41話 デビュタント②
グローゴルド侯爵家が入場する。
ふくよかな体の侯爵とは対象的に、娘の方は線の細い儚げな少女だった。
「ハルティア嬢は妖精の落とし子という異名があるよ」
こっそり耳元で告げられた言葉に納得する。ステラリリィと同じ銀の髪、夏空のような瞳。今は極度に緊張しているようだけれど、平時にたおやかに微笑んでいれば人ではなく妖精だと言われても納得の容姿だ。
「国王陛下、王妃陛下、セドリック王子殿下、ならびにアンジェリカ様にご挨拶を。本日社交界へのデビューを迎えます我が娘、ハルティア・グローゴルドにございます」
グローゴルド侯爵が朗々と娘を紹介する。その一方で、娘のハルティア様は恐怖に引きつった顔で私を見ていた。夫人に手を叩かれ、我に返ったハルティア様が震える声で挨拶文を述べる。
「こ、国王陛下、王妃陛下、セドリック王子殿下、ならびにアンジェリカ様にご挨拶申し上げます」
「うむ。そんなに緊張せずとも良い。今宵は楽しんでいかれよ」
王のフォローにハルティア様は恐縮でございますと礼を取った。
ハルティア様の様子を気にしていると、侯爵がこちらを向いた。
「——アンジェリカ様は最近よくご調子を崩されるとお伺いしたため心配しておりましたが、ご無事にこの日を迎えられて何よりでございます。ですが、もし王子妃としての責務がご負担と感じられましたら、いつでも我が家にご相談ください」
侯爵は目をギラつかせ、にんまりと笑みを浮かべている。
どこで私の失態を耳にしたのかわからないけれど、彼の言う"相談"が医師の紹介なんてものではないことは理解できる。
——ハルティア様がいつでも代わりに王子妃になりますよってこと?
どう答えるのが正解だろう? アンジーちゃんならどうする?
心臓が破裂しそうなくらいバクバク言っている。焦りと緊張を扇で隠しながら、頭をフル回転させて返事をひねり出す。
「あら。お気遣い痛み入りますわ。もうすっかり大丈夫ですから、ご安心なさって」
「実はね、アンジェリカがとある領で孤児支援金が適切に使われていないことに気づいてくれてね。他にも同じことをしているところがないか探すのを手伝ってもらっていたんだよ。隠密に進められるように体調不良を偽ってもらっていたんだけど、心配をかけてしまったね」
セドリック殿下はけろりと嘘を吐いた。涼しげで爽やかな顔だ。
「なんと、それはそれは。いらぬ差し出口でしたな」
侯爵はへらりと笑みを浮かべて引き下がった。
グローゴルド一家はこれで挨拶を終えて下がっていく。その際に怯えた様子のハルティア様が、叶ったはずじゃなかったの、とぽつりと漏らしたのを私も殿下も聞き逃さなかった。
このあとの挨拶は全てなんの問題も起きずに終わった。警戒していたロスコ伯爵家も至って普通に挨拶と祝辞を述べただけだ。
挨拶が終わり、怪しい人も見つけたということで少し気が抜けてしまう。けれど、王の良く響く声が聞こえてまた姿勢を正す。
「これにて今年のデビュタントたちがそろった。それでは、舞踏会を始めるとしよう」
王の合図で楽曲団が演奏を始める。セドリック殿下に差し出された手を取り、私は会場の中央へゆったりと歩みを進めた。これから私と殿下によるオープニングダンスが始まる。
挨拶ではアンジーちゃんの仮面を上手にかぶれたんじゃないかと思う。けれど、ダンスとなると別だ。他のお嬢様たちは何年もかけて練習してきたものを私は3ヶ月しかしていない。
不安だ。
怖い。
へたくそってバレたらどうしよう。
思わずドレスの裾をぎゅっと握る。
そうすると、ふわりと馴染みのある香りがした。
ミリスティカの香り。いつもジェイクが入れてくれるホットミルクの香りだ。
ポプリに仕込んでくれたんだ。
大丈夫、と背中を押されたような気がした。
「さあ、はじめようか」
一礼をしてセドリック殿下の手を取る。
いつも通りやればいいんだ。ミリアーナさんも最近は褒めてくれてたじゃない。
人の目線が集まっているのを感じる。私の動きに合わせて、幾重にも重ねられたスカートがひらひらと舞う。
「このドレスいいね。以前聞いていたデザインとは違うけれど、ダンスによく映える」
「侍女のメアリのデザインなのですよ。少々足運びを間違えても分かりづらいとか」
「なるほど、それで変えたのか。アンジーにも着てもらいたいな。僕も作らせよう」
「いいですね。きっと喜んでいただけます」
アンジーちゃんのことを話す時、セドリック殿下の目にはいつも深い愛情が灯る。これまではそこに悲痛さも抱えていたから、アンジーちゃんが見つかって本当に良かったと思った。
私達のオープニングダンスは特に問題なく終わった。拍手の後に曲が変わり、他のデビュタントたちが会場の中央に集まってくる。このデビュタント達全員でのダンスが終わるとお披露目はおしまいだ。
ふと見渡すと、ハルティア様の姿が見えない。
こっそりとセドリック殿下に問うと、あぁ、と含みのある笑みを浮かべた。
「ハルティア嬢は随分と体調が優れないようだったから、別室に案内して休ませているよ。侯爵と夫人も付き添っているはずだ」
そういえば、セドリック殿下はグローゴルド一家の挨拶が終わった後すぐに、後ろに控える護衛にこっそりとなにかを伝えていた。
連行されて事情を聞かれてるのかな。それとも、ハルティア様は今にも倒れそうな様子だったから、本当に休んでいるのかもしれない。
「明日にはきっと色々分かるよ。今は舞踏会に集中しよう」
「はい。殿下」
曲に合わせて、私はもう一度うやうやしく殿下の手を取った。




