第81話 小休止
「ようやく全部やったか」
最後の一匹の首を横薙ぎの一閃で刎ね飛ばしながら、ロイドは息を吐いた。
黒く濁った血が土に散り、わずかに瘴気を含んだ煙を上げる。それもすぐに、森全体の淀んだ空気に紛れて見えなくなった。
「たぶんねー」
フランが鉄槌を肩に戻したまま、その場にへたり込む。
石段の途中に尻をついた拍子、がこんと鈍い音が響いた。
「あー、疲れた」
エレナも、杖を膝の上に渡しながら、ため息混じりに石段へ腰を下ろした。
燃え残った魔物の残骸と、雷光の痕が至るところに刻まれている。さっきの〈神裁の雷〉で、神殿跡の周囲は軽い戦場のような有り様になっていた。
「治療しますね。座ってください」
ルーシャが、ふたりに歩み寄りながら言った。
ロイドも、少し遅れて石段に腰を下ろす。胸の奥が、じくじくと熱い。大した傷は負っていないつもりだが、それでも細かな切り傷や打撲は積み重なっていた。
ルーシャがそっと手をかざす。
手のひらから、柔らかい光が零れ落ちる。
「大地を統べる母なる御方よ……この者たちの傷を癒したまえ」
ルーシャの〈範囲治癒魔法〉が、皆を癒していく。光が皮膚の上を撫でていく度に、浅い傷のひりつきが和らいでいった。背中に走っていた鈍い痛みも、少しずつ溶けていく。
(この程度、自分で慣らしてしまってもいいんけどな……)
そう思いかけて、ロイドはその考えを打ち消した。
この先、何が出てくるのかわからない。少しでも万全に近付けるなら、頼れるものは全部頼っておくべきだ。
「ロイド」
「ん?」
「右手、出してください」
「右手?」
言われた通りに手を出すと、ルーシャは目の前で膝を突いて、ロイドの右手を両手で包み込んだ。
〈呪印〉の刻まれた甲に、淡い光が差し込む。焼け付くようだった疼きが、すっと落ち着いていった。
「まだ痛みますか?」
「いや、もう大丈夫。ありがとう。楽になったよ。てか、よくわかったな」
「瘴気が濃い場所だと痛むって、前に言ってましたから」
当然だというように、ルーシャはにっこりと笑って言った。
まさか、そんなところまで気に掛けてくれていたとは。
何でもお見通し過ぎて
「では、ちょっと調べてきますね。皆さんは休憩しておいてください」
ひととおり治療を終えると、ルーシャは立ち上がった。
修道服についた血や灰を軽く払うと、祭壇へ続く石段をとん、とん、と上がっていく。
崩れかけた石盤の前で、彼女は膝をついた。
黒い霧を警戒して、ぎりぎりまで距離を取ったまま、残された刻印や割れ目をじっと見つめている。
「んじゃ、お言葉に甘えて……休憩ターイム!」
フランが勢いよく布袋を開いた。
中から、村人たちが持たせてくれた乾いたパンと干し肉が顔を出す。
「私もいただこうかしら」
エレナが、水袋を取り出して喉を潤す。
ロイドも隣に腰をずらし、同じ段に背中を預けた。石の冷たさが、火照った身体には心地いい。
「よく食うな」
フランの頬張りっぷりを横目で見ながら言うと、彼女はもごもごと咀嚼しつつ、親指を立ててきた。
「戦うための燃料だからねー」
妙に説得力のある言葉だった。
ロイドは、自分の分のパンをひとかけら口に運ぶ。
固くて、少し酸味がある。決して美味いものではないが──それでも、さっき村人たちから受け取った時の光景を思い出すと、不思議と味が変わる気がした。
(安心させてやらないとな)
視線を上げる。
祠の前で、ルーシャが石盤に手をかざしていた。指先から淡い光を流し込みながら、ひび割れた刻印の線をなぞっている。
正直、ロイドが見ても、そこに何が書かれているのかさっぱりわからない。
ただ、封印の残骸が、いかに強固なものだったかは、肌で感じ取れた。
「これ見てわかるもんなの?」
ある程度息が整った頃合いを見計らって、ロイドは立ち上がり、石段を上ってルーシャの隣へ歩み寄った。
ルーシャはちらりとこちらを見て、困ったように小さく笑う。
「う~ん……術式自体は、やっぱり私が知っているものとは違うので、真似はできなそうです。ただ、上から別の術式で塗り潰された感じは、何となく見えました」
「塗り潰された?」
ロイドが眉をひそめると、彼女は慎重に言葉を選ぶように続けた。
「書き換えた、という感じでしょうか? 中にいる魔物は、かなり強い力を持っているんだと思います」
封じられているはずの魔物が、自分の檻を内側から書き換える。
想像しただけで、背筋に冷たいものが走った。
(中から、封印をいじくったってわけか)
どうやら、かなり頭が切れるらしい。ただ暴れるだけの化け物より、よほど厄介だ。
ロイドは口の中のパンを飲み込み、短く息を吐いた。
「中にいる奴が、面倒だってのはよくわかったよ」
「はい。結局は元凶を何とかしないと、封印もし直せないので……」
「結局、殴り込みってことね」
後ろから、エレナが呆れたように言った。
無論、誰もそれを否定しない。もともとそのつもりでここにきたのだから、今更怖気づくことでもなかった。
「腹ごしらえも済んだし……入口の方も見とこっか」
フランが鉄槌を肩に担ぎ直し、神殿跡の奥へ目を向けた。
ひび割れた石盤の背後、崩れた柱の間に、かつての神殿へ続く入口があるはずだ。前回来た時は、そこから瘴気が漏れ出していた。
瓦礫を避けながら進み、半ば崩れたアーチのような出入口へ辿り着いた瞬間、フランが足を止めた。
「あれ? なにこれ?」
崩れかけた石枠の内側──そこには、薄い膜のようなものが張り付いていた。




