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ステラリリィに願いを込めて〜転生したら元に戻ってと悲しまれています〜  作者: みさくらみかん


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29話 記憶を取り戻す手がかり

 翌日、ダンスレッスンはお休みとなった。その代わりにミリアーナさんのお部屋でミリアーナさんとシェリルちゃんと、3人でお茶会をすることになった。

 

 昨日私がメアリに寝室へ押し込まれてしばらくしてからミリアーナさんが部屋を訪ねてきてくれたけれど、私の体調を少し確認しただけですぐ部屋を出ていってしまった。体調についてふたつみっつ言葉を交わしただけだから、ミリアーナさんには昨日あったことをしっかりとお話できていない。だから、ダンス練習を取り止めてそれを聞くための時間を設けてくれたのだと思う。


 お茶会用の少しかしこまったドレスに着替えて、鏡の前で頬を両手で包んでむにむにする。そんなに昨日は顔色が悪かったかな……? 昨日は鏡をじっくり見たりしてないからわからないけれど、少なくとも今日は普通に見える。


 今日のお茶会は話を聞くのが目的なはずだから、作法を細かくチェックされることはないかもしれないけれど、できるだけ粗相をしないように気をつけなきゃ。話す内容も、できるだけわかりやすく話せるようにシミュレーションする。


 よし、と気合を入れて頬をぺちりと叩いて窓辺を見た。

 そこには、メアリがさっき差し加えてくれた今日の花が風に揺れている。淡い青色の透き通るような薄い花弁がふわふわと重なった綺麗な花だ。


「今日のお花はベルマリーですね」


 私が花を眺めているのに気づいて、そばに控えていたメアリが花の名前を教えてくれた。


「ベルマリーっていうのね。お茶会が終わったら花言葉を調べてみようかしら」

「かしこまりました。準備しておきますね」

 

 メアリはいつもにこにこしているけれど、なんだか今はなんていうか……微笑ましそうな柔らかな笑顔でこちらを見ている。うーん? なんでだろ。




***

 


「——ということがありました。ただの夢や思い違いかもしれないのですが、セドリック殿下にはなるべく記憶を思い出せるように努めて欲しいと。殿下の方でも、過去にこのような現象がなかったか調べていただけるようです」


 すっきりとした香りの紅茶で時々喉を潤しながら、私は昨日起きたことを順を追ってミリアーナさんに伝えた。

 じっと真剣な眼差しで私の話を聞いていたミリアーナさんは、私が話し終わるとひとつ息を吐いて紅茶を飲む。


「状況は理解できました。ひとまず体調は回復したようで、それは良かったわ。けれど……まったく……次から次によくわからないことが起きるわね」


 眉を寄せて、うんざりした口調でミリアーナさんはそう言いながら小さなクッキーをつまむ。その隣で同じような動作でクッキーをつまみながら、シェリルちゃんがミリアーナさんに問いかけた。


「お母様はこれまでに似たようなことがあっただとか、なにかお聞きしたことはございますか?」

「ないわね。貴族なら大半の方はあの腕輪を一度は鑑賞したことがあるでしょうけれど、もしそんなことに遭遇したら妖精からお告げを受けたと大騒ぎするはずよ」


 確かに、この国において神格視されている妖精からなにか語りかけられたりしたら大変な名誉だ。貴族なら黙っている理由はないよね。私みたいな事情を抱えていない限り。

 ……ということは、少なくともこの数十年くらいの間は同じことは起こってないってことかな。


「記憶を取り戻すにはどうしたらいいんでしょうか。私、アンジェリカさんの体で目覚めてすぐの時には色々覚えていたはずなのに、もうなにも……思い出せないのです」

 

 トウノリアという名前だったらしい。ここじゃないどこか、この世界ではなさそうなところで生きていた気がする。

 

 らしい。

 気がする。


 ぼんやりモヤがかって何もわからない。


「侍医はあまり思い出そうとさせず、自然に任せたほうが良いとは言っていたわね」

「私も、定期検診のたびにそう言われています。でも、あの夢を考えるとなんとか思い出したくて」


 公爵家の侍医の人たちは一週間に一度私の診察をしてくれている。私は侍医の人たちからすると"記憶喪失のアンジーちゃん"なので、いつも優しい微笑みで、焦らずゆっくり日々を過ごしているうちに思い出せますよ、と励まさせるのだ。


「この前読んだ小説では、頭を打って記憶をなくしたヒロインがヒーローと思い出の地を巡ったことで思い出していたわね……物語だけど」


 しばらく考え込んでいたシェリルちゃんは、少し遠慮がちにそう話した。確かに私もそういう物語を読んだことはある。ヒーローと出会った場所とか、プロポーズの場所とか、そういうところを訪れて一気に記憶を取り戻すのだ。あとはなにか、思い出の品を偶然目にして、とかもあったかな。

 

「うーん、確かに私も物語でそういう話を読んだことはありますわ」 

「でも、リアの場合は思い出の場所はどこか分からない遠い異国だもの。むずかしいわね」

「そうね……。リア、あなた最近時間に少し余裕ができたでしょう? その時間を使って色々と見てみたら良いんじゃないかしら。行商でも呼んでみましょうか」


 行商? と首を傾げると、異国の珍しいものを扱っている商人だそうだ。あちこちに旅へ出て商品を仕入れ、社交シーズンには王都で貴族の家を回りその商品を売るのだという。


「リアは人を使い慣れてないので、平民だったような気がしますわ。行商の持ってくる珍しい宝石とか布地とかは見ていて楽しいですけれど、以前のリアに馴染みがあるのでしょうか」

