13話
意識が浮かび上がる。
最初に感じたのは、鈍い痛みだった。
腕。
肩。
背中。
全身が重い。
「……っ」
ゆっくりと目を開ける。
天井が見えた。
木で組まれた見慣れない天井。
どこだ?
「……起きたか」
低い声。
ガトリンだった。
腕を組み、少し離れた場所からこちらを見ている。
「俺はどれくらい寝てた」
「半日ってとこだな」
「そうか……迷惑かけたな」
身体を起こそうとすると、鈍い痛みが走る。
思わず顔をしかめると、すぐに声が飛んできた。
「無理しないで!」
ナキだった。
すぐ横にいて、慌てて支える。
「まだ傷残ってるんだから」
ユーマは少しだけ力を抜いた。
「……悪い、助かる」
「謝らなくていいから」
少し怒ったような顔。
でも、その目はちゃんと心配している。
ユーマは小さく頷いた。
「他の人たちは?」
「大丈夫よ」
今度はエレナが答える。
少し離れた場所から近づいてきた。
「何人か怪我はしたけど、全員生きてる。あの時、ユーマが前に出てくれたから」
ユーマは一瞬だけ目を伏せる。
「……間に合ってよかった」
ナキがじっとユーマの顔を見る。
「ほんとに無茶するんだから……」
ユーマは少し困ったように笑う。
「無茶っていうか……あのままだと危なかっただろ」
「だからって自分が当たりに行く必要ないでしょ!」
「……まあ、そうだな」
素直に頷く。
「次は、もう少しやり方考える」
ナキは言葉に詰まり、ため息をついた。
「……ほんとに分かってる?」
「分かってる。心配させたのは悪かった」
その一言で、ナキは何も言えなくなった。
エレナがくすっと笑う。
「でも、助かったのは本当だよ。団長も認めてたし」
ユーマはガトリンを見る。
ガトリンは鼻を鳴らした。
「事実だ。あのままだと何人か死んでた」
短いが、重い言葉だった。
少しの沈黙。
火の音だけが響く。
その中で、ユーマはゆっくり口を開いた。
「……あれ、魔物じゃないな」
空気が変わる。
エレナの表情が引き締まる。
「やっぱり、そう思う?」
「中の流れが不自然すぎる。無理やり押し込まれてる感じだった」
少し言葉を選ぶように続ける。
「自然にああはならないと思う」
ガトリンも頷く。
「俺も同感だ」
ナキが不安そうに言う。
「じゃあ……誰かがやってるの?」
ユーマは少しだけ視線を落とす。
「……いた」
全員が反応する。
「え?」
「戦いのあと、森の奥に一人。ローブを着てた」
焚き火の火が揺れる。
「魔石を回収してた。たぶん、あいつがやってる」
ガトリンの目が細くなる。
「……やっぱりか」
エレナも息を呑んだ。
「魔導士……」
ユーマは静かに頷く。
「目が合ったけど、すぐに消えた。無理に追えば、こっちが崩れると思った」
ガトリンが少しだけ口元を上げる。
「判断は間違ってねぇな」
ナキがユーマの袖をそっと掴む。
「……また戦うことになるの?」
ユーマはその手に気づいて、少しだけ視線を落とす。
それから、ゆっくり答えた。
「そうなると思う。でも――」
一拍置く。
「同じやり方はしない」
ナキが少し顔を上げる。
ユーマは続ける。
「さっきみたいに無理はしない。約束する」
ナキはしばらく見つめてから、小さく頷いた。
「……うん」
エレナがその様子を見て、少しだけ微笑む。
「ユーマ、俺はやっぱりお前が欲しい」
ガトリンは真面目な顔で言った。
ユーマは黙って聞いている。
ガトリンは続ける。
「今日、二十人動かした。普通の魔物なら十分すぎる戦力だ」
「だが、あの変異種は違った。連携も通じねぇ、攻撃も通らねぇ、魔法まで使う」
「だからこそだ」
ユーマを見る。
「お前が必要だ」
「俺じゃなくても――」
「お前じゃなきゃ駄目だ」
被せるように言った。
「俺たちには見えねぇ。あの“核”も、“魔力の流れ”もな」
エレナも頷く。
「ユーマがいなかったら、今日……たぶん何人か死んでた」
ナキの手がわずかに強く握られる。
ガトリンは静かに続ける。
「俺が欲しいんじゃねぇ」
少し間を置く。
