4話 シェリルちゃん再び
部屋に戻ると、花瓶に挿されたフィーリアの花が部屋に届いたので寝室の窓際にいそいそと飾る。
「それほどに喜んでいただけたら、庭師もフィーリアの花もきっと本望でしょうね」
「そ、そうですか……?」
はしゃいでしまったのを自覚して、恥ずかしくなってきた。
貴族のお嬢様的には「あら、すてきね。置いておいて」ってさらっと済ませるのが正解だったのかな……? 話を聞く限りではアンジーちゃんはこんな態度取りそう。わかんないけど。
少し休憩して、お昼ごはんを食べてまた着替えると、もうシェリルちゃんとの約束の時間だ。
緊張するな……。どうにか敵意がないことを分かってもらいたいんだけれど。
***
「お休みのところ、失礼いたしますわ。お加減はいかがかしら」
ふわりと柔らかい笑みを見せてシェリルちゃんは優雅にスカートの裾を持って礼をした。
お、お、お嬢様だ……! 背景に花が舞って見える……!
「あ、はい、ご飯も食べられるようになってきましたし、もう何日かしたら大丈夫と思います」
「それはよかったですわ」
ふふふ、とシェリルちゃんは笑った。かわいい。
私とシェリルちゃんはアンジーちゃんのお部屋のソファセットに向かい合って座った。メアリがお茶の用意をしてくれる中……シェリルちゃんは口を開いた。
「昨日は取り乱してしまって申し訳ございませんでしたわ」
「え、いえ、大丈夫です。あ! あの、ふらがりあ? の紅茶、ありがとうございました。おいしかったです」
「お気に召していただけて嬉しいですわ。まだたくさんございますから、侍女に持たせますわね」
「ありがとうございます。うれしいです。ええっと……あの、それで、今日はどのような……」
私がそこまで言ったところで、シェリルちゃんはメアリに視線をやった。お茶の用意を終えたメアリが頭を下げてから部屋を出て行く。メアリが完全に立ち去ったのを確認してからシェリルちゃんが口を開いた。
「さてと、トウノリア。今後のことを考えるわよ」
「は、はい!」
急に口調が変わり、目が笑っていない状態になったシェリルちゃんの様子に、私は思わずぴしっと背筋を伸ばした。
「あなた、まずその態度と口調を改めなさいな。なんですの、そんなおどおどして。みっともない」
「ううぅ……ごめんなさい……」
体を縮こまらせてしょげかえる私にシェリルちゃんはため息をつく。
「仮にもあなたはアンジェリカお姉様としてここにいるのですから、妹の私や使用人たちにへりくだったりしないで。しばらくの間は記憶が混乱しているから、で言い訳できるけれど、続くようだと貴族としての資格を疑われてしまうわ。うちの使用人たちは口が固いけれど、それでもあまりにもおかしいと外に噂が流れてしまう。そうなったら……」
シェリルちゃんは、少し泣きそうな、悔しそうな、そんな顔をして唇を噛み締めた。その姿に胸がぎゅうっと締め付けられる。
たしかに私の態度は貴族らしくなんてないよね。だって庶民だし……。でもそっか、このまま私が普通に振る舞っていたら、貴族のお嬢様としてはやっていけなくなってしまう……?
私は思わず立ち上がってシェリルちゃんの手を握った。
「あの、あのね、シェリル、ちゃん。私庶民だから全然貴族のルールとかもさっぱりわかんなくて……。でも、もしアンジェリカさんに体を返した時にはもう未来が潰れていたとか、そんなのは嫌だよ。だから、その、貴族のルールとか、こう振る舞えば大丈夫、みたいなの、教えてほしい……!」
シェリルちゃんはびっくりしたのか目をぱちくりしている。妹のシェリルちゃんにへりくだったらダメって言ってたからタメ口にしてみたけどよかったかな……。アンジーちゃんのことはそのまま呼ぶとまずそうなので咄嗟に言い換えた。
「あなた、お姉様に体を返す気がありますの?」
一瞬固まっていたシェリルちゃんは、私の手を振り払うこともせずに不思議そうに聞いてくる。
「え? もちろん。だってクロードさんも、ミリアーナさんも、シェリルちゃんも、あとメアリさんも、みんなアンジェリカさんに帰ってきてほしいって思っているのが分かるし……。家族や親しい人が急に別人になるなんてそんなのすごくつらいでしょ。なんでかこんなことになっちゃったけど、そのままアンジェリカさんとして生きていこうなんて思わないよ」
シェリルちゃんの目をまっすぐ見てそう伝えると、シェリルちゃんの目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。
私はシェリルちゃんの横に座り直して背中を撫でる。シェリルちゃんには昨日フォークで脅されて怖い思いをしたけれど、だからって年下の女の子が泣いているのに何もせずにいるなんて無理だった。
シェリルちゃんには「もちろん体を返す!」と威勢よく言ったけれど、正直なところ、アンジーちゃんに体を返せる手段が見つかりました。あなたは死にます。となったら、私はそれを受け入れられるのかわからない。でも、みんなが元のアンジーちゃんを求めている中で「私が新しいアンジーちゃんです! この体は私のもの!」なんて言えないし考えられない。人の人生を横取りなんてしちゃダメだ。だから、私は――。
私まで泣きそうになってしまって、私は考えるのをやめる。私はうつむいて肩を震わせているシェリルちゃんの背中をただただ撫でていた。
「……みっともないところをお見せしましたわ」
目の端を赤くして、つんと顔を背けながらシェリルちゃんは呟いた。
「ううん。不安にさせてしまってごめんなさい」
「あなたが謝ることではないでしょうに。貴族は気軽に謝ってはいけないのよ。……そういうことも、あなたは知る必要があるのね」
どうしようかしら……とシェリルちゃんは色々考えているようで独り言をつぶやいている。
しばらくして、考えがまとまったようでシェリルちゃんは顔を上げた。
「あなたの教育計画はお父様やお母様と相談して決めます。決まるまではとりあえず、私が空いた時間に教えることにするわ。あと、それとは別にお姉様がどうなっているのかも一緒に調べるわよ」
私としては何も文句はないので力強く頷いた。ミリアーナさんに関してはただひたすらに申し訳ない限りだけれど。
「……お姉様は3ヶ月後にはデビュタントなの。それまでにお姉様がもとに戻れなければ、あなたがお姉様のふりをしてデビュタントに参加することになるわ。悪いけれど、がんばってちょうだい」
「3ヶ月後!? そ、それは大変だ……。でも、がんばります。よろしくお願いいたします、先生……!」
「ええ、よろしくね、リア」




