三十三柱目 色は匂えど、色香に惑え
まず辿り着いた時に感じたのは、視線だった。
空には雲一つなく、鳥の一羽も羽ばたいては居ない。
人の気配はなく、見た目は確かに廃村であった。
しかし明らかに視線を感じる。それも、妙にねっとりとした心地の悪い感じ。
「ふむ……」
何度も言うが、ここは廃村だ。馬車で勝手に侵入しようが、ボロ家を漁ろうが何の問題もない。
そして廃村であるならば当然、人っ子一人見かけないのだ。
俺は馬車を降りて、アトラと共に周辺を歩いてみることにした。シロと雅義には馬車で待機してもらう。
「お出迎えも無しとは、先が思いやられるな」
「アマゾネスさんから、連絡は取ってもらってるんですよね?」
「そのはずだ。同じ邪教としてコンタクトを取りたいと。あの女王のことだからどういう風に伝えてるのか分からんけど」
大福に頼んで情報を貰った方がよかっただろうか。
いや、さすがにそこまでのんびりしてたらリステアに何時会えるのか分からない。動ける時に動いたほうがいい。
一通り民家を探索してみるが、見事にもぬけの殻だった。
人の気配どころか、中は埃っぽく、長年使われていないかのような……まさに廃村だ。
「どうなってんだ……?」
「確か、魔女の人たちなんですよね? 魔術師」
「ああ、でもどんなもんだか。実際のところ薬草の知識が豊富でトリップするのが得意ってパターンかも……あっ」
こいつら……妙に静かだと思ったが、そういうことか。
「どうかされました?」
そういえば馬車での移動中、ガルゥが唐突に甘いものが食べたいって言ってたな。
また食いしん坊が始まったのかと思ったが、匂いで誘発したのか。
「アトラ、もしかしたら……」
「きゃっ! レクト様!」
薄暗く埃臭い小屋の中で、唐突にくっついてくる柔らかな感触と、甘い匂い。
香水のような主張の強いものではない。シャンプーのように柔らかく、すんなりと受け容れられる感じの匂いだ。
「今、向こうの物陰に何か、何か蠢いて……」
「虫か、獣か、それとも魔物か……」
アトラが指さす方向、木箱の重なって出来た陰に近づく。
が、特に何もない。埃の積もった箱以外には何もない。
「安心しろアトラ、恐らくただの見間違い……」
「レクト様、なんか……私、変です」
「おい、ちょっと?」
再び柔らかい感触が俺の背に引っ付いてくる。
アトラの体は熱く火照り、もどかしさを抑えきれず小刻みに震えている。
「あー、アトラ?」
「お願いです、い、一度だけ、一度だけでいいですから……」
「……仕方ないな。手慰み程度なら」
こんなものは介護と同じだ。下の処理と大差ない。
淫魔フェチシアを迎撃するために身につけたこの技量なら、こいつの欲求くらい軽く満たして余りあるだろう。
「じゃあ始めようか……通りすがりのウィッチ」
「っ!?」
即座に振り向き、その身体に腕を回して動きを封じる。
「い、いつから気付いて……」
「香を焚き、幻覚を見せ、暗がりに誘い込み、おぼろげな意識の男に手をかける。なるほど魔女だ。魔性の女だ」
魔女と呼ばれる者がどういうものか考えれば、こんなものは簡単に思いつく。
魔法使いでも、魔術師でもなく、単純に魔女だというのなら。
「これが魔女流の歓迎の仕方なのか?」
「……なるほど、アマゾネスの言うことも今回に限っては誇張じゃなかったみたいね」
「なんて伝わってるんだよ」
するとアトラの姿をした魔女は、密着した身体を引き剥がし、ふわりと宙に浮いた。
「初めまして、ヤリ手の邪教徒さん。ようこそ魔女の村へ」
ふと目が覚めて、馬車の中。
「お目覚めですか? ヤリ手の邪教徒さん」
「俺はレクトだ……目覚めは悪くない」
隣を見ると、そこには少女のしたり顔があった。
桃色の髪からは、ついさっき嗅いだばかりの柔らかい香り。小悪魔のような微笑からは、イタズラ好きな印象を受ける。