「お前がいれば助かる命が増える」
その言葉は重かった。
ユーマは一度、ゆっくり息を吐いた。
無理に身体を動かさないようにしながら、言葉を選ぶ。
「……条件がある」
ガトリンがわずかに口元を上げる。
「聞こう」
ユーマは少しだけナキの方を見る。
その視線に、ナキは一瞬だけ息を止めた。
「まず一つ」
ユーマは静かに言う。
「無茶はさせないでくれ」
ガトリンの眉がわずかに動く。
「俺にも、他のやつにもだ」
部屋が少し静かになる。
ユーマの声は落ち着いていた。
だが、その中に少しだけ重さが混じる。
「仕方がない場合があることは俺も理解している。でも、分かってて危ないとこに突っ込ませるのは違うと思う」
ナキの手が、少しだけ強くなる。
ガトリンは数秒黙っていたが、やがて頷いた。
「……分かってる。俺も好きでやってるわけじゃねぇ」
ユーマも小さく頷く。
「ならいい」
少し間を置いて、続ける。
「二つ目」
今度はエレナの方へ視線を向ける。
「さっき言ってた魔導士」
エレナの表情が引き締まる。
「そいつのこと、ちゃんと追うなら……俺も行く」
ナキが驚いて顔を上げる。
「え……?」
ユーマは続ける。
「ただし、準備が必要だ」
「準備?」
ガトリンが聞き返す。
「情報と、連携」
ユーマはゆっくり言葉を並べる。
「今回みたいに、相手が何か分からないまま突っ込むのは危険だ」
「……だな」
「魔物じゃなくて、人ならなおさら」
静かな言葉だったが、はっきりしていた。
エレナが頷く。
「調べる。魔石のことも含めて、必ず」
「頼む」
ユーマは短く言う。
そして、最後に少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「三つ目」
ナキの方を見る。
「ナキも一緒に来てほしい」
ナキが固まる。
「え……?」
ユーマは少しだけ困ったように笑う。
「俺、一人だと色々分からないしな」
「それはさっきも聞いた」
ナキが少し膨れたように言う。
「それだけじゃない」
ユーマは少しだけ真面目な顔になる。
「今回みたいなの、またあると思う」
「……」
「その時、俺一人だと周り見きれない」
ナキの手を、軽く見る。
「だから……そばにいてくれると助かる」
ナキは何も言えなくなる。
顔が少し赤くなるのを隠すように俯いた。
「……それ、ずるい」
「何がだ」
「断りにくい言い方」
「そうか?」
「そう」
でも、少しだけ笑っていた。
ガトリンが大きく息を吐く。
「はぁ……」
頭を掻きながら言う。
「条件っていうか、ほとんど確認だな」
「そうかもな」
ユーマはあっさり返す。
ガトリンはニヤリと笑った。
「いいだろう。全部飲む」
エレナが目を丸くする。
「早っ」
「元からそのつもりだ」
ガトリンはユーマを見る。
「無茶はさせねぇ。情報も集める。連携も整える」
一拍置く。
「その代わり、力貸せ」
ユーマは少しだけ考えてから、頷いた。
「分かった」
ナキが顔を上げる。
「それって……」
「入るってことだ」
ガトリンが言う。
「自警団に」
少しの静寂。
それから、エレナがぱっと笑った。
「やったね、団長」
「最初からそうなると思ってたけどな」
ナキはまだ少しだけ呆然としている。
ユーマはそんなナキを見て、小さく言った。
「無理なら言ってくれ」
「え?」
「無理して来なくてもいい」
ナキは一瞬だけ目を見開いた。
そしてすぐに首を振る。
「行くに決まってるでしょ」
少し強めの声。
「ユーマ一人にしたら絶対ダメだし」
「そうか」
ユーマは少しだけ安心したように頷く。
ユーマが頷いた空気の中で、ナキはまだ少し黙っていた。
何かを考えている顔。
そして、意を決したように顔を上げる。
「……私も条件ある」
全員の視線がナキに集まる。
ガトリンが少し意外そうに眉を上げた。
「ほう、言ってみろ」
ナキは一度だけユーマを見る。
それから真っ直ぐガトリンを見る。
「ユーマを無茶させないこと」
ユーマが少しだけ苦笑する。