「所作は貧しい平民とは違うでしょう? それなりに裕福だったのではないかしら」


 ふたりが本当の私の正体についてあれこれと議論している。本人なのに正解が分からない私は、それを聞きながら手に持った紅茶の液面を眺めた。


 アンジーちゃんになる前に紅茶を飲んだことがあるかどうかも分かんないな……。でも、紅茶に目新しさを感じたこともない……。クッキーも、ケーキも。お肉や果物は名前も言われても分からなかったけれど、それは身分の違いというよりも住んでいた場所の違いな気がした。だってお肉が食べられないならケーキなんてもっと食べられないでしょ。

 

 以前のことは全然わからないけれど、元に戻ると私は死ぬのだ。これだけははっきりと頭に染み付いていた。


 考えないように目を背けていた未来に恐怖が蘇る。

 一度死んだはずの人間が、何かの手違いで他人を乗っ取った。そんなの許されるはずもなく、早く正しく死ぬべきなのに。


 考え出すとずきりと頭が痛む。

 アイシングで華やかに飾り付けられたクッキーたちはとても綺麗で素敵だけれど、今はどうしても食べる気にならなかったけれど、なんでもないように笑顔を貼り付けて紅茶をちびちびと飲み続けた。



***



 部屋に戻ると、花瓶の花が目に入った。

 そうだ、ベルマリーだっけ。花言葉を調べるんだった。


 暗く沈んだ気分を変えようと書き物机に向かい、図鑑を開く。


「ベルマリー……ベルマリー……これね」


 ぱらぱらとページをめくってベルマリーの項を見つける。

 花言葉は——安らぎをあなたに。


「お見舞いによく贈られる花なのですよ。お嬢様がお倒れになられたと庭師も耳にしたのでしょうね」


 背後からメアリの穏やかな声がする。


「そう……。ありがとうと伝えておいて」


 笑って喜ぶべきなのに、涙が滲んでうまくいかない。

 後ろに控えるメアリに泣きそうなことがばれないように必死にこらえながら、そう答えるのが精一杯だった。


 会いたいな。会いに行ってもいいかな……。



 ***


 

 メアリに早めに寝室へ押し込まれて、ベッドの上でごろごろと寝返りを打ちながら隣の部屋の物音に耳を澄ませた。

 侍女のみんなが仕事を終えて隣の部屋を去り、しんと静まり返ったのを確認して、私はベッドを、そして部屋を抜け出した。


 月明かりだけがぼんやりと庭の花たちを照らしている。

 ずっと頭痛が続いていて、頭がうまく働かない。

 光に誘われる夜の虫のように、私はふらふらと庭の奥へと進んでいく。



 奥へ奥へと足を進めていくと、何かの花の甘い香りが強まってきた。

 最奥にたどり着いた時、そこにはいくつものステラリリィの花が咲く植木鉢と、ジェイクの姿があった。


 ジェイクがこちらにまだ気づいていないことを確認して、立ち止まって何度も深呼吸する。彼の姿を見た途端にうっかり滲んできた涙を止めたかったのだ。

 落ち着いたところで再び歩き出し、なんでもないようにジェイクへ声をかけた。

 

「こんばんは、ジェイク。これはステラリリィ?」

「お嬢様こんばんは。ええ、温室で育てていたものが咲いたんですよ。それより、お体はもう大丈夫なのですか?」

「うん。昨日は緊張してたのと馬車酔いとで少ししんどくなっちゃった。でももう大丈夫だよ。お見舞いのお花、ありがとう」


 とっさに嘘を吐いたけれど、特に疑われることはなかった。

 心配そうな顔をしていたジェイクは目を細めて表情を緩める。

 

「いえ、良くなられて本当によかった。ミルクをお入れしましょうか?」

「ううん、今日は大丈夫」


 ここでホットミルクを飲んだら気が緩んでしまいそうだった。飲みたいけれど、泣いて心配をかけるのは嫌だった。

 

「ステラリリィのお花、初めて見た。こんなにきれいなんだね」

「温室の中にまだまだありますよ。運び出している途中だったので、残りも運んできますね」 


 ジェイクはそう言って温室の中に入っていった。まだ作業が続きそうだったので、邪魔にならないようにいつもの椅子に座って待つ。

 ジェイクは何度も温室と外を往復して、目の前にステラリリィの鉢がたくさん並んだ。


 十を超える満開のステラリリィの花がずらりと並ぶ姿は本当に綺麗だった。辺りはステラリリィの強く甘い芳香で満たされていて、なんだか幻想的な雰囲気だ。


 

「この花はこれからお嬢様のデビュタントドレスに仕込むポプリにするんですよ」

「ジェイクが作ってくれるの?」

「私にできることはこれくらいですから。もしお嫌でなければ」

「嫌なわけないでしょ。うれしいよ、とっても」

 

 私のために作ってくれることが本当に心の底から嬉しい。

 けれど、このポプリの香りを当日身に纏うのははたして私だろうか。それとも、自分の体を取り戻したアンジーちゃんだろうか。

 嬉しさの中にふとよぎったそんな考えにまた涙が滲んでくる。


「……ねえ、やっぱりホットミルク欲しくなっちゃった」

「かしこまりました。入れてきますね」

「前みたいにいっぱい甘くして」


 ジェイクは嫌な顔ひとつせず小さく笑ってホットミルクを作りに行く。彼のいなくなった隙に目尻の涙を拭って、また何度も深呼吸した。 

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