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【書籍化決定】追放された黒剣士は白聖女と辺境でのんびり暮らしたい。~え? 聖女と一緒に戻ってきてほしいって? もう遅い~  作者: 九条蓮


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第74話 本当の意味での『パーティー』

 静寂が、ようやく本当の意味で戦場を満たした。

 さっきまで耳を刺していた咆哮も、骨の軋みも、今はない。

 代わりにあるのは、四人分の荒い呼吸と、どこか遠くで鳴く鳥の声だけだった。東の空は、さっきよりもずっと白んでいる。夜明け前の青さが、森の梢の輪郭をじわじわと浮かび上がらせていた。


「っはあー……しんど……」


 先にへたり込んだのは、フランだった。

 鉄槌をどさりと地面に落とし、肩で大きく息をしながら、それでも顔は笑っている。


「やっぱり、ロイドは強いなぁ」


 湿った風に紛れるような声だったが、耳にははっきりと届いた。

 ロイドは魔剣を軽く払って鞘に戻すと、肩越しに彼女を見やった。


「そっちも随分と強くなったな。見違えたよ」


 それは社交辞令ではなかった。

 以前のフランなら、もっと動きに無駄が多かったはずだ。今は、攻撃と支援と防御、その切り替えが滑らかだった。あの混成の群れを前にして、誰ひとりとして怪我をしなかったのは、彼女の立ち回りの成果も大きい。


「まあ、それなりにね。ルーシャもさすが〝白聖女〟様だね! あたし、あんなに同時に魔法使えないもん」


 おどけた調子で、フランは今度はルーシャを見る。

 視線を向けられた当の本人は、慌てて両手を振った。


「い、いえ。全然です」


 否定しながらも、頬がうっすらと赤い。

 瘴気に晒されていたせいだけではないだろう。褒められ慣れていない様子が、いかにもルーシャらしくて、ロイドは思わず口元を緩めた。

 そんなやり取りを、エレナは少し離れた場所で腕を組みながら眺めていた。

 乱れた青髪を指先でかき上げると、ふっと視線をロイドに寄こす。


「それより、援軍要請の伝書、見たわよ。あのあなたが『助けてくれ』なんて言うから、何かの冗談かと思ったわ」


 言葉自体は皮肉めいているのに、完全な揶揄ではない。

 ロイドは小さく息を吐いた。


「冗談で済むなら、それに越したことはないんだがな」


 そう返してから、ほんの一拍だけ迷う。

 このまま、いつも通りに軽口を返して終わらせることもできる。だが、それでは今回のことを誤魔化すことになる気がした。

 だから、ロイドは一度深呼吸をしてから、視線を落とした。


「あー、えっと。エレナ、フラン」

「ん?」


 ふたりがロイドの方を向いて、小首を傾げた


「来てくれて助かった。今回は、俺たちだけじゃ、ちょっと厳しかったかもしれない」


 言ってから、きちんと頭を下げる。

 言葉を選ぶのに、妙に時間がかかった。誰かを頼るという行為に、自分が如何に慣れていないのかがよくわかる。

 フランが、目を丸くしたあとで、ぱっと笑顔を弾けさせた。


「まっかせて~! そのために来たんだから!」


 彼女らしい、力の抜けた言い方だ。

 けれどその裏にある「当然でしょ」という感情は、嫌でも伝わってくる。

 エレナも、ふう、と一つ息を吐いて肩を竦める。


「あなたには返さなきゃモノがたくさんあるからね……これくらい、当然よ」


 軽い調子で言っているが、その目にはどこか陰りがあった。

 ロイドも、敢えてそれは見ないふりをした。追放の夜……あの時の彼女の沈黙が、今になって少しだけ溶けた気がする。


(俺がやってたことって……無駄じゃなかったんだな)


 胸の奥が、じわりと熱くなった。

 過去にしてしまえば簡単だった日々が、ただの自己満足ではなかったと、ようやく確かめられたような気がした。

 ルーシャが、そんなロイドを見て、ほっとしたように目を細めていた。その表情が、何故か一番こそばゆい。


「ロイド」

「ん?」

「よかったですねっ」


 無邪気な笑顔。全てロイドの気持ちを理解した上でこう言われてしまっては、何も言えない。

「そうだな」と頷いてから、照れくさくなって彼女から視線を逸らした。

 丘の上に留まっていると、瘴気の残滓がじわじわと戻ってくる。

 ロイドは周囲を一度見回し、それから森の縁に目をやった。


「ここじゃ落ち着かないな。少し場所を移そう。あそこの岩場なら、風も通る」


 森と丘の境目に、小さく張り出した岩場がある。

 そこなら、先ほどの戦闘で吹き飛ばされた瘴気が、風に流されて薄くなっている。ロイドが先頭に立ち、残骸を避けながらそちらへと向かった。

 岩場の上に腰を下ろすと、大地の冷たさが疲れた脚に心地よい。

 近くには、かろうじて生き残った低木がいくつかあり、その影から、朝焼けに染まり始めた空がちらりと覗いていた。

 四人それぞれが、武器や杖を手の届く範囲に置き、簡単な水分補給を済ませる。

 ひとときの静けさが訪れたところで、ロイドは改めて口を開いた。


「さて……状況を整理しようか」


 ミンガラム村で何が起きているのか。

 古代祠の封印がどう壊れたのか。瘴気の濃さ、出現している魔物の傾向と強さ。村の防備と避難計画──。

 ロイドは、頭の中で整理済みの情報を順に口にしていった。

 エレナは黙って聞きながら、足下の土を指先でなぞる。

 村の位置、森の広がり、その奥にある神殿跡と、今回問題になっている祠の場所。そして、今戦った丘の位置。瘴気が濃い流れを線で繋いでいくと、村を中心にして、いくつもの黒い筋が絡み合っているのがわかった。