ともすれば、これが一般的な小悪魔のお手本であるかのように、印象がピタリと嵌まる。
「私みたいな年頃の女の子を連れて旅をするなんて、期待が持てる変態さんですね」
「悪いがおふざけはお終いにしてもらいたい」
俺は体を起こして周囲を見る。
アトラ、シロ、雅義……見事に全員が寝ている。
馬車も動いていないし、なるほど見事な手際だ。魔女というわりには、やってることは暗殺者のそれだ。
「それで、そっちはレディファーストの、魔女の関係者ってことでいいんですかね?」
「よくぞ聞いてくれました! あなたがあの有名なレクトさんですね! リムルがいつもお世話になってます!」
「……ちょっと待て。なぜお前がリムルのことを知っている」
クスっと笑う少女を前に、さすがの俺も警戒せざるを得ない。
今までになかった、こちらの事情をある程度把握しているらしい存在。
とりあえず、敵味方の判断ができるまでは不用意なことは出来ない。
「あ、そんなに警戒しないでください。そちらがレディファーストの手助けをしてくれるというのなら、そちらに危害を加えるつもりはありません。というかむしろ仲良くさせてください」
「質問に答えろ」
俺は意識を少女に向けつつ、とりあえず雅義を揺すって起こす。
「お前は何者で、どうしてリムルのことを知っているのか」
「私は遥かなる魔界の三母<リーリト>、<エキドナ>の娘。悪霊の精神に怪物の肉体。淫魔妖女、リルンです。親しみを込めてリルリルと呼んでいただいても結構ですよ?」
なにがどうなっているのやら。だが何はともあれ何かしら知っているであろうリムルにさっきから声をかけているのに、まったく返事が無い。
「リルン……どういうことだ」
「どうやら説明が必要なようですね。それではご説明しましょう。といっても、私もつい最近こっちに来たばかりで、上手く説明できるか分かりませんけど」
桃色の髪の少女、リルン。
彼女の説明を要約すると……
「ダクネシアとリーリトが手を組んだから」
「はい」
「リーリトの邪教も人間との友好を築く活動に参加するためにお前が産み落とされ」
「ええ」
「俺と合流するためにこの世界に来たと」
「まあ、そうなりますね」
どうやらダクネシアも色々と何かしているらしい。
しかしどうやって手を組んだのだろう。力で捻じ伏せたのか、なにか交渉材料があったのか。
「リーリトを仲間にするのは簡単です。性に大らかな社会を創ればいいのです」
「性に大らかというと、あの話が絡んでるのか?」
リーリトは黒歴史扱いとなった原初の女。原初の男との情事事情で仲を違えたという、恋愛史上もっとも古く、もっとも残念な破局話の持ち主。
「ほら、あいも変わらず人間社会は男尊女卑じゃないですか、あっ、性的な意味で」
「はぁ」
「まあその辺りは案内しながら説明しますよ。レディファーストも色々ありますからね」
何はともあれ、敵ではないようだ。しかも協力的で案内までしてくれるというのだから頼もしい。
甘んじて紹介してもらおう。魔女の村の住民達を。
アトラたちを起こし、リルンに案内を頼む。
すると辿り着いたのは廃村ではなく、ちゃんとした村だった。
「全然廃村じゃないな」
「そりゃそうですよ。魔女がこの村を占領してから結構経ちますから。まあ正教からしたら魔女に勇者と聖女もろとも村人を堕落させられたなんて、敗北宣言したくないでしょうし?」
「なるほど。それで、一応はこちらに協力してくれるということでいいんだよな。どこまで把握してる?」
桃色の髪のリルンは機嫌よさそうに俺の横についている。
妙に唐突だったから胡散臭い印象は抜けないが、協力者だというなら無下には出来ない。
情報を共有させてもらえば、少しはやりやすくなるだろう。
「貴方がダクネシアに創られたリムルの相棒で、魔界の学校では番長と呼ばれてて、魔窟図書館の司書を懐柔し、そのほか三柱の悪魔を配下にした魔人間。ダクネシアと契約し、悪魔と人間が友好を築くための架け橋役となり、暗躍している」
