは前を向く。
「強いだけじゃねぇ」
低く呟く。
「ああいうのが、一番厄介なんだよ」
メイセキまでは、もう少し。
だが――
この旅は、確実に変わり始めていた。
その頃。
街道から少し外れた森の奥。
木々の影が濃く重なり、昼でも薄暗い場所。
その中に、二つの影があった。
どちらもローブを纏っている。
一人が、地面に残る痕跡を指でなぞった。
「……ここだな」
低い声。
もう一人が、周囲を見回す。
「遅かったか」
「いや、問題ない」
最初の男は立ち上がる。
視線の先には、街道の方角。
「回収対象は、予定通り処理された」
「……だが、妙だ」
もう一人が言う。
「痕跡が乱れている。予定より早く終わっているな」
少しの沈黙。
やがて、最初の男が小さく笑った。
「面白いものが紛れ込んだらしい」
「……人間か?」
「ああ」
短く答える。
「魔力の流れが、妙に歪んでいた」
「歪み?」
「正確には――“無い”」
空気がわずかに変わる。
「……そんなものがいるのか」
「少なくとも、いた」
男は空を見上げる。
木々の隙間から、わずかな光が差し込んでいた。
「変異体を正面から止め、核を断った」
「馬鹿な」
「事実だ」
淡々とした声。
だが、その奥にわずかな興味が混じる。
「しかも、こちらに気づいていた」
「……接触したのか」
「目が合っただけだ。深追いはしなかったがな」
「逃げたのか?」
「違う」
男はわずかに首を振る。
「“見逃された”」
その言葉に、もう一人のローブがわずかに沈黙する。
風が、木々を揺らした。
「……面白いな」
ぽつりと呟く。
最初の男も、同じように口元を歪めた。
「ああ」
一拍置く。
「久しぶりだ。こんな例外は」
「どうする」
「決まっている」
男は街道の先――メイセキの方向へ視線を向ける。
「追う」
「居場所は?」
「さっきの隊列だ。あの規模なら行き先は一つだろう」
「……メイセキか」
「ああ」
静かな声。
だが、確信している。
「面白い人間は、目立つ場所に集まる」
ローブの男はゆっくりと踵を返す。
「しばらく観察する」
「排除は?」
「まだいい」
即答だった。
「壊すには惜しい」
その言葉に、もう一人も小さく笑う。
「同感だ」
二人の影は、森の奥へと溶けていく。
その背後で。
風が、静かに止んだ。