「その感じだと、村にいくら防壁を張っても、そのうち押し切られるわ」


 描きかけの簡易地図を見下ろしながら、エレナが言った。

 ロイドも頷く。

 

「ああ。源を断つしかない。つまり〝神殿跡〟そのものをどうにかする必要がある」


 村の周囲に防壁を張ること自体は可能だ。ルーシャとエレナが協力すれば、それなりに強固な結界を構築することもできる。だが、今もなお地中から溢れ出している瘴気を考えれば、それは時間稼ぎにしかならない。


「祠の方は再現できないの?」


 エレナが、土の上から視線を上げてルーシャに問いを投げた。

 フランとロイドの目も自然とルーシャに向く。


「その……前回は昔の聖女様が封印したそうなのですが、私の知っているものとは違ってまして。再現は無理だと思います」


 ルーシャは膝の上で指をぎゅっと握った。

 申し訳なさそうに瞼を伏せる姿に、自分を責める気配が濃い。


「やっぱり中の原因を排除してから、再発しないように蓋をするしかないんですよね……すみません」


 言葉の最後が、少しだけ震えていた。

 自分が、昔の聖女と同じ魔法を扱えれば。そんな悔しさと責任感が、滲み出る。

 ロイドはそんな彼女を勇気付ける意味も込めて、言った。


「だったら、やることは一つだ。俺たち四人で祠に乗り込んで、中にいる元凶を叩き潰す。その間、村は最低限の防衛に回してもらおう」


 迷いは、もうなかった。

 元々、ロイドひとりでもそこへ行くつもりだったのだ。今は四人いる。選択肢はむしろ増えたくらいだ。

 エレナが、土の上に描いた線を指でなぞりながら、短く笑った。


「まあ、そうするしかないわよね」

「この数の魔物をずっと相手しなきゃいけないってなると、消耗戦になるからねー」


 フランが、鉄槌の柄をぽんぽんと叩きながら言う。

 口調こそ軽いが、さっきまでの戦闘で魔力も体力も相当削られているはずだ。それでも、弱音ではなく判断として口にしているあたり、彼女も成長している。

 そして、いつもの調子でにっと笑った。


「今度はちゃんと、パーティーで挑めるんだからさ。きっと、楽勝だよ」


 その『パーティー』という言葉が、妙に胸に響いた。

 追放される前は当たり前に使っていたはずの言葉だ。だが今、その意味は以前とはまるで違う。


「……だな」


 ロイドは短く同意する。

 言葉に乗る声が、ほんの少しだけ軽くなっているのを、自分でも感じた。


「わ、私は初めてなので、緊張します……!」


 場の空気が少し緩んだところで、ルーシャが大真面目な顔で言う。

 一瞬、沈黙が落ちて天次の瞬間、その沈黙は笑いに変わった。

 フランが吹き出し、エレナが呆れたように眉を下げ、ロイド自身も、肩の力が抜けるのを感じる。ルーシャも、自分が何かおかしなことを言ったのかときょとんとしたあとで、つられて笑った。

 さっきまで胸の奥に重く張り付いていた鉛のようなものが、いつの間にか薄くなっている。これから挑むのは、間違いなく危険な場所だ。戻って来られない可能性だって、ゼロではなかった。


(でも……もう俺ひとりじゃない。四人いる。それで……四人で、ちゃんと帰るんだ)


 ロイドは、胸の内で静かにそう言い切った。

 その瞬間、気のせいかもしれないが──村を包む空気が、ほんのわずかに軽くなったような気がした。

 東の空に滲む朱が、瘴気の膜の向こう側からじりじりと押し寄せてくる。

 黒ずんでいた夜気の中に、薄いながらも朝の光の筋が一本、すっと差し込んだように見えた。

 まだ、どうにもならない状況ではない。少なくとも、抜け道は確かにあるはずだ。神殿跡の中がどうなっているかわからないが、そう思うことで、胸の奥の重石がひとつ外れる。

 ロイドは、そっと拳を握りしめて、視線を前に戻す。

 少し先を歩くエレナが、杖の石突きで土を軽く小突きながら、険しい横顔のまま森の奥を睨み据えていた。その隣はフランが鉄槌を肩に担ぎ、「ちょっと休みたいな~」とでも言いたげに背筋をぐっと伸ばしている。

 そして、隣のルーシャは……こちらの視線に気付いたように顔を上げて、小首を傾げた。


「どうしたんですか?」


 首を傾げた拍子に、朝焼けがその白銀の髪を揺らしていて、妙に神々しかった。


「いや……何でもないよ」

 

 ロイドは小さく息を吐いてそう答える。

 すると……何かを察したように彼女は嫣然として微笑み、そっとロイドの手を握った。

 彼女の手を握り返しつつ、朝焼けに染まり始めた森の端を見やった。

 薄い霧の向こうに、祠へと続く影が少しだけ口を開けている。その先に待つものを思えば、緊張はある。だが、それ以上に胸の中に満ちているのは、不思議な高揚感だった。

 いや、その高揚感の正体は、もうわかっている。

 ──ようやく、背中を預けられる仲間を手に入れた。

 それ以外の、何ものでもなかった。

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もうこっちが勇者パーティーやん
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