大まかなことはほとんど知られているようだ。どこから仕入れた情報なのかは分からないが、まあ俺にとってはそこまで問題じゃない。
「で、お前はリムルの姉妹と」
「リーリトは淫魔の一派でもあり、悪霊と悪魔の大母であり、私とリムルの母でもあります」
「なぜ人間を友好を築く?」
「違います。人間と友好を築くであろうそちらと、友好を築くのです。そうすれば<おこぼれ>が貰えるかもしれませんし」
この場合のおこぼれというのは、つまりそういうことだろう。
淫魔の一派でもあるリーリトは、男性をあまり良く思っていない。リムルもそれが原因で家出したらしいし。
恐らく、人間の精を貰おうとしているのだ。そしてダクネシアもこれを了承している。
悪魔と人間の友好関係、その築き方と在り方。
悪魔で関わることで人間が得る利、悪魔が得る利。
それは集団ではなく、個々人が得られるモノのため。私利私欲のためだ。
「なるほど、悪魔らしい理由だ」
「でしょう? それに、あのリムルが期待を寄せているという貴方にも、少し興味があります」
「それは、お前がか? それともリーリトか?」
「さあ? どうでしょうね」
久々の魔界的ジョークだ。ジョークと言っても半分くらいはマジだから、容易に聞き逃してはいけない。
「さて、それじゃあこっちの紹介です。アマゾネスの方から話は聞いてましたけど、生憎こっちのは目の前の肉にしか興味がなくて」
案内されたのは大きな洋館……のようだが、ヤケに広い。横に広い。洋館のような外観で固めた宮殿のようにも見える。
「というか、宮殿です。魔教、密教、娼婦と居住区が分かれています」
「アマゾネスはアマゾネスなのに、こっちは三つも分かれてるのか」
「ではまず魔教……魔女の方から」
洋館は奥と左右に空間が広がっており、最初に案内されたのは魔女たちが住まうという奥の間。
「魔女さーん、お客様ですよー」
「あっ、やっと来た! 待ちくたびれたわよ、早くご案内して!」
「あーい、失礼しまーす。どぞ」
扉を開け放ち、入室を促してくるリルン。
雅義にはいつもの通りアトラとシロの警護を頼み、外で待機してもらう。
そして部屋に踏み入ると、そこは……
そこは、なんというか、肉林というか、肉の芝生というか。
むせ返るような匂いに混じる、甘く淫靡な香り。最奥の祭壇っぽいところに置かれた豪華そうな陶器からは紫色の煙が這い上がっている。
そしてその手前に座する魔女は、流石に服を着ていた。
とはいえ周囲でナニしてる奴らは、こちらに一切の興味を示していない。
「初めまして、黒曜の使い。アマゾネスから話を聞いています。ようこそ我らがサバトの館へ」
長い黒髪、紫色の瞳。
黒い外套の隙間から見える柔肌。布の上からでも分かる極上の肉。
ここの人間が何を求めているのかは、もはや否が応でも察しがつく。
「ソレか。お前たちが求めているのは」
「あら、思いのほか聡明なのね。レディを待たせる男だから、どれほど酷いのが来るのかと小娘のように怯えていたというのに」
左右に女性をはべらせながらよく言う。
しかしまあ、なんというか、分かりやすくて良かった。
「私たち魔女が望むのは二つ。この素敵なお香が自由に使える社会。そして女の子同士で恋愛できる社会」
「媚薬と同性愛だな」
肉を揺らし、身を震わせる者たちは全員が女だった。男が割って入る隙間など、ここにはない。
薄暗がりの中で、一体どれほどの時を快楽と共に過ごしたのか。
「挨拶代わりに少し楽しんでいく? 貴方も大分ここの匂いに当てられてるんでしょ?」
「ふむ」
確かに。腰の奥はさっきから疼きっぱなしだ。あの香もやはり媚薬か。
「恋愛は女性限定だけど、私たち性には大らかよ。この館の最奥に座する私たちが、貴方に極上の快楽を保障するけど?」
外套を僅かに開き、彫像のように整えられた身体を披露してくれるサバトの長。