「さっきも――」
「さっきよりちゃんと」
ナキは被せるように言った。
「強いからって前に出しすぎないで。危ない時はちゃんと引かせて」
ガトリンは腕を組んだまま、しばらくナキを見る。
やがて小さく笑った。
「お前、いい目してんな」
「……真面目に言ってる」
「分かってる」
ガトリンは頷いた。
「約束する。使い潰すような真似はしねぇ」
ナキは少しだけ安心したように息を吐く。
そして続ける。
「あと……私もちゃんと役に立つ」
エレナが興味深そうに首を傾げる。
「どういう意味?」
「戦えないけど、他のことならできる」
ナキははっきり言う。
「怪我の手当てもできるし、物資の管理もできる。街のことも覚える」
ユーマが横から口を挟む。
「その辺は本当に助かる」
「ユーマは黙ってて」
「はい」
素直に引くユーマに、エレナがくすっと笑う。
ナキは少しだけ頬を赤くしながら続けた。
「だから……ただ付いていくだけじゃなくて、ちゃんと役割を持たせて」
ガトリンは一度ゆっくり頷いた。
「いいだろう。後方支援として正式に入れる」
「正式に?」
「給金も出る。責任もあるがな」
ナキは一瞬驚いたが、すぐに小さく頷いた。
「……分かった」
そして、少しだけ言いにくそうに最後の言葉を出す。
「あと、もう一つ」
「まだあるか」
「トンボも連れていきたい」
空気が少し止まる。
エレナが目を瞬かせた。
「トンボって……あの子?」
ユーマは静かにナキを見る。
ナキは視線を逸らさずに続ける。
「あの子、一人で村に残すのは嫌」
「……」
「それに、あの子も外を見た方がいいと思う」
ガトリンは少し考えるように顎に手を当てた。
「ガキか……」
「ちゃんと面倒見る」
ナキははっきり言う。
「私が責任持つ」
ユーマが小さく口を開く。
「俺も見る」
ナキが少しだけ驚いた顔でユーマを見る。
ユーマは続ける。
「危ないことはさせない。」
ガトリンは二人を見比べたあと、ふっと笑った。
「過保護が二人か」
「悪いか」
「いや、嫌いじゃねぇ」
少し考えてから、ゆっくり言う。
「条件付きだ」
ナキが身を乗り出す。
「何?」
「戦闘には出さねぇ。基本は後方だ」
「うん」
「だが訓練は受けさせる。中途半端が一番危ねぇからな」
「……分かった」
ガトリンは最後に念を押すように言った。
「危ないと判断したら、即村に戻す。それでもいいな」
ナキは一瞬だけ迷って、でも頷いた。
「……いい」
ガトリンがにやりと笑う。
「よし、決まりだ」
その時。
外から、何かが倒れる音がした。
「……っ!?」
全員がそちらを見る。
しばらくの沈黙。
そして、小さな声。
「……やべ」
ユーマがため息をつく。
「聞いてたな」
扉がゆっくり開く。
そこには、気まずそうな顔をしたトンボが立っていた。
「いや、その……ちょっとだけ……」
ナキがじっと見る。
「最初からでしょ」
「……はい」
正直だった。
ガトリンが腕を組んだままトンボを見る。
「来るか?」
トンボの顔が一瞬で変わる。
「いいのか!?」
「条件は聞いてただろ」
「聞いてた!」
「守れるか?」
トンボは一瞬だけ口を引き結ぶ。
それから、力強く頷いた。
「守る!」
ユーマがその様子を見て、少しだけ目を細める。
「無理はするなよ」
「しねぇ!」
「絶対するだろ」
「しないって!」
ナキがため息をつく。
でも、どこか嬉しそうだった。
エレナが笑う。
「ほんと、賑やかになるね」
ガトリンも口元を上げる。
「いいだろ。こういうのも嫌いじゃねぇ」
その中で。
ユーマは少しだけ肩の力を抜いた。
一人じゃない。
面倒も増える。
守るものも増える。
――でも、それでいい。
そう思えた。
ユーマはふと、あの時の光景を思い出していた。
森の奥。
ローブの男。
赤い魔石を回収していた手。
一瞬だけ合った視線。
――あれは、また来る。
ユーマは静かに目を閉じる。
今度は、見逃さない。
そのために。
少しでも、守れるものを増やすために。
ゆっくりと、息を吐いた。




