40話 デビュタント
——とうとう、デビュタントの当日を迎えた。
デビュタントの儀式と舞踏会は夕刻から。けれど、そのための準備は朝から始まっていた。
朝から入念に磨き上げられる私の元に一輪の花が届く。黄色から赤へのグラデーションが綺麗な、炎のような花。
「フレミアの花ね、すてき」
侍女さんが花瓶に差してくれるのを眺めながら、成功を祈る花言葉を持つこの花を贈ってくれた彼に思いを馳せる。
がんばってくるね。
私の努力の成果を披露してくる。
そして犯人を見つけて、フィーリアとしてもう一度生きるの。
自信なんてなかったし、アンジーちゃんに悪意を持つ犯人が舞踏会にいるのだと思うと怖い。不安と恐怖と緊張で震えが止まらなくなりそう。でもそれを表には出さない。
アンジーちゃんは怖くて震えたりしないから、というのはもちろんあるけれど、小さく縮こまる哀れな自分がもう嫌だったから。凛と立つアンジーちゃんのようになりたいから。
内心の恐怖はどうやっても消えないけれど、それを隠してまっすぐ立つことはできる。大丈夫だと自分に言い聞かせて前に進むことはできる。
私のためのドレスを、メアリが着せてくれる。アンジーちゃんが戻ってきてからはアンジーちゃんのお世話を担っていたけれど、今日は戻ってきてくれた。
「とってもお似合いですわ、お嬢様」
「ありがとう。あなたのドレス、めいっぱい宣伝してくるわね」
結わえた髪にステラリリィの花を差して、全ての準備が整った時にはもう出発時間だった。
メアリとともに玄関ホールへ行くと、クロードさんとミリアーナさんも準備を終えて待っていた。シェリルちゃんも見送りに来てくれている。
「綺麗だよ、アンジー。緊張してるかい?」
「それはもう……。でも、大丈夫ですわ」
「お姉様、頑張っていらしてね。上手くいくように祈ってるわ」
「ありがとう、シェリル。行ってくるわね」
私の両手を心配そうにぎゅっと包み込むシェリルちゃんに微笑みを返すと、少し安心したようにシェリルちゃんも笑顔を返してくれる。
馬車に乗るために外に出ると、生垣の向こうで作業をしている庭師の姿が目に入った。
——ジェイクだ。来てくれたんだ。
ずっと前にした約束の通り、なんとか仕事に都合をつけて見に来てくれたらしい。
ジェイクと目が合った。軽く頭を下げる彼に微笑み返す。みんなに見送られながら、私達3人は馬車に乗り込んだ。
***
王宮に到着した私達は他の家のお嬢様たちが待機する部屋の前を通り過ぎ、衛兵が扉を守る部屋へと通された。
「ご入場のお時間まで、どうぞごゆっくりとお過ごしください」
そう言って案内係は一礼し、部屋を出ていった。
「これをあなたにあげるわ」
「あ……これは……」
緊張で居心地悪くソファに座っていたところで、そう言ってミリアーナさんが見せてくれたのはドレスに刺された刺繍と同じデザインのリボンだ。仮縫いの時に、私が目を奪われたリボン。
「いくつか作らせたのよ。ほら、頭を貸しなさい。つけてあげるわ」
ミリアーナさんに頭を向けると、そっとリボンが結ばれる。出来たわよ、と声をかけられてミリアーナさんの顔を見ると、今までに見たことないくらい優しい顔をしていた。
「私達は見守るしか出来ないけれど、あなたはこれまで本当によく頑張ったもの、大丈夫よ。警備の数も増やしてもらっているから、安心して役目に集中なさい」
その言葉に胸がいっぱいになって、視界がぼやけてくる。
「こら、泣かないの。化粧が崩れるでしょう」
「す、すみません……」
「まったく、しょうがない子ね」
ミリアーナさんが優しい手つきで背中を撫でてくれ、クロードさんが穏やかに微笑んで見ている。
私は必死に涙を抑えこんだ。
私の涙がようやく引っ込んだ頃、部屋の扉を控えめにノックする音がした。入場の時が来たらしい。いよいよ本番だ。