その姿からは一切の老いが感じられない。不老長寿の薬でも使っているのか。肌を重ね合わせれば文字通り、極上の快感だろう。だが……
「生憎とパートナーは間に合ってる。気持ちだけ受け取っておく。ではこちらの番だ」
こちらの活動の援助。加えてリステアに関する情報の提供。俺が求めるのは誰が相手であろうと変わらないし、そこに大した期待も抱いていない。
この肉の海に溺れるのはさぞ心地が良かろうが、それを誘ってくる魔女に期待出来るものがない。愛のない肉林など贅肉と変わらない。
「そう。そのリステアという女性を探せばいいのね」
「ああ、くれぐれも手を付けてくれるなよ」
「寝取りは守備範囲にないから安心なさい。それじゃあ……」
俺はむせ返るような匂いが充満した部屋から出ようと扉に手をかける。
「ちょっと待って」
「……何か?」
「これは……香が反応してる」
ふと見ると、紫色の煙を発している香の陶器が仄かに輝いている。怪しげなピンク色の発光。
「貴方、サキュバスの使い魔でも持っているの?」
「使い魔……というか友魔なら」
「それなら是非紹介してちょうだい! ちょうど私たちも崇めるべき神魔の類が必要だと思ってたの!」
ふと気付くと、肉林の営みは止んでいた。サキュバスという単語が出た辺りから、こちらに注目するようになった。
「ふむ……」
彼女らの特徴は、なんというか地味っ娘で統一されているような印象を受けた。
眼鏡をかけていたり、黒髪であったり茶髪であったりはともかく、どこか大人しすぎて気弱そうな感じ。
一言で言うならインドア派。
「リーリトじゃ駄目なのか? リルンとか」
「私たちに男の趣味は無いのよ。男誘うサキュバスじゃ役割違いだし、実は魔女っていうのは悪魔と性交しないと魔力を得られないの。だから女の子っぽい外見の男サキュバスを紹介して欲しいのよ。同性愛のサキュバスなら大歓迎よ」
話を聞くに、彼女たちは魔女でありながらその性的嗜好のために魔力を得られないらしい。
正教に背信した彼女らは確かに邪教徒であり魔女だが、しかし魔力を持たない。
魔女の知識と、魔女の技を持つだけの、可愛さと色気をもって肉欲に溺れた淫婦に過ぎないという。
「ということらしいが、どうするフェチシア」
「別に、私は男女どっちともイケる口だけれど、協力する理由もないし、ねぇ?」
「ということで、あまりノリ気じゃないらしい。残念だったな」
「ちょっ、ちょっと待って! 分かったわ、気に入った子を何人か連れて行っても下さっても! というか差し上げますから!」
躊躇なく仲間売り飛ばす宣言したな。でもちょっと期待に目が輝いているような気がする。サキュバスに幻想持ちすぎだろ。大体あってるけど。
「そうねぇ、じゃあ……」
フェチシアの言葉をそのまま告げようとして、俺はすんでのところで留めた。
「お前ふざけるなよ」
「チッ」
「チッ、じゃないわ。何さらっと俺を襲わせようとしてるんだよ。そこまで俺を犯したいか」
「当たり前でしょ。簡単に狩れる獲物なんていらないし、難しい相手なら何をしてでも狩りに行くわよ私は」
なんて面倒で厄介なサキュバスだ。それがサキュバスの性なのか。
「そもそも、どうして魔力が必要なんだ」
「どうしてって、決まってるでしょ。護身用よ護身用。いつ男が攻めてくるか分からないし、かといってアマゾネスみたいなのは趣味じゃないし、最近密教と娼婦もいるから魔法で差別化したい」
「魔法ねぇ……」
ここで協力してやったほうが士気は上がりそうだが、残念ながら手を持ち合わせいない。
どうにかならんものか……
「そこまでいうなら貴方が身体を差し出したら?」
「だからそれは……あっ」
いいことを思いついた。
俺はすぐさまフェチシアから意識を離し、ブッキーの方に移る。
「ブッキー、ちょっと相談が」
「なんだレクト。私はこっちの引き篭もりの対応に忙しいんだが?」
