14話
出発は、翌朝だった。
まだ日が昇りきらない薄い光の中、村はいつもより少しだけ静かだった。
ナキの家の前には、荷物が並んでいる。
袋が二つと、小さな包みがいくつか。
「……それで全部か?」
ユーマが聞く。
ナキは少し考えてから頷いた。
「うん、多分これで大丈夫」
「さっきより減ってるな」
「減らしたの」
少しだけ得意げに言う。
ユーマは袋を一つ持ち上げる。
「それでも重いけどな」
「必要なものしか入れてないもん」
「鍋は?」
「置いてきた」
「偉い」
「褒められること?」
「いや、ちょっと意外だっただけ」
ナキはむっとする。
「どういう意味?」
「いや、絶対持ってくると思ってた」
「……ちょっと迷ったけど」
トンボが横で笑う。
「絶対持ってこうとしてたろ」
「してない!」
即答だった。
でも少しだけ視線が逸れる。
ユーマは小さく笑った。
「まあ、困ったら向こうで何とかするしかないな」
「……うん」
ナキは頷く。
その“向こう”という言葉に、少しだけ実感が滲む。
村の外。
メイセキ。
知らない場所。
少しだけ胸がざわつく。
⸻
三人は、ゆっくりと村の中を歩いた。
畑ではいつも通り人が働いている。
子供たちは走り回っている。
井戸端では誰かが笑っていた。
全部、変わらない。
――自分たちだけが変わる。
ナキは歩きながら、何度も景色を見た。
家。
道。
木。
何でもない場所。
なのに、やけに目に残る。
「……名残惜しいか?」
隣から、ユーマの声。
ナキは少しだけ考える。
「うん……ちょっとだけ」
正直に言う。
でも、そのまま続けた。
「でも、楽しみもある」
「そっか」
ユーマはそれ以上踏み込まない。
ただ、歩幅を少しだけ合わせた。
急かさないように。
遅れないように。
その距離感が、ナキにはちょうどよかった。
⸻
村の外れまで来たところで、ナキは足を止めた。
振り返る。
小さな村。
自分がずっといた場所。
「……ここでさ」
ナキがぽつりと言う。
「ずっと暮らすんだと思ってた」
「そういうもんだろ」
ユーマは自然に答える。
「俺も、前はそうだった」
ナキが少しだけ目を丸くする。
「ユーマも?」
「ああ」
少しだけ遠くを見るような目。
「気づいたら違ってたけどな」
ナキはその言葉を少し考える。
ユーマのことは、まだ全部は知らない。
でも。
なんとなく分かる。
この人は、急に“外に出された側”なんだって。
ナキは小さく息を吐いた。
「……でも、ちょっと安心してる」
「何が?」
「一人じゃないから」
ナキは少しだけ笑う。
「ユーマもいるし、トンボもいるし」
トンボが胸を張る。
「頼れよ?」
「一番不安なんだけど」
「なんでだよ!」
やり取りに、少しだけ空気が軽くなる。
ユーマはそれを見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……まあ、なんとかなるだろ」
ナキがちらっと見る。
「適当」
「適当じゃない」
ユーマは少しだけ言葉を選ぶ。
「ちゃんと見るから」
「……え?」
「危なそうなら止めるし、無理そうなら引く」
当たり前みたいに言う。
「ナキも、トンボも」
ナキは一瞬言葉を失う。
それは強い言葉じゃない。
でも、静かに重かった。
「……ユーマってさ」
「ん?」
「そういうこと、さらっと言うよね」
「そうか?」
「そう」
ナキは少しだけ顔を逸らす。
「ずるい」
「何がだよ」
「何でもない」
でも、少しだけ笑っていた。
⸻
風が吹く。
少し冷たい。
ナキが小さく肩をすくめた。
その瞬間。
ふわっと何かがかかる。
ユーマの上着だった。
「寒いだろ」
短く、それだけ。
ナキはそれを掴む。
少し大きい。
少し重い。
でも――
安心する。
「……ありがと」
「気にすんな」
ユーマはそれ以上何も言わない。
それが逆に、ちょうどよかった。
⸻
その時だった。
遠くから、馬の足音が聞こえてきた。
トンボが顔を上げる。
「来たか?」
土煙を上げながら、騎馬隊が近づいてくる。
先頭は――ガトリン。
その隣にエレナ。
「待たせたな」
ガトリンが馬から降りる。
「準備はいいか?」
ユーマは頷く。
「大丈夫」
ナキは少しだけ深く息を吸った。
そして――
一歩、前に出る。
「……うん、行ける」
ガトリンはその顔を見て、小さく笑った。
「いい顔してるじゃねぇか」
トンボも荷物を背負い直す。
「よし、行こうぜ!」
ナキはもう一度だけ振り返る。
村。
自分のいた場所。
――でも。
今は前を見る。
ユーマが自然に隣に立つ。
「行くか」
優しくも、軽すぎない声。
ナキは頷く。
「うん」
その一歩は、小さかった。
でも――
確実に、外の世界へ踏み出した一歩だった。




