42話 デビュタントを終えて
大役を務めた疲労からか、目覚めたのは日が高くなってからだった。
ぼんやりと起きて軽めの朝食を取っていると、クロードさんの侍従が部屋を訪ねてきた。朝食が終わったら談話室に来てほしいとのことだ。
なんだろう? 昨日のハルティア様のことかな?
ゆっくりでいいと言われたけれど、待たせるのは申し訳ない。上品に見える範囲で、できる限り急いで食べて談話室へ向かう。
***
「昨日はお疲れ様。よくがんばったね」
談話室ではクロードさんがゆったりと紅茶を飲みながら待っていた。
目がいきいきとしている。この前までは見かけるたびにどんどんやつれていくような状態だったので別人みたいだ。本当に良かったなとほっと息を吐いた。
「無事にお役目を果たせましたでしょうか」
「もちろん。犯人も判明したし、期待以上だったよ」
「犯人、というと、やっぱりあのハルティア様が……?」
「ああ。昨日別室に連れて行かれた後に自供したらしい。ずいぶん錯乱していて、聞き取るのに苦労したみたいだ。——なんでも、自分はステラリリィの生まれ変わりで王子様と結ばれるべき運命なのに間違っているから正しい形に直そうとした……だとか」
正しくなるようお願いしたのにどうして? と繰り返し、ずっと混乱しているらしい。
小さい頃からステラリリィのようだと言われ続けたせいでそう思い込んだのではとのことだけれど、理解ができなくてクロードさんとともに困惑するしかなかった。
「ええと、その、では偽の腕輪というものは?」
理解できない動機についてはもういい。大事なのは元に戻るための道具だ。
「今、グローゴルド侯爵家の屋敷の中を捜索中だよ。まあすぐに見つかるんじゃないかな」
「そうなんですか?」
「自分は正しいと信じ切ってるからね、隠す必要がないはずだ」
ハルティア様いわく、宝物館からちょっと返してもらった本物の腕輪では願いを叶えられなかったので、新しいものを作ったのだという。どうやって作ったのか、どうしてその腕輪が発動したのかはこれから詳しく調査予定だそうだ。
「あの、ハルティア様は今後どうなるのですか?」
「そうだね……アンジェリカとフィーリアが入れ替わったという話は公に出来ないからね。宝物館の宝を無断で持ち出したという罪状でどこかに幽閉となるんじゃないかな。侯爵と夫人は全く知らなかったらしいが、降爵は避けられないだろうな」
議会で難癖をつけられなくなりそうで嬉しいよ、とクロードさんはにこにこだ。
私は誰も死んだりしないことに安堵した。私からすると、彼女の行いによって不幸な目に遭うどころか、大変だったけれど優しい人たちに囲まれることになって、諦めていた人生を頑張って生きていこうと思えるようになるきっかけを作ってくれた……という思いがあるので、悪いことをした人だとはわかっていても死罪となると胸が痛む。
大事な家族や婚約者が今にも死にそうな孤児と入れ替えられてしまったクロードさんたちや、その孤児になってしまったアンジーちゃんにとっては満足の行く処罰ではないのかもしれないけれど。
「グローゴルドの話はこれくらいにして、これからの話をしようか。——元に戻ったら君はどうしたい? 初めの頃に言ったのを覚えているかな。望むものを与えるという約束だっただろう」
クロードさんは私に穏やかに微笑みかける。
元に戻ったら——
元に戻ったら、一生懸命フィーリアとして生きようと思った。
でも、デビュタントに必死で、それ以上の具体的なことは考えていなかった。
考えがまとまらずなかなか言葉を発せない私を見て、クロードさんがまた口を開いた。
「シェリルはね、君を自分の侍女にしたいと言ってるんだ。ミリアーナは自分の娘にしてもいいんじゃないかと言っている。私も君が望むならそのどちらだっていいと思うけれど、まずは君の意見を聞かないとと思ってね」
「じ、侍女……? むすめ……!? 私は身元も知れない孤児ですよ……?」
「身元はわからなくても人となりはもうよく知ってるよ。それに身元なんて後からなんとでもできる」
「え、ええと、ええと……」
思ってもいなかった提案に目を白黒させる。そんなことを望んでもいいだなんて、考えもしなかった。
「——と、君の、フィーリアの姿を見るまでは思っていたんだけど」
クロードさんの言葉に私は動きも思考もぴたりと止めた。
クロードさんは困ったように眉を下げて言葉を続ける。
「今のフィーリアの体は栄養が足りていなくてあまりに弱すぎる。君が貴族令嬢として生きていきたいとしても、例えば庭師になりたいとしても、今のあの体で到底耐えられない。だから、しばらくの間はうちで療養しなさい。その間にどうしたいかゆっくり考えるといい」
どうかな? と言ってクロードさんは目を細めて微笑んだ。
私は目をぱちくりさせる。
一瞬、醜いから放り出されるのではと思った自分が恥ずかしい。ここの人たちはこんなにも優しいのに。
「そ、そんなの、いいのですか」
「当主の私がいいと言うのだからいいんだよ。しばらくは事情があってうちで預かることになった子だと使用人たちには説明して、君が今後のことを決めてから身分を調整しよう」
「あ、ありがとうございます……わたし、わたし……」
胸がいっぱいになって、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。ぐずぐずと泣く私の頭をクロードさんの大きな手が優しく撫でた。
「ジェイクと添い遂げたいのであればそれでもいいよ。君はまだ成人年齢には達してなさそうだから、結婚できるのはまだ先だけども」
「……え?」
感動の涙がぱたりと止まった。
え、クロードさん今なんて言った?
「彼は芯があっていい男だね。私が直々に釘を差しても君に寄り添い続けた」
「え、え、な、なんで、知って……。くぎ……?」
「貴族には一人になれる時間なんてないんだよ」
パニックに陥る私にクロードさんがにっこりと微笑んだ。
走馬灯のようにジェイクと過ごした日々が頭によぎる。
全部全部見られてたの?? うそ、うそ、うそでしょ……。
「今日話したいことはそれだけだよ。ゆっくり休んでよく考えなさい」
混乱を極める私の頭をぽんぽんと撫でて、クロードさんは部屋を出ていった。
明日、17時と19時の2回投稿してこのお話はおしまいとなります。
どうぞ最後までよろしくお願い致します。