「本を借りたい。魔力が湧き出るタイプで、誰でも魔法が使えるようになる奴」
「お前、悪魔をポケットから何でも出せるタイプのロボットだと思ってるんじゃないだろうな」
「ないの?」
「……無いとは言ってない」
そう言ってブッキーは一冊の本をマジシャンのように空間から取り出した。
「さすがにレプリカだぞ。お前でもなければ原典なんぞ軽々と貸せられん。」
「分かってる分かってる」
「まったく……これはゾロモンの大きな鍵と小さな鍵だ」
「ゾロモン?」
人間の胴くらいの大きさの本が一冊と、手帳サイズの本がたくさんある。
「ゾロモンというのはソロモンに憧れた一柱の悪魔がペンネームで、まあ有り体にいえばパクリだ」
「パクリか」
悪魔は割と堂々とパクるんだな。まあ内容が良ければオールオッケーみたいなノリだからな。
「この大きい鍵と呼ばれるでかい方の本を祭壇に配置し、祀り上げることで擬似的な悪魔を作ることが出来る。この悪魔は広範囲に見えない魔の根を張って、様々な形で魔力を吸収する。得た魔力はこの小さな鍵と呼ばれる子機を持つ者に魔力を供給する」
「なるほど。発電所みたいな」
「原典はもっと様々な加護があるが、贋作は単純に魔力供給しか出来ないから過信はするなよ」
「やっぱりブッキーは頼りになるなぁ」
そして意識を外に戻す。ここまで僅か2秒。
2秒の間、俺の反応がなく不自然に思ったのか、全員が怪訝な表情でこちらを見ている。
「魔力が欲しいと言ったな」
「え、ええ」
「こちらにはある魔本のレプリカがある」
俺はブッキーにされた説明をそのまま魔女たちに伝える。
悪魔と性交することなく魔力を得られる手段を説明すると、怪訝な表情は一転、歓喜のそれに変わる。
「これをそちらに貸与する意思があります」
「本当ですか!」
「ただし、タダというわけにはいきません」
それは分かっているはずだ。邪教にとっての共通認識。悪魔、あるいはそれと関わる者は、必ず取引で成り立たせなければならない。無償の愛とか徳を摘むための善行とか、そういうのに唾を吐いていくのが邪教スタイルだ。
「な、なんでしょう。やっぱり私たちに肉奴隷になれとかそういう……」
「だからそれは間に合ってる。いや奴隷じゃないけど。こちらから要求するのは一つ」
要求の内容を耳にして、魔女の長はさんざん悩み苦渋の表情を浮かべながら、最後の最期に一度頷いた。
「それで、どうして私なんかを? リムルが悲しみますよきっと」
リルンの部屋を後にして、俺は売り渡された張本人に事情を説明する。
「それでも手駒を増やせるのなら増やしておけるなら、それに越したことはない。それで、肝心なリルンの方はどうなんだ?」
「そうですねぇ……って、これ私実質詰んでません?」
そう、もうリルンに指揮する権利はこちらに譲渡されてしまった。別に本人が断ってもいいが、それだと悪魔の主義に反する上、俺からの命令に逆らうことが出来ない。
ちょっと悪魔的にすら非合法な手段で、悪魔との契約をおっかぶせるなんてのはもはやタチの悪い呪いの域だが、双方が合意してしまったのだから仕方ない。
リルンの方もさすがに譲渡されるとは思ってもみなかっただろうから、契約内容に契約の譲渡を禁止してなどいまい。
「逆らったら逆らったで、私に行く当てが無いじゃないですか」
「まあそうだな。普通の野良魔物になるな。無論そこらの魔物とは格がまるで違うから実質無敵だろうが」
「イヤですよ野山暮らしなんて……はぁ、もうなんて人だ。というかもう人でなしなんじゃないですか?」
「少なくとも純粋な人ではないからな」
こうしてリルンを強引な手段で仲間に迎えることに成功した。
相変わらずリムルは引き篭もっているので報告はブッキーに任せるとしよう。
「それじゃあこれからよろしく、リルン」
「まあいいでしょう。私も貴方には興味がありましたから。今後ともよろしく」