「ウィステーリア公爵家、クロード様、ミリアーナ様、ならびにアンジェリカ様のご入場です」
会場の扉の前に控える案内係が声を張り上げた。扉の向こうのざわめきが途絶えて、ゆっくりと扉が開いていく。
キラキラ輝くシャンデリアの光に思わず一瞬目を閉じた。
クロードさんに促され、ゆっくり目を開いて背筋を伸ばし、足を踏み出す。
舞踏会の会場はたくさんのステラリリィで飾り付けられ、甘い香りを漂わせている。その幻想的な雰囲気の一方で、会場にいる人たちはみんな私を値踏みするようにじっと見ている。絡みつく視線に負けないように、気圧されないように、震えそうな足に力を入れた。
会場の最奥に王族の席がある。
少し高く設えられたその席の中央には王がどっしりと座り、その脇には王妃とセドリック殿下がいる。
セドリック殿下は私と目が合うと、満足そうな微笑みを浮かべて頷いた。
大丈夫。ちゃんとやり遂げてみせるよ。
王の前に立ち、3人揃って深く礼を取る。
「面をあげよ」
「国王陛下、王妃陛下、ならびにセドリック王子殿下にご挨拶を。本日社交界へのデビューを迎えます我が娘、アンジェリカ・ウィステーリアにございます」
「国王陛下、王妃陛下、ならびにセドリック王子殿下にご挨拶申し上げます」
クロードさんの紹介を受けて、私は挨拶の口上を述べてもう一度深々とカーテシーをする。
王は親戚の娘を見るような、あたたかい目でうなずいた。
「アンジェリカもいよいよ成人か。セドリックをこれからもよろしく頼むよ」
「もったいなき御言葉に存じます」
挨拶を終えた私は、クロードさんとミリアーナさんと別れてセドリック殿下の隣の席へと移動する。ここからは王子の婚約者として挨拶を受ける側になるのだ。
セドリック殿下の隣の席に腰掛けた途端に、手ががくがくと震え出す。少し気が抜けてしまったらしい。一度震え出すと止まらず、どうしようと内心焦っていると、その手の上にセドリック殿下の手が重なった。殿下が耳元で囁く。
「注目する家はどこだった?」
「——ルッシュ侯爵家、グローゴルド侯爵家、ロスコ伯爵家」
口元を開いた扇で隠しながら囁く。これはアンジーちゃんが犯人候補に上げてくれた家だ。いずれもアンジーちゃんと同い年の、セドリック殿下の婚約者の有力候補だった娘がいる敵対派閥の家。
ここからは、アンジーちゃんとしての受け答えをこなしつつ、犯人探しもしないといけない。
気合を入れ直すと、自然と震えは収まった。
「クロートキー公爵家、クレマン様、ミーテ様、ジェミーヌ様のご入場です」
次の家が会場に入ってきた。
クロートキー公爵家はクレマン様の二代前に王族を娶っている。そのため、今回は王子の婚約者候補にはならず、ウィステーリア公爵家とは良い関係を築いているところだ。
挨拶が終わるとクロートキー公爵は私に柔和な笑みを向けた。
「アンジェリカ様におかれましては、成人まことにおめでとうございます。美しく聡明な方とはお伺いしておりましたが、セドリック王子殿下が羨ましいですな」
「これからは公務で関わることも増えるだろう。我が愛しの婚約者をよろしく頼むよ」
娘のジェミーヌ様も私に微笑みかける。
「アンジェリカ様、どうぞ仲良くしてくださいましね」
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ、ジェミーヌ様」
挨拶は順当に進んでいく。
私に話が振られることも多いけれど内容はほぼお祝いの言葉なので、にこやかに返していればそれで良かった。
犯人候補のルッシュ侯爵家も、他の人達と変わりなく挨拶が終わる。セドリック殿下と目配せして、ここは違いそうだと認識を共有した。
次はグローゴルド侯爵家だ。




